まちづくりと商店街活性化

 「まちづくり」とはどういうことでしょうか?
商店街活性化界隈では専門用語風の言葉を定義しないで使う、というのが当然になっていますが、なかでも「まちづくり」は要注意です。もともと「街づくり」という言葉があって、都市計画系の言葉。市街地の整備改善方面の言葉でした。
新しく「まちづくり」が登場したのは、商業商店街活性化を支援する専門家の間から。
「商店街活性化」が陳腐化したから、というのがその理由でした。ところが。
ご承知のとおり、もともと「商店街活性化」自体が定義されていない曖昧な用語でしかたらか、陳腐化するというか、言葉に真剣みが足りないのは当たり前、陳腐化したからではなく、もともと言葉の意味が定義されていなかったために、何でもかんでも『活性化』の中に含ませてしまった結果、効果の無い、陳腐な言葉になってしまったわけです。

この状態をほったらかしにしたままで活性化を『まちづくり』と言い換えれば何がどうなるか?
言い換えたからといって,良い結果が生まれる理由がありません。
それより、「商店街活性化」を『まちづくり』と言い換えることで、これまでよりもいっそう言葉の意味が曖昧になり、商店街に関係なくても「まち」に関係のあることなら『まちづくり』だ、と理解されるような風潮も現れています。

今では「商業・まちづくり」とか「居住・まちづくり」とか『交通まちづくり』といった表現も見られるようになりました。
すべて「まちづくり」ではさすがに混乱するということでしょうか。
では「商業・まちづくり」とはいったい何なのか? 「活性化」が陳腐化したから、という理由で導入されたわけですが、別に以前と変わった取組が行われているわけではありません。それはそうでしょう。『商店街活性化』をさんざん使ってきた人たちが自分たちの使い方を棚に上げて、陳腐化した、というのですから、まちづくりも陳腐化することが眼に見えています。

商店街だけでは無く、中心市街地活性化もまちづくりに変わり、タウンマネジメントもまちづくり、タウンマネージャーの業務もまちづくり、と商店街活性化は次第に影が薄くなってきました。
特に中心市街地の商店街等を一つの商業集積として再構築する、という旧中活法のコンセプトは誰からも顧みられなくなっています。商店街活性化も従来路線、個々の商店街毎に事業に取り組む、というパターンに先祖帰りのようです。

先祖帰りにしないためには商店街活性化=これまでの商店街のあり方から脱皮すること、という大きな目標を掲げることが必要では無いか?
大きなビジョンを掲げ、個々の事業の付帯的な内容はビジョンを実現する方向で内容を具体化する、という方法が採用されると良いと思います。

商店街活性化への道、ご承知のとおり、内外共に条件が厳しくなる一方です。
商店街活性化とは、これまでの街のあり方から脱皮することである、ということをあらためて確認、脱皮する方向と方法を決定することが喫緊の課題です。

通行量増大と賑わいと商店街活性化

 それぞれ良く似た言葉で、ほとんど同じような意味で使われることが多い。
特に通行量が減っている商店街では、何をするにしても今のような通行量では効果が期待出来ない、ということでまず優先的に取り組まれるのが通行量増大です。
一過性の通行量では無く、恒常的に人が行き交っている、とニュアンスで『賑わい』になります。商業=物販以外の来街目的を新設・充実することで恒常的な来街者を増やす。

 どちらも,通行量を増やして商店街を活性化する、という目的は同じです。『通行量の増大』は商店街にとって長年の課題ですが、近年は「中心市街地活性化基本計画」における数値目標に掲げる都市が多くなり、中心市街地―商店街活性化といえば通行量の増大、という取組が主流になっています。

 『通行量の増大』で商店街活性化は実現できるのか?
単に通行量を増やすだけでは活性化できないことは,当ブログの読者の皆さんには良くご承知のところですが、皆さんの周囲はどうかと言えば、なかなかそういう認識は共有されていないと思います。困ったことです。

 商店街活性化策として取り組まれる「通行量の増大」は、その究極の目的からすれば、商店街に買い物に来る人が増えることを目指しています。端的に言えば、今は商店街以外で買物をしている人たちに商店街に買物に来てもらうことを目指しているわけです。
つまり「郊外型商業施設からお客を奪還する」ための取組ということになります。

 郊外の各種商業施設にお客を取られて衰退趨勢に陥り、通行量が減っている商店街が「通行量増大策」に取り組むことで、「通行量」では無く「お客」を取り戻すことが出来るでしょうか?(出来ると信じてる人がいるとは思えませんが)
『商店街活性化策としての通行量増大』は、端的に言えば、「通行量を増やすことで郊外の商業施群から消費購買客を奪還する」ということになりますが、果たしてこれは実現できることでしょうか?

 商店街への一回的・臨時の来訪者を商店街の愛顧客に変身させるには、街区内の個店に入店してショッピングを試してもらい、結果に満足して、その店の愛顧客になる,というプロセスが不可欠です。そのためには、一見のお客さんが入店してきた際に、既にその人を愛顧客に転化させる魅力をもった売場が出来上がっていなければならない、ということになります。
通行量増大策に取り組む前に『魅力ある店』を作っておかなければならない,トピうことです。

 実際は、通行量増大と魅力ある店づくり、両方の事業に並行して取り組むことが効果的です。
魅力ある店づくりといえば、当社の【キラリ輝く繁盛店づくり】が最先端の取り組み、実践しておられる個店経営では,イベントのたびに一見のお客さんが入店、買上、得意客になってもらう、という事例が多く報告されています。

 商店街では良く,個店の取り組みが必要なことは分かっているが、今の通行量では取り組んでも効果が出ない、まず、通行量を増やすことから始めよう、という話がまとまります。通行両増大の事業に取り組むことになりますが,一向に増えません。
商店街にわざわざ抱けてくるに値する【買物行き先】が提供されていませんから。

通行量が増えたらいろいろ売れる工夫をしてみよう、というのは本末転倒、まずもっと今現在のお得意3位堪能してもらえる店・売り場に変えていくことが大切、イベントと違っていつからでも始められます。
さっそく明日から如何ですか?

地場小売業とチェーン小売業

 商店街はなぜ活性化しなければいけないのか?

 これらさらに厳しく問われるようになると思います。
活性化の理由、いろいろ挙げられていますが、ショッピングモールをはじめとするチェーン小売業ではなぜいけないのか、どうしても商店街を活性化しなければならない理由は展開されていないようです。

 商店街を活性化しなければいけない理由がハッキリ説明出来ないと、活性化するために何に取り組むべきか、方向と方法がわからないと思います。商店街を活性a化しなければならない理由=商店街には郊外のチェーン店では担えない役割があると言うことであり、それを担うことが商店街活性化を実現するチャンスです。
その役割とはなんでしょうか?

