FC2ブログ

商店街商売から脱却せよ (2)

●脱却の方向と方法

方向はもちろん、「ショッピングモールへの転換」
方法はもちろん、「既存個店群の店づくりの転換」
であり、これについては、
皆さんは聞き飽きた
こちらは言い飽きた という状態ですから、話題はもちろん他のことです。

繁盛したいがこのままでは無理、という原点に立ち帰りまして、なぜ脱却への行動がスタートできないのか?
あらためて環境与件を確認することから「やるっきゃない」決意を固めていただきたい。

問1.商店街の最盛期、立地しているほとんどのお店が繁盛できたのはなぜだったか?

お客はどういう人たちだったか?
競争条件はどうなっていたか?
お店はどんな努力をしていたか?

改めて考えてみることからスタートです。

●理論の転換


お客:商店街全盛時代の街の写真を見ていただきたい。
善男善女が屈託のない笑顔で写っています。
今では見られない人たち、笑顔です。
あのころのお客はいなくなった。

競争条件:最大のライバル・隣接商店街は消滅した。
郊外SCは、商店街の得意技=店前通行量商売が抜群に上手。
(SCの販促、商店街の一発芸と本質的に一緒ですね)
隣接商店街向け競争手段は何の効き目もなくなっているが・・・

お店の努力:当時の店前通行量商売としては、我が街が地域一番だった・・・。
うちの店もその一員として頑張り・業績を残した。
今のご時世に通用しないことは分かっているが、それかと言って他に出来ることもない・・・。

というようなことが分かるのは、商店街を一覧しただけで分かるような気がしますが、これは小さいながらコロンブスの卵、観察しただけで分かることではありません。実はこういうことが分かるのは「理論」の力なんですね。

理論は物事を理解するために役立ちます。
何をなすべきか、も、理論を仕えって考えます。
我々のものの見方・考え方は「理論」を用いていますから、理論が変わらないとものの見方・考え方は変わりません。

ところが、「よし、今日から理論を変えるぞ」といったからといって、たちまち、ものの見方・考え方の全体が変わる、という訳にはいきません。

自分の利害に大きく関わる分野の理論の場合はなおさらです。
実地に小規模かつ漸進的に用いて確認しながら徐々に変わっていく、ということでないと、なかなか本物になりません。
一を聞いて十を知る、「いいこと聞いちゃった」と一足飛びに「大転換」に取り組むと「こんなハズじゃなかった」といわなければならない結果が起きたりする。

こういうことはいわば「暗黙のご了解」の領域なのですが、なかに「暗黙のご了解」をパスしている人がいることがありますので、念のために申しあげておきます。
ものの見方・考え方は、一挙に変えることは難しい。変えた、と思ったら変わっていなかった、結果、大やけどした、ということはよくある話ですからくれぐれも注意いたしましょう。

理論が変わらないと行動が変わらない。
理論の転換は「脱却」の第一歩ですが、理論は実践で少しづつ確認することが大切です。

少し場所違いのようになってきましたが。

常日頃、私が申しあげていることの基本をば。
私たちは、理論を通してしか物事を観察することが出来ません。このことを自覚していない場合、観察は先入観である<世間の常識>に基づいていることが多く、これまでの常識が通用しない状況に直面したとき、相変わらず常識に埋没していると対応を誤ります。
対応を変えるためには理論を変えることが大切です。


●方 向

もし、商店街がその地域を「商業集積」として認識し、その活性化を目指す=将来にわたり・地域社会において・商業集積としての機能を分担していくことを決意しているのであれば。

進むべき方向は、ただ一つ。
自然発生~自然成長というこれまでの路線からきっぱり離れ、「商業集積」へ生まれ変わっていく以外に選択肢は無いと思います。
(と、私は自分自身の理論に基づいて考えていますが、理論が変わると物事は違って見える、違う意見をお持ちの方、提出していただけると幸いです)

商店街、自然発生的集合から計画的集積へ、これが活性化の正しい?方向だと思います。

付記:商店街に立地する個々の店舗についてはこの限りではありません。個店は、どこにあってもその立地を「単独立地=フリースタンディング」とみなして自店の営業構造=デスティネーションを作ることが出来ます。今日、空洞化著しい商店街立地において繁盛している個店は、それぞれ単独でデスティネーションを作りあげていると考えられます。

●決 意

しかし、シビアに見るならば。
『基本計画』の「一体的推進の目標」などで商業集積への転換を計画する=決意するのは、行政~TMOという組織です。しかし、これは肝心の地域内に立地する各個店の行動に直接反映される、というレベルで決定されたものではないはずです。

話を若干戻しまして。
最低限の目標として「商店街の活性化」を掲げていない基本計画は無いはず、そうしますと、商店街立地の各個店のシャッターの内側の改革への取り組みは、中心市街地にとって不可欠の課題であることは改めて確認するまでもないことですね。
これに取り組まない限り、例え集客施策などがどんなに成功しても商業機能としての商店街の活性化は達成できません。

シャッターの内側の改革、避けていては絶対に活性化は実現できない、しかも街区内の個店群の状況は眼を覆うばかり、早急に取り組まなければならないことは明かですが、にわかには着手できないことも目に見えています。
どのような手順で進めるのか?

商店街組織~各個店の改革への決意~着手~達成というシナリオをどのように描くか?ということですね。

●方 法

問題は、「なぜスタートできないか」?

これまでの常識にとどまっていたのでは時代の変化に対応できない、自分が変わる以外に対応の方法はない、ということは十分承知しているものの、その知識が自分自身の行動を律する「FOR」というレベルで採用されていない、ということ。
「話としては分かるけど・・・」というわけです。

「話としては分かる」から「この視点で頑張ってみる」への移行が問題。


●繁盛実顕

実験ではなく「実顕」ですからね。
実顕=実際に顕現すること(たぶん、私の造語)。
顕現=はっきりと姿が現れること・物事をはっきり現すこと。

新しい理論・方向・方法を目指すには、実際に提案する方向・方法で繁盛店を作り出し、活性化への有力な選択肢であることを証明しなければならない。

そのためには、先行して実践、繁盛店への変身に成功する店舗が出てくることが望ましい。それも短期間、出来るだけいろんな業種で、という難しい条件が付きます。

でも、商店街の現状を考えてみれば、この条件はあたり前のことです。この条件をクリアできてはじめて「これが商店街活性化の方法だ」と主張できることになります。


●昔・立地、今・業容

考えてみますと。

その昔、商店街に人があふれていた頃というのは、商店街にモノがあふれ・お店があふれていた時代でした。(もちろん、家庭にはモノが不足しておりました)
これらのお店はそれぞれの経営者が、限りある経営資源の有効活用・「出店~経営計画」を考え抜いて出店したものでした。出店するにあたっては、当時の「店づくり」の常識(客相や品揃えの考え方)を踏まえ、問屋さんや先輩の意見などを参考に立地を選択したわけです。

商店街商売=○○業種の専門店を出店する時、一番大事なことはどこに出店すべきか? いい立地を選ぶことが最大の経営戦略でした。「小売業は立地商売」、「倉には車を付けよ」というのが商店街商売の常識、もちろん、よい立地とは店前通行量の多い場所、でした。

他方、今日、中心市街地活性化の一環として事業に参加している経営者の皆さんが直面している課題は、「現在の立地で繁盛を再生する」ということです。
商店主に負わされているこの課題については、私のように声を大にして張り上げるか、私以外にとのように黙っているかは別として(W、関係者全員に共通する期待ですね。単年度・単発事業に取り組んでいる皆さんもこの点についてはまったく同じ気持ちのはず、皆さんプレッシャー感じてませんかぁ(W

さて、きょうびの商店街の事業、このところ悪口を申しあげているとおりの状況です。
どういう状況か?商店街最盛期の(とまではいかなくても・ともかく)個店の繁盛を再現するには、昔まんまの環境条件の再生だ、ということで組合の活動はもっぱら来街客数(=個店から見れば店前通行量)の増大を図る事業に終始する、という状況です。

このような取り組みが、いま現在、商店街で取り組まなければならない課題に対して、如何にミスマッチか、ということはこれまでさんざん指摘してきましたので、ここではこれ以上触れませんが、組織の活動は、個店の責任である繁盛再生にむけた「お手伝い」として「昔ながらの集客事業」を展開する、「それをどう活かすかは個店の仕事」ということになっている、という基本的なあり方はもう一度確認しておきましょう。

「個店の仕事」。
問題は、店づくり(立地&業容)にミスマッチを感じて「買い物の場」を変えてしまったお客が、「集客事業」につられてあらためてもう一度来街、かってミスマッチを感じて疎遠になっていたお店の前を通るとき、もう一度この店を「買い物の場」にしてみようかな、と評価してもらうには何をしなければならないか、ということを考え・答えを出し・店づくりに実現すること、です。

この仕事がきちんと出来ていないと、集客事業の成果として来街してお客がもう一度個店~商店街を「買い物の場」として評価し直し、買い物客として戻って来てくれるということは有り得ません。

集客事業に取り組むにあたっては、その前に「買い物の場」としての魅力(その中心はもちろん「品揃え」)を作らなければならない。
もちろん、昔はイベントだけで来街者が増え・個店の売り上げが伸びた時がありました。しかし、その期間は、お客が今までの買い物の場(=商店街)と新しい買い物の場(=郊外の集積)との間で揺れ動いていたほんの短い間でしかありませんでした。
新しい買い物行き先の比重が高まるにつれて集客事業の効果は日増しに薄れていきましたものね。ご承知のとおり。

商店街がこれからもう一度、「買い物の場」としての評価を取り戻していくためには、過去の常識・栄光にはきっぱりサヨナラして、お客に対して「こっちの買い場がいいよ~」と「買い物の場としての魅力」をアピールできるようにならなければならない。
もちろん、これは各個店に共通する現下最大に経営課題です。

かって小売店は立地産業だと言われていました。
当時の「小売店」というのは業種ごとに一定の業容がありまして、自分が営みたい業容にふさわしい立地を選択することが繁盛の秘訣だったわけです。

いま、「立地と業容」のセットで作られた商売(=商店街商売)が成り立っているのは郊外型SCのテナントとしてですが、もちろんその業容はかっての商店街の個店の店づくりと比べると格段の進歩を遂げていることは言うまでもありません。現在の商店街のほとんどのお店、例え今風商店街=郊外型SCにテナントとして出店しても上手くいくハズがないことは、あらためて指摘する必要もないでしょう。

そこで商店街に戻りまして。
好立地とはお客から見た「買い物行き先としてOKな場所」のことですから、立地とは本当は「業容プラス立地」のことでした。
商売繁盛を実現するには立地と業容のバランスを考えなければならなかった。
かって、商店街立地の小売店の経営者はみんなこのことを知っていましたからね。

この時期、商店街という立地で繁盛を再生したいと考えるなら。
問題はそのお店はどのような「業容」を取るべきか、というところに帰結します。

「立地と業容」のバランスが取れて繁盛していた商店街。
バランスが崩れて繁盛できなくなっている、としたら・・。

立地は変えられないわけですから、「業容」を変えなければならない、というのは誰がどこから見ても当然出てくる「取り組むべき課題」です。

昔は業容を前提に立地を選択、今は立地を前提に業容を転換、これが今と昔の「個店繁盛法」の変化です。


●マルチデスティネーション

中心市街地、いうまでもなく多様な〈来街目的〉が混在しています。

ショッピング以外の目的を持った来街者の「ついで買い」というのは、商店街およびそこに立地する個店にとって、まことに有り難いこと、マルチデスティネーション=中心市街地に立地していてよかった、と思うのはこういうときでしょう。

だが、しかし!

