中小商業、基礎体力の根幹

 商人塾では、“自分のアタマと仲良くする”、“脳に汗をかく”、といった言葉が当たり前に行き交います。何ごとによらず、最後に決定するのは「自分のアタマ」を使っての作業ですから、私たちの基礎体力のなかで「アタマ」が占める役割は相当に大きい。
「通行量原理」を採用している人たちも採用するにあたっては「自分のアタマ」を使って判断しています。

 商人塾が一貫して実現を目指すのは、「自分のアタマを使って考える」ということ。
一年次は、“アタマのさびを落とす”
二年次は、“アタマを信じる”
三年次は,“アタマと協働する”
3年間の実践を通じて共通するテーマは、“自分のアタマと仲良くする”

 ご承知のとおり、一年次の商人塾は“計画無しで繁盛を実現する”実践ですが、一年次が終わって半年も経って成果が定着すると、そろそろ「トップダウン」の店づくりにチャレンジしたくなってきます。目標~計画を立て、それに基づいてお店をトータルに俯瞰することで、店舗を仮説~試行から計画的オペレーションが可能な段階に移行させようというわけです。
 そこで「計画作り」と短絡してはいけません。
二年次では「ビジョン作り」に取り組みます。

 韮崎市商人塾は、「経営革新塾(試行編)」を利用しています。ご承知の方もあると思いますが、「経営革新塾」事業では、お約束として、塾生は修了時点で「経営革新計画」を作成することになっています。商人塾の場合、3時間×10回の講義とお店での仮説~試行で一挙に「経営革新計画」を作ることはできません。
「計画」とは言葉はカッコいいのですが、一面、“今現在の能力で将来を左右しようとすること”ですからね。商人塾一年次を修了し、確かにお店の業績はビックリするほど向上しましたが、まだ、将来をコントロールする経営計画を立てる基礎体力は作られていないと思います。「繁盛実現・即・計画経営」とはいかないのです。

 韮崎市商人塾では、修了時点の作業として「経営革新ビジョン」の作成に取り組んでいるところです。
「自店の現状を把握する⇒ビジョンを考える⇒両者のつなぎ方を考える」
という作業ですが、実際に取り組んでみると難しいところが色々あります。二年次で取り組むテーマを一年次の成果として出してみようと言うチャレンジですから。
takeoもフォーマットを提供したり、独習用の「特別講義」のテキストを作ったりの真っ最中です。
さいわい、今年の経営革新塾は「試行編」、ビジョンも「試作」ということにして、来年度・二年次は本番の経営革新塾だと思いますので、その中でじっくり練り上げることになると思います。

 目下、皆さん“脳味噌に汗をかく”作業の最中ですが、作業を通じてかならず「アタマの基礎体力」が働くようになります。
中小商業の基礎体力の根幹は、自分のアタマ次第、最後に頼るものは自分のアタマ以外にはないのですからそのつもりで「自分のアタマの活性化」はあらゆる局面を通じて自覚的に追求することが肝要です。

中小商業の自己体力の根幹は、経営者の「アタマの使い方」にある。
アタマの良し悪しではありません。アタマの使い方、です。
“アタマがいい”とは、“アタマの使い方が上手”ということ。
“アタマの使い方が上手になるの法”というものがあり(たぶん)、それを入手・活用すると使い方が上手になる、かも知れませんね。
いずれにせよ、繁盛店を作り、成長させていくには、あなたの「アタマの使い方」アタマの活性化は重要な鍵を握っていること仁保疑う余地はありません。

一億章総中流 再び

 今朝の新聞によれば、新党日本の田中康夫氏が選挙演説で“一億総中流社会の再建”を主張したそうです。
「経済の成長戦略」が政権選択のテーマの一つですが、その方向と方法の提示ということになりますと、各党とも明確に示すに至っていない中で、「一億総中流の再構築」は秀逸の政策提唱だと思いますが、如何でしょうか。

 ただし、「実現への道」のシナリオはどう提示されているのか?
ということになるとどうでしょうか。とても“無駄をなくして”ということで実現出来ることでは無いのですが。
 
 当サイトでは、既に何度も“目指せ一億総中流”という趣旨の記事をアップしていますが、「総選挙・投票当日」という本日、あらためてその意義について確認しておきたいと思います。

 「一億総中流」は、いわゆる「高度成長期」における国民の大半による自分のライフスタイルについての評価のことですね。
含意するところは、
①今の生活におおむね満足
②将来に対して大きな不安がない
③明日はもっと良くなるに違いない
というようなことだったと思います。

 こういう生活に対する実感の根拠としては、所得の向上、余暇の増大、日常生活の多様化といったことの進展がありました。
かっての「一億総中流」とは、当時の社会経済事情と国民生活の関係を巧まずして表現していたわけです。

 こんにちの状況において、「一億総中流」をめざすということは、すなわち、
国民の圧倒的多数が自分の生活に対して
①今の生活におおむね満足
②将来に対して不安がない
③明日はもっと良くなるに違いない
という評価を持てる
という社会・経済を実現していく、そのような方向を目指す、ということですね。

 大事なことがありまして、
元祖「一億総中流」が実現されるプロセスはどうなっていたか?
しっかり理解しておかなければならない。
それをそのまんま当時とは様変わりしたかのように見える現在に丸写しするということではなく、「総中流」を実現するための「一般的な条件」というものが無かったのか、あったとすればそれは何か、その一般条件を現下に於いて実現するにはどうしたらよいか、というような問題意識に連なるわけです。

(繁盛店づくり、商店街活性化にどんな関係があるのか?、といぶかる人もあるかも知れませんが、大丈夫、ちゃんとつながりますので、というか繁盛店づくり、商店街活性化の現実性、方向と方法を考える上で不可欠のテーマですから、もう少し読み進めてください。)

 高度成長期の経済社会の一大特徴は、「消費の伸張」であり、それは特にこれまでに無かった家電、自家用車などをはじめ、衣・食・住全般に渡る新・消費財の普及ということです。
これと表裏の関係で進展する民間投資の拡大と消費の伸張が経済を押し上げ、それがまた所得を増やし、新たな消費財の開発・提供を生み・・・、というスパイラルが出来上がっていました。
 
 ここまではだれもが言うことですが、大事なことがもう一つありまして。
それは、消費財の製造・提供のほとんどのプロセスが国内産業、企業の手で行われていた、ということです。
消費財の製造~流通~販売のすべてのプロセスを国内企業が受け持っており、その結果、経済的成果はそれらの企業を通じて社会に還元される、あるいは国穴井産業への再投資というルートを経て拡大還流する、というパターンがあってはじめて「経済の拡大が国民の生活の向上を実現する」という高度成長が実現していたわけですね。

 この良きスパイラルがどうして崩壊したか?

原因は色々あるわけですが、「後知恵」的にいえば、
“「貿易立国」というウソ”に基づく「規制緩和」に大きな責任があった、ということは確実です。
「貿易立国」のはずが、外貨が溜まって還流するということは、とりもなおさず、貿易の成果が国民生活を潤すというパターンが機能していないということですからね。
(これは重要なことですが、今回のテーマとはずれますので、日をあらためて)

 さて、こんにちの経済の特徴を一言で表現しますと、“景気が実感されない”ということではないでしょうか。
“イザナミ・イザナギ以来の景気”などと喧伝されている間も、国民太宗の生活にはまったく実感が無く、それどころか所得・雇用の不安定、生活の先行きの不安がどんどん増大するプロセスでした。
この間、“まず企業を成長軌道に乗せることが先決、その成果を国民一般の生活に波及させる”というレトリックで大企業の成長優先の政策が採用された結果、確かに企業は成長しましたがその成果が国民レベルに波及するということはほとんどありません。

 どうしてか?
こんにち、大企業がやっていることは、もはや、かって高度成長期の企業活動がそうであったようには、「国民の生活」と密接な関係を持っていないからです。
雇用、市場、金融、福祉・・・、何をとっても高度成長期の企業の行動パターンとはかけ離れています。

 大企業の行動パターンは“世界市場で生き残る”こと。
企業が存続するためには、世界にうって出て勝ち残らなければならない、というあまり根拠のない衝動が大企業の行動の基礎となっているのではないか?

 今を去ること二十年の昔、“企業は人を捨て国を捨てる”と喝破したのは、一橋大学の津田教授(当時)でしたが、まあそういうことですね。

 ということで。
この時代に「一億総中流」を再構築するためには何が必要か?

 第一に、「総中流を実現するのだ」という固い決意を持つこと
第二に、実現の方向と方法を考える。脳に汗をかくくらい考える。
第三に、「これだ」と思ったら万難を排し、知恵を出し、工夫を重ねて実現を目指すこと。

 実践レベルとしては、
第一に、GDPの6割以上を占める消費部門の「中味」を大転換すること。
“外需から内需への転換”ではなく、内需の内容を転換する。
端的に言えば、輸入消費財で賄っている部分をどんどん国産品に転換していく、ということです。これが軌道に乗れば、いうまでもなく賃貸している民間投資が活発化します。
それも地方・産地の消費財産業・中小零細製造業の設備投資です。そうしますと、もちろんのこと、雇用・所得、税収・・・、とプラスのスパイラルが発動することになる。
(このあたりをキチンと考えずに主張される「財源の地方委譲」は逆効果、地方間格差はマイナスのスパイラルに落ち込むことは確実です。)

 一億総中流化よ再び、という方向と方法を目指す。
 その第一歩となるのが、商店街活性化を何が何でも実現すること。“輸入消費財の配給倉庫”であるショッピングセンターの向こうを張って、“時間堪能型ニーズのいけ皿となるショッピングゾーン”として中心商店街を再構築することこそが、「一億総中流」の実現を目指す場合、わが国経済の「のるかそるか」の主戦場になります。
中心商店街が活性化されることは、すなわち、「輸入消費財の殿堂」であるショッピングセンターに「お任せ」になっている消費財提供というビジネスチャンスを国内消費財産業のネットワークで置き換えていくことになります。
 さらには行き詰まりが顕著になっている、普及型海外ブランドから国内商品への回帰、ということも課題です。

 わが国の経済が今一度、国民の多くによって実感されるレベルで「豊かさ」を実現するには、「国民総中流化」はたぶん、唯一の方向であり、その達成は「時間堪能型ニーズ」の称揚、その充実に対応する消費財の製造・販売・流通の再構築以外に無いのではないか。
商店街・卸団地・産地という国産消費財の製造販売プロセス全体が「一億総中流」という戦略課題の実現に向かって協働していく、その方向と方法についてシナリオを提示し、所要の施策を講じていく、ということが新しい「成長戦略」だと思われますが・・・。

 政権選択は、同時に国民生活の安心・安定をどのような方向と方法で実現していくのか、ということの選択であるべきですが、残念ながら選択肢は明示されておりません。
この選挙を契機として、方向と方法について各界・各級、実践を担う人たちの間での論議が盛んになり、実践に反映されるとともに、国政レベルでの方向と方法に反映される、という状況が実現するよう、微力ながら、それぞれの持ち場持ち場で頑張っていきましょう。

かごしま商い繁盛塾 受講者募集

 【募集リーフレット】要旨

 鹿児島市では、次のとおり「かごしま商い塾」(全3回)の受講者を募集しています。皆さんのお店や事業所の繁盛に必要なものはなにかを、各分野の専門の講師が分かりやすくお教えしますので、ふるってご参加ください。

第一回
タイトル:『今すぐスタートする繁盛店への道』
 ☆個店の現状そのままから、お金を掛けず、取り組めば
  取り組んだだけ、早速成果が挙がる取り組み、受講後
  すぐに着手できる画期的な店づくりを提案します。
日  時:10月6日(火)14:00~17:00
場  所:ソフトプラザ かごしま
講  師:㈲クオールエイド 武雄信夫氏

第二回
タイトル:「年末年始に効くカラーとディスプレー」
日  時:10月14日(水)19:00~21:00
場  所:ソフトプラザ かごしま
講  師:Eclat office 座光寺百合子氏

第三回
タイトル:~売れない時代に客を呼ぶ~
「飲食店繁盛の方程式」
日  時:10月21日(水)14:00~17:00
場  所:ソフトプラザ かごしま
講  師:㈱コロンブスの卵 清水裡英氏

申込み要領その他については下記へお問い合わせください。
鹿児島市企業振興課 商業係
099-216-1322(直通)

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 当社 takeo が担当する第一回講義について、趣旨・内容の説明、質疑などを【目指せ!繁盛店】コーナーで行っています

 お誘い合わせの上是非ご参加ください。

「商店街活性化」の七不思議

 おなじみの人も多いと思いますが。

 昨日書いた、といってもいいような内容ですが、2002年の記事です。

「七不思議」

その一 商店街活性化とは街がどうなることか誰も定義していない

その二 活性化に取り組んだ話はよく聞くが、成功した話はほとんど無い。

その三 活性化できない商店街の役員さんが施策のメニューを決めている。

その四 商店街に物販以外の集客施設を誘致すれば活性化が出来る?

その五 「後は個店の問題」と個店に活性化の最後の下駄をあづけている。

その六 指導者はたくさんいるが本当に指導できるのだろうか?

その七 「既存店の繁盛店への生まれ変わり」を目指そう、という声がなぜ出てこない?

 如何ですか?
この記事をアップして7年経っているわけですが、未だに・完璧に・通用する、という現状をどう見るべきでしょうか?
当社としては、あらためて、当社の非力さ・至らなさを痛感させられます。

あ~だ、こ~だと理屈をこねて勉強を嫌がる人たちは、主観的にはどうであれ、「七不思議」を堅持しようとしているのだ、と言って過言ではありません。
イベントや一店逸品などで代替しようとする人たちも同断。

 こんにち、活性化の成功事例などを宣伝している人たち、果たして「七不思議」的レベルを超えているでしょうか?

活性化への道、色々あって選り取り見取り、というわけではありません。ちゃんとした勉強に取り組み、繁盛店づくりに取り組む人たちだけが「七不思議」からの脱出を果たすことが出来ます。

“商店街は物売りだけではない”というおそるべき認識

 “中心市街地・商店街に立地しているのは商業だけではない”
よく聞かれるセリフですね。

これに続くのは、
①商店街を活性化するには、多様な機能を活性化しなければならない。
にもかかわらず、
②これまでの商店街活性化は、商業施策・商業者の取り組みに過度に依存していた。
ということになるのですが、ちょっと待った(笑

これまでの商店街活性化は、“商業施策・商業者の取り組み”中心だった、というのは本当でしょうか?
“商業者の取り組みに過度に依存していた”? ホントですか?