 地場小売商業にとっては当たり前のことですが、チェーン小売業には逆立ちしても出来ない、それどころか真っ向背反する結果しか生み出せない地域経済における効果があります。
それは、 地域の消費購買行動を地域の裁量所得獲得の機会にすること。 地域の家計に入ってきたお金 (給料・年金) が消費財の購入に回るとき、それをもう一度地域の所得にすること。

そのためには、チェーン小売業で行われている消費購買行動を商店街に向きを変えてもらうことが必要です。
そして、そのためには、もちろん、商店街の個々の売り場が新しい消費購買行動の受け皿に変わることが必要です。
商店街を繁盛させるには、現在、商店街以外の場所で買物をしている人を商店街に呼び戻さなければならない(「通行量増大」も
そのための取組という一面を持っています)。
商店街立地の個々の売り場を「買物の場」として充実させる以外に、商店街で買物をしてもらうことは出来ません。

「通行量増大」は、郊外店からお客をで圧巻するための取組、成功するには商店街の「売場」を充実させることが不可欠。
売場を充実させないと、巨額のお金を使って通行量増大キャンペーンに取り組んでも最終目的を達成することは出来ません。

商店街はなぜ活性化しなければならないのか?
あらためてその理由をしっかり考え、そのためには何を為すべきか、しっかり考えた取組で無いと目先の「通行量増だ」も実現できないことはこれ迄の取組が実証しています。

高度化事業の大転換

 中心市街地活性化―タウンマネジメント関係の専門的なテーマです。

中心市街地活性化法が制定される」以前の高度化事業は、商店街単位、組合単位の事業でその趣旨は、商店街、商業施設の高度化、競争力を向上させるものでした。競争の対象は、同じ街区内の商店街、商業施設でした。もちろん主観的には工場のショッピングデンターと競いたいのですが、商店街単位、店舗単位では競争になりません。
しかし、隣接する商店街との競合には大変効果がありました。高度化事業の成功事例といわれる商店街は、事業に取り組まなかったために競合に破れ、空洞化した商店街をセットになっていたものでした。

 しかし、前述のとおり、郊外のショッピングモールが相手では高度化事業はほとんど効果がありませんでした。

 中活法のスキームで取り組まれる高度化事業は、名前も【中小小売商業高度化事業】と改称され、内容も大きく変わりました。
単位商店街の取組から中心市街地然の取り組みへ、中心市街地を一個のショッピングモールに見たてて再構築する、sぉの取り組みの中核に位置づけられたのがこの事業です。
ショッピングモール見立ての取り組みを推進するのがタウンマネジメント、そのマネジメントにあたるのがTMOでした。

 中心市街地活性化法の制定で、高度化事業は大きく変わったのですが、中心市街地基本計画レベルではAM、ありsのことに気づかないまま、従来通りの商店街単位、店舗単位の高度化事業に取り組んだ結果、ショッピングモールとしての再構築には\届かない取り組み担ってしまった都市が多いようです。
個別商店街、店舗単位の取り組みでは減税の競争環境の中できちんとしてポジションを占めることは出来ません。
各地の高度化事業がうまく行っていない理由はここにあります。

 本当は指導にあたる高度化事業の指導専門家がハッキリ指導ししなければならないところ、専門家さんも中活法の制定で中心市街地・商業街区の高度化事業の趣旨、内容が大転換したことに気づいていません。
国や指導機関はどうでしょうか?謎ですね。
旧中活法のTMO構想は、実施する高度化事業の構想だけでは無く、中心市街地全体が再構築する商業集積の正確、実現するために取り組む事業,措置等を網羅して作成する,ということになっていました。
実際に押すいう構想を作った都市はほとんど無かったと思います。
ここから中心市街地活性化の挫折が始まっている、といって過言ではありません。
各地で『恣意パイ』が報じられている再開発―高度化事業の失敗は実はTMO構想の失敗でした。

計画作りと実践と

昨日の続きです。

中心市街地―商店街活性化とは、
1.広域に展開しているモールを始め多種多様な商業施設と
2.茶の間、スマホのディスプレイをPOP(売買接点)にしている通信販売、両者に侵襲され
3.陳腐化―劣化―空洞化し、維持に支障を生じている商店街を
4.「ショッピングゾーン」として【再生】することです。

したがって、活性化したい、と思ったら,まず第一にやるべきことは、
1.広域商圏で商店街が他より優位に立てるビジネスチャンスがあるか?
と言うことを検討しなければならない。
いままで誰も・どこも検討していない問題です。

巨額の資本や優れた人材が必要なビジネスは,はじめから対象になりません。
あくまでも自分たちの現在の力+これから身につけていく能力で確保できること。
お金と組織で出来ることなら大手がやります。

商店街の現状から5年掛けて取組を軌道に乗せる、そのための計画が【中心市街地活性化基本計画】ですが、見てますと活性化を成功に導く計画になっているどころか、【計画】という名に値しない,ただ、事業メニューを列挙しているだけ、というレベルの計画が多いようです。

そこで、今から計画を作る人、見直しをする人にご忠告。
プランニングを【プロの計画作成代行業者】に依頼していけません。
商業について素人だと言うだけででは無く、【計画作成能力】にめちゃくちゃ問題がある。
プロに任せて作った計画を実施した結果が【総務省レビュー】ですからね。

もちろん、商業系の計画だからと商業系の専門家に依頼するのも危険です。
商店街を活性化するには何が必要か、と言う専門的な知識が十分とは言い難い。
もちろん【プランニング】の経験知見も十分とは言い難いはず。

計画作成・見直し業務へ、商業とプラニング両方が一人で出来る、と言う人に依頼し、さらに,実施過程の支援も依頼する、支援する能力がある、という人でないとこの問題を託すことは出来ません。
そういう人がどこにいあるか、といえばたぶんいないと思います。

中には当社のセミナーを受講した人もいるわけですが、まったく期待した活動が出来ない。
こうなれば、最前線に打って出る以外に無い、というのが今の心境ですが、引っ込む、という選択肢も有力のように思われる今日この頃です。。

活性化計画の作り方

商店街活性化、中心市街地活性化など、我々の正面分野の計画作成では、プロのプラナーというかシンクタンクや大手コンサルタント会社に委託される場合が多いと思います。
委託と言っても二種類あって、一は丸投げ、一は書記係』というか、地元の議論の結果を計画風にまとめる仕事。
どちらにも共通しているのが、計画書の印刷製本が終わればお役ご免という制度。

プロに作ってもらった計画をお下げ渡ししてもらって,地元でそれを推進して活性化が実現する?
その程度のことで成功するなら、各単位商店街ごとに取り組んだ中活以前の取組でも活性化出来たんじゃないでしょうか。さらに、その計画の推進に今度は『タウンマネージャー』を公募、応募要件は「当市の中心市街地活性化基本計画で当市の中心市街地活性化を実現する能力を有するもの」と。

その結果が、「総務省レビュー」ですから弁解の余地が無いですね。

計画作成に専門家を招聘するなら、プランニングの専門家では無く、「商店街活性化の専門家・兼・計画作成の専門家」を招聘すべきです。二人呼ぶのはダメ、プランニングは一部始終を一人でやる、というのが本当のプロです。
もちろん地元との連携は十二分に、地元が根を挙げるくらい。

そして、重要なことは、計画の実施プロセスに参加させるこおt。;作りっぱなしは許さず、最後まで責任をも持たせること。
作りっぱなしでいいとなれば、そら、力があっても手抜きする不心得者がでるでしょうし、そもそもプランニング能力に乏しいものも弁舌爽やかに参入して来ますね。経験済みのところも多いと思いますが。

もう一つ、商店街活性化事業計画を自分たちで作る組合が多いようですが、何で作れると思うんでしょうかね。
そら、補助金をもらえる計画は出来るでしょうが、商店街が活性化する計画は、.失礼ながら、作れるわけがありませんよ。
こちらも行政評価監視の対象になれば目標未達確定。