「ついで買い」というのは、結構難しいのでありまして、情景マーケティング的には、せっかく来たのだから・あそこであれを買って帰ろう、というのが中心市街地来街者のついで買いのパターン。
けしてめくらめっぽうそこらのお店に飛び込んでショッピング、などということは無いのであります。
そういうショッピングパターンが発生するのは、すでにそのお店についてお客の頭のなかに「スグレものが入手できる」という情報が
仕込まれている場合だけです。

したがいまして。
空き店舗を利用してNPOなどが「たまり場」を作ると、たまりに来た人が帰りになんか買って帰ってくれる、たまりがどんどん増えると買い物客がどんどん増える、などということは金輪際起こらないのであります。

起こらないのでありますが、百歩譲って起こったことにして、ジュースかなんか買ってくれたとしましょうか。
それで業績不振にあえぐお店の経営を転回させる契機とかになるんですか? 

なりませんよね。

業績不振の店舗が連袂する商店街、物販以外の機能で集客して帰りになんか買ってもらお、などという発想は、ハッキリ、素人(もちろんショッピングの素人ですね)の浅知恵です。
そういうことでなにかしら、駄目な商店街に対していいことをしてあげている、な~んて独りよがりに浸ったりしないでね~っと(W

その程度の思いつきで解決する問題に全国の商店街が悩んでいる、というお考えのようですが、井戸のなかの蛙、という形容がピッタリ、単年度単発制で「今年はこの事業」と取り組まれた日にはまたもや1年間棒に振ることになる。

しょっちゅう言っておりますが、物販機能を充実させる、各店主が自ら取り組むほか無いこの仕事を代替できる事業はありませんからね。マルチデスティネーション=ついで買いニーズの受け皿になるのはきちんと転換に取り組んでいるところだけ、言い換えればマルチデスティネーションを当てにしなくても業績を挙げているお店だけ、ということです。

「商店街商業」から脱却せよ!  (1)

「商店街商業」から脱却せよ!

●「商店街商業」から脱却せよ!

このところ、このフォーラムで考えてきたことを、タイトルのとおり、「商店街商業からの脱却」として総括してみたいと思います。

趣旨は、当然、商店街を活性化=商業機能として再生させるためです。

まず、「商店街商業」の特性を明らかにし、
ついで、それが「現在~将来の環境と如何にミスマッチかと言うことを簡単に述べたあと、「脱却」について展開します。


●「商店街商業」とは

現在、商店街で営まれている大多数の商業のことです。

特徴は、
1.「立地の集客力」をあてにして出店した
2.伝統的なメーカー、問屋依存志向の専門店である
3.見よう見まねでやってきた
4.隣近所との連携・相乗効果は、ケースバイケース

さらに、「集積としての行動」は、

5.共同施設事業、共同経済事業に取り組んでいるが、その内容は個店の経営活動の補完という位置づけであり、集積全体としてのデスティネーションを向上はほとんど取り組まれていない、という状況です。



●商店街時代の小売業

教科書によれば小売業とは、
①消費財を
②他から仕入れ、またはみずから製造して
③最終消費者に販売する
という仕事です。

時代や取扱商品によってその基本的な経営課題が変わります。

1.「モノ不足~モノ不足~差別化」という時代:
 メーカー、問屋から「売れ筋」商品を如何に仕入れるか
 つまり、「川上」の情報、つきあいが業績を左右する

2.「モノ余り~自分らしい生活志向」という時代:
 お客の好みに合う商品を如何に集荷するか
つまり、品揃えのお客とのマッチが決めて

商店街が生まれ・発展して行った時代というのは、まさしく、1の時代、メーカー、問屋と上手くつきあうことが商売繁盛の秘訣でした。
特に、小売業の経営理論といった体系的な知識・技術はなく、経営ノウハウは、先代、先輩、取引先から教えられる「商売の秘訣」など、見もう見まねプラス実践で蓄積しました。
他に方法はありませんでしたから、他の方法をとる競争相手もいませんでした。

出店者は、
1.戦前からの家業の継承者
2.復員して開業
3.その後参入
というところがほとんどだと思います。

特に「経営理論の研修」という機会はありませんでした。
それでも商売が出来たのは、
1.モノ不足からスタート、
2.お客の生活・ショッピングの経験が貧弱、お店の言いなりで買い物をしていた。
3.商店街以外に競争相手がいなかった

という条件がそろっていたからです。この時期はいわゆる「売り手市場」ですから、○○商店街の店は殿様商売をしている」と言う風評がたつ根拠はこのころのビヘイビアかも知れません。

余談ですが、最近、消費者懇談会を傍聴しましたら、
「商店街のお店では、どうしてお客の私のほうから第一声を“すみません”と掛けないといけないのか」大型店ではそんなことはありませんよ、とキビシ~イ質問が出ていました。

それはともかく。
この時代、商業者は勉強しようにもチャンスがありませんでしたし、勉強しなくても売れましたから、このまま行けたら万々歳でした。


●今どきの小売業

 時代は変わって、商業者は勉強しようと思えばいくらでもチャンスがあり、勉強して「商店街商売」から脱却=店づくりの転換に取り組まなければ「明日がない」という状況です。

 もちろん、この状況は外からは見えませんし、まあ、今日勉強したからといってたちまち売り上げが急上昇する、ということも考えられず、ついつい一日延ばしになるわけですが、他方、お店の業績は着実?に落ちていきますから、これは望んでいない「即身成仏」、お店を生きながらミイラにしているようなものです。

商業者たるもの、どこかでしっかり勉強する機会を自ら求め・作ることが必要です。
このことは、「ロードサイド型商業集積」とやらに立地しているお店にもあてはまることです。
ロードサイダ型集積は、「後から生まれた商店街」、車が多く通るところは好立地、という「店前交通量」頼みの発想はかっての商店街とまったく一緒ですからね。

 そうそう、商店街で「活性化事業」に取り組むにあたっては、「これをロードサイドでやったら効果があるだろうか?」と我が身と置き換えて考えてみられることをおすすめします。ロードサイドで取り組んでも効果が無い、と思われる事業は、商店街でやっても効果がないと思います。
「思考実験」、お金も時間もかかりませんからやってみてください。

 ロードサイドでやっても効果がないとはっきり分かる事業に皆さんが取り組むのは、暗黙のうちに商店街を「物販機能プラスアルファ」と考えているからかも知れませんね。「街並みの魅力」、「ふれあい」などはまさか当てにしていないでしょうが、「暗黙」のうちに何かがあるとそれははっきり「甘え」ですからね。

全盛期の商店街に立地していたお店は時代環境にピッタリ適合していたから繁盛することが出来ました。幸か不幸か、当時はお客も未熟、お店は勉強よりも「よい立地&よい仕入先」を確保することが大切、それで商売が出来たのです。当時は「商店街商業」こそ時代の花形だったのです。

今日、それが出来なくなったのは「時代が変わった」からですね。
「昔はよかった」と先代の店主さんは言うかも知れませんが、「あんたの時代」は終わったのであり、昔、時代に適応して商店街立地を作りあげてきた皆さん、あるいは皆さんの先代・先輩、時代が変われば商売の方法も変わるのが当たり前、あなた、今から創業するとしたら、今の業種業態で今の立地に出店しますか?

出店しませんよね、もちろん。
だとするならば、立地、お店の規模はそのまま、お店の中味は変えないと商売にならないのは当たり前でしょう。
これが「商店街商売からの脱却」が必要な、どこから見ても・全く当たり前の理由です。


●商店街商売が通用した時代
 いつかどこかに書きましたが、商店街商売の「三頼主義」が通用した時代(W

1.品揃えは問屋に頼り
2.集客は店前通行量に頼り
3.アイテム管理は店内・「売れ筋」に頼る
このうち、いま~これからも頼りに出来るものがありますか?

昔はこれで立派な専門店経営でしたが、時代が変わるととてもこういう商売は通用しない、ということですね。
皆さんのお店で買物をしているうちにどんどん知識・経験が豊富になり、モノを見極める力がつき、自分の好みがはっきりしてきた、買い物行き先? どんなアイテムであれ行き先の2店や3店なら「顧客名簿」に乗ってるわよ(W というお客ばっかりですからね。

三頼主義、いくら工夫を凝らしても元が元ですから、絶対通用しません。
○○の時代は良かったなぁ、とぼやいても何の足しにもなりません。

三頼主義から脱却、ラグジュアリィ対応を目指し、試行錯誤を武器に未知の領域を踏み渡っていく、目指すは唯一、商店街商業革新の道です。

●成立条件

 商店街商業は何故成立したか?

これははっきりしています。
1.時代背景:モノ不足からモノ普及~差別化というニーズに支えられた高度成長期
2.競合条件:マイカーが普及する以前、中心市街地に都市機能が集中しており、人々が離合集散する都市唯一の場所だった
3.理論・仮説に基づいて組み立てられた小売業が登場していなかった

つまり、中心商店街が都市の消費購買力のファイナルデスティネーションとして並ぶもののないポジションを占めていたわけです。

商店街が生まれ、発展した時期、お客=地域住民は、生活~ショッピングの経験が少なく、所得も相対的に低く、交通手段も限られてていたため、この時代の小売業は「売り手市場」でした。

小売業の好立地は「人が集まっているところ」であり、非商業系の集客施設の「門前」に商店が出店し、その成功が後続出店を呼ぶ、というパターンで「商店街」が自然発生~成長しました。

注意しなければならないのは、非商業系集客施設の集客力を当てにしたのは商店街が形成される初期段階、全盛期には自力で集客する力を持つようになっていました。つまり、商店街の全盛、まちは「物販機能」としての力で集客していたのであって、けして非物販集客施設の集客力に依存していたのではありません。

●成立条件消滅

高度成長期以後の商店街は、「非・物販集客施設」の集客力ではなく、自分たちの「物販」という機能でお客を集めていました。
このことは、何らかの集客施設の「門前町」という立地にある商店街の場合も同じように当てはまります。全盛期、商店街は寄り合い所帯ながら自分たちの力でお客を「わざわざ」買い物のために呼び寄せていました。もちろん、当時、あなたのお店も一役買っていたわけです。

当時のお客の買い物行動は、「買い回り」と呼ばれ、商店街のなかを自分の条件に合う商品を探し回って買う、というパターンでした。
(もちろん、現在のお客は「買い回り」をすることはありません)
大きな商店街ほど品揃えが豊富、自分の条件に合う商品に巡り会う可能性が高い、ということでお客は「一番商店街」に集中しました。

このような条件は現在全く消滅しています。

●現代の地域一番商店街

ご承知のとおり、郊外のSCです。
我が国のSCは、量販百貨店が「核」、サブテナントは「たくさん売る力を持った店」ということでありまして、全体のコンセプトは「量販」です。

これは、もちろんかっての一番商店街のいいとこ取り、全店、店前通行量頼みの露店型ショップ、お客からみたライフスタイル対応のデスティネーションなどは、ぜんぜん、全く無い、というのがその本性、これは全盛期の中心商店街まんまではありませんか(W

『中心市街地基本計画』のなかには、「郊外型SCと一戦交えてやる」と勢い込んでいるところもあるようで、機会があればおやめになるよう忠告したいものです。
中心市街地は、郊外型SCなどとの競合を意識しても、勝ち目はありません。
中心市街地・商店街が目指すべき方向とは商売の構造が全く異なるものと考えるべきです。
「地域一番商店街」のまねはしない・・・・、つまり、商店街商売からは足を洗う、ということですね(W

●一見商売

一見(いちげん):はじめて対面したこと
一見客(いちげんきゃく):はじめてのお客

> 「地域一番商店街」のまねはしない・・・・、つまり、商店街商売からは足を洗う、ということですね(W

店前通行量をあてに商売を考えるということは、
①買い物ニーズをもって来街したお客に入店してもらい
②品揃えのなかからからデスティネーションを発見・買い上げてもらう
という商売になります。商店街の全盛時代、とおりに人が溢れていた時代は、来街者のほとんどが「買い物目的」ですから、この人たちを店内に導入し商品をピックアップしてもらう、入店客は生活・買い物経験をそれほど積んでいない人たち、という構造でした。

つまり、街に来たお客を自店のお客にする、という営業のカタチ=一見客を主体にした商売だったわけです。はじめに店前通行量ありき、というのは、一見客を想定した商売=一見商売ですね。

店前通行量を対象にした商売は一見客相手の商売。
これは独特の商売でありまして、いってみれば縁日の露店の商売。
まあ、今日では郊外のショッピングセンターで部分的にのみ成立する「際物」商売です。

お客から見た「一見ショッピング」とはどのような購買行動でしょうか?

