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基本計画 なにが挫折したのか

 相次いで報じられる「認定基本計画」の蹉跌について、私は、「第一号認定計画」をモデルとする路線そのものの失敗が実証されていると考え、述べています。

 モデルとは、
①もはや商業活性化は商業施策だけでは達成できない、と論証抜きで断定し、
②中心市街地に居住する人口、中心市街地を来訪する人口を増やすこと、通行量を増やすことが重要であるとして、
③居住施設、物販・非物販の集客施設の整備、イベントの開催などに取り組む
という方向性をもった計画です。
 商業振興策としては、市街地再開発、景観整備、空き店舗対策などが盛り込まれています、いずれも旧計画に於いて取り組まれ、効果を挙げられなかった内容です。
さらに、推進体制は新スキームに準拠して形式的には組織されたが、実際にす窯業活性化をどう推進していくのか、シナリオもスキルも持ち合わせておりません。

 モデルに欠けていたのは、中心市街地の商業機能を活性化させるためには、当該都市とその周辺に立地する商業機能を分析評価し、
消費購買行動の変化と照合することで、中心市街地所在の商業集積群の事業機会を再定義する、事業機会を獲得するためにみずからの「業容」を転換していく、という取り組みです。

 早い話。中心市街地・商店街を活性化したいと思ったら、すぐさま直面するのが「郊外型商業、とりわけショッピングセンター、とりわけショッピングモールとの関係をどう考えるか?」ということです。中心市街地の商業集積が活性化するためには、広域商圏からのショッピング客の誘引は絶対条件です。
端的には、ショッピングモールとの関係です。ショッピングモールを横目に見ながら、アクセス条件の劣る中心市街地へ、わざわざショッピングに出掛けてきてもらうには、どのような商業機能であるべきか?
ショッピングモールに真っ正面から挑戦するのか、それとも「棲み分け」の道を構築するのか?

 イの一番に考えなければならないことですが、この仕事を完全に放棄して走っているのが第一号認定の両基本計画であり、これをお手本にした後続の基本計画です。
 商業機能として目指すべき方向も定めないまま、住む人・来る人を増やし、イベントで通行量を増やせば街は活性化する、取り組みの目標は、「人の数」だ、という路線ですが、人は増えても街は活性化しない、それどころか「集客核」として設置した商業施設自体も所期の業績を挙げることが出来ない、人は増えたが商業の空洞化は一層進展している、というのがこれまで新スキームで認定された基本計画を推進中の都市・中心市街地の趨勢です。

 ということで、挫折が明らかになった、中心市街地の実状として明らかになったのは、あれこれの個別都市の基本計画だけではなく、これまでに作られている基本計画の背後にある「人を増や市、イベントに取り組めば街は活性化できる」という基本的な認識曽於ものです。このことに早く気づかなければいけない。

 背後にある理論とは何か?
「商業の盛衰は人口に依拠する」という、もの不足・店不足維持代の商店街だけに通用した経験則を「商業・永遠の法則」と勘違いしている「理論」です。
 その典型が藻谷浩介氏の言説。
“商業は、まちの花、花を咲かせたかったら根や茎にあたる「居住人口・来訪人口」を増やせ”という、当時、全国的に喧伝され、追従者が多かった藻谷理論ですね。
その理論的水準については既に論破済みです。
(論破しても実務で生き続けている、ということこそが批判の根拠、実務レベルに影響が無ければ放置しておくべきところです)

 藻谷氏はその後、商業は「何を売るか」ということが大切、と微妙に主張を変えています。
なにやら商業を活性化するには商業自体が頑張らなければならない、ということのようですが、しかし、それ以上のことは一言も言っておりません。
“「何を売るか」が重要である”というのなら、郊外のショッピングモールは何を売っているか、という分析をしたうえで中心市街地所在の商業は「これを売れ」と提案すべきではないのか。

 「何を売るか」が重要である、といいつつ、実務レベルの提案は“空洞化の元凶は地権者、対応するには空地空店舗を集約、一元管理せよ、ということらしい。
一元管理の有無に関わらず「何を売るか」ということが重要だったのではありませんか?

 さらに。
「何を売るか」ということの重要性に心の底から思い当ったのなら、「何を売るか」は「如何に売るか・どこで売るか」と密接不可分だということが分かります。
コンビニエンスストアの「何を売るか」=「品揃え」は、ほとんどスーパーマーケットに包みこまれていますが、それでもちゃんと共存しているのはなぜか?
「何を売るか」だけではなく「如何に売るか・どこで売るか」が構築されているからですが、このあたりを考え合わせれば、「何を売るか」は「業容三点セット」に直結します。

 いうまでもなく「何を売るか、如何に売るか、どこで売るか」は、品揃え・サービス・環境の三点セット、つまり当社のいう「業容」ですから。

 空洞化している商店街の各個店、「何を売るか」はどうなっているか? 藻谷氏が賞賛してやまない佐世保市四ヶ町の「何を売るか」はどうなっているか?
「何を売るか」が重要なら、これの改革に取り組むことで商店街は活性化できるのではないか?
といったあたりには思いが及ばないらしい。

 業容論無き商業理論は、役に立ちません。まして、「何を売るか、が重要だ」と唱えつつ、“空洞化の元凶は地権者、不動産を集約活用すれば街は活性化できる”というのはいったいどういうわけでしょうか?
 このところ伝えられるのは「集約して利用した」施設の挫折ばかりだが・・・。

 ということで。
挫折したのは、これまでの基本計画が意識的・無意識的に依拠してきた、「人が増え・通行量を増やせば、その結果として街は活性化される」という考えそのものです。

 したがって、取り組みを立て直すには、基本計画飲みなおしはともかくとして、まず、商業の活性化は商業機能を活性化することでしか実現できない、という当たり前のことをしっかり確認し、商業者の自助努力ガム買うべき方向と方法を明らかにし、合意を得て組織的に取り組んでいくことを目指さなければならない。

 つまり、クオールエイド的「活性化への道」を一例とするいうな取り組みを模索しなければならない。まずは適切な「商業理論」を装備しなければならない。

 時々、“商業者は努力しない”という声も聞かれますが、逆にお聞きしたい、あなたは商業者に「自助努力の方向と方法」を示すことが出来るんですかと、と。
商業者は自助努力をしていますからね。イベントとか安売りとか。
その結果が業容の劣化をもたらしているわけですが。
商業者は「何もしていない」からではなくて「間違った方向で自助努力をしている」ことが空洞化を引き起こしているのです。

 若干脇にそれましたが、基本計画・暗黙のデフォは挫折しました。一方、計画の進捗状況は毎年報告するわけですが、劣化スパイラルの進展について“核が撤退したから”というのは言い訳になりません。
活性化に取り組んでいる間に核が撤退? 計画作成時の状況分析では核の様子はどうなっていたのか? という疑問が突きつけられることが予想出来ないようでは担当失格です。

 中心市街地活性化の実務の根拠となっていた「理論」は挫折しました。その証拠は先行事例の中にいくらでも見ることが出来ます。
この状況において、中心市街地・商業の活性化を目指すとすれば、まず、根底となる「商業理論」を修得し直す、という課題があることは容易に理解されるところ、あとはどう実践を組み立てるか、ですね。

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    お客に見える店づくり―見える化をテーマに【個店の繁盛】から【商店街活性化】、【中心市街地の商業集積としての再構築】まで一貫した取組を支援します。
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