禍いを転じて福となす

 商店街活性化への道。
全国的に本格始動の時を迎えているところが増えてきました。
もちろん、当社がいう商店街活性化とは「ショッピングゾーンとしての再構築」ですから、誤解なさらないように。と言うか、常連の皆さんには日ごろから納得して頂いている、当サイト基本中の基本ですが、念のため。

 活性化への道は、激変した環境が「プラス」になるポジションを発見(創造)し、現状からそのポジションへの移動の道筋を描き、歩むことです。

 もっとも大事なことは、「ポジションの発見」であることはいうまでもありません。経済のグローバル化、郊外型大型店の展開、人口構造の変化、購買行動のシビア化などなど、商店街(小売業全般)にとって「マイナス」ととらえられがちな与件の変化を“イヤ、それらは全部商店街にとってプラスだ”と言いきれるポジションがちゃんとありますからね。

 さて、繁盛店づくり=お客に見える店づくりと並行して当社が取り組もうとしているいくつかのプロジェクトがありまして、例えば指導にあたる支援スキルの育成だったりしますが、中でもこれから着手するほやほやの課題がありまして、「国産品愛顧運動」とも言う言うべき、“商店街では出来る限り国産品を売ろう”というキャンペーンです。キャンペーンと言っても、実際に個店の品揃えについて、代えられるものは国産品に変えていこう、と言うことで直接お店の経営~繁盛店づくりに結びつく取り組みです。

 従来国内生産でまかなっていた商品を輸入するということは、とりもなおさず、国内産地・メーカー、流通チャネルを直撃する所業です。結果として雇用を損ない、裁量所得を減らし、購買力を劣化させる、だれが見てもそうですね。にもかかわらず、大手流通企業の多くは、消費財の輸入に専念しています。だれがもっとも低価格を実現できるか、と言うところに競争が集中していますからね。
バカみたい。

 商店街活性化への道は、お店の見える・化だけではもちろん実現できません。業容三点セット=品揃え・サービス・環境のうち、お客にとってもっとも重要なことは来店目的そのものである・自分の生活に適切な商品=生活のパーツを入手することです。

 先日、経産省の調査を資料に「消費購買の二極分化」について論じましたが、二極とはコスト・コンシャスVSパフォーマンス・コンシャスですね。前者の購買についての関心は購買行動が終わった時点で次の消費へと向かいますが、後者は違います。購買行動が終わり、商品を実際に生活に組み込んでから商品の吟味が始まり、今回の消費購買行動の結果・パフォーマンスが厳しく吟味されます。

 パーフォマンス・コンシャス、すなわち、自分が思い描く生活を演出し、堪能したいというニーズに、適切に対応する適性を持った商品を購入すること、今日、このニーズを的確にとらえて、これに対応することを事業機会として定義している企業はほとんどありません。唯一、我が個店経営研修事業及びクオールエイド流商人塾に参加している中小小売・サービス業者の皆さんだけが自覚的に取り組んでいるポジションです。

 もちろん、この取り組みはひとり個店や商店街の活性化を実現するだけではなく、販路不足に陥っている国産消費財の産地・メーカー、流通経路にある企業の活性化にとっても極めて重要な意味を持っており、ひいては、わが国経済の「成長」にとっても絶対に無視することが許されない政策課題であることも自明です。
何しろわが国GDPの6割以上を占める個人消費がその対象を国産品でまかなうのか、それとも輸入に頼るのか、ということはとてつもなく重要な選択ですからね。

 当社はこれまで幾度と無くこのことを指摘し、商店街の研修などでは力説しています。大方の賛同を得て実践する人も増えていますが、国産品流通の重要性、分かり切ったことだからかどうか、あまり指摘する人がいませんので、あらためて強調する次第です。

 さて、国産品愛顧運動、個店・商店街レベルの仮説~試行と並行して「川上」部門における仮説~試行に着手しなければならない時期を迎えています。いくら商店街で「国産品を扱いたい」と思っても商品が流通していなくてはどうにもなりません。

 新年度は、「国産品愛顧チャネル」の構築に向かうことになります。まずは実験的な取り組みになりますが、既に「リテイル」部門の参加者の確保は目処がついており、これから川上企業の説得です。

 これは「国民運動」ですからねW
立場は不問、面白そうだと感じる人は、参加してください。
当社が直接取り組む意新年度からの事業についてはあらためて告知、賛同・参加者を募ります。