●一見商売の構造

店 舗:入りやすく・出やすい作り、店頭にワゴン、安さを強調して客足を止め入店を誘導、など

商 品:お客が「どこで買っても特に問題はない」と考えている商品、流行品を含む。

接 客:セミセルフ。セルフで選択、サイズその他の質疑くらい

サービス:特になし。

顧客管理:特になし。

その他:
※お客の源泉は店頭通行客。店頭でコンセプトを展開、入店を訴求することが勝負。

※基本的にお客は「一見」ということで、リピートにつながる仕組みはほとんど無い。あっても量販店の仕組みのパクリ程度。

※衣料品では「シュンのスタイルを低価格で」というニーズに対応

※上手にやるにはそれなりの工夫が必要。商店街の各店の現状は、もちろん、このレベルに達していない。


●デスティネーション

①決まった買い物行き先を持たない・
②「ラグジュアリィ」・「こだわり」を持たない部門の商品・
③とりあえず、「人並みでいいや」という商品の購入
というところでしょう。

そうしますと、

①ついでにいろいろ買い物・用事が出来るといい
②価格は抑えめ
③時間と手間もとられたくない

などが課題になります。

他方、一見客=はじめてのお客でも、「一見商売」向きではないデスティネーションの場合は「一見商売店」では満足できません。

どういうデスティネーションかといえば

1.日頃は行きつけの店があるが今日は目先を変えて楽しみたい
2.今までのパターンから脱却、この分野の生活を堪能したい

ということです。
この場合、「一見客」は、特定のラグジュアリィショップの「潜在顧客」ですね。商店街(に立地する個店)再生の鍵は、このような一見客を「愛顧客」に変身させていく「店づくり」の実践です。
一見客でもこのデスティネーションの場合は、一見商売店では対応できません。

店頭通行量頼みで繁盛してきた商店街のお店の多くは、現在でも全盛時代の「店頭通行量」頼りの店づくりをしています。
ワゴンに安物、という店頭演出をしている店はちょっと極論すれば、すべて、「主観に関わらず」、「一見商売」をしているのだ、と言うことになります。

ところが、現代の一見客のニーズは、上で見たように相当絞り込まれていまして、商店街の皆さんの昔ながらのやり方は、ぜんぜん通用しないのです。
いまや「一見ニーズ」は、郊外のショッピングセンターが一手に引き受けておりまして、SCはこの客相があるおかげで成り立っている、といって過言ではありません。SCのサブテナントのほとんどは「露店型営業」です。

店頭にワゴンを出して年中セールっぽいことをしているお店は、ショッピングセンターに出店すると良いかも知れませんね。
もちろん、商店街立地でそういう演出をすることは、商売としては失敗するほかありません。

このあたり、しっかり確認してくださいね。

●単年度単発事業

こうして改めて考えてみますと、来街者数増大=店前通行量の増大を目的にした単年度単発事業がもはやその効力を発揮できないことの本質的な理由がよく分かります。

このような施策に取り組んで効果が期待できるのは、現在進行形の「一見型商店街」=郊外型ショッピングセンターだけですね。
その理由、もはや説明の必要は無いでしょう。

商店街、そこに立地する各個店にとって、「街に来る人を増やす仕組み」づくりは、やればやるだけ徒労が増えるだけ、ということがよくお分かりいただいたことと思います。

もはや、商店街が人を集めればそれらの人たちがあなたのお店の買い物客に変身してくれる、ということが期待できる時代ではありません。第一に入店客の予備軍である「一見客相」が集まらない。
第二に、通行量の乏しいまちなかで「一見客」ねらいの店頭演出のお店、イベントで集客したお客がショッピング気分をそそられて思わず「衝動入店」してしまう、などということは有り得ない、ということです。

デスティネーションを作っていない個店、商店街は、単年度・単発事業に手を出してはならない、と言う理由が十分お分かりいただいたことと思います。
もちろん、単年度でなくても、単発でなくとも、デスティネーションが作られていない段階で集客事業(ハード&ソフト)に取り組むことは、デスティネーションづくりという肝心要の仕事をサボルことですから、「してはいけない」ことですね。

このこと、けして生半可な気持ちで受け取らないようにしてください。
デスティネーションづくりへの挑戦は、個店にとっても商業集積にとっても最重要課題、いかなる理由があろうとも、この課題をそっちのけで「集客事業」などに取り組むと、その分だけ確実に活性化が遅れることになります。

皆さんは、「モールへの転換をめざしますか?」それとも「不可能と分かっていながら、一発芸で商店街商売を続けようとするんですか?」と問いかけられているのでありまして、もちろん、答えは皆さん自身がお決めになればよろしいことですが、昔と違って行政やTMOなど街区外の関係者の思惑もありますからね、もちろん、内部と外部、どっちがどうということではありませんが・・・。

どっちがどうであろうとも、商店街再生を目指すからにはやるべきことははっきりしています。
とりあえずは、商店街商売の維持存続を目指す動きに対して「ちょっと待った!」といえるかどうか、でしょう。

●問題は明白になった

商店街商売とは。
①古き良き時代、ライバルは街区内の同業者、お客は生活経験乏しく・かつ・商品知識乏しく、経済状態も発展途上、という時代、

②「モノを買いそろえる」と言うことが生活の課題であり・楽しみであり、個店のショーウインドは、消費生活の目標を提案する坂の上の雲、商店街はショッピング&レジャーの究極のデスティネーション。

③とおりに溢れているのは、心の中は欲しいモノばかり、財布のなかはそれほどは・・、という人たち。

という「立地」&「客相」で成立する商売でありまして、

①店頭のお客を如何に店内に誘導するか
②店内での「商品と流動性の交換の促進(つまり販促)」のためのあれこれの工夫
が商売の秘訣、

①買ってくれたお客は次に「買い物客」になるには時間がある
②次の機会には同業他店に行くかも知れない
ということで、もちろん、販売が終わったときにはお客はお客でなくなっており、お店の心はすでに店外に向いている。

次のお客、早く入って来い(w

一方、流動性と商品、指導助言の元に取り替えて帰宅したお客はこれからが本番、商品を生活という「景」にはめ込んでみます。上手くいけばOK、上手くいかなかったら反省・・。何しろ虎の子の流動性と引き替えに手に入れた商品ですからね、しっかり吟味するのは当然です。ついでにお店の店づくり・指導助言も吟味される。
こうして生活・ショッピング経験の乏しい、「赤子の手をひねるも同然」、扱いやすかったお客はだんだん一筋縄ではいかなくなる。

他方、お店の方では「次のお客・早く来い」と新規来店客のことばかり考えていますから、「進歩」がない(w

もちろん、これは極論であります。
「お客様は神様だ」という説もありまして顧客満足・愛顧客づくりに邁進するお店もありましたが、土台はやはり店前通行量でした。

以上、簡単にまとめてみましたが、改めていちいち指摘するまでもなく、商店街商売が成立する条件はことごとく消滅しています。
他方、商店街に立地しているお店の方は、もとより、もはや店前地位考量には頼れない、と百も承知の上ながら、「店づくり」は旧態依然の店前通行量依存型、共同事業も無意識のうちに「店頭通行量増大策」になっている・・・、というのが今日の商店街の実態ありのままではないでしょうか。

売れない原因はあなたの頭のなかにある。
我々がやっているのは、昔は良かった・商店街商売、一方、お客のほうは当時の買い物事情のことはきれいさっぱり忘れてしまい、買い物についての関心といえばもっぱら今日から先の生活をどう作るのか、ということだけです。
このミスマッチは、半端なことでは解消できません。

解消に取り組まなければならないのは、お客ではなくてこれからも商売を続けたい・お客の流動性と商品を交換しないと商売が成り立たないという立場の皆さんですね。お客の方は比較的条件が整っているお店を探して「買い場」を変えれば済むことです。
リアルで難しかったら、通販、テレビ、インターネットという手もあります。

お客さんたちからみれば、「商店街商売」の時と場所=<昭和の商店街>はもはや買い物の場所ではありません。「昔」を懐かしむためなら「○○市・昭和の商店街」などに出掛けるわけでありまして、我がまちの「昭和の商店街」には目もくれない(W。

新しいカタチの「一見(いちげん)ショッピング」の受け皿=新しい露店型商売の立地はショッピングセンターである、ということもこれまでに検討してきたところから疑問の余地なく理解できたことと思います。

商店街商売からの脱却=ショッピングモールへの転換が中心市街地・商店街活性化の唯一の方向・方法だということを改めて確認できました。
いつも申しあげていることですが、当方は、「店づくり」転換に向けた提言をしているつもり、皆さんに理解・納得・実践していただかないと、肝心の「中心市街活性化への道」を切り開くことが出来ません。

(続

通行量増大のウソ

通行量増大のウソ

商店街活性化と言えば〈通行量の増大〉と決まっているがその根拠はどこにあるのか? 〈通行量が増える→買い物客がふぇる〉という因果関係から通行量増大策が講じられているわけではない。商店街が後発のショッピングセンター(SC)出店の影響で買い物客が減少→通行量が減ったのを出店の影響=通行量の減少=買い物客の減少と短絡理解、通行量を増やせば買い物客が増えると錯覚した。
事実は買い物客の減少→通行量の減少だったのだが。

買い物客の減少は、新に進出したSCの影響。SCの売り場を体験したお客で従来の行き
つけの店を陳腐と評価してSCに買物行先を変更するお客が続出した。通行量の減少はその結果。

通行量を増やしても陳腐と見なされた売場が改善されることは空く、買い物客が戻ってくることは無い。イベント集客は一過性に終わり、商店街が活性化に向かうことは無い。大店法当時から今日まで繰り返されていること。
この間、学識経験者などからこの取り組みが批判されたことは無い。

それどころが多くの学識、指導専門家が〈通行量の増大:こそが焦点がいっ活性化の決め手であるかのような言説を振りまいた。その典型が藻谷浩介氏。〈住む人来る人が増えれば街は活性化する〉というトンデモなご託宣を真に受けた関係者は行政方面も含め少なくなかった。

今日取り組まれている商店街活性化は、すべてこの取り組の亜流、店前通行量を増やせば、通行者がにゅ運脚、買い物客。得意客に転化し、街が活性化する、というもの。しかし、肝心の陳腐化した売場は手つかずのまま、店前通行者の入店―得意客への転化はまったくといっていいほど実現しない。
·
集客イベント、空店舗活用、コミュニティ施設の整備、三種の神器、観光・インバウンド対応等々すべて個店売場の不具合をカバーすることは出来ず、商店街の顧客の増大は実現せず、商店街は活性化出来ない←いまここ。
·
令和2年の取組は、真正活性化の実現を目指し、活性化の基本・基盤である〈売れる売場〉の創出、既存売場群の「お客の来街目的」となり得る買物行先としての魅力を十分備えた売場への転換に注力しなければならない。売れる売場づくりこそ諸々の活性化事業を成果蓄積に結びつける唯一の基盤事業である。

書評:小室直樹 『論理の方法』 

(旧メルマガから転載)
「社会科学の方法」について、{商業理論」、「商学原論」の構築というアクチュアルな問題に関連します。
今でもアクセスがある記事です。

書評『論理の方法』 小室直樹 2003 東洋経済
   
 小室さんは近年、社会学、経済学方法論に関する著作を立て続けに出されてお り、わたしのように学ぶべき時期に経済学を敬遠していたものには大いに参考にな ります。
 自己弁護しておくと、経済学は経世済民の術、「水道哲学」のハウツウという性 格を脱しきれていない、ということと、もう一つここで述べる理由からまじめに取り組んだことがありませんでした。教科書めくっても最初の数頁で放り投げてきま した。

 現在の経済の仕組みの全体は、いうまでもなく、計画的・設計的に作られたもの ではありません。部分、部分はたしかに誰か具体的な個人の創意なのですが、経済の仕組み全体は自成的に出来上がったものです。誰が意図にも依らずに出来上がっ ているのが現在の経済の全体としての仕組みです。

 経済学は、この経済の全体を認識することを役割としているわけですね。
 複雑な全体を理解するために、通常、「モデル」が考案されます。これは学問一 般に共通するアプローチですが、「社会科学」の場合、社会の自成ということが大きな問題になります。つまり、全体としての社会は、建物を建てるように作られた わけではありません。
 計画的=まずモデルが作られて、それが実践されたということではなく、先行す る社会全体の営みがとぎれることなく続きながら、その中で次第次第に次の形が出来上がっていきます。さまざまの人のさまざまな創意が行われ、試され、淘汰され、 全体が洗練されていまの仕組みが存在しているわけですね。

 もちろん現在も絶え間ない創意と淘汰が行われており、その将来は果たしてどう変わっていくのか?
 
