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店前通行量という迷信 (1)

□問題の所在

 新しい『中心市街地活性化法』の枠組みでは、認定の基準となる「数値目標」をどう設定する野か、ということが大問題ですが、現場ではほとんど問題視されることなく、設定されているようで、総理大臣の認定を受けた計画等でも、「居住人口」や通行量の増大」が目標数値として掲げられています。

居住人口が増えれば中心市街地は活性化したと言えるのか?
通行量が増えれば商店街は活性化したと言えるのか?

 商店街の通行量などがなぜ「中心市街地の活性化」を評価する尺度として有効なのか、どういう根拠にもとづいてこれらの数値が「達成すべき目標」つまりは、「この数値を達成した暁には中心市街地は見事活性化されている」となぜ言えるのか、という肝心要のところは全く研究された形跡がありません。

“商売がダメになったのは通行量が減ったから”とか“人口が減ったから”という商店街のOBさんたちが酒の席でしゃべる治部の現役時代の“昔は良かった”話の結びの一言とどこがどうちがうのか?
まさか、そのまんまということでは無いだろうと思うのですが・・・。

 人口・通行量を活性化達成を図る尺度とする根拠は、明らかにされていない。人口が増えている、通行量も回復した、しかし、商店街の売り上げは以前として長期低落傾向のまま、すなわち商店街活性化は実現していない、という事例がありますからね。
つまり、人口が増え・通行量が増えても商店街は活性化するとは限らない、という事例があるわけですから、人口が増え・通行量が増えれば中心市街地・商業の活性化は自動的に達成される、と信じて数値目標にしたわけですから「なぜ達成できると信じるのか」その根拠を明らかにすべきです。
もちろん、明らかに出来ないならば、そういう数値目標は設定せずにもっと実際的な数値を目標にすべきです。

 なぜ、人口や通行量が目標とするにふさわしいのか、きちんと説明出来なければ「商店街のOBさん」の「昔は良かった」とどこがちガうのか? ということになりかねません。
 OBさんの回顧談は結構ですが、基本計画の場合はそれで「人・もの・金」が動きますからね。散々使ったあげく、“ダメでした”というわけにはいかないでしょう。


□ 考えられる言い訳

 通行量を目標数値にするのは、商店街の魅力が付いてくれば、お客が帰ってくる、そうすれば通行量は増える、だから通行量を増やすということは、商店街の魅力アップの結果であり、当然、魅力を向上させる取り組みをするのは当然だという言い訳がありそうです。

これが言い訳にすぎないことは明白で
①活性化と通行量の関係をいつの間にか逆転させている
②もし、通行量が「結果」なら、その結果をもたらす施策をきちんと
 計画すべきではないか・・・。

 「通行量増大」がなぜ実現を目指す数値目標として適切なのか、その根拠を示す、という作業は目標数値を算定する前にやっておくべきでしょう。
そもそも、あなたのまちの旧『基本計画』がうまく行かなかったのは、ぶっちゃけ、本当に「数値目標を設定していなかったから」だったでしょうか?
という「総括」に関する問題もあるわけで、旧『基本計画』の見なおしについてどういうスタンスで取り組むかということは、新計画の出来映え・実効性を左右する課題でありまして、プランナーたるもの、新・基本計画を一瞥すれば「総括」のスタンスは一目瞭然のはず、総括の水準はそのまま新計画の実効性の水準に直結しています。

おっと、今回は通行量がテーマ、計画論議は端折って通行量と活性化の関係に戻ります。


□“賑わい創出”という蒙昧

根拠無しでの垂れ流しが予想される“これから流行る活性化用語”
○魅力ある個店づくり
○一店逸品
○賑わい創出
など。中でも“賑わい創出”は、“数値目標”ナンバーワン・通行量との関係から、頻出することでしょう。

 ということで、「賑わい」についてあらためてもう一度考えてみましょう。

「賑わい」とは何か?

□「商業はまちの花」理論
 そもそも「賑わい」とは“そこで何が起きている場合を表現する言葉か”ということがあきらかにされていないと、中心市街地活性化という大仕事のなかで、それも中心的な役割をになう言葉として使うことは出来ません。

 誰かが定義しているだろう、などと安心しているととんでもないことになりかねません。そもそも「誰かが」きちんと考えていれば、今の状態は起こらなかったかも知れないのですから。「賑わい」この大和言葉は曲者です。
中心市街地・商業の活性化関連で「賑わい」という言葉を使うならば、「個店の店先・商店街全体が買い物客で賑わっている」という情景を意味しないと、それこそわざわざ使う意義がありません。
「賑わい創出」は、「売れる店・売れる商店街」づくりのことであるべきでしょう。

 という、あったり前の立場と真っ向対立するのが、「商業はまちの花」理論です。
当サイトではこれまでも幾度と無く検討・批判してきましたが、活性化達成の数値目標として「人口」や「通行量」を掲げるところは、少なくないのではないかと思われます。

あらためて、さらにきびしく批判しておきます。


□ありがちなレトリック

 ちょっと外れますが。「中心市街地活性化講習会」のありがちな内容について。

「賑わい創出」がはやりですから、次のような話になります。
①中心市街地活性化の実現には商店街を活性化しなければならないが、それが全てではない。商業の活性化はまちづくりの手法の一つである。。
②商業以外の部分の取り組み、活性化が重要だ。
③地域全体の協力によって、にぎやかで元気なまちを作っていこう。

