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看板倒れの中心市街地活性化

 中心市街地活性化フォーラムといえば、毎年、全国各地で取り組まれていますが、案内などを見ると、先進事例のレポートと各地のリーダーさんたちの取り組みで得た教訓の発表というい内容のことが多いようです。

 いうまでもなく、先進事例も教訓も“そのとおりにやれば上手く行く”というものではありません。

 旧法当時から数えれば10年にも及ぶ「先進事例」における取り組みの成果を、10年間、まったく取り組みを前進させられなかったところがマネしようと思ってもマネできるはずがない。
先方で成功事例として結実しているのは10年に及ぶ営々とした取り組みの蓄積ですから、これまで各種事業に一過・単発で取り組んできた都市が右から左に追従できるはずがない。
うちでは出来ない、と嘆息するくらいが関の山です。

 この期に及んで軽々に「先進事例に学ぶ」などということは考えないほうがよろしい 活性化フォーラムといえば、セミナーと先進事例視察がセットで企画されることが多いようですが、今ごろになって“先進事例(有ったとして)に学ぶ”というのは遅すぎです。

旧法当時から数えれば10年にも及ぶ「先進事例」における取り組みの成果を、10年間、まったく取り組みを前進させられなかったところがにわかにマネをしようと思ってもできるはずがない。
先方で成功事例として結実しているのは10年に及ぶ営々とした取り組みの蓄積ですから、これまで各種事業に一過・単発で取り組んできた都市が右から左に追従できるはずがない。
うちでは出来ない、と嘆息するくらいが関の山です。

 この期に及んで軽々に「先進事例に学ぶ」などということは考えないほうがよろしい。

 そもそも。
反省しなければならないのは、わが都市は、中心市街地活性化という課題に取り組み、これを着実に推進していく基礎体力を関係各方面が持っていただろうか、ということでありまして。

 あらためて考えてみますと、関係各方面、支援にあたる専門家方を含めて必要な能力を持っていなかった、だから取り組みが上手く行かなかったのだと総括しなければならない。

 ちゃんとしたプランナーなら、「都市の現有能力」を勘案しつつ、分相応の「活性化への道」を描きあげる能力を持っているわけですが、あいにく、これまで中心市街地に出没しているプランナーさんたちは等身大のシナリオを描くのに必要な能力を持っていませんでしたし、都市内部にはプランナーの力量を看破する能力がなかったということで、無い無い尽くしの取り組みだったわけです。

 計画は、関係者の基礎体力の力量に見合った中味になっていないと動きません。
実効ある基本計画を作るためには計画作成に先だって、我が中心市街地活性化の推進に動員可能な基礎体力・経営資源についてちゃんと棚卸ししておかなければならない。もちろん、その結果は基本計画の根拠として計画内に記載しておかなければならない。我が中心市街地の「問題情況」というわけです。
しかし、残念ながら、取り組みに動員可能及び推進のプロセスで調達可能な基礎体力&経営資源についてきちんと記載している基本計画は一つもありません。

 さて、基礎体力の状況に関わらず、中心市街地活性化に取り組み、実現可能だということにするには、“住む人来る人を増やせば街は活性化できる”という通行量原理主義はまたとない根拠になります。
何しろ、商店街の現状、個店の力量などとは無関係にひたすら「住む人・来る人」を増やせば、その結果として商店街は活性化する」、ということですから、めんどくさい状況分析などはそっちのけで「人出増加作戦」に集中すればよろしい。

 通行量原理主義を採用している基本計画が多いのは、そういう利便性が動機になっているのかも知れません。
実際のところは、なぁ~んも考えずに作った、ということでしょうけど。

 ということで、中心市街地活性化、これまで上手く行っていないところは、従来の計画、取り組みの延長上で実現できるということはありません。
これは声を大にしていっておかなければならない。
新法も中心命題である「商店街活性化事業」を“商店街を活性化するために取り組む人出を増やすための事業”と考えていたのでは、従来の路線の取り組みに補助率が上がっただけ、ということになりかねません。

 商店街の通行量と物販個店の賑わいとの間には、因果関係はおろか、相関関係もありませんからね、いつまでも“商業はまちの花”などというガセネタに踊っていると、他ならぬあなた自身の商売が立ちゆかなくなってしまいます。

