業容転換・原則

 ご承知のとおり当社流商人塾は、品揃え・接客サービス・内外環境すべて現状見てのとおり、というところからスタート、
①計画は作らない
②出来ること、急を要することから着手する
③新規投資は考えない、計画中の投資は見合わせる
④取り組みは細切れに
⑤失敗と分かった試行は元に戻ってやり直す
⑥試行の成否はお客の行動で判断する
などが基本です。

 ちなみにこういうアプローチで実現をめざす「業容転換」の目的は言わずと知れた「繁盛」の実現。
繁盛とは:
1. 繁盛が必要な小売店が
2. 業容転換に取り組むことで
3. 取り組む前には考えられなかった収益増を実現し、
4. 日々の業務を推進することで安定好いた成長コースに載せる
5. 新規投資の資金確保が可能になる
6. 不動産の資産価値が向上する
7. 後継者問題に前向きに取り組める
といった情況が生まれることです。
凡百の「賑わいづくり」などとはまったく違った、正真正銘の繁盛を実現するものであることをしっかり確認してください。

 取り組みにあたって、大事なことがもう一つありまして、それは
⑦今の売り上げを落とさない、今のお客を大事にする
ということです。

 繁盛店づくりについてありがちな理解では、「業容転換」という言葉から「業容」を一から設計し、計画的にその実現をめざす、というように理解する人もいますが、とんでもない間違いです。
そもそも計画とは、“今の力量に将来を従わせよう”ということですから、素直に今の力量を考えればとても転換計画を立て流・実行する力量は持っていない、と自覚することが大切です。

 計画的な取り組みをすると何が起こるか?
「客数減」が発生するおそれがあります。
一挙に業容を転換すると何が起こるか?
①従来からの愛顧客から“私の店じゃなくなった”と評価される可能性がある
②新たに計画~実現する店舗の業容は認知度が低く、ターゲットに考えている客相が“お試し来店~評価”というプロセスで愛顧客が増えていくには時間が掛かります。

 ①、②が一緒に起凝ることで何が起こるか?
客数減、売り上げ減ですね。この時期、一度落ちた売り上げを元に戻し、さらに上澄みしていくということは容易ではありません。
まして、現在の力量で作った「計画」が「失敗作」だったりすると取り返しがつきません。

 取り組みにあたっては、“業容転換だな、よし分かった”と早とちりしないこと。
お客に“店がすっかり変わった”を感づかれるような変化は起こさないことが肝要です。
お客に気づかれるのは“あれ、お店の一部が変わったみたい”くらいがいいのです。
毎日少しずつ変えていく、お客が気づかないうちに「売場」が、お客にとっての「ショッピングの場」にどんどん変わっていく、というのが当社流業容転換ですね。

 計画を立てるのは、計画立案~実施~評価というPLAN~DOーSEEのプロセスを上手くこなせる基礎体力が付いてから。
業容転換の取り組み、もう一度確認しておきましょう。
①計画は作らない
②出来ること、急を要することから着手する
③新規投資は考えない、計画中の投資は見合わせる
④取り組みは細切れに
⑤失敗と分かった試行は元に戻ってやり直す
⑥試行の成否はお客の行動で判断する
⑦プロセスを通じて売り上げが落ちないように留意する。

 以上、商人塾に限らず、商店街立地で繁昌再生に取り組む人は必ず心掛けるべき基本を書きました。

『地域商店街活性化法』

□「地域商店街活性化法案」と今後の商店街支援について
 中小企業庁経営支援部商業課
 公表日 平成21年3月6日(金)

□本件の概要

 経済産業省は、「商店街の活性化のための地域住民の需要に応じた事業活動の促進に関する法律案(通称:地域商店街活性化法案)」を、第171回通常国会に提出することになりました。
本法案は、地域住民に役立ち、地域の魅力を発信する「商店街ならでは」の取組を支援することで商店街を活性化することを目的としています。この法案を柱として、総額100億円を超える商店街対策を総合的に推進します。

□法律案の概要:

 一読して思い出されるのは、『整備改善活性化法』が施行される前に全国で取り組まれた「商店街活性化構想策定事業」です。
各商店街単位で活性化構想を策定(策定に補助金が出ました)し、その構想に基づく事業に対して優先的な支援を行う、というものでした。現場では、ハード事業、特に高度化事業の立案が奨励されていたような受け取り方があったようでした。
ちなみにこのときに作成された各商店街ごとの計画(特にハード事業)が旧中心市街地活性化基本計画に集約された事例も少なくありませんでした。

新しい法律では「法」に基づく支援の条件として「計画」を立て、認定を受けることが条件になっています。
支援を受けるための計画となれば、計画自体が支援メニューに合わせて作られることは容易に想像されるところ、どうも商店街活性化構想と似たり寄ったりの流れになっていくのではないか・・。

 ちなみに「構想」~「整備改善活性化法」への移行は、“従来のような点や線での取組では活性化は難しい”ということとでしたが・・・。
さらに、「中心市街地活性化法」への改正では“商店街は商業活性化施策だけでは活性化できない”ということだったような・・・。

 ぐるりと回って単位商店街の取組が改めて強調されるわけですが、施策の内容は「活性化構想」とあまり変わっていないようです。もちろん、形式は変わらなくても当事者の計画の内容が変われば問題ないのですが、当時と比較しても基礎体力が衰弱しているおおくの商店街にそれを期待することはできません。

 このところ、当サイトが良く取り上げる「基礎体力が衰えている商店街」は、シャッターの外側で何をやっても無駄でありまして、唯一、基礎体力強化向上対策だけが唯一有効なのですが、この時期に強化向上事業への取組を誘導しないと、またしても支援制度を食い散らかされるだけ、ということになりかねません。

 第一、この話に乗ってくるのは従来的な活性化事業に取り組むこと自体が(結果は問わず)商店街活性化だと勘違いしている一部リーダーだけ、他は引いてしまうのではないか?
と心配されます。

 第二に、基礎体力の現状を不問にしたまま、これらの事業にに取り組んだからといって商店街の活性化―繁盛店が増えること―が進展することはありません。
このことは、基本計画のもとで各商店街が取り組んだ事業の結果で
十分分かっているはずです。

 いずれにせよ、基礎体力の強化・向上・転換という課題を直視しないと、施策の効果は生まれない、このことははっきりしています。
「法」の解説で例示されている事業メニューには「人材の育成」が挙げられていますが、これを商店街の実状の的確な認識を踏まえたうえでどう活用するか、ということでしょうが、そもそも問題の把握・解決策の立案・計画へのまとめ、という作業が出来る基礎体力が無いわけですから、このまま進めたのでは劣化スパイラルを食い止められないことははっきりしています。

渋谷新宿百貨店巡り

 朝九時韮崎出発。
新宿で高島屋、丸井、伊勢丹、アルコットを視察。
渋谷に移って東急、西武を見ました。
一押しの東急本店には久しぶりで行きましたが、takeo的にはその業容は群を抜いています。ただし、賑わいは芳しくありません。
ギャルの街渋谷、ギャルの殿堂109の奥という立地も影響しているわけですが、自ら撒いた種かもですね。

 西武のほうが明らかに賑わっていましたが、両百貨店を比較しながら思い出せる人はお分かりのように、土地柄が東急向きではないということでしょう。

 経路の109もチェック、凋落ぶりをこの眼で確認しました。
夏物セールで全館3~5割引、しょっぱなの土曜日、天候晴れ、午後1時現在で「賑わい」はありませんでした。
世代交代の時を迎えたのかも知れません。

新宿方面は、どうしようもないですね。
高島屋さんでは、男子社員がクリアランスセールの呼び込みをしていましたが、聞くに堪えません。ジャスコとの差違はハンドマイク使用の有無だけ、声の張り上げた方、アピールの内容などまったくおんなじ。

 百貨店の業態としての低迷は、何処も同じですが、特に中活法のスキームで中心市街地活性化に取り組む規模の都市にとって百貨店の活性化は取り組みの柱の一つですが、ご承知のとおり、殆ど取り組まれておりません。
“百貨店が活性化に取り組むといっている”ことを頼りにしている向きもあるようですが、「取り組む」といったからといって成果を上げることは出来ない、ということでは百貨店も商店街の中商商店と同様でありまして、百貨店企業の経験・ノウハウではどうにもならないのが「地核変動」ですから、中心市街地・ショッピングコンプレックスの重要な構成員として一体的な取り組みを構築することが必要ですが、このことについて問題意識を持ち、百貨店活性化の方向と方法について提言を持っている基本計画は皆無です。

 タウンマネージャーさんのウデの見せ所であり、“百貨店活性化との一体的取り組みの必要性”に鑑み、基本計画の所要個所の見直しに取り組むというのは、狙い目だと思います。
既製の基本計画による活性化を請け負ってしまっているマネージャーさんにとって、基本計画を「自分色」にする絶好の機会だと思います。

 もっとも、「自分色」をちゃんと持っている人にとってのことですが。

韮崎市中心商店街商人塾

 既報のとおり、昨日スタートです。
特徴は参加者の構成。
1.中心市街地の商業者
2.「経営革新」を目指す中小企業者
3.地銀商店街担当者
4.商工会職員
5.市役所担当者
ということで、中心市街地活性化を推進していく体制の再構築(三者体制)と言う課題への取り組みの基礎となる理論の共有を実現する機会としての位置づけが確定しています。
羨ましく感じる先行商人塾塾関係者もあることでしょう。
こういう情報を関係各方面に出していくことも大切だと思います。

 中でも商工会に6月に設置された「中心市街地活性化推進員」さん2名の存在は大変貴重です。タウンマネージャーの主要な任務は、中心市街地のテナントミックスの最適化を目指す取り組みの指導支援と商店街ぐるみの推進体制の構築ですが、商人塾を通じて理論論の共有、人的関係の構築、個店指導技術の練磨ができることは韮崎市中心市街地商店街活性化の推進に大きな力を発揮することと期待されます。
局長さんは一昨年から当サイトなどを通じて活性化の実効ある取り組みを研究されてきたそうで、いよいよその成果を挙げるときが来たわけです。

 また、山梨中央銀行の地域各支店から商店街担当者が6名参加されており、これも画期的ですね。
商人塾の成功は、中心市街地の経済活力の向上への第一歩であり、その近い将来には、地銀さんの事業機会も展望されるわけですが、スタート時点説教的に参加される姿勢は、地域とともにある地銀さんを何よりも雄弁にアピールすのではないでしょうか。

 韮崎市の商人塾、これまでの商人塾がこれからの課題としている「推進体制の構築」にスタート時点から取り組むと言う点で、画期的な取り組みになります。
その取り組みについては、随時【商店街起死回生】で報告していきます。

 今日はこれから第一回目の臨店です。
臨店の手法は今回から若干新しくなりました。

商人塾的展開 実践レポート

 業績低迷が続く商店街、劣化スパイラルの原因は自信を持って取り組める「活性化実現の方向と方法」をもっていない、ということです。当社が提唱する「商人塾」は、何が何でも・今すぐ繁盛したいと思っている人が真っ先に取り組み、その取り組みから一直線に街ぐるみ活性化実現の方向と方法を確立しょうという、日本全国、他に例を見ない取り組みですね。ご承知のとおり。

 商人塾スタートから3カ月もすれば、
①繁盛店が生まれてくる
②点から線へのつながりが見えてくる
という可能性があります。実例が出ています。
どういう実例か?

一般に、商店街空洞化の二大要因といえば、
①空店舗が発生して埋まらない
②後継者がいなくてやる気が起きない
ということでしょうか。
②はいうまでもなく①の予備軍です。

 空洞化と対決する、空洞化の進展を防ぎ・さらに進んで空店舗をどんどん売場として再構築していく、というのが「商店街活性化」の中味です。そうでしょ?

 わがクオールエイド流商人塾は、まさにこの意味での商店街活性化を担う実践でありまして、自分のアタマで考えるという習慣を持たない関係者のなかには、“何だ、個店の話か”とせせら笑われたりしていますが、何をおっしゃる、わが商人塾は、点から発端して面的展開に至るシナリオを持っているのでありまして、実際に第一期商人塾・入門編の間に既に端緒的取り組みがスタートしています。

 空店舗については、隣が空店舗になったらとりあえず押さえておく、というのが戦略的選択でありまして、いずれはここを自分の事業が発展していく第一の陣地にする。
商人塾的取り組みの第二段階では、従来の成り行きで出来上がっている「業容三点セット」に戦略的視点からの評価を行い、企業としての存続・成長に必要な手を打つことに取り組みます。
このとき、ものを言うのが隣にある空店舗ですね。
ということで、用途はこれからの課題としながら先行取得している例が複数あります。
商店街立地の可能性をしっかり確認したから出来る行動です。

 後継者問題。
“この商売は自分限り”、ただし引退までに十年くらいは働けるので、それまでなんとか維持できる店にしたい、ということで参加されるひとも少なくないのですが、勉強と実戦が始まり、店内の空気が変わってくると、これまでまったく期待していなかった身内の人が「跡を継ぎたい」と言い出したりします。
夫婦で商人塾に参加するために店番を頼むことにした嫁にいった娘が、店内が変わり、お客の出入りが変わるのを実感して、その気になった、とか、高校生の孫が“大学を出たらおじいちゃんの跡を継ぐ”とか。

 いずれも商人塾に参加するまでは、まったく無かった話でありまし手、ご本人たち曰く“そう言えばこれまで家で商売の話をすることは絶えて久しく無かった”とのことで、商人塾参加を契機にお店・家庭で新しい動き・会話が生まれ・・・・ということのようです。
もちろん、こういうケースは限られていますが、考えようによっては、活躍の舞台がしつらえられているわけですから、使いこなす方向と方法がだいたい分かればその気になる人が出てきても不思議はありません。

 空店舗活用は、“補助金の切れ目が縁の切れ目”となりやすい「公募」よりも、商店街既存の商業者の利用を優先したほうが成功する蓋然性は高いと思いますが、如何でしょうか。
もちろん、活用し繁盛する「方向と方法」を持っている人の話ですが。

 スタッフを増やした、アルバイトのスタッフを正社員にした、という話はいくらでもありまして、中心商店街は活性化できるし、その結果は地域の経済活力の向上にどんどん貢献する、ということですね。

 四月の人事異動で生まれてはじめて商店街活性化を担当する人の中には、“繁盛店づくりなんかまだるっこしい、大型のハード事業で一斉に覚醒させる”“高松を見習おう”などという時代錯誤を振り回す人がいたりするそうで、点と線や面、けして別の問題ではないのだ、問いいうことがこの期に及んでも理解できないというのは、「自力思考」を放擲している証拠以外の何ものでもありません。

 ということで。
個店が繁盛するようになれば、空店舗問題、後継者問題への対処の目鼻が付き、雇用も増えるということで、「商店街・中心市街地活性化」がこれまで実現しようとして挫折を繰り返してきた課題、「解決の方向と方法」が実証されてきました。

 週末にはさらにいろいろと報告できると思いますので、お楽しみに。

「韮崎中心商店街商人塾」スタート

 山梨県韮崎市商工会主催で今日からスタートです。

めざせ、繁盛店!「韮崎中心商店街商人塾」参加者募集!

