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経済とは、経済学とは何か?

 『文芸春秋』七月号にジャーナリストの東谷暁さんが『エコノミスト早くに立つのか』という記事を書いています。ご承知のとおり、東谷さんは経済プロパーで幾冊もの著書のある腕利きのジャーナリストです。当サイトではその著書を何度か紹介しています。
いろいろと参考にさせてもらい、感謝している人ですが、今回はちょっと異なる視点から取り上げます。

 さて、上述の論文で著者は、マスメディアに登場するエコノミスト(経済学者・経済評論家)は、「世界同時不況」について何をどう論じているか、ということを論じています。同様の作業は、99年、01年にも行われており、文春新書でも出ており楽しませてもらいました。

 東谷さんがみずから述べているこの作業の趣旨は“サブプライムに端を発した世界同時不況についての経済論争を出来るだけ分かりやすく整理して読者に提供し、議論の混乱を少しでも低減したいと思うから”ということです。(同誌p191)

 この趣旨のもとに、メディアで活躍する著名エコノミスト25人をピックアップ、基準を設定して評価、順位付けをしています。これも前例と同じ。

 評価するのは次の四項目
1.米金融崩壊の予測
2.日本経済の浮沈予測
3.インフレ目標について
4.財政出動について
1、2については当たりはずれ、3,4については主張・説明の合論理性を評価します。
評価は、
+2:まず納得できる
+1:まあまあ納得できる
0 :あたらずとも遠からず
-1:やや納得できない
-2:まったく納得できない
の5段階で行い、その結果をもって25人を順位付けしています。いつものパターンです。ちなみに、第一位は菊池英弘博(日本金融財政研究所長)の平均+1.29、最下位は 3名同順で-1.25です。誰がどう評価されているか興味のある人は同誌の一覧表をば。

 記事を読んでtakeoが感じたこと。
1.金融危機の発生を適切に見通していたか?
 これは、いつ頃、どのような根拠で予測したか、ということがポイントですね。
バブルはいつかは弾けるわけですし、“バブルは弾けてはじめてそれと分かる”という人もいます。著者も記事の最後で“たまたま当たった”とコメントしており、さてさて。
2.日本経済の浮沈を見通していたか?
 ということについては、、日本はサブプライムをあまり購入していないので“ほとんど無傷”という意見が多かったが、あにはからんや、株価の急速な下落で端的に反証されたわけですが、読み違いの弁解として、“経済学者を名乗っている竹中氏が”“〈構造改革が止まり、企業や国民の期待成長率が下がったから>と述べて〈今の問題をアメリカだけのせいにしてはいけない〉などとうそぶいているのは呆れざるを得ない”と一刀両断、“とはいえ、こうした日本経済急落の原因を何に求めるかで、それぞれの論者たちの経済観と政治的立場が露わになったことは、興味深い現象だった”と述べています。
後ほど取り上げますがここは大変重要なところです。

記事のまとめでは、
“エコノミストたちの議論に絶対などというものはない。次々に変節する人もいれば終始一貫して主張したことがたまたま当たる人もいる。その微妙な違いを読みとっていただければさいわいである”と述べ、
“この格付けが、現在の経済危機と真剣に対決している読者にとって、様々な議論に謙虚に向き合い、自らの処方箋を見つけ出す一助となればそれ以上の喜びはない”と結ばれています。

 これはおかしいのではないか?
“次々に変節する人”や“一貫して主張したことがたまたま当たる人”たちの“その微妙な違いを読み取”ることが、どうして「現在の経済危機と真剣に対決している読者」の「様々な議論に向き合い、自らの処方箋を見つけ出す一助」になるのか?
訳が分かりません。

 著者自ら「ころころ変わる」「たまたま当たった」と評価するような言説に、処方箋を自ら見つけ出さなければならない「読者」は、なぜ「謙虚に向き合」わなければいけないのか?

 もともと、対象とする言説が「一助」になるか否かということを判断するためには、論者が自ら持っている経済観を基準にきっちり展開してもらわないことには話になりません。一時的な当たり外れだけなら、「占い」でも「あみだくじ」でも出来ますが、「当たり」が「今後の予測 の正確さを約束するものではありません。「ころころ変わる」「たまたま当たった」というのはそういう類とどこが違うのか。専門的な装いを凝らしている分、罪は重大です。

 東谷さんが、ホンキで「読者」の「真剣な対決の一助」となることをめざすならば、こういうレベルの言説の順位付けなどをするのではなく、「真剣に対決しようとしている」人に対して自らの経済観、装備している経済学的体系を明らかにする、適切なそれが準備できていなければその構築に赴くことが、真っ当な姿勢ではないでしょうか。
少なくともホンキで「真剣な対決の一助」をめざすならそうあるべきだと思いますが。

 マスコミ人士は、ご自分の頭の良さを頼りに、注文されたテーマについてデータを集め、読み込み、PUT OUT することが得意ですが、今どき「真剣な対決への一助」たらんことを望むまれるならば、それはもはやジャーナリスト的ポジションでは果たせない望みであるということになるのではないか。

 ということで、現下の経済状況に真剣に対応しようとしている人、せざるを得ない人にとって、エコノミスト、ジャーナリストの言説が意味するところを明らかにしてみました。

 経済において実務に当たっている人にとって必要なことは、自分の日々の仕事、将来のあるべき姿を描き、それを実現する方向と方法について「処方箋」を確立することですが、エコノミスト、ジャーナリストの言説にそれを期待することは出来ない、われわれは微力をいとわず、自ら処方箋を確保しなければならない状況にあるのだ、ということを覚悟市、必要な作業に着手することだと思いますが如何でしょうか。
 
 雑誌を読んでいて思いついたことを書き連ねてみました。中心市街地活性化、地域経済活性化などに真剣に対決し処方箋を得たい人たちの指針となるべき「中心市街地活性化の経済学」「地域活性化の経済学」はまったく存在しません。
ご承知のとおり、中心市街地活性化についての言説は、「ころころ変わる」ものや「なんの根拠も無い経験則」の類が殆どですから、順位付けされている人たちを笑うわけにはいきません。

 記事を踏まえてわれわれはどうすべきか、という問題をあらためて確認しなければならない。 

 ということで、処方箋を真剣に探している人の一助になればさいわいです。
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