“空気を読む”か、 “行動の秋”か

 中心市街地・商店街活性化という当ブログの正面課題が上手く解決できないのは、問題自体の解決が難しいと言うことも、もちろんありますが、それよりも「問題のとらえ方」が適切ではない、ということのほうがはるかにやっかいな問題になっています。

 問題が生じたとき、その問題をほんとうに解決すべき問題とは異なるとらえ方をして、その誤解に基づいた解決にいくら一所懸命になってももともとの問題が解決するはずがありません。
こんにちの商店街活性化という問題をめぐる取り組みの停滞は、何よりもこのような「問題についての錯覚」に起因するもであるように観察されます。

 どういうことか?
端的にいって、
①商店街に立地する「商業機能の活性化」
こそがほんとうに取り組まなければならない問題なのに、実際に取り組まれているのは、
②商店街という「立地の条件改善」
に終始している。
ということです。

 つまり、商店街に立地する商業機能(中小個店のみならず百貨店などの大型商業施設を含む)が不振に陥っているのは、それぞれの店舗(売場群)が、展開している業容に問題があるからではなく、それらの売場群(商業集積)が立地している「商店街という立地」の商業立地としての条件が劣化しているからである、という判断が下されており、その結果、商店街(立地の商業機能)を活性化させるには立地条件を改善しなければならない、という「解決策」が出され、これに取り組むことが「商店街活性化」である、ということになっています。

 こういう視点を持っている人にとって、もっとも分かりやすい「立地条件」とは「通行量の多寡」でありまして(通行両調査!)、通行量の増大は、すなわち立地条件の改善であり、これが改善されれば、商店街立地の小売業は活性化される、というのが「立地改善論者」の主張の結論です。
その背後にあるのは、「小売業は立地産業」という考え方でありまして、もちろん、商勢圏に潜在顧客が存在しなければ綱領に限らず、すべての営利事業は成り立ちませんから、この考え自体が間違っているとは言えませんが、ここで問題にしている立地論者にとっては、この「立地条件」は店舗立地に先立って目に見えるものとして存在していなければならない。
“小売業は立地商売”というのはそのことを象徴する言葉です。
このような理解が浸透するについてはもちろん根拠があるわけで、小売業が発展した「もの不足・店不足」という時代には、人が集まれば=ものを解体費とが集まっている、と見なすことが出来たわけで、「人が集まるところ=小売業にとって好立地」というパターン認識が生まれ、これは日々の営業の成果として商店街の皆さんに実感され、蓄積され、強固になっていったわけです。
ただし、商店街全盛時代の商店街の通行量は「立地条件」がもたらしたものではなく、商店街という立地における「商業機能(売場)の集積」がお客を呼び寄せていたのであって、立地条件が人を呼んだのではありません。(立地条件で集まってきたのは商業者の方)

 郊外のショッッピングセンター(以下「SC」}を考えてみれば一目瞭然です。
極論すればSCの立地は、それが進出するまでは「買い物客」はおろか、通行人すらほとんどいない、という極論すれば「通行量ゼロ」というところが多いことはご承知のとおりです。
すなわち、SC(に限らず郊外型商業の場合)にとって、「通行量」は、立地条件のトップであるどころか、まったく選定条件に入らないレベルの「条件」だと言うことであり、すなわち、小売業にとって立地としての可否は店前通行量が左右する、ということはあり得ない、ということですね。

 商店街関係者には、通行量=立地条件という考え方が根強くはびこっておりまして、通行量が減ったから売れ行きが落ちた、通行量を増やせ、人口を増やせ、学校を建てろ、病院を持ってこい、と口々に活性化策が低減され、中には中心市街地活性化基本計画などに正式に採用されている活性化策もあるわけです。