 昨年、甲府市商人塾の最中に勉強会が開催され、事務局長さんから‘来年は商人塾に取り組む’と聞いておりました。
年度変わりと同時に準備に着手、このほど開催の運びとなったものです。

 同市は目下、市内及び隣町に大型SCが相次いで進出、中心商店街に対する影響が厳しいさなかです。商人塾の理論修得と仮説試行にしっかり取り組めば大型SCは恐れるに足りません。
タイミングの良いスタートですから、しっかり取り組んで“SCが出て来たが、どっこい、こっちも頑張ったら従来とは比較にならない繁盛店になった”といえるようにしたいものです。
 これから3ヶ月間は、商人塾中心の日々を心掛けてください。そうすれば必ず成果をものにすることができます。
"恒常業務は戦略業務を駆逐する”という有名な言葉がありますが、商人塾は、そこでの勉強を踏まえつつ恒常業務に取り組むと、それがそのまま「戦略」の実施になるという、類まれな優れもの、その気になって取り組めば必ず成果が得られます。ただし、その気にならないとだめですよ。

商人塾 有志ブログ ご紹介

☆甲府市中心部商人塾

甲府市春光堂書店:
ワクワクするぜ!本屋が箱を開けるとき

文房四宝 甲府銀座ブラザー万年筆

※甲府市商人塾を紹介している山梨学院大学のブログ

春光堂さんを皮切りに紹介するそうです。

☆佐賀市錦通り商人塾

商人塾ブログ

三根楽器四方山話


漢方専門!皇漢堂のブログ


うれしの金賞堂


村上大佛堂


☆小松商人塾

jemclover
オーナーの気まぐれブログ

いつも拝見、元気をもらっています。
以下続く・・・

産みの苦しみ

 昨日の続きで商人塾について。
既報のとおり、今週後半から新規にスタートすることが一個所あります。その他、目下開催中の議会で予算審議中のところ、連合組織での取り組みが画策(笑 されているケース、単位組合での取り組みについて合意経営中のところなど。

 いずれも誰かが商店街・中心市街地活性化の実効的な方向と方法を求めて探索していて当サイトを発券したことが端緒で開催に向けて動き始めています。
誰かが、“これまでのような取り組みでは目標達成は難しい、方法を変えなければいけない”とぃう問題意識をもって探索可能な範囲を探索していたら、当サイトにたどり着き、内容を吟味した結果として試行を決意して一歩を踏みだしたということがない限り、商人塾の実践は始まりません。

 一歩を踏み出す、ということが決定的に重要でありまして、“商人塾しかない”と思っても実践への一歩が踏み出せないと、もちろん、二歩目、三歩目もありません。
そういうところも多いはずです。

 踏み出せないのは二つ理由がありまして。
その一、うちの連中にこんなことを提案しても無理
その二、話は分かるが自分の仕事が増えるのはヤダ
ということですね。それぞれもっともな理由です。

 従来的な「もっとも」に居座っている限り、商人塾とは無縁の商店街・中心市街地に終始することになります。
他に「もっとも」で、「うちの連中」に受け入れられやすく、しかも「自分の仕事」が増えない「活性化への道」が誰かから提案されない限り。

 という選択肢があり、商人塾に取り組むか、♪待ちぼうけに安住するのか、二者択一です。

 理論と実践を結びつけるのは、“新しい取り組みが必要だ”と状況を捉え、新しい理論を探索し、数多ある提案の中からベストを洗濯し、関係各方面に採用をアピールして実現する、というプロセスを担う人が不可欠です。いうまでもないことですが。
さらにいえば、この人を孤立させない・バックアップするグループもいないと、切っ先が届かなかったり、鈍ったりします。

 この間、関係各方面との合意形成も平行して実現していくことになりますが、組織団体とはいいながら畢竟、窓口~担当者の胸先三寸ということもありまして、上記その一、その二についで、“何をするかより、誰が言い出したかで話は決まる”というビヘイビアがあるところでは、「その三」にぶつかります。

 もちろんこういう障碍は、どこの商人塾でもスタート時点では存在するわけで、これを「行く手を阻む動かしがたい障碍」とみるか「実施するためには解決しなければならない課題」と見るかで、行動は根本的に異なり、道が拓けるか否かはここのところに掛かっています。
そもそも、これまでの取り組みはおかしい、方向と方法を変えてみよう、といった話がすんなり通るくらいなら、事業には取り組んでいるが空洞化は進むばかり、という状況に陥るはずが無かったわけで、「方向と方法」を転換するということは、難しいことです。

 「難しい」を“難しいからやめとく”のか、“じぶんの立場からやるべきだ、やりがいがある”と考えるかで、情況はまるで変わって見えます。「キャップライト(*)」が変わるからです。

 せっかく気に入ったキャップライトが手に入ったのに、装着せず(従来の性能の悪いライトをつけたまま)これまでどおりの情況に埋没するのか、ライトを活用するのか、選択と行動が迫られています。
(*) キャップライトについては【理論創発】で

 お奨めは、“出来れば取り組んでみたい”と個人的に思った段階で当社と連絡を取ること。
同じキャップライトで問題を照らすのでも、照射の位置や方角が異なる協働を実現すると、問題の見え方が変わり取り組み方も変わるはず、まずはなにはさておき、メールで「意思」のあることを知らせてください。

 「産みの苦しみ」は、何ごとであれ「方向と方法の転換」には付き物です。これを嫌がることは従来の「方向と方法」に安住したいということですが、安住できるかどうか、考えてみるまでもないわけで、「産みの苦しみ」にチャレンジするか、それとも「方向と方法」は分かっているにも関わらず、手を拱いたまま最期を待つ、という苦しみのなかで日々を送るのか。
 選択肢はこのように突きつけられておりますね。

基礎体力の転換 言い出しっぺはだれ?

 地殻変動期、各界各層で露わになっているのは、従来的状況に対応する能力が劣化・陳腐化しているということ。
商店街、中心市街地に限りません。

 思考停止・判断停止、行動だけは一見それらしい形式に則っているかのようですが、一皮めくれば恐るべき惨状を呈しています。

 これはぼけっとしていれば危機ですが、ちゃんと意識して「転換」を志向すれば、転換にとっては好都合かも知れません。
もちろん、シナリオと推進勢力は不可欠です。

 商店街の場合。
基礎体力の欠乏あるいは状況とのミスマッチは、当サイトがことあるごとに指摘しているところですが、このところ、問題意識を共有する人が増えているように感じます。
商店街活性化は、どん詰まりに来ておりましてもはや「後がない」状態、一日、一刻も早く新たなステージに向けて転換しなければならない。
 タイミング良く転換をリードする人が出現すれば、スムースに新しい方向と方法に向かうことが出来ます。
商人塾に取り組んでいる商店街・中心市街地の多くが新しいステージをめざしています。
幸いなことに、毎年、取り組みをスタートさせる都市・商店街が増えています。

 一方、基礎体力の転換~自助努力の方向と方法の転換が必要だと分かっていながら、個別の事情からなかか新しい取り組みがスタートできないところも多いようです。

 スタートしたところのスタートまでの経緯を振り返ってみると、
①従来的取り組みの「不毛性」を痛感している
②繁盛実現には個店・シャッターの内側の転換が不可欠
③取り組むには基礎体力の転換が必要だ
④新しい取り組みは、取り組みが同時に基礎体力の転換・向上を実現するものでなければならない。

 ということで、当サイトに巡り会い、曲折を経て商人塾の開催にこぎ着けた、ということですが、「曲折」について。

流れとしては、
①当サイトの存在・主張について「この人は」と思う人に紹介、賛同を得る。
②単発の勉強会を企画、可能な限り参加者を集める
③勉強会で「基礎体力の転換」~「商人塾の取り組み」を提案
ここまでワンセットです。

次の段階。
④熱が冷めないうちに「商人塾の実施」について、正規の組織決定を獲得する。「組織主催・参加は有志」というのがキモ。

 ということで、一部始終について当社と連携して取り組むことが成功のコツです。“分かった、商人塾だな”と自分たちでセッティング、準備万端整えた後で当社を招聘すると、往々にしてスタート後では修正が困難な手落ち間落ちがあったりします。
くれぐれも「ほうれん草」は一から十までしっかりと。

 取り組みたい、取り組まなければと思いつつも、仲間の顔をあの人この人思い浮かべると、これは賛成よりも「時機未成熟」を指摘され、無期延期の羽目に放り込まれそう、これまで提案してきたあれやこれやの顛末を思い出すと、なかなか踏み出しにくいわけですね。

 そこで、同伴団体・組織の担当者さんの出番です。
端から見れば、基礎体力のミスマッチ」は歴然、これをなんとかしなくては何をやっても最終目標を達成することはできません。
“個店・商店街の基礎体力の転換”は、「基本計画」作成当時はともかく、今となっては喫緊・不可欠の課題であることがはっきりしているのではないでしょうか。
あなたがどういう立場であれ、いやしくも「商店街・中心市街地活性化」の推進を担当しているならば、このことから目をそらすわけにはいきません。
(そらしている人が多いのですが、タウンマネージャーさんとか)

 シャッターの外側において、どんな画期的な事業に取り組み、成功させてもその結果「商店街としての賑わい」が再生されるということはありません。全国各地の事例がセキララに実証しているところ、シャッターの外側の取り組みを成功させるには、シャッターの内側・個店の業容転換が絶対条件です。

 タウンマネージャーなど外部から招聘されて商業の活性化の指導支援にあたるポジションにある人は、今後、「基礎体力」に関わる問題情況・基礎体力の転換が不可欠であることを指摘し、対応施策を講じることが「立場としての任務」になっていることに早く気づかないといけません。

 いずれ“うちはなぜ取り組まないのか、いつになったら取り組むのか”という声がわき上がるかも知れません。

 ということで、「基礎体力の転換」というもっとも重要なかだいについて、“気づいていない・気づいても気づいていない振りをする”という「基礎体力」では中心市街地活性化は「かけ声」と「無駄遣い」のうちに計画期間を終了、後にはもはや手の打ちようがない商店街・中心市街地が残ることになる・・・。

 中には、エラソ~に“やる気のあるものだけ支援する”などとふんぞり返っている人士もいるようですが、何を抜かすか(笑、あんたがそういうポジションにあるのは誰のおかげか、胸に手を当てて考えてみたら。
自助努力の転換に自力で取り組める商店街・中心市街地だったなら、あんたの居場所なんか初めからからありませんよ。


 今週は、新しい商人塾がスタートします。
そのご紹介はあらためて。 

『基本的な方針』を理解する

 『中心市街地の活性化を図るための基本的な方針』(平成18年9月8日・閣議決定)のことです。これを理解せずに中心市街地活性化のスキームを理解することは出来ません。

 中心市街地活性化について云々するにあたっては、「法(新・旧)」を消化しておくことはもちろんですが、同時に『基本的な方針』について、理解しておくことが不可欠です。
理解していなくても「認定」は得られるかも知れませんが、活性化を実現することは出来ません。

 『基本的な方針』を理解するには、前もって適切な商業理論を装備しておくことが必要です。理論についてのキャップライト理論では、誰もがアタマの中に装備している理論のをライトに対象を観察し理解するとしています。 この理論を信じようと信じまいと、人は理論(知識)無しでは対象を理解することが出来ません。
“先入観無しにものごとをありのままに見る”というのは,人間にとって不可能ですね。
 
 『基本的な方針』もまた知識抜きでは、まったく理解できない代物でありまして、特に「小売商業」に関する知識が無い人がこれを読む場む場合、スラスラと読み下すことになんの造作も要らないかも知れませんが、目的である中心市街地活性化、その肝となる商業・商店街活性化の実現を前提とするなら、スラスラ読み下せばOKということにはならないわけです。

 だからといってその読み解きに必要な前提知識を今からそれぞれが構築するというのも難儀な話ですから、当社的読み解きを提供します。
ご存じの方も多いのですが、これは先に【都市経営コーナー】で行った作業です。
既に《過去ログ》に収納されており、サイト内検索でもヒットしなくなっていますので、あらためて紹介しておきましょう。

①『基本的な方針を読む』

②『基本的な方針を読む (2)』

③『基本的な方針を読む (3)』

④『基本的な方針を読む』 (4)

⑤『基本的な方針を読む』 (5)

⑥『基本的な方針を読む』 (6)

⑦『基本的な方針を読む』 (7)

⑧『基本的な方針を読む』(まとめ)

メ インテーマである商業の活性化を中心に、総論と推進体制について考察しています。
これで、『基本的な方針』全文をはるかに超えるボリュームになっていると思いますが、専門家として取り組もうとすれば、この程度の読み解きをして、関係者にレクチュアするというのは当然の話。余りにも当たり前すぎてこれまで話に出ませんでしたが、実際には基本計画作成プロセスでの議論や活性化協議会の会合においてこれが説明されることは殆ど無かったようです。これは商業についてきちんとした理論的な理解を持っていないと、実効ある基本計画作りに役立つような読み方は出来ません。

 ということで、今さらながらの作業ですが読破されることをお奨めします。
特に、タウンマネージャー業務の担当者は肩書きの如何に関わらず、①自分できっちり理解する のみならず、②関係者にしっかりレクチュア、理解の共有を実現することが肝要です。実現しないといつまで経っても先に進めません。

社会調査・RDD法のアホ・バカ・間抜け

 このところ、メディア各社は間欠泉のように「世論調査」なるものを競って連発しています。
使われているのは、RDDという方法ですが、これはとんでもないトンデモでありまして、詳しくは目下【理論創発】コーナーで考察中です。


 その方法及び致命的な欠陥については上の記事を読んでいただくとして、ここでは結論だけ書きますが、RDD法というのは確率論を下敷きにしているサンプル調査法の換骨奪胎版でありまして、こんなものがなんで客観的な調査といえるわけ、といわなければならない代物であります。
早い話、客観的な調査であれば、メディア各社の調査に周知のようなバラツキは出ないはず・・・・・?
ということで。

①この調査の致命的な欠陥はどこにあるか
②メディア各社の調査のバラツキの原因はどこにあるのか
ということをきっちり説明、さらに、
③メディア各社の調査から分かること、を推測し
さらにさらに、
④似非社会調査が現に引き起こしている社会的弊害について指摘します。

 社会調査に興味のある人には面白がってもらえると思いますが、“身の毛がよだつ事態”が起きているんですよ。

脱皮できない蛇は死ぬ

 商店街組織の仕事といえば、
①補助事業の受け皿
②共有資産の管理
③イベント
と決まっています。

 ①については中活法の制定以来、毎年のようにメニューが改廃されており、応接にいとま無しという状態ですが、ご承知のとおり、“中小小売業の競争力の根源である業種揃え・店揃えの最適化(これはもちろん、既存個店の「シャッターの内側の改革に最優先で取り組むことになる)”の推進・実現をめざすにしては、取り組む各種事業の一体性・段階性の確保はもっぱら事業主体の裁量に任されておりまして、これは商店街組織のもっとも高度な形態と見なされている商店街振興組合の目的(「法」第一条)などを思い起こすまでもなく、商店街組織の力量を超えています。

 したがって、商店街で取り組まれている補助事業は、本来なら“事業の一体的推進の目標”であるべき「業種揃え・店揃えの最適化(くどくなりますが、そのスタートとゴールは各個店の売場の活性化)」とはまったく無関係にソフト&ハードの事業を「つまみ食い”するレベルになっているわけで、もちろん、こういう取り組み方で商店街が活性化できるくらいなら国も「業種揃え・店揃えの最適化」などを提唱するはずも無く、事業の成果といえば「予算を消化しただけ」ということがずううっと続いています。

 卑近な例で言えば、プレミアム商品券ですね。

 ②については、先見の明があって資産運用体制を確立している少数派を除けば、アーケードの維持・補修もままならない、という苦境の陥っていまして、老朽化したアーケードを行政から撤去してもらう、商店街はびた一文拠出できずに「さよならアーケード」などというふざけたイベントに取り組んで喜んでいる人たちもいるとかで中小独立自営商業者の矜持などは微塵も感じられません。