 このような経済を全体として把握するための道具が「経済学」だというわけです。
では、経済学は、自成的であり、現在~将来もさらに進化していくであろう経済を どのようなモデル構成で認識しようとしているのでしょうか?
 これがいわゆる「方法論」の問題です。

 私は、これまで考えられた経済学のモデルは、「自成・進化する経済」を認識す る方法として本当に適切なのか、ということに疑問を抱いています。近年の小室さ んの著作に興味があるのは、この問題について考えさせられることが多くなっているからということもあるわけです。

 前置きが長くなってしまいましたが、標題の書評に入ります。

 小室さんの新しい著作、『論理の方法』というタイトルですが、内容からすると副題の「社会科学のためのモデル」の方がぴったり、社会経済を認識するための方 法として一つの学説を立てるというレベルの「知の巨人」たちが考案した「モデル」について解説されています。

 ところが、それぞれのモデルの「論理性」、モデルは「自生的、進化的」な対象を写し取るという役目を果たすためにどのように工夫されたか、その作り方は方法 的に妥当であったかどうか、などを検討するという問題意識は見受けられません。
 経済は、人間の歴史と同じだけの歴史を持っているわけであり、先ほどの「自成・淘汰・進化」も歴史の営みということが出来るかも知れません。現存する経済は、 開闢以来の歴史を背負っており、それを前提として存在しています。
 また、供給と需要という経済の両端は、それぞれ資源と消費という非・経済的領域と連なっています。

 問題は、現下の経済を認識するにあたって、この本で解説されているような、過去の一時期の単純なモデルを用いてその類推で現在~将来を認識、類推する、(現状の「デフレ」という認識などがそうですね)という手法は果たして妥当か?ということです。
 経済学的な現状了解は、いわば、過去の経験を現在に押しつけているわけですが、経済が「直線的」に拡大する時代ならいざ知らず、歴史上全く経験したことのない「水道哲学終焉の時代」(さまざまの未知の問題が起こっていることはいうまでもありません)に果たしてこれまでの経済学が通用するでしょうか? 

 経済学は、「自成・進化」する経済を「循環する構造」と認識しているのではないか? このような方法で経済を理解する「学説」は経済認識のモデルとして適切なのか? ということが課題として浮かび上がっているのが現在の経済と経済学の関係ではないかと思われてなりません。

 小室さんの著作には一貫して、上述のような問題を考えれば必ず直面せざるを得ない、「社会科学」の性格を洗い直す、という作業についての問題意識が見受けられません。
 今回の本でも「社会科学」が方法として前提にされてしまっており、社会科学とはどのような種類の科学なのか、自然科学との関係は、そもそも科学とはどのような方法か、といった問題意識が感じられないのがいつものことながら残念です。

 「水道哲学」の時代は、生産力の構造が人間の労働力を不可欠にしており、生産の拡大と所得の拡大が二人三脚的に実現していく、誤解を招く言い方かも知れませんが、貨幣経済のパラダイスだったと思います。しかし、「ひねるとジャー」で誰もが満足していた時代は終わりました。生産現場においては人間の退場がとどまることなく進展するにつれて新しい配給システム(市場経済も一つの特殊な物財配給システムと考えられる)の考案が課題になってきます。NPOや地域通貨などはそのための創意と見ることが出来ます。

 新しい経済の課題への取り組みに、水道哲学のハウツウというレベルの経済学が果たして役に立ってくれるかというと、それは残念ながら全く期待できないと思います。
 小室さんの『論理の方法』、大変面白く読ませてくれますが、「世紀の課題」の解決を導く力の一端となるかと考えれば、現段階のこの本に現れている問題意識としては残念ながらその役割を果たすことは出来ません。

 しかし、小室さんはご承知のとおり、10年以上にわたって社会学方法論に取り組んでいます。なにやら手慣れた手法を各方面に応用、手際よく片づけている、という感じも無きにしも非ずですが、あるいは、経済全体を対象とする「一般社会学」 「一般経済学」をうち立てるための助走なのかも知れません。

 長年の愛読者としては、是非そうであってほしいと期待するものです。

『時 機 未 成 熟 原 理』

 20世紀初頭、英国の古典文献学者・コーンフォードさんという方が発明した「原理」でおなじみオーシュマンさんのご紹介です.
(『反動のレトリック』A・オーシュマン 1997 法政大学出版局)。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4588005545/ref=sr_aps_b_
/250-0306505-4815404

この『原理」とは,提案されている「やるべきこと」は確かに正しいことであり、やるべきことであることに疑いの余地はない、が、しかし、現時点では時機が熟しておらず、「残念ながら」取り組むべきではない、という主張。

コ先生は、「原則的には」改革派に賛成するふりをしながら、この「時機未成熟原理」に基づき、ことごとく反対することで現状維持・地位安泰を目指す「指導部」の論法について揶揄されております。
先生の場合、所属していた学界における後進への「世渡り」のアドバイス(W だったそうですが、いつの時代、どこの業界・職場にも通用しそうな処世ではありますね。

この「原理」、我らが中心市街地、とりわけ商店街、とりわけ個店の転換への街ぐるみの取り組みなどという前代未聞の方針が提起されますと、必ず出てくる反対派のレトリック(論法)です。
では、いつになったら成熟するのか、どうやって成熟に持っていくのか、という話になると、とたんにうやむや、もちろん対案などは出てきません。
結論としては提案自体が「無かったこと」にされてシャンシャン。

こういうレトリックを駆使する人は、本人の意思が何処にあるかということは措いたとしても、取り組みに水を掛ける結果になることだけは確実です。

時機未成熟原理、変化への行動を望まない・現状維持を願う気持ちの現れであることが多いようでありまして,商店街の場合、現状維持を目指すと現状さえ維持できない、というところに問題があるわけで、そうしますと、この「原理」には何としても立ち向かわなければならない。

向こうがレトリックで来るならこっちだって、と行きたいところですが、こちらは正論、何処が悪い&当たって砕けろ派が多そうですから、はじめから苦戦が予想されます。


☆何を言うかより誰が言ったかで話は決まる、ということが,今は昔,ある種(W の組織ではありがちでした.

現在においてもこのような「暗黙の制度」がまかり通るorまかり通したいと考えているのは、当時、「時機未成熟原理」で押さえ込まれていた若手=今日の長老さんたちの一部。もちろん、組織体制・活動が存続している、そういう意味では「足腰の強い」組織に見られるかも、の情況です。

新しい方針は現方針、ひいては執行部への批判と受け取られやすいこともあり、何をこしゃくな・「時期尚早」となってしまう。
しかるべき人が「時機未成熟原理」を発動させると、そのとたん一切の論議は打ち切り、ということになりかねません。
そうしますと最低現在の任期中は現状維持=誰も望まない方向への移行が続くことになります。「正しい方向を選択しないと、悪い方向へ流れる」というのが環境変化著しい時代の趨勢ですからね、「時機未成熟原理」に対処するには、出番を作らないことが大切です。

☆やる気があれば消える障碍
 つまり、「意志決定のための会議」において「時機未成熟」発言が出ないようにあらかじめ手を打っておくこと。
つまり、根回しをしておくこと。

大事なことは、「時機未成熟」というのはレトリック(論法)であって、実状とは無関係だということです。「時機未成熟」を指摘する人は、「未成熟だから取り組みに当たっては〈未成熟からのスタート〉であることを勘案しよう」と考えている訳ではありません。
そもそも提案に反対であり、その根拠として未成熟論を持ち出しているわけです。

こちらとしては、未成熟という現状を前提に事業を組み立てているわけですが、いったん「未成熟」を指摘する発言が公に行われた後で説明しても弁解にしかならない、しかも相手の立場を否定することになりますからね。
そもそも、未成熟を指摘する、という相手の動機を考えると会議の席で論破するというのは得策ではありません。何しろ、これからもずっと同じ組織で「革新」に取り組んで行かなければならない「仲間」です。

根回し段階では未成熟原理が発動する根拠をあらかじめ封じてしまうこと。
企画を説明に行くと,前もって「反対」という立場ですから、その場で「未成熟原理」が発動する。発動してからでは遅いので、当初の企画説明において「未成熟からのスタート」であることを強調、事業に取り組む過程で成長していくのだ、ということをしっかり説明する。
「未成熟だからこそこの事業が必要だ」という方向で説得です。

この段階、なるべく少数で行う。1対1がベスト。
とにかくこちらが向こうより人数的に少ないときびしいかも、です。

この段階で大切なことは「意欲」、「気概」を見せること。
口には出しませんが、「あんたや組織が反対しても有志だけでもやっていく」という気概がその場を支配すること。
「やる気」を認めさせ、「やる気が実るよう」力を貸してください、というのがいいですね、ホントのことですから。
会議では前向き、見守り発言を取り付ける、最低限、反対発言はどのような事態になってもしない、と約束してもらう。
これが根回し。

成功するか否かはこちら側のやる気の程度に掛かっていると思います。
反対しても進める、何が何でも前進する、という気概があり、「時機未成熟」原理が「反対の論法」であることを理解すれば、組織内の「思慮深い」反対論には対処できますね。

☆オーシュマンさんの「反動のレトリック」
面白い本です.フランス革命=急進的改革については当時から今日に至るまで根強い批判があることは周知のところですが,オーシュマンさんによれば,反対派のレトリックが3パターンありまして,

1.逆転テーゼ:試みは一連の意図しない結果を招き,目的とは全く逆のものを生み出してしまう,という論法.「生活保護」が人間を怠惰にしてしまい,結果的に人を助けるどころかさらに立ち直れないところへ追いやってしまう,など.

2.無益テーゼ:改革は社会の「深層構造」にまでは及ぶことが出来ず,表面的・外見的なことに過ぎず,幻想に過ぎない.多大な努力は結局無益に終わる,という論法.

3.危険性テーゼ:提案されている改革は,例えそれ自体は望ましいものであったとしても,それを行おうとすると,別の領域でくだんの改革とは比べものにならない災厄を結果する可能性が高い,やめとかんかい,という論法。

こういうお定まりの論法は,あたかも特定の提案について真摯に考慮した結果発表されるものである,という形を取っていますが,ご覧の通り,「はじめに反対ありき」「とにかく反対」ということが先にありまして,反対を理論化するための道具がこのレトリック,というわけです.

「反動派のレトリック」というタイトルになっていますが、この論法、問題解決よりもイデオロギー的対立が優先している人たちに左右を問わずよく見かけられる議論のパターンです。議論というより断定・決めつけですね。
この論法、分かってしまえば対処の方法は見えてくるでしょう。

直接関係はありませんが、小泉さんのレトリックもなかなかのもの、開いた口がふさがる暇がありません。
これをとっちめられない野党・メディア、きょうびの我が言論の府&論壇におけるレトリックは極めつけの不毛のようですね。

レトリックは思考の武器、私たちは倦むことなく研鑽に励みましょう。

中小個店存続の前提条件

中小規模の専門店と言われる個店の慣行的な業容は、商店街など商業集積の内側に出店することを前提に
決められています。

※業容:売場の基本的なあり方を決定する商品構成・提供方法・売場環境の三点セット。標的顧客をどう設定するかでセットの
あり方が決まる。極めて重要な考え方。

慣行的な業容の専門店は、現在、
1.慣行的業容が通用しなくなっている
2.立地する商店街の集客力が弱まっている
3.競合が多様化している
という三つの難問に直面しています。

専門店が前提にしていたことが崩壊しているわけですから、抜本的な対策を講じることが必要です。
しかし、個店単独で立ち向かうことが出来る緩急変化ではありません。商店街ぐるみの取組が必要です。

これが商店街活性化の取組とここの専門店の利害が共通するところです。ただし共通利害を実現するには、取り組むべき
ことについて共有することが必要です。

従来の慣行的販売促進事業では効果が得られないことがハッキリしています。
取組の抜本的な改革が必要ですが、問題は猫の首に鈴を付けるのは誰か?