 商店街の皆さんは、それぞれ上位計画である基本計画の進捗状況に関わらず、自らの店・まちの活性化(=商売繁盛)をほんとうに実現できる方向と方法を見つけ出し、自分たちの自助努力でその道を歩き始めなければならない。

 ぼけっと付いていったあげく、“間違っていた”と誰もが気づく段階になって、その間違いに真っ先に代償を払うことになるのは、他ならぬ商業者の皆さんですからね。

 ということで、中心市街地活性化の再構築は、
“中心市街地に「商店街・ショッピングの場」を再構築する
”という一点に集中した取り組みにすることが不可欠です。
もちろん、「ショッピングの場の再構築」は、マンション建設やイベント事業などが束になっても叶わない大事業です。
この大事業を one of them として取り扱ったのがこれまでの活性化の間違いでした。

 繰り返しになりますが、繁昌する商店街を再現する=ショッピングの場の再構築は、他の仕事と掛け持ちで取り組めるほど生やさしい仕事ではないということに気づかないと、中心市街地活性化という大看板は早晩朽ち果ててしまうことになります。

通行量と活性化の因果関係

 中心市街地活性化を推進するための事業は、そのほとんどが“住む人・来る人を増やす”ことを目的にしていますが、これを「商業の活性化」に引きつけて考えれば、“店前通行量の増加”を目指しているということになります。

 しかし、店前通行量と商業の活性化 ―端的に言えば立地する個店群の賑わいでありつまりは売り上げの向上― との関係の理論的な究明作業はこれまで行われておりません。
両者に相関関係が有るのか、あるとすればどの程度のものか?
商業活性化の取り組みが「店前通行量の増加」に収斂している以上、このことの解明は(増加のための事業に取り組んでいる人々にとって)極めて重要な課題のはずですが、これまでのところ行われておりません。学界については分かりませんが、行われているとすれば、その業績が引用されてしかるべきところです。

 理論的な根拠がないままに“店前通行量の増大”が商業活性化を実現する一本道であるかのように考えられ、追求されています。
認定基本計画において“活性化実現のバロメーター”として設定されている「数値目標」は、商業活性化関連では「通行量の○%増大
」されていることは皆さんご承知のとおりです。
 ご承知のとおりですが“通行量が○%アップすれば、商店街の何がどうなるのか”ということについてはまったく述べられていない計画がほとんどです。

 これは何を意味するのか?
数値目標として「通行量の増加」を掲げている基本計画は、何を根拠に“通行量を増加させれば商業は活性化する”と主張しているのでしょうか?
提示されている○%アップという数値は、それが実現すれば商店街の何がどうなると主張しているのでしょうか?
上述のとおり、商業の活性化とは突き詰めれば「シャッターの内側の活性化・売り上げの増加」ですが、通行量の○%アップは、売り上げの増加とどう関連しているのか?

 交通量アップのための取り組み自体、“それに取り組めばほんとうに交通量が増えるのか”根拠が無い事業が多すぎます。
交通量の増加が商業の活性化をもたらすということは論証されておりませんが、ついでに指摘しておきますと「通行量を増加させる」ために計画されている事業群にほんとうに通行量を増加させる力があるということも論証されておらず、どちらかといえば実効性が疑われるものが多いようです。
 先に発表された認定基本計画の中間総括では、ご承知のとおり、ほとんどの都市の報告が“通行量の増加”という目標について未達であり、さらにはスタート段階よりも減少している例も少なくありません。その理由は究明されていません。
にもかかわらず、計画期間中には数値目標が“達成される見込み”とされていますが、その根拠はまったく示されていません。

 こういう「計画」に基づいて貴重な時間とお金と人々のエネルギーが費やされているということですね。

 なぜこんなことになっているのか?
思い当たるのは「藻谷理論」の存在です。
提唱する藻谷浩介氏は、
○日本全国行ったことがない市町村は5個所だけ、
○すべて始めていったのは自費
となんの関係もないことをマクラに置きながら、
“商業は街の花、花が咲くためには根、茎、葉が十分育つことが必要だ”というレトリックを用いて、「商業活性化への道」を提唱しています。
“商業はまちの花”と宣う氏にとって、花の咲き加減はひとえに根・茎・葉の生育状態に掛かっておりまして、では、根・茎・葉とは何のことかと言いますと:
根:中心市街地に住んでいる人
茎:中心市街地で働いている人
葉:中心市街地を訪れる人
だそうです。