 ③かろうじて組織の存在意義?を体しているのがイベントですね。
組合の仕事は人集め、集まった来街者を入店・買上客にするのは個店の仕事という暗黙のご了解のもと、組合創設以来ずうっと取り組んでいますが、企画次第で集客は出来ても入店^買上にはつながらず、つまり商店街の活性化・経済活力の向上は実現するどころか、年々売り上げは下がる一方、参加意欲もどんどん減退しており、今では役員さんだけが実働部隊というところも少なくありません。
成果が挙がり、お客や組合員から喜んでもらえればそれでもかまわないわけですが、行事が終わればお客は蜘蛛の子を散らすように帰ってしまい、次にくるのは次のイベントの時。
組合員は、だんだん参加者が減ってるようだが、“もっと良い企画はないのか”と無い物ねだり・・・。

 ということで、組合執行部と書いてストレスのかたまりと呼ぶ人もいたりします。
先にも書いたように、それでも活性化の実現に少しでも近づいているという感触があれば救われるのですが、通りを見ると一目瞭然、空洞化は進展するばかり。
中には「よそは凄いことになっているらしいが、さいわい、うちはそこまではいっていない”と喜んでいると、アッという間に空店舗が行列することになります。
疑ウモノハ総曲輪、竪町ヲ見ヨ。

 人通りが多くて、一見うらやましくなる商店街でもシャッターの内側は閑古鳥状態、という商店街もありますから、人通りの多寡などを判断基準にしていると「見間違い」が生じます。
そもそも商店街の皆さん(に限らず、商業者は全般的に)は、商業施設を論評する、という能力を装備していませんから、視察はいくら遠くに・温泉一泊付きで・何度出掛けても身になることはありません。

 というような状況にほとほと嫌気がさしている人はけして少なくないのですが、いかんせん、最優先で取り組むべき、各個店の売場の活性化~業種揃え・店揃えの最適化という取り組みに着手するきっかけがなかなか作れません。
商店街組織、もともと共同販促の実施を任務として立ち上げた任意組織が振興施策の充実と相まって高度化事業・共同施設整備事業を導入するために法人化された、という「経歴」「活動履歴」がありますから、これらの取り組みが習い性となり、イベントと補助事業が組合の仕事というパターンが定着しているわけですが、またしても繰り返しになりますが、このレベルでいくら事業に取り組んでも“一つ積んでは・・・”賽の河原の石積みとまったく同じ、「活性化」という石塔が完成することはありません。

 これではならじ、と思うのですがいざ従来的活動からの脱却ヲ決意しても、脱却した後に進むべき方向と方法が分からず、あれこれ考えているうちに商店街のうるさどころの顔もチラチラ浮かんだりしますと、ア~、今年も去年送り返しか、とつぶやきながらイベントの準備に赴く・・・。

 ということですが、この繰り返しから脱却・脱皮しないことには
商店街の明日はありません。もちろん、そんなことは分かっている、シャッターの内側の取り組みの必要なことも、誰に聞かずとも自分の店でよく分かっている、取り組みはゼッタイ必要だが、問題が二つある。
第一に、現状からスタートしてそっちに向かうべき方向と方法が分からない。
第二に、方向と方法が分かっても組合の現状からエイヤッとそっちに舵を切っていく方法が分からない。

 分からない分からないとイベントや商品券に取り組んでいる間も劣化スパイラルには容赦がありません。
さあ、どうしますか? このまま脱皮できなければのたれ死にするわけですが。

 と、暗く切なく悲しい記事になりました(笑

 昨日は錦通り商人塾の打ち上げ、皆さんお世話になりました。
元気いっぱい、楽しかったですね。席上でも話が出たように、取り組みはこれでお終いではなく、“始まりが終わった”段階、これからがいよいよ本番ですが、皆さんそれぞれ繁盛への道・方向と方法の確立・実証に向かって一路邁進、周辺の商店街をアッと言わせてください。

※忘れるところでした。
 商店街振興組合法第十三条に定められている「組合の事業:一~九」はそのまま各組合の定款で「事業」として掲げられていますが、端的に申しあげてこの一~九の事業にすべて・完璧に取り組んでも、“中小小売商業の競争力の根幹・業種揃え・店揃えの最適化”に接近することは出来ません。 事業活動の一体的推進の目標”を明解に定め、それを実現するための事業というシバリで一~九の事業を選定、内容を計画する、という“メタ”の仕事が前提になりますが、このあたりについてきちんと指摘し、かつ、指導支援の体制をとっているのは、ぶっちゃけ、当社だけだと思います。
余計なことですけど(笑 

地殻変動期のコンサルタント

 現在を“百年に一度の暴風雨”ではなく、資本主義が主流を占める経済システムの地殻変動期と見れば、これまでの組織経営をはじめ「問題解決」についての枠組みをあらためて吟味することが必要です。
特に「問題解決」についての専門家である経営コンサルタントは、真っ先にこの仕事に取り組み、成果を新しい枠組みとして潜在的クライアントに売り込まなければならない。

 クオールエイド社のサイトには、現役のコンサルタントさんが予備軍を含め、結構お出でになっています。
変動期という認識の有無は別として、現下の状況に対応する、問題解決に取り組むにあたっては、これまで慣れ親しんできた問題解決スキルの有効性は失われている、使い物にならないという実感は共有されていると思います。

 そこで。
新しい試みとしてタイトルのとおり、今どきのコンサルタントについてあれこれ考えてみたいと思います。

まず、コンサルタントという仕事の定義:
①要請により
②クライアントの問題解決過程を
③主としてものごとの見方・考え方について影響を及ぼすことを通じて
④支援する
というところでしょうか。

①~④についてはそれぞれ説明が必要ですが(特に③)、おいおいと取り組みます。

 キモは、依頼者の要請により問題解決プロセス、問題解決を支援する、ということです。
問題解決の支援ということなら、特にコンサルタントに限らず誰もが誰かに対して行うことですから、いってみれば“誰もが誰かのコンサルタント”ですね。
ということで、変動期のコンサルタントについてあれこれ考えてみることは、コンサルタントのみならず万人にとって大きな意義のある作業と思います。

 市場とか資本主義とか、企業とか利益とか、経営のイロハ的な用語・知識の意味が揺らぎ、総じて?が付いていますからね。

【理論創発】で続けます。

点から線、線から面の展開

 ご存じ、当社が提唱する商店街活性化の道ですが、どうもよく理解されていないようです。

 この道を推進していく「メインストリーム」がクオールエイオド流商人塾でありまして、自助努力の組織化によって繁盛店を増やしていくという商人塾的路線は、ホンキで活性化に取り組む場合、他の方法で代替することの出来ない、文字通り根幹となる取り組みです。

 ところが、“商人塾は個店の勉強だから、線や面については別途考えるべき”という発想の人がいたりします。もちろん、商人塾には無関係で、内容を吟味するというプロセスを省略、スタート時点で“商人塾は個店レベル”という字面に引きずられた思いこみのもと、「線や面の取り組みを別途構築しなければ」ということで、実際にそういう方向に走るわけです。提唱者のポジションや力関係によっては、一挙に“今年は線や面の取り組み”となってしまう可能性も。

 提唱される「線や面の取り組み」の中味はだいたい推測できまして、いつかどこかで手に入れた成功事例、アーケードの着脱・改修や物販・非物販の集客施設の建設ということ。
折から支援制度がどんどん増えていますから、さしあたり「お金が無くて取り組めない」という条件は払拭?されています。

 問題は、線や面ってそういう話なの?
ということでありまして、点や線の取り組み=ハード整備では無いのだ、という当たり前のことが通用しません。
いうまでもなく、「線や面の取り組み」は、“業種揃え・店揃えの最適化”を実現するための取り組みでありまして、その中心となるテーマは“中小小売商業の競争力の根幹”である業種揃え・店揃えすなわち、「面や線=商業集積としての品揃え(=地域住民から見た来街目的)」ですね。

 すなわち、「中心市街地・商店街活性化」のメイン事業は、“「集積全体としての品揃え」の実現に取り組む商人塾事業”だということでありまして、ここをはずした商人塾はあり得ません。
たとえ、「個店のため」としてスタートしたものも、本当に個店が将来にわたって安定した繁盛をめざすなら、その取り組みは点から線、線から面へと波及させることが必要です。
この点、実際に取り組み成果を上げている人たちには切実に理解されているとおりです。

 商人塾的メインストリームにとって、一般に言われている「線や面の取り組み」=ハード事業や集客イベントなどは、部分的・補完的事業ですからね。お間違えのないように。
大規模な再開発事業といえども「集積としての品揃え」を実現するための事業という位置づけがされていないと、竣工と同時に劣化スパイラルへの道に陥ってしまうことになります。

 品揃えの原点である「個店の売場・業容」を問題にすることなく、「線や面」の施策で個店を引っ張っていくというこれまでありがちだっった路線は、ハードやイベントでは業容を転換することはできない、というちょっと考えればすぐ分かることをみようとしていません。どんな立派な施設を作り・イベントを企画してもそこから「集積としての品揃え=来街目的の再確立」ヲ実現することは出来ません。立派な施設を作った、集客イベントに成功している、問いわれている事例でも「来街目的」の構築には殆ど失敗している、というのが「点」をおろそかにした・お金にものを言わせようとする「線や面」の取り組みの行き着くところですね。
これは今後も変わることはありません。

 「成功事例」の普及をめざして、新しい施策が次から次へと提供されていますが、ハード事業の竣工やソフト事業の定着が商店街・中心市街地活性化ではありません。
あらためて、中心市街地活性化とは、商店街活性化とは、当該街区にどのような情景が生まれることを意味しているのか、その定義を確認することからやり直したほうが早道かも知れません。
ホンキで活性化を実現しようと思うならば。

 それにしても。
中心市街地活性化については、長年にわたって全国の都市で取り組まれており、いつまで経っても「賽の河原」的状況から抜け出すことが出来ません。
俯瞰すれば、都市の取り組みはことごとく「たこつぼ」に入り込んでおり、経験交流の機会もたまにありますが、いかにも通り一遍でありまして、見ておく・聞いておくというレベルばかり。
フォーラム、交流会も「議論」が交わされることは全くなく、お互いに言いっぱなし、聞きっぱなし。

 そろそろ内外を問わず、ホンキで論議しないと。
“うちは繁盛しているからいいや”という人もいるかも知れませんが、うちが繁盛しても「集積としての品揃え」は実現しませんからね。

 「点から線、線から面の展開」というメインストリームの構築には、「論争」を恐れてはいけません。
話は“どの路線が活性化を実現しうるか”ということをめぐって行われるべきであって、そういうレベルを抜きにした“去年は個店に取り組んだから今年は線や面で”といった訳の分かっていない路線に埋没しないためには、どんどん「論争」するという環境を作っていくことも必要です。

 「点」と「線や面」が別の話だという「一般常識」をなんとかしないことには、最終目的の実現は不可能ですから、しっかり問題を設定して取り組むことが必要だと思います。

シビリアン・コントロールと「指揮権発動」

 読売新聞は、民主党第三者委員会の報告書にあった、“民主検察に対する法務大臣の指揮権(検察庁法第十四条)に関する言及に対する政府、与野党、識者の批判的コメントを報道しています。
資 料:
第三者委員会の報告書:
問題の個所は、「第3章 検察。法務省のありかたについて」
3.検察権の行使と民主主義の関係
に次のように書かれています。(19頁)

※引用スタート※
本件(西松事件)のように重大な政治的影響のある事案について、単に犯罪構成要件を充足しうるという見込みだけで逮捕、起訴に踏み切ったとすれば、国家による訴追行為としてはなはだ配慮に欠けたというそしりを免れないというべきであろう。逮捕・起訴を相当とする現場レベルの判断があったとしても、法制行政のトップに立つ法務大臣は、高度の政治的配慮から指揮権を発動し、検事総長を通じて個別案件における検察官の権限行使を差し止め、あえて国民の判断に委ねるという選択肢もあり得たと考えられる。また、本当の意味で法務省と検察庁とが独立した官庁なのであれば、このような観点からなされる法務大臣の指揮権発動を、法務省が組織的に支えることは可能なはずである。いずれにせよ、本件を契機として、指揮権発動の基準について、改めて研究・検討がなされるべきであろう。
※引用エンド※

 読売の記事では自民・民主両党の法務系の担当者や法学系の学者による“指揮権発動なんてとんでもない”という拒絶反応がコメントされています。

 指揮権発動といえば1954年吉田内閣当時、いわゆる「造船疑獄」において時の犬養法相が、検事総長に対する指揮権を発動、会期中にも関わらず目睫に迫っていた佐藤栄作自民党幹事長(当時)の逮捕について、国会会期終了まで延期するよう指示したこと、その結果、ついに佐藤氏の逮捕が実現しなかったことが有名です。
 この事件は、報道から政治の司法に対する介入として厳しく批判され、政治の検察に対する「トラウマ」となりました。以来、指揮権発動はタブーになって現在に至っています。
記事での政治家の発言もタブーを踏襲し、報告書を批判しています。
他の新聞も似たり寄ったりの論調です。

 報告書のこのくだりに対する批判に対して、第三者委員会のメンバーだった郷原信郎さんが“個人の資格”で反論しています。

『「法務大臣の指揮権」を巡る思考停止からの脱却を』
―造船疑獄指揮権発動は「検察の威信」を守るための策略だった―

 詳細は、上掲記事を読んでください。

■造船疑獄における指揮権発動の真相:
 代議士の逮捕を阻止しようとして法務大臣の検察に対する指揮権が行使された、ということになっている造船疑獄の指揮権発動ですが、実は、その時点で検察の捜査は行き詰まっており,終結しなければならない局面を迎えていたが、検察自身で幕を引くことが出来ず検事総長が法務大臣に依頼した、というのが真相だったとのこと。
どうも関係方面では周知のことのようですが、この経緯が伏せられていたため(それとはしらない?)メディアが政府与党を一斉に批判、これに対して当事者が説明責任を果たさなかったため“「指揮権」は正義の味方・検察に対する悪徳政治家の容喙の道具である”とする極めて平板・短絡的な理解が通論となり、今現在もまかり通っている検察不可侵・不謬論が確立したわけです。
報告書は、この状況に改めて一石を投じたもで、今後活発な議論が起こることは確実、展開が注目されます。法務省内部への相当の波及があるかもしれません。

■民主主義と専門家専制
 民主主義は、専門家に対する素人によるコントロールである、をよく言われます。シビリアン・コントロールですね。  
この「原則」は、軍隊に限らず、強大な検眼を負託されている行政の全体に及ぶものであり、検察もそのコントロールの下にある、ということだと思います。
その基礎となるのが、「情報の共有」であり共有を担保する「説明責任」であり、それをチェックし実現するのが報道の役割ですが、いずれもよく機能しているとは言えません。

 それにしても造船疑獄の指揮権発動の真相が、そういうことだったというのはビックリです。
あらためて、社会における「報道」機能の重大性が確認されるニュースです。

 もちろん、民主主義における“専門家にたいする素人によるコントロール”については、サボることが許されない国民の仕事です。

 “国民はおのれのレベルに応じた政治家と新聞を持つ”とするならば、両者に対する国民の・われわれの対応のあり方が問われていますね。その実現を担保するのが情報の共有であり、そのまた基礎となるのは啓蒙=自力思考ということ、とりあえず、Webをどう活用し発展させていくのかという課題があり、至る所で模索が始まっていますね。

活性化が必要な商店街は活性化することが出来ない

 繁盛店づくり第一原則の応用です。
“活性化が課題になっている商店街は、活性化することが出来ない”
商業者も支援方面の人もしっかり覚えておきましょう。

 まず、どうしてそう言えるのか?ということから。

 繁盛している商店街には共通している条件がありまして、“繁盛店が軒を連ねている”ということ。当たり前のことですが。
もちろん、繁盛店とは「繁盛を維持する基礎体力を備えているお店」であり、この時期の繁盛店とは、“経営環境の変化に対応できている”わけで、その対応が「計画的」か「たまたま」かはとりあえず関係ありません。繁盛している=お客が付いている=お客に支持されている・お客が支持する業容を作っている、ということ。

 他方、活性化が必要な商店街では、立地しているお店の多くが繁盛していない・繁盛していない個店が多い商店街です。
空地空店舗もあります。

 繁盛していない個店とはすなわちお客から見て魅力がない・買い物行き先として宛てにされていない店であり、そういう業容を漫然と続けているということは、経営者にお客の変化を読み解き、変化に対応する業容を作り維持する、という小売業の基本的な仕事に上手く取り組んでいく「基礎体力」が不足していることを意味します。
そうですよね?

