今日のyoutube

 休日恒例のお暇つぶしに。

□懐かしいところで

■DVD『海の上のピアニスト』

エンディングテーマ:

うたっているのは元ピンクフロイドのロジャー・ウオーターズ

ピンクフロイド離脱後の代表作:


□ウオーターズのそっくりさん:
カントリーのポーター・ワゴナー

デュエット相手は“カントリーの女王”ドリー・パートン

女王様オリジナル:

ホイットニーとどっちがどっちです?

日本からも一曲


□女王様 ラスト
Dolly Parton - The House of the rising Sun

〆はこの人・この曲:

“やれば出来る”という確信がありますか

 個店の繁盛も商店街・中心市街地の活性化も、大事なことは“必ず実現できる”という確信を持たないと成就することが出来ません。必要な基礎体力の第一は“やろうとしていることに確信を持つこと”です。
まあ、当たり前といえば当たり前のことですけど。

 ところが実際の取り組みはといえば、
○出来るかどうか分からない
○そもそもどうしてやらなければならないのかよく分からない
という程度の取り組みだったのに、さらに
○“百年に一度”という大不況になり、
○百貨店もショップセンターも大苦戦というなかで、
○商店街・中心市街地の活性化なんてとてもとても。
ということになっている今日この頃ですから、“やれば出来る”確信などは持てるはずがありません。

 それでも取り組んでいるのは、まだどこの都市からも「敗北宣言」「撤退宣言」が出ていないから。
もちろん、認定のハードルが高くて計画の作り直しを諦めた都市の中には、ついでに活性化への取り組みまで諦めたところもあるかも知れません。
もちろん、非認定組の中には“当市中心市街地の問題情況と法のスキームは整合しない”という判断からあえて認定をめざさない基本計画の見なおしに取り組んだ都市もあります。
そういう都市の取り組み、眼を話すことは出来ません。

 さて、数値目標の機能としてもう一つ、予期されていなかった問題の発見に役立っています。
 「認定~フォローアップ」は各都市の基本計画の進捗状況を測り、その計画に即した進捗をめざすわけですが、それに止まらず、場合によっては基本計画が拠って立つ状況分析や商業理論の妥当性を検証するためにも役立ちます。
本来は期待されていなかった機能ですが、商店街・中心市街地の現状を虚心に観察すれば誰も「活性化の実現に向かって順調に進んでいる」とは言えませんからね。
万全を期してスタートした「モデル」と見なされる取り組みが、2/5という期間が経過した今日、所期の成果を挙げ得ていないということは、計画作成を導いた理論に欠陥があったのではないか?
という恐ろしい問題が、だれの眼にも明らかになりつつあるわけです。

 さらに指摘すると、もう一つ重大な問題があるわけで、
数値目標の進捗状況及び見通しについての報告を虚心に検討すれば
そもそも「改正・法」のスキームは、中心市街地が直面している問題を解決する枠組みとして適切なのかどうか?
ということ疑問が生じます。
認定~フォローアップ報告の状況を考えますと、「法」の改正、特に新しい試みとしての「数値目標」制度、さらに設定する目標項目の例示という流れは、問題情況に対照して見たとき、果たしてどうだったでしょうか。
 特に、「数値目標」として例示した各項目はほんとうに目標足り得る・これをクリアしていけば活性化の実現に「確信」が生まれてくる、取り組み全般に活気が出てくる、という性格の項目だったのか、ということがあらためて問われることになります。

2/5という時間が経過しても「確信」が持てないどころか、いっそう混迷が深まっている、という状況を素直に認めればそうならざるを得ませんが、このあたりどうなんでしょうね。
そろそろ論議が始まるかも知れません。それとももう一年様子を見ることになるのかな。

 関係各方面、やればやるほど・時間が経過すればするほど、取り組みが混迷し、“考えられることはすべてやってみた、これ以上何をやればよいのか”というところに落ち込んでしまっている、というのが認定された基本計画の現状でしょう。
生まれてくるのは確信どころか不信ばかり。

 ということで、活性化に取り組んでいく・実現していく条件のうち、基本中の基本は、
①“やれば出来る”
という信念を持つことです。そうしますと
②取り組みを進めていく間に信念が確信に変わり、取り組みがスピードアップ、前進にどんどん弾みがつく
ということになります。

 大事なことは、“活性化は実現出来る”という自信を持って取り組みをスタートすることですが、残念なことに自信を持って取り組んでいる都市は極めて少ない。
中間報告の“順調に進展している”このまま取り組みを続ければ活性化できると自信を持っている、というのは、全部「作文」ですからね。

 活性化を実現するために必要な条件の第一は、取り組みに自信を持つ、ということ。
もちろん「作文」ではダメ、心の底から出来ると言い切れないとダメです。

 言い切るためには何が必要か?
【目指せ!繁盛店】― 『繁盛店の基礎条件』へどうぞ

転換期の中心市街地活性化

 資本主義開闢以来の大転換期の真っ最中、活性化が上手く行かないのは“百年に一度の大暴風雨”のせいだ、と責任転嫁する人がこれからドンドン増えてくるわけで、来年の「中間総括」の内容はすでにキマリですね。

 われわれが日々目の当たりにしているのは、
「大衆消費社会の終焉」
でありまして、これは一国規模での“坂の上の雲”であった消費財の普及というビジネスチャンスが飽和してしまったということで、したがって「普及型流通業」はもうお終い、破裂に関係なく従来型流通業はおしなべて劣化スパイラルに突入しています。

 デリバティブの破裂は、これまでの社会経済のパラダイムが無効になったことを象徴する事件です。
大衆消費社会=「巨大生産~強制消費」システムが終演したということは、とりもなおさず、これまで支配的だったものの見方・考え方が役に立たなくなった、というか、従来的なアタマの使い方では直面している問題を解決するどころか、解決のための取り組みそのものが新しい・困難な問題を惹起することになります。

 今、緊急に確認しなければならないことは、
①前代未聞の経済社会の変化がどんどん進んでいる
ということであり、
②これまでのものの見方・考え方では対応できない
ということであり、
③新しいものの見方・考え方に立たなければならない
ということです。

 したがって、
①これまでの取り組みに+アルファをくっつける とか
②これまでの知識・技術に+アルファを増やす
といった取り組みでは「暴風雨」をしのいで新しい繁盛を実現することは出来ません。
このことをしっかり自覚しないと「繁盛への道」も「活性化への道」も切り開くことはできません。

 わが商人塾は、スタート時点ですでに“大転換”を織り込み済みですから、繁盛への道を切り開くことに成功している人は、引き続き客数・客単価のアップが続いているはず、今後とも自信をもって店づくりの転換に邁進してください。

 「ラグジュアリィへの転換」は、これまでのところ、「大転換の時代」を織り込んでいる唯一の中心市街地活性化への道ですからね。昨日今日言い出した「反・新自由主義」などとは志も立ち位置も雲泥の差です。

 ということで、来年の中間総括において“百年に一度の暴風雨のせい”というレポートを書きたくなかったら、百年に一度の暴風雨を千載一遇の「チャンス」に変えるものの見方・考え方を装備することが絶対条件です。
ウソだと思う人は来年の今ごろ、あらためて当記事を参照してください。

 もちろんそのころ、当サイトが提唱する活性化への道を採用した中心市街地・商店街・個店群は、新しい繁盛への道を驀進していることでしょう。

 ということで、デリバティブ恐慌の出来は、既存の経済学・経営学・商業理論のオール見直しを要求していますが、新しい提案はまだ先になりそうです。
というか、誰かホンキで見直している人がいるのでしょうかしらね。
もちろん、こういう人は論外です。
「自壊」したのは資本主義ばかりではなく、中谷さんの理論も。

ご本人曰く、「懺悔の書」だそうですが、その前にどうして懺悔しなければならないことになったのか反省してください。「懺悔」って“私が悪うございました。ごめんなさい、二度といたしません”ということですからね。

 二度と間違った旗を振らないことを信じてもらうには、
なぜ間違った理論を信じてしまったのか?
今度の理論は大丈夫となぜ言えるのか?
というあたりをきちんと説明しなければならない。
こういう作業を経てはじめて新しい旗を振ることが出来るのであって、まあ、「恥」という言葉を知る人なら右から左へ新しい旗を担ぐわけには行かないと思うのですが・・。

 ということでこれから当分、本屋の店頭には「懺悔の書」の同工異曲が並ぶわけですが、経済・経営に関する提案を見極めるについては、
“提案を採用すれば中心市街地は活性化出来るだろうか?”
と考えてみるのは絶妙の基準です。

 転換期、誰かの後にくっついて行けば乗り切れると思ったらどちらさんも大間違いですからね。
“目からウロコが落ちた”と思ったら実は“アワビの殻”で覆われていた、ということになりかねません。
目からウロコを落とすのも結構ですが、“どうして落ちたと言えるのか?”ということがきっちり説明できないとホントはアワビに騙されているのかも知れません。

 騙されているかいないか、商業者なら自店のレジの鳴り具合に注意していれば、もちろん、たちまち分かることですね。
商業者は、「レジ」というなかなか他では得難い分別器を装備しているわけですから、せいぜい活用してください。

これからの繁盛店づくりのための基礎体力
Date: 2009-04-27 (Mon)

 全国的に「プレミアム商品券」ばやりのようですが、旬が過ぎれば元の木阿弥、商店街の劣化スパイラルは間違いなく一段と厳しい局面に入っていくことになります。
 もちろん当サイトは、商品券とは無関係の繁盛店づくりをめざします。

 「百年に一度」という暴風雨のなかで繁盛再興をめざすわけですが、お店の現状に「+アルファ」を加えればそれでOK、繁盛が約束されるということはありません。

 いろいろと手を打たなければなりませんが、その前に確認しておきましょう。

 お店が繁盛するための基本的な条件とは何か?

 真っ先に必要なことは、それらの条件を創り出すために必要な「能力」を持っていること、あるいは装備することです。
繁盛店づくりを課題としている皆さんは、果たして必要な能力を持っているのでしょうか? 

 「百年に一度の大暴風雨」のまっただ中において、お店の業績・業容見てのとおり、という位置からスタートして繁盛を創り出していくために必要な能力とは一体どういう能力でしょうか?

 これまでの繁盛店づくり・商店街活性化の取り組みでは、
“活性化を実現するには当事者にはどんな能力が必要か?”
ということはまったくと言っていいほど問題にされませんでした。
あたかも商業者は必要な能力をちゃんと持っており、不足しているのは能力を発揮するための機会・条件である、活性化事業とは能力を発揮する機会・条件を創り出すことだと考えられていました。

 各種の活性化事業は能力を発揮するための条件づくりだったわけです。
では、それらの事業に取り組むなかで皆さんの能力はしっかり発揮されたでしょうか?
そもそも、発揮すべき「能力」はほんとうに装備されていたでしょうか?
 数十年にわたって取り組まれてきた活性化事業の結果を虚心にみっれば、こういう疑問を持たないわけにはいきません。

 そもそも商店街立地において、劣化スパイラルに陥っている個店に繁盛を蘇らせるためにはどのような能力が必要でしょうか?

 商店街を取り巻く状況を素直に観察すれば、こういう問題があることに気づかざるを得ざるのではないか?

