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中間総括・「通行量」を問う

 『新中活法』にもとづく『認定基本計画』、認定を受けた各都市、鳴り物入りで祝ったのもつかの間、成果の乏しさに悩みはつきません。このままでは・・・と思うあぐんでいるうちにまたしても計画第2・3年度の取り組みを総括、政府への報告書をまとめる時期となりました。

 リーマンショックのせいで通行量が思ったように増えなかった、とか、減少した、という報告が多くなるのではないかと推測していますが、皆さんの総括はどうなりますか?

 さて、『認定基本計画』では中心市街地活性化の進展状況を測るバロメーター・目標数値として「通行量の増大」が掲げられることが多いことはご承知のとおり。

 皆さん、簡単に「通行量の増大」といいますが、これを中心市街地・商業活性化の進展状況を図る目標とするからには、
①通行量を増やせば(通行量が購買客に変化して)商業が活性化する
もしくは
②購買目的の来街者が増えることで通行量が増大する
のいずれか、あるいはその両者が目指されているはずです。
 “いや、そんなことは考えていない、ただ通行量さえ増えればよい”という話は成立しません中心市街地活性化とは「都市機能の増進と経済活力の向上」と定義されています。
通行量の増大は、都市機能の増大、経済活力の向上と密接に関連づけて追求しないと、その背後にある事業目的と遊離してしまいます。

 この、中心市街地活性化の成否を雨図る、
重大な「目標」とされている「通行量」とは一体何だ?
その増減は何に起因し、その結果はどこにどう及ぶのか?
「中心市街地(商店街)の通行量」についての理論的な考察をしている専門家っていましたっけ?

 通行量・論についての「ないものねだり」はさておき。
(皆さんは“さておく”ことはできませんよ(笑 )

 基本計画の「通行量の増大」という目標は、
①通行量を増やすことで商店街の事業機会を再構築する or
②商店街の事業機会が再構築すれば通行量は増加する
という相異なる二つの「活性化を実現する方法」に共通して成立します。
 しかし、通行量を活性化実現の原動力と考えるか、または活性化に取り組んだ結果として現れる現象と考えるかで、総括・これからの取り組みのあり方は大きく変わります。

○まず、通行量の増大を原動力にするという考えについて。

 圧倒的に多いと思われますが、各般の「通行量増大施策」に取り組んだ結果、あり得る中間総括は、
①通行量が増えて、商店街が活性化した(繁盛店が増えた)
②通行量は増えたが、商店街は活性化していない(空洞化の進展)
③通行量は増えず、商店街は空洞化の一途
のいずれかになるはずです。

○次に、商業・商店街が活性化した結果として通行量が増えるはずだ、という考え方。

 商業活性化のための事業その他関連事業に取り組んだ結果、商業機能が賦活して買い物客が回帰すれば当然ながら、通行量が増大しているはず、通行量の増加具合を測定すれば活性化の進展度合いが分かる、という考え方ですね。

 いずれも、まじめに考えれば「通行量」はとても「事業の目標」には出来ないことが誰にでも分かることですが、どういう訳か、専門家の指導を受けながら作成されたハズの多くの基本計画で「目標」にされています。
通行量の増減を測定すれば、ホントに中心市街地・商店街の活性化の進展具合が分かりますか?
なぜそう言えんですか?

 「通行量の増大」は中心市街地・商業活性化そのものではありません。当たり前ですね。
通行量が増えた結果または増えた背景には、中心市街地・商店街に「何か」が起こっていなければならない。
通行量が増えてもその他なんの変化もないのでは、時間とお金を費やして取り組んだ意味がありません。

 起こることが期待されているのは何か?
「商業・商店街の活性化」ですね。言うまでもなく。

 ということで、報告書を書く前にあらためて中心市街地・商店街をチェックしてみられることをおススメします。

商店街の状況は基本計画作成以前と比べて、どうなっているか?
これは通行量という目標数値の達成状況に関わらず、目視することが出来ます。
空店舗は減ったか・増えたか?
既存個店群、個々のシャッターの内側の情況はどう見えるか?

 中間総括の作成にあたっては、通行量の増減だけでなく、自分の目で“見えている情況”をチェックしてみなければならない。
そうすると何が見えるか?