商店街活性化と学識経験者

商店街活性化や中心市街地活性関係の事業では学識経験者として大学の商学部、経済学部などの先生方が招聘されます。
聞いていると失礼ながら余り専門性を感じさせる発言では無いことが多い。
計画作成などに参画されても当たり障りの無い発言に終始される。専門家としての見識を期待されて招かれているのに、どうしてだろうと思います。皆さんも疑問を感じた経験がるかも知れません。

一方では、藻谷、新、久繁諸氏といった門外のお歴々が専門家めいた口調で乏しい内容を論説するのはどういうことか、とこちらも疑問ですね。。

 このところ、大店法時代のことを考える機会があり、ときを同じくして、石原武政さんの『商業・まちづくり 口辞苑』(中央経済社2012)をめくっていたら「学識経験者」について面白い解説が。

引用スタート*******************************************
【学識経験者
1.学問的あるいは理論的見識を持ち,大所高所から判断し、適切なアドバイスをすることが期待されている人。大学教授などがこれに当たると考えられており、各種の委員会などに中立委員として参画を求められ、しばしば委員長を務める。

2.実際には現場の経験がなく、現場を知らないことが多い。畳の上で水練を習ったような人。理論と現実との距離感を気にすることは少なく、また自分の理論と現場で求められて行う発言との乖離を気にすることもほとんど無い。その場の思いつきを理屈っぽく,説得的に語る技術に長けた人は多いが、提言の結果、現場がどのように動いていくかに関心を持つ人は少ない。現場がうまく進まなかったときには、自分の提言が非現実的で実現不可能であったことを棚に上げて,「私の言ったとおりにしなかったから悪い」と現場に責任を転嫁することにかけては天才的な能力を発揮する。
引用エンド****************************

ちなみに同書奥付によれば,石原さんは大阪市立大学名誉教授、流通科学大学商学部特別教授。政府の各種委員会の委員を歴任される、「1」的学識経験者の典型とも思われる人。

「2」について私が思うのは、先生方に商店街活性化方面に大量需要が発生したのは、大店法―商調協の中立委員としてが初めて、それも答申の集約に当たる委員長としてのポジションことが多かったと思います。商業者代表、消費者代表が交わす議論を聞いて【落としどころ】を見出すのが期待された役割、専門的な知見を開陳する機会は少なかったのでは無いでしょうか。

まあ、専門的な知見を開陳されても誰も興味がなかったでしょうね。
『大型量販店とはこう戦えれば必ず勝てる』といった話なら別だったでしょうけど。そ
ういう話が期待された場所では無かった訳です。
しかし、本当の役割はここだった、勝利の方程式は無理でも「量販店の正体」は解明していただきたかったと思いますね。
以来、今日まで大型量販店、ダイエージャスコ、イトーヨーカ堂の正体は不明のままですね。

それはともかく、委員会の委員長さんですから、自論を声高に主張することは憚られるかも知れませんし、商店街の個店はこうすれば繁盛出来る、といった下世話な話が得意で無い人も多いでしょうから、商調協という場所柄もあり、あたりさわりの無い談論風発で委員会の閉会にいたる、ということだったと思います。

このパターンが定着しますと、その後の参画・招聘機会に期待されていることも、同席しているコンサルタント、プランナーといった現場担当者の不足不具合を客観的に指摘し、是正するというより、まあ一つ二つ質問に答えさせて一件落着、というポジションになっているのではないかと思われます。なにしろ限られた時間で所要の段取りを終わらなければならない。

ところが。
これまではそれで良かったんですが、『総務省レビュー』が公表され、評価対象となった44都市の基本計画がことごとく目標未達、成果が発現しているとは認めがたいという評価ですから、これは大変じゃないでしょうか。
すべてダメ、ということはスキームがダメなのか、スキームの運用に問題があるのか、究明しなければならない。
問題は必ずスキームと基本計画との整合性如何、と言うところまでいくはずなので、今度こそ正真正銘、「1」的学識経験者として客観的・論理的な洞察力を発揮しての活躍が期待される局面を迎えています。
諸先生方の原因究明と改善策の提示を刮目して待ちたいと思います。

「1」じゃ無いのに「1」的態度で内容空疎な論説を振りまく門外各氏にも言及する予定でしたがなんだかこれ以上書くのが辛くなったのでこれでおわりにします。
門外各氏には「専門家ぶってだたらめを言うな」と、耳に聞こえはしませんが、遠吠えを送っておきましょう。
そのうちどこかでまた(^_^)

商店街の錯誤

某市商店街振興組合連合会における商店街活性化についての会議

①魅力のある店が不足している
②みんな努力してもっと魅力的な店にしょう
③全員賛成 
④しかし、今の通行量では何をやっても効果は無い
⑤そうだ、まず通行量をふ やそう、個店の取組はそれからだ
⑥そうだそうだ
ということでさらに注力される集客イベントです。
賑わい創出、コミュニティの担い手、補助制度は充実しています。

ところが。
イベント目的、イベントを楽しむ人は大勢集まってくれるのですが、イベントが終わると皆さんさっさと帰ってしまいます。
翌日、翌々日はどうかと言えば、ご承知のとおり、まるっとイベント前日の風景に戻ります。
通行量、回遊客はほとんど増えません。
通行量が増えなければ,増えたら取り組むつもりの「個店の改革」は手つかずのまま。
イベントを何十回取り組んでも、企画を変えても同じでことの繰り返し。

恐ろしいことにそのうち初心の「売場の改革が必要、通行量が増えたら改革しよう」は忘れてしまって、通行量が増えれば活性化する,という話になってしまいました。
もちろん、そんなことは実現するはずがありませんから、成果が挙がらないまま、今では当初の目的はすっかり忘れて、漫然とイベントだけが続けられている・・・。
もちろん、魅力ある個店づくり;売場づくりという話はまったく聞こえなくなっています。

この状態で、環境の変化を「事業機会」にすべく、いろんな補助制度が作られ、提供されます。
しかし、肝心の各個店の売場の容態がお客を納得させられません。

いつまで経っても繁盛店づくりは始まらない。
数値目標も立ててはいるものの、誰も気にするものはいない。

という状況が総務省の行政レビューの背景にあるわけですが、この状況からどう脱却していくのか。
当社は「活性化への道」の入口を提案していますが、果たして入口までたどり着き、首尾良く取組を軌道に乗せることが出来る商店街―中心市街地がいくつあるでしょうか。

「通行量の増大」に取り組んでいる間に商店街の内部にも亀裂が入っています。
繰り返される集客イベントに黙って参加する人、背を向けている人。
事業機会を利用しようという意欲を持った商店街には集中した支援を行う、ということですが、受けた支援で魅力のある店づくりが進むことはありえません。そういう機会にしようと事業に取り組んでいるわけではない。
結局、事業が終わればもとの木阿弥、もちろん商店街の亀裂は深まり、個店の再生への道は閉ざされたまま。

商店街の現状は、何かを追加する事業に取り組むことで活性化することはありません。
取り組むべきことは、各個店の売り場を堪能出来る家ものの場に変えるチャレンジ。
これ以外に商店街活性化への道はありません。

現状から全員一致で立ち上がるには条件が厳しくなっています。
まずは、有志が先行して取組、成功事例を作って普及していく、というかたちで無いとスタートが難しい。
【有志が手を挙げて取り組む組合事業】という形ですね。
もちろん随時門戸は開いておき、遅れての参加も随時可能にする。