 つまり、氏が主張する中心市街地・商業活性化への道とは、商業は人の数次第、活性化したかったら人を増やせ、ということであります。
ではその根拠はといいますと、アッとビックリ、何もありません。“商業はまちの花”花を咲かせたかったら・・・というレトリックのみがポツンと語られるだけです。

 こういう思いつきが基本計画の作成を導いているとは信じたくないところですが、ためしにWebで検索してみると氏の言説に“目からウロコが落ちた”人たちのレポートが山積しています。
某市の基本計画には「監修者」として氏の名前が挙げられ、市長さんが謝辞を述べています。
 さらに氏は、国会、政府等の関係機関における調査・審議に参加して上記のような“行ったことのない市町村は五個所だけ”といった修飾をマクラに現場を知悉しているものの発言として「商業はまちの花」理論を展開しています。
国の施策にも影響を及ぼしている可能性があるわけです。
しかし、繰り返しになりますが、氏の“通行量(人口)が商業を活性化する”という主張にはなんの理論的な裏付けもありません。
ただ、「商業はまちの花」というアナロジーがあるばかり。

 これも既に明らかにしていることですが、中心市街地関係者で「活性化への道」を添加している人はほとんどありません。takeoが知っている限りではtakeoと藻谷氏だけではないかと思います。
そうだとすれば、世に蔓延している「通行量が活性化を実現する」という考え方の多くは藻谷氏の主張に由来するものではないか、と推測されます。
藻谷氏の責任は重大です。

 さて、ご承知のとおり、藻谷氏は都市の相対的な景況についてデータを加工して説明することを得意とされています。
これを見せられて“眼からウロコが落ちる”人が多いようですが、氏が提示する図表から「活性化への道」が示されると思ったら大間違い、このことはあらためて【理論創発】できっちり剔抉します。

 さて、いくら書いてもキリがありませんので最後に藻谷氏へのお願いを書いておしまいにします。

 藻谷さん、仮にも中心市街地・商業活性化の専門家として振る舞うのなら、ご自身が提唱する「活性化への道」の根拠である“商業はまちの花、住む人、来る人が増えれば街は活性化する”というお説の根拠を明らかにしていただきたい。
あなたはデータを使うのが得手のようですから、一つ、全国各地の都市データを用いて明解にご自身の主張の根拠を明らかにされては如何でしょうか。

この作業、これまで取り組んでおられないのが不思議なくらい、さっそくのご着手をお願いします。
根拠のないご託宣に基づいて基本計画が作られ実践されていますが、その結果、劣化スパイラルが停止するどころか、事態はどんどん悪くなるばかり、実践的には実行力が疑われかねない「まちの花理論」ですが、少なくとも“理論的・データ的には間違っていない”ことを論証してお説を根拠に基本計画~実践にいそしむ全国の関係者を安心させてください。
もちろん、出来れば、のことですが。

豆田町商店街

 昨日は繁盛店づくりの打ち合わせで大分県日田市の豆田町商店街に行きました。

 日田市は徳川幕府の九州探題が置かれたところ、当時の豆田町は金融で栄えたまちで、土蔵白壁づくりが文字通り軒を連ねています。広域周遊のポイントとしてたくさんの観光客が来訪します。
デスティネーション機能を分担する小売店の充実が課題となっているところから、今秋からの取り組みを目指して計画中です。
広域・買い回り型商店街は、そこをめがけて出掛けること自体がお客にとって「イベント(起こることが待ち望まれている出来事)」になる内容を実現していなければならない。
まず個店の取り組みからスタートして、点から線、線から面への展開としてデスティネーションの再構築が知らず知らすのうちに出来上がると面白いですね。


 繁盛店づくり、今秋取り組みをスタートさせる都市、商店街は他にも数カ所あります。次年度の取り組みを目指して準備中のところもあり、繁盛店づくり、点から線・線から面への展開という、どこから見ても真っ当な取り組みが本格化する時が来たのかも知れません。

 折から、国も商店街活性化・個店の経営改善を支援する新しい制度を発足させており、商店街=物販機能の中核を担う個店のシャッターの内側の取り組み、商店街・中心市街地活性化のメイン課題としてクローズアップされる時がすぐそこまで来ています。