ぜんぜん違いますね。
これまでの取り組みは、「劣化している商業機能を再構築する、機能を充実させる」という取り組みではなく、
①市街地の整備改善
②非物販機能の整備
③集客イベント
など、もっぱら「周辺事業(「物販」という小売商業機能から見て)」中心の取り組みだったわけで、“中小商業の競争力の根幹”といわれる“業種揃え・店揃えの最適化”を追求する取り組みはほとんど顧みられることはなかった、というのが実態です。

 商業施策=物販機能の充実を目指す取り組みはほとんど行わないまま、もっぱら非物販的事業(つまり周辺事業)に取り組んできた、というのがこれまでの商店街活性化の実態でありまして、このことについては、国の『基本的な方針』においても“もっぱら周辺事業に取り組んできた、中小小売商業の競争力の根幹である業種揃え・店揃えの最適化の取り組みが不十分だった”と総括されています。

 商店街を活性化したかったら、「業種揃え・店揃えの最適化」という「競争力の根幹」を強化する取り組みは不可欠ですが、これが不十分では活性化を実現することは出来ません。
それをですね、“「商業施策」に終始したから活性化できなかった”というのは、大きな間違いです。
事実は、活性化が実現できないのは、活性化の本命の取り組みを放置しているから。

 ところが、実際には相変わらず、
①商店街は商業機能だけではない
②活性化が成果を挙げられなかったのは、商業施策に偏重していたから
という総括(まちがいですね)から出される新しい取り組みの方向は、
③これからは「物売り」以外に注力する
ということで
④コミュニティ事業やイベントなどにいっそう取り組み、
⑤来街者・通行量を増やすことで街を活性化する
という考えがまかり通っておりまして、今話題の「地域商店街活性化法」のスキームもこのあたりをよく理解しておかないと、今までどおりじゃん”的・通行量増加を目的とする取り組みが強化されるだけになるかも知れません。

 確かに商店街という街区には「小売商業=物売り」以外の機能も立地していますが、「居住機能」を除けばそこに立地している都市機能のほとんどが「小売商業機能」がきちんと機能していてはじめて、それから派生したというものが多いのです。
このことを無視したシナリオ、、“非物販機能の開設して来街者を増やす、来街者が増えれば商業も活性化する”という筋書きは、これまで各地でさんざん取り組まれ、そのほとんどが失敗している「通行量を増やせば商店街は活性化する」野焼き直しです。
失敗しなかった事例でも、通行量が増えて街全体の活性化につながった、というケースは聞きません。果たして「成功事例」があるものでしょうか。

 ということで、“商店街は物販だけではない”とか“もはや商業施策では商店街は活性化できない”とかは、すべて「逃げ口上」でありまして、これまで取り組んできた各種事業の失敗=企画の至らなさを隠蔽するものですね。
これまでの取り組みを真摯に総括して新しい活性化を確かに実現できる方向を目指す、というあるべきスタイルではなく、自力思考を欠いた「乗り移り」ですから、その行く手に活性化された商店街などが見えることはありません。

 “商店街は物売りだけではない”というのは当たり前のことでありまして、こういう当たり前を仰々しく今さらながらに持ち出して、提案する取り組みといえば、相も変わらぬ「周辺事業」ばかりでは商店街の劣化スパイラルは加速するばかり。

 こういう方向とは即刻絶縁して「物売り」の再構築に専念する体制を作ることが喫緊の課題ですが、なぁ~んも考えない人たちが、「学識経験者」気取りで “そうだ、我々の街の機能は物売りだけでは無い” と胸を張ったりすると、出来ることも出来なくなります。

 この期に及んでも商業者がその自助努力を自分たちの事業機会である「物売り」の活性化に集中出来ないようでは商店街の命運は決まったようなもの、街にどんな「非物販機能」が配置されても商店街としての役割を果たすことは出来ず、事業機会は消滅です。

敵を知り、おのれを知れば・・・

百戦殆うからず。孫子の言葉です。

それでは。
敵を知らず、おのれを知らなければどうなるのか・・・・?

 もちろん、百戦百敗にはなりません。まあ、百回も負け続ける能力はありませんからね。

 「一戦必敗」とも限りません。“勝ちに不思議あり”、相手がもっと致命的なポカをしてくれると、こっちの不備は帳消しになります。

 さて、「商店街活性化」の場合はどうでしょうか。
商店街活性化を戦に例えるのはどうかとも思いますが、顧客の支持をめぐる競争においては、「競争相手を知る」ことも重要です。
「商店街活性化」を成功させるには、おのれを知り・競争相手を知らなければならない。
商店街の場合、競争は一回こっきりの合戦などとは異なり、ずうっと果てしなく続くわけですから、相手のポカなどに期待することは出来ません。連戦連勝していかなくてはならない。

 そうすると、“敵を知り、おのれを知る”ことが大変重要な条件になります。

敵とは誰か?
色々あります。ショッピングセンター、パワーセンター、郊外フリースタンディングのパワーリテイラー等々。
商店街空洞化の要因として名指しされることが多いこれらの商業施設について、商店街活性化に取り組んでいると称する皆さんはどれだけ理解しているのか?
すなわち、どれだけ「敵を知る」を実行しているか?

ほとんど知りませんよね。
知る努力もしていませんよね。

そういうことで競争相手と上手く(全面対決もしくは棲み分け)対応し、お客さんに高い評価をもらえる買い物行き先としての再構築が出来ますか?(商店街活性化=商業集積としての再構築です。)出来ると言えますか?

 “イベントの時は商店街に来てくれる人が買い物の時は郊外に行く”というのはイベントに熱心な商店街の嘆きですが、その理由はどこにあるのか分かっていますか?

思えば、活性化への取り組みを初めて以来、どこの商店街でも・ただの一度も・「競争相手・郊外型商業の正体」を理解しようという努力は行われておりません。

 空洞化に悩み、活性化を至上課題とするはずの商店街は、「おのれを知る」、自らの現状を把握するということについて、どれだけ・どういう努力をしてきたでしょうか?

 空洞化の原因も既存個店の業績不振もその原因は「住む人来る人・通行量の減少」とされているわけですが、

“商店街に買い物に来ない人たちはどこに買い物に行っているのか?”
“商店街に来ないで、向こうに行くのはなぜか?”

いろいろ理由は考えられており、それらが間違っているとも思えませんが、
商店街にショッピングに来ない理由の一つには、商店街及びそこに立地する個店にも問題があるのではないか?
ということは考えてみなくてもいいのだろうか?
・・・・・・・・

通行量が増えれば商店街は活性化できる、という一念で事業に取り組んでいる皆さんは、
「人通りが多くてもお店は繁盛していない商店街の例」とか
「イベントの人出が翌日からの買い物客増につながらないという自分たちのイベントのたびに痛感している体験」
などをどう考えているのか?

 と考えてみますと、結局:
商店街活性化に取り組んでいる人たちの多くには、「おのれを知る」という努力が不足しているのではないか?
という疑問が起きるのであります。

 イベントのお客を買い物客に出来ないのはなぜか?
「住む人来る人が少ないから」でも、「車社会だから」でもありませんよね。イベント目的なら商店街までわざわざ出掛けてくるにもかかわらず、買い物となるとどうして来てくれないのか?
このあたり、一度は胸に手を当てて考えてみるべきではないでしょうか→イベントイノチ、イベントの伝道師さんたち。

 結局、「敵を知らずおのれを知らず」という状況では、活性化を実現するために本当に取り組まなければならない課題を理解することはできず、したがって、課題に取り組めず、活性化に成功することも無い・・・・。

 さらに困ったことに。
商店街活性化の現場では、「まず敵を知り・おのれを知ろう」、その作業が優先する、といった正論が採用される可能性が極めて低いということがあります。
後先考えるよりも何でもいいから「活性化」と冠の付いた事業に取り組んでいたい、という人たちが主導権を握っていたりすると大変。

 という状況は、全国の商店街、ごくごくありふれた情景でありまして、ホンキで活性化を実現したい、実現しなければならないという立場にある人が真っ先に取り組まなければならないのは、こういう「自力思考」とはほど遠いビヘイビアをなんとかして現場から駆逐すること。

 この取り組みに妥協は許されないのですが、心優しい皆さんは“敵を知らず、おのれを知らず”に繰り返される言動を放置したまま、不平不満をつぶやくだけ・・・。

 現下、商店街活性化への道を阻んでいる「敵」は誰か?
ということで、取り組みの展開を実現するには敵の正体を知り、これを打倒しなければなりません。
そのためにはまず、「おのれを知る」ことが大切、臆病風やら世間体などに惑わされていてはゼッタイに成就できないのが今どきの商店街活性化です。

 それとも、“波風立てず、仲良くしていればそのうちなんとかなるのが商店街活性化”ですか?

 まずは。
商店街に対する住民・消費者の評価が既存の「消費者アンケート」などには記載されているはず、
○もっとまじめに商売をして とか
○魅力のある品揃えを など。

“おのれを知る”第一歩として、あらためて熟読玩味されることをお奨めします。

商人塾の業績レポート

 宝石店といえば、このご時世、商店街のなかでも極めつけの「構造不況業種」だと思っている人が多いと思いますが、どっこい、商人塾参加のお店に限り、そんなことはぜんぜんありません。

これまでにないビジネスモデルを確立した人、既存の業容を着実に改革しつつある人、いずれも従来とは比べものにならない業績を挙げています。
後から聞くと「コロンブスの卵」的なことなのですが、実現までには相当の葛藤があったことでしょう。
転換期には、転換期に対応した店づくりに取り組んでいるお店にお客が集中します。


 今日は思い立ちまして、鳥栖のプレミアム・アウトレットモールを見てきました。不況などどこ吹く風、炎天下のオープンモールの全体がショッピングを楽しむ老若男女であふれていました。
この時期、ホントにショッピングを堪能したかったら、アウトレットモールに行くしか無いのかも知れません。

 そうしますと。
アウトレットの店揃え・品揃えがぴんとこない人はどこへいけばよいのか?
日本全国、行くところがありませんね。
後は、立地不問、お目当ての店へ往還するだけ、ウインドショッピングやら回遊やらの楽しみは味わえません。

 銀座以下ほとんど全部、アウトレットモールを除けば、
ショッピング=買い物・下見・冷やかしが出来るモール=商店街は絶滅状態、というのが日本列島のショッピング事情です。
 売る側の取り組みがこういうことでは、“ものが売れないのは当たり前”ではないでしょうか。

 不況だから、とか、人通りが少ないから、とか売れない理由をシャッターの外側に求める人が多いと、その分、シャッターの内側で仮説~試行に取り組んでいるお店のお客さんが増えます。
“不況・人通りが少ない”とお悩みのお店からどんどん移って来ますからね。

通行量の増大と業種揃えの最適化と

 どうも国の商業振興施策は混乱しているのではないか。

 ご承知のとおり、このところ、通行量増大にかかる施策が強力に推進されています。

 新設の地域商店街活性化法(以下「新法」)において、「商店街活性化事業」は、
“商店街振興組合等が(・・・)住民の生活に関する需要に応じて行う商品の販売又は役務の提供、行事の実施等の事業であって、これらの事業を行うことにより当該商店街への来訪者の増加を通じて、(・・・)中小商業者又は中小サービス業者の事業機会の増大を図るものをいう。”(法第二条2)
と定義されており、すなわち、
①商店街振興組合等が取り組む、商品の販売・役務の提供・行事の実施等のうち、
②当該商店街の来訪者の増加を通じて事業機会の増大を図るもの
が、商店街活性化事業とされています。

 新「法」における商店街活性化事業とは、
①当該商店街への来訪者の増加を実現することで
②通行量の増加を実現することで
③事業機会を増大するための事業
ということですから、明らかに、「通行量増大」系の施策体系だということになります。
施策には人材育成や個店の指導など新しい試みもありますが、厳密に考えるとこれらの事業も
①来訪者を造花を実現するための
②商品の販売・役務の提供・行事の実施に係わる
③人材の育成、個店の指導
に限定されることになりかねません。

 特に、「店前通行量の増大」こそが商店街活性化への道だと妄信しているリーダーがいる商店街の場合、「通行量増大」に関わる事業支援の拡充は、“われわれの路線の正しさが国に認められた”などと、従来的・成果の挙がらない方向への取り組みがさらに強化されることになりかねません。
 肝心の「来訪者の増加」を「事業機会」にするために不可欠の「個店のショッピングの場としての充実」については相変わらず手つかずのまま・・・・。

 
 他方、中活法のスキームはよく読んでみますと異なる方針に基づいています。

 ご承知のとおり『中心市街地の活性化を図るための基本的な方針』においては、“中小商業者の競争力の根幹”としての“業種揃え・店揃えの最適化”が強調されています。
さらに“これまでの活性化の取り組みが成果を挙げられなかった理由”としては“もっぱら整備改善などの「周辺事業」に”ととまったから、と総括されています。

 この総括を踏まえれば新しい取り組みは、
①競争力の根幹である「業種揃え・店揃えの最適化」を実現する事業に集中する。
②特にその中核を担う既存中小商業者・サービス業者の「転換努力」を強力に支援する
ということにならなければならない。
これはゼッタイに外してはいけない・今どきの商店街活性化を成功させる・基本中の基本です。

 いくら人通りが多くても、「業種揃え・店揃えの最適化」に取り組んでいなければ、
①ショッピング機能を充実した個店が軒を連ね
②ショッピング客が多く来訪、行き交っている
という「活性化した商店街」を実現することは出来ません。
肝心の「来街目的」である「ショッピング機会」が提供されていないのですから。

 商業者の事業機会とは、地域住民のための「ショッピングの場」を作り提供すること以外にありませんからね。

 ということですが、取り組みの現場は、中活法の施行と同時期に装いも新た(?)に登場した、「通行量原理主義・商業はまちの花」という妄説に振り回され、「来訪者の増加を図る事業」一辺倒になっていることは見られるとおり、当ブログでことあるごとに指摘しているとおりです。

 新法の「商店街活性化事業」の定義:“来訪者の増大を図るため組合などが取り組む事業”という条件が付きますと

①「商品の販売」とは、「空店舗を利用した農産物の販売」などの集客事業が想定されているのか?

②「役務の提供」とは、各地で試行された「商品の配達」や「訪問販売」のことか。

③「行事の実施」とは集客イベントのことだ

ということになるのではないか?