全員で意志決定して、有志先行で取り組む組合事業、覚悟を決めないと最後のバスが出ていきます。

日本型GMSについて(めっちゃ長文)

当社サイトはアクセスの数は少ないのですが、各級行政、大学、企業、外国からも。立ち寄り先は様々ですが、なるほど、と思うことがあります。
今日は最近アクセされたメルマガ『コンサルタントの眼』の記事を紹介します。15年前の記事ですが、今でも読める内容かどうか。
テーマは日本型GMS。ご承知のとおり、その後企業、店舗数とも激減しています。もはや単体で営業している例はほとんど無いかも知れませんね。
最後まで単体で頑張ったのは、タンピンカンリのイトーヨーカ堂でした。
他に比べて業績を維持していたので、ショッピングセンターへの転換で遅れを取りました。

これから書くなら「消費の殿堂・ショッピングモールの凋落」でしょうか。おっと、既に『殿堂』のイメージはありませんが。

以下転載***************************

【日本型GMSについて(めっちゃ長文)】

◆マイカルに続き壽(ことぶき)屋が破綻した。かって九州において旧ジャス コと並び称せられた「日本型GMS」の雄である。
  この2社はどちらも大型スーパー、量販店、ビッグストアなどといろいろな名前で呼ばれている業態を本業とする企業。実は小売業において本業である業態の呼び名が一定していないというのはおかしなとで、例えばコンビニエンスストアが「米国型よろずや」とか「利便型少販店」その他で呼ばれることは一切あり得ない。「日本型GMS」だけがどうしてこうなのか、口では業態、業態といいながら、頭の中にはそもそも業態とは何か、自社はいったいどのような業態を経営しているのか、という問題意識が全くなかったのである。
  実はここには彼らが崩壊への道をたどらざるを得ない恐るべき秘密が隠されている。今日はこのことを考えてみたい。
なお、業界ではかっこよく「日本型GMS」と呼ばれているが、実際はGMSとは全く異なる似非業態であることは以下に論じる通りである。なお、以下では「量販百貨店」という呼び方で統一したい。

  この業態については郊外型ショッピングセンターの核ということで、クオールエイド社のサイトでは繰り返し論じている。一例としては次を参照のこと。
  http://www.quolaid.com/city/city-m.htm#4

 ◆業態といえば、スーパーマーケット(以下、SMと略記)、ホームセンター(以下、HCと略記)、コンビニエンスストア(以下、CVSと略記)などお客のライフスタイルや購買行動に対応することを基準に店づくりをいる小売業のことである。(問屋、メーカーの事情に対応して店づくりをしているのは「業種」店) 通常、業態は「スーパーマーケット」、「ホームセンター」というように、名前を聞いたとたん、誰でもその店舗の様子が思い浮かべられるというくらい、名称と店舗の店づくりが結びついている。これが業態の特徴である。ところが始めに書いたように、「量販百貨店」に限ってこれという決まった呼び方が無いのである。
  不思議なことである。ジャスコ、ダイエー、マイカルその他個々の「量販百貨店」の名を聞けばその業容が思い浮かべられる。それぞれ看板をはずせばどこの店内にいるのか分からないくらい似たり寄ったりの業容である。それなのにこの業態には決まった名前が付けられていない。何故か、理由は簡単、誰も、とりわけどの企業のトップも誰一人その必要を感じなかった、ということがその理由である。

 ◆このことは、彼らの「業態」という言葉の理解の程度をまざまざと示すものである。後で説明するような理由から、彼らが考えている「業態」には顧客の生活のどの分野にどのような論理でもって商品・サービスを提供するか、という「業態」に不可欠の方針がすっぽり欠落している。だからこそ自社の業態を示す言葉などどうでもよい、という態度なのである。
  他の業態との「業態」という言葉の理解の違いを一言でいえば、量販百貨店が「業態」ならばSMやCVSなどが業態ではない、というくらいに店づくりの原則が違うのだ。
  もちろんセブン、ローソン、ファミマ等々のCVS業態の各店舗にはそれぞれの企業の特徴がある。それはCVSという業態が提供すべきソリューションのあり方についての個別企業の解釈・理念・方針が反映されるから当然である。
しかし個別企業の店づくり段階の特徴の前に、各社の店舗にはCVS業態として他の業態や業種とははっきり違う店づくりの論理(前述したようにこの論理はお客の生活・購買行動の論理)が共通しているのである。店づくりの論理が共通すれば、実際の店づくりは企業ごとあるいはそれぞれの個店ごとに異なってくる、異ならなければ業態ではない、というのが業態の特性である。
  例えばSMであれば、「家庭での食事の準備を担当する人が食事の材料をワンストップで調達できる、そのついでに済ませたい買い物(消耗品の補充など)や用事(クリーニングなど)も一緒に解決できる」というソリューションを提供する業態である。CVSは、「今すぐ使いたいもの、したいことに必要なものを今すぐ買いたい」というお客のニーズにソリューションを提供している。
  これらのニーズはそれぞれの業態の個々の店舗が立地している地域の生活の特性から異なってくるはずだから店づくりはそれぞれ異なることになる。

 ◆「量販百貨店」は何を提供しているのか。それはお客のどのようなニーズや購買行動に対応しようとしているのか、その店づくりは一言でいえば何という言葉で表現されているか?
びっくりたまげることにそれが一切無いのが「量販百貨店」なのである。いや、コトバとしては表現されていなくてもよい、肝心の「量販百貨店は〇〇〇というお客のニーズや購買行動に対応している」という説明が出来ないのである。
  それともあなたは出来ますか?
  私が彼らを「量販百貨店」と呼ぶのは、その店舗が「大量に売れるものならなんでも売りたい」という企業本位の考えに基づいて作られている店舗だからである。 ね、こういえばダイエーもジャスコも壽屋もぴったり納得でしょ?

 ◆「量販百貨店」は「日本型GMS」と呼ばれたりもしていたが、名前の由来である米国のGMS業態とは大違いである。今や米国のGMSは死滅しているといわれるが、全盛期にもその店舗には「日本型GMS」の核売場であるSM部門は配置されていなかった。米国GMSの商品構成=提供しているソリューションには「家庭用献立材料のワンストップ調達」という購買ニーズは含まれていないからである。
  これはかって一世を風靡した小売業界の米国詣で、「米国流通事情視察ツアー」に参加して現地のGMSを視察したことのある人なら全員その目で見てきたことであるが、悲しいことに参加した人のほとんどがツアーをコーディネートしたコンサルタントから支給された偏光レンズのメガネを掛けていたために肝心のところが見えていなかったのである。

 ※今でも見えていないのが各量販百貨店企業のトップ。今頃になって量販店からの業態転換が遅れた、などと泣き言が聞こえてくる。そもそも自分たちがやっていた商売は業態小売業ではなかった、ということが分からないようでは業態転換ならぬ業態構築は金輪際不可能である。遅れようが遅れまいが、いったいいつ、どのような業態からどのような業態に転換しようとしたのか、はっきり聞いてみたいものだ。

 ◆さて、思わず脱線してしまったが、この日本独特の「量販百貨店」、ある時期に全国各地で、雨後のタケノコみたいに続々登場したわけだが、その盛衰にはちゃんと理由がある。

 ※以下、我が国の量販百貨店出現の経緯については、『日本スーパーマーケット原論(安 土 敏 ぱるす出版)』に大いに負っている。同書は小売業関係者にとって必読文献、昭和62年刊と古いが図書館にはあると思うので是非一読をお勧めする。