 商品券という+アルファでなんとか出来る、というレベルでは無いわけで、もちろんこれは百貨店以下の小売業全般に言えることですが、「小売業という商売」の原点に立ち戻って考えることが必要になっています。

 ということで「必要な能力」の第一は、
自店~小売業を取り巻く現状を踏まえて、「繁盛実現に必要な能力」を理解すること
ではないでしょうか。

 続きは【繁盛店づくり】で考えます。

慣行的小売業と慣行的活性化事業

 店づくりの転換=お客の購買目的・購買行動に対応して品揃え/サービス/買い物環境を三位一体で提供すること、が新しい「繁昌を目指す小売業」の課題です。

 小売店なら規模・業種・立地などを問わず、その店舗は3点セットによって成り立っています。
しかし、現在、商店街で大勢を占めているお店の場合、三点セットのそれぞれは、コンセプト~トップダウンによるコンセプトの実現としての店づくり、その一部としてそれぞれのあり方が実現されているという本来あるべきものではなくて、劣化スパイラルに陥りながら、それとは気づかないまま、なんとか売り上げを回復したいとという動機でおこなわれた多様な工夫の結果、三位一体性は失われ、「ショッピング機能」の多くを喪失してスパイラルはさらにスピードを増しています。

 当サイトではこのような店舗を「慣行的小売業」と名付けたことがあります。

 このようなお店の実態をそのまま容認して、「お店とはこういうものだ」と考えて疑問を抱かないのが慣行小売業の経営者であり、商店街活性化の関係者であり、彼らが理解する中心市街地活性化のスキームです。

 業績不振を立て直すべく、あれこれと手を加えた結果、小売業にとって不可欠な三要素の密接な相乗性無しの店=三点セットが出来上がっているわけですが、これを批判的にとらえることなく、「商店街の店舗ってこんなもの」と疑問を感じないのが関係各方面の個々人の問題意識ですね。

 関係者各位、自分のショッピングは自分でする、というビヘイビアは持っているのか。
買い物行き先の「良し悪し」を判断する個人的な基準は持っているのかいないのか。
といったあたりの詮索も必要になっているようです。

 行政の担当部・課長さんあたりになると、ショッピングの経験など就任以来一度もない、という御仁もありそうで、何であんたがそういうポジションに座っているわけ、と思わず突っ込みたくなる言説を平気で振りまく課長さんとかもいそうですね。

 慣行的小売業にお似合いの慣行的活性化事業。 
 明らかに状況にミスマッチしている慣行的小売業を批判的にとらえ、対策を講じるというあるべき取り組みが出来ず、もっぱら、他都市が失敗した活性化事業の後を追っかけ、失敗の追体験をしているだけ、という都市はけして少なくありません。
 慣行的小売業の現状を批判的にとらえられないと、慣行的商店街活性化に終始することになるわけで、いまからでも遅くない、取り組みの抜本的な改革を目指さないと、あなたの任期中に劣化スパイラルは行くところまで行ってしまいますからね。

今日の・・・

■今日のyoutube
ロリーナ・マッケニート Dance of wolves


■今日の対談
西部邁vs柄谷行人『恐慌・国家・資本主義』中央公論5月号
惹句:全世界を覆う経済危機のただ中でわれわれは何を志向すべきなのか。
保守主義を標榜する西部邁氏とアソシエーショニズムを唱える柄谷行人氏。この稀代の論客が状況論から経済理論、そして未来世界のイメージまで語り合った初の対論。
*********** 引用終わり ****************

 一読の価値あり、状況の全体を把握する助けになります。
望むらくは恐慌と不況の違いや貨幣フェチシズムへのいっそうの突っ込みが欲しかった。
はじめての対談だそうですが、意気投合しています。
そういう時代になっているわけですが、最後に柄谷さんが“・・・この当たり前の発言が極めて特殊だと見なされている”と言っておりますが、ここにとんでもない問題があるわけです。

 対談ですからいろいろと無いものねだりがしたくなりますが、物足りない人は:
佐伯啓思「幻想のグローバル資本主義」
(上)『アダムスミスの誤算』PHP新書 1999年
(下)『ケインズの予言』同上 1999年

ちなみにこの対談については、

■今日のブログ:
文芸評論家山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記』 
で取り上げられています。
山崎さんにそそられたら【理論創発】で取り上げるかも、です。

■今日の新書:
田中弘『時価会計不況』新潮新書 2003年
米国金融機関の回復が報じられいますが、その背景には“時価会計の緩和”があるわけです。
田中さんは、「時価会計」の会計制度としての致命的な問題点を指摘し警鐘を鳴らしている人です。わが国の企業会計が「時価会計」を採用した経緯を辿り厳しく批判しています。

もともと、企業会計は「トンデモ」ですからね。
金子利男『会計の悲劇』文化出版局
金子さんの業績を踏まえていれば、学界挙げて時価会計の迷妄に雪崩をうつことは無かったかも知れません。
残念ながら金子さんの業績は、未だにほとんど顧みられません。

「省思考」との競合に勝利するために

 当サイトでは、情報化社会とは一面では情報劣化社会である、と考えています。なぜそういうのか、その根拠は過去記事にあたってください。

 情報劣化社会は、あらゆるところで「自力思考」を省略した「省思考言説」が横行する社会です。
当サイトが「主戦場」としている中心市街地・商店街活性化という領域において流通している情報の劣化度合いについては、毎日の記事が実証していると思いますが、もちろん、情報の劣化は中心市街地関連に限ったことではありません。

 土地バブル崩壊以降のわが国の情況は、多くの分野において情報が極端に劣化しています。情報の劣化=省思考の蔓延は、教養、廉恥といった資質の劣化と相即(*)ですから、現前する情況もむべなるかな、ということになります。

 当サイトの問題に引きつけて考えますと、「人口減」とか「通行量」といったことが、何の根拠も持たないまま「空洞化の原因」と指摘し、これを解消すれば中心市街地は活性化される”という言説が唱えられ、これを聞いて“目からウロコが落ちる”人たちがいるわけです。
①自分のアタマで考えていない言説を振りまく
②自分のアタマで考えずにそれを受け入れる
という二つの行動の相乗効果として流通する情報の劣化があり、その結果としての取り組みの劣化、問題情況のいっそうの深刻化があるのだと考えることが出来ます。

 したがって、ホンキで活性化に取り組もうとするものは、その取り組みを自力で構築・推進するとともに、「情報の劣化」に対抗しこれを駆逐していかなければならない。

 当サイトにお出でになる人の中には、「情報の劣化」が著しいなかで孤立を余儀なくされている人が少なくないと推測されます。
活性化への道のあるべき軌道を敷設するためには蔓延する劣化情報に立ち向かい、競合に勝利し続けなければならないわけです。

 その本格的な取り組みの第一歩として、「省思考」という風潮はなぜかくも蔓延するようになったのか、その原因を探ることからスタートします


 折しも、このところ民主党・小沢代表を「金権政治家」と糾弾し、退陣を迫る劣化情報に対し果敢に論陣を張っている弁護士の郷原信郎さんが同じような問題意識の本を出版されました。

『思考停止社会―「遵守にむしばまれる日本―』
講談社現代新書 2009年2月

 まずはこの本を手がかりに考えてみたいと思います。
すでに読まれた方も多いと思いますが、まだの人には是非お勧めします。
上記スレッドではまずこの本を詳しく検討するつもりです。

商人塾・21年度バーション

 サイトに 『平成21年度版 商人塾』をアップしました。

 これまでアップしていたのは、平成19年度までの企画でありまして、昨年度からの商人塾は、ほぼ今回アップした内容になっています。
従来はオプションにしていた「臨店指導」及び組織活動の支援などについて毎講義ごとに一日を宛てるところが大きく変わったところです。
参照:『商人塾実施に関するQ&A』

このスレッドでも改正点をはじめご案内中です。

 なお実施に当たっては、中心市街地活性化の中核的事業である「業種揃え・店揃えの最適化」の取り組み、最重要課題として位置づけが不可欠です。
これをパスすると、せっかくの取り組みの成果を関係各方面で共有することが難しくなります。

質問等は、上記スレッドでどうぞ。
メールでのお問い合わせもOKです。

基礎体力の圧倒的な不備

 商店街の現状を“プレミアム商品券”で打開しようというのは、余りにも虫のいい話であり、この時期にそういう企画をする人は、百年一日、商店街にはいかなる企画に対してもそれに応えてそれを活用する、すなわち企画の成果を各個店のシャッターの内側において実現しうる基礎体力がある、と信じているわけですが、もちろんこういう話は、二十年ばかりの間の活性化への取り組みとその結果についての反省ということをまったく無視しないと成り立ちません。

 昨日、【理論創発】の『計画立案の基礎体力』スレッドに「陸上自衛隊の一年間」という記事を書きました。

想定される状況において任務を達成するため、自衛隊は毎年、個人~単位組織~戦闘単位~作戦単位というように訓練を積み上げ、状況に対応する行動の基礎となる能力を錬磨しています。
状況対応能力を「基礎能力」と呼ぶことにすれば、基礎能力を確保維持する努力があってはじめて、状況に対応した行動―作戦―が可能になるわけです。
さらに言えば、どんなに優れた作戦を思いついたとしても、その作戦を遂行するために必要な能力を作戦部隊が持っていなければ、その作戦は絵に描いた餅、能力の実態を無視して作戦を強行すると、結果は必敗です。

 組織の目的を達成するために必要な能力を見積り、過不足無く能力を確保維持することは、自衛隊に限らず、永続的な組織に共通する課題です。
組織がその目的を達成し続けるためには、
①組織が解決しなければならない問題を予測し
②それらの問題を解決するために必要な基礎能力を見積り、
③その確保、保持に務めなければならない。
事に当たってその組織が選択できる対応策は、その基礎能力によって決定されますから、組織が保持している能力を常に的確に把握しておくことは、組織にとって極めて重要なことです。
基礎能力の現状を無視して、恣意的に「対応策」を考えても、それは対応策としての機能を果たすことが出来ません。
組合員たる各個店の繁盛への貢献を組織目的とする商店街組織が保持しておくべき基礎能力とは何か? どのようなレベルの能力が必要とされているか?
ということが把握されていないと、能力の現状からスタートして活性化の実現に至る適切なシナリオを描き、それを基礎に施策を講じる、というあるべき取り組みを構築することが出来ません。

 ということで、商店街活性化に不足していることといえば、まず第一に指摘しなければならないのは、「基礎能力の不備・不足」ということです。特に、商店街活性化という問題の基本中の基本は、
“各個店は、シャッターの外側の施策を活用して店内に繁盛を実現する能力を持っているか否か”
ということであり、この問題を無視したり、見誤ったうえで立案された「活性化策」が成功することは百に一つも無いと考えなければならない。そういう僥倖を期待して事業に取り組むのは自殺行為ですね。

 さて、ご承知のとおり当サイトは商店街の現状について厳しい判断をしています。

①「商店街振興組合の現状と課題」
②「商店街の七不思議」

 状況はさらに厳しく・ひどくなっているわけですが、もちろんそれは情況認識の間違いがもたらしていることです。

 ということで、商店街組織の現状を一言でい言えば、“基礎能力が絶対的に不足している”わけで、多くの商店街の基礎能力は、上記の記事以上に劣化しています。

 とするならば、商店街活性化への取り組み、喫緊の課題は「基礎能力の確保」です。
商店街立地の中小小売店は、勝ち残るために何をどうすることが必要か?
必要なことを成し遂げるために「基礎能力」は如何にあるべきか?
 
 状況は、基礎能力を着実につけてから、その後で活性化策に取り組もう、といった二段階方式を許しません。
基礎能力のレベルは現状見てのとおり(各個店のファサード~店内の状況で一目瞭然)からスタート、能力を確保しながら繁盛を実現していくという、並はずれたシナリオを描かなければならない。
そうですよね?

 問題をどう理解するかで行動の基本が決まります。
“基礎能力の確保が必要だ”という問題情況を理解しない限り、商店街活性化の達成に至るシナリオを描くことは出来ず、そのシナリオを持たないまま、支援施策のつまみ食いに終始している百年一日の「活性化施策」とやらが実を結ぶことはありません。

 シナリオ抜きの活性化策、“取り組まなければならない理由”はあれこれ思いつかれ、語られますが、“取り組んだら活性化できる”ということだけは誰も言いません。言えません。

 この時期、「基礎能力の確保」を実現できない事業に取り組むと、必ず、状況のいっそうの悪化、組織のいっそうの弱体化、基礎能力のいっそうの劣化という結果をもたらすことになります。

 商店街の活性化とは、繁盛店が軒を連ねること。
繁盛するには各個店のシャッターの内側・売場が「ショッピングの場」としてお客に承認される業容を実現する取り組みが不可欠です。
このことを無視して取り組まれる「活性化策」とは、主観的な願望とは裏腹に、商店街の活性化、個店の繁盛実現の取り組みを阻害するものだということをキモに銘じておかなければならない。

というように考えてみますと、これまでの活性化事業とは、自分たちの基礎能力の程度も弁えないまま、一般的に「活性化のための事業メニュー」として流布されているものに手を出しては失敗を繰り返すということの連続だった、と言われても仕方がないのではないか?