 商店街及び国産消費財関連産業・企業は、「商店街活性化への道」を目指すことで“グローバル化時代の成長産業・企業”へと転進することが可能です。
その時、異口同音に出るであろう言葉が“世の中が変わって繁盛が再現できる!”。今まで「マイナス」とばかり思っていた変化が実は「プラス」のポジションを準備していることに気付くと、世界は変わって見えてきます。
希望が生まれ、知恵が沸いてくる。
「福」の源はすぐそこにありますが、それをものにできるかどうかはあなたの眼力すなわち眼が装備している理論次第。

見せる・見える・見分ける

 “見える店づくり”とは:

当社が提唱する“お店の見える・化”の仮説は、目下、全国7個所の商店街で鋭意試行中、参加者の実践の進展と並行して次のように「体系」化が進んでいます。

「見える店づくり」の体系

○見せる
 ファサードを見せる
 売場を見せる
 品揃えを見せる
 商品を見せる

○見える
 お客:売場が見える
    品揃えが見える 
 お店:お客が見える
    改善すべき問題が見える

○見分ける
 お客=商品を見分ける
 お店=品揃えの適否が見える

※見えると分かり、分かると対応する技術が生まれます。
 こうしてお店はどんどん進歩していきます。

 今日は長崎県松浦市、志佐商工振興会の第三回個店研修です。
「見える・化」についての講義及び臨店研修と参加店会議。
楽しみは参加店会議。第二回以降の取り組みについてどんな報告が行われるのか。
さっそく、これまでの「見える・化」理論の成果を報告、
 
キャップライト理論を念頭に「お客に見える店づくり」に取り組むことで、「店舗管理能力」が技術を伴いつつ“自然”に身につ区のです。

コミュニティとは何か
Date: 2010-12-04 (Sat)

 商店街活性化を巡る論議の中で、商店街はコミュニティ機能であるとか、コミュニティ型商業といったことが語られることがあります。
そもそもコミュニティとは何か?
「地域共同体」などと訳されることもあるようですが、どうもはっきりしません。

 コミュティとは何か、何を指すのかがはっきりしないと、小売業や商店街との関係もはっきりつかめません。果たして商店街活性化にとってどんな位置づけができるのか、ということも、分かりません。分からないまま、適当におもちゃにすると「虻蜂取らず」に終わります。これまでも高齢化対策=配達システムを作る、などと大風呂敷を広げてこけた例がありました。

 商店街とコミュニティとの関係はどうなっているか?
おっとその前に、商店街とは何か? 商店街活性化とは商店街がどうなることを言うのか? といった基本中の基本さえ定義が共有ASれていませんからね。専門家の間でも定説はありません。恐るべし、です。

 自然科学の方では、重力、DNA、結核といった言葉がそれぞれ何を指しているのか、きちんと定義されており学者によって共有されています。商業に限らず、人文系の学問ではどうでしょうか。

 科学を自称する経済学をはじめ、それぞれ専門用語の定義は、学界でもほとんど一定していません。中には専門用語と言いながら自分が使っている用語を定義しない学者も少なく名著と称される「資本主義の精神」を書いたマックス・ウエバーさんも資本主義を定義していません。そのことを指摘する人もあまりいないようです。

 もちろん、商業界(実務・学問)もこの人文分野の学問の例外では無いことは、当サイト常連の皆さんにはとっくに共通の認識となっているはずです。

 “人文系の「学問」における専門用語”については、これまでもいろいろと苦言を書いてきましたが、あらためていずれきちんと考えてみることにしますが、今日は標題のコミュニティという言葉について。
まずはこちらを一読あれ。
【コミュニティ】
 ごらんの通りの状況でありまして、事前準備(コミュニティを取り上げる問題情況の共有など)を抜きにして“商店街活性化を目指してコミュニティを何とかしましょう”というのは、商店街の問題情況を理解しないまま、“商店街を活性化しましょう”というこれまでのノリと全く同じです。
その善意を疑うものではありませんが、“地獄への道には善意が敷き詰められている”という言葉もあります。

 さて、商店街活性化の文脈で語られる「コミニュティ」とは何か?
まずは、やっかいなことですが、いろいろな人が使っている「コミュニティ」とはそもそも何を指しているのか?を究明しなければならない。本当は使っている人たちが「定義」として示すべきところですが、使っている人たちは、いかにも関係者すべてが「コミュニティ」という言葉の定義を理解し、さらにコミュニティという言葉が示す対象(実在するとして)を尊重し、活用することが正しい、適切、重要である、という共通の認識を持っているかのように「コミュニティ」を振り回しているわけで、この人達と場合によっては協働しなければならない立場にある皆さんは、そもそも発言者はこの言葉によって何を指しているのか、ということを推測・判断したうえで、協議に加わらなければならない。

