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単年度・単発事業

●単年度・単発事業

このテーマを掘り下げてみましょう。

商店街活性化の取り組みにおいて、全国各地で取り組まれている事業がことごとく、単年度・単発事業であり、その成果はほとんど上がっていない。にもかかわらず、繰り返し繰り返し取り組まれているのは何故か?

その秘密。

第一に、「活性化事業」の活性化とは街がどうなることか、誰も考えていない。このため、商店街活性化とは単年度・単発事業に取り組むことだと考えられている。つまり、事業に取り組むことそのものが自己目的化している。

第二に、商店街が取り組む各種の活性化事業は、個店にとっては「おつきあい」の対象でしかない。そういう位置づけだから、個店にはね返る成果などははじめから期待していない。
賦課金さえ無ければどんどんやればいい、つきあうよ。という程度。

「意欲がある商店街」ということで補助事業に取り組んでいる商店街の実態は、ウソや誇張は全くなし、おおむねこんなものではないでしょうか?

違うという人、反論待ってます(^_^)

ちなみに、中心市街地活性化推進室のデータ、当社で集計したら次のようになりました。

ハード面
駐車場整備    9 
公園等整備   19
交流施設整備  61
景観・区画整理 43
歩道整備     23
アーケード      8
空き店舗対策  54
その他の事業  30

ソフト面
意識改革     5
市民参加     37
循環バス     6
IT活用     6
お祭りイベント 66

ご参考まで。

ちなみに。
「活性化」ということが街に繁盛店が増えること、というような意味を持っているとしたら、上記の事業メニュー、全部取り組んでも活性化は実現できません。
その理由はおいおいと。


●このギャップを直視せよ!

◎行政は、商店街の活性化を支援するために活性化事業のメニューを提供し、

◎商店街は、活性化とは活性化事業に取り組むことであると考えて事業に取り組み、

◎個店は、「商店街へのおつきあい」と考えて事業を承認する。

 商店街活性化事業、こういう取り組みだと考えて大過ないと思いますが如何でしょうか?
これでは活性化事業の成果が挙がらない、のもムリはありませんし、さらに、誰もそのことを問題にしない、という現状も理解できるというものです。

おっと、財政担当はしっかり問題にしていますね。
「費用対効果」、だんだん批判が強まっているように部外には何となく。


さて、では、この恐るべきギャップ、
いったいぜんたい、どこから生まれたのでありましょうか???

●ギャップの原因

行政は「活性化」を支援する補助事業を提出し、
組合は、「活性化」=補助事業に取り組むこと、と考えて事業に取り組み、
店主は「立地している商店街へのおつきあい」と考えて事業に参加する・・・。

三者三様の理解のもとに年々歳々事業に取り組んでいるわけですが、それにしても恐ろしいギャップ、いったいいつ、何が原因で生じたのか?

 原因自体は簡単なことでありまして。
ギャップが発生したのは、「活性化」というコトバの定義をしなかった、ということが原因です。
「商店街活性化とは商店街にどのような状況が生まれることを意味しているのか、そこでは個々の店舗の様子はどうなっているのか」ということについて、統一見解がなかったことが同床異夢の根本要因ですね。
タッタこれだけのことでアナタ、全国の商店街活性化の取り組み、そのほとんどが制度所期の成果を挙げられない、という現状をもたらしているのであります。

考えてみましょう。
もし、商店街活性化とは商店街がどうなることか、きちんと定義されていたとしたら、活性化の取り組みとは、その定義された状態を商店街にもたらすために取り組まれる事業だと言うことになります。
活性化事業に取り組む前に、我がまちが活性化されるにはどのような事業に取り組まなければならないか、目的と現状からやらなければならないことが析出される。この取り組みについて補助事業のメニューなどを活用しながら取り組む、ということになる。
その結果は、当初目指した「活性化された状況」にどのように接近出来たか、ということで評価することが出来る。

個店についても同様です。街が活性化されるとは、街に立地している各個店にどのような状況が生まれることを意味するのか、ということが明らかになっていれば、事業には当然、各個店が取り組むべき仕事も含まれていなければならない。これは補助事業のメニューの有無に関係なく絶対に取り組まなければならないことです。