 多くの都市の場合、通行量の増減に関わらず、既存各個店ほとんどの業容は、計画認定以前に比較して明らかに劣化しているはずです。
この・眼前の情況をどう総括しますか?
 
 基本計画が認定されて喜んだのもつかの間、事業の進捗と通行量はまったく比例しないばかりか、事業に取り組んだ結果“繁昌した”とか“将来に希望が持てるようになった”という商業者はほとんど皆無のはず、それとも基本計画~事業のおかげで商売が繁盛するようになった、という商業者が一人でも出ましたか?

 通行量の如何に関わらず、商業者が“将来に希望をもって毎日の仕事に打ち込める”という状況を作りだしていくことこそが、中心市街地・商店街活性化の最大の眼目だということが分かっていますか?

 さて、ここで話はそれまして。

  月刊・『文芸春秋』に作家塩野七生さんが「日本人へ」へというエッセイを連載しています。三月号は「仕分けで鍛える説得力」というテーマです。(P92~93)

 塩野さん、事業仕分けをテレビで観ていて、
引用スタート****************
“・・・あることに気付いて愕然となった。それは仕分けされる側、つまり、各省庁の高官たちの、説得能力の絶望的な低さである。”・・・・
“なぜ、これほどまでに劣化したのだろう。私の想像するには、頭の出来が悪い人々ではない以上、原因は次の二つに要約できるかと思う。
 第一に、これまでずっと、母国語(日本語)でさえ説明し説得する必要に迫られてこなかったこと。意地の悪い質問を浴びて立ち往生する怖れのない記者クラブが開いてでは、経験にさえもならなかったのだ。
 第二は、外国との間の時務方同士の交渉は非公開で行われ、そこでたとえ敗退したとしても実態は公開されないので、担当者は責任を問われないという事情がある。”
引用終わり***************

 塩野さんが「外国」と書いているところを「外部」と置換すれば、このくだり、たいていの組織に該当するかも知れませんね。

 さらにつけ加えるとすれば、「組織風土」という厄介者の存在です。

①組織が決定したこと、実行してきたことは存続しなければならない。
改革は、先輩を批判することになります。先輩に“お前はバカ”といっていると曲解される怖れがある。
さらに、決定事項について。

②誰かが既にしっかり考えて実施段階に入っている(はず)、今さらあれこれ考える必要はない(だろう)
という都合の良い思いこみもありそうです。

 で、両者には実はさらに“隠れた原因”がありまして、それは:
“自分のアタマで考えない/自分のアタマを使うのがいや”
といういつの間にか身についてしまった習慣・・・。
です。

 仕分け人って、こう言っちゃなんですが素人ですよね。
素人に突っ込まれてこれをきれいにあしらえないプロって・・・。

 考えてみれば、これまで仕分け人の役割を担っていたのは財務省の主計官であり、この人たちの権威は、ひょっとしたら・もしかしたら・省庁側の説明・説得力不足に淵源しているのではないか・・・・?
仕分け人の素人質問に哀れふためく姿を見ますと、妄念が沸くのであります。

 皆さんも、中心市街地活性化基本計画の進展状況、数値目標の推移などの総括にあたっては、「説明責任」を念頭に、一からしっかり勉強しながら取り組まれますよう、老婆心ながら。

 さらに。
新年度は是非とも“自分のアタマで考える”、「自力思考」を採用されると仕事が楽しく・はかどるようになるかも知れません。
何よりも。
首尾良く「自力思考」を奪還することができれば、これは一生の宝になりますからね。

 予断ですが。
文春三月号の特集はひどい。
しょうもない「小沢一郎論」を書いて立花、福田両氏が自ら墓穴を掘っています。
暇な人は立ち読みで確認してください。
今月号の二枚看板的書き手のていたらく、これでは文春の明日も大変ですね。
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進化する売場研究会

  • Author:進化する売場研究会
  • 【キラリ輝く繁盛店づくり】
    お客に見える店づくり―見える化をテーマに【個店の繁盛】から【商店街活性化】、【中心市街地の商業集積としての再構築】まで一貫した取組を支援します。
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