 まあ、なんですね。人文系の領域において定義抜きで「専門用語」を使う人は、相手に自分の提案を理解してもらうことよりも、自分の言うとおりに動いてもらうことを求めていると考えて間違いありません。

 ところが。
そういう期待をかけられている・提案される側としてはそうはいきません。提案されていることについて、
“それに取り組めば自分が直面している問題が本当に解決するのか?” 
しっかり吟味してみなければならない。
 出されて提案が根拠の説明を欠いているとすれば、自分でその「妥当性」をさかのぼって吟味してみなければならない。

 考えて見れば、これまで一所懸命取り組んで来た商店街活性化がうまくいかなかった理由の一つは、かけ声としての「商店街活性化」の中身が定義されていなかった、ということにあるのですから、もはや同じ鉄を踏むことは許されません。

と言うことで、ここからいよいよ本論ですが、長くなりますので続きはこちらで

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衝動来店・お試し来店・ご愛顧来店・回遊来店

 来店客が増えることは誰もが願っていることですが、願っているだけでは叶いません。問題は何か?しっかり考えて対策をこうじることが必要です。

 そもそも、来店客はどんな動機でお店に入ってくるのでしょうか?

 ざっと考えて見ても標題のように様々の性格のお客が入ってきます。

 それぞれの特徴:
衝動入店=お店の“見せる”に惹かれて、それまでまったく予定に無かったのに入店する。

お試し来店=これまでに何らかの方法で得た情報に基づいて、お店の業容を確認に来る。お試しの対象はお店の業容と情報の両方。

ご愛顧来店=いわずと知れた、いつものお客がいつもの通りに来店する.実はこれが一番深い。

回遊来店=ショッピングの一つ、暇つぶし。

 いろいろありますが、共通しているのは“今日来たからといったまた来るとは限らない”ということでこれは愛顧客といえどもまったく同じだと思わなければならない。
今日、お店で体験したことの全体が次の来店に大きく影響します。

 我がキラリ輝く繁盛店づくり運動の参加店会議では“お客が浮遊している”ことがよく報告されるようになりました。
愛顧客がこなくなった、新しいお客が目立つようになった、というあまり専門店では頻繁には起こらないようなことがよく起きているらしい。それも地域や業種を問わず。

 一方、昨日本欄で取り上げた経産省の消費購買動向調査によれば、消費者は、コストコンシャス/パフォーマンスコンシャスの両極とも期待していることについてどんどんシビアになっています。これまでは何気なく使っていた商品やお店が、新しい期待に照らしてみると陳腐に感じられることがある・・・。
 その結果として起こっている新しい商品、お店を探索する行動が“出入りするお客の増加”ではないのか?

 そうだとすれば、これは大きなチャンスですから、さっそく対策を考えなければならない。

 というような話が参加店会議のなかで出てきます。
もう少し掘り下げると、具体的な対策は、臨店研修でお店の業容に応じて組み立てることが多くなるかも知れません。

 話はくるりと変わりまして、今日は韮崎市商工会の個店経営研修事業について、日経BPさんの取材があります。
今から打ち合わせです。

経済産業省『消費者購買動向調査』

http://www.meti.go.jp/press/20100421002/20100421002-2.pdf#search='消費者購買動向調査'
副題は“リーマンショック以降の日本の消費者の実像”。
昨日、韮崎市商工会個店経営研修事業の参加店会議において小澤事務局長さんから参加者に配付されました。
takeoも初見です。 

 当社として特に注目する調査結果;

1.消費にあたって重視する要素
 日本の消費者は製品・サービスにこだわりはなく、低価格がこだわりのポイントになっているとの一般論がよく聞かれるが、この点は、否定された。「信頼」、「安心」が消費者の最優先事項であり「低価格」を上回る。これらの非価格要素への「こだわり」は、女性、高齢者ほど高くなっている。(略)

2.消費したいもの
 お金の使い途について、消費者は、消費をしたくないわけではない(貯蓄は5位に過ぎない)。しかし、在来の典型的商品支出ではなく、「趣味」、「食事」、「旅行」、「本・雑誌」といった生活を楽しむものにお金を使いたいという傾向が顕著。