 中には「コンパクトシティ」という言い訳をする人もいるようですが、広域合併以後の都市経営において、猫の額ほどの中心市街地に何でもかんでも都市機能を寄せ集めることが都市全体の生活県境の維持改善にとって最善の道であるのかどうか、一考の余地があります。
もっとも、“小売業は立地商売 立地条件は店前通行量で決まる”と考えている関係者には、“商業活性化策としてのコンパクトシティ”というのは合目的的かも知れません。
ただし、その場合、中心市街地以外に居住する圧倒的多数派の生活条件はどう担保するのか、という課題がありますから、“コンパクトシティ”といったとたん、施策は全市的範囲に及ぶことが不可欠であり(施策の玉突き)、まじめに考えれば「コンパクトシティ」などはよほどの強権的手腕の持ち主しかしようすることが出来ない手法であることが分かります。

 それはさておき、
SCの場合を振り返るまでもなく、小売業は“お客が来てくれてなんぼ”という商売であり、立地条件は one of them 、相対的なものでありまして、第一の要件は「ショッピング行き先としての魅力」でありまして、買いたい商品が揃っているか、サービスはどうか、そこで過ごす時間はOKか、といったことが行き先選定の目安になることは、同じ場所に立地している」お店の間にも業績の明暗が生じることからも明らかです。
このあたりに一切目をつぶって「小売業は立地商売」と断定するのは、商店街に立地する玉石混淆・“一店一城”という言い方に鼓舞されている店主各位をまとめて「共同事業」に赴かせるには都合のいいイデオロギーでありました(というか、今現在もそうですね)。

 さて、ここからがいよいよ本論でありまして(笑
“小売業は立地商売”というデタラメな「理論」が蔓延している情況において、行動規範として“空気を読む”ことを心掛けるとどうなるか?

 こういう情況において“空気を読む”すなわち大勢に従うことは、いうまでもなく「立地改善策」の推進に竿をさすことになるのでありまして、ホンキで商店街をなんとかしたい、繁盛させたいと思っている人は《厳重注意》が必要です。

 今どき、大勢としての商店街活性化に真剣に取り組んでいる人は、もちろん強い信念を持っている人が多区、かつ、その信念は“商業立地商売論”であることがほとんどです。
こういう人の言動は、商店街全盛時代という経験則に裏打ちされ、それなりに迫力を持って展開されるもの多い。
今さら理論を撤回すれば、長年にわたって皆さんにウソを言って引き回してきた、ということになってしまうリーダーさんもいるはずです。なかなか「ごめんなさい」とは言えません。
商店街のみならず、指導・支援する団体旗艦にも似たような人がいまして、タッグを組んでいたりすると大変です。
思い当たる人、少なくないかも知れませんね。

 “取り組みの見直し”とはすなわち、これまでの取り組みはまずかった、ということであり、指導者が悪かった、ということにもなりかねない。と当の指導者は思うかも知れません。
そうすると、“立地よりも売場の魅力”といった正論はなかなか認めるわけにはいきません。
いろいろと“手を変え品を変えて”正論への転換を妨害したりする。

 というような情況が支配的になりますと、民間・行政相い携えて「立地改善」に取り組んでいる間も、各個店の売場としての魅力は劣化の一途、結果、買い物客の足は遠のくばかり・・・。
この状態を見ても“立地条件の改善努力が足りない、人集めの努力が足りない”とさらに「立地改善」に向かう、というのがこんにちまでのところ活性化の取り組みの主流ですね。

 さて、十年一日、立地条件の改善(ハード事業からイベント企画まで)に取り組んでいる人たちにはもちろん悪意はありません。
中には、“人集めに取り組んでいるからこれくらいの落ち込みで済んでいる、取り組んで来なかったらどうなっているか分からない”と啖呵をきる人もいたりします。
もちろん、どうなっているか分からないのは事実ですが、だからといって“今より悪くなっているはず”と短絡するのは間違いです。
ひょっとしたら“立地条件の改善”ではない活性化策が採用できたかも知れないのですから。
なかには過去にそういう動きもあったが、「立地改善」派が勝利して今日に至っている、というケースもあるかも知れませんが、この場合、「立地改善」論の砦はさらに強固になっているはず。やがて自分たちの至らなさを反省して主導権を譲ってくれるかも知れない、と期待するのはお人好しさんです。譲ってくれるかも知れないが、譲ってくれないかも知れない、そういうことに将来を委ねていいんですか、ということになる。