「水道理論」から「時間堪能」へ 

■ 「水道理論」から「時間堪能」へ

♪何でもナショナル・松下電器の創設者、松下幸之助さんが提唱した「水道理論」 というビジョンがあります。
「水道の蛇口をひねると衛生的で美味しい水が必要なだけ使えるように、品質の良い便利な商品をより安くより多く提供する」というような趣旨でした。

 当時としては画期的なビジョンですね。これは、まさしく時代のスローガン、生産側、消費側いずれにも強い共感を持って支持されたことと思います。私はリアルタイムで聞いたわけではありませんが、受けたろうな、と思いますね。
 「もっと豊かに・もっと便利に」という社会全体のニーズに対応する当時の全産業に共通する事業コンセプトをこの一語に凝縮している、といって過言ではありません。

 さて、高度成長が終焉を迎えバブルを経験し、時代は変わった、という声は諸処から聞こえますが、「水道理論」を超えるビジョンはどこからも提唱されておりません。
 産業界は相も変わらず水道管に入ったきり、絶対出てきませんからね。グローバリゼーション、構造改革などとといったスローガンは、あんなのは全部、「水道理論」の焼き直しですからね。バカみたい。

 これははっきり時代錯誤です。
この時代に、「もっと安く、もっとたくさん」は、もっとリストラ、もっと環境破壊・資源浪費ということですからね。
 バブルスパイラルに陥るのも宜なるかな、ということです。

 というわけで、ポスト水道理論は時間堪能ですね、間違いなく。
 時代のビジョンとして「水道理論」が当時の人々の顕在・潜在の生活上の欲求を象徴しており、その後の経済社会の発展は、まさしく水道理論が提唱するところを具現して進みました。高度成長期、そこまでは良かったのでしょうが、それから後がいけなかった。というか、高度成長期には水道理論に取って代わるビジョン,「ポスト水道哲学」が打ち出されるべきでした。 

 これからは、「自分の好みで生活を演出し、時間を堪能する」というニーズを育み・助長することが全産業の共通した課題です。長きにわたって「水道理論」が占めていた座を襲位する新しい産業のコンセプトが求められているのではないでしょ
うか。
 まさに時代はこういう曲がり角にあることを認識し、スローガンを提示する産業人というのはいないものでしょうかしらね。
 今度は仕事の内容からしてやはり小売業、中心商店街あたりが提唱すべき立場かとも考えるわけですが・・。

 ちなみに水道理論、提唱されて当時は、夢物語だったでしょうね。「そうなれば良いけどいつのことかしら」とたいていの人が思ったことでしょう。それでも実現したのは時代が良かったから?

 スローライフもこういう方向への兆しでしょうね。
NPO、地域通貨など、脱資本主義的な試みも成否は別として果敢な試みが諸処で展開されています。

 ちなみに、水道哲学ですが、とどのつまりはミネラルウオーターに代替されたり、世界的な不足が予測されたりと、水道自体も言われるほど無尽蔵ではなかったことがはっきりしました。
 ましてや、ハイテク各種のツール、もっと便利に・もっと豊に、はよかったのですが、世界万民あまねく、というわけには行かないです。資源の有限性とのバッティング、地球のキャパとの衝突も目睫に迫っている。

 というわけで、水道理論から時間堪能へ、というのはあながち荒唐無稽なスローガンということでも無いようです。

緊急!消費増税対応講習会

緊急!消費増税対応講習会

 〈売れる売場の作り方(試行版)〉 


1.趣 旨
  消費増税に起因する「買い控え・店ばなれ」への対応を地場中小個店が自力だけで取 り組むのは容易でありません。従来の売場に問題があることは理解されているものの、 どこからどう手を着ければよいのか、難しい問題です。情報も技術も入手する方法が無 く、途方に暮れている、というのが実状では無いでしょうか。打開策は:
 ①無条件で着手できる(投資不要)
 ②即効・持続性があり、取り組みを続ければさらに効果が増えていく
 という性格を持っていることが必要です。

2.提案する取組
  当社が開発し、全国各地の商店街で取り組まれ、取り組んだ個店の「増収増益」を実 現することで定評のある「キラリ輝く繁盛店づくり・お客に見える売場づくり」の取り 組み方を提案します。

3.実施要領
(1)構 成
  講義と講義に基づく臨店指導の二本立て
(2)スケジュール 
1泊2日を原則とします。(臨店指導希望店が多い場合は調整)

  1日目 : 講義「売れる売場の作りかた」 3時間(休憩時間を含む)
2日目 : 臨店指導(10:00~    ) @1時間程度、原則8店舗以内

(3)講 義
  ①テーマ:『売れる売場の作り方』
②内 容
ア. 消費増税と経営環境の変化、対応の方向と方法
イ.〈売れる売場の作り方〉(方法と方向)
ウ. お客に見える店づくり (見せる・見える・見分ける店づくり手法)
※先行事例を動画・写真で多数紹介します。

(4)臨店指導
    講義に引き続き翌日、有志店舗をモデルに「見える・化」の具体的な進め方を公   開指導します。
①内 容
ア.有志個店に対する「見える・化」の臨店指導
〇ファサード  〇レイアウト 〇ディスプレィ 〇その他
イ.実施店舗数:8店舗程度(1店舗あたり約1時間)
②実施要領
ア.取組を希望する有志個店を訪問、すぐに着手出来る課題を現場で指摘、改善策    を提案、その場で講師と一緒に実     行していただきます。
イ.提案するのは業種やお店の規模を問わず、誰でも取り組めてすぐに成果を得
   られる内容です。

(5)講 師 武 雄 信 夫 有限会社クオールエイド代表

(6)経 費
  ①謝 金:150,000円 (1泊2日 実働合計10時間以上)
  ②旅 費:交通費:実費(JR九州武雄温泉駅発着) 
③宿 泊:@10,000円(またはお手配下さい)

(7)申し込み・問い合わせ メール:info@quolaid.com  

     Ⅲ.期待出来る成果

1.消費増税以降の衰退趨勢から個店が脱却する最善の方法
(1)お金を掛けず、「売れる売場」を創出する画期的な方法です。
(2)着手と同時に客数✕客単価の向上が実現します
2.「商店街活性化=商業集積としての再構築」の基盤となる「売れる売場 づくり」が定着、商店街の「ショッピングゾー ン」としての再構築がス タートします。
3.都市経営の課題である所得の域内循環の担い手、地場小売業全体の活 性化への展望が開けます。

緊急対策は同時に地場小売業振興の中長期展望を切り開く
内容で取り組まないと成果をあることは出来ません。
この機会に御市商店街の「商業集積としての再生」への
的確な一歩を踏み出されることをお勧めします。

商店街活性化、第一着手は「売れる売場」 づくり

商店街活性化、第一着手は「売れる売場」 づくり
商店街活性化の前提は【売れる売場】が揃っていること
揃っていないと活性化事業は効果を発揮出来ない

□消費増税と商店街の対応
消費増税は誰もが予想したとおり、家計のみなおし、消費購買行動の変化により「消費の縮減」、「買い控え・店ばなれ」が生じています。このまま推移すれば、地場中小小売店を中心に廃業が続出、商店街の商業集積としての持続可能性が急速に衰退することになりかねません。(第12号参照)
国は、消費縮減を防ぐために軽減税率、ポイント還元などの施策を講じていますが、長期低迷趨勢に陥っている個々の売場の業績を好転させる条件になりません。
既に廃業する店舗が現れており、このまま成り行きを座視するわけにはいきません。
 しかし、この状況に対応する方法を確立している自治体、商店街は極めて限られているようです。これまで取り組んできた活性化事業が個店の業績転換に役に立たないことが明らかな以上、個店売場で起こっている「買い控え・店ばなれ」に対応する手段として使える事業はありません。

1.商店街活性化の現状
 これまでの商店街活性化の取組には、大きな前提がありました。
「街に立地する個店の売場には問題は無い、問題があるのは来街者が減っていることなので来街者を増やせば商店街は活性化する」ということでした。
様々な活性化事業が取り組まれてきましたが、ほとんどの事業が「個店売場には問題が無い」ことを前提に企画されています。
集客イベント、空店舗活用、百円商店街、観光対応、まちゼミ等々。
そのほとんどが、街に(店前に)人さえ来てくれれば個店は繁盛する、という前提に立って企画されています。
しかし、取り組んだ結果はどうだったでしょうか。取り組んだ事業は成功してもその結果として個店の業績が改善されることは無かったと思います。

 近年、商店街の実態調査などの一環として行われるアンケート調査では「魅力的な店が少ない」ことが問題として報告されることが多くなっています。自分たちの街に魅力的な店が少ない、という自己認識が拡がっているわけです。これは大問題です。
「個店には問題は無い(魅力的な店が揃っている)」という前提で取り組まれている活性化事業ですが、実際はアンケート調査で自覚されているように「魅力的な店が少ない」。前提条件が間違っているので事業の成果が得られない、イベントでお客を集めても買物客になってもらえない、という結果に終わっています。
取組の前提の錯覚は、商店街レベルに止まりません。
「中心市街地活性化基本計画」に計画されている各種事業も「個店には問題が無い」ことが前提になっています。施策として「個店売場の改革改善」を計画している基本計画はほとんどありません。

 この錯覚は、商店街に重大な結果をもたらしています。
活性化事業の成果が得られない以上、個店は長期的な業績低迷趨勢に自店の力だけで対応しなければなりません。さらにこれまで経験したことの無い「不況下の消費増税」という課題が降りかかってきました。
商店街としては、消費増税に対応する施策を講じなければならないところ、ほとんど着手されていないことはご承知のとおりです。
その原因は、「個店売場には問題は無い」という前提と、他店の経営には口出ししない、という暗黙のルールの存在がありました。
しかし、消費増税は、そのようなこれまでの暗黙の了解を維持していたのでは商店街が消滅しかねない状況を生み出しつつあります。

□なぜこうなっているのか
 これまでの活性化では【活性化とは商店街がどうなることか?」定義されていませんでした。目標が定義されていないと、それを実現する方法(事業)を決めることが出来ません
これまでの活性化は目標を定義しないまま、慣行的に「活性化事業」とされる各種事業を繰り返すものでした。
 目標が明確に決定されていないと、それを実現するための筋道=ストーリーが描けません。ストーリーが無ければ、それを実現して行くために必要な事業群を計画し、要点に配置することが出来ません。即ち、計画を作ることが出来ません。
これまでの活性化関係の計画は、定義無し、ストーリー無し、単に慣行的活性化事業のメニューを記載したものでした。
ゴールとストーリーを欠く中で、自己目的化した活性化事業の繰り返し、これが従来の活性化事業の姿でした。


2.何をなすべきか?
 答えは単純明快、活性化とは商店街がどうなることかきちんと定義して、それを実現する条件を作り出す各種事業に取り組むこと。

(1)活性化の定義
  【商店街活性化】とは:繁盛店が軒を連ねる通りを実現すること。
   これまでの取り組みには【繁盛店=売れる売場の作り方】がありませんでした。
  イベントまどで来街した客をショッピング客に変身させるには【売場をどう変えれば  お客に支持されるか】という問題を解き、実践しなければなりません。
 【売れる売場】とは:客数✕客単価向上→増収増益が継続する売場。
   【売れる売場】は商店街活性化の基盤ですが、従来の取組=来街者増加→店前通行  量の増加では実現出来ません。
  「売場はどうあるべきか?」という原初の問題に立ち帰って取り組まなければならな  い。この問題をスルー出来る商店街は無いはずです。
   しかし、立地、業種、業歴等々多種多様な個店を「売れる売場」に転換していく方  法などあるわけが無い、あったとしても相当の投資が必要だろう、とても今の商店街  の現状で取り組めることでは無い、と感じられることと思います。
  ここで思考を停止しては今まで同じ、なにも変わりません。