3.サービスに非価格競争の余地
 ものづくりとは言っても、消費者は、「連絡すると、修理・交換・設置に来てくれる」、「お客様相談窓口の常設」といったサービスを重視。特に、女性、中・高齢層、子育て世代にサービス提供へのニーズが高い。ここに非価格競争の余地。かつ、分厚い取扱説明書と設置・操作が複雑な商品への不満感を解消する製品開発に機会あり。
引用終わり***************************

 分析は別途【都市経営コーナー】あたりで行うつもりですが、一読、当サイトが商店街活性化の可能性の根拠として主張してきた消費の二極化―堪能と節約―がこの調査で新たに裏付けられています。

 ラグジュアリィに方向を定めて『基本計画』の見直し、再構築に取り組んでおられる皆さんは、この調査に“商店街の活路”の「論拠」を置くことが出来ます。
個店経営研修事業・キラリ繁盛店づくりに組んでおられる商業者、組織についても同様です。

 さて、皆さんの街ではこの調査で示されたような消費購買の傾向をすでに把握し、“活性化への道”構築に役立てておられるでしょうか?
当サイトを愛顧いただいているあなたは、この調査結果が“商店街の活路”を指し示していることを読み取ることが出来ますか?

 当社的にはこの二極化は、リーマンショックのはるか以前、いわゆる「大衆消費(普及型消費)」の終焉ときびすを接して進行してきたものが、“デフレ傾向”にもかかわらず厳存し、よりシビアになってきたものと理解しています。

 平成10年、当社が中心市街地活性化計画の作成を支援したときに実施した『○○市民の消費実態調査』において、すでに「消費の二極化」傾向は如実に現れており、当社の「時間堪能型社会」論、「中心市街地活性化への道」論の根拠ともなりました。

 今回の調査で明らかになったのは、リーマンショック以降の、デフレといわれるなかでも「二極分化」が存続していること、むしろ、二極化している消費購買行動の双方(節約志向と堪能志向)においてそれぞれ「こだわり」がいっそうシビアになっていることではないか、と思われます。

 消費者はお金の使い方に大変シビアになっている。
節約型消費も堪能型消費も“せっかく使うなら十分納得出来る使い方をしたい。”ということでありまして、これはもちろん、キラリ繁盛店づくり運動に参加して商店街活性化に取り組まれている皆さんにとっては大いに勇気づけられる調査結果ですね。

 当社的にも、かねての主張の根拠が“リーマンショック以降”においても続行しているばかりか、さらにシビアになっていることが示されていて大変勇気づけられました。
願わくは関係各方面の商店街活性化策にも是非この調査結果を反映していただきたいものです。

 韮崎市の個店経営研修事業では既報のとおり、最終全体会議を広く公開して実施されるそうです。日時は目下調整中とのことですが、参加されると事業の立ち上げから運営、事業を契機とした新しいタウンマネジメント組織の構築まで、大いに参考になると思います。
決まり次第、当コーナーでもご案内いたしますが、一刻も早くという人は、同商工会に問い合わせてください。

先入知識への盲従

 理論を軽視する者は、過去の誰かが作った理論に盲従することになる、とはケインズさんの言ですが、商業の場合もまったく同様です。

 我々は、脳内に蓄えている知識(先入知識)を使わずに物事を観察し、判断することは出来ません。
人間は、生まれながらにして“白紙の状態”でものごとを判断することは出来ないのです。
このことを自覚せずに、つまり、我々はものごとを観察するとき、ただしく理解するために“先入観にとらわれず”に接することは出来ないのだ、ということを理解せず、あるいは軽視して、ものごとを見たり聞いたりすると何が起きるか?

 これまで生きてきた間に、いつ、どこでとも知らないうちにアタマの中に蓄えてきた知識(先入知識)でものごとを判断することになります。

 理論を軽視する人たちが、商業を理解し、あるいは活性化策を考え、あるいは繁盛実現に取り組むとき、その作業を導くのはその人が過去に蓄えてきた先入知識です。
理論を軽視する人は、いつの間にか自分の中に入り込んでいる知識(果たして現実にあっているかどうか、一度も吟味されていない知識)を使って物事を見たり、考えたりしています。
考えた結果たどり着いた結論についても、それが果たして正しい結論なのかどうか、検討してみることもありません。

 さらに、いつの間にかアタマの中を占領している先入観の出所を考えて見れば、これまた誰かの“吟味されていない先入観”であることが多いと思います。
いつの間にか誰かのアタマの中に住み着いた先入知識が、その妥当性の検討もされないまま、公的・私的な発言としてどんどん拡散されています。、その間、それらの先入知識の根拠や妥当性などが検討されることはなく、疑うことのない「常識」としてまかり通るようになっているのです。