 ということで、新法は「中小商業者の競争力の根幹」であるはずの「業種揃え・品揃えの最適化(実現するには既存個店の業容革新・繁盛再生が不可欠)」への努力の集中という中心課題については一言も触れずに、(これに比べれば)周辺事業の一つでしかない「来訪者の増加を図る事業」に努力を集中しようということではないか?
ということが懸念されるのであります。

①アクセル&ブレーキといい
②所有と利用の分離といい
③来訪者の増加を図る事業といい
各地から寄せられる「成功事例」の情報を丸ごと呑みこみ、一般化する、という傾向があるのではないか。
ということも懸念されたりします。
 喧伝される各地の「成功事例」、もちろん、“競争力の根幹である業種揃え・店揃えの最適化”の取り組みとは一切無縁の取り組みですから、競争力の最適化とか繁盛店の続出という結果が伴う「成功」ではないことは見に行くまでもなく明らかでしょう。

 ご承知のとおり、商店街立地の個々のお店の実状は、これまでの取り組みの経験からすると、実効性が乏しいことが明らかな“来訪者の増加を図る”ための事業にその命運を託すわけにはいきませんから、知恵を出し、工夫を凝らして、なんとか“業種揃え・店揃えの最適化”の実現=各個店の業容改革の取り組みの方向へと「我田引水」していきましょう。

 併せて。
「中小業業者の競争力の根幹である業種揃え・店揃えの最適化」を中小商業者の自助努力・相互扶助の取り組みとして実現していく方法をどんどん普及させていくことが必要であり、
商人塾に参加している皆さん、
われわれの任務は重かつ大ですからね。

 道草を食っている暇はありません。 

ベルビア 長野県茅野市の商業施設

 昨日、三度目の訪問でした。
韮崎商人塾の塾生のお店への臨店指導です。
朝9時前にホテルに迎えに来てもらい、車で移動。
1時間弱の行程は、塾の内容その他あれこれと論議、これはお互いに基調でした。

 ベルビアは、もと甲府市の岡島百貨店でしたが、撤退の後を茅野市が承継、現在、地権者、テナント、行政機能が入っている「雑居施設」になっていますが、商業機能の一体性が追求されておらず、せっかくの規模が活かされておりません。
 
 類似事情で同様の状況になっている商業施設は各地にあります。
それこそ“業種揃え・店揃えの最適化”へのチャレンジが緊急の課題です。中心市街地全体=商業集積群を一個の広域型商業集積ととらえ、中心市街地活性化推進を牽引する事業として取り組まなければならないのですが、課題を認識している都市は少ないでしょうね。

 ベルビア所属の塾生のお店はいわゆる「総合衣料」ですが、目下、スタッフとともに‘あるべき総合衣料’を探求中です。 スタッフとの息も合っていますのでこれからが楽しみです。
売場も徐々に変わり始めました。目標は「大台」です。


 帰路は、甲府で途中下車して交流会の打ち合わせと一期生のお店をいくつか見ました。
商人塾は、「三年間の継続取り組み」を推奨しています。
一年次は、「仮説~試行」法の修得、二年次には転換の「目標」の設定、転換実践、三年次は計画経営の実践です。

 一年次を終了して約半年、「目標設定」というテーマが自覚されています。“細切れ改善”は、改善であると同時に本格的な業容改革の準備期間でした。
3時間×12回の勉強の内容が真価を発揮するのは2年次の実践において、です。
韮崎市商人塾は、目下実施中のところでは二年次のカリキュラム一番乗りかも知れません。

「テナント退出」という経営課題

 まさか、所有と利用の分離さえ出来れば、商店街活性化は大きく前進する、と考えている関係者はいないと思いますが(笑、
万一のために、若干問題提起をしておきます。

 その前にまず、こちらをどうぞ。

『テナント退店・倒産問題対応セミナー』
開催するのは(社)日本ショッピングセンター教会です。

引用スタート********************

参加のおすすめ
テナント退店問題は、SC運営管理において避けて通れない重要課題です。テナントからの中途解約やデベロッパーが退店を促す場合、契約満了による退店等において、その都度、法的問題や金銭問題が発生してきます。また、テナントの突然の倒産への対応もあらかじめわきまえておきたい問題です

本セミナーでは、SC経営の根幹に関るテナントの退店問題や倒産問題に焦点を絞り、実務面、法律面から対応策を検討し、スムーズかつ適正なSC運営管理の一助にして頂きたく企画致しました。是非とも、この機会に本セミナーの受講をおすすめ申し上げます。

引用エンド**********************

 いよいよ、経営不振によるテナント退出問題が、SC運営上の大問題となって来ました。
もちろん、この対策セミナーは退出・倒産が出たら、という対症処理でありまして、ほんとうの課題は「退出テナントを出さない」ということですね。

 「不動産の所有と利用の分離」をビジネスモデルの基礎にしているSCが直面している課題は、中心市街地において「所有と利用の分離」を活性化への道と考えている皆さん(上述のとおり、いると仮定して)にとってけして他人事ではありません。
そのまんま、皆さんの上にど~んと落ちて来る問題です。

 それにしても。
確かにこういうセミナーの必要性はあるのですが、それよりも大事なことは、「退出テナントを出さない」ということです。

 退出テナントの処理が終わって「やれやれ」と一息ついたのもつかの間、日をおかずに次の退店申し入れが来る、というのはけしてあり得ないことではありません。

 さらに。ほんとうに恐ろしいことはその後に続いて起こります。

リーシングはOKだろうか、ということです。

 退出テナントが一件落着すれば、次はというか平行して空きスペースに招聘するテナントを探さなければならない。
テナントリーシングですね。これが難問です。

 昔は、業績不振に陥ったテナントはとっとと退出してもらいました。空きを待っている予備軍は引く手あまた、選り取り見取り。
よそのSCで業績を挙げている企業を招聘することが「テナントミックス」だったのです。テナントミックス=テナントリーシング。

 むかしは良かった。
もはや、こんなことが出来るのはごくごく限られたところだけ。多くのSCでは退出された空きスペースに入ってもらうテナントが見つからず、ずうっと空いたまま。
仕方がないので、ベニヤで囲ってその上に絵を描いたりしています。
商店街のシャッターペイント事業まんまですね。

 当サイトでは空店舗問題とは、空店舗が出ることではなく、空き店舗が埋まらないことだといい続けてきましたが、商店街に遅れることわずか数年、SCでもまったく同じことが起きるようになったわけです。
空洞化は空店舗が出るからではなく、空店舗が埋まらないから、起きることであり、したがって空店舗対策のスタートは“これ以上空店舗になる店を増やさない”ということなのですが、まだ理解できないか(笑

 さて、紹介したセミナーでは「倒産」もテーマになってします。
チェーン店の場合、当SCの店舗だけが成績が良くても、他がダメならアウトです。極端な場合、当SCの稼ぎ頭=デスティネーションの有力な要素である店も、企業トータルが不振~倒産でやむなく退出、ということは十分あり得るわけで、そうすると大事なテナントミックスにぽっかりと穴が空く。
チェーン企業倒産~退出は、多くのSCに共通しますから、後釜に据えるテナントの争奪戦も熾烈になる・・・。

 というわけで、これは従来全国チェーンの出店に依存してきた政令都市や県庁所在都市級の中心商店街にも共通するところです。
これからも退店が相次ぎますが、残念ながら後継テナントのリーシングは無理です。
空店舗が埋まらないのは家賃が高いから、といったレベルの話ではとうの昔になくなっているのです。

韮崎市商人塾

 韮崎商工会商人塾。
昨20日第九講は、塾参加者、行政、商工会、商店街のみなさんを対象に標記のタイトルでの公開講座でした。

 これまでの商店街活性化の歴史、中心市街地活性化という上位事業における商店街活性化の位置、施策体系における商業者の自助努力の役割、取り組みの方向と方法をどう構想するか、ということはきわめて重要な課題です。
同様の公開講座は、先日鹿児島県与論町において町長さんを始め関係各方面の幹部のみなさんが一堂に会して取り組まれたところです。

 大転換期における都市経営の戦略的課題としての位置づけに基づき、都市の経営資源を集中して取り組む中心市街地・商店街活性化の実現に向けた取り組み、商人塾の実践をスタートさせている都市だけが展望を持って語ることができます。一期生のみなさんは、この取り組みの文字通り中核を担うグループとして活性化の実現を担保する存在として公私の活躍が期待されます。

 きょうは、繁盛店づくりの具体的な方向と方法について、「構想」をデッサンする作業に取り組みました。
目標をデッサンすることで、はじめて基礎体力の現状を客観的に把握し、かつ、目標実現へ取り組むべき具体的な課題がはっきりします。
課題がはっきりすれば、現有基礎体力の評価が具体的に変わります。「構想策定」今回初めての試み、いろいろと収穫がありました。
 次回はいよいよ最終回、構想の発表と修了式です。

 その前に甲府市第一期商人のみなさんとの交流会が企画されています。
 来月、甲府商人塾と韮崎商人塾の交流がスタートすることは、既にお知らせしたとおり、お互いの切磋琢磨が大いに期待されます。
両商人塾は所在が近いため、何の問題も無く実施されることになりましたが、他の塾は互いにはなれているため、直ちに交流とは行かないようです。
そこで、にもかかわらず先輩の試行に学びたいと希望する人がありますので、個人レベルでの交流をスタートすることになりました。
個人的に同業種の先輩などの店舗を訪問、交流を希望する人に適切な相手を紹介するものです。

 商人塾参加者の特徴は、自分が築いたノウハウを惜しげもなく仲間に伝授すること。これからは広域での交流でいっそう【繁盛伝播】が強まることでしょう。
やがて、全国的規模での交流会をやるんだと張り切っている人もいます。

メモ 商業者の自己認識について

 敵を知り己を知れば百戦して危うからず、だそうですが、活性化を喫緊の課題としている商店街立地の商業者の皆さんの自己評価はどうなっているでしょうか。

1.郊外型商業をはじめ競合の状況について
2.自分の店舗、商店街についての自己評価
はちゃんと出来ているでしょうか。

 活性化の計画には事業が目白押しですが、きちんと彼我の商売、業容の評価をした上での施策企画になっているのでしょうか。

 彼我の商売、シャッターの内側はどうであれ、「住む人、来る人さえ増えれば商店街は活性化する」というような寝言とはきっぱり縁を切り、彼我の状況をきっちり見据えたうえでの施策展開でないと時間とお金の無駄使いに終わります。

 消費者アンケートなどではよく、「商店街の商業者は不真面目だ、努力が足りない」などと批判されたりしますが、これはもちろん、お店を見ての感想ですね。お店の様子を見ればとても「真面目に商売に取り組んでいるとは思えない」と評価されているわけですが、こういう評価に対して「イベントなど真面目にやっている」と目くじらを立てても何の足しにもなりません。
消費者が指摘しているのは、「お店が買い物行き先として魅力が無い、もっと工夫すべきではないか」ということですからね。

 活性化事業を企画するにあたっては、あれこれ企画する前に、自分達の力量(お店の様子にあらわれているはず)を的確に把握しておくことが大事ですが、ちゃんと把握されているでしょうか。
計画には殆ど書かれていないようですが、自己認識や商店街の実状など関係ない、通行量さえ増えればすべては解決する、と信じていれば当面はそれでOKかも知れません。
やがて、イヤでも気づかされるときがくると、時既に遅し、かも知れません。

点から線~面への展開

 当社が提唱する中心市街地・商店街活性化への道は ―既に耳にタコ状態かと思いますが― 次のとおりです。

1.当該中心市街地所在の商業集積が、広域において一体的に担う(分担する)商業機能を定義して、

2.有志による業容の転換(方向は1の定義による)にチャレンジ、成功することで方向と方法の可能性を実証する

3.逐次業容転換の取り組みを拡大していく

4.3と平行して空地空店舗の活用に取り組む

5.基本計画等に計画されている事業については適時・適切に取り組んでいく

 というように進んでいきます。
無理なく進められる方法ですね。

 一方、国はこれまでの商店街活性化が所期の成果を挙げられなかった原因として、
1.取り組みが「点や線」に止まり、面的な展開になっていなかったこと
2.もっぱら、市街地の整備など「周辺事業」に重点がおかれ、中小小売商業の競争力の根幹である「業種揃え・店ぞろえの最適化」への取り組みが不十分であったこと
 を指摘しています。(参照「基本的な方針」P11)

 点や線の取り組みに止まらず、面的な取り組みとして展開しなければならない、というのが中活法の基本的な構えです。

 つまり、
1.中心市街地所在の中小小売商業、商業集積の活性化を実現するには、「業種揃え・店揃えの最適化」が必須課題である。

2.1を推進するためには、これまでのような点(再開発)や銭(商店街単位)単位の取り組みに終始するのではなく、当該中心市街地所在の商業機能全体(面)を対象に、[業種揃え・店揃えの最適化]に取り組まなければならない。

 これが、中活法のスキームの骨幹です。
これを無視すると、従来的点や線レベルの取り組み、周辺事業を面に拡大するだけに終わります。

 さて、最重要課題である「業種揃え・店揃え」ですが、どう取り組んでいくべきか?
面の取り組みだからといって、いきなり面的範囲にブルドーザーを投入、更地にしてからテナントリーシングというのは、中小商業者の活性化ではなく、土地の有効活用という事業ですが、これは失敗が約束されていますから、採用できません。

 「業種揃え・店揃えの最適化」の推進、現実的なのは冒頭に書いた、有志のチャレンジからスタートする、点から線・面への展開という方法です。
当社流商人塾に端を発する取り組みこそが国が提唱する、
1.中小小売業お競争力の根幹である「業種揃え・店揃えの最適化」の
2.点や線ではなく面的な展開
という「活性化への道」を実践しようとする、これまでのところ、本邦唯一の手法だということをあらためて確認しておきたいと思います。

 さらにつけ加えておきますと、
空地空店舗の活用をテナントミックス事業と考えている人がいますが、間違いではありませんがそれだけでは不十分です。
上述のとおり、テナントミックス=業種揃え・店揃えの最適化は、中心市街地商業街区・商業集積全体で実現しないと、広域商圏における存在意義・デスティネーションを発揮することは出来ません。

 空地空店舗の活用は重要な課題ですが、順位としては既存小売業有志による「業容転換」へのチャレンジが優先しt取り組まれなければならない。
空地空店舗は相手あっての話ですが、既存個店の活性化は一刻を争う緊急課題であることを踏まえ、最優先で取り組まなければならない。

 ちなみに、個店レベルの繁盛店づくり・業容転換は、全体の「業種揃え・店揃えの最適化」の試行、チャレンジとして取り組まないと、相乗効果を発揮することが出来ません。

 というように、ホンキで中心市街地・商店街の活性化を実現したかったら、あらためて「活性化の方向と方法」を決定し、点から線・面へと取り組みを展開していくことが不可欠、「商人塾」という画期的な手法を駆使してその実践を支援するのが、クオールエイドのお仕事です。

 活性化への取り組み、点か・面かではなく、点から線・面へ、という取り組みであることをあらためて確認しました。
この際、国の「中心市街地の活性化を図るための基本的な方針」などを熟読、当社が提唱する方向と方法が、国のスキームの真ん真ん中・王道を歩むものであることを確認してください。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/chukatu/kettei/060908kihon.pdf#search='中心市街地の活性化を図るための基本的な方針'
この基本的な方針と「人出増大路線」の関係や如何に?

“点や線の取り組みに止まらず、面的な展開を”という国の逓減は、「業種揃え・店揃えの最適化」を面的規模で実現すること、中心市街地全体を一つのショッピングモールと見立てて「業種揃え・店揃えの最適化」に取り組んでいくことの提唱ですね。

 業種揃え・店揃えの最適化は、結局のところ、中心市街地に立地する店舗個々の業容転換の取り組みによって担われる以外に実現することは出来ません。
したがって、「テナントミックスの面的展開」は、点から線・線から面への波及と形で実現されていく、当社流活性化の方向と方法そのものだということになります。

さらに詳しく添加したいと思います。
興味のある人は、【都市経営・入門編】に。

個店収益の改善は緊急課題

 商人塾の後半以降、業績好転への期待が見込まれるようになるとこれまでの営業の様子などが話題に上がります。
売り上げの逓減で「五重の艱難」に打ちひしがれる可能性もなきにしもあらず、というところで商人塾に参加、自助努力で打開する展望を切り開いた、ということですね。
“展望のないところでは悩みなどうち明けられない”ということは知っておいた方がよいと思います。

 ひるがえって、商店街で従来どおりの営業を続けている人たちについて考えてみますと、
①業績の長期低落は改善どころかさらに加速している
②体力の衰微を補う手段は無い
という情況にある店も少なくないと思われます。

さらに。
③活性化への道・反転向上の機会についての情報は皆無
ということも明らかです。
何しろ商店街では「個店の業績話」はタブーになっていますから。
そもそも商店街のおつきあいは、イベントや共同事業のおつきあいに止まっており、各個店の業績その他についての悩みなどをお互いに相談しあう、というようなものでは無いのが通常です。

 このあたり、外部からは見えにくいことですが、“コミュニティ活動を重視する”などといっているリーダーさんの足元の商業者は“五重の艱難”を背負いつつ、孤立を余儀なくされています。

 この情況をどう突破していくか。
リーダーさんの任務はここに尽きるわけですが、「順送り」でたまたま席に座っているだけかも知れない人が、未曾有の課題を引き受けてその責を全うできるかどうか、予断を許しません。

 個店~商店街がこういう実状にあるとするなら、早急に取り組まなければならない課題は明らかです。

 「商店街立地の個店はこうすることで活性化できる」
という方向と方法を提案し、有志を募って実践、成果を挙げて取り組みを拡大していくことです。

 取り組みのテーマは、
「個店の業績(客数・売り上げ)の即時改善」

目下、【目指せ!繁盛店】で
『個店不沈の法・新世紀バージョン』として提案しています。
 ただし、ご注意。
“こうすれば出来る”のですが、いいことを聞いた、と我流で取り組んで成功するかどうかは分かりません。
自信が持てない人は「商人塾」開催へ。