本来ならば、以上のような取り組みになるべきだった商店街活性化の取り組みが、活性化事業の消化で終わっているのは、上述したように、「商店街活性化とは、街が・個店がどのような状態になることか」という「定義」がされていなかったために、立場と問題意識のあり方の違いで好き勝手な思いこみで、事業に取り組んで来たからですね。

コトバの定義って恐ろしいですよね~

 では、何故今考えてみれば不思議としか思えない「手抜き」が何故生じたか? 何故「活性化」という専門用語は定義されなかったか? 全国あらゆる場所で日々使われている商店街活性化というコトバ、何で・ドーシテ定義されていないのか? ということを考えてみましょう。

何ごとによらず、「事業の目的」ということを第一番目に掲げずにはおられない行政が、どうして「商店街活性化」に限ってはその目的を定義しなかったのか?

 中心市街地活性化も同様、中心市街地活性化とは中心市街地がどうなることを指しているのか?
皆さんの『基本計画』、きちんと書いてありますか?
書いてないとたぶん、商店街活性化の二の舞ですからね。
中心市街地活性化基本計画策定の目的は中心市街地を活性化することである、などと書いてあったりして。

●スタート時点

「活性化」というコトバ、どうして定義されていないのか?

その理由は、商店街施策が体系的に講じられるようになった時代までさかのぼります。
商店街振興組合法が制定された当時、地域一番の商業集積といえば、これは中心商店街であり、この時期は商店街に立地する個々の店舗についても最盛期でしたが、やがて、街区内に進出した「大型店(百貨店、スーパー)にその繁栄を脅かされるようになりました。

 同一街区内でお客が大型店に集中する、という事態が生まれ、「商店街は<規模の力>に対応しなければいけない」という事態に直面して、その対応として考えられたのが「活性化(当時は「近代化」と称されていたといたと思いますが、以下、「活性化」に統一します)です。スタート当時は「活性化」とは「同一街区内の大型店対策」のことでした。「大型店対策」に「活性化」という命名したわけで、関係者にはそのことは十分理解されていました。
何しろ、競合というか、大型店による商圏侵食は現実直下のことでしたから。

 このような経緯で生まれた「活性化事業」、その多くは組合事業による「大型店を手本にした規模のメリットの実現」ということで、大型店の店づくりの「後追い」でした。アーケード、カラー舗装などの施設整備、スタンプ事業、イベントなどの販促事業、大型店の有り様を見習い・追随するものがほとんどです。

  事業は大型店との「競合」に効果を発揮したか?
発揮できませんでした。それというのも、大型店は上に列挙したような施策で集客していたのではなく、当時の消費ニーズにきちんと対応したデスティネーションを作っていました。「いい物をどんどん安く」。商店街が追随しえt取り組んだ「活性化策」は大型店にとってはデスティネーションを補完するものでした。
したがって、商店街側が取り組んだ活性化策の結果、大型店が敗退する、という事例はほとんどなかったはずです。

しかし、「大型店対策」は意外な効果を生みました。
それは、隣接・競合する商店街に対する競合対策として抜群の力を発揮したのです。

「商店街間競争」つまり、どちらの商店街がお客から見てより魅力的か、ということですが、他の条件がこれまで通りとすれば、新しくアーケード、カラー舗装、スタンプ事業、イベントなどに取り組む商店街の方が取り組まない商店街よりも吸引力が強くなることは言うまでもありません。

さらに。
対・隣接商店街競合ということでは、大型店の吸引力が抜群の力を発揮しました。
つまり、大型店が「核」機能を発揮、「活性化事業」とあいまって「自然発生的核付きモール」という形が出来上がりました。
この結果、「活性化事業」に取り組まない・大型店が立地していない、隣接商店街との競合にうち勝ち、「地域一番商店街」となったのです。
活性化に成功した商店街の隣には必ずと言っていいほど、競合に敗れた商店街があったものでした。

この時期の活性化事業の目的には、購買力の上位都市への流出阻止ということも掲げられていましたが、共同事業の実態から上位都市とデスティネーション面で競合する、という根本的な施策には取り組まれていません。「成功」は目的とは大きく異なり、隣接商店街との「域内競合」に勝ったことでもたらされたものでした。
このことは当時も余り注目されなかったと思います。
(当社サイトでは以前にも取り上げています)