あなたのまちの体制はどうなっているでしょうか。

 計画的な勉強会の実現に向けては、それぞれコナンとする事情に直面しているわけですが、事情とは活性化を阻んでいる要因の一つ、此方側に抱え込んでいてはいつまで経っても実現は難しいと思います。

金融資本主義vsものづくり資本主義

 このところ、バーチャルな金融資本主義ではない、地に足の着いた・日本のお家芸である「ものづくり」こそ進むべき道だ、という論調が増えているようです。

 何をおっしゃるやら。
こういう人たちは、金融資本主義の恐ろしさをほんとうに理解しているとは言えないのではないか?

 金融資本主義の行動原則は“金儲けの出来そうなところにお金を持って現れる”ということですから、ものづくりが良さそうだ、となればそっちに雪崩を打って押し寄せます。株式を公開しているものづくり会社で業績の良いところ、ものづくりに励んだらアッと驚く成果が挙がった、というところにはお金が押し寄せます。
乗っ取られたくなかったら企業の市場価値=株価を防衛しなければならない。もちろん株価が上がればそれを目当てに新手のお金が押し寄せます。

 端的に言ってグローバル金融資本主義にものづくりで対抗することは出来ません。出来る、やろうと言っている人はないも分かっていない人か何か魂胆を持っている人ですね。

 グローバル経済の恐ろしさは、グローバルな秩序のない市場原理主義の恐ろしさですからね。
非経済的な秩序が前提されていない社会、有効なルールが「市場原理だけ」という社会を想像してみれば一目瞭然ですね。

 「保護貿易」という四文字を押し立てなければならない局面に入ったのではないかということでもありまして、振り返ってみれば貿易立国などという文言に踊らされて、自動車、エレクトロニクス輸出のためにどれだけ犠牲を払ってきたことか。
貿易は、まず国内産品優先、余ったものを輸出する足りないものを輸入するという国民国家の「原則」に立ち返るべき。
ついでに言えば「セイフティネット」などという市場原理主義におもねった用語は断固排撃すべき、憲法の精神にセイフティネットはありません。

 次期政権を狙う鳩山さんもセイフティネットではなく「友愛」だと言っています(笑

活性化の合い言葉は「自助努力の組織化」

 “繁盛する個店”は、商店街活性化のスタートであり、ゴールであるというのはご承知のとおり、当サイトが提唱する「商店街活性化への道」のメインテーマです。

活性化への道
①商店街の有志が「自店の繁昌再興」を目指して立ち上がる
②繁盛を実現するとともに“やれば出来る”ことを実証する
③後続グループにようる「繁盛店づくり」の実践を組織する
④空地空店舗を利用したテナントミックスの推進
⑤空地空店舗を利用した非物販・都市機能の充実
というように進んでいきます。
“適時適切な販促活動の展開”も必要ですが、間違っても①、②が先行することをお忘れなく。

 “活性化への道”について、部外から異論が起こることはあり得ませんが、どういうわけか(笑、内部から異論が起きるのが業界の業界らしいところ、“これまでの取り組みを否定することになる”などという屁理屈を立てて陰に陽に妨害する関係者がいたりします。
これまでの取り組みってほとんど展望を出せていない取り組でしょ、自から否定、新しい道を探求しないでどうしますか。


 「買い物の場」である個店を繁盛させる=繁盛店づくりという、商店街活性化を目指すと言ったとたん、真っ先に着手すべき課題への取り組みがなぜ出来ないのか?
このことを直視し、適切な方策を講じない限り、商店街の活性化はゼッタイに実現できません。
商店街の存在意義は「買い物行き先」としてみんなに使ってもらうこと、ですからね。

 商店街・中心市街地活性化はなぜ実現できないか?
いろいろ原因が探索されているようですが、見当違いも少なくありません。

その一
 これまでの取り組みは商業活性化に偏していた。

 だから商店街は活性化できなかった、ということのようですが何をおっしゃる、これまで「商業活性化」の実現につながる施策をいつどんな風に展開してきたというのか?