 なお。
最近、当社流の理論を自分のオリジナルであるかのように吹聴している向きがあります。
当社流・活性化への道、あちこちで紹介すると感心される、一度やったら止められない、一々人から聞いた話と断るのは何となくイヤ、ということで時々自分で「先生」になる人が出て来るのです。

 ご承知のとおり、当社流を実行して成果を挙げるにはtakeoと同等以上の力量を持っていることが前提になります。
これを無視して取り組むと、こんなはずじゃ無かった、と予期しない結果を招かないとも限りません。
「takeoの力量」とはどの程度のものか? ということはtakeoをはじめ誰にも分かりませんので、なりすましで成果を挙げるのは無理ではないでしょうか。
今さら言うまでもないことですが、念のため。

 以上のようなことが分からない人が“なりすまし”に挑戦するのだと考えられます。

時間堪能

Date: 2009-08-17 (Mon)

 ご承知のとおり、「時間堪能」はtakeoの造語ですが、思いついたのは20世紀末(笑
2004年の当サイトの記事、埃を払って紹介します。
言っていることは今とたいして変わりません。

引用スタート*****************

『品定め・店定め 』

投稿時間:2004/01/02(Fri) 12:48
タイトル:品定め・店定め

 今年、クオールエイドのテーマは「遊びやせんとて生まれけむ」(良寛和尚)です。このテーマのもと何をやるかは決めていませんが、これをテーマに1年間をコンセプチュアライジングする(W

「時間堪能」とは私の造語ですが、このコトバを使えば商店街は「時間堪能型空間」です。
ショッピングは、お客が自分の「堪能的生活局面」を演出・堪能するための材料を吟味・調達するプロセスです。この吟味・品定めのプロセスがまたお客にとって十分堪能できることが買い物行き先としての十分条件、ショッピングと実際の演出・堪能とダブルで堪能できることがデスティネーションを強化します。

さらに、モールへ出掛けることには他にも堪能要因があります。
第一は、ウインドショッピング。
なじみではないお店のウインドを眺め、ディスプレイを通して店内・店づくりを想像する・確かめる値打ちがありそうだということになったら「お試し入店」。これを「店定め」と呼ぶことにしましょう。品定めの前に店定めがある、ということになります。

第二に、「無名性」の堪能。
自分らしく演出しながら、知らない人ばかりの通りを闊歩する。
「あるべき自分」になりすまし、他人に見てもらう、見せびらかす・・・。
個性の多くは他者との差異だとすれば、個性の演出とは「無名性」の上でこそ十全に表現できることかも知れません。

 行きつけのお店で、自分の好みを十分理解しているスタッフの接客・アドバイスを堪能する。通りに出たら「無名の個性」が行き交う中で自分もその一人となって「見たり・見られたり」を堪能する。

 この二つがモールの楽しみ。
商店街が生き残りたかったら是が非でも実現しなければならないショッピング環境です。


投稿時間:2004/01/02(Fri) 12:49
タイトル:ライフスタイルと個性化

 当サイトが「差別化」というコトバを一切使用していないことは、すでにご承知のとおりです。漫然と使っているのは省思考派。
「差別」、似たようなコトバに「差異」があります。差異は「違っていること」を意味しますが、違っていること自体に対象の評価は含まれていません。他方「差別」は、ある基準(特に価値感)に照らして選別し、取り扱いを変える、というニュアンスを含んでいます。

 さて、標題について。
何ごとによらず、我々が自分の場所を測定するには、他者との位置関係をもとに考えることが多いのは日頃感じられるところです。
学校教育以来教え込まれてきた「個性的であれ」という基準も「♪人のやれないことをやれ」というように、他人・あるいはそのグループを基準にすることが多い。
 つまり他人を基準に自分の位置を決める、個性的であれ、ということは「人と違うことを目指せ」ということだったりする。これも変な話で、人と同じことをやっていて何の違和感もない人に「個性的であれ、あなたという個性は世界に一人しかいない、人と違う自分を目指せ」と叱咤してもですねぇ。

 他人あるいはグループに距離を置くことは、よほど突飛なことをやる場合を除き、別のグループに親近することになる可能性が高い。


投稿時間:2004/01/02(Fri) 12:50
タイトル:市場細分化

> 他人あるいはグループに距離を置くことは、よほど突飛なことをやる場合を除き、他のグループに親近することになる可能性が高い。

 グループのそもそもの始まりは、誰かが発案・実践する、というところから始まります。流行理論で言うイノベーターですね。
イノベーターの意図は別として客観的に見れば、「これまでとは違う」ところを目指している行動するわけです。これが「この指とまれ」になるのはビジネスの世界、イノベーターの目的はこれだ、とひとくくりには出来ません。

 イノベーターの行動が「私好みだわ」ということになると、この人に追随する人が現れる。早めにくっつく人を初期受容者(early adoputor) と呼ぶことはご承知の方もたくさんあると思います。
追随は「受容」と言われるように、追随する人たちの自律的な判断もあって行われる、ということに留意しておきましょう。

 流行理論ではこの後、どんどんすそ野が広くなり最後には「晩期追随者」、「賢者が従う愚者の好み」というように市場全体を席巻する、というところまで展開されていますが、これはもの不足~普及~差別化という百貨店主導時代の理論でありまして、ラグジュアリィ=面々の繰り合いが基調となる時代には通用いたしません。

 市場細分化というのは「後知恵」でありまして、もの不足=お金不足・情報不足時代にはお金を持っている順に入手していた「流行品」、社会的属性によって入手時期・経路が推測できましたから、適当な社会的属性などを基準にした市場細分化が可能でした。

 このような条件が無に帰したのがポストバブル・ラグジュアリィ・時間堪能型社会の一大特徴です。
皆さんは「市場細分化」などという発想は絶対なさらぬよう。
新しいビジネス発想は、細分化ではなく提案型新市場開拓=「この指とまれ」であるべきです。

 「指に何人とまってくれるか=シェアが何%とれるか」という発想は市場細分化。
「当社が損即するために必要な粗利を確保し続けるために必要なお客をどう開拓していくか」と発想するのが「この指止まれ」=新市場開拓です。「客層ではなく客相発想」というアプローチはこういった経営戦略レベルまで包含した考えないと「付け焼き刃」になります。

※付け焼き刃について。
手元の『新明解国語辞典』には:元来力のない者が、その場をうまくごまかすために、いかにもあるように見せかけたり、にわか仕込みの勉強で急場をしのごうとする・こと(ための態度、勉強)
とあります。

 私的にはこの説明はちょっと不満。このような急場しのぎにそれと知りつつ、「緊急避難」的に対処するのはまだOKです。
問題は付け焼き刃ではそのうち「ポロり」と本体から刃の部分が剥がれ落ちて元のなまくらが現れる=せっかくの付け焼き刃が役に立たない=ものごとの失敗のもと、ということに気付かずに、付け焼き刃=本当の刀として通用する、と信じている人・態度。

 基本的にこれまでの商業理論が脳髄の中にしっかりしみこんでいる人が、その状態を放置したままで、「ラグジュアリィ」などと口走っても「付け焼き刃だ」ということになります。


投稿時間:2004/01/09(Fri) 20:07
投稿者名:まきやん
タイトル:考え方として・・・

 差別化の話、大変興味深く読みました。
差別とは何か比較する基準があっての差別、という事ですね。
そうではなく比べずに自分の好みを有り余る情報、店の
あっちこっちから引っ張ってきて私だけのライフスタイルを楽しむと解釈していいのでしょうか。
確かにバブルでもない昨今はかける所にはかける、
といったカネの使い方が主流ですもんね。

 また、市場細分化についてですがこの指とまれがトップダウン型、止まる人から突き詰めるのが市場細分化、いわゆるボトムアップですかね?

 ではその両理論ももはや使えないと・・・
なるほどぉ(笑)これは勉強になる考え方ですね。
もし違ってたら訂正お願いします(爆笑)


投稿時間:2004/01/10(Sat) 10:45
タイトル:「この指止まれ」を推奨

> 差別化の話、大変興味深く読みました。
> 差別とは何か比較する基準があっての差別、という事ですね。

 たいていは同業他社ということになります。
その弊害はあらためて確認します。

> そうではなく比べずに自分の好みを有り余る情報、店の
> あっちこっちから引っ張ってきて私だけのライフスタイルを楽しむと
> 解釈していいのでしょうか。
> 確かにバブルでもない昨今はかける所にはかける、
> といったカネの使い方が主流ですもんね。

 現状はそのとおりですが、あまり動き回らずにライフスタイルが楽しめる条件を整えて提供することが小売業の新しい事業機会です。
「お金を使わずにはおれない」条件作り。


> また、市場細分化についてですがこの指とまれがトップダウン型、
> 止まる人から突き詰めるのが市場細分化、いわゆるボトムアップですかね?

 前回、書き方がちょっとおかしかったですね。(原文、訂正します)
「細分化」は、全体のパイ(レディースファッション)から、客層や業界用語で切り取る、というアプローチ。全体のキャパが最初にあり、そこからどれだけ取るか、いわゆる「シェア」話になります。
「地域にない店・商品を」という差別化路線にも密接につながっています。

 「この指止まれ」は、「こういうことが好きな人がいるはずだ」という「思いこみ」からスタート。
もちろん、「思いこみ」自体も思いつきから店づくりの決意という段階でしっかり吟味することが必要です。この思いつきで「将来にわたって必要粗利が確保できるかどうか」?
「この指止まれ」は客相モデル一人からスタート、どんどん拡大していく「市場拡大戦略」です。

 品揃えは、客相基準、自店がアフォーダンスを提供することを目指す客相にピッタリの商品であることが基準ですから、単品レベルで他に扱っているお店があるかどうかは一切不問ということになります。

 「この指止まれ」理論については、【Web商人塾】でアップしたまま講義をさぼっている『インディビジュアル・マーケティング』を参照してください。

引用エンド************************

 当時と今、違うのは時間堪能への転換の追い風となる要因がどんどん増えていることです。

勉 強 会

 takeoにとって実際に経験するまでは想定外のことでしたが、商人塾については、
①勉強が必要だ と聞くと、
②それもそうだということで、
③これまでの付き合いなどから
④適当に講師を見繕って開催する
というパターンがあります。
開催することにした、とメールで連絡が来たときはビックリでした。
その後どうなっていることやら・・・。

 勉強会は開催するのが目的ではなく、終わってからがほんとうの勝負、講師が帰った後、受講した人たちの商売がどう変わっていくか、ということが唯一の目的達成への道、受講者の立ち居振る舞いが変化しないような勉強会ではものの役に立ちません。

 というように考えますと、これまで関係各方面が開催してきた講習会のほとんどがはっきりした目的もなく、したがって講師選定の基準もなく、もっぱら“開催すること自体が目的、開催そのものに意義がある”というわけで、如何に安易に取り組まれてきたことか、振り返って見れば忸怩たるものがあるのではないでしょうか。
 と思うのですが、ことここに至っても相変わらず、いかにもお手軽な勉強会がまかり通っているというのは脱力ものですね。

 この時期、下向スパイラルに陥っているお店の業績を反転向上させるには、当社が提唱する繁盛店づくりの原則、 
①コンセプト、計画は作らない
②お金は掛けない
③出来ることから、細切れ、少しずつ
④仮説~試行、間違ったらやり直す
・・・・・・・
というアプローチは絶対条件です。ついでにつけ加えておきますと、
⑤試行期間を通じて売り上げが落ちそうなことには手を出さない
ということも重要な原則。

 原則の一つ一つが、現状ありのままのお店が繁盛にたどり着くための取り組みがキッチリ守らないと目的を達成することができない、文字通りの「原則」ですから、勉強会の企画、講師の選定にあたっては、この点、くれぐれもぬかりの無いように。

 最近の事例では、“商人塾、一期目は非常に成果が挙がったので、二期は視点を変えて別の勉強をしてみよう”というスポンサー側の意向が、参加予定者の要望を無視して貫徹され、カリキュラムは一期と同じだが、内容的には似ても似つかぬものになったとか。
唖然、茫然、これで“点から線・面への展開」という商店街活性化の戦略は、一年間きれいに棒に振ってしまったわけですが、スポンサーの問題意識は所詮この程度のこともある、ということでくれぐれも要注意、という事例です。
一年経ったらもとの路線に復帰できる、とも限りませんし。

 ついでに紹介しておきますと。
基本計画に当社流商人塾開催の必要性を記述し、商人塾の開催を計画の「目玉」にしている都市もあったりします。
“そっくりですね”といったら、“偶然です”(笑。

 問題意識は結構ですが、要はその内容ですからね。
商人塾という冠をつけた事業に取り組めば活性化が進む、ということはありません。こんなこと、一々やってみないと分からないようでは、今どき、中心市街地・書台木活性化の担当者としては適性無し。

 商人塾に限らず、勉強会は中味が大事、その成果は勉強会が修了して受講者の商売に現れる、というのがほんとうですからね。商人塾は知識を配給するわけではありません。
こう言うことは、イロハのイですから、いうまでもないことと思っていましたが、イロハのイが分からないまま、仕事をしている人は少なくないのかも知れません。

 商店街活性化に関する勉強会、主催側は企画・講師の選定など、目的達成に不可欠の仕事について必要なスキルを十分持っているのか、と初歩的なことが懸念されます。
何しろ、これまでの勉強会といえば愚にもつかない一過性の「商業者の心構え」的な講演を年に一回開催するだけだったりしたわけですから。
そうそう、中には、法律や高度化事業の仕組みの説明を商店街活性化の勉強と勘違いしている人もいます。
“勉強?、これまで色々やってきたじゃん”だからこうする必要が無いのだとか。
いつになったら気が付くことやら。

 この時期、勉強会について足踏みする猶予はありません。手当たり次第に講師を呼んで「失敗しながら成長する」という方法は、勉強会の場合、採用ですることが出来ません。

だんだん受講者も減りますしね。

 ということで。
勉強会の開催はゼッタイに必要だが、成功させるには内容・講師の企画がキモ、世間の評判などに惑わされず、問題情況に最適の企画にしないと、やぶ蛇になります。
“忙しいときにこんな講習会を開催して”VS“せっかく勉強する機会と作ってやったのに”ということで相互不信が募ることになってしまいかねません。
講習会を開催しても人が集まらない、というのはそういうことの積み重ねの結果。

 必要な勉強会は、企画・主催者が自ら商業者を一人一人訪問、“ゼッタイ失望させないから参加してみて”と勧誘できるくらい自信が持てるものであること。
主催者がゼッタイ的な自信を持って勧誘出来ないような勉強会なら取り組まない方がましかも知れません。
第一、人が集まりません。

 たかが勉強会、されど勉強会。
どういう勉強会を開催するか、企画担当者の問題意識と眼力がためされることはいうまでもありません。
どういう勉強会に参加するか、参加者の問題意識と眼力が白日の下に晒されます。

『海軍反省会』

 戸高一成編 『証言録 海軍反省会』 PHP研究所

 “太平洋戦争期にあって、主に中佐から大佐であった中堅幹部士官による、日本海軍の対米開戦に至る経緯、及び海軍の制度、人事などに関する研究会の記録(同書 編者による端書き)”です。
研究会は、昭和五十五年に第一回が開催され、以来、記録されているところでは平成3年4月の第131回まで開催されているそうです。
NHKの番組は、研究会の全体を編集したものでしたが、本書は第1回~10回までの記録です。