 そういうお店が軒を連ねている商店街が、これまでのように「商店街活性化」という立派な冠の付いた“シャッターの外側の取り組み”、課題である「基礎体力」の強化向上にはまったく無縁の事業にいくら取り組んだからといって、究極の課題である「商店街の活性化」=“繁盛店が軒を連ねる商店街”の実現については、まったく効果が挙がらないのは当たり前です。

 商店街活性化、真っ先に取り組まなければならないことは、「繁盛店を創り出す」という仕事。商店街立地での繁盛再生、やれば出来る、ということを実証しなければならない。
これを個店の意志に任せていたのでは絶対に実現できません。
なぜか?

繁盛したい気持は誰でも一緒かも知れませんが、気持だけはどうにもならない。 
いくらその気になったとしても実現していくために必要な「基礎体力」が備わっていない、というのが繁盛しなければならないお店の現状です。

 商店街組織はどうでしょうか?
こちらも、「繁盛店づくり」「繁昌する商店街を実現する」という仕事に必要な「基礎体力」が絶望的に不足しています。
基礎体力が備わっていれば、いつまで経ってもシャッターの外側の取り組みでお茶を濁す、ということはあり得ません。

 ということで、冒頭の「活性化が必要な商店街には活性化に取り組んでいく基礎体力がない」ということが理解されましたか?
これを理解しないと、いつまで経っても活性化に本当に必要な事業に取り組む準備が出来ません。

 さて、繁盛というポジションに移行することが必要なお店がまず第一に取り組まなければならないことは、「基礎体力の強化向上」という課題です。再三再四申しあげているとおり。

 したがって、活性化が必要な商店街の課題は、立地している各店舗の基礎体力が劣化しているという問題にどう取り組むか、ということです。
しかし、繰り返しになりますが、活性化が必要な商店街の内部からこのような問題意識が出てくることは期待できません。

 全国の商店街が同じような趨勢に陥って数十年、未だにこのことを正面課題として取り上げられている都市・商店街は極めて限られています。当社が知る限りでは、商人塾に取り組んでいる所だけではないか。

「商店街は自力では直面している本当の課題を自覚することが出来ない」という認識が生まれる由縁です。
個店の基礎体力が「自力で繁盛できない」レベルにあるとすれば、そういう個店の集積である商店街が「自力で活性化できない」レベルにあることは当然でありまして、活性化の実現を自分の任務とする人は、立場の如何を問わず、好むと好まざるとに関わらず、「基礎体力の強化向上」に取り組まなければならない。

 取組については、お察しのとおり、いろいろと問題があるわけですが、その一つが
既視感アリアリの施策をどう活用するか
ということです。

 商店街の活性化は待ったなし、施策もいろいろと繰り出されます。従来どおり、“こんどこそ「本命」のメニューが出てきた、成功事例もあるらしい”などと飛びつくと、またしても「時間泥棒」になることは必定です。

 基礎体力の強化向上の第一歩は、あれこれの事業メニューから自分たちの問題意識・琴線に触れる事業をピックアップすることではなく、好むと好まざるとに関わらず、「基礎体力の向上」のための事業に取り組むこと。
基礎体力がなければどんなに優れた企画で支援が潤沢な事業でも効果を上げることは出来ません。
これまでイヤというほど経験してきたところです。

 と聞いたからといって“基礎体力の向上だな、そのための勉強だな”とはやとちり、適当に「講習会」などを企画したからといって「基礎体力」の整備には至りません。

 タイトルは、“活性化が必要な商店街は、自力だけでは活性化できない”ということ。
もちろん、“そのために支援事業がある”わけですが、前述のとおり、これを活用するには基礎体力が不可欠、事業の順番を間違うと、できることも出来なくなります。
関係各方面、あらためてキモに銘じて次の一手を考えましょう。

 おっと、「商店街のタブー」には敢然と挑戦、木っ端微塵に粉砕してくださいよ。
“活性化が必要な商店街では“個店を繁盛させたいがどうしたらよいか分からない、なんかいい方法はないだろうか”という話が出来ない、というところをどう突破するか、という課題があるわけで、このあたりませ掘り下げてくるとはじめて“何からスタートすべきか”というあたりが見えてくるのではないでしょうか。

 端の人がなにを言おうとも、商店街の皆さんがその気にならない限り、繁盛店が軒を連ねる商店街は、絶対に実現できないということも事実、自分たちが立ち上がる以外に途は拓けません。

掲示板の議論から

 クオールエイド社サイトには各地の商人塾ごとに塾生限定の掲示板を設置、ノウハウのシェアとはじめ情報交換・議論の場としています。
そこでの議論の一端を紹介します。甲府市商人塾の掲示板にtakeoが参加して書いたものです。

引用スタート***********************************

大変貴重な情報をいただきました。

> 私は文具という実用品に携わるものですが、売るプロなら、日々扱う商品の「本質性能」を見抜く鍛錬をする必要が欠かせないと思います。

○文具は確かに筆記具という実用品(instrument)ですがそのことと、当用/ラグジュアリィの区別とは違います。
当用:とりあえず用が足せればよい
ラグジュアリィ:使い方、使う状況、使う目的にこだわる
「本質性能」が問われるのはラグジュアリィニーズの場合ですね。

> たびたびボールペンの例でいえば、ボールペンは書くものですから、 「濃く、はっきりと、ムラなく、ボテず、ダマにならず、すぐ乾き、液漏れしない、・・・」などが「本質性能」はずです。
> 指サックで言えば、「よく紙をとらえ、ムレず、耐久性がある・・・」など。

○ラグジュアリィ・ニーズは、仕事の時間・場面にも登場する。

> 最近、一部のメーカーや販売店が勘違いしているなあと思うのは、ボールペンに「オシャレ、珍しさ、面白さ」などを求め、製品を出していることです。雑誌もそれにのって、おしゃれステーショナリーをバンバン誌面に載せています。いわばブームです。それもそれでいいです。認めます。

○文具に限らず、「本質性能」での勝負を忘れた「差別化」ですね。

> 文具も雑貨的要素がありますからそれはそれでいいですが、ブームは必ず去ります。気をつけなくていけないのは実用品としての本質ではないということです。

○実用品=筆記具
 本質機能=道具性=本来備えておくべき道具としての有用性(instrumentality)

> で、私なりに「ラグジュアリー」を解釈すると、景気が悪くてボールペンが売れなくなった場合に、まず、取るべき行動とは、
> ×安いボールペンを仕入れを安く売る
> ×定価で売りやすいキャラクター付きのボールペンを並べるようにする
> ×ダイヤの粒が埋め込まれたかのような高級ブランドボールペンをおく
> ではなく、
> ○売り手のボールペンの「本質性能」を見抜く能力を高める
> ○雑誌、メーカーの宣伝文句に惑わされず、自分で「本質性能」が高い
> と判断した商品を並べる
> ○そのような商品を仕入れやすくなるよう、取引先との信頼関係、物流、情報のネットワークを整える
> ○お客様の見る目を肥やして、いわばボールペン使いのプロの消費者になってもらうようこちらから情報発信する

○ちょうど、小売業のinstruct機能について考えていたところでした。
instruct:教える(特に組織的な方法で)知らせる 伝える
instruction:教授すること 指導すること 指図すること
instrutor:教える人 特に相手のニーズ・問題情況に合わせて。
ついでに。
instrument:器具、機械、手段、tool、編曲(arangement)
arrange:配置する 調整する
arrangement:配列 配置 調整 編集(edit) 
edit:材料を集めて本や雑誌を作ること 「本や雑誌」を「ある生活シーン」に置き換えると“生活の編集”です。

 ということで、小売業とは、
①ある生活局面を編集するために必要な材料を
②顧客のニーズに合わせて
③見繕い、所要の手ほどき・説明を加えつつ
④販売し、その結果についてもフォローする
という仕事と考えられます。
小売業=instructorですね。

> 特に筆記具の場合、価格が高いことが「本質性能」の高さをあらわす指標には全くなっていません。どっかのメーカーの3,000円くらいのボールペンより当店で置いてある80円のボールペンの方が私にはよっぽど使いやすいことが多いです。

○クオールエイド的ラグジュアリィの本質ですね。

> 「値段は関係なくていいから、もっと、ここのバランスがよくて、このインクを使って、こう作れば絶対売れるボールペンになるはずだよ。」といっていたら、そのメーカーの営業は月に一回の集金の時しかこなくなりました。だらしない。

○文具業界に限らず川上の問題意識があまりにも小売レベルの実需と違いすぎています。これは大変な問題。仕様不問なら安いに越したことはない=100均に負けるのは当然。川上に対するinstructも必要ですね。聞く耳がある人とつながることが大事です。
その点、パイロットは愚直に頑張っているという印象ですが如何でしょうか。

> 以上、100円、200円の世界の話でした。(笑)

○有り難いです。生の情報を書き込んでいただくと読む側も気合いが入りますね。
ROMの皆さんは如何でしょうか。
“情報には情報で報いる”ということで、ふるって情報発信をお願いします。

引用エンド*************************************

 こういう議論のなかから新しい技術や知識が生まれ、情報として共有され、それぞれの経営に役立っていくわけです。その「現場」の一端を紹介してみました。

 ちなみに、「業容三点セッ」トのうち、接客・サービス=assistance は、instructivと前に付くことが多いと思います。特にお得意さん向けに限ったことではありません。ラグジュアリィを志向すれば当然の流れです。

百貨店活性化への道 (2)  ―岩田屋完全子会社化―

 百貨店業界、今や業界そのものが劣化スパイラルに陥っており、業容三点セットの革新に取り組まない限り、明日の日の出を見ることは出来ません。
果たして業界に拠って立つ地殻が大きく変動している時代という認識があるのかどうか?

 百貨店の活性化、昨日の記事に続いてのアップですが、百貨店活性化への道、何回か断続的に考えてみたいと思います。
今日は、岩田屋の伊勢丹による完全子会社関連から。

 15日に引き続き西日本新聞は、「岩田屋完全子会社化」を大きく報じています。

※引用スタート※
『岩田屋子会社化を発表 三越伊勢丹HD 10月に株式交換』 (2009年6月17日)

 三越伊勢丹ホールディングス(HD)は16日、傘下の伊勢丹の連結子会社、岩田屋(福岡市)を10月に完全子会社化すると発表した。岩田屋株と同HD株を交換する「株式交換」で全株式を取得する。
(中略) 
 福岡市・天神と福岡県久留米市にある店舗の岩田屋の屋号は今のまま残すが、1949年から福岡証券取引所に株式上場している岩田屋は、同8日付で上場廃止となる。

 同HDは経営効率化のため、岩田屋と傘下の三越の支店で2010年4月に分社化する福岡三越(福岡市)を同年中にも経営統合したい考え。岩田屋を完全子会社化することで意思決定を迅速化し、統合を早期に進める狙いだ。(後略)
=2009/06/17付 西日本新聞朝刊=
※引用エンド※

先日の報道された内容で確定したという記事です。
さらに同紙は、『福岡財界は支援継続』と『巨大店誕生 警戒と期待』の二本を15面に掲載、このニュースを特集しています。

後者の記事から興味あるところだけ。

1.業界内からのコメント

■九州百貨店協会:
 2008年の九州・沖縄の百貨店売上高は6082億円で6年連続前年割れ。4月までの売上高は、17カ月連続前年比マイナス。昨秋以降の景気後退で、経営環境はさらに厳しさを増す。

競合他社は、
■博多大丸:
“一体的経営で効率化が進めば、脅威になるのは必至。一丸となって乗り越えなければ。”

■井筒屋(小倉):
“岩田屋とはともに切磋琢磨して来た仲。資本関係が変わってもそれは変わらない。”
ということだそうです。

 理論という「キャップライト(*)」の具合如何で、後で見るように、短いコメントから様々の情報(仮説)が引き出すことができます。

 肝心の岩田屋の経営陣は、記者会見で次のように述べました。

中見出し『「最善の選択」強調』から:

①“想像以上のスピードで進む経営環境悪化に対応するため、最善の選択と判断した”

②“両店で複合するブランドの整理をすすめ、空いた売り場で新たな需要を掘り起こす。カードの一本化も魅力アップにつながる”

③“人材交流や、外商、本社機能一本化で、サービス向上やコスト削減につながる”

④(2011開店予定の博多阪急対策)“岩田屋は岩田屋らしさ、三越は三越らしさに徹底的に磨きを掛けていく”

⑤(岩田屋の増床計画について)“非常に魅力があり、一体的運営でプラスになる場所”
として前向きに進める考え。(“”内は、記事のまま)

 問題点が色々ありまして。
(以下は、あくまでも新聞で報道されていることが同社の「本音」であるという前提で)

 第一に、「経営環境悪化に対応する」という紋切り型の認識について。

 そもそも「経営環境悪化」という認識に問題がある。
環境は変化するのであって、これに対応するのは小売業としては当然のこと。変化を悪化ととらえる時点で「対応」の幅が「既定の枠」に止まることが示されています。
以下の「対策」は、すべてこれまでの「既定の枠」内の対策になっていますからね。
 今どきの環境の変化は、既定路線でいこうとするものにとっては“急激かつ先の見えない悪化”ですが、変化を変化として受け止め、虚心に対応しようとするものにとっては千載一遇のチャンスかも知れません。
小売業は、経営環境を自ら左右することは出来ませんから、変化を見極めしっかり対抗していくことが古来、繁盛の秘訣でしょう。
この点、商店街およびそこに立地している各個店にも通じることです。

 「環境悪化」への対応として
①営業の効率化 と、②経費節減 を目標に、組織再編とコスト削減に取り組む、ということですが、ぜんぜん対策になっていないのではないか?

問1 人材交流や外商・本社機能一体化で「サービス向上」が実現しますか?

 実現するためには、これらの取り組みの上位目標が示され、それを達成する方向で施策のコンテンツが決められるべきですが、もちろん、目標は「環境悪化対応」ですから既定枠内の話になってしまいます。「コスト削減」メインとなるのではないか。
 問題は、コスト削減によって品揃えの充実、サービスの向上を実現できるか、ということ。そういう志向を持ったコスト削減でないと「千載一遇」を満喫することは出来ませんが。

問2 「両店で重複するブランドの整理をすすめ、空いた売り場で新たな需要を掘り起こす」そうですが、結局、ブランドテナントを増やすこと。統合及び増床で圧倒的な売場を確保してブランドを配置、ブランドの量で他社と「差別化」する、という話ではないか?