 諸々の活性化策、それぞれを活用する前提として主体側にどのような基礎能力が必要か、われわれはそれを持っているのか、いないのか。
今まで考えたことも無かったわけですが、肝心要ですね。

 新年度を迎えて今年こそは新しい方向と方法での取り組みに邁進していただきたいものですが、定期の異動で新たに担当となった皆さんを対象にした記事:『一から出直す中心市街地活性化』、申し継ぎも一段落でしょうからいよいよ本格的に。

 昨日も紹介しましたところですが、まずは自分自身の基礎能力の確認から。

一から出直す中心市街地活性化

 当ブログでは、先に公開された認定基本計画のフォローアップ作業の検証に取り組んでいます。
途中までの所感としては、結局、スキームが改正された成果としては、ほとんど何も実現していませんし、これまでの取り組みの延長上にある限り、特に賑わい再生=商店街・商業施設の活性化という最重要課題については、計画期間終了を待たずに極めて厳しい結果となることが明らかです。
どうしてこういうことになっているのでしょうか?

 結論だけ申しあげれば、中心市街地活性化という問題を的確に理解することなく、スキームに飛びつき、求められるままに計画を作り、数値目標を設定し・・・と見よう見まねで取り組んできたツケが一挙に露呈したわけですが、もちろん報告を読む限り当事者にはそういう認識はまったくありません。
いかにも整斉と目的達成に向けて進んでいるという認識のようです。
もちろん、そう思っているのはtごうじしゃだけでありまして、市民に聞いても商業者に聞いても「活性化は順調に進展している」と思っているいとは極めて少ないはずです。

 これから基本計画作り~活性化への取り組みを再起動される都市及び人的基本計画をつくっている・フォローアップの報告は報告として、「商店街の活性化」の実現に向けて新たな方向と方法の取り組みを考えている皆さんに向けて、

先行各都市のフォローアップ作業の結果を踏まえた
『一から出直す中心市街地活性化への道』を提案します。

 先行事例の現状を見ると、「法」のスキームをしっかり理解すること、さらにスキームを活用して真の意味で中心市街地を活性化するために必要な取り組み、取り組みを成功させるために準備しておくべき基本能力等々についてきちんと理解するという「基本中の基本」が欠落していることの弊害が一挙に現れていると言ってけして過言ではありません。

 「中心市街地活性化」という問題及び問題情況の理解から取り組みのやり直しが必要です。

釧路市の勉強会

 3月16日、釧路市で開催された勉強会が4月11日の北海道新聞で大きく報道されました
5段抜きという破格の扱いです。

担当の池田記者は、全5時間の講義を最初から最後まで聴講されました。

勉強会の内容:

 各地で取り組まれる商人塾は、マスメディアに良く取り上げられます。それも今回のように破格の扱いで。
甲府市・毎日新聞の例

 どうしてこういう大きな扱いになるのでしょうか?
 商店街活性化を外部から見れば、なにはさておき優先的に実行すべきと感じられている「個店の売場の転換」に組織的・持続的に取り組むというこれまでに無かった事業だからです。
新聞を読んだお得意さんからも、“新聞読んだよ、頑張ってるんだね、応援するからね”という電話が掛かってくるのも同じ理由からだと思われます。

 目下、各地で取り組まれている「プレミアム商品券」の報道ぶり、この記事と比較して如何でしょうか?

 商人塾では、スタート時点でメディアに趣旨を説明、その後も節目節目に案内をします。報道されることで商勢圏内に周知させてもらうとともに、参加者それぞれの「退路を断つ」という意義もあります。
報道されると注視されます。

 もちろん、先述のとおり報道価値が無ければ報道してもらえません。商人塾の趣旨、分かる人には分かるわけで、分かった人は協力を惜しみません。
これは当事者である行政・会議所・TMO・商店街とて同様で、趣旨・意義を理解できる人は一所懸命ですが、分からない人は分からないし、分かろうとしない。

 獅子身中の虫という言葉がありますが、虫どころか大勢を占めている中心市街地・商店街もありそうです。

“やらないよりやった方がいい”という「合意原理」

 中心市街地・商店街活性化にはつきものですね。

“補助制度があるから”といった状況判断抜き・根拠薄弱な事業が提案され、“取り組むべきか否か”論議が行われます。
たいていの場合、“取り組んでも効果は期待できない”という意見が大勢を占めますが、それでも結論は“とりあえず取り組んでみよう”ということになる。どちらの商店街でも二度や三度は経験されているところです。
 議論が交わされたあげく、「とりあえず実行」となるについては、タイトルの「合意原理」が作動しています。
近頃では“定額給付金を標的にプレミアム付き商品券を発行する”という企画などがその典型かも知れませんね。

 せっかくの機会だから上手に利用して活性化につなげよう、という意見と、どうせやるだけ無駄だから止めておこう、という意見が真っ正面からぶつかります。妥協点はなかなか見つかりませんからいつまで経っても埒が明きません。
そこで登場するのが、おなじみ・合意原理です。
“活性化のための取り組みであることには間違いない、やるよりやっが方がいいに決まっている”という意見が中間派から出されて、みんな“そういえばそうだ”ということに大勢が傾き、それでも反対を主張する人は孤立してしまう。いつものパターンです。
せっかく正しい意見を主張しても、組織の意志決定に反映されないとなれば、残るのはストレスばかり、もう商店街活動なんかしていられない、ということにもなるわけです。
そうすると、若い奴らは商店街活動に消極的”とかレッテルを貼られたりして、ますます・・・。

 ということになってしまう原因の一つは、
“やらないよりやった方がいい”という原理に恐れ入るというか、ウソだ、そんなことはないと思いながら有効な反論が出来ない、問いということ。
まっこと、商店街活性化をめぐる合意形成とは「レトリックの他流試合」の場でもあるわけです。
そこで、“時期に合っていない事業ならやるよりやらない方が良い”というレトリックを装備することは、これからの活性化のための合意形成に不可欠の武器です。

□なぜ“やらない方がまし”か。

 “やらないよりやった方がまし”という言い方は、
①効能効果については異論があり、かつ推進派はそれを論破できないが、
②では初心に返って活性化のための事業というレベルで考えて見れば、
③やらないわけにはい叶い、というのが商店街の現状だ
④ 何をやるかについて論議があるのは事実だが、目の前に事業がぶら下がっており、かつ、時限も迫っている
⑤活性化事業は取り組むべき出し、幸い、補助率も良く持ち出しも少ない
⑥やらない、という法は無い
ということですね。

 商店街活性化のための事業は、ご承知のとおり、
①単発一個の事業で実現できるものではない
②その事業と密接に関係する諸条件を見極め、複合的な取り組みにすることが必要だ
という性格を持っています。
いつでもどこでも誰がやっても成功する活性化事業というのはありません。

取り組むにあたっては、まず、
①自分たちの街の問題情況を把握しておく
②優先的に取り組むべき課題を決めて取り組みを計画する
ということが前提にないと、行き当たりばったりになってしまいます。

 ちなみに「問題情況」とは、
①商店街を取り巻く客観的な状況
②商店街の能力(商店街活性化を実現するために必要な能力の装備状況=身の丈)
③活性化実現の方向
の三つの要素から成り立っています。
「活性化実現のために必要な能力」は商店街がめざそうとする方向によって異なります。

本論:
“やらないよりやった方がまし”というレベルで取り組まれる事業とは、問題情況抜き、すなわち、
①商店街を取り巻く状況には目をつぶり
②自分の身の丈は測ったことが無く
③どっちに向かうべきかまったく分からない
という「三無状況」において、唯一「活性化のための事業だからやらによりやったほうがよい”という一言を根拠に合意され、取り組まれるわけですが、なぜ「やるよりやらない方がよい」のでしょうか。

 「やる」という合意がまとまった背景には、商店街はこのままではダメだ、“なんとかいまのうちに手を打たなくては”という共通の思いがあるわけです。
この思いに乗っかかって“やった方がよい”となるわけですが、それは、“なんとかしなくては”という気持をそっくりまとめてしまうわけで、合意形成とは「なんとか」が「この○○事業」に限定されることを意味します。
①なんとかしなくては
②この補助事業がある、これはどうだ。
③意見はあるがやらないよりやった方がよい
ということでまとまると、当該事業に取り組んでいる間「他の選択肢はすべて諦める」ということですからね。

これは大問題です。

続きは【商店街起死回生】

状況と施策のミスマッチ

国・都道府県・市町村が考える商店街活性化施策のほとんどは、
①商店街では環境の変化を踏まえた商業活動が展開されている
②しかし、経営規模の過少性や立地条件の劣化により、活動に限界が生じている。この限界を自力で突破することは難しい。
③商店街が活性化するためには、自力では突破できない限界を突破するための施策が必要である。
という問題意識に基づいて企画されています。

 アーケードの改廃、空地空店舗対策、イベントなどみんな同じ趣旨で支援制度が組まれています。
多くの商店街がこれらの支援制度を利用して事業に取り組み、事業を成功させますが、なかなか本来の目標である「活性化」を実現するには至りません。

 その原因については、いろいろ考えられるわけですが、事業に取り組んだ商店街のほとんどが目的を実現できない、それどころか空洞化はますます進展する一方、という状況を見ると、企画された支援施策と商店街の問題情況の間にギャップがあるのではないか、という疑問もあってしかるべきではないでしょうか。
何しろ、全国で取り組まれてきた/いるにも関わらず、“事業は成功したが、活性化にはつながらなかった”というケースがほとんどだとすれば、問題と解答の間にズレがあるのではないか、ということも検討してみなければならない。

 商店街を一個の商業集積賭してみた場合、その不都合な状況というのはいろいろ指摘されるわけで、それらの状況を改善する方法としてはソフト/ハード両面にわたっていろいろな課題があるわけで、施策はそれらの課題に取り組む商店街を支援する、ということで表面上はほんとうに至れり尽くせりになっています。

 支援の効果が挙がらないのは、支援と問題のミスマッチ、すなわち商店街の現状を現状たらしめている根本原因は、行政が考えているレベルではないところにある、ということです。

 端的に言って、施策の前提になっていると指摘した
“商店街では環境の変化を踏まえた商業活動が展開されている”という認識について。

 商店街における・そこに立地している各個店の商売は、ほんとうに“環境の変化を踏まえた商業活動”になっているだろうか?
ということです。

 これは現行の商業・商店街活性化施策の大前提になっていることですから、ここの認識を間違うと施策を間違うことにつながります。
いくら客観的な商店街活性化施策でも問題情況とマッチしていなければ、お金と時間の無駄、その間も劣化スパイラルは着実に進行します。

 ※思考実験のお奨め: 
 御地内外ぬい立地する郊外型ショッピングセンターのモール部分が一致協力、組合を立ち上げ、各種の支援制度・措置のなかからモールの問題の解決に利用可能な施策を選択、活用したらどうなるか?
SCの事業環境も大変な時代、SC丸ごと撤退されるよりは、と適用を検討する市町村が出てこないとも限りません。

ショッピングセンターの問題情況:
①核店舗の不振
②モールの不振
③結局・SC全体をデスティネーションとする標的客相が激減している、というのが根本的な問題ですが、ここでは②について。

 大別して二つ問題がありまして。
①売り上げ減による経費負担の困難
②退店テナントの増加による空洞化
ということで、①に耐えられなくなったテナントから順番に退店していきます。

 中には行政が「地域活性化の起爆剤」などと位置づけて、優遇制度などを加味して誘致した事例もあるようですから、業績不振、ハイ、さようなら、とされたのでは堪りません。
中心市街地活性化もさることながら、郊外のSC活性化も大切、ということになります。
地域住民の買い物行き先としての必要性ということでアンケート調査をしてみると、SCのほうが大事、という結果が出るかも知れません。
市町村としては、なんとか存続に協力する方法を考えることになるかも知れません。
 そこで、国・都道府県の商店街活性化施策を見てみますと、支援対象は中小小売商業者が組織する組合であればほとんどの施策が利用できます。

例えば、
①売り上げ減による経費負担の困難:イベントなど販促事業に対する支援メニュー
②退店テナントの増加による空洞化:空店舗対策
他にも色々あると思いますが、SCにとっては喉から手が出る話です。

 で、商店街とモール、施策を利用した結果、個店レベルにとってどちらがよりプラスになる可能性があるかといえば、もちろん、モールの方ですね。
何故そう言えるでしょうか?