 この反省会に先立って、開戦当時重要な位置にあった海軍幹部を集めて、昭和20年12月~翌年1月にかけて「大東亜戦争開戦前の国内情勢に関する座談会」と題する反省会が開催されています。

新名丈夫編『海軍戦争検討会議記録』毎日出版社
本書についての感想は過去記事にあります。
こちらは、開戦の責任をめぐって極東軍事裁判直前に催された「反省会」でありまして、記録は英訳されてGHQにも提出されたとか。動機が不純です。

 今回の『海軍反省会』には、そういう動機は無いようですね。
NHKの番組は反省会の全体を編集したものだったのに対して、本書は長期にわたる会議のうち最初の10回分の記録であり、まだ「佳境」とは言えません。
NHKスペシャルでの衝撃的な発言の数々は、もっと後の会議で行われたもののようです。続刊を期待します。

 感想を一言にすれば“軍人さんもお役人だったんだな”ということですね。お役人とは、“組織の外に組織に先行して掲げられている目的よりも、組織内部の目標、とりわけ自身の処遇と密接に関連する事項への関心が大きい人”のことです。
海軍省部の“省益あって国益無し”という総括が随所に指摘されていますが、省益追求は即自身の利害の追求だったかも知れません。

 もう一つ。
お役人さんたちは“開戦には反対だったが、あれ以上突っ張ると命が危なかった”という言い訳をよくします。はて、軍人とは国家の安泰に命を的にご奉公するのが本領では、ということも。

 人事面では、海軍承行令の問題。
海軍承行令とは年功序列制度のこと。
ハンモックナンバーという兵学校での席次重視と相まって人事の硬直を招いた。
結果、「予算獲得」や「ことなかれ」がはびこり、誰もが望まず、予期しなかった開戦へと雪崩を打った、ということだそうで、何だ、そんなことで開戦したのかよ。

 大東亜戦争は自存自衛の戦争だった、ということですが、昭和16年11月時点で、東条首相は陛下から“開戦の大義名分”を問われて「目下検討中でございます」と答えるレベル・・・・。 バスに乗り遅れまいととるものもとりあえず急いだのですが、肝心のバスが転落してしまいました。

 対米開戦の確信派は、陸軍参謀本部の中堅で何の責任も負いようがないポジションにいた、周知の二人組だけでした。
もちろん二人とも無事生還し、敗戦後もご活躍でしたね。

“もの余り・店あまり”時代の繁盛店づくり

 商店街立地の繁盛店づくり。
言わずと知れた、当社が提唱・推進する「商人塾」のテーマです。
もちろん、郊外型商業、とりわけショッピングモール全盛という現在直下の環境も織り込み済み。

 取り組みにおいて実現される繁盛店の具体的な要件は、
昨年同月対比:
①客数アップ
②売り上げアップ
③粗利率アップ
という三点セットの揃い踏みの達成です。
経営状況厳しい折から、これを塾修了から半年以内で実現することを追求する。
というか、まじめにやるべきことをやっていれば実現します。

 実際に現在進行形というか、一期目が修了した商人塾では、業種業態を問わず、商店街の規模や特性を問わず、どこの商店街にでもあるような小規模店で、このような実績が多数生まれています。
この成果はまだ発展途上でありまして、「繁盛店づくり」は未だ始まったばかりという段階でこういう成果が得られるのがわが商人塾の特徴です。

 これは、“もの余り・店あまり時代に繁盛店づくりに取り組めばこのような成果が得られるだろう”という当社的仮説どおりの成果が、塾に参加された皆さんの自力試行で実現した、ということでありまして、特にビックリすることではありません。
もちろん、この間、シャッターの外側での「人寄せ事業」などには一切取り組まれておらず、もちろん、店前通行量も目に見えるようには増えておりません。

 実際に取り組んでいない人には、ほとんど信じられないことでしょうが、
①お金を掛けず、
②計画を立てず、
③出来ることから細切れに取り組み、
④間違ったらやり直す
という平凡きわまりない取り組みがこのような成果を産み出すのがもの余り店あまり時代の繁盛店づくりの特徴です。

 三点セットの揃い踏みが実現すると、いよいよ本格的に「業容革新」へのチャレンジがスタート、ほんとうの成果が獲得されるのはまだこれからです。

 成果を挙げている皆さん、ニコニコしておりますが、もし、商人塾に参加していなかったら、参加しても「繁盛店づくり」の仮説~試行を実践しなかったら、今ごろはどうなっていたか?
考えれば身の毛がよだつ人もあることでしょう。

 この時期、きちんと実利を確保しつつ、さらに前進できる繁盛店づくり、というのは当社的商人塾以外にはあまり例がないと思いますが、あなたの商店街では未だ「その気」になりませんか?

 ☆ クオールエイド流商人塾のお誘い 

商店街活性化 取り組みの立て直し

中心市街地・商店街に立地する中小小売店は、その多くが業績不振に陥っており、その体力は衰退の一途を辿っています。表面上はしっかりしているように見えても、その内実は長年の蓄積を使い果たし、絶体絶命の境地へと追いつめられていくことになります。
ご承知のとおり、個店の景況に関する情報はまったく流通しません。商店街組織なども「運命共同体」とは名ばかり、実状は“個店のことは個店のこと”ですから、会議などでも「通行量」の話は出ても「売り上げ」の話は一切なし。ご法度です。
あれほど「詰め込み」が好きな人たちのお店がスカスカになっています。
仕入れに支障を来すに至っているわけです。
なんとか売り上げを作りたいが、どういう手を打てばよいのか分かりません。

 抜本的な対策に早急に取り組まなければ、これから空洞化が一挙に拡大します。

 他方、“個店のことは個店のこと”という暗黙のお約束のもとに取り組まれている商店街活性化の取り組みは、せっぱ詰まっている個店の事情はそっちのけで相も変わらず「通行量増大」追求一本やり。取り組みの根拠は、“人出が増えればまちは繁盛する”ということでしょうが、この間、同種の試みは全国全都市で取り組まれ、ことごとく繁盛には結びついていないことは周知のところ、にもかかわらず、「見ざる・言わざる・聞かざる」を決め込み、ひたすら「人出増大」を図るというのは、もはや「事業」の域を超えています。

 万に一つ、「人出増大」に成功することがあったとしても、「売場消滅」がさらに加速すれば、「空騒ぎ」に終わることは目に見えています。
「人出増大」を追求する人たちは、人出が増えるまでの間、何としても既存個店群に営業を続けてもらわなければならないわけですが、上記のとおり、いっぱいいっぱいになっているところが多く、とてもいつになるか見当も付かない「人出増大」の成就を待っていることはできません。
さあ、どうする?

 ということで、これまで“商店街活性化は「人出増大」から”、とわき目もふらずに没頭してきた皆さんも、「既存個店の営業継続」という問題を直視せざるを得なくなっている思いますが、如何でしょうか。
もちろん、実際に追求している人たちは当ブログなどには金輪際来ることはないと思いますので、これは同憂の有志各位への問いかけです。

 ということで、われわれにとって、従来的な活性化の取り組みから脱却して、「活性化への道」へと軌道を転轍することは、焦眉の課題であることはいうまでもありません。
 
 その取り組みは、いつも申しあげているとおり、
①当該街区の商業立地としての可能性を実証する
②既存および新規に誘致する商業者をもって新しい・都心適応型の商業集積を構築する
という段取りで進めていくことが必要ですが、このとき、問題になるのが①を実証する“既存個店の活性化=繁盛実現”です。
当該街区が商業立地として適切であることが実証されない限り、新たな出店者を募ることは困難です。

 ということで。
商店街既存個店を活性化する、繁盛を再構築するという取り組みは、
①地域中小商業の活性化
②中心市街地・商店街の活性化
という平行する二つの課題への取り組みとして「待ったなし」で取り組まなければならないわけですね。

 冒頭に述べたように、立地する各個店の業績は“もはやこれまで”の一歩手前というところまで追いつめられており、早急に業績を浮上させないと「商店街」が消滅します。
①個店の繁盛再生と②商店街の活性化の関係については、従来、②が達成されればその結果として ①が実現する、というように理解する人が多かったのですが、もはやこの手順は使い物になりません。出来るかどうかも分からない「商店街活性化=通行量増大」にエネルギーを費消している間に、文字通り、取り返しのつかないところまで情況は落ち込んでいきます。

 今すぐ、売り上げアップ・粗利アップが必要な個店が劣化スパイラルから脱却、反転、浮上スパイラルへのワープを実現することが、「商店街活性化」にとって最大の課題となっています。
もちろん、上向スパイラルへの転向を果たすには条件があります。


  このような問題情況にもかかわらず。

  この問題の所在を指摘し、取り組みの方向と方法を提案しているのは、当社が把握している限り、当社以外にはただの一つの組織/団体/個人もありません。
恐ろしいことでありまして、最優先で取り組まなければならない課題に対して、取り組みを組織することはおろか、その必要性の認識さえ普及していない、というのが「商店街活性化業界」の現状です。
当事者であり、日々の事業活動の中で業績好転の必要性を痛感しているはずの商業者でさえ、“個店の業績のことは個店の問題”として、もっぱら「通行量増大策」に終始しているものも少なくありません。上述のとおり、たとえ、通行量の増大に成功したとしても、それが即各個店の繁盛を保証するものではないということは、先行事例が示しているところであり、ショッピング機能としての商店街の活性化は、直接、ショッピングの場である個店のシャッターの内側の改革に取り組まない限り、実現することは出来ません。

 情況を十分把握しておられる・当ブログ読者である・活性化関係者の皆さんが取り組むべき課題は、従来の「通行量増加策」「立地条件改善策」等々から脱却して、既存個店の活性化を柱とする新しい活性化への道を切り開いていくこと、既存個店の上向スパイラルへの転向の取り組みを中心課題とする新たな「活性化への道」を切り開いていくことです。
路線の見直しについては、都市によってこれまで様々の経緯があり、スムースに行くとは限らないかも知れませんが、やり遂げなければ活性化を実現することは不可能であることを踏まえれば、“脳味噌に汗をかきつつ”取り組む以外にありません。

 ますは、既存事業の進捗状況に関わらず下向スパイラルに陥っている各個店の「緊急避難」的、即効的な業績アップが必要です。(これを否定できる人はいないはず)
さらに言えば、成功する緊急避難は、一時的な緊急避難ではなく、そのまま「繁盛店への道」に連なっていることが必要です。

  この時期において「売り上げアップ」を成功させるには、現下の厳しい諸条件が「プラス」となる方向で「繁盛店づくり」に取り組むことが必要であり、成功させるには、取り組みの適切な方法を修得し、実践することが不可欠ですからね。

 その第一歩は、商店街及びそこに立地する個店を取り巻く環境の現実をよく理解し、その変化を活用する方向をつかみ、自分たちの力量に応じた自助努力の積み重ねで繁盛を実現していく、という方法があることをしっかり確認することです。

 まずは、勉強会の開催がスタートです。

○講習会メニュー

御地の事情に即したタイトルをどうぞ。なお如何ようにもカスタマイズ可能です。

 ご承知の方も多いと思いますが、各地の商人塾の取り組み、そのほとんどが単発の勉強会からスタートしています。

「通行量原理主義」 批判

◇問題の所在
 依然として大勢は「通行量増大」こそが商店街・中心市街地活性化の切り札だという風潮が続いています。
先に簡単に検討した「地域商店街活性化法」に基づく支援の利用も従来の常識をもとに取り組むと「人出増やし」に終始することになります。

 “住む人・来る人を増やせば街は活性化できる”とは、過去のデータばかり見て、動的情況・革新的可能性を見ることの出来ない情況開設を真に受けている人たちが確信するところですが、折しも「数値目標としての頭数」を追求した各地の認定基本計画の年度総括が公開され、その実態が露わになりました。

 数値目標を設定するのは、取り組みの目的合理性と達成情況を測定するためですから、数値目標が達成されても上位目的がピクリとも動かない場合には、そもそもこの数値目標を追求することで計画の目的を達成することができるのか? ということの検討も出来るわけで、二年度においては「数値目標の達成」レベルの検討に止まらず、数値目標の目的合理性、つまりこの数値目標を達成すればホントに中心市街地が活性化されるのか?
なぜそう言えるのか?
などについても、真摯な検討が必要ではないでしょうか。

 幸か不幸か、通行量という数値目標を達成していない基本計画がほとんどですから、数値目標の非合理性はばれずに済んでおりますが、これはほんとうに良いことでしょうかしらね。
一日も早く「通行量が増えても街は活性化しない」ことが疑う余地のない事実として眼前すれば良かったのに・・・。

 もう一つ。
幸か不幸か、世界金融恐慌の襲来という“千載一遇”もありました。
おかげで「活性化が進まなかったのは恐慌のせい」という逃げ口上が出来ました。
これでまた一年は言い逃れが出来る(笑

 もちろん、世の中、そういうところばかりではありません。
どうも通行量という目標はおかしいのではないか?
という疑問を抱く人が日増しに増えているようです。

 なんと言っても、中心市街地活性化(=都市機能の向上と経済活力の向上)を達成した結果として実現する「人出」について、本末転倒、人出が増えれば街が活性化する、と思いこんでいるレベルでの基本計画~実践で街が活性化するなどというのは、その気になって取り組んだ都市という都市で挫折している方法ですからね。

 ということで、あらためて「商店街を活性化するには通行量を増やせばよい」という100%間違っている「理論」を最終的に・完膚無きまでに論破し、見直し段階に入っている基本計画に基づく取り組み、あるいは新法による取り組みについて、実効ある方向と方法を選択されるについての一助とします。
異論・反論大歓迎。

 まずは過去記事の引用から

 □通行量はすべてを癒す。

 “商店街はまちの花、きれいに咲かせたかったら根や茎にあたる居住者・来街者を増やしなさい”とは、ご存じ、藻谷さんを理論的指導者とする商店街活性化への取り組みにおいて主流を占めている人たちが信奉しているテーゼです。

 その根拠とされているのが佐世保市四ケ町・“日本一元気な商店街”の人出であることも関係者には周知のところです。
“日本一元気な”四ヶ町の人出が即“日本一繁昌している商店街”という「経済活力の向上」を伴うものではないこと、したがって、商店街を活性化するには「人出を増やす」だけでは不十分、というか、「買い物行き先」としての劣化が目立つ商店街の場合、個店の売場の劣化からの脱却無くして「繁盛」を実現することは出来ない、というのは“自分の頭で考える”習慣を持っている人なら誰でも気づくこと、否、そういう習慣を持っていない人でも“通行量が増えた”まちでは、レジの中味をチェックすればイヤでも気づかされるところですが、それでも“未だ人通りが足りない”とシャッターの内側から眼を逸らさせてしまうのが「通行量原理」の恐ろしいところです。

 先週は福岡市で開催された中小企業庁主催による新法の説明会に参加しました。

 ご承知のとおり、新法では「商店街活性化事業」を次のように定義しています。
“商店街活性化事業とは”
①商店街振興組合等が
②当該振興組合等に係る商店街の区域及びその周辺の地域の住民の需要に応じて行う
③商品の販売または役務の提供、行事の実施等の事業であって
④これらの事業を行うことにより当該商店街への来訪者の増加を通じて
⑤主として当該商店街振興組合等の会員または所属員である中小小売業者又は中小サービス業者の事業機会の増大を図る
ものをいう”

 この法律に基づいて提供される支援メニューを「繁盛する商店街作り」に活用し所期の成果を挙げるには関係各方面が相当の「理論武装」をしておくことが不可欠です。
その前に当然のことながら、行政・商工団体・商店街の三者による協働体制の確立は絶対条件。