という感じがします。大艦巨砲主義。
全体としての売場の効率が悪くなるのは目に見えているような気がしてならない。

問3 「環境悪化」に対応する人材育成はどう考えられているか?

 組織の再編・効率化優先に陥り、「経営環境悪化」に対応するために不可欠の「人材育成」が大幅に遅れるのではないか?

問4 そもそも、「経営環境の悪化」は何が原因かということがきっちり押さえられていないのではないか(これは業界の通弊)

 さいわい?、同業他社も「経営環境悪化」対応という基本路線(の混迷)は共通しているでしょうから、いきなり真っ逆さまということは無いかも知れませんが、こちらが「一体化」に取り組んでいる間に相手が環境変化への対応として「業容転換」に取り組み始めるようなことがあれば一大事です。
せっかくの統合が逆効果を生むことになりかねません。

 ということで、中心市街地の華・百貨店も既定の枠で行動する限り、商店街立地の同じ路線を歩む個店群同様、劣化スパイラルの進展を押しとどめることは出来ません。

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 西日本新聞、同じ15面に『シャネルのブティック 井筒屋から撤退』という囲み記事を載せました。

※引用スタート※
 フランスの高級ブランド「シャネル」のブティックが、7月26日に井筒屋本店(北九州市)から撤退することが分かった。個人消費不振でブランド品の販売が落ち込んでいるため。
シャネルの化粧品売場は残る。
(中略)
井筒屋は、「シャネルの採算が合わなくなり、お互いに協議して撤退を決めた」としている。
 井筒屋本体の09年2月期の品目別売上高では、婦人服や身の回り品が1割前後落ち込んでおり、特に海外有名ブランドが大きく低迷しているという。
(後 略)
※引用エンド※
 
 “景気低迷のせいでブランドが売れなくなった”のか、それとも“「普及型奢侈品」の需要が減滅しつつある”のか、どう判断するかで対応策は大きく異なります。
前者に出来ることは、せいぜい、経費節減とか新ブランドの導入くらい。いずれもこれまでさんざん取り組んできたが劣化スパイラルの防止には貢献していません。

 長くなったのでそろそろまとめ。
 
 経営環境の現状を「悪化」と見るか「変化」と見るか、図らすの勝手ですが、どちらの視点を選択するかで対応の姿勢・方向は大きく違います。
視点の違いは行動の違い、その精華の違いへと連なっていきます。これは百貨店に限ったことではありません。

 さて、なんと言っても百貨店は「街の華」、核としての機能を再構築してもらいたいもの、前述したとおり、当サイトでは当分、百貨店の活性化についての論考を断続的に掲載します。
百貨店活性化への道、その基本方針は「業容革新」、つまり皆さんの課題とまったく同じです。
ヒントになることもあろうかと思いますので、連載を読んだり、最寄りの百貨店の売場をチェックしたりされると、いろいろと収穫があるはずです。

 当記事についての諸々は、【商店街活性化】コーナーでどうぞ。

参考:「普及型奢侈」とは:
 当社独自の「専門用語」です。これを理解しないと百貨店・中心商店街再生の方向と方法は会得することが出来ません。
考察:

(*)「理論のキャップライト」については参照:

当ブログの記事、繁盛店のディスプレイから認識論・方法論まで多岐に渡っていますが、何しろ時代は「地核変動」の真っ最中、いずれも商売繁盛・自己啓蒙という常連各位共通の問題解決にとって不可欠と思われるテ-マばかりのつもり、そのつもりでおつきあい願います。
ブログの「秘密のコンセプト」は“読んでいると知らず知らずにアタマが良くなる”ですからね(笑

百貨店・活性化への道

西日本新聞 6月16日
岩田屋 完全子会社化 16日決定 三越伊勢丹HD 取締役会を開催 福証上場廃止へ

※引用スタート※
三越伊勢丹ホールディングス(HD)は16日の取締役会で、傘下の伊勢丹が51%出資する岩田屋(福岡市)の完全子会社化を決定する。岩田屋も同日の取締役会で同HDの完全子会社になることを決める。岩田屋は1949年から60年間、福岡証券取引所に株式上場しているが、完全子会社化に伴い上場廃止となる。

 同HDは、新株と岩田屋株を一定比率で交換する「株式交換」で全株を取得する。岩田屋は16日の取締役会の決定を経て8月にも臨時株主総会を開いて承認を得る。出資比率が高い地場企業も承認の方向で調整中とみられ、総会後に完全子会社に移行する。

 同HDは、地元に密着した地域事業会社として営業基盤を強化するため、2010年4月に分社化する傘下の三越の支店、福岡三越(福岡市)と岩田屋を同年中に統合させる計画。完全子会社化で意思決定を迅速化し、統合への布石とする。統合後も岩田屋と三越の店名や拠点は現状のままという。

 伊勢丹は、岩田屋が経営難に陥った02年に資本参加。福岡銀行や九州電力など地場企業も出資し、経営再建を共同で支援してきた。長年、無配だった岩田屋を地元関係者が支援してきた経緯も踏まえ、株式公開買い付け(TOB)ではなく、グループとの出資関係は維持される株式交換を選択。同HDの増資による既存株主の利益低下も軽微と判断した。

=2009/06/16付 西日本新聞朝刊=

 幾度繰り返してきたことか・ですが、こういうことをしたからといって百貨店が活性化することはありません。
地殻大変動期、百貨店の存在意義をどこに見いだし、現在ありのままの業容から、存在意義を発揚出来るポジションへどう異動していくかということでありまして、当社が提唱する「小売業活性化への道」は百貨店においてもそのままそっくり該当するのであります。

百貨店活性化への道:
①コンセプトを作ったり
②計画を立てたりすることなく
③お金を掛けず
④出来るところから「なし崩し」的に取り組み
⑤上手くいかなかったらやり直す
という取り組みでないと新しいポジションに至ることは出来ません。
もちろん、この間売り上げは落とさないことが肝心です。
きちんと取り組めば、速効で売り上げが増えること確実です。

 合併などで売場外の組織をいじったりというのはこの時期の戦略的な課題ではありません。
「ラグジュアリィ」を理解して、その方向で業容を作り上げていく・仮説~試行が百貨店活性化への最短距離です。

 百貨店創設当時、その使命=事業機会は上流階級のライフスタイルのブルジョアジー(中の上)へのトリクルダウンだったわけですが、その図式を今現在に移せばどうなるか?
ということをしっかり考えると答えが見つかります。

 あらためて、参考図書をば:
①鹿島昇『百貨店を発明した夫婦』
②ゾンバルト『恋愛と贅沢と資本主義』
③ヴェブレイン『有閑階級の理論』
④ポール・ファッセル『階 級』
学生時代に戻って勉強してみると方向について得るところがあるはずです。何しろ「成功事例」はないのですから自分で切り開いていく以外に方法はありません。
ただし、イの一番にスタートした人・店には試行錯誤という特権が与えられます。

私見では百貨店には創業以来の画期的な事業機会が現前しています。頑張ってものにしてください。

あやうし、中心市街地活性化推進体制

 中心市街地活性化の取り組みを一体的に推進するためには、推進体制の編制が不可欠ですが、どう構築され、運用されているでしょうか?

 推進体制といえば、真っ先に思い浮かぶのは中心市街地活性化協議会ですが、このところ、なりをひそめているところが多いようです。せっかく作られたホームページも認定以後は開店休業状態。
 推進の司令塔は活性化協議会、などと過大な任務を与えているところほどその傾向があるのではないか。

 ということで、ますは活性化協議会について。

 基本計画の認定を受けているところは、ほとんど協議会を設置しています。
中には協議会=活性化を一体的に推進していく司令塔だと位置づけた論議もあるようです。

 実態はどうか?
もともと、関係各方面の組織団体から派遣されたメンバーで構成され、作成時点で基本計画の内容をチェックすること及び適当な時期における取り組みの評価にあたる、というのが仕事です。
 それ以上でも以下でもないのだということをりかしておいた方がよろしい。

 ぶっちゃけ、法に規定されている要件を備えた協議会を立ち上げないと基本計画の認定が得られない、ということも無いわけですし。
余談ですが、この点、誤解している人もあるようですね。
①認定を受けるには、協議会を立ち上げなければならない。
②立ち上げメンバーの一員として、「法」第十五条1の一に定められている「イ.中心市街地整備推進機構」または「ロ.まちづくり(良好な市街地の形成を目的とする)会社」の立ち上げが必要だが、障碍があって上手く運ばない。
③認定を諦める
という話を聞いたことがあります。
とんでもないことです。

 「法」において協議会は、「組織することが出来る」ものであって「組織しなければならない」ものではありません。
協議会を組織しない場合、認定申請への手続きは、「商工会または商工会議所」あるいは「商業等の活性化を図る事業活動を行う公益法人または特定会社」に基本計画(案)について「意見を聞」けばよいことになっています。(「法」第九条、第十五条)

 スキームでは活性化協議会には「司令塔」など期待されておりません。
そもそも、何のために市町村が自ら基本計画を作成したのか?
自らが責任をもって中心市街地の活性化を一体的に推進するためですからね。(「法」第五条)

 当サイトがつねづね指摘しているとおり、活性化協議会は基本計画及び事業の推進状況について検討し、評価し、意見を述べる期間であり、実働組織ではありません。
ここを間違うと、とんでもないことになります。
本命の「司令塔」「推進部隊」不在のまま、協議会だけがポツンと浮遊している、ということになってしまいかねません。
実際に、それに近い状況に陥っているところは少なくないと思われます。

 繰り返しますが、法律上、活性化協議会は作っても作らなくてもいいんです。協議会を立ち上げられないから認定に届かない、ということはありません。
ただし、後述するように、活性化協議会はあったほうがいいに決まっていますから、まちづくり会社抜き・法定要件を満たしていない協議会を立ち上げて、機能させればよろしい。

 ということで、年次報告も無事?終わり、来年の報告時期まで基本計画所載の事業に取り組んでいくわけですが、もちろん、基本計画の作成~実施主体である市町村は、それまで何もやることがありません。「実施主体」であることを忘れ、一体的推進の「司令塔」であることを忘れ、ウオッチングしているところが多そうです。
旧スキーム以来のTMOが存続している場合など、傾向は一段と顕著なことでしょう。
庁内の協議会も有名無実になり果てています。

 ということで、基本計画記載の各種事業、関係者の取り組み意欲が喚起され、かつ合意が確保された分だけ、例外的に取り組まれているという状況ではないか。
年次報告段階では数値目標の達成状況も不透明でしたが、根拠もないまま、計画の達成は可能、と大見得を切ってしまいましたが、実際のところは、なんの成算もありません。
さっさと「起死回生」的手だてを講じなけいと、取り返しのつかないレベルに落ち込んでいきます。

 あらためて、中心市街地活性化の推進体制を再構築しなければならない。
という状況に直面しているわけですが、何か手を打っていますか?
それとも「順調に進展」していることにしておきますか?
アッという間に次の返事報告の時期、それが終わると期間は後三年、まるっと二年間無為のうちに過ごしたことになります。そうなるともう手遅れ、かもですね。

 なにくそ、という人のために続きを【都市経営】で。

経済とは、経済学とは何か?

 『文芸春秋』七月号にジャーナリストの東谷暁さんが『エコノミスト早くに立つのか』という記事を書いています。ご承知のとおり、東谷さんは経済プロパーで幾冊もの著書のある腕利きのジャーナリストです。当サイトではその著書を何度か紹介しています。
いろいろと参考にさせてもらい、感謝している人ですが、今回はちょっと異なる視点から取り上げます。

 さて、上述の論文で著者は、マスメディアに登場するエコノミスト(経済学者・経済評論家)は、「世界同時不況」について何をどう論じているか、ということを論じています。同様の作業は、99年、01年にも行われており、文春新書でも出ており楽しませてもらいました。

 東谷さんがみずから述べているこの作業の趣旨は“サブプライムに端を発した世界同時不況についての経済論争を出来るだけ分かりやすく整理して読者に提供し、議論の混乱を少しでも低減したいと思うから”ということです。(同誌p191)

 この趣旨のもとに、メディアで活躍する著名エコノミスト25人をピックアップ、基準を設定して評価、順位付けをしています。これも前例と同じ。

 評価するのは次の四項目
1.米金融崩壊の予測
2.日本経済の浮沈予測
3.インフレ目標について
4.財政出動について
1、2については当たりはずれ、3,4については主張・説明の合論理性を評価します。
評価は、
+2:まず納得できる
+1:まあまあ納得できる
0 :あたらずとも遠からず
-1:やや納得できない
-2:まったく納得できない
の5段階で行い、その結果をもって25人を順位付けしています。いつものパターンです。ちなみに、第一位は菊池英弘博(日本金融財政研究所長)の平均+1.29、最下位は 3名同順で-1.25です。誰がどう評価されているか興味のある人は同誌の一覧表をば。

 記事を読んでtakeoが感じたこと。
1.金融危機の発生を適切に見通していたか?
 これは、いつ頃、どのような根拠で予測したか、ということがポイントですね。
バブルはいつかは弾けるわけですし、“バブルは弾けてはじめてそれと分かる”という人もいます。著者も記事の最後で“たまたま当たった”とコメントしており、さてさて。
2.日本経済の浮沈を見通していたか?
 ということについては、、日本はサブプライムをあまり購入していないので“ほとんど無傷”という意見が多かったが、あにはからんや、株価の急速な下落で端的に反証されたわけですが、読み違いの弁解として、“経済学者を名乗っている竹中氏が”“〈構造改革が止まり、企業や国民の期待成長率が下がったから>と述べて〈今の問題をアメリカだけのせいにしてはいけない〉などとうそぶいているのは呆れざるを得ない”と一刀両断、“とはいえ、こうした日本経済急落の原因を何に求めるかで、それぞれの論者たちの経済観と政治的立場が露わになったことは、興味深い現象だった”と述べています。
後ほど取り上げますがここは大変重要なところです。

記事のまとめでは、
“エコノミストたちの議論に絶対などというものはない。次々に変節する人もいれば終始一貫して主張したことがたまたま当たる人もいる。その微妙な違いを読みとっていただければさいわいである”と述べ、
“この格付けが、現在の経済危機と真剣に対決している読者にとって、様々な議論に謙虚に向き合い、自らの処方箋を見つけ出す一助となればそれ以上の喜びはない”と結ばれています。

 これはおかしいのではないか?
“次々に変節する人”や“一貫して主張したことがたまたま当たる人”たちの“その微妙な違いを読み取”ることが、どうして「現在の経済危機と真剣に対決している読者」の「様々な議論に向き合い、自らの処方箋を見つけ出す一助」になるのか?
訳が分かりません。

 著者自ら「ころころ変わる」「たまたま当たった」と評価するような言説に、処方箋を自ら見つけ出さなければならない「読者」は、なぜ「謙虚に向き合」わなければいけないのか?