活性化事業は、大型店対策、購買力流出阻止を目的に、前述したような事業をメニューとして取り組みがスタートしました。
取り組みは、当初の目的を達成することは出来ませんでしたが、隣接商店街にダメージを与えることで、事業の成果をあげることができました。

発足当時、「活性化事業」にはそれなりの効果があったわけです。
事業は「成功」事例を視察した各地の商店街にどんどん波及しまして、ついには全国において取り組まれるようになりました。

「活性化事業」は前述の目的でスタートしましたが、それから以降、あらためてこの目的について再検討されることもなく、現在まで連綿と続けられているわけです。
その間、「核」であった大型店は郊外へと移動し、「上位都市の中心商店街」は、空洞化の一途をたどっていますが、事業はスタート時点のまま、一日十年のごとく続けられ、今日に至っています。

●普及過程

スタート時点からしばらくの間、「活性化事業」は優れたリーダーを持つ商店街において取り組まれ、前述のような「成功」を修めた結果、全国的な追随が生まれました。

追随する側は、「成功」をこの目で見ているわけですから、「活性化事業」に取り組めば、我が街にも〈先進事例〉と同じような効果をもたらすことが出来る、という錯覚が生じました。
かくて、活性化事業への取り組みは、何の疑問を差し挟まれることもなく、どんどん普及していきました。

やがて、大型店が移動する、郊外に大きなショッピングセンターが開設される、という時代になっても商店街の取り組みは相変わらず、「活性化事業」のまま続けられています。今となってはもはや何の効果も無いということが明らかになった?活性化事業ですが、未だに、相変わらず、というか財政事情が厳しくなった分だけ「ちゃち」になりながら続けられています。
これはどうして?

●現  状

ぶっちゃけ、商店街&個店の繁栄にこれといって貢献できない活性化事業ですが、どうしていつまでも続けられているのか?

この理由もはっきりしておりまして、商店街の内部では誰もそう言う役割を「活性化事業」に期待していない、ということであります。

もともと、多くの商店街組織は、活性化事業・補助事業の受け皿となることを期待して作られています。
このことは、商店街振興組合法などを見ても明らかです。
商店街の組織は活性化関連の補助金を利用した「活性化事業」の事業主体として作られている、ということであり、この組織に期待されていることは補助事業に取り組むこと、です。
執行部は、活性化事業の事務取扱、役員は商店街のお世話係、というとになります。

この組合の性格は大変重要ですから、しっかり覚えておきましょう。
執行部の基本的な性格は、商店街が本来目指すべき・集積全体のデスティネーションの充実による商業集積としての再生、を目指す司令部ではなく、デスティネーションからみれば補完物でしかない「活性化事業」の事務局・お世話係でしかない、ということです。

執行部には、「活性化事業」に取り組みながら、「活性化とは街および個店がどうなることか、そのためにはどのような事業に取り組まなければならないか」と行った問題意識は全く無いはずです。

厳しい環境条件のなかでこのようなレベルの問題意識しか持たない執行部が何故執行部として存在出来るのか?
それは、言うまでもなく、組合組織の構成員である個店の経営者の皆さんがそういう認識しか持っていないからですね。

組合員に共通する認識。
商店街活動・活性化事業は商店街で商売をやっている以上、おつきあいしなければならないこと、執行部は無報酬でそのお世話をしてくれる人たちですから、文句はなにもありません。

●秘密の商店街(W

商店街のこのような状況は、商店街の成立過程にそもそもの原因があります。
商店街はよく「自然成長的商業集積」である、といわれます。自然成長的商業集積とは何か?
本当に商店街活性化に取り組もうとするならば、ここに注目しなければならない。

自然成長的商業集積とは:
個別の動機・計画で出店した個店が集合している商業区域のこと。
つまり、何らかの理由で「自分の商売にとって好立地だ」と判断した人たちが過去のある時期を通じて離合集散した結果が現在の商店街です。
したがって、基本的にその成り立ち・関係は、郊外・バイパス沿いのフリースタンディング店舗が集積している地域における個店相互の関係とたいして変わりません。しいて違うところを挙げれば「共同事業」の有無でしょうが、これだって郊外の方でも取り組んでいるところがあるでしょうからね。

