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意識改革とか啓蒙とか

 当サイトが主要な活動範囲としている中心市街地活性化・商店街活性化というジャンル、業界ではよく飛び交うコトバがいくつもありまして、中には“誰も反対できないがよく考えてみるとなのこっちゃ”という「黄門さんの印籠」的文言も少なくありません。

 その一つが「意識改革」ですね。
活性化話が煮詰まった段階でよく出てくるコトバの一つです。
「活性化が進まないのは、結局、意識が遅れているから」であり、活性化を実現するためには、「やっぱ意識を改革しないと」とか「意識改革が先決だ」というように話が進むわけです。

 面白いことが二つありまして、
一つは、「意識改革」が必要なのは、言い出した当人を除く「誰か」である、さらにいえば、その発言が行われた場に出席している人を除く「誰か」である。
「そうだよね」ということで、この発言に対する異論・反論は一切無い、ということに決まっています。

 もう一つは、「必要だ」ということを確認するところで論議が打ち切りになること。
普通なら「必要だ」と認識されれば次は「意識改革をどう実現するか」という段階に議論が進むべきところ、絶対に話がそっちに進まない。必要性を確認したところでこの話はお終い、次の機会にはまた一から確認まで、というのが「意識改革」論議の通り相場です。

 と考えてきますと、まず第一に「意識改革」が必要なのは、そういう問題のとらえ方・発想に明け暮れており・かつ・その非生産性に気が付かない当該会議にご参加の皆さん方ではないでしょうか(笑。
どう「改革」するんですか?
というか、問題の立て方に問題がある(笑

 「意識改革」という発想のウラには「啓蒙」というコトバが見え隠れしておりまして、わが国において「啓蒙」とは明治以来、「進んでいるものが遅れているものを指導する」ことを意味しています。戦後、この役割を一手に引き受けてきたつもりなのが、「進歩的知識人」の皆さんですが、もちろん、「啓蒙」に勤しんで来たのはこの人たちばかりではありません。
「ものごとをかくあらしめているのは、関係者の意識が遅れているからだ」と決めつけ、「意識の改革」こそ問題解決の決めてである、と考え、関係者の意識を改革しようとする人たちは、保守・革新を問わず、すべて「啓蒙」を実践しているわけです。
 
 「啓蒙」といえば、わが国では“進んでいるものが遅れたものを導く”あるいは“正しいものが間違っているものを矯正する”ということになっています。
これは本来の啓蒙とはすると全く異なった方法です。
もともとの「啓蒙」とは、国王や教会からいただく「正しいものの見方・考え方」を基本に自分の生活を作っていくことから脱却して、「自分のことは自分で考える」ようにしようではないか、という提言でした。

 ヨーロッパで生まれた思想ですが、これまで「王権や教会」が示していた「ものの見方・考え方」に代わるものとして、「新しいものの見方・考え方」を提案するものではありませんでした。
それは自分で考えて作る、あるいは選択するものであり、これまでの「正統」を批判する方法として登場したのが啓蒙です。
従って、「啓蒙」は「王権や教会など既存の権威に代わる権威」であることを主張して登場したのではなく、「権威を批判的に検討する方法」として提唱されました。

 この「態度としての啓蒙」がわが国に輸入されたのは、明治初期ですが、“進んだ欧米に学ぶ”という国家的要請から、「制度としての啓蒙」すなわち“遅れている日本を進んでいる欧米に追いつかせる”ことが「啓蒙」となってしまった。
「態度」が「制度」になってしまった。

 以来、今日に至るまで、問題は常に「おくれている当事者」を如何に進ませるか、「意識の改革」が課題とされています。
「進んでいる」誰かさんが指導して少しでも「進んでいる位置」に近づける、というパターンが至る所に蔓延しています。

 問題がいろいろありまして、

□「進んでいる」と自覚している人は何を根拠に「進んでいる」と主張できるのか?

□彼らに近づくことが本当に「問題の解決」への接近を意味するのか?
などなど。

実はこういうアプローチの仕方そのものが解きにくい新しい問題の原因になっていたりするわけで、いやはや南友といったあたりについては、【理論創発】で考えようとしています。

 進歩派さんたちに比べれば、「意識改革が必要だ」とお考えの皆さんが「意識改革の方法」などを発明して実践されないのは、とりあえず結構なことですが、「これこそ正しい方法だ」という「方向と方法」が「進歩的立場」から提示されると、まっすぐそれを「啓蒙」することにならないとも限りません。

 「商業の活性化」は、“自力思考に基づく現状批判~仮説試行~評価の繰り返し”でしか実現出来ません。
この方法と「似非啓蒙」「意識改革」とは、全く異なるアプローチです。「意識改革の必要」は、ちょっと考えれば出来ない相談であることは明白、さっそく破棄して「自力思考」に舵を切られることをお奨めします。

いうまでもないことですが、「自力思考」とは“先入観を取り去って考える(出来るはずがない)”とか“人のいうことは聞かない(じゃどうすんのよ)”といったことを意味するわけではありませんよね。

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