(2)【売れる売場の作りかた】
  ①【売れる売場】には「商品とお客が出会う場所」として具備すべき条件がある。ま   ず、これを理解する。
  ②さらに【もの余り・店あまり時代】における「商店街立地の売場づくり」はその条   件をどう実現するか、考える。
  という二段階の【作り方】を考える作業があります。

  二つの作業をスルーして、一足飛びに「売れている売場」を表面的に真似ても成果は 得られない。【売場の理論】を用いて「売れている売場」を分析し、そこに活用されて いる「売れる売場のあり方」を理解することが必要です。

(3)常識を否定しよう
  これまでの「売場の常識」を信じていては新しい繁盛は実現出来ません。
 これまでの常識とは:
  ①個店には店主が決めたポリシーがあり売場はポリシーに基づいて作られている
  ②業種が違うと売場の作り方が違う。売れる売場の共通点などあり得ない。
  ③通行量が極端に少ないので、売場を変えてもお客は増えない
 等は、すべて間違いであり、否定しなければならない。

  ①について:ポリシーは間違っていなくても、それを表現する知識・技術を持たない        ので、売場は慣行的ノウハウの集合として作られている。
  ②について:業種を問わず売場には「商品とお客が出会う場所」として共通する「不        可欠の条件」がある。
  ③について:得意客の来店頻度✕買上点数が増加する。口コミなどで新規客増加。

(4)売場づくりに挑戦すると
   「売れる売場づくり」に挑戦すると、まず最初に起こる変化は、得意客・常連客の   売場に於ける行動が変化します。
 【滞在時間の延長】日頃は目的のアイテムを買うとすぐ帰っていたのが、
  ①売場を回遊する
  ②興味のある商品を発見する
  ③AIDCAプロセス発動
 という【ショッピングの楽しさ・堪能】の再確認です。
  この体験が「来店頻度の向上」につながります。既存顧客にとって「いつもの売場」 が「魅力ある売場」に変化する。この変化が新しいお客を呼び寄せる。
 既存顧客の評価が変化した売場が期待出来る新規来店客の諸相:
 ①得意客の口コミ
 ②通りすがり
 ③商店街の販促活動
 ④その他
 陳腐な様ですが、どれもこれまでの「売場づくり」のままでは実現出来なかった新規客 を実現する確実な方法です。


3.商店街活性化実現のストーリー  商店街を活性化するには、ゴールを決め、現在からスタートしてゴールに至るストー リーを描き、段階的に進んで行くことが必要です。
(1)【売れる売場づくり】への挑戦
  商店街から有志を募り、【モデル事業】として取り組む
  成果を実証し、取り組みを拡大する

(2)【売れる売場】があちこちに出現するとお客の回遊が始まる。
  これまで目立たなかった売場も目立つようになる。
  街が徐々にショッピングゾーンとして賑わってくる。

(3)イベントなど集客事業による来街訴求
  新規来街者の増大、回遊客の増加、増収増益の定着

(4)空地空店舗を利用した新規出店による街の【厚味】の構築
テナントミックスを実現するためのタウンマネジメント
  
 以上が、個店の売場づくりからはじめて商店街のショッピングゾーンとしての再構築までの基本ストーリーです。
単純素朴ですが、これまで【活性化のストーリー】が描かれたことは一度もありませんでした。ストーリーが無ければ「活性化の定義を実現する計画」は立てられません。
これまでの活性化関係の事業には「活性化を実現するストーリー」が描かれていない。
このストーリーは、必須課題として「売れる売場づくりの理論と技術」の修得を要求していることに注目しましょう。

【売れる売場づくり】からスタートする商店街活性化、必ず新しい展望が拓かれます。
 【売れる売場づくり】を代替出来る取り組みはありません!
 【売れる売場づくり】をスルーして商店街を活性化することは出来ません。

先日ご提案した講習会企画、あらためてご案内します。
令和2年、商店街活性化の新しいチャレンジとしてお奨めします。
ストーリーのある商店街活性化を提唱しているのは弊社だけ、
【売れる売場づくり】を弊社独自の手法です。

「暗黙のご了解」

定義:ある特定の集団、組織のメンバーにとって「当たり前」と見なされていること。
あまりにも当然のことなのでいまさらその内容について疑ったり、議論することさえはばかられるようなことがら。

商店街における暗黙のご了解は、「商店街活性化とは活性化事業に取り組むことである」ということ。
変な話だが、商店街活性化とは商店街が活性化することではなく、「そのための事業」とされている事業に取り組むことなのである。ホントに不思議な話であるが、商店街の現状を理解するには、そう考える他はない。

1.商店街活性化とは商店街がどうなることをいうのか、当社をのぞき誰も定義していない。

2.活性化事業への取り組みはしょっちゅう、至る所で行われているが、活性化に成功した、という話はほとんどない。

3.いい加減、「活性化事業の取り組み方はおかしいのではないか」という声が挙がりそうなものだが全然気配がない。

4.今日も活性化事業への取り組みが行われており、明日からはまた新しい活性化への取り組みがスタートすることだろう。

という状況から考えられることは、上述のとおり、「商店街活性化とは、活性化事業に取り組むことである」という暗黙のご了解がある、と考えれば納得がいく。

このような、ふと我に返って考えれば何とも信じられない暗黙のご了解、どうして発生するのだろうか?
それにはちゃんとした訳がある。

活性化事業がスタートしたころ、事業の目的は、街区内に進出してきた大型店への対抗策だった。アーケード、カラー舗装、イベント、スタンプ事業等々、活性化事業の定番はすべて大型店の施設、販促の「見よう見まね」で「規模のメリット」に集団で対抗する、という立て前で始められたものである。

結果的にこれらの事業は大型店対策にはならなかったが、隣接する商店街との域内競合の武器としては効果があり、大型店の核的機能も大きくはたらいて、結果的に地域一番商店街
の位置に着くことが出来た。つまり、このころ、商店街活性化を目的に活性化事業に取り組めば商店街にその効果が現れたことから、商店街活性化=活性化事業に取り組むこと、という短絡的理解が暗黙のご了解として成立したのである。

暗黙のご了解の恐ろしいところは、暗黙のご了解がたしかに成立する条件があって成立したのだが、一端成立するやいなや成立させた条件が消滅した後も、暗黙のご了解だけは人々の心の中に生き残り、肝心要の状況で「暗黙のご了解」として猛威を振るうことである。

今日、活性化事業に取り組めば取り組んだだけの成果が得られる、という条件はとっくの昔に消滅している。対抗しようとした域内の大型店はすでに郊外型SCの前に敗退し、活性化事業で蹴散らして地域一番商店街の位置に着いた隣接商店街はとっくの昔に消滅してしまっている。
つまり、いまや活性化事業が事業として効果を挙げられた条件はすっかり無くなっているのである。

にもかかわらず、暗黙のご了解のもと、今日も明日も事業が続けられている。いい加減で「活性化事業では活性化は出来ない」という声が挙がって良さそうなものであり、一声上がればたちまち活性化事業はおじゃんになってしまうのだが、寂として声無し。何故か?

もはや、誰も活性化事業に何の期待も期待もしていないからである。
組合執行部とは商店街の店主のうち、商店街のお世話をすることになっている人たちのことであり、それ以上でも以下でもない。執行部を押し上げている商店主の皆さんは、「商店街で商売をしている以上、出来るだけ事業などのおつきあいはしていかなきゃ」という考えであり、自店の活性化=売り場としての活性化に商店街活性化事業が貢献するなどということはハナから全く期待していない。

ということで、暗黙のご了解のもと、誰も何にも期待していない活性化事業が今日も明日も取り組まれる・・・。
これが商店街における活性化事業についての「暗黙のご了解」の恐るべき結果である(W

大きな時代の変わり目には、これまではOKだった「暗黙のご了解」について、環境与件を踏まえて見直すことが必要になっている。
今回は商店街ということで考えてみたが、もって他山の石、あちこちの業界でありそうですよね。

個店売場の消費増税対策

消費増税の衝撃

消費増税による消費購買行動の変化は、予想通り、対応の遅れている地場小売業を直撃、計画外の廃業に追い込まれる事例の報道が増えています。廃業の増大は、商店街の集積性の劣化、域内消費―所得循環の縮減に直結、都市の持続可能性に重大な影響が生じることは周知のとおりです。
緊急の対策が必要ですが、対策を講じるべき商店街、連合組織、まちづくり会社、行政、指導団体等々、関係の各方面にメニューがありません。
このまま手を拱いていれば状況はさらに進展、これまでの活性化努力が水の泡となってしまうこともあり得ます。
まさしく非常事態です。

商店街活性化関係の取り組みは、商店街活性化、商業・まちづくり、リノベーションなど異なる名称の下で取り組まれていますが、商店街の商業集積(街区)としての維持、再構築を目標にしていることは共通しており、目標の達成に既存小売店の増従増益・経済活力の向上が必須課題であることも論を待たないところです。
この時期、個店レベルの消費増税対策が関係各方面にとって喫緊の課題であることは共通しています。


対応の方向と方法

どこからどう手を着けるべきか?
対策の条件は、着手が容易で効果が顕著であること、誰でも取り組めて取り組めば「減収・減益」趨勢の進行を押しとどめること。これが出来なければ緊急対策になりません。

この条件を踏まえた第一着手は、既存個店の常連・得意客の「買い控え・店離れ」を増やさないこと。
そのためには何をなすべきか?

これまで取り組まれてきた来街者・通行量増大を目指す「販売促進」では間に合わないことはいうまでもありません。

ネライは、既存顧客、お得意さんに「売場の使い勝手の良さ」を再評価してもらうこと。
「使い勝手」とは、来店目的が手間暇掛けずに達成され、その間に受けるストレスが少ないこと。これを実現するための施策を考え、実行する。
一見迂遠のようですが、着手が容易で即効性があり、効果の蓄積が期待出来る最善の取り組みです。
使い勝手のよい、ストレスを感じない売場を提供すると、お客に売場を楽しもう、という余裕が生まれます。売場を回遊し、新しい商品を発見する、吟味するという楽しさが体験され、あらためて行きつけの売り場の楽しさを発見してもらう。
商店街全盛期には成立していたこの条件を構築し直そうというのが“売れる売場づくり:”です。

※当社が開発、提案している“売れる売場づくり”については『商店街活性化情報第10号』で提案しています。(19.8.1)ご参照下さい。


緊急対策から再スタートするショッピングゾーンとしての再構築

個店、商店街が直面している状況は、「緊急避難策」、「長期活性化策」と区分して取り組むことを許しません。緊急対策が同時に活性化策の基礎を構築する性格を持っていない、例えば一過性の割引セールなどでは、緊急施策としての役割を果たすことは出来ません。
 孤立無援状態に陥っている個店が手軽に取り組めて、成果を確保することが、個店はもとより、商店街活性化に関わる各方面の今後の取り組みのあり方、成果の有無を左右します。その意味では、禍を転じて福と為す、消費増税への対応を商店街―地場小売業全体の浮上、活性化への再スタートの機会と位置づけ、しっかり取り組んでいただきたい。


地場小売業、商店街の消費増税対策は、『売れる売場づくり』以外に無い!


どこからどう手を着けるべきか?
対策の条件は、着手が容易で効果が顕著であること、誰でも取り組めて取り組めば「減収・減益」趨勢の進行を押しとどめること。これが出来なければ緊急対策になりません。

この条件を踏まえた第一着手は、既存個店の常連・得意客の「買い控え・店離れ」を増やさないこと。
そのためには何をなすべきか?