 となりのお店との関係は、「地縁」であり、「事業」や「集積」ではありません。
活性化事業の実施主体として設立された組合あるいは任意団体の
目的は、個々の店舗の事業活動を補完する性格の事業、特に個店単位ではなかなか取組むことが難しい事業について共同で取組むことです。

すなわち、商店街組織の大前提は、「組合加盟の個店の経営内容については立ち入らない」ということであります。
たまたま、縁あって同じ町内に立地している店舗同士、事業活動を補完する事業については共同してやりましょう、ということが趣旨でありまして、なるほど、この趣旨を前提に考えれば「活性化事業」が単発・単年度制になっていることも納得されます。
う~む、このことはこれまで気がつきませんでした。

ところが、単年度・単発事業で補完するはずの商店街、空洞化・業績不振という現状は、立地する各個店の経営ノウハウとお客のライフスタイル~ショッピングパターンとの間に「暗くて深い河がある」、ミスマッチ状態が主因で発生しています。
つまり、活性化事業がその前提としていた「個店の業容」については問題なし、という条件が崩れているわけで、言ってみれば「補完」しようとしている本体そのものがガタガタになっているわけですから、補完が補完にならない、というのも無理も無いと言えば無理もないことですね。

今日取り組まれている商店街活性化事業、問題は商店街ではなく商店街を形成している個々の店舗のシャッターの内側にあるわけですから、効果が上がらなくても当然かも、ということです。
ショッピングのファイナルデスティネーションは、商品を持ち帰り、生活の中で使用する、ということですから、デスティネーションのレベルでは「補完」の効能効果はほとんど役に立ちません。

●聖 域 ?

商店街活動において、「個店の経営状況」については「触れてはいけない」ということが暗黙のご了解の一つ。

もともと、個々のお店が寄り集まった自然成長型商業集積ですから、「個店の存在、業容・業態」は大前提でありまして、この大前提を踏まえた上で「商店街活性化事業」が展開される。
したがいまして、「個店の業績」などを云々する、などということは商店街組織の大前提を揺るがしかねないことでありまして、もちろん、御法度中の御法度ですよね。

  何しろあなた、経産省が昨年発行した『消費者にとって魅力あるまちづくり・実践行動マニュアル』、「既存店強化」が強調されておりますが、これを新聞が「はじめて聖域に踏み込んだ」と報道したくらいです。(もちろん、これは御法度に抵触しますから、現在の商店街組織が取り組める事業ではありません)

 まあ、聖域と呼ぶか否かは別として、個店レベルの経営の実態について組合あるいは組合が事業主体となる事業で云々することはこれまで出来なかったことは事実です。組合の会議でも「空き店舗対策」は議論されても「空き店舗・候補店舗」については、どんなにせっぱ詰まっていても論議の外ですね。なかには空き店舗出店者の家賃補助よりうちの店の家賃をなんとかしてくれ、といいたい人もありそうですが、これは問題外。かくして空き店舗のオープンとお隣の閉店とイベントが重なったりする。

 商店街の皆さん、皆さんが自分のお店について、これからもずうっと商売を続けていきたい・続くようにしなくては、とお考えならば、せっかく結成し・維持してきた商店街組織ではありませんか、なんとかこれを活用していきたいと思いますでしょ?
  商店街立地のお店、これまでのようにひとりぼっちではなかなか生き残ることが出来ません。あらためて組織をきちんと立て直し、名実共に組織の力を発揮することが必要になっています。

●孤立し煩悶し・・・

  組織の有無に関わらず。
商店主は厳しく・辛い立場に立っています。
これは、商店街組織のお世話をしている役員さん方も一般の会員さんも全く同じです。
ともかく売れない、郊外の動きはさらに激化、大型店の新規出店が商店街隣接などという場合はもちろん、一段と厳しい。もともと適切な対応がとれるような組織ではありませんから、最初から組合に対応策を要請しても実効ある取り組みは期待できませんから、厳しいお店ほど頼りにしょうとはしません。

  組合の会議では街のこと、都市の課題などなど談論風発でありますが、その実、それぞれの商売の実態については絶対に話題にならない。たまに出るとすれば、今度廃業することになった仲間の話を「例」にするくらいでしょう。
どうでもいいことは議題にできるが、自店~各店の存続に関わるような問題になるとなんだか議論しにくい、というような気配が伝わってきます。