 こういうお話が通用するところでは。「商業・商店街の活性化」は「枕詞(まくらことば)」でありまして、以下の「本論」とはほとんど関係ありません。
本論は「商業活性化以外の手法によるまちづくり」のお話ばかり。
それも「論理」抜きの事例紹介ばかり・・・・。
ひょっとしたら当ブログにおいでのあなたのご当地でもこういうお話を聞く会が「勉強会」というタイトルで催されているかも知れません。
講師の先生がおっしゃりたいことは、早い話、「商業の活性化は無理だから、他のことで活性化=にぎわいを作っていきましょう」ということです。

 「商業が駄目なら他の手法でまちづくり」という、ありがちな考え方ですが、提案するのはほとんど商業については考えたことのない「まちづくりの専門家」さんであることが多い。
「商業だけでは無理・他の事業も展開しなくては」というレトリックに「そうだよね」と頷いたとたん、話は一挙に脱・商店街、脱・商業活性化路線へ突進します。

①中心市街地の活性化は必要である
②商業の活性化はその手法の一つである
という認識ですが、ちょっと待った(笑

このときの「中心市街地の活性化」とは街がどうなることを意味するのか?
漠然と「街が賑わうこと」などと考えるレベルは、商店街の空洞化への
対処がスキームとして提案され都市経営上の重要課題として取り組まれる今日的な情況で通用するものではありません。

 特に商業者は、こういうお話に「だよね」と言ったとたん、お店は、「閉店・廃業への道」に大きく舵を切ってしまうことになる。

 商業に無関係・無趣味の専門家の世間話的・「活性化・商業以外の選択肢」などに惑わされることなく、「自分の店が将来にわたって存続するためには」、何を為すべきか、ということを基準に「店づくり」の取り組む、その延長上で「まちづくり」を考え、「中心市街地活性化」を考える、というスタンスが絶対に不可欠です。
「商業離れ」を許しては中心市街地の活性化はあり得ませんから、こういう「講義」は論破しなければならない。というか、そもそもこういうお話が今どきの中心市街地で聞かれること自体がおかしいのですけど(笑

「中心市街地の活性化とは、(「法」のスキームを前提とする限り、)中心市街地の商業街区の活性化であり、ショッピングゾーンとしての機能の再構築である」これは当該都市の規模や母都市との位置関係など関係なく、すべての都市に該当することです。
ウソだと思う人はその旨書き込んでいただけば、きっちり説明します。

あなたの都市の関係各方面の方々にご一読いただく、というのも“有り”だと思いますので。


□通行目的の三大区分

 商店街の通行量とは、いうまでもなく“商店街を歩いている人の数”です。
人はなぜ商店街を歩くのか?
とりあえず「人が歩く」のは「歩くに値する目的があるからだ」としておきます。「暇つぶし」「散策」なども目的に加えます。
そうすると上記のとおり、人が歩くのは目的があるからだ、ということになる。

人はなぜ商店街を歩くのか?
あらためて考えてみますと。
①商店街を通過することが目的 の場合と
②商店街に来ることが目的 の場合とが考えられ、さらに②の場合は、②の1 商店街に買い物目的で来る場合と
②の2 商店街に買い物以外の目的で来る場合に分けられます。

 商店街の通行量とか、中心市街地の通行量とか一口に言いますが、その目的はいろいろでありまして、目的に応じて目的を達成するための行動も異なります。
商店街を歩いている人たち、あなたのお店の店前通行量のみんながみんな、買い物目的の来街客というわけではありません。

当たり前のことですが、通行量云々というアプローチをするときは得てして「来街目的」についての配慮はカッコに入れたままであり、最後までカッコから出さないままで議論が進められ、「数値目標」になってしまう、ということもありそうなので要注意です。

 いや、通過通行量やイベント来街者も潜在的・可能的な買い物客である、従って通行量を増やせば買い物客が増え、個店および街の繁盛・活性化が実現するという論法です、が基本的なところで間違っています。
 問題は、商店街に今現在オープンしているお店の数々、それらのお店は、非・買い物目的の通行量(すなわち個々の生身の人間)が増え、彼&彼女らがお店を一瞥したとたん、欲しくてたまらなくなるような、品揃え・業容を提供しているのかどうか、ということです。

 お店の業容が「買い物行き先としてOK」と評価されないと、いくら通行量が多くても、彼&彼女らが入店客・買い上げ客には変身することはありません。
あまりにも当たり前すぎ、かつ、何度も書いたことので、なんだか書くのが恥ずかしいのですが。

 あなたが「通行量」の one of them だったとして、商店街から期待されているような「変相(来街目的が変わること)」があり得ますか?

この稿は続きます。

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進化する売場研究会

  • Author:進化する売場研究会
  • 【キラリ輝く繁盛店づくり】
    お客に見える店づくり―見える化をテーマに【個店の繁盛】から【商店街活性化】、【中心市街地の商業集積としての再構築】まで一貫した取組を支援します。
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