 もともと、対象とする言説が「一助」になるか否かということを判断するためには、論者が自ら持っている経済観を基準にきっちり展開してもらわないことには話になりません。一時的な当たり外れだけなら、「占い」でも「あみだくじ」でも出来ますが、「当たり」が「今後の予測 の正確さを約束するものではありません。「ころころ変わる」「たまたま当たった」というのはそういう類とどこが違うのか。専門的な装いを凝らしている分、罪は重大です。

 東谷さんが、ホンキで「読者」の「真剣な対決の一助」となることをめざすならば、こういうレベルの言説の順位付けなどをするのではなく、「真剣に対決しようとしている」人に対して自らの経済観、装備している経済学的体系を明らかにする、適切なそれが準備できていなければその構築に赴くことが、真っ当な姿勢ではないでしょうか。
少なくともホンキで「真剣な対決の一助」をめざすならそうあるべきだと思いますが。

 マスコミ人士は、ご自分の頭の良さを頼りに、注文されたテーマについてデータを集め、読み込み、PUT OUT することが得意ですが、今どき「真剣な対決への一助」たらんことを望むまれるならば、それはもはやジャーナリスト的ポジションでは果たせない望みであるということになるのではないか。

 ということで、現下の経済状況に真剣に対応しようとしている人、せざるを得ない人にとって、エコノミスト、ジャーナリストの言説が意味するところを明らかにしてみました。

 経済において実務に当たっている人にとって必要なことは、自分の日々の仕事、将来のあるべき姿を描き、それを実現する方向と方法について「処方箋」を確立することですが、エコノミスト、ジャーナリストの言説にそれを期待することは出来ない、われわれは微力をいとわず、自ら処方箋を確保しなければならない状況にあるのだ、ということを覚悟市、必要な作業に着手することだと思いますが如何でしょうか。
 
 雑誌を読んでいて思いついたことを書き連ねてみました。中心市街地活性化、地域経済活性化などに真剣に対決し処方箋を得たい人たちの指針となるべき「中心市街地活性化の経済学」「地域活性化の経済学」はまったく存在しません。
ご承知のとおり、中心市街地活性化についての言説は、「ころころ変わる」ものや「なんの根拠も無い経験則」の類が殆どですから、順位付けされている人たちを笑うわけにはいきません。

 記事を踏まえてわれわれはどうすべきか、という問題をあらためて確認しなければならない。 

 ということで、処方箋を真剣に探している人の一助になればさいわいです。

ブログご紹介

 クオールエイド流商店街活性化ゆかりのブログです。

 【長崎街道錦通り商店街 錦通り商人塾】
商人塾終了後の拡散加店の取り組み状況について報告し参考に資するという趣旨です。
この時期、参加各店は成績良好、元気いっぱいで点から線、線から面への波及に向けた「実証」をかねた店づくりを実践中です。


□ 【brother】 
サイト 甲州銀座ブラザー
ブログ 万年筆コラム商人塾実行委員さんのお店、「ブラザー」は、自社製万年筆の商標です。


 以上、商人塾レベルの取り組み、個店の取り組み、全体へのアプローチとそれぞれ志が明白に伝わってくるブログです。
いつも拝見して力づけられています。
他にもあると思いますが、把握していません。
ご一報くださると嬉しいです。

※ 【洗愁亭】で沼津市で発行されている商店街活性化・販促活動を中心にしたブログが紹介されています。
茶太朗さん、有り難うございます。

定額・商品券事業の総括

 売り出したらすぐ売り切れた/なかなか捌けず売り出し期間を延長した、などと報道されていますが。

 何ごとによらず、事業は事業に先立って認識されている目的を達成するために取り組まれるわけでありまして、事業の成果は事業が終わってから明らかになる。
「商品券発行事業」も例外ではありませんから、その成果は、完売まで幾日掛かったか、とか、商店街でどれだけ回収できたか、とか、刹那的な話は些末なことですね。

 肝心なことは、商店街の活性化を目的とする取り組みですから、“商品券を発行したところ、これを契機に商店街にお客が戻ってきた”という成果が得られないとダメですね。

 何かのきっかけで来店した人を継続して買い物に来てくれる=得意客にするには、お客に“このお店はわざわざ買い物に来る価値がある”と評価されることが絶対条件です。
「商店街活性化」という目的を前提にこの事業を考えると、
①お値打ち価格で商品券を発行する
②商店街での買い物への使用を訴求する
③来店した一見客を「得意客」に仕立てる
という取り組みになります。
中でも③が極めて重要なプロセスですが、そもそもシャッターの内側についてはアンタッチャブル、不可触であり、誰も口出ししてはならない、という暗黙のご了解のもとに取り組まれる商品券ですから、個店の「業容」については旧態依然のままでの取り組みであることはいうまでもありません。
 
 ひょっとして商品券&イベントに釣られて来街・来店した一見さんがいたとして、この人は来街・来店目的である「商品券の費消」を達成すると業容の吟味などはもってのほか、一目散に帰っていきます。両者の関係は旧に復帰してしまい、相変わらずのたたずまいが戻ってくる・・・。
満を期して取り組まれる大イベントとまったく同じです。

 商品券の取り組みは、通用期間が終わった後、これからの商店街にどのような効果が残ることを期待して取り組むのか、ということをしっかり考え、期待する成果が残っていくような取り組むに市内となんの役にも立ちません。
各種イベントとまったく同じです。

 商品券の取り組み、やがて「総括」の時期を迎えますが、その時はきちんと、
①この事業の目的は何だったか
②目的に照らして企画内容は良かったか
③期間終了後のお客の実際の動きは満足できるか
といったことをテーマにしっかり取り組んでいただきたい。

 あるべき総括は、
①この事業の目的は何だったか・・・特に考えていなかった
②企画内容は良かったか・・・・・・目的不在でなんとも言えず
③お客の動きに満足か・・・・・・・ぜんぜん
ということに成るはずですから、これを踏まえて
「これからの活性化事業の取り組み方」について、侃々諤々、今後はよく考えて、“事業終了後に成果が蓄積される”ような取り組みをしていくことを決意すること。
 これが「商品券事業」のあるべき総括、もって今後の教訓に出来れば、コストは高かったものの、無駄にはなりません。

 従来の事業と同じく、「総括」抜きで幕を引くようではせっかくの取り組み、禍根を残すことになりかねません。
どちらさんもどうぞそのつもりで今から総括の準備をお奨めします。もちろん角が立たないようにW
総括については、いずれWeb上で発表されることもあるでしょうから、楽しみ?にします。

商店街は公然の秘密を切開せよ

 公然の秘密とは、
①みんなに関係する問題情況において、
②誰もがよく知っている核心的な問題があるが、
②事情があって誰もそれを口に出来ない
類の情報のことです。

 こういうことがあると大変です。
何しろ、問題を解決するためにはこの「公然の秘密」を日の当たる場所に引きずり出して隅々まで究明したうえで対応を考えなければならないわけですが、何しろ「公然の秘密」ですから、議論の場で取り上げることが出来ません。
結局、対応策は「公然の秘密」事項を直視しない、いわゆる‘核心を避けて周囲を徘徊する’ことになりかねません。

 ということで、既にお分かりの通り、商店街には「公然の秘密」がありまして。
“商店街は劣化スパイラルに陥っている”というのは、皆さん異口同音におっしゃいますが。
その原因は何か?
そもそも劣化スパイラルに陥っている商店街に立地している店舗群の業容はどうなっているか?
というあたりに分け入って行くと、だんだん口が重くなり、いつしか人もまばらとなり、究明作業も程々に当たり障りのない「活性化事業」を採択してしまう。

“商業者は自分の店を反応させる方法を知らないし、知ろうとする努力をしていない”
したがって、諸々の「活性化事業」は効果不問でやってみるだけ、その結果自店がどうなるのか、あるいは事業を自店の繁盛に利用するためには、自店内部の取り組みが必要か、といったことについては一切考えられておりません。

 どうしてこう言うことになるのか?
「公然の秘密」があるからですね。

 活性化の実を得るためには、この「公然の秘密」を暴露し、取り組むべき問題として共有することがイロハのイですが、何しろ「公然の秘密・タブー」ですから、タタリを恐れて誰も口にしません。
まあ、商店街の皆さんに、自分を含む仲間の暴露をする、というのはなかなか大変でしょうから、外部から指導支援に来ている専門家が率先切開すべきところですが。

 公然の秘密に対処することなく、商店街の活性化をめざすというのは、これまで挫折してきた全国の取り組みが等しく迷い込んだ行き止まりです。
如何に口火を切るか、ということが専門家の役割だと思いますが、Web経由でチェックした限りでは、「秘密の暴露」に取り組んでいる人は無いようです。
中には「公然の秘密」の存在に気づいていない専門家もあったりして、そういう人が「住む人を増やす」とか、「非・物販の集客施設を誘致する」とか、「所有と利用の分離」とか、“公然の秘密にさわらないで実現できる活性化への道”を提唱すると、「公然の秘密」など“無いことになっている”商店街のリーダーさん、TMOの担当者さんあどが、眼からウロコが落ちた、今度こそはなんとかなる”と飛びつくわけですね。
もちろん、なんともなりません。

 「公然の秘密」の暴露は、活性化の成否を左右する喫緊の戦略的課題ですが、いきなりというのも効果のほどが案ぜられます。
一国一城の主を自負する皆さんに“自分の商売、どうしたら繁盛できるか分かってませんよね、分かろうともしてませんよね”とはいえません。言えるくらいなら「公然の秘密」にはならないのです。
間違っても、何だそんなことか、オレが暴露してやる」などとトライしないこと。

 公然の秘密、これを暴露、破砕しない限り、商店街の明日はない、と思われるのですが、如何でしょうか。
どう手を打って行けばタブーがタブーではなくなり、解決すべき問題として共有することが出来るでしょうか?

 当サイトの常連であるあなたはとっくにその縫策を案出、実行しておられると期待したいところですが、思っていても口に出せないのが「公然の秘密」たる由縁ですから、開こうとしても」口が開きませんW

 今思い出しましたが、商店街おなじみの消費者アンケートでは「商店街のお店に希望すること」として、
①品揃えを魅力的に
②接客を心地よく
③店の整理整頓、美化
といったことが毎回挙げられますが、こういう要望に真っ正面から取り組む商店街はほとんどありません。
①~③という要望は裏から見れば、これらについて不満がある、ということです。いうまでもありません。
①~③に不満があるから商店街のお店には買い物に行かない、改善するなら言っても良い、ということでしょう。
商店街のお客はなぜ減ったか、答えも対策もはっきりしています。
取り組めないのは、「公然の秘密」を直視出来ないから。

アンケートでは他にも、
①駐車場、駐輪場 とか
②アーケードや歩道
なども挙げられますが、これらについては「タブー無し・補助金あり」ですから、衆議一決、取り組んできた結果が現状。

 あらためて、かって実施した「消費者アンケート」ヲ引っ張り出して再検討してみるというのは、如何でしょうか。
この検討を手がかりに「公然の秘密」に迫る、というのは有力な一案だと思いますが、問題は“暴露した後の対応」でありまして、秘密が秘密になってしまった原因の一つは、“暴露し問題として取り上げても対応策がない”ということです。
逆に言えば、対応策さえあれば秘密は暴露することが出来ます。
というか、わざわざ暴露しなくてもいつの間にか公然の秘密が秘密ではなくなります。

 というもってこいの取り組みがこれ:
『「クオールエイド的商人塾」のおすすめ』

 今年度は、補正予算関連の各種施策を活用した取り組み、既存制度の革新的活用で取り組まれる例があります。
必要に応じて取り組み先を紹介します。

新自由主義は拝金主義

 先年、“金で買えないものはない”と豪語したのは堀江某氏でした。かねさえあれば何でも出来るということで、つまり、金があれば人は様々の制約から自由になれる、ということを意味します。

 お金について考えるにあたっては、このことが決定的に重要です。
“お金があれば自由になれる”ということから、自由になりたかったらまずお金をなんとかしろ”ということになり、さらに“お金を持っていることが自由の証”諸々の制約から自由になっていることの証ということで、「お金持ち=成功した人」という図式の後ろには、“成功=制約からの解放”という暗黙のうちに共有している価値観がある。

制約とは何か?
そのもっとも根本的なものは、環境との関係です。
人は環境との交渉(働きかけ、所要の成果を得る作業)を続けない限り、まずその生存を維持することが出来ませんが、環境との交渉にあたっては、交渉を成功させるために必要な条件を守らなければならず、それは自由に対する「制約」そのものです。
今、自分が何をしたがっているか、ということに優先して「環境との交渉」を成功させなければならない。早い話、生存を維持するための条件を整えなければならない。

 ところが。
お金があれば、こういう「制約」はほとんどありません。“お金さえあれば出来ないことはない”わけです。もちろん制約からの自由だけではなく、やりたいことを実現する自由も手に入ります。
お金は「自由」の担保であり象徴です。

 ということで。
いわゆる「貨幣愛」とは、「様々の制約条件から自由でありたい」、「自分がしたいことを成し遂げたい」というほとんどの人が共有しているであろう願望を実現するもっとも効果・効率的と思われる「手段」への執着が転じて「愛」となったもの、と考えられます。
経済学では「貨幣論」というジャンルがあり、「貨幣とは何か」ということで様々にアプローチされているようですが、その多くは貨幣の機能や賞品としての特性の分析に止まっており、人の欲求の対象としての貨幣に迫る論考は、管見の限り、余り無いようです。

 人が貨幣を愛するのは、それが自由を約束してくれるからであり、自由の象徴であり、そこから転じて貨幣が「何ものにも代えられない最高の価値」となるのは当然のことです。
あれやこれやの特定の自由ではなく、無制限の自由を約束するのがお金だとすれば、それはあれやこれやとは取り替えられない究極の価値、と見なされます。
すっかりその気になっているのが新自由主義者の皆さん。
彼らの根本動機は、“もっと、もっともっとお金が欲しい”ですね。
主義者にとって行動規範は“もっとお金を”ということですから、理念も理論もお金の前には沈黙します。

 ちなみにマネタリストは理論を道具と見なしますが、もちろんこれは“金儲けの道具”ということで、理論よりも金儲けが優先しますから、金儲けが上手く行かなくなりそうになったら、平気で理念・理論をねじ曲げ、規制やら脱法やら何でもござれ。
フリードマンがチリの軍事政権と組んで自説を実施して失敗したことは有名ですが、「自由主義」は軽々と「軍事政権」と密着します。

 ぼけっとしていると、“ダメな経済学者の理論に盲従することになる」と警告しているのはケインズ先生ですが、没理論のテクノクラートを自認する高橋洋一氏が、竹中氏のブレーン時代、命ぜられて郵政民営化のスキームを構想するにあたって、「主義に関係なく」“これは使える”と下敷きにしたのがフードマンの『資本主義と自由』でした。民営化推進の道具として主義抜きで使ったわけですが、結局、新自由主義・拝金主義に絡め取られ、今日見られとおりの情景となりました。

 理論は主義に密接に関係していますから、主義抜きで理論を利用するというのは、「盲従」になることがあり、“こんなはずではなかった”と嘆くことにもなりかねません。
自分の行動は、誰の理論(提案)に基づいているのか、その理論の根拠はどこにあるのか、ということは節目節目を超える前に是非とも吟味しなければならないようですね。

 タイトルについては、ほんの思いつきですが、ズバリ、本丸をついていると思いますが、如何でしょうか。
興味のある人は一緒に吟味しましょう。【理論創発】です。

戦略的中心市街地活性化?