 幾多の経緯があるわけですが、現在主流となっている「立地改善論」は、諸般の事情から自らが旗色が悪くなっている(いつまで経っても成果が現れない)ことは承知しているわけで、困ったことにそのことがいっそう彼らの態度をかたくなにしていたりするわけです、

 何としても。
商店街あるいはそこに立地している自店をはじめとする個々の店舗の業績の向上に、今すぐ・目に見える形で取り組みたい、取り組まなければならない、という事情にある人が、主流派の根拠のない気迫に押されて、表見だけにせよ、賛同していると、つまり、空気を読んでしまうと、言いたいことも言えませんし、出来ることも出来なくなり、結局、せっかく現前している「ビジネスチャンス」を逃してしまうことになってしまいます。

“空気が読めない”とまずいとか、“仲良きことは美しきかな”とか、“長い物には巻かれろ”といった、知らず知らずのうちに脳内にインプットされ、行動規範の一部となっているが《タブー意識》が発動すると、墓穴を掘ってしまうことになりかねません。

 このあたりに、いつまで経っても取り組みが“反省して、出直す”ことができない根本要因が潜んでいるのかも知れません。商店街活性化には、活性化を推進できない理由があり、その多くは「人の問題」である、といわれる由縁です。

 さて、商人塾の最近の経験では、
①日常的な行動の習性を変えることで、店づくりの改革に取り組み②毎日の業績に結びつけながら、改革に必要な技術を作っていく
③やがて新しい「ビジネスモデル(業容)」に到達する
ということが実際の取り組みとして結実しています。
 これは、もちろん、これから先商店街立地において商売繁盛を目指すなら、売場を所有する個個人が必ず取り組まなければならない目標のはずです。

 ご承知のとおり、当サイトでは「繁盛への道」の一部始終を出来るだけ具体的に、分かりやすく提唱しているつもりですが、一読納得・即・実践というわけにはいかないかも知れません。
最初の一歩の踏み出しの方向と方法、理屈では分かってもいざ自店で取り組むとなると、どこからどう取り組むべきか・・・?

 ということで、このところ、強く推奨しているのが「商人塾」の取り組みです。
同じ立地で小売業を営んでいる、という以外にほとんど関係の無かった人たちが「商売繁盛への道」に共鳴して集まり、個々の実践結果を交流することで、繁盛実現のプロセスを加速させる、という取り組み方の優位性は、このところ各地の取り組みの中間総括でいっそう明らかになっています。

 商店街活性化をめぐる問題は「取り組みの路線の選択」をめぐって、
①従来的な立地改善に取り組むのか、
②商業機能としての再生を目指すのか
というように現前しています。
情況をシビアに観察すれば、少なくとも「立地改善」的取り組みの破産は明らかでありまして(いつまで経ってもただの一個所も成功事例が紹介されない)、にもかかわらず延命しているのは、これを批判し、これにとって代わるべき「代替案」が無かったからであり、これからさらに延命するとすれば、それは「取り組みの改革が必要だ」とする人たちの「力不足」がそれを許ているからだ、ということです。

 「商店代活性化」が他人事で済まされる人にとってはそれでOKかも知れませんが、
①商店街で自分の商売を繁盛させたい人
②商店街活性化を自分の役割として担い、成功への道を構築したい人
にとっては、情況を的確に判断しつつ、積極果敢に主張し・行動の方向と方法として選択しなければならない「ギリギリ」のときを迎えています。
「猪突猛進」はいけませんが、空気を読むことにばかり終始するのも確実な自滅への道、「行動の秋」が来たことを決断しないと後がありません。

 とりあえず。
 条のような状況判断で一致する人は、当サイトとの「協働」による事態打開を検討されることをお奨めします。
毎度申しあげているとおり、事業実施につながるかどうかは先の話、ということで遠慮なくどうぞ。 

参考:『「通行量原理主義」と「立地主義」』

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  • 【キラリ輝く繁盛店づくり】
    お客に見える店づくり―見える化をテーマに【個店の繁盛】から【商店街活性化】、【中心市街地の商業集積としての再構築】まで一貫した取組を支援します。
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