 少なくとも商店街立地よりは業容三点セットの管理など、一所懸命なところが多い。

ということです。
もちろん、これからどんどん落ち込んでいくわけですが、それでも現在の業容は商店街とは比べものにならないはず、その分、施策の効果も教授できるというわけです。

 SCの事業環境も大変な時代、SC丸ごと撤退されるよりは、中小商業活性化施策の適用を検討する市町村が出てこないとも限りません。

 せっかく制度までこしらえて誘致したSCに出て行かれては、中心市街地どころではない、というところが出てきたりして。

□状況にマッチした事業に取り組もう

 商店街が今最優先で取り組まなければならない仕事は、状況に対応するための基礎体力を強化する、ということです。個店レベルの売場作り・業容三点セットの転換に取り組む基礎体力を何とかして強化しないと、なんの事業に取り組んでも「やってみただけ」に終わります。
今現在取り組まれている、プレミアムj商品券などもそうですね。
「やらないよりやった方がいい」と言う、ただそれだけの理由で取り組まれているわけですが、その結果、本来取り組むべき「基礎体力の強化向上」のための取り組みが先送り、もちろん、その間取り組まれる事業は全部効果がありませんから、劣化スパイラルはいっそう進展するばかり。

 これまでさんざん取り組み、成果を挙げられなかった事業に性懲りもなくどうして取り組むのか?
いうまでもなく自店の繁盛と商店街の取り組みを直結させて考えられない基礎体力のあり方こそがその原因ですから、あれこれの事業に取り組んでいる間は、商店街の活性化は絶対に出来ない、ということです。

 

繁盛店づくり・百項目

 ずらずらと思いつくままに書き上げてみました
納得できない項目がありますか?

 先週、錦通り商店街で話題になりまして“ほとんど全部商人塾のテキストにある・一々もっともなことばかり、だれでも分かっていることだが、いざ取り組もうとするとどうアプローチしたら良いのか分からないでしょうね”ということでした。ご本人目下試行中です。

 当社が提案している活性化の方向と方法については、本を出したらどうか、とよく言われます。実際に計画したこともありますが出版社と内容について意見が合わず中止しました。takeo的には「読めば取り組める繁盛店づくり」という本をめざそうとしたのですが・・・。
今にして思うに繁盛店づくりは、知識があれば出来るというものではありませんから、繁盛店づくりの実践につながる「読めば実行できる本」というのは書けませんし、そんな本があればいいなと思っている人は、さっさと諦めた方がよろしいかも。

 ご存じ・ワインバーグさんはコンサルタントの仕事を、「人に影響を与えること(つまり、人は多かれ少なかれみんなコンサルタントである)」と定義し、人に影響を及ぼす方法として、
①広く浅くノウハウ提供・・・本を書く
②①から③への橋渡し・・・・講演会
③行動を変えさせる・・・・・マンツーマン
といっています。

 繁盛店づくりという課題への取り組みにおいて本から得られる知識が役に立つのは、
①取り組むべき問題がよく分かっている
②取り組み方も分かっている が、
③全体を見ると「欠けている部分」がある
④何が欠けているか分かっている
という場合ですね。

 繁盛店づくりで重要なことは、「カラダが動く」ということ。
カラダが動かないと、いくら知識を詰め込んだつもりでも店づくりの実務は動き出しません。商人塾でもたまに知識は増えたが店づくりは進まない、という人がいたりします。
店頭での“一歩の踏み出し”が死活的に大事でありまして、これは持っている知識の多寡や内容とは関係なく、文字通り、カラダが動くか動かないかです。
当社提供の商人塾のキモは“動くカラダづくり”だということはあまり知られていないかも。

 どうすれば「動くカラダ」になるか?
繁盛店づくり、商店街活性化成功のカギはここにある、ということ(知識)はだれでも納得されると思いますが、では動くようにするにはどうしたらよいか?
これは「知識」だけではどうにもならないことですね。

 百項目、ランダムに挙げていますが逐次整理して「体系」にしてみたいと思います。
ただし上述のとおり、いくら暗記してもそれだけでは役に立ちません。役立てるための基礎体力は商人塾で修得してください。

 当社の商人塾は、
①広く浅くノウハウ提供・・本を書く・・・ホームページ
②①から③への橋渡し・・・講演会・・・・講義
③行動を変えさせる・・・・マンツーマン・臨店指導
と「動くカラダづくりと動き方」をセットで修得出来る機会として提供しています。
「動くカラダづくりと動き方」は、どちらが欠けても目的を達成することはできません。

だれが鈴をつけるのか

 平成10年7月、『中心市街地における市街地の整備改善及び商業等の活性化の一体的推進に関する法律』が制定されたのを契機として、全国の都市で取り組まれることになった中心市街地活性化ですが、あらためて振り返ってみますと、全国的に“中心市街地を活性化しなければならない”という問題意識がわき起こっており、それに対応してこの法律が作られた、ということではありませんでした。

 当時、商店街の買い物の場としての劣化が進み、従来、組合単位で取り組まれてきた高度化事業等を利用して活性化をめざす、という商店街が激減していました。商店街の状況から償還に不安があったわけです。
このままでは挫滅を待つばかりということで、法律は、
①市町村が責任を持って活性化に取り組む
②市町村は中心市街地活性化基本計画を作成する
③基本計画に基づいて「高度化事業構想」を作成する
④「高度化事業構想」を作成したものがTMOとして取り組みの中核を担う
というスキームでした。高度化事業が重視されていたことを確認しておきましょう。

 さて、このスキームでは、基本計画=高度化事業構想を作成して取り組むところには手厚い支援を行うということで、もちろん、作らないところは手を抜く、ということですから、全国津々浦々、いっせいに基本計画を作ったわけです。
留意しておきたいのは、第一に、都市の側に“商店街の活性化は中心市街地を面としてとらえ、商業のみならず市街地の整備改善も含めて一体的に推進しないと実現できない”という問題意識があったわけではないと言うこと、第二に、国も「面的取り組み」といいながら施策としては従来の点や線で取り組む高度化事業が中心になっていた、ということでありまして、言い換えれば、もっと高度化事業に取り組めば中心市街地の商業は活性化できる、という認識ですね、これは。

 こういう実態においてスタートしたのですから、もちろん、問題意識も取り組みも従来とほとんど変わりません。
すなわち、商店街が衰退しているのは、立地条件が悪くなり、人通りが減ったから、個店のシャッターの内側には問題はない、という認識に立った取り組みですから、いくら「面的取り組み」とか“ショッピングモールに見立てる”と聞かされても、モール?アーケードのことだろう、ちゃんと掛けてるよ。

 スキームが中心市街地活性化法に変わってからも、取り組みの基本的なスタンスは従来どおり、認定基本計画をチェックすれば一目瞭然、ほとんど変わっておりません。
旧整備改善活性化法当時と全く変わらない事業が営々と取り組まれているわけですが、ただし、状況は大きく変わりました。
いくら事業に取り組んでも、商店街は活性化するどころか空洞化はいや増すばかり、空地空店舗は増え、明けている店もシャッターの内側は劣化するばかり・・・。

 ということで、一部の中心市街地・商店街のそのまた一部においては、“従来的な取り組みでは活性化は出来ないのではないか”、“街がきれいになっても売り上げにはつながらない”といった声が挙がるようになってきました。中心市街地を外から見ている人にはずうっと前から見えていたことですね。

 問題は空地空店舗だけではない、明いている店にも問題がある、というわけで、考えてみると、中心市街地活性化の取り組みがスタートして以来、「個店シャッターの内側」という問題はずっとあったわけで、どうしてだれも気づかなかったのか、気づいていたとしてもどうして問題として指摘できなかったのだろうか?ということですね。

 このあたりを考えてみますと、補助金を確保できなくなる、という危機感で乗っかった「法」のスキームでしたが、スキームを活用するために必要な問題意識、取り組みの「方向と方法」などについてはほとんど検討しないままだった、ということだったわけです。

 行政、関係団体、商店街といった関係各方面、商店街―中心市街地活性化という問題を的確に把握し、適切な施策を構想する、という基礎体力が不足していたのではないか?
という問題が浮上してきます。

 もし、そうであるとすれば事態は極めて重大でありまして、極論すれば“なんだかわけも分からないまま、これまでもこれからも取り組んでいく”ということですからね。
これまでダメだったことをこれからも続けていけば、ものごとは好転する、ということは考えにくいのでありまして、どこかで「起死回生」の一手を打たなければならない。
まずは、“これまでの取り組みを反省してみると、どうも基礎体力が不足していたようだ、基礎体力を強化向上すべきではないか”という問題が提起され、衆議一決、取り組みがスタートしなければならない。
ほとんど成功事例の無い中心市街地活性化という問題に基礎体力無しで取り組むのは、登山経験のほとんど無いアマチュアがいきなりアルプスをめざして歩き始めるようなもの、万に一つも成功するわけがありません。

 問題は、「基礎能力強化向上」のための事業の必要性を、だれが提起するか、ということで、今ごろになってこういうことを言い出すのは、聞きようによっては、これまでの取り組みを根こそぎ否定することですから、なかなか言い出すことが出来ません。特に、これまで「補助金」の有無を事業企画の基準にしてきた組合、リーダーから見れば、「下克上」かも知れません。そうではないかも知れません。
 基礎体力の不備、言い出せないのはリーダーさんも一緒ですからね。

 基礎体力の強化向上が喫緊の課題だ、と分かっていても言い出せない、というところに中心市街地・商店街活性化の難しさがありまして、問題は分かっているがだれもそれを口二出せない・・・。

 口に出せない理由の一つは、基礎体力の強化向上の必要性はよく分かるが、実現する方法が分からない、ということです。お得意の「先進事例に学ぶ」という手法を取ろうにもそういう事例はありません。
さあ、どうする?

 これは真っ正面から「基礎体力に問題がある」と指摘したからといって解決に近づくわけではありません。
問題があることは分かり切っているわけで、ほんとうの問題は「強化向上」を実現する方法が分からない、あたりを見回しても見あたらない、ということです。

 逆に言えば、「基礎体力強化向上の方法」が分かれば、「強化向上の必要性」については、即刻・すんなり、共有される、ということでありまして、これまで既存既製の補助事業にしか目が向いていなかったようなリーダーさんも“オレがホントにやりたかったのはそういう事業だったんだ”ということになります。

 基礎体力の強化向上が先決、と考えているが全体の取り組みとして提起することが出来ない、どうやって鈴をつけようかと悩んでいる方は、
①まずは「商店街、こうすれば活性化できる」という提案を収集、
②その中からこれだと思うものを通常的な講習会として企画、提案する、
③提案が通ったら、何が何でも人を集める
という方法がお奨めです。
講習会の内容がOKなら「そうだ、自己能力の強化向上が必要だ」とたちまち合意が出来上がります。
当社的商人塾の開催にこぎ着けたところでは、ほとんど例外なく、こういう経過を辿っています。

 ということで、「基礎体力の強化向上」についての合意形成の第一歩は、「商店街活性化の方向と方法」を明解に示し、かつ、その中で基礎体力の強化向上の方法もきちんと示している提案を検討する機会を設けること、つまり、商店街活性化に関する勉強会の開催です。

 またしても問題がありまして、“勉強会?これまで散々やってきた、今さらまたかよ”という一般論を突破しなければならない。

 その気になった人はご一報いただくと、このあたりについてのアドバイスをいたします。
講習会の開催にGOを確保する方法
講習会を成功させる方法
ご承知のとおり、当社にはいろいろとノウハウがあります。
まずは、Web経由でドアを叩いてください。

空中ブーメランはバブルへの道

 エコカー、地デジテレビを買えば補助金、という「内需拡大」は、これはアッという間に東京へ回収されてしまう「ブーメラン内需」であり、もちろん、地方経済・産業活性化のカギとなる「地域中小企業の設備投資」とはなんの関係も持ち得ません。

 輸出産業は救済されるでしょうが、その結果が国内の経済活性化につながるシナリオは描かれていないのではないか?
東京に舞い戻ったお金は、どこへ行くのか?