 例えば「戦略的中心市街地商業等活性化事業」というように、中心市街地活性化関係では「戦略的」という言葉がよく見受けられます。
「戦略的」とはどういうことか?
一般の「中心市街地活性化」の取り組みと「戦略的」と冠を被った取り組みとは何が違うのか?
つねづね申しあげているように、中心市街地活性化の取り組みがなかなか成果が上がらない根本的な理由の一つは、関係者の間で流通している「専門用語(の定義)」が共有されていないこと。
同じ言葉を使って意見を交わし、合意してものごとを進めていますが、その実、合意に盛り込まれている文言の意味・意義についてはまったく共有されておらず、甚だしい場合は中核に位置する言葉の意味を関係者の誰一人として理解しないまま、平気で事業が推進されている、というケースも稀ではありません。

 「戦略」という言葉などはその典型でありまして、当サイトでこれまで何度も指摘してきたように、この言葉は本家本元・軍事領域でも腑に落ちる定義はされておりません。
用語を借用している企業経営・関係業界などでももちろん。

 あらためて、「戦略的中心市街地活性化」を考えてみましょう。

上記支援制度の内容は:
“コンパクトでにぎわいあふれるまちづくりを実現するため、中心市街地活性化法に規定する認定基本計画に基づき、「都市機能の市街地集約」と「中心市街地のにぎわい回復」の双方を一体的に取り組む地域(中心市街地)であって、商店街・商業者等が地権者などの幅広い参画を得て実施する商業活性化事業に対して、「選択と集中」の視点から重点的な支援を行う。”
となっています。

 上記の事業では、事業内容について、
目的:「コンパクトで賑わいあふれるまちづくり」の実現
要件:
①中心市街地活性化法に基づき認定された基本計画に基づき
②「都市機能の市街地集約」と「中心市街地の賑わい回復」に一体的に取り組む中心市街地であって
③幅広い参加者を得て実施する商業活性化事業
とされています。
これらの要件を満たしている取り組みから「選択と集中」によって支援対象を選定して支援する、というわけです。

 問題は、基本計画が「戦略性」を持っているかどうか、ということでありまして、そもそも、基本計画が当該中心市街地を活性化に導く戦略=シナリオとして作られていなければ、計画に記載されている各般の商業活性化事業のうち、要件を満たす事業について支援を仰ぎ見事成功させたとしても、そのことをもって商業の活性化が実現するとか、実現に近づくという保証はありません。
なぜか?

 ということで、あらためて「戦略」について考えます。

「戦略」をひとことで言えば、
“使える道具を上手に使って目的を達成するために取り組みに先立って描く段取り”のことです。
さらに一般化すれば、
“ここからあそこへ移動するための道筋”
ですね。
この定義はtakeoが作ったものでありまして、当サイト・商人塾等以外では見ることが出来ません。必要により、他の機会を参照するなりして自分なりの「定義」を確立されることをお奨めします。

 さて、支援制度について。
支援を受けようとする事業が要件を満たすためには、前提として
①基本計画において、「コンパクトで賑わいあふれるまちづくり」の実現について道筋・シナリオが描かれていること。
②支援を受けようとする事業が、その戦略を実施していく上で極めて重要な位置を占めていること(戦略の成否を左右する)
③計画のスケジュールをはじめ、諸般の事情を勘案して当該事業の実施時期は今が適切であること
などを検討し、これらに合致していることを確認しなければならない。そうですよね?

 ところが。
「戦略的」と銘打たれた事業をみますと、
①基本計画に記載されている
②精度の要件を表見クリアしている
②取り組みに特段の支障がない
といった基準(?)で選択されているケースが多いようです。

 いつも申しあげているとおり、こういう取り組みは“一つ取り組んでは賑わいのため、も一つ取り組んでは街並み整備”ということですが、「賽の河原」の石積みと同じ、いくら積見上げようとしてもものになりません。活性化法制定以前からの取り組みをちょっと振り返ってみればすぐ分かることです。
賽の河原の石積みは鬼から邪魔されるのですが、中心市街地活性化の積み重ねが出来ないのは、「戦略性」に欠けているから。

 一昨年来、「戦略的中心市街地活性化」の取り組みが展開されているところですが、「活性化への道」、一歩でも確実な戦略的前進が達成されたでしょうか?

 軍事氏の大家リデル・ハートは『戦略論』において、“非凡な戦略は、平凡な戦力を勝利に導く”と喝破しておりますが、中心市街地が現有経営資源プラスαをもって活性化を実現しようと意図するならば、「非凡な戦略」は不可欠です。

 当記事の内容に関心を持った人は、【サイト内検索】で「戦略」「活性化のシナリオ」などをチェックしてください。
「戦略」について理解し、使いこなすことが出来るようになると、一生の財産です。

三越高松店

 丸亀町商店街については、現在、【都市経営】で考察中です。
これからだんだんシビアな領域に入っていきますが、その前に同商店街のテナントミックスの中核を占めている三越高松店について、少し考えておきたいと思います。

 念のために申しあげておきますと、テナントミックスとは「業種揃え・店揃え」のことですね。けして“元気のいい店、集客力のある店を空店舗に引っ張ってくること”ではありません。
また、しょうてんがいの業種構成を枚挙して欠業種店を招致することでもありません。
テナントミックス=業種揃え・店揃えとは、その商業集積が対応しようとするショッピングを過不足無く満足させる、「品揃え・サービス揃え・環境」をめざして、適切な売場構成・品揃えを実現するためにふさわしいショップ=売場を構成することです。
テナントミックスの目的は「適切な品揃え」なのです。

 したがって、商店街が取り組むテナントミックスとは、空店舗に欠業種を誘致する、といった世間で言われているようなお手軽な話では無くて、既存の(空店舗を含む)自然成長的商店街から、特定の消費購買行動に対応する商業集積へと転換していくこと取り組みにおける中心的な課題であり、現在営業中の各個店は、商店街が新たに構築をめざす商業集積の一員としてふさわしい「業容」へと転換していくことが求められます。

 転換を拒否する・これまでどおりの店づくりに安住することを臨む店舗・商業者は活性化の取り組みの成果を享受することは出来ません。
商店街は、そこに結集するすべての店舗が、商店街が実現をめざす商業集積=「買い物の場」の構築に向けて、それぞれ「店づくりの転換」に取り組むという事業を計画的に推進することではじめて「商店街活性化」という仕事の現実性が見えてきます。
個店の転換=テナントミックスの構築を取り組みの中心に据えていない商店街活性化は、すべて偽物、本来の目的を達成することはできません。本人たちは成功するつもりでしょうが、そういう取り組みが成功することは絶対にありません。
 
 以上については、この際、きっちり覚えておいてください。

 さて、丸亀町商店街のテナントミックスの目標については、明らかにされていませんが(これは大問題ですがここではこれ以上ふれません)、現段階での「店揃え」をみますと、
①百貨店(高松三越)
②スーパーブランド群
③セレクトショップ群
④SPA
⑤書店
⑥雑貨
⑦飲食
というラインアップです。

 物販を総括すれば、「ファッションとカルチュア」という店揃えになっています。
ファッションについては、百貨店ブランド、スーパーブランド、セレクトショップという「高級ファッション」がメイン、カルチュアはインテリア雑貨と書籍、書籍は紀伊国屋。

 トータルのテナントミックスで対応しようとしているショッピングニーズは何か?

 テナントミックスは、そのニーズへの対応として十分な内容になっているだろうか?

 ということが、丸亀町商店街の取り組みの成否を左右するテーマです。

 このテーマについての考察は【都市経営】で続けるとして、ここでは同商店街と運命共同体という位置にある三越高松店について。

 同店は、丸亀町の取組と歩調を合わせて、本館のリニューアル、新館及び別館の建設、西館へのスーパーブランドの配置と、この時期においては画期的な試みを展開しており、このプロジェクトに対する三越の意欲はたいしたものです。

 意欲はたいしたものですが、だからといってその成果もたいしたものになると約束されるわけではありません。
当社的視点からすれば、むしろ、これで大丈夫だろうか?と心配される業容でありまして、万一のことがあれば運命共同体ですから、商店街全体へも計り知れない影響が出ることは間違いありません。

 その業容を検討してみましょう。

そもそも百貨店という業態は、スタート時点に遡ると「奢侈階層のライフスタイル用品を下流に普及させる」という機能を担っていました。
この機能は現代まで踏襲されています。
これが当社が百貨店を分析する際の基本的な視点ですが、その根拠については、別途、【理論創発】で説明することとして、ここでは百貨店とは「奢侈の普及」という事業機会を標的とする小売業態である、ことを前提に話を進めます。

その業容:
「奢侈普及」という使命から、その品揃え・売場構成は、自ずと普及型奢侈品です。百貨店の売場構成の変遷は、普及型奢侈品として登場してきた商品が、そのポジションが変わることで売場から消えていき、新しく導入される普及型奢侈品が売場を構成していく、ということの繰り返しでした。

 ちなみに日本型百貨店を舞台とする奢侈品の普及は、
欧米から国内へ
中心部から沿線へ
東京から地方へ
というワンパターンです。

 もの余り・店あまり時代の「普及型奢侈品」は、いうまでもなく現在、百貨店の売場を構成している、いわゆるスーパーブランド群をはじめとするテナントの品揃えに代表される商品群です。

 以上を前提として三越の業容を分析してみましょう。
①そのポジションは、
 愛媛県~四国全域という広域商圏をターゲットにする「百貨店=奢侈品普及小売業」。

②品揃え
 そのポジションの特性からその品揃え(=売場揃え=品揃え=テナント揃え)は、政令都市の一番百貨店に比肩する充実ぶりです。

 業容三点セットのうち、アシスタンス及びアンビエンスについては特筆すべきことはありません。同業並み、したがって普及型とはいえ奢侈品売場としての機能は備わっておりません。(この点は【理論創発】で)

 百貨店の趨勢
第一に、見ておかなければならないことは、「不況」ではなく、「普及型奢侈」という消費・購買ニーズの動向です。
もともと、奢侈はイタリア・カトリック教会が発明したライフスタイルが、王侯貴族・国外へと普及して拡がり、百貨店を売場に新興ブルジョアジーを顧客層とすることで一挙に拡大しました。プシコーさんの尽力多大です。
百貨店が大要とする消費・購買ニーズとは、仰ぎ見る対象のライフスタイルに近づく、模倣する、という消費購買ニーズでしたが、そのニーズは今現在どうなっているか?

第一、もはや仰ぎ見る・お手本とすべき奢侈階層が消滅した。

第二、お手本が無くても自立的にライフスタイルを設計する能力を持つ人が階層を問わず出現している。

第三、「普及型奢侈品」をラグジュアリィと評価する人が減っている。
今やお手本は自分たちの代表=「読者モデル」です。

第四、代替選択肢の登場 いろいろ。

第五、生活の幅の拡張 普及型奢侈品を所有する満足に変わる・それを凌駕する満足機会はそこら中にある、という人も増えている

というなかで、百貨店は依然として「普及型奢侈品」を欲しがる「保守的富裕層」のミッシーをターゲットになんとか業容を維持しようと苦労しているわけですが、そこに、

第六、“百年に一度の暴風雨”の襲来

ということで、どこからどう見ても現容的百貨店には“明日はない”のであります。

 とまあ、百貨店業界の現状について、当社はとらえているわけです。

 ということで話はふたたび本論・三越高松店へと戻りまして。

 今回のリニューアル、三越としては思い切ったチャレンジのはずですが、効果のほどは極めて疑問とせざるを得ません。なるほど、テナントミックスなど、類似規模の都市の百貨店に比べれば格段に充実しており、四国広域における一番店というポジションを再確立しました。
だがしかし。

 それがどうした、というのが上記①~⑤に示した業態環境でありまして、早い話、今回のリニューアルは、全国至る所で百貨店が陥っている隘路から、三越高松店が脱出する戦略的取り組みとしては、ほとんど効果が無いだろうということです。

 当社の見立があたっているとすれば、ことは三越だけに止まるものではありません。三越の将来(というかここ二、三年の状況)は、一蓮托生の道を選択した丸亀町商店街そのものの命運に直接関わることです。

 高松店の場合、特に、新たなチャレンジとして路面へ展開したスーパーブランドは大変です。いつまで辛抱できるか、辛抱したからといって好転することはない、ということは①~⑤という趨勢からあきらかですし。
この時期に百貨店の外に出るという選択はどうだったのか。端っこに配置された一部知名度の低いブランドなどは特に大変のはず。
スーパーブランドこと「普及型奢侈ブランド」ショップは、立地選定のミスだけではなく、業容そのものもおしなべてアンバランスになっています。これでは今や「絶滅危惧種」となっている「普及型奢侈品愛顧客相」の、関西方面との争奪に優位を占めることもできません。

 百貨店再生の道、無いことはないと思いますが、既存各社の動向を観察するに、「基礎体力」に問題があります。

 丸亀町商店街のテナントミックスの核であり、また事業そのものの核でもある三越高松店は、“ここを頼りに努力を結集していく”といった決まり文句では全国の中心市街地・中心商店街街の将来に点滅する赤信号を、ご当地高松市中心商店街において“例外的”に消すことは出来ません。そのためには、百貨店を含む街全体が、活性化への努力を結集して構築をめざす「一体的推進の目標」をあらためて確立、その実現に向けた一体的な取り組みを推進しなければならない。その先頭に立つのは、B・C街区の専門店群ですが、こちらも基礎体力に問題があるはずです。

 ということで、丸亀町商店街の再生の取り組み、進行中の取り組みと平行して、関係者総参加で所要の「勉強」をする機会を早急に作ることが喫緊の課題です。
基本課題ということでは、丸亀町も皆さんの街も変わるところはありません。ハード事業の進展からすれば、もちろん、丸亀町の方が事態は急を要します。

まあ、当事者である皆さんにはすでに先刻理解されているところだと思いますが、全国には“うちも百貨店と組み、「所有と利用の分離」をやれば丸亀町になれるかも”などと浅はかな考えのもと、ことを企画している人がいるかも知れません。
まあ、そういう人は当記事を理解することはおろか、ここまで読み通すほどの問題意識も無いわけで、さらに言えば、そもそもそういう人たちが当サイトに日参するはずも無く、あれ?、この記事いったい何のために書いたんでしょうねW

五里霧中の中心市街地活性化

 中心市街地・商店街活性化の現状、―三十年にもわたって全国津々浦々で取り組まれているにも関わらず、確とした成功事例が報告されず、ましてや成功モデルなどは皆無であり、全体として空洞化は進行するばかりである― からわれわれが観念(*)しなければならないことは何か?