 ◆そもそも量販百貨店は、当時の各地の商店街(!)の有志が商業関係のセミナーに参加、米国ツアーで当時食品関係のチェーン店などを駆逐して絶頂期にあったSM群を視察、引率のコンサルタントからこれが時流だ、とお墨付きをもらって転業したのがスタートである。
  顧客のライフスタイルや購買行動などについて学び、その結果米国のSM業態にたどり着いた、というわけではない。米国のSMがこれまでの小売業の業種チェーンや独立店を駆逐、繁盛している全盛期の様子を目の当たりにして感激、我々も日本でこれを展開しなくては、という決意を持って帰国、早速着手されたという次第。
このころツアーを引率し、帰国して店づくりを指導したコンサルタントのレベルはといえば、業態の意味も理解していない、購買目的に対応する店づくりの必要性も論理的に主張出来ないというレベルだった。指導の根拠としては、全人類の商業のノウハウは米国に凝縮されており、その結晶がスーパーマーケットである。
  その根拠?「売れているではないか、よく見ろ」というくらいところだったでしょう、たぶん。これが当時一流といわれたコンサルタントのレベル、それ以降もこのレベルを超えている人は少なさそう。みなさんの近辺に出没される方々はどうでしょうね。いけない、また脱線した。

 ◆さっそく出店したところお客が押し寄せた。これは戦後復興から文化生活の普及という、なんだかよく分からない言葉に象徴されている、経済成長・所得増大で空間的な生活が拡大できる可能性が生まれたという時代背景があった。
  この時代背景のもと、主婦は単に主婦としてではなく、時代の「生活のあらゆる分野でものが不足している」「買い物が必要」という全世帯共通のニーズを一身に体現している象徴的存在として買い物の場に殺到していたのである。このようなニーズがあったからこそSM側が衣料を出せばバカ売れ、雑貨を出せばバカ売れ、家電を出せばバカ売れ・・・・という現象が起こった。「大量に売れるものなら何でも売る」、「ラインロビング」などという語るに落ちるノウハウのもと、売場面積の拡大に次ぐ拡大に狂奔した結果、今日の業容になってしまった、というのが量販百貨店である。時流追随、売れるか売れないかを唯一の基準に商品ラインを広げ、必要に迫られて売場を広げてきたこんな風になっちゃった、というのが量販百貨店である。
  量販百貨店なんか作ろうと思って作ったわけではない、「出来ちゃった業態」というのが本当のところなのだ。

 ◆当時のお客はものが不足しているからそれを売っているところに買いに来た、というだけなのに、企業側は我が社の店こそ時流・商売の原理原則を体現していると勘違いした。売れる=業態としての正しさ、3千年の小売業の歴史の正当な継承者という思いこみ。
  主観的にはSMを作ったつもりだったがその何たるかを理解していなかったために、いつの間にか「大量に売れるものならなんでも売る」=「量販百貨店」へと変身したわけですね。もちろん、SMの方では自分たちがSMという業態をやっているという認識はなく、小売業の時流=今から成長する商売を見つけてそっちに乗り移ることを目指しているつもり。時流に合っているか否かの判断基準は売上げである。
  ね、売れるものならなんでも売るという定義があんまりぴったりでびっくりでしょ?

 ◆「生活必需品の普及」という時代的ニーズが解決すると、量販百貨店の出番は基本的におしまい、今となっては日本人の生活に全く必要ない小売業なんですね。それにしても我が国の流通業経営者、指導者は何と形容すべきか、「量販百貨店」である自店の、生活必需品不足の時代から充足の時代への過渡期だけに許された隆盛を見ながら、小売業は大型売場の時代である、とか、核売場であるSMが購買力を吸引する、とか好き勝手な現状説明に基づいて戦略?をたててきた。これを真に受けて現在も続いているのが「量販百貨店を核とする大型ショッピングセンター」ラッシュである。
 http://www.quolaid.com/library/flash/flash0108.htm#0812

 ◆ダイエーがダメならジャスコもダメ、勝ち残りというのはあり得ないのである。「量販百貨店」という業態のあり方自体がその将来を明瞭に示している。ライフスタイルが多様化した今日、量販とは商圏で同じ品なら必ず一番価格が安いところで買うという商品が対象であり、専門ディスカウント・カテゴリーキラーに太刀打ちできないし、「百貨」とは「何でも売っているが私の欲しいものだけが無い」ということであり、この土俵では日に日に専門店からお客を剥がされていく。頼みの毎日型のSMニーズは住宅地入り口のSMで間に合うし、利便性でなら隣接するCVSにさえ勝ち目は無い。
  ということで、後はテナントの売上げ歩合制の家賃だけが頼みの綱、テナントショップがスーパーブランドに倣って中心商店街に回帰すれば一巻の終わりとなる。SCテナントショップ型専門店企業の量販百貨店離れ、郊外型SC離れの動きは、これから確実に加速する。

 ◆またまた脱線したが、「量販百貨店」の業態転換による再生というのは可能だろうか。似非業態である「量販百貨店」としてはこれは無理。もともと転換というのは業態として起こるのではなく、個別企業の取り組みとして起こるものである。
  企業のこれまでの歴史において自社の業態を否定するような改革に取り組んだ経験のある企業だけに可能性がある。これまで述べてきた業態理解のもとで原理原則とやらを信じてきた人たちがトップを構成し、彼らの薫陶を受けた人たちが現場を運営している、と考えただけで思い半ばを過ぎるというものだ。たとえ能力があったとしても、日々の売上げで回っている小売業である。今日の売上げを今日の業態で稼ぐ、という毎日の繰り返しの中で出来ることは改善だけ、とても転換=今日までの業態の否定は不可能であると考えるのが妥当である。

 ◆さて、以上のことから得られる教訓。
  量販百貨店がこのような状態になったのは、一にも二にも「自分の頭で一から自分で考えてみる」という、後悔せずに人生を送りたい人なら誰でも心がけなければならないこと、やるべきことをやらなかったからである。どうして自分の目で見た米国SM業態の隆盛ぶりについての説明=人類三千年の商売のノウハウは米国に凝集されている、その証拠としてのSMの隆盛、それを根拠とするコンサルタントの正しさ、という論理のでたらめを見破れなかったのか?
  それは眼前の米国SMの繁盛ぶりに夢中になり、自分の頭で一から自分で考える、ということを忘れたからである

 ◆小売業は、「?消費財を ?他から調達し、または自ら製造し、?最終消費者に販売する」というビジネスである。「消費財」を自店のお客から見れば、「自分の生活を作り上げるために必要な材料」である。提供する側としては、お客の生活はどう組み立てられているか、何がお客にとって望ましいことか、を一所懸命考えて店づくりに実現していくことを通して顧客に支持される、ということをずうっと続けていかなければならないビジネスだということである。
  「時流」に乗るなどと繁盛他店の模倣をするのは小売店の機能ではない。一から考えるとは、その繁盛を「小売業の役割=生活を作り上げるために必要な材料の提供」という原点から何故顧客に支持されているのか、ということを自分の頭で一から考え抜いて、さらに顧客に支持される店づくりに挑戦する、新しい買い物の場を提案することで今使っている買い物の場を見捨てさせる、ということが本当の業態志向であり、業態・店づくりの転換である。