 商店街のキャッチフレーズは「運命共同体」ですが、本当は全く違いますね。店主の皆さんはそれぞれ完全に孤立、お店の先き行きについて相談相手は家族だけ、という人も結構あるはず。なかには家族にはとても言えない、という人も・・・。

  というような状況が商店街のシャッターの内外の状況でありますが。
さて、街のお世話係・役員の皆さん、自店の繁盛再現と街の「買い物の場」としての再生を一つにまとめた取り組み、運命共同体への生まれ変わりのラストチャンスとして取り組む以外に、
  何かすることがありますか?

●問 題

  さて、皆さんが、自分たちの街を今後も自分たち・店主から見た「商売の機会」、お客から見た「買い物の場」で有り続けさせようとお考えならば、現在~将来の生活と購買行動の変化をしっかり理解&予測してお客にとって「買い物の場」にふさわしい条件を整えることが必要です。いつも同じお説教で恐縮ですが。

  なかでももっとも大切な条件は、「お客がお金と交換・持って買えるにふさわしい商品が提供されていること」です。
これまたいつも同じ台詞、改めて言うまでもありませんけど。

  現在、商店街に立地する個店の業績がふるわないのは、けして立地条件、立地の集客力に問題があるからではありません。
問題は、それぞれの個店にお客から見た「欲しい商品」、お金と取り替える商品が提案されていない、ということです。
毎度のことながら、商店街立地のお店の場合、提案する商品は「郊外のショッピングセンターを横目で見ながらわざわざ求めに来る商品」が中心になります。もちろん、商店街のなかには街区周辺に住んでいる人たちの「コンビニエンスニーズ」に対応するお店もありますが、これらのお店も「利便性」にあぐらをかいていては先行きが暗い。商売はあくまでも持ち帰る商品が貢献する生活の満足、にあるからです。
利便型店舗といえども品揃えが命であることに変わりはありません。

 皆さんの街が・全体として・これからも「商業機能」として存続することを目指すのならば、当然、街全体が「買い物の場」としてその中味=品揃えを充実させることが何よりも優先して取り組まなければならない課題になります。

  この課題に取り組まなければならない皆さんの仲間には、今を去ることずう~っと昔、店前通行量を当てに・「見よう見まね」で・「露店型商売」を始めた人、そのお店をそのまま継承したという人が結構多いのではないでしょうか。そういう皆さんのなかには、オープン以来、今日まで、お客の立場に立って抜本的に商売のあり方を見直す、という機会がないまま過ごしてきたという人も少なくありません。

 商店街立地のお店は、全体として、商店街全盛期・まだ郊外のショッピングターが影も形も無かった頃と比べてけして進化・成長しているとは言えません。
もの余り、店あまりと言うことが誰に目にも明らかになった今日ですが、商店街に立地している多くの店舗はいまだに「わざわざ出掛けて買い物を楽しむ」というショッピングの行き先=デスティネーションを作っていない、作らなければいけない、ということを理解する機会が無かった、ということです。

  いろいろと手なおしは試みられているものの、基本的にもの不足・店不足という古き良き時代の経営感覚が続いていますから、店づくり=デスティネーションという発想にはほど遠い。
お客から見れば、わざわざ出掛けて「何とでも交換できるお金」を手放す理由何の興味もが無い、ということであり、もちろん、そういう「買い物の場」には全く興味も持つことが出来ません。

  お客のデスティネーションは、「お金と商品を取り替える、商品を持ち帰り生活で使う」ということです。このデスティネーションを他のこと(例えば、サービス、価格、立地など)で代替することは出来ません。お客がお店に来るのは商品を買い上げ・持って帰利、使って楽しむですから、持って帰るに値する商品が無い=商品・品揃えの不十分さを他の条件をあれこれ工夫することで補うことはできませんね。あなたにとって分かり切ったことですが。