 思い起こせば、新旧の基本計画の作成にあたっては、当然実現しておかなければならなかった「三者体制」の構築が果たされないまま、見よう見まねの計画づくり」に終始した結果、“これだけ取り組んだのに何も残らなかった”。
結局残ったのは三者間の相互不信だけ、という都市も少なくないのではないか。

 新法を活用しようとする場合、イの一番に取り組むべきはあらためて「三者体制」を構築し直すことですが、
①なぜ必要か?
②どうすれば構築できるか?
という問題がありますから、蛇の道は蛇、専門家の指導助言を受けることが不可欠だと思います。

 宿痾の原因は「通行量原理主義」。
新法の利用にあたっては、この“百害あって一利もない”主義を真っ向否定、新しく「繁盛への道」を構想することが不可欠です。

 仏の顔も二度三度、商店街活性化の取り組みも今度こそ結実に至る取り組みにしないと、環境与件の激変もさることながらそろそろ我が身が保たなくなります。

※四ヶ町については、地元シンクタンクが実施してWeb上に公開していた調査をもとに取り組んだ
  検討作業をあらためて近日再掲します。


1-1「通行量原理主義」 とは

 通行量原理主義とは、
①通行量と商店街の活性化の間には「因果関係」がある。
②もちろん、通行量が「因」であり、活性化が「果」である。
③したがって、商店街を活性化したかったら、通行量を増やせばよい。
という立場です。

 当社はこれを「原理主義」だと指摘しているわけですが、その理由は、両者間の因果関係はまったく証明されておらず、したがって人はこの主張の信頼性について論理的に検討することが出来ず、この主張に対する態度を決めるにあたっては、この主張の検討以外の方法で信じるか信じないかを決定しなければならない、ということです。
 
 ご存じのとおり、「通行量原理主義」はなぜそれが原理なのかということを説明することをしません。
「商業はまちの花」という藻谷流アナロジーがあるだけ、もちろん、アナロジーは論証にはなりません。

 繁盛している商店街は確かに人通りが多い。
だからといって、人通りの多いことが商店街繁盛の原因であるとは言えません。
また、人通りが多い商店街がすべて繁盛しているかと言えばそんなことはありませんし、また、ビックリするほど人通りが少ない商店街にも繁盛店は存在しています。

 まとめておきましょう。
通行量原理主義とは、“人通りを商店街活性化との間には因果関係があり、だから、商店街を活性化したかったら通行量を増やす手だてを講じればよい”という主張のことです。
繰り返しておきますが、この立場は論理的な根拠をもって主張されることはありません。通行量原理主義は「信心」の世界です。

 根拠のない通行量原理主義に基づいて、“通行量を増やす”ことを目的にして取り組まれる、これをやれば来街者が増えるはず、という期待のもとに実施される事業はすべて、通行量原理主義の影響下にある「通行量原理主義的」な取り組みですね。

 ためしに今どき取り組まれている事業メニューを考えてみると、その影響の大きさにビックリさせられます。


1-2 こんな便利なものはない

 通行量原理主義、全国的にはびこっていますが、はびこるにはそれなりの理由がありまして、
通行量はなぜもてはやされるのか?
あらためてそのわけを考えてみましょう。

 まずもう一度、定義を確認しておきます。

>  通行量原理主義とは、
> ①通行量と商店街の活性化の間には「因果関係」がある。
> ②もちろん、通行量が「因」であり、活性化が「果」である。
> ③したがって、商店街を活性化したかったら、通行量を増やせばよい。
> という立場です。


 藻谷浩介氏が佐世保市四ヶ町商店街の状況を紹介し、“日本一元気な商店街”という折り紙をつけました。
折り紙をつけた藻谷氏の「権威」の源泉は、
①これまでに全国の市町村を視察、行ったことがないところは5個所だけ(もちろん、もうとっくに全市町村を踏破されていることでしょう)。
②はじめての訪問は全部「自費」で出掛けた。
ということで、大変意欲的な学究のイメージです。

 この人の主張を真に受けたのは、
①商店街全盛時代の店前通行量が脳裏を離れない人たち、
②どういうわけか藻谷氏の「権威」の源泉を受容した人たち、
ですね。さらに、
③だんだん藻谷氏のネームバリューが大きくなり、“第一人者らしい”といった風評が立ちますと、雪崩が起こります。

 猫も杓子も「住む人・来る人を増やせ、店前通行量を確保せよ」ということになるわけですね。

 もちろん、通行量原理主義がはびこる理由はそれだけではありません。
商店街の現状、各個店のシャッターの内側、組合の体制、共同事業の現状などなど、問題が山積しているのが今どきの商店街、なんとかしようと思ったら、なんとかしなければならないことがたくさんあり、どこからどう手をつけたらよいのか、五里霧中の状況です。

 そういうところへ、あなた、通行量さえ増やせば街は賑わうようになる、と「第一人者」さんがおっしゃるのですから、否やはありません。さっそくみんなで「住む人・来る人」を増やしに掛かります。
これが中心市街地活性化基本計画のうち、商業の活性化のための事業のメインになる。

 当社のように“シャッターの内側をなんとかしなくては”たとえ人通りが増えてもお客は入店してくれない、入店客・買い物客になってもらうには個店の中味を改革しなければならない。
などという話は敬遠されてしまいます。
“人通りさえ増えれば繁盛するというのに、なんでそういう無駄なことに取り組むのか”ということでしょうかね。

 ということで、こんにちではもはや、「通行量増大」という金看板に疑問を提起する人はほとんどありません。
基本計画の「認定」に不可欠の数値目標も「通行量の増大」が掲げられていますし、新法の目的は、商店街に人を集めることで活性化を実現することを目指す、徹頭徹尾、通行量増大作戦です。
これからさらに、ますます、通行量増大への傾斜が強くなりそうな気配です。

 「通行量増大」というまったく根拠のない事業が、全国的にはびこっている理由を考えてみました。
最大の理由は、”これで活性化が出来るならこんな便利なことはない、ということでしょうか。

 だがしかし、巷ではイベントで人を集めても売り上げにはつながらない、という不協和音が連綿として続いておりまして、もはや“組合は人集めが任務、集めた人をお客にするのは個店の役目”というような逃げ口上は通用しなくなっています。
そういうことを言っている理事長さんも集まった人を自店のお客にすることは出来ません。

 通行量増大、便利な事業ですが成果は上がりません。
 

1-3 便利ではあるが

>  通行量原理主義とは、
> ①通行量と商店街の活性化の間には「因果関係」がある。
> ②もちろん、通行量が「因」であり、活性化が「果」である。
> ③したがって、商店街を活性化したかったら、通行量を増やせばよい。
> という立場です。


 便利ですね。
①商業者・組織の問題意識や力量に関係なく実現できる
②商店街・個店の現状に関係なく実現できる
③補助制度は十分
ということですから、どんどん取り組めます。

 勉強会に出掛けますと、中心市街地活性化基本計画・商業活性化のための事業について、まったく知らされていない商業者が多く、ビックリしたものですが、なるほど、「人出増大」で活性化できるという認識・手法なら、特段、商店街の皆さんに「その気になってもらう」必要は無いわけです。

 いろいろとやっかいな手順を踏む必要もありません

 ということで。
「人出増大」と聞いて目からウロコが落ちた人は、ホントは“こんな取り組みがしたかった”ということだったのはなかったのか?”
という疑問がよぎるのであります。

 さて、便利なことこの上ない「通行量原理主義」ですが、その便利さは実効性に掛、というか、こと商業・商店街の活性化という上位目的に関する限り、

 なんの効果もない

ということがだれの眼にも明らかになっています。
通行量原理主義に基づく取り組みでは商店街は活性化できない、
もはやこれは、他ならぬ、一所懸命、この事業に取り組んでいる人たちも否定しょうがない、冷厳たる事実です。


◇ 「通行量原理主義」と「立地主義」

 なんの根拠も示さず声高に主張される「原理主義」ですが、こういう荒唐無稽がどうして“売り上げが上がってなんぼ”のはずの商店街活性化の現場に受け入れられるのか?という疑問があるのですが、商店街の方(というか、そこで商売を営んでいる商業者個々)には、あらかじめ「原理主義」を受け入れる下地が準備されておりました。

それは、
①自分が創業(あるいは事業承継)した当時の経験であり、とりわけ
②商店街全盛時代の通りの情景 
から総括された“うちが繁盛しているのは立地がよいから”という経験則の存在です。
もちろん、このとき、立地条件とは「店前通行量」のことですね。

 こういう発想がありますと、
①繁盛しないのは立地条件が悪くなったから
②繁盛するには立地条件をよくしなくては
③店前通行量を増やしてくれ
ということになるのは当然でありまして、なんと言っても商店街所在の中小小売店が自力で「店前通行量」を増やすことは無理ですから、「共同事業」に頼ることになる。
ここから逆転して
①自店が繁盛しないのは、立地条件が悪くなかったから
ということになり、
②立地条件を改善するのは(自店ではない)、誰かの仕事
ということになり、
③誰でもいいから何とかしろ
ということになる(かも知れません)。

 こういう空気が充満しているところに登場したのが「通行量原理主義」ですからね。

 今まで、経験的に
“小売業は立地商売、うちが繁盛しなくなったのは通行量が減ったから”
と感じていたところに、
“商業はまちの花、住む人来る人が増えないと栄えることは出来ない”
と商店街活性化の指導者それも全国屈指と評判の専門家が、各地の情況分析・各種のデータを駆使しながら提唱するのですから受けないはずがありません。
“眼からウロコが落ちた”とは「自分が考えていたことが正しかったことが専門家によって保証された”ということでした。

 専門家の提案を冷静に評価するよりも「眼からウロコが落ちる」方が先だったようです。

 専門家さんにとってもこのあたりは百も承知の成り行きだったのかも知れません。
“商業はまちの花”という原理主義は、「小売業は立地商売」という商店街関係者に共有されている経験則が無かったとしたら、現在みられるような一挙的な普及(信者の増加)はあり得なかったはずです。
というか、そもそも「商業はまちの花」という原理そのものが「小売業は立地商売」という経験則を無意識のうちに踏まえていたのかも知れません。

 そうでなければ、なぜ「商業はまちの花」と見なすことができるのか、お得意の「データ」の収集・加工・分析の結果として提言すべきところ、いきなり「商業はまちの花」という「ご託宣」として打ち出されについては、
①提唱者自身が「小売業は立地商売」という俗論を信じていた
②俗論の上に「商業はまちの花」論を展開すれば受ける と判断した
ということがあったであろうという推測が成り立ちます。
(この点については、得Web上でみられる藻谷氏の主張から傍証あり)

 つまり、「通行量原理主義」とは、
①「小売業は立地商売」という俗論を意識的・無意識的に受け入れ、かつ、
②それを助長する、あるいはそれと相互補完する方向で提唱されている
“商店街活性化あるいは中心市街地活性化の「方向と方法」”である
ということをしっかりりかしておくことが重要です。

 ということで「通行量原理主義」の成立及び普及の背景について明らかにしてみました。
「通行量原理主義」には、本来なら「原理」が具備すべき要件が備わっていないのですが、にもかかわらず、それが普及したのは「原理」が原理というより当時の商店街活性化関係者が持っていた“小売業は立地商売”という考えと共鳴作業を起こしたから、ということです。

 ということで、通行量原理主義の正体は
“小売業は立地商売”という俗論に基礎を置き、俗論にこびを売る
ものである
と考えられますが、如何でしょうか。

 “小売業は立地商売”“よい立地とは通行量の多いところ”というのは、商店街全盛時代特有の商売繁盛ノウハウの一つでありまして、それ以上でも以下でもありません。
その正否については、“我が社にとっていい立地とは、狸や狐しか通ってな無いところ”という大手流通業トップの言葉に歴然としています。

 商業はまちの花・原理主義者は、郊外型商業について“あんなものは造花であってほんとうの花でない”、ほんとうの花は商店街だ、中心市街地にしか咲かない、と主張していますが、ほんとうの信心をするの以外の幸福はほんとうの幸福では無い、という原理主義まんまの主張であり、“商業活性化とは顧客の支持を獲得する努力である”という本来あるべき取り組みを阻害することはなはだしい、というところも領域をと問わず。「原理主義ならでは」の原理主義に共通するところ、一日も早く脱却すべきです。

“空気を読む”か、 “行動の秋”か

 中心市街地・商店街活性化という当ブログの正面課題が上手く解決できないのは、問題自体の解決が難しいと言うことも、もちろんありますが、それよりも「問題のとらえ方」が適切ではない、ということのほうがはるかにやっかいな問題になっています。

 問題が生じたとき、その問題をほんとうに解決すべき問題とは異なるとらえ方をして、その誤解に基づいた解決にいくら一所懸命になってももともとの問題が解決するはずがありません。
こんにちの商店街活性化という問題をめぐる取り組みの停滞は、何よりもこのような「問題についての錯覚」に起因するもであるように観察されます。

 どういうことか?
端的にいって、
①商店街に立地する「商業機能の活性化」
こそがほんとうに取り組まなければならない問題なのに、実際に取り組まれているのは、
②商店街という「立地の条件改善」
に終始している。
ということです。

 つまり、商店街に立地する商業機能(中小個店のみならず百貨店などの大型商業施設を含む)が不振に陥っているのは、それぞれの店舗(売場群)が、展開している業容に問題があるからではなく、それらの売場群(商業集積)が立地している「商店街という立地」の商業立地としての条件が劣化しているからである、という判断が下されており、その結果、商店街(立地の商業機能)を活性化させるには立地条件を改善しなければならない、という「解決策」が出され、これに取り組むことが「商店街活性化」である、ということになっています。

 こういう視点を持っている人にとって、もっとも分かりやすい「立地条件」とは「通行量の多寡」でありまして(通行両調査!)、通行量の増大は、すなわち立地条件の改善であり、これが改善されれば、商店街立地の小売業は活性化される、というのが「立地改善論者」の主張の結論です。
その背後にあるのは、「小売業は立地産業」という考え方でありまして、もちろん、商勢圏に潜在顧客が存在しなければ綱領に限らず、すべての営利事業は成り立ちませんから、この考え自体が間違っているとは言えませんが、ここで問題にしている立地論者にとっては、この「立地条件」は店舗立地に先立って目に見えるものとして存在していなければならない。
“小売業は立地商売”というのはそのことを象徴する言葉です。
このような理解が浸透するについてはもちろん根拠があるわけで、小売業が発展した「もの不足・店不足」という時代には、人が集まれば=ものを解体費とが集まっている、と見なすことが出来たわけで、「人が集まるところ=小売業にとって好立地」というパターン認識が生まれ、これは日々の営業の成果として商店街の皆さんに実感され、蓄積され、強固になっていったわけです。
ただし、商店街全盛時代の商店街の通行量は「立地条件」がもたらしたものではなく、商店街という立地における「商業機能(売場)の集積」がお客を呼び寄せていたのであって、立地条件が人を呼んだのではありません。(立地条件で集まってきたのは商業者の方)

 郊外のショッッピングセンター(以下「SC」}を考えてみれば一目瞭然です。
極論すればSCの立地は、それが進出するまでは「買い物客」はおろか、通行人すらほとんどいない、という極論すれば「通行量ゼロ」というところが多いことはご承知のとおりです。
すなわち、SC(に限らず郊外型商業の場合)にとって、「通行量」は、立地条件のトップであるどころか、まったく選定条件に入らないレベルの「条件」だと言うことであり、すなわち、小売業にとって立地としての可否は店前通行量が左右する、ということはあり得ない、ということですね。

 商店街関係者には、通行量=立地条件という考え方が根強くはびこっておりまして、通行量が減ったから売れ行きが落ちた、通行量を増やせ、人口を増やせ、学校を建てろ、病院を持ってこい、と口々に活性化策が低減され、中には中心市街地活性化基本計画などに正式に採用されている活性化策もあるわけです。

 中には「コンパクトシティ」という言い訳をする人もいるようですが、広域合併以後の都市経営において、猫の額ほどの中心市街地に何でもかんでも都市機能を寄せ集めることが都市全体の生活県境の維持改善にとって最善の道であるのかどうか、一考の余地があります。
もっとも、“小売業は立地商売 立地条件は店前通行量で決まる”と考えている関係者には、“商業活性化策としてのコンパクトシティ”というのは合目的的かも知れません。
ただし、その場合、中心市街地以外に居住する圧倒的多数派の生活条件はどう担保するのか、という課題がありますから、“コンパクトシティ”といったとたん、施策は全市的範囲に及ぶことが不可欠であり(施策の玉突き)、まじめに考えれば「コンパクトシティ」などはよほどの強権的手腕の持ち主しかしようすることが出来ない手法であることが分かります。

 それはさておき、
SCの場合を振り返るまでもなく、小売業は“お客が来てくれてなんぼ”という商売であり、立地条件は one of them 、相対的なものでありまして、第一の要件は「ショッピング行き先としての魅力」でありまして、買いたい商品が揃っているか、サービスはどうか、そこで過ごす時間はOKか、といったことが行き先選定の目安になることは、同じ場所に立地している」お店の間にも業績の明暗が生じることからも明らかです。
このあたりに一切目をつぶって「小売業は立地商売」と断定するのは、商店街に立地する玉石混淆・“一店一城”という言い方に鼓舞されている店主各位をまとめて「共同事業」に赴かせるには都合のいいイデオロギーでありました(というか、今現在もそうですね)。

 さて、ここからがいよいよ本論でありまして(笑
“小売業は立地商売”というデタラメな「理論」が蔓延している情況において、行動規範として“空気を読む”ことを心掛けるとどうなるか?