 ◆登場が期待されている新しい小売業とは、「買い控え」や「同じ商品なら一番安いところで買う」という面白くもなんともない買い物機会しか提供されていない消費者に「こっちの水は甘いよ」と新しい、お客の買い物の論理・期待に応じた買い物の場を提供することが出来るものである。
  一から自分で考えるとは、お客自身さえ言葉ではきちんと表現できないそのニーズを「こうではないか」と仮説的にとらえ、店づくりに試行する、実際のお客の動きを見ながら改善を重ねていく、ということである。仮説-実践-評価・・・仮説-実行-評価の連続をずうっと続けていくことである。
  このように考えてみると、原理原則とか専門店経営のノウハウとかが如何にばかげた代物であるかということが誰の目にも明らかだろう。
  専門家と称する人たちの言動には、まず専門家という肩書を見ただけで眉に唾をつけて応対しなければならない。何故か?何故ならば彼を専門家たらしめているのは、昨日までの・バブル期までの・量販百貨店全盛期の・「原理原則」についての知識であり、経験であるかも知れないではないか。もちろん、かくいう私の主張についても同様の態度で接しなくてはいけない。ま、私の場合は一応、一から自分の頭で考えているので、すぐ見破られる・ボロが出るようなへまは書きませんけどね(笑)。

 ◆昔、全ては疑い得る、といった人がいたらしいが、疑うだけでは一歩も前には出られない、「一から自分で考える」、考えて納得したら実践に向かう、という行動パターンが必要である。この時期、商業三千年の歴史とか企業経営の原理・原則とかいう類の垂れ流しは全て「うそ」、「デタラメ」であることが露呈してきた。これまでの常識への安住を願う人たちにとっては厳しいお先真っ暗の時代だが、「今までの常識はこれからの非常識」と達観し、「一から自分の頭で考える」、「納得したら行動する」ということを決意する人には、ワクワクドキドキにアクセスできるチャンスが多い時代である。

 ◆読者にもし、量販百貨店に関わりのある人がおいでなら、今回の記事をじっくり読んでいただき、一から自分で考えたうえで、ワクワクドキドキへと針路を転じていただきたい。

講習会 新ラインアップ

  総務省レビューの衝撃、どう受け止めていますか。
今回の勧告は、政府内部限りのことかも知れませんが、いずれ何らかのかたちで波及するのは確実です。
それよりなにより、わが中心市街地の活性化が同様に〈効果が発現していない〉状況を何とかしなければならない。

 とはいうものの、全国44都市を始め中心市街地活性化基本計画を作って推進しているほとんどの都市が同様の状況にあることを考えれば悩みはますばかり・・・・・。

 中心市街地・商店街活性化、シャッターの外側の施策は出尽くしている
のでは無いでしょうか?

残すところはたった一つ、各個店・売場の改善改革です

昭和48年、商振法j、大店法が施行されて以来、ソフト&ハード他州多様に展開された事業群の数々、中でたった一つ欠けていたのが,売場の改革〉という取組でした
欠けていたというより、取組の前提が「個店経営はプロだから自力で取り組めるはず」、ということで、本当にその力を持っているかどうかは検討されないまま、個店任せできたわけですが、周辺事業にいくら取り組んでも効果が発現しない、もうこれ以上放置できない、というところまで来てしまった、というのが総務省レビューの「目標未達」ですね。

  もともと個店経営の系絵の原則は、成功事例の〈見よう見まねと差別化〉ですから、大型店対策とか空洞化対策といった前代未聞の環境変化に対応するための知識・技術は持ち合わせていません。
それともいつかどこかで獲得する機会が有ったでしょうか?

昨日も書いたように、商業界の理論的研究は大変遅れています。
なかでも〈売場〉についてはほとんど解明されていません。
これが商店街―中心市街地活性化がうまく行かない最大の理由です。
「通行量の増大」が出来ないのも,行ってみたい売場が揃っていないから、とハッキリしています。

 ということで、当社28年度、新しい講習会のラインアップを発表します。
すべて総務省レビュー及びこのところツイッター上で制作した〈売場理論〉を踏まえて作っています。
これまでの理論的―実践的蓄積を踏まえながら、さらに最近の)その上を行く)理論的収穫を取り入れた、より分かりやすい・より実践しやすい内容をお届けします。

総務省レビューで勧告された「目標未達の原因調査と改善策の案出」は、これまでの取組の延長上で対策を考えると、かならず失敗します。全事例が「目標未達」ということは、これまでの取組で〈当然のこと〉として誰も怪しまなかったレベルのことまで再検討しなければならないことを示しています。
総務省レビューに答えるには、中心市街地活性化についての新しい視点、新しい理論が不可欠です。

講習会メニュー ←クリック

中心市街地―商店街を活性化したければ、必要な知識・技術ばかりです。
あなたのまちの取組では,理論・技術はどう考えられているでしょうか?

小売業界、残された秘境は「売場」だった!

 商業界は、人類の歴史上最古のビジネスと言われますが、その体系的理論的な理解は遅れています。
商学の研究家である三家英治先生は、商業の世界は、産業界でのポジションが低く、後から登場した他のビジネスに次々に抜かれて最下層に位置づけられている、といいます。

  学問としての商業学も理論的な体系化は早くから試みられてきたが、ほとんど進歩せず、発展途上国にもなれない暗黒大陸のど真ん中にある未開拓地域のようなものであった。商売と学問は別物と考える商業者は多く、現実の商売は経験と勘に頼り、商業の普遍的な考え方の究明つまり学問には全く関心を寄せなかった。
近年は、商学から派生したマーケティングに母屋を取られた感もあり、若手の商学研究者はマーケティング研究の合間に商学を覗いている、という程度である。と、三家先生危機感を募らせています。

 商学、商業学といえばもちろん商業の全体を理論的に説明する体系的な知識であり、解明の努力です。商店街活性化の取組に商学系の学者、研究者が招聘されるのは、その体系的な知識をもとにした助言。指導を期待してのことですね。
ところが、これは是非機会を作って是非あなたに直接確認してもらいたいのですが、現在市販されている『商学原論』、『商業を学ぶ』、『商業学』といった教科書類を開いてみるとすぐ分かりますが、商学・商業学関係の教科書、研究書には「売場」がまったく取り上げられていません。

 たかが売場、と思われるかも知れませんが、すべての小売業が共通して持ってイおる、唯一の収益を上げる場所、利益の源泉が売場です。売場の良し悪しで店舗の業績、ひいては企業の業績が決定します。
売場即ち、消費購買行動と小売業経営が向かい合う唯一の場所。
この売場についてまったく言及していない、出来ないのが現在の商学、商業学の水準です。

売場は何に寄って、構成されているか?
我々はすべての売場を行使している基本要件、つまりこれらが無いと売場は成立しない、という油研は,三つあると考えています。
品ぞろえ・提供方法・売場環境の三者です。
この三者をそれぞれどう作って組み合わせるか、こうして出来上がるのが売場、我々は『業容』と呼んでいます。業容=商いの容(かたち)ですね。
現実の社会に存在しているのはすべて『業容』であり、類似の業容を集めて名づけたのが業種・業態』です。

たかが「売場」じゃないか、と思うかも知れませんが、とんでもない。
消費購買客が購入する消費財はすべて「売場」で購入されます。
商品が売れる・売れない、は売場のあり方で大きく左右されます。
売場=売買接点を持たない小売業はありませんし、立地、業種業態によってその有りようは千変万化します。