  問題はあなたではなく、商店街の仲間にある、ということで。
現在、商店街で取り組まれている各種の事業ですが、それらの事業が各個店の不十分な「デスティネーション」の補強となり、お店の売り上げに貢献してくれる、と考えて取り組んでいる人がいるとしたら、その人はよほど楽天的な人でしょう。多くの人は商店街の事業について、自店の至らなさを補完してくれることを期待してではなく、単なる「商店街にいる以上やむを得ないおつきあい」として参加しています。もちろん、他に事業は取り組まれていませんから、商店街ぐるみで取り組んでいる唯一の事業が「おつきあい」の事業でしかない、ということになります。

  考えてみれば恐ろしいことです。
経営環境が厳しくなる一方のなかで、商業集積として生き残るために待つぐるみで取り組んでいるのが、主催者である皆さん自身「効果がない」と考えている「活性化事業」だけなのですから。

  「活性化」を目指して死にものぐるいで努力しなければならない立場の人たちが、「活性化」ではなく「活性化事業」へのおつきあいでお茶を濁している。
これで街全体が「買い物の場」としてのデスティネーションを作りあげることが出来るということは、奇跡でも起こらない限りムリですね。無神論はびこるニッポン国の中心商店街、奇跡が起こるハズはありませんから、「買い物の場」のはずが「商品店晒しの場」となるのもムリはありません。

 ということで、活性化事業が商店街活性化=繁盛する個店が軒を連ねる、という全盛期の状況をお客の意識も競争環境もすっかり様変わりしたなかで再現する、という仕事の役に立つハズがありません。
もし商店街のなかに本気で役に立つと信じている人がいるとしたら(いないこととは思いますが)、
ばっかじゃないのぉ、といわざるを得ない(W

●もし皆さんが

  あなたのお店をはじめ、商店街の各個店がデスティネーション理論をきちんと理解し、店づくり・品揃え/サービス/環境 の3点セットをお客に合わせてしっかり作りあげている、と仮定しましょう。

そうしますと、「単年度・単発事業」などと悪口を書いた(おかげでアクセスが減っているようですが(笑 )活性化事業の数々がしっかり役に立つのであります。
環境整備、集客イベント、販促サービ等々、どの取り組みをみてもデスティネーションで満足したお客をさらに満足させる仕掛けとして喜んでもらえます。
ただし、デスティネーションが不備では何の役にも立ちません。

活性化事業、当初、一番商店街づくりに効果があったように思えたわけですが、実は当時、皆さんのまちは事業に取り組まなくても繁盛店が立ち並ぶ買い物の場でありました。買い物の場として地域の皆さんに支持されていた街が、活性化事業に取り組んだ、その結果、お客に喜ばれました、ということでありまして、デスティネーション喪失・つぶれかけた「買い物の場」が活性化事業で再生された、という事例は全国、ただの一個所もない、と断言することが出来ます。

活性化事業の役割&限界はよ~く分かった、とおっしゃるあなた、それではこれから何をなすべきか?

●地縁組織から盟約組織へ

 もともと自然発生的に形成された商店街を一個の組織にしたわけですが、時代的な条件から組織の目的は、商店街に立地する個々のお店の商売を「補強」する事業に取り組むことでした。

今日、問題は店舗本体の事業の「補強」ではなく、事業そのものの中味をどうするのか?というところにあります。
つまり、個々のお店の中味そのものが革新に取り組まない限り、個々の店舗の繁栄、ひいては商店街全体の「商業集積」としての活性化も実現することは出来ない、というところに来ているわけです。ご承知のとおり。

 現在の組織=商店街という地域の「立地条件」を改善する事業の受け皿=商店街という地縁で結ばれた組織から、商業集積としての再生を目指す、という目的を共有する組織へ、組織の性格を転換することが必要ですが、一挙に転換することは出来ません。
ペーパー上の計画でなら出来るかも知れませんが、実地に成果をあげていくとなると話は別ですね。

 問題は、地縁組織から盟約組織へ、この転換をどのように進めるか、ということですが、これはもう、プロジェクト・コミュニティモールを立ち上げれば一発で解決です。

※Yさん、あなた向けに書いていますからね~(^_^)

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進化する売場研究会

  • Author:進化する売場研究会
  • 【キラリ輝く繁盛店づくり】
    お客に見える店づくり―見える化をテーマに【個店の繁盛】から【商店街活性化】、【中心市街地の商業集積としての再構築】まで一貫した取組を支援します。
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