 こういう情況において“空気を読む”すなわち大勢に従うことは、いうまでもなく「立地改善策」の推進に竿をさすことになるのでありまして、ホンキで商店街をなんとかしたい、繁盛させたいと思っている人は《厳重注意》が必要です。

 今どき、大勢としての商店街活性化に真剣に取り組んでいる人は、もちろん強い信念を持っている人が多区、かつ、その信念は“商業立地商売論”であることがほとんどです。
こういう人の言動は、商店街全盛時代という経験則に裏打ちされ、それなりに迫力を持って展開されるもの多い。
今さら理論を撤回すれば、長年にわたって皆さんにウソを言って引き回してきた、ということになってしまうリーダーさんもいるはずです。なかなか「ごめんなさい」とは言えません。
商店街のみならず、指導・支援する団体旗艦にも似たような人がいまして、タッグを組んでいたりすると大変です。
思い当たる人、少なくないかも知れませんね。

 “取り組みの見直し”とはすなわち、これまでの取り組みはまずかった、ということであり、指導者が悪かった、ということにもなりかねない。と当の指導者は思うかも知れません。
そうすると、“立地よりも売場の魅力”といった正論はなかなか認めるわけにはいきません。
いろいろと“手を変え品を変えて”正論への転換を妨害したりする。

 というような情況が支配的になりますと、民間・行政相い携えて「立地改善」に取り組んでいる間も、各個店の売場としての魅力は劣化の一途、結果、買い物客の足は遠のくばかり・・・。
この状態を見ても“立地条件の改善努力が足りない、人集めの努力が足りない”とさらに「立地改善」に向かう、というのがこんにちまでのところ活性化の取り組みの主流ですね。

 さて、十年一日、立地条件の改善(ハード事業からイベント企画まで)に取り組んでいる人たちにはもちろん悪意はありません。
中には、“人集めに取り組んでいるからこれくらいの落ち込みで済んでいる、取り組んで来なかったらどうなっているか分からない”と啖呵をきる人もいたりします。
もちろん、どうなっているか分からないのは事実ですが、だからといって“今より悪くなっているはず”と短絡するのは間違いです。
ひょっとしたら“立地条件の改善”ではない活性化策が採用できたかも知れないのですから。
なかには過去にそういう動きもあったが、「立地改善」派が勝利して今日に至っている、というケースもあるかも知れませんが、この場合、「立地改善」論の砦はさらに強固になっているはず。やがて自分たちの至らなさを反省して主導権を譲ってくれるかも知れない、と期待するのはお人好しさんです。譲ってくれるかも知れないが、譲ってくれないかも知れない、そういうことに将来を委ねていいんですか、ということになる。

 幾多の経緯があるわけですが、現在主流となっている「立地改善論」は、諸般の事情から自らが旗色が悪くなっている(いつまで経っても成果が現れない)ことは承知しているわけで、困ったことにそのことがいっそう彼らの態度をかたくなにしていたりするわけです、

 何としても。
商店街あるいはそこに立地している自店をはじめとする個々の店舗の業績の向上に、今すぐ・目に見える形で取り組みたい、取り組まなければならない、という事情にある人が、主流派の根拠のない気迫に押されて、表見だけにせよ、賛同していると、つまり、空気を読んでしまうと、言いたいことも言えませんし、出来ることも出来なくなり、結局、せっかく現前している「ビジネスチャンス」を逃してしまうことになってしまいます。

“空気が読めない”とまずいとか、“仲良きことは美しきかな”とか、“長い物には巻かれろ”といった、知らず知らずのうちに脳内にインプットされ、行動規範の一部となっているが《タブー意識》が発動すると、墓穴を掘ってしまうことになりかねません。

 このあたりに、いつまで経っても取り組みが“反省して、出直す”ことができない根本要因が潜んでいるのかも知れません。商店街活性化には、活性化を推進できない理由があり、その多くは「人の問題」である、といわれる由縁です。

 さて、商人塾の最近の経験では、
①日常的な行動の習性を変えることで、店づくりの改革に取り組み②毎日の業績に結びつけながら、改革に必要な技術を作っていく
③やがて新しい「ビジネスモデル(業容)」に到達する
ということが実際の取り組みとして結実しています。
 これは、もちろん、これから先商店街立地において商売繁盛を目指すなら、売場を所有する個個人が必ず取り組まなければならない目標のはずです。

 ご承知のとおり、当サイトでは「繁盛への道」の一部始終を出来るだけ具体的に、分かりやすく提唱しているつもりですが、一読納得・即・実践というわけにはいかないかも知れません。
最初の一歩の踏み出しの方向と方法、理屈では分かってもいざ自店で取り組むとなると、どこからどう取り組むべきか・・・?

 ということで、このところ、強く推奨しているのが「商人塾」の取り組みです。
同じ立地で小売業を営んでいる、という以外にほとんど関係の無かった人たちが「商売繁盛への道」に共鳴して集まり、個々の実践結果を交流することで、繁盛実現のプロセスを加速させる、という取り組み方の優位性は、このところ各地の取り組みの中間総括でいっそう明らかになっています。

 商店街活性化をめぐる問題は「取り組みの路線の選択」をめぐって、
①従来的な立地改善に取り組むのか、
②商業機能としての再生を目指すのか
というように現前しています。
情況をシビアに観察すれば、少なくとも「立地改善」的取り組みの破産は明らかでありまして(いつまで経ってもただの一個所も成功事例が紹介されない)、にもかかわらず延命しているのは、これを批判し、これにとって代わるべき「代替案」が無かったからであり、これからさらに延命するとすれば、それは「取り組みの改革が必要だ」とする人たちの「力不足」がそれを許ているからだ、ということです。

 「商店代活性化」が他人事で済まされる人にとってはそれでOKかも知れませんが、
①商店街で自分の商売を繁盛させたい人
②商店街活性化を自分の役割として担い、成功への道を構築したい人
にとっては、情況を的確に判断しつつ、積極果敢に主張し・行動の方向と方法として選択しなければならない「ギリギリ」のときを迎えています。
「猪突猛進」はいけませんが、空気を読むことにばかり終始するのも確実な自滅への道、「行動の秋」が来たことを決断しないと後がありません。

 とりあえず。
 条のような状況判断で一致する人は、当サイトとの「協働」による事態打開を検討されることをお奨めします。
毎度申しあげているとおり、事業実施につながるかどうかは先の話、ということで遠慮なくどうぞ。 

参考:『「通行量原理主義」と「立地主義」』

♪十九の春 世界大会

 与論町の記事、三連弾。

沖縄民謡と思われていることが多い「十九の春」、もともと与論小唄であることは、先に当欄で紹介したことがあります。

 この「十九の春」の「第一回世界大会」が今秋開催されるそうです。
期 日:平成21年10月19日(18日前夜祭)
場 所;鹿児島県与論町
主 催:NPO法人「ヨロン島・尊々我無(トウトガナシ)」
内 容:「十九の春」歌唱コンテスト(個人・デュエット・三線)
    「十九の春」イメージガールの発表 など

youtube
十九の春 変遷史

19の春 砂川真理恵 一押しです。

まち起こし指導事業

10:00~ 町長・教育長さんを訪問。町長さんは来客中でしたが、教育長さんからは与論町の人材教育の方針と取り組みについて説明していただきました。
長期的なまち起こしと関連させた公共教育が構想され取り組まれているそうです。

 10:30~ もう一つの課題である中心市街地活性化推進体制のあり方の検討。
これまで不十分だった機能を整備することで体制はOK。
点から線・面への展開の実働をどう構築していくか。
一期生の取り組みの進展を踏まえて、いよいよ本格的な取り組みが動き始めます。

ちなみに中心市街地活性化推進の鍵は、推進体制の事務局をどう編制するかということがキモです。
ほとんど理解されていないと思いますが。
実動体制が(補助金事業を除き)なかなか動かない原因は、事務局体制の不備が大きな要因です。

 出発までの時間を利用して一期生のお店のうち、近場だけ見せてもらいました。いずれも一期の課題=漸進的繁盛実現をクリアして第二段階、業容革新に取り組まれています。
売り上げアップだけはなく、品揃えの本格的な改革、スタッフ態勢の整備などが着実に進んでおり、いよいよ一期のテキストの内容が役に立つ時を迎えています。
商人塾での勉強は、塾の期間を通じての仮説~試行だけではなく、塾修了後に本格化する業容革新からそのほんとうの力を発揮します。

帰途買った本:
戸田一成編『海軍反省会』
半藤一利 保阪正康『「東京裁判」を読む』日本経済新聞出版社

 前者は、ちょうどNHKスペシャルで連続放映中です。
海軍の中堅クラス、特に第一線の経験が多かった人たちから見た海軍の戦争指導の実態についての情報として。

後者は、いろいろ本を集めているのでその一環として。

ゆんぬ まち起こし指導事業

8月10日 15:00~17:00 勉強会『与論町の活性化は商店街のの再生から』
町長、教育長以下町幹部職員、商工会、農協、観光協会など関係各方面とたくさんの皆さんが参加されました。

 内容は、転換期のまち起こしの課題と取り組みの方向と方法について「都市経営」と「戦略的思考」をキーワードとして、
①高く旗を立てる
②別個に進み相乗効果を発揮する
③取り組みの中で人が育つ
という基本方針のもとに、
①転換期の都市経営、厳しいマクロ環境の中で、
②都市が直面している問題、取り組みに動員可能な経営資源はごらんのとおり、
という情況からスタートして目的を達成していく取り組みのモデルとして、
③「商店街活性化の方向と方法」について、基本的な考え方と減税の取り組み状況について説明、
④今後の課題と展望について
短かい時間でしたが、準備したレジュメ通りに展開しました。

 続いて、
19:00~21:00は、商人塾について。
一期の取り組みのフォローと、二期候補生へのオリエンテーションが実施されました。

一期生の取り組み:塾修了から6カ月を経て、順調に取り組みを継続している人は、「ビジネスモデル(業容)の革新」というレベルに入っています。
基本となるのは“品揃えの革新”ですが、着々と進展しています。
明日、臨店・ヒアリングして結果をレポートします。

 勉強会では、めったに公開することのない(チャンスがない)「商人塾のヒミツ」について説明しました。

 二期受講予定ということで、一期生に誘われた人たちも出席していました。若い人が多く楽しみです。
二期のスタートは、条件が整い次第。

 大転換期を乗り切っていくという課題への取り組み、着々と進んでいるように見受けられました。

中心市街地活性化 支援コンサルタント

 というような需要があるのかないのか、さらにはこういう看板を掲げる事業者がいるのかいないのか。
判然としませんが、取り組みの進捗状況を見れば、当事者の主観とは関係なく、その必要性は否定できないと思われます。

 さらに。
これも状況に照らして考えれば、必要な支援に当たるコンサルタント(名称はどうであれ)には、相当の具備しておくべき要件があります。名詞に「コンサルタント」と書いてあればOKというわけにはいきません。
ところが。
日ごろコンサルタントという人種との付き合いはほとんど乏しいというのが関係各方面の皆さん共通の条件ですから、適任者を確保しなければならないことは百も承知ながら、では、誰が・どのような要件を備えたものが適材なのか、という「選定基準」葉ありませんから、自分たちで作らなければならない。

 中心市街地活性化の取り組みにはコンサルタントの支援が必要であるが、選定するには、
1.自分たちで選定基準を作り
2.適任者を発見し、
3.条件を調整して契約する。
という作業を行わなければならない。
これはなかなか難しい作仕事だと思います。

 第一に、確保すべきコンサルタントとはどのような要件を備えたものであるべきか?

 一番手っ取り早いのは、「成功事例を指導した」という経歴の持ち主を引っ張ってくることでしょうが、ちょっと待った。
そもそも、成功事例とは何か?
何をもって成功とみなすのか? その事例においてどのような役割を果たしたことをもって「成功したコンサルタント」とみなすのか?
その成功と自分たちが取り組む中心市街地活性化の課題との関連性はどうか?
といった問題がたちまち起こります。

 さらにいえば、中心市街地活性化の成功事例というものがほとんど見当たらない、というのが掛け値なしの状況ですから、「成功事例」を持っているコンサルタントはほとんどないのではないか。
s曳航したといわれているのは、中心市街地における個別・特定の事業の推進であることが多い。特にその事業に取り組んだ結果として中心市街地の活性化が大きく進展したとか、進展に向けて展望が見えてきた、ということとは無関係に○○事業の成功を支援した、ということをもって成功したコンサルタントという評判が立ちます。

 これから記事しい条件の下で改めて活性化への道を歩まなければならない中心仕儀地が、こういう評判を根拠にコンサルタントを選定するわけには行きません。

 あらためて「コンサルタントを選ぶの法」が必要になるわけですが、では、ズバリ、どのような要件を備えたものを選定すべきか?