 確かに“街に人を集める”とか、“景観を整備する”といった事業も広義では活性化事業に間違いありませんが、そういう事業の成果が得られるのは「買い物行き先」・「物販機能」として具備すべき条件がきちんと整っていた上での話、買いたくなる商品が売られていない・買いたい気分になれない店と空店舗が軒を連ねる商店街で集客や景観整備に力を注ぐのは一体何のつもり、ということですね。

 商業者の場合は因果応報、間違った努力に終始すればその報いは業績不振という形で帰ってきますから、最悪、廃業のやむなきに至ります。商店街から退出すればこれにて一件落着です。
落着しないのは、商店街~関係各方面~都市のほうでありまして、空店舗が増えればその分確実に劣化スパイラルは進展し、他店への悪影響、集積全体の魅力低減は止まることがありません。

 ということで、商店街からの撤退が増えることは何としても阻止しなければならない。「個店の繁盛再生」については、喫緊の課題として“総力を挙げて”取り組まなければならない、ということがこの期に及んでも未だ分からないか(笑

 その二 個店への支援は出来ない。

 あのですね、個店に対するてこ入れはですね、“当該個店のため”だけではありませんよ。
この機会に是非‘個店への支援は商店街全体を商業集積として維持・発展させるため’だということをしっかり理解してください。

 前述のとおり、適切な自助努力に取り組まない個店は、条件の整ったところから順次商店街から退出していきます。
退出が続いて困るのは誰か?
残っている個店、商店街、関係各方面、都市そのものですね。
退出してしまったには商店街の将来などなんの関係も無くなりますので。

 空店舗が増えて困るのは、商売を続けたいお店、活性化したい組合・行政・商工団体・・・・。

 ということで、“なぜ個店の商売を支援しなければならないか”という皆さんの疑問に解答してみました。

 個店への支援は、商店街活性化にホンキで取り組むならゼッタイに避けて通れない課題である、ということですね。

 商店街活性化への道は、上記①~⑤のように示されますが、これはもちろん従来的取り組みとはまったく趣を異にしていますから、中には抵抗する人もあるわけですが、いずれにせよ、「方向転換」は必至です。
「繁盛店づくり」については、たとえ個々の店主が「その気」が無くても、脅してもすかしても、取り組んでもらわなければならない。
“話は分かるが、うちの商店街には通用しない”といったとたん、「商店街活性化」はオジャンになります。

“商業はまちの花”花を咲かせるには根や茎にあたる“住む人・来る人”を増やさなければならない・・・。
バカですね。
郊外のショッピングセンターを思い出してごらん。
売り上げが落ちたからと言って、何でもいいから「住む人・来る人(買いもの客ではない)を増やせ」などという取り組みをしているところは日本全国、ただの一個所もありませんよ。

 指摘されると“SCは造花、ホンモノではない”などと言いますが、造花だろうが生花だろうが、「買い物行き先」として役に立てばいいのであって、ちゃんと機能を備えているか否かということが集積としての成否の分かれ目です。

 業界では「イベントに成功した」とか、「○○施設を作った」とか、「マンションを建てて完売した」といった事例が 
①中心市街地=商業街区の ②活性化=都市機能の増進と経済活力の向上に ③成功した

事例であるかのようにもてはやされ、事業の推進者が「活性化の達人」視されたりしておりますが、とんでもないことです。そういう事例の正体を確かめるには、現地を見に行くのが一番、「成功」の結果、街に軒を連ねる個店は繁盛しているのかいないのか。百聞は一見に如かず、全国に事例はたくさんあるはずですから自分の目で「成功事例」の実態を核にすることは不可欠です。

 もちろん、通りに面する個店群を一瞥、その景況を判断できないようでは業界で一所懸命頑張っているとは言えません。行政・商工団体・TMO・商業者・・・、あなたのポジションがどこであろうとも。 

 商店街・中心市街地活性化のキモは、既存個店群の自助努力をどう方向付けるか、どう組織するか、ということでありまして、この一点をはずした取り組みはけして目的を達成出来ません。
耳にたこ的リフレインですが。
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プロフィール

進化する売場研究会

  • Author:進化する売場研究会
  • 【キラリ輝く繁盛店づくり】
    お客に見える店づくり―見える化をテーマに【個店の繁盛】から【商店街活性化】、【中心市街地の商業集積としての再構築】まで一貫した取組を支援します。
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