 ということでありまして、地方を主役とする「お金の循環」を再構築(というか新構築ですね)しないと、現下の「百年に一度」が上手く?収拾されたとしても次のバブルは必然です。
そのまた次もバブルです。

 地方都市の経済的足腰の強化が課題であり、中心市街地活性化の定義:
①都市機能の向上
②経済活力の向上
は、当社が提唱する都市経営の目的:
①住民のための生活環境の充実
②住民の所得機会の確保
からすれば、都市全体の経営課題そのものです。

 中心市街地は、活性化に成功してその実践ノウハウを都市全体で共有することで、都市活性化への貢献が期待されているのですが、「通行量」などを念頭に置いて行動しているようではものの役には立ちません。
このような省思考からどういうシナリオで脱却するかということが課題になっているわけですが、これがご承知のとおり、なかなか難しい。
「数字を挙げれば現実的」といった省思考がはびこっていますからね。

 一日も早く“都市活性化を牽引する中心市街地活性化”の実証事例が出てこなければ、日本全体がお先真っ暗から脱出することは難しいと思いますが、さて、どこが先陣を切るのか、体制づくりが全国いくつかの都市で模索されています。

 先発する都市は「試行錯誤」が可能ですが、後れをとった都市は「成功しないと挫滅」という過酷な条件に直面することになります。

 活性化をめぐる都市間競争はすでに始まっており、これからさらに激化していきます。
幸か不幸か、現在のところ、アドバンテージを保っている都市はありません。既存の条件を問わず、どんな都市でも周囲の都市を尻目に(というか周囲の都市を顧客に)活性化を実現出来る、というのが現在の状況です。

 中心市街地活性化の取り組み、現下の状況において「都市の活性化を牽引する」という位置づけでないと成功出来ないのですが、御市の関係各方面、このことがちゃんと理解されているでしょうか。

 ちなみに、活性化の「周辺事業」として取り組まれる中味の吟味を欠落した施設の整備をはじめお金の循環につながらない施策は、もちろんブーメランの仲間です。
お金は確実に戻っていくが、都市に残るものはと言えば・・・・?

再スタート・中心市街地活性化への道

 認定中心市街地活性化基本計画の平成20年度のフォローアップ作業が終了し、報告書がWeb上に公開されています。
当社は目下【都市経営コーナー】でその内容を検討しています


 多くの都市の報告が“現在の取り組みの延長上で目標を達成出来る見込み”としていますが、もし、本気でそう思っているのなら脱出しがたい問題情況に陥っていることになります。
詳細については、上掲記事を参照してください。

 フォローアップ作業に露呈している取り組みの危機的な状況を踏まえ、当サイトでは、新しく「中心市街地活性化への道」を企画・提案したいと思います。
特に、今年度新たに中心市街地活性化を担当することになった各位に対して、「中心市街地活性化」という問題についての理解を深めていただいたうえで任務にあたっていただく、お手伝いと考えています。もちろん、従来から携わっておられる人もあらためてこの際、問題の全体像を再確認する、という作業に役立ててください。

 フォローアップ作業の報告をみますと、目標の達成状況については述べられていますが、肝心の商店街の現状については一言も述べられておりません。
報告内容の如何に関わらず、商店街の現状・既存個店の業績は悪化の一途を辿っています。

中心市街地立地の各商業施設の実状を見れば、抜本的な路線転換が必要なことはだれの眼にも明らかであり、後は“だれが転換への口火を切るか”ということに掛かっています。

 ということで、“フォローアップ作業後の中心市街地活性化への道”、【都市経営コーナー】でスタートです。

追加経済対策・財政支出15.4兆円

政府・与党、追加経済対策を正式決定 財政支出15.4兆円
日経ネット 4月10日

************** 引用スタート ****************
 政府・与党は10日、首相官邸で経済対策に関する会合を開き、追加の経済対策「経済危機対策」を正式に決定した。財政支出(真水)は約15兆4000億円、事業規模は56兆8000億円で過去最大規模の対策となる。対策を裏付ける2009年度補正予算案や税制関連法案は、大型連休前の27日にも国会に提出する方針だ。

 対策には、職業訓練中の生活費を支給する基金や公共事業で地方自治体の負担を軽減する交付金の創設など、雇用対策と地域活性化策を柱に据えた。就学前3年に該当する子どもに年3万6000円を支給する「子どもと家族応援手当」も今年度限りで実施。省エネ家電製品の購入支援など需要創出策も盛った。

 減税措置では住宅の購入・改修を条件にした贈与税軽減や研究開発税制の優遇、交際費課税の軽減が柱となる。(16:21)
*********** 引用終わり ***************

 「構造改革」とは「求利企業(=トップ以下が“我が社は儲けるためにある”という妄念で経営している企業)」の勝手気ままな行動を円滑化するため、各方面での制度を換骨奪胎する企てでした。
「改革」の範囲は、狭義の経済領域に止まるものではなく、その弊害の全貌はまだ明らかになっておりません。
そうした状況において、時間を争う対策を講じていかなければならないわけで、そうしますと「百年に一度」といわれる状況をどう把握するのか、ということが極めて重要です。

 「状況分析」が最重要課題ですが、つい先ごろまで「構造改革」一本槍できていた政府には、「百年に一度」といわれる状況をどう分析しているのか、「百年に一度」の「一度たる由縁」はどこにあるのか、ということが認識されていないと対策を誤る可能性が極めて高い。

 待ったなしの公共投資の出動ですが、ケインズさんの時代はともかく、今日においては公共投資即トリクルダウンで乗数効果というわけにはいきません。
肝心なことは、内需拡大を実現することでありまして、それもわが国経済体制の圧倒的な部分を占める中小・零細企業の設備投資を喚起するシナリオが作られていないと、せっかくの投資も「ブーメラン」、地方の頭をかすめて東京に改修されることになります。
東京に回収することが経済再生の近道だ、という考えならそれも結構でしょうが、バブル崩壊以降の景気回復などは地方には無縁でしたからね。

 財政支出は、一にセイフティネット、二に中小・零細企業対策。
特に「二」については、関係者が投資意欲を湧き起こすような市場の状況を創り出すことが必要です。
そのためには、消費市場の活性化というか、特に国産消費財の需給の活性化が不可欠です。

 テレビや車を買うと補助金を出す、という話もあるようですが、こういうのは「ブーメラン」ですからね。
中小零細企業が製造・流通・販売を担う消費財がどんどん売れるようにならないと、投資はすべて回収されてしまいます。

 問題は、顧客である国民が“やはり、国産でなくちゃ”と評価し、買わずにはおれない商品・サービス・売場の整備に掛かっているのでありまして、「中心市街地・商業の活性化」は日本経済再建という最重要課題における戦略ポジションを担っているわけです。

 日本経済の再建は中心市街地活性化から、ということですが、もちろんこれは昨日今日始まった問題ではありません。
参照:
ポスト資本主義社会
われわれが生きる社会

「百年に一度」を「金融恐慌」などというレベルで認識していては解決できる問題も解決できるどころか、間違った対策に時間を掛けている間に「やり直し不能」なところまで行っちゃうかも知れません。
何ごとによらず、問題はそういう面をもっています。

 ちなみに「営利企業」とは、経営を存続するために必要なコスト原資を“社会に貢献する”事業機会を通じて確保している企業のこと。「求利企業」とは志が違います。

繁盛店づくり 必須百項目

 承 前

【目指せ!繁盛店】から引っ張ってきました。

☆1 今までの常識を捨てよ
1.お店が繁盛しない理由
2.多くのお店が「お客とのミスマッチ」で衰退している
3.「成熟社会」の恐ろしさ・ありがたさ 
4.お金を使えば何とかなる、という時代ではない、知恵と汗が必要だ
5.まず、ずっと商売を続けていくことを決意しよう
6.勝ち残るとはあなたの店がどうなることか
7.勝ち残るチャンスはラグジュアリィだけ
8.「よそ行きと普段の生活」からラグジュアリィへ
9.お客は生活の小道具になるアイテムを求めている
11.これまでの常識はこれからの非常識

☆2 競争はこう考える
12.競争の主戦場はお客のアタマの中
13.競争は、消費購買意欲VS来店目的づくり
14. カギを握る三点セットのあり方
15.お店の個性は「来店目的」=品ぞろえで表現する

☆3 ノウハウの作り方
16. 仕事の手順、計画的・体系的な取り組みが大切
17. ノウハウは、仮説・実行・評価で作り、改良していく
18.これまでの商売は成り行きだった、これからは仮説・計画・反省だ
19.アイデアではなく理屈で勝負せよ
20.ノウハウは自分で作れ
21.買い物の予定が無くてもいける店か
22.お客が「ラグジュアリィ」に期待することを察知して実現し提供せよ
24.お客にとってプラスになることは必ず自店のプラスになる。
25.お客のマイナスは自店のマイナスとして跳ね返ることを覚悟せよ

☆4 顧客はこう考える
26.あなたのお店の顧客は誰か
27. 客層ではなく客相を狙う・気ままな時間と空間の演出
28. 顧客の進化・成熟は大前提
29. 吟味・納得・得意の構造
30. ライフスタイル提案ではなくライフスタイルへの提案だ
31.今までの生活・買い物は「ダサかった」と反省させることが大目標
32.「毎日の暮らし」を楽しくすることがテーマ、支援するのがお店の役目
33.単品の価格や一来店あたりの買い上げ額は問題ではない、年間いくら買ってもらうのかが問題だ
34.お客に聞くな、お客の行動を見て考えよ

☆5 商品はこうして揃える
35.お客は単純に「もの」を買っているのではない、「コト」を作る材料を集めている。
36.お客の来店目的は商品を買って持ち帰ること、繁盛するには品ぞろえの見直しが不可欠
37.どこで買っても同じなら値段が決めて、品ぞろえからのピックアップに価値がある
38.売れるお店の品ぞろえは「絞って広げる」
39.お客の生活を考え、必要なアイテムを考え・顧客にとって在庫のすべてが意味がある品ぞろえ
40.仮説に基づき品ぞろえ、結果を評価して新しい仮説へ
41.商品には4つの性格がある。お客が求めているのは生活価値だ
42.品質を売るな、アイテムとしての適性を提案せよ
43. ライフスタイルに対応してはいけない

☆6 在庫を使いこなすことが繁盛につながる
44.在庫管理の目的は、品ぞろえをお客に合わせること
45.商品の鮮度とは単品ではなく品ぞろえ全体の鮮度をいう
46.欠品より悪い「見えない在庫」を一掃せよ
47.店内在庫は圧縮する
48.「不良在庫は不肖在庫」

☆7 不良在庫と対決するノウハウ
49.不良在庫の弊害とは何か
50.不良在庫は伝染する
51. 不良在庫の発見法
52. 数字管理では遅すぎる・現場の「眼による管理」が第一だ
53.お客に喜ばれる処分法
54.「見切り」は「損切り」と心得る
55.商品には必ずバックアップが必要
56.バックヤードの使い方が業績を左右する
57.出来るだけ早く適性商品と入れ替えるには57.