商学、商業学は、小売業にとってアルファであり、オメガである「売場」をなぜスルーしているのでしょうか? 
難しくなりますが、商学は商業を理解するための枠組みの構成をまちがえていおるのでは無いか?と思います。だから、こうりぎょうにとって生命そのものとも言える『売場』を解明するという課題を認識することが出来ていないのです。(この項はここまで)

 小売業について理解したいこと、「売場」の構造、業種・業態の生成―発展のメカニズム、革新、分化、競争など、商業の動態は売場を理解せずに説明出来ることは何一つありません。早い話、だれでも見ればすぐ見分けられるコンビニエンスストアとスーパーマーケット、ドラッグストアとディスカウントストアの違いを理論的に説明するには売場の理論的な解明が不可欠です。
ところが既存の商学・商業学は売場を理解するという問題式がありませんから、これらの業態の違いを説明することが出来ません。

売場を理解していない、説明出来ないことの弊害は現在取り組まれている中心市街地―商店街活性化の現状に如実に現れています。40年以上に渡って活性化を指導支援してきた商学、商業学ですが、効果を蓄積出来るような有効な指導助言をすることが出来ないまま現在に至っています。
活性化といえば各地で苦戦。撤退が続く再開発―高度化事業で整備された集客の核となることが期待された大型店の惨状が有ります。
いろいろ原因がいわれていますが、共通しているのは、今どきの中心市街地で維持出来る「売場」が作られていなかった、ということです。

本来なら、「中心市街地で成立する核店舗」の売場構成について理論的に解明してベストのテナントミックスを構成すべきところ、ありきたりのテナントで埋めているだけ、あっという間に沈没です。

もう一つ指摘しておきますと、今問題になっている「目標数値・通行量」についても、通行量と売場と得意客の関係は理論的に解明されていません。単純に通行量を増やせばそれで売場は賑わうのか、それとも通行量をお客に変貌させるには「売場」に仕掛けが必要なのか?

 参画している学者・研究者の皆さんから専門家らしい意見が述べられることはほとんどありませせん。もちろん、商学全般については優れた知見を持たれているのでしょうが、商店街で必要な商学的知識の中心は「売場」に関するもの、商店街活性化=各個店の売場の活性化を実現する具体的な取組についての指導助言ですが、提供されることはありません。
いま商店街活性化に欠けているのは「売場」の活性化を実現する、繁盛を実現するための売場の作り方についての知識です。
知識があれば繁盛出来る、とは限りませんが、知識が無ければ「試行」に必要な仮説を立てることが出来ません。

 (ご承知の通り、当社が推進する【キラリ輝く繁盛店づくり】は、売場の理論的解明を【業容論】として提供しています。【品ぞろえ・提供方法・売場環境】の3点セット、三位一体の店づくり、ですね。店舗段階での有効性は皆さん自身の努力で実証されています。
これからがいよいよ商店街活性化、業容革新を点から線、線から面へ拡大する段階ですが、
特に、中心市街地―商店街活性化の広範な取組では、商学(売場論)の不在という問題があって、なかなか本丸を攻められない、という状況にあることをしっかり理解し、暗中模索で堂々巡りを繰り返す主流派の動向に惑わされない覚悟が大切です。

※総務省レビューと最新の「売場の原則」を踏まえた〈講習会メニュー〉を編制しました。
明日、公開します。

活性化に理論は不要?

商店街活性化と商業理論

  郊外型商業全盛(+ネット通販)時代に商店街を活性化する=買物客の買い回り回遊で恒常的に賑わう商店街を再構築するには、商業理論が不可欠である、ということは、当ブログをご愛顧いただいている皆さんには、ごくごく当たり前のこと、「耳にタコ」状態ですね。しかし、当社関係から一歩離れると、「理論」の話はまったく聞こえなくなりますね。
中心市街地活性化関係では,大学の商業や経済の先生を始め、コンサルタント、プランナーなどたくさんの専門家が参画、専門的立場から指導支援を行っていますが、この人たちの口から「商店街・中心市街地を活性化するには商業全般についての理解が必要、それには商業理論を学ぶことが不可欠」という話が出たことがあるでしょぅか?

あるいは、皆さんのまちの『中心市街地活性化基本計画』には、商業理論を装備することの重要性がうたわれており、その機会が計画されているでしょうか? 皆無ですね。
我々以外,中心市街地・商店街活性化関係者で「商業理論を持つことの重要性」をいうものは一人もいませんからね。
どうして誰も言わないのか、考えてみたことがありますか?

それは、我々以外の関係者が商業理論を持っていないからです。
ウソみたいな話ですが、上述の商学部の商学の先生からコンサルタント、プランナーまで、「商店街活性化の可能性を考える」 ために必要なレベルの小売業についての体系的知識:商業理論を持っている人はいないのです。

自分が理論を持っていないのに、他人に「理論が必要、理論を持ちなさい」とは言えませんからね。

商店街活性化や「まちづくり」関係のノウハウ本もたくさん出ていますが、ほとんどが、「心がまえ」か「事例紹介」ばかり。ショッピングモールとの関係をどう考えるべきか、といった話は爪の先ほども出ていませんね。
もちろん、この人たちも「商業理論」を持っていませんから、心構えか事例紹介しか出来ないのです。

他方、商業理論を持っている我々は、心構えや事例紹介をほとんどしませんね。この違いは大きいんですよ。
(我々が事例紹介をする時は、実際に取り組んだ個店経営者の体験発表を動画で提供)

商店街活性化とは、商店街を一個の商業集積に見立てて、持続可能なショッピングゾーンとして再構築すること。
中心になるのは既存個店群の売場改革による「業種揃え・店揃えの最適化」です。TMOマニュアルにある通り。
これに取り組むには、しっかりした商業理論が不可欠、大学の教科書程度ではどうにもなりません。

活性化に商業理論は不可欠。行政・まちづくり会社・商工会議所・商店街が同じ商業理論を共有しないと商店街―中心市街地の活性化は不可能です。
クオルエイド以外では商業理論が必要だという声はゼロ、だから勉強しなくていいんあだ、という人は当ブログご愛顧の皆さんにはもちろん論外のことですが、しかし、皆さんの周囲には「理論不要論者」というか、そもそも理論が必要だという話を一度も聞いたことが無い人ばかり。

これでは「目標未達の原因解明と改善策」という宿題に正解を出すことは出来ません。
精々、「PDCAの精度を高める」といった何も言ったことにならないことしか出てこないのでは。
もちろん、PDCAをちゃんと回すには理論が不可欠ですからね。

ということで、中心市街地・商店街界隈で「商業理論の装備」がまったく話題にならないのは、関係者が理論を持っていないから、理論を持っていなくても活性化を指導出来る、と考えているからですね。

皆さんもそれで良い、そのとおりだ、と思っていますか?