これまで取り組まれてきた来街者・通行量増大を目指す「販売促進」では間に合わないことはいうまでもありません。

ネライは、既存顧客、お得意さんに「売場の使い勝手の良さ」を再評価してもらうこと。
「使い勝手」とは、来店目的が手間暇掛けずに達成され、その間に受けるストレスが少ないこと。これを実現するための施策を考え、実行する。
一見迂遠のようですが、着手が容易で即効性があり、効果の蓄積が期待出来る最善の取り組みです。
使い勝手のよい、ストレスを感じない売場を提供すると、お客に売場を楽しもう、という余裕が生まれます。売場を回遊し、新しい商品を発見する、吟味するという楽しさが体験され、あらためて行きつけの売り場の楽しさを発見してもらう。
商店街全盛期には成立していたこの条件を構築し直そうというのが“売れる売場づくり:”です。

※当社が開発、提案している“売れる売場づくり”については『商店街活性化情報第10号』で提案しています。(19.8.1)ご参照下さい。


緊急対策から再スタートする
ショッピングゾーンとしての再構築

テナントミックスかタウンマネジメントか

2004年のブログ記事。
中活法―TMOの「タウンマネジメント」のあるべきだったところ。
この方向で作成され取り組まれた基本計画は一個も無かったわけですが、振り返ってみると、こういうことを検討する下地がどこにも無かった、ということですね。
改正中活法になると、単に言葉だけが残って使う側の恣意で使われているだけ。

テナントミックスと空店舗活用が〈ちゃんぽん〉化されて、上位目標の無い「テナントミックスサポート事業」が取り組まれ、聖子いう事例として喧伝されたり。

引用スタート**********************************
原語で略称にすれば、どちらもTM。
先進的なTMOではこれらの計画作りに取り組んでおられるところもあるかと思います。
経産省では昨年度「中心市街地活性化におけるテナントミックスの手法に関する調査研究」に取り組まれたようで、その結果が『実践行動マニュアル』ですね。

テナントミックスとタウンマネジメント、中心市街地活性化を推進するうえでより正しいアプローチはどちらでしょうか。

タウンマネジメント有理

テナントミックスは、タウンマネジメントの下位概念で、販売促進、人材育成、サービスシステム、景観整備などなどと同列の運営実務の一分野です。

なお、次の各項に留意。

1.テナントミックスを誇大評価するのは、「ショッピングモール」がきちんと理解されていないから。

2.モデルにされている郊外型SCのテナントミックスとは、「元気のいい」、「シュンの店」、「集客力のある店」を如何に集めるかということに終始している。

もちろん、こんな業務をテナントミックスと呼ぶのは我が国のほんの一部のギョーカイだけです。

「中心市街地活性化」において、「テナントミックス」という言葉が出てきたのは、、『TMOマニュアル』で「活性化の手法の一つ」、「たとえば」ということで例示されたのがいつのまにか肥大化、活性化といえばテナントミックスのこと、というような短絡的な発想もまかり通っています。

※「テナントミックス」に限らず、声を大にしていっておきたいことは、『中活法』~『マニュアル』は、「これさえあれば中心に市街地活性化」はOK、などと考えないこと。
※テナントミックス=「業種構成・店舗配置」を考える前に、「一体的推進の目標」を確立すること。

※さらに。
①そもそも、既存個店群の活性化には取り組むのか・取り組まないのか?取り組むとすればどんな手法が考えられるか?
②「既存個店」はテナントミックスの中に入れるつもりか? 既存店をどう「テナント」に転換させるつもりか?
③そういう「転換」を推進するには、個店に対する指導・支援が不可欠だが、だれが担当するのか?
④自ずとTMOも能力の向上錬磨が求められる

などなど、考えていると、ことは「テナントミックス」に限定されるものではないことがはっきりします。

そうそう、このところハヤリコトバになってきた、「個店の活性化」、「魅力ある個店づくり」ですが、字面だけ真に受けて飛びつくとまたもや大失敗をやらかすことになるのでくれぐれもご注意あれ。


テナントミックスのポジション

テナントミックス

1.一般論
商業集積のコンセプト(=デスティネーション=お客の買い物=品揃え・売り場揃え)を実現するための、売場揃えのことです。
ちなみに、コンセプト抜きで店舗が集合しているのは、テナントミックスとは言いません。自然にお店が集合して出来上がっている商店街の場合、「通行量が多く・好立地」と判断したお店の出店が相次いだ結果、(集合としては)自然発生したものであり、コンセプト主導の商業集積とは集合の意図が違います。もちろん、「テナントミックス」という概念とは無関係です。

「テナントミックス」とは、大型商業集積が標的客相の購買目的=来訪目的に対応するために使う、品揃え・売り場揃えの手法のこと。

手法は次の通り。
①収益全体で対応しようとする購買動機・行動(コンセプト)を決定する
(例:コンビニエンスニーズ、コストコンシャスニーズ、ラグジュアリィニーズ)
②コンセプトを充足させるために必要な品揃え(品種・品目)構成を決定する
③品揃えを実現するための売り場揃えを決定する
④売り場を分担するショップ構成を決定する
⑤ショップ構成を担う、実在のショップを選定・交渉・入店させる

狭義のテナントミックスとは④のことです。
こうしてみると、テナントミックスは商業集積のコンセプトあっての下位概念。集積のコンセプト抜きでの「欠業種リクルート」や「空き店舗活用」などはテナントミックスとは呼べない、呼んでも無意味だということがよくわかりますね。

2.郊外型SCの場合
これは、いつも申しあげているとおり、量販できるものなら何でも売りたい・量販百貨店を核とする「量販センター」ですから、上記の意味でのテナントミックスは存在しません。量販センターには、センターを構成する各店舗は自店が設定するコンセプト(顧客の買い物目的)に対応する品揃えを実現していますが、センター全体としてのコンセプトは不在ということになります。
量販センターに「大量に買いたい」と言う目的意識(コンセプト)で出掛ける人は少ないでしょう。

量販センターの「たくさん売れるものなら何でも売る」というコンセプトは、お客の購買目的と対応させると「人並みでかまわない分野のショッピング」に対応した品揃え・店揃えということです。
ショップに共通する特徴は、「量販できる品揃え」。
ちなみに、センターのコンセプトを逸脱、「こだわり」・「堪能」などをコンセプトにしたショップを出すとはじき出されることになりますね。

3.中心市街地の場合

 中心市街地活性化の手法としてテナントミックスということがクローズアップされています。といっても時差いの取り組みは「テナントミックスビジョン」などを作成している「先進的」なTMOに限られていますが。

中心市街地商業活性化=中心商店街活性化の場合、テナントミックスが問題になるのは、「一体的推進の目標」が実現を目指す商業集積としての性格というレベルで確定されている場合にかぎられます。

さらに手法としては、既存個店の転換ということがメインになります。まず第一にコンセプトが示す方向に既存個店が転換(品揃え・サービス・店内環境など)し、活性化の可能性を実証することからスタートしないと、テナントミックスは夢のまた夢ですね。

「テナントミックス手法」で述べたように、テナントミックスは、「ショッピングセンター」を作りあげる品揃え・売り場揃えを実現する手法であり、全体のフローを抜きにしたテナントリクルートや空き店舗活用とは全く違います。

4.まとめ
以上、簡単に検討したように、商業集積としてのコンセプトを設定しないテナントミックスというのはあり得ません。
中心市街地の場合、まず取り組むことは「一体的推進の目標」に中心商店街(あるいは「中心市街地に立地する商業集積群」)がまちぐるみ転換・実現を目指すべき商業集積としてのコンセプトを設定することです。

ちなみに。

マニュアルでは「中心市街地の商業集積群を一個のショッピングモールと見たて」たアプローチを推奨していますが、ショッピングモールについて、「中心市街地立地で成立するあたらしいタイプのショッピングセンター」という指向が明確でないため、
①既存個店の転換という課題の把握が不十分
②事業全体における個店の意欲的な取り組みの必要性の認識が不十分
となっており、

その結果テナントミックスは、中心市街地の大型店活性化、空き店舗対策が中心になっているような感があります。
これは順序が逆だと思います。


大型店の活性化・空き店舗活用

1.大型店の活性化
いうは易く、実現は大変難しい。
都市によっては、大型店の活性化による集客力の向上-その結果中心市街地に顧客の回遊が生まれる-既存個店への買い物客が増えるというシナリオを描いているところも有るようですが、これは全くの「トンデモ」です。

第一に、大型店の活性化は大変難しい。これまで成功した事例はない。
第二に、大型店の活性化が成功したとして、来店客は大型店の魅力にひかれて来店するのだから、店外の中心市街地に出ていかなければならない理由は無い。
第三に、とおりに出掛けたとして、繁盛していない(つまり誰からみても買い物行き先になっていない)店に入って買い物する理由などさらさらない。

という「三無トンデモ路線」ですね。
こういう路線にのっているところでは、中心市街地のテナントミックスのはずが大型店のテナントミックスに化けていたりします。

もちろん、大型店の活性化は喫緊の課題ですが、それは第一に大型店自体の経営を維持するため、と考えることが必要です。
街全体のため、などといった甘い発想では業績転換は不可能ですね。

大型店の活性化~街全体への波及などという取り組み、中小店舗はそれまで待て、という多くの「基本計画」が陰に陽に想定しているシナリオは文字通り「絵に描いた餅」、妄想・妄念レベルです。

2.次に空き店舗の活用

 商売不振で閑古鳥が鳴いている商店街の空き店舗を利用して店開き・繁盛店を作りあげるには、「お客は自店で作る」という覚悟が必要です。お客に買い物動機が発生したとき、真っ先に思い浮かべられる自信を持てる店舗企画が無い「空き店舗活用」は活用ではなく無謀です。

空き店舗活用も大切な手法ですが、必要によりチャレンジショップ
や創業塾などとミックスさせた都心開業システムといった仕組みを作ることも考えないと、補助金があるから開業してみるか、といったノリでやられると、テナントミックスどころか取り組みのお荷物になりかねない。

というように、巷間(W,考えられているようなレベルで安易にテナントミックスを云々していると、目標・課題を見失います。というか、テナントミックスを云々することそれ自体が中心市街地活性化の目標・課題をすっかり忘れた「目標無き事業」だと言った方がより適切かも知れません。

結局、中心市街地活性化=ショッピングモールへの転換というスキームが存在してはじめてテナントミックスという手法の採否の検討が可能になるのですが、では、ショッピングモールへの転換は、テナントミックス手法でOKでしょうか?


「商業施設再配置」など

テナントミックスの一手法とかで、業種ごとのゾーニングなどを構想する向きもあるようですが、おやめになった方がよろしい。

繁盛店の創出=個店の転換も思うようにいかないのに、衰退過程に入っている店舗を集団化したり、炭火を火箸でいじるようにあちこち動かしたからといって何がどうなるものでもありませんでしょ。

上位計画がある場合はいざ知らず、お店を動かすというのはエネルギーを要しますからね。第一、計画しただけで活性化の運動そのものから脱落するお店が出ることになりかねません。そう言うお店はたいてい繁盛店だったりなんかする(W

いっときますが、店舗再配置はもう少し違った視点・スパンで取り組むべき。今すぐどうのという話ではありません。
まして、TMOの主要業務=テナントミックスマネジメント=店舗再配置などと早とちりすると、結局、TMO自身がな~んにも出来ずに開店休業に追い込まれたりすることになりかねない。


タウンマネジメントの領域

「ショッピングモールへの転換」のフロー

1.コンセプトの設定
2.品揃え・サービス・環境の構想・・・実現への取り組み

(品揃え)
3.品揃え-売り場揃え-店揃えの構想(テナントミックスビジョン)
4.テナントミックスの実現
(1)既存個店の転換
(2)既存売り場(大型店)の転換
(3)空き店舗・空地への出店誘致

一般のテナントミックス業務と異なって、中心市街地の場合、「既存店舗・売り場の上位コンセプト主導による転換」取り組みがあります。ここが通常のテナントミックス業務と大きく異なるところです。

「転換」を推進するためには、店舗内外・経営内外で様々な取り組み及びその支援が必要です。

経営者~店頭担当者の能力の転換、取引先開拓、販売促進、新たなサービスシステムの開発、店舗内外・街区の環境整備等々。
さて、これらの業務のすべてを「テナントミックス」一括することが出来るでしょうか?