☆8 問屋とはこうつきあう
58.「仕入れ」からコレクションへ、品ぞろえのテーマが変わる
59.問屋の数は多くなることを覚悟せよ
60.自店のテーマと共感できる問屋と提携せよ
61.問屋には情報要求をしっかり出す
62.情報交換のギブアンドテイクの出来る相手を何人持つか

☆9 立地条件はこう考える
63.これまでの立地理論は、全く通用しなくなっている
64.良い立地=自店のお客にとって分かりやすく来店しやすいこと
65.集積の効果をしっかり理解する
66.商店街立地のプラスとマイナスはこう考える

☆10 店舗はこう使う
67.店舗が小さかったことを感謝せよ
68.店舗・内外装にはお金をかけるな
69.規模の大小に関わらず、店内に○○ワールドを作りあげよう
70.アーケードも路面店も外部と遮断した店内を確保する
71.セルフ販売の店舗技術を否定せよ
72.店舗ファサードはお店の顔

☆11 レイアウト・陳列の基礎
73.お客はアイテムを買いに来るが、お店は品ぞろえを売らなければならない
74.アイテムの購買を支援しながら品ぞろえを販売せよ

☆12 品ぞろえを提案しながらアイテムを売り込め
75.お客に合わせた営業時間を心がける
76.「ほっとスペース」を設けているか
77.POPの意味

☆13 レイアウトはこう考える
78.売場と通路、今までの常識は通用しない
79.店内に通路は作らない
80.売れる陳列を考える
81.お客はレイアウト・陳列で誘導せよ

☆14 経営数字はこう使う
82.経営の目的はこう考える
83.必要なのは売上げではなく利益だ
84.経営は、存続に必要な経費を確保することと使うことで成り立っている
85.コストとは目標を実現するための投資と考える
86.経費とは目的があって使うお金、目的がはっきりしないのは冗費だ
87.売上げは在庫に投資したお金の回転だ
88.人件費と他の経費の違いを知れ、人にかけるお金を惜しんではならない

☆15 販売促進はこう組み立てる
89.販売促進と購買促進を区別せよ
90.店内の販売促進は購買支援と考えよ
91.お客はお試し-確認-得意と変化する

☆16 イベントはこう考える
92.お店に来てもらうこと、ショッピング自体をイベントに仕立て上げよ
93.買い物がイベントになるのはラグジュアリィだけ
94.目的をはっきりさせ、目的に最適の企画を立てる
95.イベントが終わってからイベントの効果が現れる

☆17 接 客
96.お客の「来店目的」達成に不可欠なこれからの接客
97.AIDCA再評価、生活演出意欲を刺激せよ
98.マニュアルは即刻廃止する
99.個人の能力に任せるのではなく、店舗全体で考え実現していく
100.お試し来店・確認来店・得意来店、それぞれの特性を見極める

 まだ未完です。
これから手を入れて上手く百項目まとめてみたいと思います。
まとまったら、各項目について【目指せ!繁盛店】コーナーできっちり講義を行います。
ただし、皆さんの所望次第W

目指せ! 繁盛店

 当サイトにとって、基本計画のフォローアップ話ももちろん大切ですが、さらに重要なことは中心市街地活性化の成否を直接左右する・中心市街地立地の既存個店の繁盛、商業施設(テナント各店)の活性化です。

 認定基本計画、フォローアップ作業の実態をみますと、各個店の繁盛再構築という課題に中心市街地活性化の取り組みが及んで来るのはいつのことやら、まったく見当も付きません。
他方、中心市街地(に限ったことではありませんが)立地の小売業は、業種業態、規模の大小を問わず、おしなべて売り上げの絶不振に陥っています。

 原因については「景気のせい」という人もありますが、そうとばかりは言えません。「百年に一度」という話もありますが、では消費購買ニーズをめぐる条件は「百年に一度」的危機状況にあるのかといえばとんでもない、総じて生活水準はバブル当時に比べても向上しているはずです。

 にもかかわらず、何故、ものが売れないのか? 売れなくなったのか?
ということが問題でありまして、もちろん、原因は複合的なのですが、その基盤となっているのは「もの余り」ということです。
「無いと困る」ものはちゃんと揃っておりまして、足りないのは「無いと生活が面白くならない」ものだけ。

 という時代に、不況だからと言って「無いと困る」ものを安く売ればそのうち契機が回復する、とか、「生活支援」をすればそのうち景気が良くなるだろう、というのは何の根拠もない与太話ですよね。

 「ものを売ってナンボ」の小売業にとって、今どきの繁盛店づくりとは、「もの余り時代にものを売る」ということが根本のテーマです。
小売業が繁盛したのは、
①必需品不足時代
②必需品充足時代
③「差別化商品」普及時代
というように、「ものを仕入れれば売れる」という経営環境においてでした。

 こういう時代はとっくの昔に終わっているわけでありまして、逆立ちしてもそういう時代は帰ってくることはありません。
ちなみに「通行量を増やせば小売業は活性化できる」というのは、上記①~③という時代の商店街の情景を眺めていた人のアタマの中だけにある「繁盛再現法」ですね。

 「もの不足時代にものを売る」・小売業の事業機会はここにあるわけで、お客はもの離れしているから「ものではなくて意味を売る」とか「コミュニティ機能重視」などという路線では「物売り」は出来ません。繰り返しますが、小売業は「ものが売れてナンボ」です。

 ということで【目指せ!繁盛店】では“もの余り時代にものを売る”、繁盛を実現するために必要なあれこれを考えてみることにしました。
 とりあえず、百項目、ずらずらっと目次を書いてみました。

各項目について内容を説明しながら・目次自体も改善していきます。
“この機会に「商業理論」「業容理論」とやらを囓ってみるか”というノリでのご参加を期待しています。

新年度の新企画

 新年度、人事異動により新たに中心市街地活性化担当部署に配置された方も多いことと思います。
 当サイトにも新規に参加される人が多くなっているようです。
いよいよ来週は本格的な業務スタートでしょうか。

 折しも新中心市街地活性化法に基づいて、内閣総理大臣による認定を得た中心市街地活性化基本計画のフォローアップ作業の結果も公表されています。
その内容及び今後の展望は、極めて厳しいものがあります。
参照:

 これからの取り組み、果たしてほんとうに従来の延長上でいいものかどうか、あらためてしっかり検討することが必要になっていると思われます。

 ということで、来週早々、「早わかり・中心市街地活性化」という企画をここで発表すべく、現在準備中です。
新しく登場される方も、引き続き業務を担当される方も、この機会に「中心市街地活性化の全体像」を把握する機会として利用していただくと嬉しい限りです。

 さらに欲張れば、出来るだけ御地関係者の皆さん、出来るだけ多くの人にこの機会を宣伝していただくと、新しい局面を切り開いていくきっかけになる可能性があると思いますので、このことにもご留意ください.。

「歩行者通行量」を目標にしてはいけない

 現在、内閣総理大臣による「認定」を受けた中心市街地活性化基本計画の“お約束による”フォローアップ作業の結果がネット上で公開されています。


 目下【都市経営】コーナーにおいて、いくつかの都市の作業結果を検証をしている最中ですが、:
途中にも関わらず「結論」が出てしまいました。
タイトルのとおりです。

 ご承知のとおり、認定基本計画には中心市街地活性化・商業活性化の目標達成状況を測る指標として「歩行者通行量」を設定しているものが多いのですが、次のような理由で「通行量」は目標にはなりません。

1.通行量の総和は、商業活性化の努力の成果を意味するものではない。
 活性化した=繁盛店が軒を連ねる商店街(例:巣鴨商店街・名古屋大須商店街など)では、とおりの通行量が多くそのほとんどがショッピング客ですが、他方、通行量というだけなら通勤者、居住者、非物販施設への来訪者なども立派にカウント対象ですから、通行量が多くなることが即・商業の活性化を反映しているとは言えません
参考:中心市街地の客相(歩行者)

2.通行量の増加が自動的に商業の活性化につながるものではない。

  ということですね。ちなみに通勤者の往復経路になっている通りなどは今でも結構な通行量でしょうが、適切な活性化策が講じられていなければ、普通の商店街と同様着実に空店舗は増えているはずでえす。
街区内に図書館・文化会館など公共集客施設が新設されれば、通行量は確保されますが、もちろん、だからといって隣接する商店街がバラ色かと言えばそんなことはぜんぜんありませんです。
事例多数。

 通行量を中心市街地・商業活性化の指標にすると、次のような弊害が生まれることが考えられます。

3.商業者の自助努力の目標にはなりにくい。

 各個店が「通行量の増大」をめざして頑張るというのはおかしな話ですからね。もちろん、そんなことを期待している基本計画は無いでしょうけど。
では、各個店は何を目標にどう頑張るべきか?
明示している基本計画を見たことがありますか?

 そもそも中心市街地活性化基本計画において、「個店の自助努力」はどう位置づけられているのか?
基本計画は、その目標達成に向けて、個々の店舗・商業施設に何を期待しているのか? 
商業者の自助努力と中心市街地活性化を直結させる取り組みはどう計画されているのか?
その実現度合いは何をもって測るのか・・・・?
といった重要課題、ほとんどの計画がスルーしています。
結果、「通行量」の増減に関係なく、既存個店・商業施設の劣化は着実に進行している、という事実はフォローアップ報告にどう反映しているのか?
異口同音に「目標は期間中に達成できる見込み」となっていますが、その時、既存商業施設群はどのような状況に陥っているか、想像してみなければならない。

 自力思考というプロセスを省略して、スキームに例示されているからというだけの理由で漫然と「歩行者通行量」などを指標にしていると、

4.「通行量の増加」が自己目的化してしまい、本来の活性化努力が向かうべき方向とは無関係に全事業が取り組まれてしまう可能性がある。

わけでありまして、少なくともフォローアップ報告の内容を見る限り、大勢としてはどうもそういう方向に逸脱しているのではないかと思われますが、皆さんのところは大丈夫ですか?

 冒頭書いたように、活性化した商店街では確かに通行量が多くなりますが、それはあくまで商店街が活性化事業に取り組んで「活性化した」結果、ショッピング客の増加・回遊の発生によるものであって、つまり、活性化が実現された結果としての通行量の増加であることを確認していただきたい。通行量を増やすためのあれこれの施策は「活性化を実現する」方法ではありません。

 さらに言えば、商業活性化のからみで通行量がハッキリ増加するのは、繁盛店がそこかしこに出現するようになってから。
活性化の取り組みの結果が通行量の変化としてカウント出来るようになるまでには、大分時間が掛かります。半年かも知れないし、2,3年かも知れません。
2,3年経っても通行量が増えない場合は、立地する個店の繁盛再生・活性化が実現されていないこと=施策は商業の活性化を実現できない、ということを意味します。
なにも計画期間の終了を待つまでもなく分かることです。
これから続々と認定後2年という節目を経過していくわけですが、大丈夫でしょうか?
何を根拠に「達成できる見通し」と胸が張れるのかな?