地方創生とは域内でお金が回ること

 先日、ホームページにアップした小論を読んでいただいた行政の担当者さんからメールをいただきましたので紹介します。

以下引用********************************************

ところで,以前先生がおっしゃっていました商店街がなぜ,地域にとって必要かというお話で, イオンなど大店舗が立地すると,地域での購買力が大店舗の本社が立地する東京,大阪などに吸い上げられて地域にはお金が回らず,地域がどんどん衰退していくという話は,本当にそうだなと思っています。

 自治体の経済対策は,どちらかというと,工業立地政策で,供給サイド側から地域経済を活性化させようというものですが,今日においては,賃金額総額よりも年金額総額の方が高くなっている地方が増加しており,年金はいわば降ってくるお金なので,そのお金をいかに,地域で還流させ,住みやすい,活気のある地域を作るかが自治体の力の見せ所で,地域でお金を還流させるには,商店街に人が集い,投資が常に行われて美しい店舗が軒を連ねる状況を作る事が必要なわけで,商店街で消費してお金を落としていただく,

 これこそが,地域経済対策なのだろうと思います。 今の考え方の主流である商店街は地域コミュニティに寄与する存在だから,商店街が衰退しないように行政が支援するという考え方はおかしいと思います。

 ただ,商店街でなくても,魅力のある個店が存在すればいいではないかという考えもあり,個店の支援が結果として商店街の支援につながれば良いのかなとも考え,魅力ある個店の存続には,個店を取り巻く商店街もまた魅力的である事が要請されるので,個店支援にあいまって,面的な支援であるタウンマネジメントが必要だという論理構成でどうかなと思ってます。

引用終わり*****************************

おっしゃっていることは、本当にそのとおりですが、問題はこの路線が都市行政でなかなか採用されない、ということですね。
都市、商店街規模の大小に関係なく、まったく関心が低い。
「コミュニティの担い手」だから存続させる―活性化に取り組む、という路線が主流のようになっています。
それも『コミュニティ機能を担わせて商店街を活性化する』という逆転まで生じている。
コミュニティ機能とやらを分担すれば、なぜ商店街が活性化出来るのか?
この路線を推進している人々できちんと説明している人はいません。
「コミュニティ」が売上を作ってくれることは期待できませんが、「コミュニティを担う商店街」どうなることやら。

紹介したメールにありますように、都市全体の所得の中で「年金」が占める比重は高くなる一方です。これを地域経済の活性化にどう活用するのか、地方創生の戦略課題ですが、認識されていません。感心するくらいスルーされています。
本当は、もっと以前に『商店街はなぜ活性化しないといけないのか』を論議するなかで出なければならなかったことです。そうすれば商店街活性化も今のような状況に陥るアメに違う道を歩んでいたはずです。

都市住民の所得の逓減=都市に回ってくるお金が減少するる趨勢に対して『ベーシック・インカム』制度をいう人もいますが、年金+ベーシックインカムが地域経済を盛り上げる機能を果たすには『お金の循環』を再構築することが絶対条件です。
中心市街地―商店街活性化は、この論理で取り組まないと成功しないし、行政は本気になれないと思います。
選択と集中などと、商店街、商業者が意欲を見せたら支援する、などとえらそうなことがい得る時期はとっくに終わっています。
『行政主導、・役は商業者』で目指すのは、繁昌店づくりを基礎にした商店街―中心市街地活性化、持続可能な都市再構築の基礎となる経済活力の向上です。.

商店街で買物できる条件が作られると、地元に入った来たお金が消費に回った段階でもう一度地元の職に変わります。
これがとても大事なことです。
地元で回るお金が増えるとそれを原資に信用が生まれ、店舗の改装改築、什器備品の更新など再投資が可能になります。
その分,地元を変わるお金が増えます。
地場小売店・商店街が買物行き先としてのポジションを再構築すると、流出するお金が減るイかりでは無く、地元を回るお金が増えるのです。(『乗数効果』では無い)

中心市街地活性化とは、「当該市街地に所在する都市機能能の増進及び経済活力の向上」です」(中活法第一条)
このうち、「経済活力の向上」を担うのが当該市街地における商業の活性化=街を一個の商業集積に見立てた再構築の取組です。

中心市街地の経済活力の向上=商店街・地場小売業の活性化は都市の『経済活力の向上』に直結していることを市長さん、市役所を始め関係各方面が確認して、その『実現への道』を再構築することが直面している課題です。

総務省レポートを奇貨として取組の再構築にチャレンジしましょう。

商店街活性化と商業理論

ご承知のとおり、商店街を活性介したければ理論を修得しないと行けない。それも「商店街はこうすれば活性化できる、なぜならば・・・」とちゃんと説明が出来ている理論で無いとダメです。
活性化にb関心がある人は、書店に行ってそういう本を探されたことがあると思います。
しかし、なかなか「本物」はありません。

 一方で現場のことは理屈じゃわからない、という決まり文句がそこらを徘徊していますから、「理論なんか」という風潮が蔓延るわけですね。
では理論抜きで何を頼りに活性化に取り組んでいるかといえば、どこかで耳にしたキャッチフレーズですね。
「通行量が増えると商売は繁盛する」、「消費者がまちを作る」、「商店街が観光に走ったから消費者は大型店を支持するようになった」「コンビニエンスストアが商店街をfつぶした」「コミュニティ活動で街が栄える」等々々々。

こういう文言も」理屈」ですからね。根拠はありませんが。
理論を拒否してこういう片言隻句を信じて行動する、というのはどうなんでしょうね。

そう言えば、昭和48年、大店法が制定されて以来、大型店に対抗するため、と称していろいろな条件を与えられましたが、ほとんどものにすることは出来ませんでした。名akでも大型店の出店時期を対応州ウル体制を作るため、と称して一年も二年も延期させましたが、その間、対応策は何ひとつ取り組まれませんでした。
以来、今日まで、空洞化する商店街を活性化するため、何を為すべきか、というテーマのb現協会・研究会が開かれたことがあったでしょうか?
その性kは今現在、どういう形で残されており、活躍しているでしょうか?

何もありませんね。

商店街活性化、いろいろ取り組んでいますが、「名の為すべきか」という勉強はしたことがないんですよ。といったら御市の市民、商店街のお得意さんはどんな顔をするんでしょうね。

三者体制再構築の秋

最近補助金関係の決まり文句は、「恒常的賑わい創出=通行量の増大」ですね。
何に取り組んでも結果は通行量の増大に結びつかなければならない。
商店街活性化のための事業ですから当然といえば当然です。

集客イベントはもちろんそのとき限りの集客で何回取り組んでも恒常的b集客増は実現出来ません。
コミュニティ施設は、日々人が集まりますが、この人たちは商店街のショッピング客相でありません。商店街に買物に来たわけでは無い。行き帰りにショッピングしてくれるといいのですが、どっこい、商店街の方に「冷やかしOK」というサインがありません。脇目もふらすに行き来するんじゃないでしょうかね。

さて、そういうとき・ところで登場した「総務省レポート」厳しい内容ですが、考え方次第ではこれを奇貨として取組を活性化する「ショックドクトリン」に使えそうです。
もちろんそのためには事前の仕掛けが不可欠ですが。

これを機会に、商店街、市役所、商工会議所(まちづくり会社)が一致団結、あたらしい道を切り開くまたとない機会です。

当社が全面的に支援します。思い立ってみませんか。

総務省レポートへの対応についての当社の提案、今日までに市と商工会議所に配信しました。
明日は、商店街とまちづくり会社。我々が把握している全国のアドレスに配信します。
じっくり読んで対応を考えてください。

当社ホームページからもダウンロードできます。

有限会社クオールエイド
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プロフィール

有限会社 クオールエイド

  • Author:有限会社 クオールエイド
  • 【キラリ輝く繁盛店づくり】
    お客に見える店づくり―見える化をテーマに【個店の繁盛】から【商店街活性化】、【中心市街地の商業集積としての再構築】まで一貫した取組を支援します。
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