 専門家といえどもそのアタマの中を占めているのは“吟味されない先入知識”でありまして、「住む人・来る人が増えれば街は活性化する”などという妄言はその代表ですね。


 先入知識は見方によっては大変恐ろしいものでありまして、おなじみの「キャップライト理論」によれば、我々は理論を用いてものごとを観察し判断しますから、よほどのことがおこらない限り、先入知識の欠陥に気づくことが出来ません。

“住む人・来る人が増えている”街でも活性化していない例はいくつもありますが、先入知識という色眼鏡をかけているとなかなかそのことに気づくことが出来ません。
端から見れば明々白々のことが先入知識に妨げられて見えないのです。

 ということで。
商店街を活性化したかったら商業理論を装備しなければならない、という当社の提言を無視あるいは経緯している人たちは、知らす知らずのうちに脳内に蓄えている雑多な知識(その殆どが“もの余り・店あまり”以前に業界に流布していたもの)に基づいて状況を判断し、対応を考え、行動していることになります。
昔、どこかで見聞きし、今、アタマの中に残っている知識に、それとは知らずに自分の仕事の命運をゆだねている訳ですね。

 理論を軽視する人は、脳内を占めている雑多な知識に支配され、盲従しているわけですが、あなたおよびあなたの仲間は大丈夫ですか?

 “人から聞いた話よりも、自分の頭で考える”とは、ありがちな態度ですが、その肝心の“自分の頭”が雑多な知識に占領されていては、果たして“自分のアタマ”を無条件に信頼してよいものかどうか・・・。

 ということで、今日、商業界、商業活性化業界において主要に流通しているのは“先入知識への盲従”です。

 キラリ輝く繁盛店づくりでは商業理論を装備することの重要性が共有されています。これはおそらく我が国において最初の取り組みだと思います。

 これまでどおり、吟味しないままに過去の知識に盲従するのか、それとも繁盛再生を導く商業理論を装備するのか、いまや商業理論を巡る問題はこのように立てられるわけですが、さて、あなたはどちらの立場に立っていますか?

本部の指導と真逆だったがやってよかった

 よく報告されることですが、キラリ輝く繁盛店づくり(個店経営研修事業や当社流商人塾)にはボランタリーチェーンに所属している人もよく参加しています。
本部の指導とキラリの「方法と方向」とは間々対立します。

 本部は指示します。のぼりを立てよ、とか、チラシを撒け、とか、新規顧客を集めよ、等々。

 キラリは提案します。
のぼりは撤去、チラシは無意味、新規顧客は欲しがらない、と。

 本部は新商品のプロモーションを企画します。
販促キットを作り、陳列方法(店頭への大量陳列)を指示し、チラシを用意してくれます。コンクールを組み込み、達成率を競わせます。いつものことです。

 キラリに取り組んでいる店では、本部の指示に従うことが出来ません。日頃の店の実践と違いますし、なんといってもこれまで何度も繰り返し・成果の挙がらなかったキャンペーン手法です。

 ということで、キャンペーンに参加しても。
1.のぼりは立てない
2.大量陳列もしない
3.チラシは最小限(顧客に配るだけ)
という地味な取り組みで好成績を挙げる事例がいくつも出ています。中にはコンクールで全国トップクラスの成果を挙げたというお店も。

 本部の指導を無視したため、「成功事例」としての処遇は与えられなかったそうですが。
まあ、そのうち、そうはいっていられない時が来ることでしょう。

 キラリに取り組んでいる人には当然のこととして理解されることですが、大方の皆さんにはとうてい信じられないことですね。

 こういうことが、普通に起こるのがキラリの実践の特徴でありまして、参加店会議で報告を聞いた仲間からおーっという声が上がり、各店の取り組みに拍車が掛かります。

 こういうことを経験した人が一様に言うのは、
“本部の指導と真逆だったが思い切ってキラリを貫いてよかった”ということ。
ウソみたいな話ですね(W
有限会社クオールエイド
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プロフィール

有限会社 クオールエイド

  • Author:有限会社 クオールエイド
  • 【キラリ輝く繁盛店づくり】
    お客に見える店づくり―見える化をテーマに【個店の繁盛】から【商店街活性化】、【中心市街地の商業集積としての再構築】まで一貫した取組を支援します。
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