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「まちづくり」はなぜ失敗するのか

「商店街活性化」は陳腐化した、ということで「まちづくり」と言い換えたのは、区画整理、核店舗整備、高度化事業という〈ハード事業〉に取り組んで成功する商店街が続出するようになってから。
まちづくり成功事例:区画整理、核店舗整備、高度化事業(カラー舗装、アーケード、駐車場)三点セットは何故成功したか?
それは、中心市街地内に於ける〈商店街間競争〉に勝ったからであって、郊外型商業施設に勝ったからではありません。

中活法以前、商店街活性化は〈大店法〉による調整と商振法による振興という二本柱で取り組まれていました。端的に言って、商店街が整備する核店舗は郊外への新たなショッピングセンターの進出から防衛されていたのです。
大店法当時、集積間競争は商店街vs商店街というものでした。
商店街活性化という名目で取り組まれた〈まちづくり〉の特徴は
1.商店街単位の取組
2.ハード事業中心
3.大店法による調整をパスする大手スーパーとの連係
など。このセットで〈商店街間競争〉に圧勝することが出来ました。昭和50年代当時の話。


「まちづくり成功事例」として視察の対象となった商店街の傍らには、競争に敗北し、急速に空洞化した商店街(かってはこちらが繁盛していた)がひっそりと存在、成功事例とと〈セット〉になっていました。

ちなみに我々は、「成功したまちづくり」を視察するときは、同時に隣接する今や見る影もないかっての〈一番商店街〉の惨状をしっかり確認したものでした。具体的な都市、商店街の指摘はしませんが。
さらに。
「成功事例」の個々の売場を見ると旧態依然、ほとんど変わっていないことも多くの事例に共通すると特徴でした。
これでは郊外型ショッピングセンターからお客を奪還することは出来ない、結局〈まちづくり〉は失敗する、と結論づけられる事例がほとんどでした。

以来今日まで、〈まちづくり〉という名で取り組まれている商店街活性化が〈郊外型商業との競争・棲み分け〉をめざして〈業種揃え・店揃えの充実〉、既存売場の〈売れる売場づくり〉に取り組んでいる例はありません。
〈まちづくり〉というハード事業による商店街活性化の成功は、大店法に守られていた、商店街間競争時代の話、成功下と言われる商店街のとなりにはハード事業で破れた商店街が必ず存在したものです。
もちろん商店街が取り組むハード事業は、郊外がショッピングセンターのテナントミックスとは勝負になりませんから、大店法の緩和―撤廃、中心市街地活性化法の時代(広域における商業集積間競争時代)に入るとまったく効果を発揮することが出来なくなっていることはご承知のとおり。
〈まちづくり〉ことハード事業で商店街活性化が成功したのは
1.大店法で大型店の出店が規制されていた
2.競争の中心は同業間、商店街間競争だった
という時代のお話、大店法撤廃―中心市街地活性化法時代になってから以降、「ハード事業で活性化に成功した商店街」はありませんね。エスプラッツ、アウガが代表事例。
先日、商学部の先生が書いた「まちづくり成功事例」の論文を読む機会があって、あらためて思い出した次第です。
これらの「成功事例」が【商業理論なし】で取り組まれたことは言うまでもありません。広域間競争の結果として空洞化している商店街を再建しようという取組には「商業理論」の装備が不可欠、理論に基づく仮説―試行無しで成功することはありません。
あらためて確認しましょう。
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