(*)観念する:心を落ち着け課題について静かに考えること。

第一に、もはや世上に流布されるあれこれのスローガンに啓蒙(*)抜きで盲従することは許されないということ。

今すぐ思い出せるスローガン:
○歩いて楽しいまちづくり
○住む人・来る人を増やす
○公共施設の建設
○ショッピングセンターの経営手法の導入
○チャレンジショップ
○コンパクトシティ
○アクセルとブレーキ
○所有と利用の分離
 ・・・・・
 いうまでもなく、活性化事業の成功は、活性化という言葉の定義に基づく関係者の行動によってもたらされるものですから、上記の各スローガンも活性化という目的の正しい設定というプロセスを省略すると、それぞれのスローガンを冠せられた事業があたかも活性化という目的の化身ででもあるかのように物神化され取り組まれることになり、その結果として全日本的規模での取り組みの蹉跌があるわけです。

 問題はわれわれが「中心市街地・商店街活性化」というテーマを表す文言に対してどのような内容をこめているか、ということであり、すなわち、中心市街地活性化という言葉を解決しようとしている問題(都市機能としての中心商店街の空洞化からの再興)と整合させて定義していることが取り組みの成否を左右するということです。

 中心市街地を活性化したかったら、まず、「中心市街地活性化」という言葉を適切に定義しなければならない。
商店街を活性化したかったら、まず、「商店街活性化」という言葉を“自分たちがめざしていること”を適切に表現した言葉で定義しなければならない。

 中心市街地活性化の成否は、適切な中心市街地活性化の取り組みに掛かっているわけですが、適切な取り組みは、われわれが「中心市街地活性化」という言葉をどのように定義しているか、ということにかかっています。言葉の間違った、あるいは不適切な定義の基づいて組み立てられる行動は、間違った・不適切な行動になるわけで、逆に言えば、間違った・不適切な取り組みの背後には、間違った・不適切な「中心市街地活性化」についての理解が控えているわけです。

 われわれが「中心市街地活性化」についてどのような期待を持ち、それをどのように定義しているか=それが本当に自分たちの期待していることを的確に表現しているかどうか、ということに活性化の成否が掛かっています。
中心市街地・商店街活性化の成否は、まずは、それをどう定義しているか、ということが成否の分かれ道になります。

 このようなごく当たり前の立場から、実際の取り組みを見直して見ますと、まずイヤでも気づくのは“「中心市街地・商店街の活性化」とは中心市街地・商店街にどのような状況が生まれることか?”まったく定義されていない、ということです。
「法」第一条では、中心市街地活性化を「中心市街地における都市機能の増進及び経済活力の向上」と定義していますが、これを踏まえて、あるいはこれとは関係なく、自分たちが取り組む活性化の取り組みについてその目的をハッキリ定義しておかなければ、取り組みは迷走することになります。

 目下、各地で起きていることはまさにこう言うことでありまして、指導・支援する専門家による“これこそがこれからの活性化の切り札だ”というキャッチフレーズ付きで登場する事業メニューに文字通り「切り札=オールマイティ」と錯覚して取り組み、惨憺たる結果に終わる、ということが繰り返されている根本的な原因はまさにこの「自力思考を省略した付和雷同」という取り組みの基本性格にあると看破しなければならない。

 自分のアタマで「活性化」を定義し、定義を基準に実現への道を構想し、必要な取り組み・事業を立案し、計画的に実行していく、という仕事全般に通じる当たり前の取り組み方をきれいに忘れ、ひたすら吟味抜きで成功事例に追随し、新規メニューを食い散らかし、結果として中心市街地をいっそうの荒廃へと追いやっていく、というのが大方の取り組みが実際にもたらしていることではないか。

 目下、成功事例とされているのは高松市の丸亀町商店街ですが、同商店街の取り組みは、Web上でアクセスできるリーダーの言説によれば、“再開発事業のハード部分は竣工したが、活性化に成功するか否かは継続している取り組み次第”という段階にあります。
 この取り組みを“所有と利用を分離することで活性化に成功した事例”などと短絡的に「理解」して、従来の成功事例同様、“オラがのまちでも取り組まなくちゃ”と張り切っている人たちも散見されますが、いうまでもなく、「所有と利用の分離」は事業手法ですから、問題は「この手法をもちいて何を作るか」というところにあります。
早い話、エスプラッツやアウガ(いずれも竣工当時はモデルともてはやされた)などが、底地を買い取らず・借地にしていたら成功していただろうか、と考えてみれば簡単に分かることです。

 この簡単なことがなぜ分からないのか、といいますと、考えがそこに及んでいないから。
つまり、「活性化の成否」「活性化事業の適否」を判断する基準をもっておらず、“そんなものを持つ必要はない”と思っているのかあるいはそもそも“活性化とは世上流布している「活性化事業」に取り組むことだ”と漠然と考え、その漠然を根拠にものごとを考え、組織を立ち上げ、事業に取り組む・・・。

 一事が万事でありまして、ここに述べたようなビヘイビアが中心市街地を支配しているとすれば、それはもちろん中心市街地に限られたことではなく、当該都市を支配している行動基準・ビヘイビアが中心市街地にも及んでいるということですから、“危うし・中心市街地”はそのまんま“危うし・都市経営”ということです。

 我が身を都市中空に浮かばせてみますと、中心市街地にはキリが立ちこめています。切れ間からのぞき込みますと、関係の皆さんが懸命(?)に手探りで事業に取り組んでいるのがかいま見えますが、眼を将来に向け直してみますと、そこには空洞化がさらに進展した中心市街地とそれを取り巻くこちらも「都市機能の増進及び経済活力の向上」とは無縁の街がキリの中に茫漠と広がり・・・。

 いうまでもなく、この霧は関係各方面の個々の担当者の「アタマの使い方」が呼び寄せたものでありまして、そうであるからにはこれを吹き払うという問題を解決するには、個々の関係者の「アタマの使い方」「ものの見方・考え方」を変えていく、というなんとも難しい仕事に取り組む以外にありません。

 商人塾は、有無を言わさず実証を突きつける、という側面を持っていますが、もちろん、心ここにあらざれば視れども見えず、自分が盲従するスローガンを基準にした成功事例しか見えない、という人には見てもらうことが出来ません。

さあ、この情況をどう突破するか、
これが今現在、ホンキで活性化に取り組んでいる・取り組もうとしている人が直面している問題だと思います。
某地においては、本日、正面突破が試みられるそうですが、第一歩が成功裡に踏み出されることを期待しています。

 活性化の命運は、取り組む人たちの問題設定が適切であること、及びそれが関係者によってどれだけ共有されているか、ということによって決まります。
 新年度になって新しく当サイトにお出でになった皆さん、この機会に皆さんの都市の中心市街地活性化の取り組み、果たしてどのような「活性化」という言葉の定義の上に組み立てられているのか、この際、チェックして見られることをお奨めします。

岩田屋・三越統合に見る百貨店業界の混迷

「岩田屋を完全子会社化」
三越伊勢丹HD 今夏にも株式交換 (西日本新聞 6月7日一面)
***** 引用 **********

三越伊勢丹ホールディングス(HD)が、傘下の伊勢丹(東京)子会社の岩田屋(福岡市)を今夏にも完全子会社化する方向で最終調整に入ったことが6日、明らかになった。岩田屋株と同HD株を交換する「株式交換」で、岩田屋の全株取得をめざす。百貨店業界が深刻な販売不振に陥る中、福岡市では2011年春に博多阪急(仮称)が出店予定。完全子会社化で経営の意志決定の迅速化し、競争激化に備える必要があると判断した。(以下略)

********* 引用終わり*************

 ちなみに在京各紙は「株式交換」ではなく、「TOB」と書いています。
さすが地元紙、この違いは大きいですね。

 さて、西日本新聞は一面に続いて二面でも解説記事を載せています。

********* 引用スタート *************
『体質強化で生き残り』

 三越伊勢丹ホールディングス(HD)が、岩田屋(福岡市)の完全子会社化を急いでいる。隣接の福岡伊勢丹(同)との統合を早め、経費節減と営業強化を図る狙いだ。背景には、百貨店業界の深刻な売り上げ減がある。ただ、百貨店生き残りの鍵は、消費者をこれまで以上に引きつけられる魅力を発信できるかだ。福岡市での圧倒的な規模を誇るだけでは足りない。

「外商、総務を一本化」

 三越伊勢丹HDは早期に改装費が回収できない鹿児島三越など古い店舗を相次いで閉店。福岡、新潟、札幌3市の隣接するグループ店統合も当初計画より急ぎ、2011年春には百貨店各社の再編を終える方針。
再編の狙いは外商や総務の一本化などで利益を出すこと。ただ、岩田屋、三越のブランド・拠点は維持する。「仮に、福岡三越を撤退すれば、高島屋が入ってくるだけ」と同社幹部。三越伊勢丹、大丸・松坂屋、高島屋・阪急阪神、西武・そごうの四つに集約された百貨店グループによる激しいシェア争いもある。
(中略)
「効果は道半ば」
 完全子会社化で組織改革が進むが、課題は統合メリットをいかにお客に還元するかだ。昨年4月の三越伊勢丹HD発足で岩田屋と伊勢丹はグループ店となった。駐車場やベビーカーの共有化など隣接店ならではの対応を実施している。だが、顧客からは「統合の利点をあまり感じない」との声も少なくない。
 経営統合による組織改革は、経費節減など内部の基盤整備が先行しがちだ。岩田屋・福岡三越の合算で、売り上げ約1400億円、売り場面積8万6千平方メートルと福岡市では圧倒的な規模となる。九州の活性化をリードする企業になれるか、地元は注目している。

*********** 引用エンド **************

ちなみに両記事はWeb上にアップされていません。
関連の記事は5月30日付:http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/99060

  ☆takeo的コメント☆

 新聞にも書かれているとおり、
①経営規模が大きくなる
②外商部門を統合する
③総務部門を統合する
ことで、お客から見たデスティネーション(来店目的)が強化されることはありません。
というか、当社に限らず百貨店業界は、自分たちが直面している問題が「業態革新」であることを無視しています。もし、問題の所在に気づいていないとすればそれこそ大問題ですが、まさかそんなことは無いでしょうから、考えられるのは、真の問題を解決する「方向と方法」を掴めていない、ということですね。こちらも大問題です。

 百貨店各社がやっていることは、「サバイバル・ゲーム」。
ゲームといっても切れば血が出る・場合によっては死者も出ます。各社必死ですが、残念なことにこのゲーム、勝ち残ったからといって勝者になれるわけではない、という厳しいものです。
なんでこんなゲームが流行るのでしょうか。

 記事によれば統合の狙いは経営コストを圧縮して利益を出すとのことですが、利益なんか出してどうする、といわなければならない。この時期、経費節減で利益を出すことが将来の成長に結びつくということはありません。
組織の再編も業容三点セットの革新・再構築を目的に取り組まないとお客のショッピングに結びつきません。当然ですね。

 百貨店活性化の方向は、
①都心型ショッピングゾーンにおける「核」としての位置を
②様変わりしている消費・購買行動~競争環境において再構築する
という以外にありません。
これに取り組むには適切な「商業理論」を装備していることが不可欠ですが、もちろん、この時期に「経費節減」しか打つ手が考えられない各社がそういう理論を持っているはずがない。

「百年に一度の大暴雨」ではなく、「地核変動」時代の百貨店の事業機会はどこにあるのか、という基本中の基本から再構築しなければ、たとえ業界一社体制になっても勝ち残れません。
まずは、『百貨店を発明した夫婦』などを眼光紙背に徹する構えで読破すること、二回、三回と繰り返し読むと頭に浮かぶことがあるかも知れません。おっと、その前に当サイトの記事を一通り読んでおくといいかも知れません。、

 さて、当社流繁盛店づくり、“お金を掛けずに出来ることから少しずつ・仮説を立てて取り組み、間違っていたらやり直す”を百貨店の活性化に適用したらどうなるか?

 百貨店には共通する「?」がいくつもありまして、その第一は、
売場という売場、どうしてあんなに什器・賞品が多いのか、ということですね。
特に、一階:化粧品・身装品売場は全くダメ。なんだかディスカウント店みたい。
思い切って、1/3ほど売場を圧縮すると、売り上げがアップすると思います。
さらに言えば、1階の売場構成で「紳士」も来て欲しい、とか思っていないですよね。

 ということで、百貨店についてはお金を掛けず、出来ることから取り組んで売り上げアップ、来店客数アップを実現するのはそう難しいことではありません。
取り組みの内容は商店街立地の専門店とまったく同じ。

 もちろん、損先ではテナントミックスの再構築という戦略課題が控えています。これは「儲け癖」がついてからでないと手が出せない、というところも路面の専門店と同じです。


 お世話になった西日本新聞さんから関連でもう一本。

********* 引用スタート**********
「米高級百貨店 バーニーズ、天神出店へ」

米高級百貨店チェーン「バーニーズ・ニューヨーク」が福岡市の繁華街、天神に出店を計画していることが分かった。2~3年後の開業をめざす。九州新幹線鹿児島ルートの全線開通を2011年に控え、九州全域からの集客を見込む。店舗は商業ビルにテナントとして入居する予定で、候補地尾選定を進めている。
 バーニーズは首都圏で3店舗を展開。10年春の神戸出店を既に決めている。福岡市のほか名古屋市や大阪市も候補に挙がっており進出を検討中だ。
 バーニーズ・ニューヨークは1923年創業。ニューヨークの本店のほか米国全土に店舗を持つ。ライセンス契約を結んでいる日本の運営会社「バーニーズジャパン」は伊勢丹の子会社だったが、06年に住友商事などが買収している。
********** 引用エンド *************

バーニーズ銀座店

今度見てきます。
今日は、ご贔屓・西日本新聞から長文の引用をさせていただきました。記してお礼を申しあげます。
ついでに、こういう記事もWebに載せていただくと嬉しいです。

長文、最後までお疲れさまW

フランクリンの十三徳

 マックス・ヴェーバーが根拠も示さず、「資本主義の精神」と持ち上げた?ベンジャミン・フランクリンが説く成功への十三の徳。

1.節度 頭が鈍くなるまで食べるな、酩酊するまで飲むな
2.沈黙 他の人あるいはお前に役立つことだけを語れ。無意味な雑談を避けよ。
3.整頓 すべての事物にその場所を持たせ、お前の仕事のあらゆる部分にその時間を持たせよ。
4.決断 お前がしなければならないことを事項するべく計画せよ。お前が企画したことを間違いなく実施せよ。
5.節制 他の人あるいはお前自身に善事を行うこと以外に支出をするな。これは浪費するなということだ。
6.勤勉 時間を失うな。常に有益なことに取り組め。すべての無用な活動はやめよ。
7.公正 けして有害な虚偽を用いてはならない。無邪気に正しく考えよ。そしてお前が語るときはそのように語れ。
8.正義 お前が不正を行うか、あるいはお前の義務である善事を怠ることによって、何人をも害してはならない。
9.中庸 極端を避けよ。お前にそれ阿がたいすると考えられる以上に侮辱を強く感じ、あるいは悪くとってはならない。
10.清潔 肉体、衣服あるいは住居内の不潔を我慢してはならない。
11.心の安定 小事についてあるいは通常の不幸あるいは不可避の災難について、不安になってはならない。
12.貞潔 性交は健康あるいは子孫を残すためにのみ行なえ。けして愚鈍になるほど、体が悪くなるほど、あるいはお前自身あるいは他人の心の平和や名声をおびやかすほど、これに耽溺してはならない。
13.謙虚 イエスとソクラテスを手本にせよ。
(引用:ゾンバルト『ブルジョワ 近代経済人の精神史』中央公論社 1990)

ということで、拳拳服膺されている人もあることでしょう。

 しかるべき人たちから信用を得るためには、という〈処世術〉ですね。一部プロテスタント宗派でも同じようなライフスタイルを追求するのですが、それはひとえに「神に選ばれた存在」であることを顕現するためです。

 初期資本主義に不可欠だった「信用」を得るため?フランクリンが推奨するライフスタイルと、別の動機からするプロテスタントのライフスタイルとの「親近性」をもって、資本主義はプロテスタントから生まれた、とするのが「ヴェーバー学派」の主張です。
 
 ご承知のとおり、米国では「人生を成功するの法」を説くというジャンルがありまして、takeoはほとんど無縁ですが、なにかの拍子で一冊だけ読んだことがあります。
ロバート・J・リンガー『複眼の論理』三笠書房
これはお奨め。古書店にあるようです。

上記、ゾンバルトの本はお薦めです。Y5,300と高めですが定額給付金でどうぞ。理屈抜き?で面白く、すらすら読めます。ヴェーバーなどとは大違い。学術書の第一要件はスラスラ読めることだとtakeoは確信しています。
買って後悔することありません。

ゾンバルトはこれから社会学の新しいアプローチを導く存在として一挙に復権するはずです。
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