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五里霧中の中心市街地活性化

 中心市街地・商店街活性化の現状、―三十年にもわたって全国津々浦々で取り組まれているにも関わらず、確とした成功事例が報告されず、ましてや成功モデルなどは皆無であり、全体として空洞化は進行するばかりである― からわれわれが観念(*)しなければならないことは何か?

(*)観念する:心を落ち着け課題について静かに考えること。

第一に、もはや世上に流布されるあれこれのスローガンに啓蒙(*)抜きで盲従することは許されないということ。

今すぐ思い出せるスローガン:
○歩いて楽しいまちづくり
○住む人・来る人を増やす
○公共施設の建設
○ショッピングセンターの経営手法の導入
○チャレンジショップ
○コンパクトシティ
○アクセルとブレーキ
○所有と利用の分離
 ・・・・・
 いうまでもなく、活性化事業の成功は、活性化という言葉の定義に基づく関係者の行動によってもたらされるものですから、上記の各スローガンも活性化という目的の正しい設定というプロセスを省略すると、それぞれのスローガンを冠せられた事業があたかも活性化という目的の化身ででもあるかのように物神化され取り組まれることになり、その結果として全日本的規模での取り組みの蹉跌があるわけです。

 問題はわれわれが「中心市街地・商店街活性化」というテーマを表す文言に対してどのような内容をこめているか、ということであり、すなわち、中心市街地活性化という言葉を解決しようとしている問題(都市機能としての中心商店街の空洞化からの再興)と整合させて定義していることが取り組みの成否を左右するということです。

 中心市街地を活性化したかったら、まず、「中心市街地活性化」という言葉を適切に定義しなければならない。
商店街を活性化したかったら、まず、「商店街活性化」という言葉を“自分たちがめざしていること”を適切に表現した言葉で定義しなければならない。

 中心市街地活性化の成否は、適切な中心市街地活性化の取り組みに掛かっているわけですが、適切な取り組みは、われわれが「中心市街地活性化」という言葉をどのように定義しているか、ということにかかっています。言葉の間違った、あるいは不適切な定義の基づいて組み立てられる行動は、間違った・不適切な行動になるわけで、逆に言えば、間違った・不適切な取り組みの背後には、間違った・不適切な「中心市街地活性化」についての理解が控えているわけです。

 われわれが「中心市街地活性化」についてどのような期待を持ち、それをどのように定義しているか=それが本当に自分たちの期待していることを的確に表現しているかどうか、ということに活性化の成否が掛かっています。
中心市街地・商店街活性化の成否は、まずは、それをどう定義しているか、ということが成否の分かれ道になります。

 このようなごく当たり前の立場から、実際の取り組みを見直して見ますと、まずイヤでも気づくのは“「中心市街地・商店街の活性化」とは中心市街地・商店街にどのような状況が生まれることか?”まったく定義されていない、ということです。
「法」第一条では、中心市街地活性化を「中心市街地における都市機能の増進及び経済活力の向上」と定義していますが、これを踏まえて、あるいはこれとは関係なく、自分たちが取り組む活性化の取り組みについてその目的をハッキリ定義しておかなければ、取り組みは迷走することになります。

 目下、各地で起きていることはまさにこう言うことでありまして、指導・支援する専門家による“これこそがこれからの活性化の切り札だ”というキャッチフレーズ付きで登場する事業メニューに文字通り「切り札=オールマイティ」と錯覚して取り組み、惨憺たる結果に終わる、ということが繰り返されている根本的な原因はまさにこの「自力思考を省略した付和雷同」という取り組みの基本性格にあると看破しなければならない。

 自分のアタマで「活性化」を定義し、定義を基準に実現への道を構想し、必要な取り組み・事業を立案し、計画的に実行していく、という仕事全般に通じる当たり前の取り組み方をきれいに忘れ、ひたすら吟味抜きで成功事例に追随し、新規メニューを食い散らかし、結果として中心市街地をいっそうの荒廃へと追いやっていく、というのが大方の取り組みが実際にもたらしていることではないか。

 目下、成功事例とされているのは高松市の丸亀町商店街ですが、同商店街の取り組みは、Web上でアクセスできるリーダーの言説によれば、“再開発事業のハード部分は竣工したが、活性化に成功するか否かは継続している取り組み次第”という段階にあります。
 この取り組みを“所有と利用を分離することで活性化に成功した事例”などと短絡的に「理解」して、従来の成功事例同様、“オラがのまちでも取り組まなくちゃ”と張り切っている人たちも散見されますが、いうまでもなく、「所有と利用の分離」は事業手法ですから、問題は「この手法をもちいて何を作るか」というところにあります。
早い話、エスプラッツやアウガ(いずれも竣工当時はモデルともてはやされた)などが、底地を買い取らず・借地にしていたら成功していただろうか、と考えてみれば簡単に分かることです。

 この簡単なことがなぜ分からないのか、といいますと、考えがそこに及んでいないから。
つまり、「活性化の成否」「活性化事業の適否」を判断する基準をもっておらず、“そんなものを持つ必要はない”と思っているのかあるいはそもそも“活性化とは世上流布している「活性化事業」に取り組むことだ”と漠然と考え、その漠然を根拠にものごとを考え、組織を立ち上げ、事業に取り組む・・・。

 一事が万事でありまして、ここに述べたようなビヘイビアが中心市街地を支配しているとすれば、それはもちろん中心市街地に限られたことではなく、当該都市を支配している行動基準・ビヘイビアが中心市街地にも及んでいるということですから、“危うし・中心市街地”はそのまんま“危うし・都市経営”ということです。

 我が身を都市中空に浮かばせてみますと、中心市街地にはキリが立ちこめています。切れ間からのぞき込みますと、関係の皆さんが懸命(?)に手探りで事業に取り組んでいるのがかいま見えますが、眼を将来に向け直してみますと、そこには空洞化がさらに進展した中心市街地とそれを取り巻くこちらも「都市機能の増進及び経済活力の向上」とは無縁の街がキリの中に茫漠と広がり・・・。

 いうまでもなく、この霧は関係各方面の個々の担当者の「アタマの使い方」が呼び寄せたものでありまして、そうであるからにはこれを吹き払うという問題を解決するには、個々の関係者の「アタマの使い方」「ものの見方・考え方」を変えていく、というなんとも難しい仕事に取り組む以外にありません。

 商人塾は、有無を言わさず実証を突きつける、という側面を持っていますが、もちろん、心ここにあらざれば視れども見えず、自分が盲従するスローガンを基準にした成功事例しか見えない、という人には見てもらうことが出来ません。

さあ、この情況をどう突破するか、
これが今現在、ホンキで活性化に取り組んでいる・取り組もうとしている人が直面している問題だと思います。
某地においては、本日、正面突破が試みられるそうですが、第一歩が成功裡に踏み出されることを期待しています。

 活性化の命運は、取り組む人たちの問題設定が適切であること、及びそれが関係者によってどれだけ共有されているか、ということによって決まります。
 新年度になって新しく当サイトにお出でになった皆さん、この機会に皆さんの都市の中心市街地活性化の取り組み、果たしてどのような「活性化」という言葉の定義の上に組み立てられているのか、この際、チェックして見られることをお奨めします。
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進化する売場研究会

  • Author:進化する売場研究会
  • 【キラリ輝く繁盛店づくり】
    お客に見える店づくり―見える化をテーマに【個店の繁盛】から【商店街活性化】、【中心市街地の商業集積としての再構築】まで一貫した取組を支援します。
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