 都市が本気で・ほんとうの意味で・中心市街地の商業の活性化をめざすならば、「通行量の増加」などを目標にするのではなく、まっすぐ「繁盛店の増加」「商業集積としての活性化」をめざさなければならない。
劣化スパイラルに陥っている個店・商業集積の業績をV字逆転、繁盛再生を追求する施策に取り組むことが必要です。

 この場合、実践的な目標の達成度合いを測る指標は、計画した繁盛再生のための事業に参加する個店の数や、繁盛を実現した店舗数などとして設定しないと、商業者の自助努力の目標になりません。
目標の共有を土俵とする商業者・商店街の自助努力の組織化無くして商業の活性化を達成することはできません。

 ほとんどの都市のフォローアップ報告では「歩行者通行量の増加」について、目標数値が計画期間中に達成されるという見込みになっていますが、検証した限りでは現在の状況の彼方に何故達成できると見積もられるのか、何か抜本的に状況を改善する施策への着手が計画されているわけでもないようですが・・・。
不思議です。

 さらに、たとえ目標通行量が達成されたとしても、その時、街区内の各個店、商業施設はその通行量のお陰を蒙られる「体制」が出来ているか?
もちろんそんな仕組みはありません。

 結 論:

 百貨店以下、中心市街地所在の商業施設が軒並み劣化スパイラルに陥っているとき、「通行量を増やせば商業は活性化できる」というのはなんの根拠もない妄想です。
その根源は「商業はまちの花、通行量が増えれば商売は繁盛する」という藻谷説ですが、この説はそれこそ“根も葉もない”デタラメです。

 世間一般がしたがっている考え方だから、デタラメではないだろう、と思う人は、「商業の盛衰は通行量に依存する」という命題の根拠を自分で考えてみてください。

 自力思考をパスする人は、誰かが考えた・当今の商業活性化の常識隣っている・デタラメに基づいて行動することになります。
その結果、中心市街地の関係者すべてがそれぞれの目的を果たせず、いっそう劣化した状況の中で孤立を深めることになりかねません。
ちょっと想像力を働かせてみればすぐ分かることですね。

 ということで、中心市街地活性化への取り組みには「想像力」が不可欠、「通行量の増大」策を強化する前に、通行量が増えたら何がどうなるか、自分のアタマを使って想像してみるべきです。

 当サイト、「通行量増大」をもって商業活性化のための取り組みの目標とする「ものの見方・考え方」に対しては、これまでも異議を表明してきましたが、今回のフォローアップの検証作業によって、批判の正当性をあらためて確認しました。
これを機会に「通行量の増大」という似非目標に対しては、いっそう厳しく・ラディカルに批判して参りたいと思います。

 商店街活性化の取り組みにおいて「歩行者通行量の増大」は目標にはならないし、してはならない。
自分の頭で考えればたちまち分かることです。
自分の頭よりも空洞化した中心市街地界隈の「空気」を優先させると、その結果は基本計画の計画期間の終了時点で否が応でも突きつけられます。
そのとき、“あ、間違ってた”じゃ話になりません。

 ということで、これをもって集中して取り組んだ「通行量」関係の考察を終わります。常連の皆さんには当たり前すぎるお話しでしたが、フォローアップを見ればこのあたりが依然としてデファクトスタンダードになっていることが分かります。どう突破していくか、大きな課題です。

 もちろん、ご承知のとおり、当社が考える「達成すべき目標」はちゃんと提出しています。

すでに目標・指標とも「歩行者通行量」に設定している都市はどうすべきか?
【都市経営コーナー】以下で引き続き考えます。

問題情況と基礎体力のミスマッチ

 「百年に一度」という問題情況のただ中にあるわけですが、もちろん、中心市街地活性化という問題もその一環としてとらえないと解決策を誤る、というのが当サイトの視点です。“百年に一度”は昨日今日始まったことではありません。「店あまり・もの余り」こそそのスタートでした。
参照:

 ところで、“百年に一度”という問題情況において、問題を解決するためには、
①状況を適切に把握する
②取り組むべき問題を定義する
③取り組みの方向と方法を決定する
という作業が不可欠ですが、何しろ問題は“百年に一度”ですから今現在、現役で頑張っている人たちはだれも経験したことの無い領域の問題です。

 経験したことのない問題に取り組むには「仮説~試行」が不可欠ですが、第一番目の問題は、
“必要な仮説を立てる能力を持っているか?”
ということです。
問題=“百年に一度”
能力=最近的、中・短期の問題しか取り組んでいない、それもあまり成功していない。
という〈ミスマッチ〉があるわけです。
なんとか適切な仮説を立てないと。

 セイフティネットとか、雇用創出とか直面する問題に対応するだけでは、解決手法が新たな問題を発生させることにもなりかねません。
公共事業でなんとか、という相変わらずの手法だったりするとなおさらです。

 ということで、解決すべき問題と問題解決能力のミスマッチという状況は、中心市街地に限ったことではありません。
“百年に一度”という激変に見舞われている国・地域、地球全体が同じ状態に陥っており、適切な対応の方向はまだ出されておりません。
この時期、肝心の経済学方面は沈黙したままです。

 中心市街地、活性化するためには他に先駆けて“百年に一度”にきっちり対応しなければならない。
対症療法的に通行量や空地空店舗いじりをしている暇はありません。

どう考えれば“百年に一度”をまたとないチャンスに出来るか?

 問題はこのように立てなければならないのですが、当サイト常連の皆さんにとっては当たり前の話だと思います。
この当たり前を、中心市街地活性化関係の皆さんに共有してもらう、所要の基礎体力の錬磨向上に邁進してもらう・・・。
基礎体力の強化向上、これが中心市街地活性化に関わる皆さんの合い言葉にならないと、明るい明日は拝めないと思います。

 ということで、問題情況と能力のミスマッチは、資本主義のなか、至る所で起きています。
そのつもりで眼を凝らせば事例には事欠きません。
もっともそれらの事例も「中・短期の話」と見れば従来どおりの問題の解決にちょっと失敗しているだけ、と見えいこともありません。
どう見るかは、それぞれの勝手ですが、必ず〈自力思考〉を経由させること。
そうしないと、そうとは気づかないまま、誰か他人の思いつきに一生を賭けることにもなりかねません。

専門家を選定する基礎体力

 都市が直面している様々な問題の解決には専門家を招聘することが多く、中心市街地活性化の取り組みでは学識経験者・プランナー・タウンマネージャーなどの専門家が招聘されます。

 招聘する側が専門家に期待していることは何でしょうか?

 いうまでもなく、直面している問題の解決に貢献してくれること、ですね。具体的には、中心市街地・商店街活性化という問題について
①解決策の案出
②問題解決プロセス
という大別・二つの異なるレベルの作業についての支援です。

 招聘しようとする(orすでに招いている)専門家は、これらの作業について所要の支援を行えることが期待されています。必要な能力は、
①問題が起きている領域についての専門的な知識・技術 と
②②を活用して問題解決策を案出する能力 と
③関係者に問題解決策を売り込み、その気にさせる能力
に分けることが出来ます。

 一般化すると、①専門的な知識、②推理能力、③リーダーシップということですね。

 中心市街地・商店街活性化など「都市経営」上の問題の特徴は、
①利害関係者が多く、かつ、利害の内容が多様である
②関係者に共通する「価値」が前提として存在しない
ということで、これは企業やNPOなどの組織の場合と大きく異なるところです。このことを十分理解し、所要の措置を講じないままで企業経営や既存の商店街組織やNPOの経験者などが中心市街地活性化の音頭を取れるかというと、それは?です。

 さて、中心市街地活性化という問題情況では、関係者の利害の多様性ということから「合意形成」という難しい課題が存在するわけですが、これについても「専門家」の支援が期待されます。

 合意形成における専門家の仕事は、
①問題の定義を共有する
②解決策を決定する
③組織を編成する
という「合意形成の三段階」をリードすることですが、その前提となるのが「専門的な知識」です。

 上述したように、中心市街地活性化の支援者として招聘される専門家には、
①中心市街地活性化の実現に必要な知識・技術
②応用能力
③リーダーシップ
が必要ですが、なかでも「中心市街地活性化に必要な知識」については、装備しているだけではなく、必要により関係者にも修得させなければならない。
合意・統率の基盤ですからね。

 したがって、専門家は、
①知識技術を持っており かつ、
②それらを関係者に共有させるという仕事
が出来る能力を有していなければならない。

 特に、中心市街地・商業の活性化という問題領域では、
①従来から蓄積されてきた知識・技術・経験に基づく取り組みが成果を挙げられない
②問題情況は悪化するばかり
というなかでの取り組みが一般的であり、専門家の作業の量は相当なものになります。一から組み立てるのではコストパフォーマンスが成立しません。

 これが中心市街地・商業活性化における「専門家」が直面する状況です。
まあ、分かる人だけが分かっていることですが。さて、

 この状況において、専門家は何をしているか?

 ということが問題でありまして、だれにとっての問題かと言えば、もちろん、関係者全体にとっての喫緊の問題です。

 このところしょっちゅう取り上げているように、多くの都市の中心市街地・商店街活性化の取り組みは、「歩行者通行量」や「空店舗」という「対症療法的問題設定」に終始しています。

すなわち、
①歩行者が減っている・・・歩行者を増やそう
 居住者が減っている・・・マンションを建てよう
 来街者が減っている・・・来街目的を増やそう

②空地空店舗が増えている・空地空店舗を減らそう
 空地が増えている・・・・建物を建てよう
 空店舗が増えている・・・使用者を招聘しよう
という具合に「目に見えている情景」に反射的に対応しているわけです。

 つまり、何故通行量が減ったのか、何故空地空店舗が発生しているのか、という原因には遡及しない、現に目に見えていることだけに直接反応するという、つまり、脳内作業を伴わない「脊髄反射」的対応に終始しています。

 せっかく専門家を招聘しておきながらどうしてこういう羽目に陥っているのか?

①招聘した専門家の能力がそのレベルだった
②専門家が面倒くさがって、現場のレベルに合わせた
という可能性が考えられます。
どちらの場合も、専門家の仕事は、関係者の空気を読み「落としどころ」を作って提案するという役割で、専門家=発声者ですね。

 専門家が本来果たすべき役割を果たせないことのツケは、その原因が何であれ、やがては招聘した側に帰結するのでありまして、専門家はある日、現場を去ればそれでおしまい。
後は地元で取り繕う以外にありませんが、さて、気を取り直してもう一度トライできるでしょうか。トライするとしていったい何をどこからどうやり直したらよいものでしょうか。

 といった問題に各都市、これから否応なく直面していくことになるわけですが、フォローアップ作業などを見ますと、今さらながらに専門家の重要性、その選定の重要性が痛感されるのであります。
すなわち、専門家の選定に関わる都市側の基礎体力の程度が憂慮されるわけですが、皆さんのところは如何でしょうか。

 フォローアップ作業が一段落したこの時期、従来的な対症療法からの脱却が喫緊の課題であり、取り組みについてはさしあたり、現場常駐の専門家・タウンマネージャーさんあたりが言い出しっぺとなることが期待されますが、さて、実態は期待できるものでしょうか、どうでしょうか。

激突する経済と社会

 自他共に認める構造改革の旗手が「資本主義は何故自滅したのか」というタイトルの本を出すという状況ですが、ジュンク堂で立ち読みした限りでは、「日本型経営」への先祖帰りのようでした。
あれほど克服せよと叱咤していたのに・・・。
旗振り稼業が身に付いている人は、振る旗を変えてでも旗を振る立場にいたいものらしい。自から「閉門蟄居」すべきではないか、などと思ってしまうのは素人だからかな。

 植草先生によれば、もはや言論でまともなのはブログと単行本だけだそうですが、ジュンク堂の経済コーナーをチェックしてみました。

 雇用の確保、景気の回復は重要課題ですが、基本的に「方向と方法」をセットで考えないと、公共事業を増やせば万事解決というような世迷いごとは通用しないはずです。
資本主義はどこへ行く、ということが問題にされなければならない。喫緊の問題を解決するためには、「資本主義」という体制について考えなければならない、というのが「百年に一度」という問題の性格ですね。

 ということで本棚をみてみますと、金融クライシス関係もさることながら、シュンペーター、ケインズなど古典系が幅を利かしています。つい先日、県外の図書館のお世話になった「不確定性」のナイトさん関係の研究書も登場しています。

 このところの状況を一言で表現するれば、タイトルのとおり、本来、社会の下位システムである経済からの「派生」が猖獗を極め、社会のファンダメンタルを根底から脅かしているわけですが、そのあたりを一貫して問題にしてきた佐伯先生の新著:

佐伯啓思『大転換―脱成長社会へ―』(NTT出版)
タイトルからしてポランニーの向こうを張る気構え十分です。

 市場経済には、資本主義的側面と「社会的生」のための生産という二重の側面を持っており、過剰な資本主義的価値の追求は後者を損なう、進展するクライシスを資本主義レベルで回復させようとする対症療法は、「問題の先送り」でありやがてさらに大きな危機に陥ることになる。
ということで、状況は「大混乱」かそれとも「大転換」か、という岐路に立っているというのが佐伯先生の見立です。
佐伯先生が主張される「大転換」への道は、“まずはわれわれの「観念」や「価値」の転換から始めなければならない”そうですが、「意識を変えるより店を変えよう」というクオールエイド流とはちょっと違うようです。
このことはまた書きます。

 他には、
東谷暁『日本経済の突破口―グローバリズムの呪縛から脱却せよ―』PHP研究所
構造改革・グローバリズムを宣揚した経済学者・マスコミの総括

奥村宏『会社はどこへ行く』NTT出版
株主資本主義とグローバリスムのセットがもたらした危機を如何に乗り越えていくか。
会社とは何か、という設問から迫っていくが、そもそもスタートが間違いではないか。ちなみに「会社はみんなのもの」というのがクオールエイド流です。