 というところで、飛行機の登場時間となりましたので、続きは後ほど。

今日買った本

 昨日 新宿ジュンク堂において。

青柳考直『ジョージ・ソロスの警句』総合法令2009
C・ロウ&F・コッター『コラージュシティ』鹿島出版会 2009

まず前者。

 ソロスさんのいろんな本から抜いてきた名言の数々。
いわゆるアンソロジーということでしょうか。

 著者による解説は、個人的な問題意識に引きつけて、というか、本人はそれぞれの「警句」に触発され連想したことを書いた、ということですが、あまりにも一本調子。
この人はソロスが強調してやまない哲学的ポジションについてはあまり関心が無いのか。
 
 ということで、折を見てtakeoめが二、三の「警句」についてコメントしてみようかと。

次、後者。

 当社は「街づくり」にも大いに関心がありまして、ご承知のとおり、“コンパクトシティ批判”を行っています。
『反コンパク党宣言』そういえば最近はあまり聞かれなくなったようですね。

 都市を丸ごとなんとかしようと考えるのは、独裁者の常でありまして、ナポレオンとかヒットラーとか。
現代民主主義社会において、○○都市を目指す、というのは都市経営・計画という領域について本質的なことはなぁ~んも考えたことがない、ということを自白しているに等しい。
都市計画方面でも出来る人はコンパクトシティに限らす、都市を一定の方向で造り直す、などというお話しに加担することはありません。(と思います(笑。)

 takeoは折りがあれば、“都市はジグソーパズルだ”と言っておりますので、この「コラージュ」説には親和感を覚え、「衝動購買」しました。
当たりはずれは読んでからおお楽しみ。

 出張中にamazonから届いた本

児島毅 『靖国史観 幕末―維新という深遠』 ちくま新書
西沢隆治 『徳川最後の西国代官』 叢文社

第八講 経営革新計画の作り方

 韮崎市商人塾、既報のとおり「経営革新塾」の制度を利用した取り組みであり、事業では参加者は「計画革新計画」を作成することが求められています。
他方、商人塾では「計画は作らない」という始動が塾の特徴の一つです。さあ、このギャップをどう超えるのか?

 塾生の皆さんにとって、
“計画は作らない(ほんとうは「作れる段階ではない」ですね)”は当然のことですが、しかし、課題はクリアしなければならない。

 “計画は作らない”というのはスタート時点の力量で実効ある計画を作る能力はまだ出来上がっていない、ということですね。
では計画に変わって仮説~試行ヲ導くのはなにか?

 ということで、今日の講義はこの点に集中して1時間。
皆さん、これから9月11日の発表会まで商人塾名物:“脳味噌に汗をかく”時間が続くことになります(笑

 今日の講義は1時間で切り上げ、後は場所を移動して「懇親会」でした。商工会の商業部会長、事務局長さんをはじめ、参加者15名、ビックリするほど熱心な懇親会になりました。
同塾の特徴は、前にもご紹介しているように、
第一に「三者体制(市役所・商工会・商業者)による取り組み」であること。これは商人塾の成功(継続&拡大)への必須条件ですが、諸般の事情で実現に時間を要する例が多いのですが、韮崎市ではスタート時点で成立しています。
大変珍しいことですが、本来はどこでもそうあるべきことですね。

第二に、金融機関からの参加が多いこと。
山梨中央銀行さんから支店長さんなどが参加されています。
都市経営~中心市街地活性化における地域金融機関の役割を見定め、対応していくことは、地銀にとって千載一遇の事業機会であと思います。

 これも既報ですが、山梨県と当社とのご縁、最初は山梨中央銀行さん主宰の中心市街地活性化セミナーにお招きいただいた時でした。頭取さん自ら出席され、中心市街地活性化の都市活性化における戦略的役割について述べられ、‘銀行もともに歩みたい’という決意表明をされたことをよく覚えています。
中心市街地活性化の取り組みを事業開会と認識している金融機関は極めて少ないのではないかと思われ、経緯を評する次第です。

 銀行からの参加は、塾生各位にとって大いに励みとなっていると思います。

 来月は、当初からの計画である甲府市商人塾との交流会が開催されます。甲府市のほうでは、韮崎市商人塾の発足を自分のことのように喜んで、“是非途中で参加していろいろ話し合いたい、自分たちの経験も伝えたい”ということでしたが、何しろ講義が凝縮しており時間が取れずに最終段階にずれ込みました。

 これを契機に交流がスタート、切削琢磨していけばそれぞれ繁盛への道が加速されることと思います。
‘自店が繁盛すると他店も繁盛させたくなる’。
お互いに良い刺激を受けあって、それぞれの取り組みに「加油」してください。

 韮崎市商人塾、いよいよ大詰めでありまして、次回は第九講『中心市街地活性化への道』は公開講座として、“点から線、線から面への展開”という戦略的取り組みについて、市内関係各方面特に商店街の皆さんへのアピールの機会を兼ねて開催されます。
 それぞれlさそいあわせの上ご参加ください。

中心市街地の活性化は商店街の再生から

 我が国積年の課題である商店街の活性化については、これまで幾多の仮説がたてられ、実践されて来ました。

 古くは「横の百貨店をま座セ」ということから、規模と組織で劣る大型店に対抗する共同化など。
郊外型商業の発展とあいまって商店街の業績の低迷が始まると(もはや商店街は商業の活性化セ策だけでは活性化できない」と言われ、さらに「従来の店や線の取り組みでは不十分、面の取り組みが必表である」問われるようになり、やがて「中心市街地活性化」へと発展して今日に至っています。

 この間、商業活性化の方向と方法としては。、「商業はまちの花」論が主流となり、「住む人来る人を増やすことが商店街活性化の王道である」ということになっ現在に至っていますて。
「中心市街地活性化」というテーマのもとに取り組まれる各社う各藩の事業も「来街者、通行量を増やす」という意味では商業活性化策とみなすことができます。
いわば、中心市街地活性化事業をあげて商店街活性化に取り組んできたといっても過言ではありません。

 法制定以来10年、全国の中心市街地において展開された取組はどのように結実したでしょうか。

 この記事では、これまでの取り組みを簡単に振り返り、新しい取り組みの方向として、タイトルの通り、「中心市街地の活性化は朱王天街の再生から」改めてスタートすることが必要ではないかという問題提起を行います。

 (出張途中の空港で備忘を兼ねて書きました。続きは今日中に)

と思ったのですが、これは今後の中心市街地活性化。商店街活性化の基本的な方針の提案ですから、あらためてその趣旨や根拠、現状からの再スタートのあり方など、多岐にわたる内容になりますので、あらためて【都市経営コーナー】で展開することにします。
これまでの取り組みの延長上に展望を見いだすことができない人は是非しっかり吟味してください。

 今日は、韮崎市商人塾の第七講『店舗・ビジュアルプレゼンテーション』でした。早いもので月末には経営革新計画のうち、「基本方針」部分のデッサンを発表していただきます。

 今日の講義で各論はおしまい。
明日は、計画の作り方について。
終了次第、懇親会が予定されています。
アフターフォローの方法として、これまで採用したことのない手法を提案、採用について検討することになりました。
内容はいずれ発表するかもしれません。しないかもしれません。いずれにせよ、商人塾本番の受講が前提であることは言うまでもありません。

 うまくいくと商人塾の通年・通信制が企画できそうです。
これは本当に楽しみ、当社も早速社内で検討するつもりです。

成功事例には学べない

 「活性化」と言えば「成功事例に学ぶ」というのが、事例に学ぶ際のお約束ですが、そもそも、
①活性化に失敗しているところが
②成功しているところに学べるものだろうか
という素朴な問題がありまして。

 今までまったく商店街活性化に取り組んだことのない商店街・担当者が、白紙の状態で「商店街を活性化するにはどうしたらよいだろうか」と考えているのならばひょっとしたら「成功事例」が参考になるかも知れません。
しかし、これまでさんざん活性化に取り組んできて・しかも成功しなかったからやり直しが必要だ、という状況に陥っている人たちが、成功事例に学べば何となる、というのはあまりにも虫のいい話、そういうことは出来ません。

 最近、取り上げている中心市街地活性化の成功事例を材料に考えてみましょう。

 取り上げるのは、長崎間諫早市です。

既報のとおり、
①旧中活法制定を機に、行政と商工会議所がこのスキームでの取り組みを合意
②商店街組織との合意
③基本計画の作成
という経過で取り組みがスタート、様々の商店街活性化施策が講じられてきました。
スキームの改正により、
④基本計画ヲ作り直し、
認定を受けましたが、基本計画の骨子は変わっておりません。ほとんどの事業が新旧の計画をまたいで継続取り組まれています。
変える必要がなかったわけですね。

 現在実現している成果
①サティが撤退した跡地の再開発、地元スーパーを核とする商業施設の建築(上階はマンション・完売)
②マルキョーが撤退した空店舗の産直市場としての活用
③商店街はマンション付き店舗へおn建て替えが複数行われているが、成功している
④商店街の空店舗への新規参入が顕著
⑤既存店舗で店舗のリニューアルに取り組む例が出始めている

 というように、取り組まれてきた事業が「相乗効果」を発揮しており、中活法のスキームを基準に見れば成功事例に間違いありません。

 では、この事例を見に行けば「成功」に近づくことが出来るか?といえば、そんなことはありません。

 どんなに上手に視察調査検討して、「成功の秘訣」を探り当てたとしても、それを失敗した都市が今後の取り組みのお手本にすることは出来ません。
なぜか?
 成功事例の歩んできた道・情況とそれを参考にしたいと思っている都市のこ経過と現状があまりにも違いすぎるからです。

 成功事例の成功は、スタート時点から着実に「成功への道」を歩み続けて来た結果、その全体が今にいたって「成功」と評価される位置に至っているわけです。
 他方、見習いたい都市の場合、スタートはほぼ同じ時期でしたが、選択し取り組んだのが「成功に至らない道」でした。両者の違いは、スタート時点の問題意識の違いに端を発しています。成功と失敗、スタートは同じでもその後の軌跡はまったく違いますから、真似ようにも真似ることが出来無いのです。

 目に見える「成果」だけ、例えば、店舗付きマンションとか、「百年続く商店街づくり」などに取り組んでも、お金のかけ方次第でハードは成功するかも知れませんが、その他はダメ。改装すれば売り上げがアップしたのは20年以上前の商店街の話です。

 では“成功事例に倣って一から合意形成をやり直す”というのはどうでしょうか?
膨大なエネルギーが必要です。
第一、再スタートを目指す人たちが「活性化への道」について揺るぐことのない決意&合意をしなければならない。スタート時点でなら軽々と出来たことですが、今となっては難しい。
「見直し」は「誰かの責任」になったりします。

 成功事例を研究して分かることは“そうか、あの段階でこういう風に取り組むべきだったのか”ということだけ。
当方はまったく違う道を歩いてきたわけですから、今となってはなんとも遅すぎ、なんの役にも立ちません。

 ということで。
この時期、あらためて「中心市街地・商店街活性化への道」を何が何でもこじ開けなければならないと決意している人がとるべき戦略は何か?

 このところ各コーナーの記事で連続取り上げている「中心市街地活性化への道」、点から線、線から面への展開」がそうですね。

 活性化への道を見直すべき、というのは多くの都市に共通する課題だと思いますが、漠然と趨勢らしく見えるところに従うのではなく、自分たちで“商業者が自分の仕事として取り組める活性化への道”を構築するのだ、といおう決意を持って見直すことが大事です。
この決意がないと、せっかくの見直しが見直しになりません。事例多数あり。

 当サイト、当面この課題に集中したいと思います。

百貨店退出時代の中心市街地活性化

 空洞化の進展がとまらない中心市街地、それを象徴するのが百貨店の退出です。

 伝統的に広域商圏を持っていた都市の中心市街地から百貨店がどんどん退出しています。ご承知のとおり。
これに対応する中心市街地・都市側の動きといえばリニューアルこと内外装改装への支援でしょうか。商店街では“撤退しないで”と署名運動が行われたりします。
おかしいですよね。
百貨店が退出するということは、都市が取り組んできた「中心市街地活性化基本計画」が破綻した、ということを意味します。そうですよね?
中心市街地が活性化の方向へ向いていれば撤退することはありません。
撤退したからといって他にいい立地がある話ではありませんし。
それが撤退するということは、これ以上辛抱を続けても事態は好転しない、と最終判断をしたといおうことであり、言ってみれば当該中心市街地は当該百貨店から商業立地としての将来について「最終判断」と突きつけられた、というjことになります。
どう対応すべきか?

 中には「百貨店が活性化に取り組むといっている」ことを頼りに基本計画を作っている都市もありそうですが、あらためて「見直し」が必要です。

 郊外型商業が全盛を謳歌する時代に、どんどん空洞化していく中心市街地を商業立地として再生させようというチャレンジですから、“中心市街地の商業集積群をめぐる環境与件”などは掌を指す如く理解しておかなければならない。
今どきの百貨店が陥っている問題情況についてももちろんです。

 「百貨店活性化への道」を百貨店に提案できないようでは、中心市街地の活性化は夢のまた夢に終わります。
百貨店は立ちゆかなくなったが、商店街だけは通行量増大に取り組めばなんとかなる?
イベント、エコ、コミュニティなど、商売以外の事業に取り組めばその成果が商売に反映して繁盛できる?

 無理難題というものです。

 通行量原理主義で商店街が活性化できると信じている人は、全国ほとんどの都市から百貨店が退出している、残っているものも何の展望も持ち合わせていない、という現実をどう判断しているのか?
是非、聞いてみたいもですが、何も考えていないことは分かり切っています。もはや活性化への取り組みは、惰性以外の何ものでもない、と断定しなければならない。

 中心市街地活性化、状況にも関わらず・あるいは状況だからこそ活性化できる、と信じて取り組んでいる人は、その信念がおっかどうかすぐ分かる方法がありますので、試してみましょう。

 御地の『中心市街地活性化計画』に提示されている「活性化への道」、もし百貨店が採用したとしたら。
その百貨店は商売繁盛、退出しなくて済みますか?

錦通りの報道記事

 7月31日の当コーナーで紹介した佐賀新聞の記事をアップしました。

 報道のありがたいところは、読者に伝えたいことがPRとして伝わること。他の媒体ではなかなかできないことですね。

 新聞で報道されると、必ずお得意さんから電話がかかってきます。“頑張ってるね、商店街活性化の取り組みはそうでなくっちゃ、応援するからね”。
商店街に何とか繁盛してほしいと思っている人は消して少なくありません。そういう人たちから見てこれまでの活性化の取り組みはどう映っていたか?
これははっきりしておりまして、これまでの取り組みについて、“頑張ってるね、応援するからね”といった電話があったか・なかったか。

 思い出せば商店街お客様アンケートで必ず上位にランクされるが○品揃え、接客サービス、整理整頓など商店として当然の基礎的なレベルでの不満の数々。
どこの報告書にもはっきり出ていることですが、これまで真っ正面から取り組まれたことはありません。
お客がお金を使ってくれるのは、こういう条件がきちんと整えられているお店だけ、条件整備をほっぽりだしてイベントなどにうつつを抜かしている商店街は、イベントだけを消費されてはいおしまい。
アンケートに記された不満の元が解消されない以上、イベント客が買い物客に変わるはずがありません。

 ということで。
イベントなどに走る前にやるべきことがありますよね、ということについて、ウソだと思う人は自店のお客に尋ねて見るとよろしい。
あきれた顔で”そう思うけど・なんで?”そんなこと聞くの、と不思議な顔をされるのがオチです
有限会社クオールエイド
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こちらは、コンサルタント・ファーム、有限会社クオールエイドのホームページの別館です。 商店街・中心市街地活性化関係の業務を中心に展開しています。 ご利用法について。 当ブログには、当該部門について、他では入手困難な情報をたくさん提供しています。 「ブログ内検索」で抽出、ご利用ください。 各種掲示板、ホームページ過去記事などは左欄の目次からアクセスできます。 引き続きよろしくお願いいたします。
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有限会社 クオールエイド

  • Author:有限会社 クオールエイド
  • 【キラリ輝く繁盛店づくり】
    お客に見える店づくり―見える化をテーマに【個店の繁盛】から【商店街活性化】、【中心市街地の商業集積としての再構築】まで一貫した取組を支援します。
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