たとえば、能力開発システムの一環として「販売士制度」を採用したとします。これもテナントミックス業務の一環ですか?
コトバの問題として整理、何でもありのテナントミックス計画ならそれでもいいでしょうが、活性化計画を「テナントミックス」レベルでとらえている都市で、「転換業務」の全体、サービスや販促業務までを含めて計画する力量は無いでしょうね。

もしあるとすれば、その計画は「テナントミックス計画」ではなく、「タウンマネジメント計画」になっているはずですから。

中心市街地のタウンマネジメント

この「タウンマネジメント」は、もちろん、ショッピングセンターのルーティーンワークのマネジメントではありません。

次の新着投稿を参照あれ
http://www.quolaid.com/cgi2/sunbbs/index.html
(1月26日の記事)
タイトル : マネジメントとは
投稿日 : 2004/02/01(Sun) 11:34
ドラッカーさんによれば、「言葉を実現する」ことだそうです。

所与の言葉(目的・目標)を実体化するのがマネジメントの役割。
テナントミックスかタウンマネジメントか、というのは「単なる言葉の問題」という人もあるいはおいでかも知れませんが、上記の通り、マネジメントとは言葉の問題、一字一句ゆるがせにしない、というのが基本姿勢です。

だって、「実現」を目指すのがテナントミックスかタウンマネジメントか、ハッキリさせておかないと後々の作業に次第に影響が出てくる、最後は行き詰まる、ということになりかねません。

商店街再生のカギは「売場の理論」

商店街再生のカギは「売場の理論」。
商店街活性化とは繁盛店が軒を連ねる通りを実現すること。
だが、商店街は【繁盛する売場の作りかた】を持っていない。
来街したイベント客をショッピング客に変身させるには【売場をどう変えればお客に支持されるか】という問題を解かなければならない。

【繁盛する売り場】とは、客数✕客単価が向上→増収増益が継続する売場=「売れる売場」のこと。
従来の取組=来街者増加→店前通行量の増加では実現出来ない。
「売場はどうあるべきか?」という原初の問題に立ち帰って取り組まなければならない。この問題をスルー出来る商店街は無いはず。

【売れる売場の作りかた】
①【売れる売場】には「商品とお客が出会う場所」として具備すべき条件がある。まず、これを理解する。
②さらに【もの余り・店あまり時代】における「商店街立地の売場づくり」はその条件をどう実現するか、考える。
という二段階の【作り方】を考える作業がある。

この作業をスルーして、一足飛びに「売れている売場」を表面的に真似ても成果は得られない。【売場の理論】を用いて「売れている売場」を分析し、そこに活用されている「売れる売場のあり方」を理解すること。
自分の売場への応用はその後の話。

これまでの「売場の常識」を信じていては新しい繁盛は実現出来ない。
①個店には店主が決めたポリシーがあり売場はポリシーに基づいて作られている
②業種が違うと売場の作り方が違う。売れる売場の共通点などあり得ない。
③通行量が極端に少ないので、売場を変えてもお客は増えない
等は、間違い。

①について:ポリシーは間違っていなくても、それを表現する知識・技術を持たないので、売場は慣行的ノウハウの集合として作られている。
②について。業種を問わず売場には「商品とお客が出会う場所」として共通する「不可欠の条件」がある。
③について。得意客の来店頻度✕買上点数が増加する。

「売れる売場づくり」に挑戦すると、まず最初に起こる変化は、得意客・常連客の売場に於ける行動の変化。
【滞在時間の延長】日頃は目的のアイテムを買うとすぐ帰っていたのが、
①売場を回遊する
②興味のある商品を発見する
③AIDCAプロセス発動
という【ショッピングの楽しさ・堪能】の再確認。

【売れる売場】の初動は、既存顧客の売場内行動の変化:滞留時間の延長、買上点数の増加から。この体験が「来店頻度の向上」につながる。既存顧客にとって「いつもの売場」が「魅力ある売場」に変化した。
この変化が新しいお客を呼び寄せる。

既存顧客の評価が変化した売場が期待出来る新規来店客の諸相
①得意客の口コミ
②通りすがり
③商店街の販促活動
④その他
一見陳腐な話だが、どれも今までの「売場づくり」のままでは実現出来なかった新規客を実現する確実な方法。
スタートは【得意客に再評価される売場づくり】←活性化のテーマ

【売れる売場】があちこちに出現するとお客の回遊が始まる。
これまで目立たなかった売場も目立つようになる。
街が徐々にショッピングゾーンとして賑わってくる。
無理なく、増収増益を実現しながら進める商店街活性化、「売れる売場づくり」の理論と技術の修得から再スタートする活性化。

以上が、個店の売場づくりからはじめて商店街のショッピングゾーンとしての再構築までの基本ストーリー。
単純素朴だが、これまで【活性化のストーリー】は一度も描かれていない。
このストーリーは、必須課題として「売れる売場づくりの理論と技術」の修得を提示していることに注目されたい。

この条件は、従来の活性化事業で一度も提起されたことが無い。従来の活性化は【売場づくり】をカッコに入れた、お客の来街目的を充実させるという課題を無視した取り組み、成果が挙がらなかったのは当然だった、ということになる。
商店街活性化は「売れる売場づくりから」:令和の新チャレンジ。

店の繁盛・街の賑わい

高度化事業の事業計画では、事業本来の計画とともに、事業と並行して取り組む各個店の経営改善計画の提出が必須になっています。
いつも申し上げているとおり。

 商店街活性化を目的に取り組まれる高度化事業ですから、活性化を実現するには、街の機能を向上させると同時に、あるいはむしろそれに先行して「個店の魅力」を実現することが不可欠です。

 商店街の魅力は、回遊出来ること。
回遊するに値する魅力的な個店が軒を連ねていることです。
商店街活性化には、「魅力ある個店」をたくさん作り出すことが不可欠です。

 これまでの高度化事業の取組の成果が個店に波及しない、あるいは一過性に終わるという傾向があったのは、.ひとえに、魅力ある個店の創出という同時に実現しなければならなかった課題への取組を個店に任されていたから。

個店には“今どきの商店街立地で繁盛する” という課題に取り組み成功するために必要なノウハウがありません。
ご承知のとおり。

これからの商店街活性化は、個店の繁盛実現と街の賑わい創出を車の両輪に位置づけ、両輪が一緒に動く、片方が動けばもう一方も確実に前進する「両輪同時駆動」というコンセプトを持って取り組むことが不可欠です。

□高度化事業の現状が物語ること

 いつも申し上げているとおり、高度化事業は、事業の一環として個店の経営革新を計画・実施するスキームになっています。
ほとんどの人が知らない、事業に取り組んだ人もすっかり忘れてしまっていることですが。

国が定めているスキームでさえ、〈片肺飛行〉に変えてしまうのが商店街の現場力、これでは商店街が自分たちの裁量で取り組む賑わい創出=集客イベントや、空店舗活用なども個店への波及や相互作用などは一切考慮しないまま、当の事業が円満無事に終わることだけを目標に〉取り組まれているのでは無いか、と危惧されます。

2つ理由が考えられまして、
ひとつは、個店内部の取組には口出しできない
もう一つは、口出ししようにも何を助言したら良いのか分からない
おそらく二つの理由が微妙に合体して個店の経営には容喙しない、という日本列島の空気が出来上がっているのでしょう。

でも、こんな空気、文字どおり空気みたいなもので、キラリなどその気になればあっという間に雲散霧消します。
繁盛店づくり、他店のチェック、問題点の指摘と改善案の提案ゴッコは当たり前です。

個店の繁盛と街の賑わいは車の両輪、同時に回らないと同じところで堂々巡りで終わります。

今年は、是非「繁盛と賑わい」というメダルの両面を同時につかむ事業に取り組みましょう。
メダルの片側を撫でるだけではダメ、自分のものにするには、両面ともがっちり掴むことが肝要です。

□高度化事業の教訓

国が作って補助金で誘導する高度化事業が所期の中小小売商業の機能の高度化を実現できず、共同施設の取得や共同経済事業の取組などにとどまってしまっているのか?
理由を解明して対策を講じないと、これからも同じ轍を踏むことになります。

第一に考えられる理由は、見よう見まねの取組だったこと。
高度化事業:無利子でアーケードやカラー舗装ができる、という「先進事例」を真似て我が町でも、という動機なら個店の経営改善と条項は工事への合意形成にとって邪魔物でしかない。

成功事例にといあわせると「作文で済むよ」そうか、そうなのか!

□事業終了の結末

高度化事業の計画書で必須となっている「個店の経営改善」は、作文で済む、というのは実際に支援に当たった専門家が異口同音にいわれることです。
当社のセミナーに参加される診断士さん達もそういえばそうだった、と。

3つ理由がありまして。
第一に、個店の取組を条件に入れると合意形成に時間が掛かる。場合によっては合意できない可能性も。

第二に、全体事業の計画作成に集中しないと間に合わない。

そして第三に。
誰も個店の経営を革新するための実践的な計画を作れない、ということがありました。
これが一番大きな理由です。

高度化事業と並行して、各個店ごとに経営革新に取り組む。
あるべき取り組みですが、あるべき、と、出来る、は違います。

商店街立地の個店の経営革新=繁盛店への転換を実現するノウハウなどどこにも無いなかでの高度化事業ですから。

繁盛再生のノウハウが無い。

これは高度化事業実施の有無に関わらず、全国の商店街に共通する大問題、商店街が取り組むすべての活性化事業が、個店の転換=シャッターの内側=お客のファイナル・デスティネーションの整備という課題には手を出せないシャッターの外側限定の取り組みになっています。

これでは活性化ができないのは,当然です。

事業は、その事業が終わった後に成果が現れなければならない。
活性化事業が終わったら、街が【活性化】に向けて確かな前進が出来る条件が作られていなければならない。

しかし、個店内部の改革を置き去りした事業では事業終了後に成果を残すことが出来ません。

□商店街に共通する課題


全国で一握り、今も繁盛していると自認している商店街を除く、全ての商店街に共通する課題は、組織が取り組む【賑わい創出】を目的に取り組む各種の事業の成果が、個店の繁盛実現として実を結ばないことです。

 特に、中心市街地活性化の問組みでは、中心商店街の活性化に集中的に施策が講じられましたが、結果として明らかになったのは、「商店街は個店・シャッターの内側」の改革に取り組まない限り、施策の成果を街に蓄積し、恒常的な賑わいを創出するという目的を達成することは出来ない、
ということです。

 「街の賑わい創出」と「個店の繁盛実現」を車の両輪に見立てて、同時平行で推進しないと商店街活性化は実現できない。
このことに疑問の余地はありません。

 問題は、今なお、この「本当の課題」が関係各方面に共有されていないこと。
本当に解決しなければならない問題の前に問題への取組を阻む「人間の壁」があるようでは出来ることも出来なくなるのは当然です。

 「街の賑わい創出」と「個店の繁盛実現」の取組を「車の両輪」として同時平行で進めることが不可欠、同じ考えの皆さんが連携して取組を強化していくことが必要な時期、当社も微力ながらその一端を担い続けます。
-
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
カテゴリー
ご案内
こちらは、コンサルタント・ファーム、有限会社クオールエイドのホームページの別館です。 商店街・中心市街地活性化関係の業務を中心に展開しています。 ご利用法について。 当ブログには、当該部門について、他では入手困難な情報をたくさん提供しています。 「ブログ内検索」で抽出、ご利用ください。 各種掲示板、ホームページ過去記事などは左欄の目次からアクセスできます。 引き続きよろしくお願いいたします。
プロフィール

売れる売場づくり本舗

  • Author:売れる売場づくり本舗
  • 【キラリ輝く繁盛店づくり】
    お客に見える店づくり―見える化をテーマに【個店の繁盛】から【商店街活性化】、【中心市街地の商業集積としての再構築】まで一貫した取組を支援します。
ブログ内検索
アクセスカウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
月別アーカイブ