他に、 
榊原英資『幼児化する日本社会―拝金主義と反知性主義―』東洋経済新報社
とか。

共通していることは、経済と社会の激突という状況を突破していくためには「経済」の大転換が必要だということ。
各論者に共通しているのは「一国経済」というか経済における国の役割の再発見・再確認と脱・株主資本主義ということでしょうか。

 いずれも新しい経済が志向すべき方向は模索中のようです。

手段としての通行量も目標としての通行量も

承前

 役に立たないどころか、以下に説明するとおり、取り組みを誤らせ街を再起不能におとしいれてしまいます。

 商店街組織が長年にわたって取り組んでいる事業の一つに「通行量調査」があります。
街区内の要点の通行量の変遷を把握する、つまり商店街にショッピングに訪れる客数の消長を把握することで、商店街の「買い物の場」としての増減を把握し、「商店街活性化」の必要性について問題意識を共有することがその目的です。
①調査した結果、通行量が減少傾向にあることが明確になった
②これは、商店街の「買い物の場」としての魅力が減衰し、お客の足が向かなくなっていることを示している
③「買い物の場」としての魅力の充実に努めなければならない
ということで
④関係者一同、商店街の“買い物の場としての魅力の充実”に向けて為すべきことに取り組む
という機運を作り上げる、手段として利用されることが「通行量調査」の目的です。

ところが、はじめは〈手段〉として「調査」の対象だった通行量が、いつの間にか“通行量を増やせば商店街は賑わいを取り戻せる”ということで調査対象から事業目的に変わってしまうと言う倒錯が生まれました。

このプロセスはきちんと理解しておかなければならない。
商店街に軒を連ねる各個店の業績が悪化している、売り上げが低迷状態に陥っていることは、特に交通量などを調査しなくても、それぞれ売り上げの推移を持ち寄れば一目瞭然です。
これは一国一城の主を自負する皆さんにとっては至難のことですから、これに代わる客観的証拠として「通行量調査」が行われるわけです。
来街客が減っているということは、商店街の買い物の場としての魅力が劣化しているということであり、突き詰めれば各個店の売場が劣化しており、その結果業績が悪化している、ということですね。

すなわち、通行量調査の目的は、口に出せない「各個店の売場の劣化・業績の低迷」という商店街の全般的な問題状況を理解し、「活性化」に向けた努力を始めるための「合意形成」の手段だったと考えられます。それとも他に目的があったでしょうか?

このような目的をもって始められた通行量調査ですが、いつの間にか“商店街が衰退しているのは通行量が減ったから、通行量を増やせば商店街は活性化し、個店の業績は回復する”という〈論理のすり替え〉が行われました。
店前通行量さえ増えれば商売繁盛間違いなし、誰か通行量を増やしてくれ。

ということで、あれこれと「通行量増大策」が講じられました。ご承知のとおり、施策の多くは所期の成果を挙げることは出来ませんでしたが、中には例外的に通行量の増大を実現した例もあります。しかし、この場合もその結果として「個店の業績の向上」にはつながりませんでした。
“組合の仕事は店前通行量を増やすこと、増えた通行量を入店客にするのは個店の責任”ということが公然と言われました。時に今でもいう人がいます。

通行量を入店客にするには、個店の売場に“思わず入ってみたくなる”魅力があるということを意味します。もちろん、そういう店には日頃から「来店客」で繁盛しているはずですから、あらためて「活性化事業」に取り組む必要は無いはずです。
他方、活性化が必要なお店は、日頃から思うように「来店客」が来ない・買い物の場としての魅力に乏しいお店です。
魅力に乏しいお店の店前通行量が増えたからといって、その人たちが入店客・買い物客になるはずがない。

ということで、通行量増大作戦は業績低迷に悩む個店~商店街の活性化策としては効果が無い、という日頃関係者が痛感していることの原因は単純明快です。

さて、総務省の行政評価で「数値目標」として例示されたなかに「通行量」が入っていますが、いったい、通行量という数値目標は何を意味しているのか?

 数値目標は、「目標達成の度合いを把握する」ことを目的に設定されることになっています。
つまり、数値目標としての通行量の設定は“これを測定すれば「商業の活性化」の進展具合が把握できる”項目として選択されているわけです。
ここのところ、お間違いの無いように。

通行量という数値目標は、
×通行量を増やせば商店街の「買い物の場」としての利用が増し、商店街が活性化する
からではなく、
○通行量の推移を把握することで商店街の「買い物の場」としての魅力の変化が把握できる
ということから「例示」されているのではないでしょうか?

(実際のところ、何故通行量が数値目標として例示されたのか、ということは当事者に聞かなければ分かりませんが、通行量と「買い物の場」との関係を考えれば、当然こういう理解が成り立ちます。)

通行量調査は、「買い物の場」の商圏内における支持状況の把握には有効だが、通行量増大策は、商店街活性化策としてはあまり効果が期待できない、ということです。

とするならば、ここから極めて重要な結論が導き出されます。
それは、
「中心市街地・商業の活性化を実現するために設定する目標」は「通行量の増大」ではあり得ない、ということです。
よろしいですか。
とりあえず、
①商店街活性化の取り組みの現状を把握する手段として通行量を設定するのはOKだが、
②商店街を活性化する手段として通行量の増大に取り組むのは本末転倒だ、
ということです。

さらに問題がありまして。
では、「商店街活性化の進展度合い」を図る目安として設定する通行量の具体的な「数値」はどのようにして決定したらよいのでしょうか?
現在の数値を基準に増減を把握するのは簡単ですが、増減の結果で商店街の活性化の度合いを把握するというのは、現在の数値とは関係なく「活性化された状況における通行量」を設定してこれへの接近度合いで取り組みの効果を判断する、ということになります。
もちろん、「取り組み」は通行量増大の為の事業ではなくて、商店街を買い物の場として再構築するための事業ですね。

「数値目標」に期待されている機能を果たすために「通行量」を選択した場合、通行量の数値目標は何を根拠に設定すべきか?
これは大変難しい作業だと思います。現状、目的を果たす機能を持った数値を合理的に設定することが出来るでしょうか?

 というようにちょっと詳しく考えてみますと、「通行量」は、商業・商店街活性化を実現するための手段としても、また、活性化の進展度合いを把握する道具としても適性を備えていない、使い物にならないことが明らかです。

 商業・商店街活性化を実現するための取り組みとして、「通行量を増やす」ことはナンセンスであるばかりでなく、活性化の進展度合いを把握する尺度としても使えない、というのが「通行量という数値目標」です。

 「通行量」を追いかけている間は商業・商店街活性化は実現できません。
従来のいきさつにとらわれることなく、商業・商店街活性化の目標は「魅力ある買い物の場としての再構築」、その達成は「再構築に必要な事業の進捗状況」について下位目標群を設定し、それらを達成する努力によって実現する。当たり前のことです。
さらに達成状況の把握は、下位目標群についての数値目標を設定し、その達成度合いをもって判断する、ということになります。

 各般の取り組みが整斉と実施され効果をもたらせば、やがて商店街の通行量は漸増して来ることでしょう。商店街活性化と通行量の関係とはそういうものではないでしょうか。

「通行量信仰」を克服せよ

 都市経営コーナーにおいて、認定基本計画に基づく活性化の進展状況の各都市による自己評価の検証を行っています。
目下、個別・青森市の報告を分析中です。

 作業をはじめてあらためて痛感したのは、中間評価の目的の設定を間違うと、活性化の取り組み自体がとんでもないことになってしまうと言うこと。
中間評価は、基本計画に設定されている数値目標をめぐって行うわけですが、問題は数値目標の性格です。

 そもそも基本計画において数値目標は、どのように設定されたかと言いますと、
①中心市街地活性化の目標を掲げる
②目標の達成状況を把握するための「数値目標」を設定する
という段取りで決められているはずです。

 いくつかの目標が掲げられ、それらの達成状況を把握するための数値目標が設定されているわけですが、
①目標はどう決定されているか
②目標と数値目標の関係はどうか
というところに重要な問題があります。
例えば、「商業の活性化」という分野において活性化を実現するために取り組む各種・各般の事業の「一体的な推進」で実現をめざす目標はどのような具体性をもって決定されているか?
という問題があります。

 さらに、この目的とこれを受けて設定される数値目標との関係をどう考えるか、ということも問題でありまして、数値目標は、
①目標実現に向けた努力目標か
②目標の達成状況を測定する尺度か
というように設定の仕方で役割が変わります。
これは重要なことです。

 多くの基本計画の場合、特に商業の活性化に関する数値目標は、②の活性化の進展状況を把握するという機能として考えられており、「通行量」及び「販売額」として設定されています。
すなわち、数値目標としての「通行量」は、達成すべき努力目標ではなく、達成状況を把握するための道具だという位置づけです。

 そこで問題。
「通行量」は商業活性化の進展度合いを測るための尺度として適切かどうか?

 数値目標として「通行量」を設定している基本計画は多いのですが、設定にあたって“何故「数値目標」として通行量を選択するのか”ということについて納得のいく説明をしているものはありません。
「商業の活性化といえば通行量」という迷信がありまして、まあ、迷信が機能するのはそれが迷信だと理解されていないことが条件ですから、関係各方面では迷信だとはまったく思われていない、というか今さら検証する必要もない客観的な事実だと思われているわけです。

 商業の活性化の進展度合いを測定するには「通行量」を測定すればよいというわけでありまして、ご承知のとおりほとんどの認定基本計画において、「通行量」が数値目標として選択されており、かつ、“何故通行量を活性化の進展度合いを測定する尺度にする根拠”はまったくしめされておりません。

 さて、当サイトでは“中心市街地活性化の取組において「通行量」は努力目標になり得るか、通行量ってそんなに商業の活性化と密接に関わりがあるのか?”
ということについては、これまで何度も検証しています。
当社の見解は、“通行量は努力目標としては不適格だ”ということに尽きます。このことに議論の余地はありません。

 他方、基本計画における目標数値は「活性化を実現するための努力目標」ではなく、“活性化の進展度合いを測定するため”に設定されているとすれば、話はちょっと違ってきます。
あれこれの活性化努力を総合した結果は、「通行量」に現れる。活性化努力の成否を把握するには通行量を測定すればよい、というのが後者の立場です。
この場合、掲げられる数値は“これを達成すれば活性化が実現できる”という「目標」ではなく、“達成努力の成果はここに現れる」という努力の結果を測るための尺度ですね。

 通行量を増やすための取組としては、
①域内居住人口を増やす
②商業以外の都市機能(特に集客施設)を充実させる
③商業施設を開設する・空地空店舗を活用する
④イベントに取り組む
などが挙げられています。
これらの取組はそれぞれ「通行量の増加」をもたらすことで「商業の活性化」に寄与する、と考えられています。
その根拠としては「商業は立地産業」「交通量の多いところは商業にとって好立地」という迷信があるわけです。
ちなみに、通行量を重視する藻谷氏の「商業はまちの花」という「理論」は、この迷信を言い換えているだけですね。

 中心市街地の通行量は、ちょっと考えてみただけで次のように分類することが出来ます。
参照:「中心市街地の客相」
ここで「客相」と言っているのは、「中心市街地を歩いている人たちの歩行目的」です。
この「客相」が上記の「通行量増大策」に対応していることを確認してください。

 さて、「通行量の増大」は、図にあるような様々の通行目的を持った歩行者を一律に数え上げて「通行量」として一括するわけですが、さて、この数値の増減をもって「商業機能の盛衰」を把握することが出来るでしょうか?

 ということが問題でありまして、これはハッキリ出来ませんですね。例えば中心市街地に高度な機能を備えた私立図書館を作れば、通行量は飛躍的に増えます。
その増えた通行量を「商業の活性化が進展した証拠」として扱うことが出来ますか?
ということですね。イベントなどについてもしかり。
居住人口、マンションの竣工件数などももちろん。

 ということで、商業の活性化の進捗状況を把握する尺度として「歩行者通行量」を設定するのは、ハッキリ間違いです。通行量が増えたからといってそれが即商業の活性化に結びつくものではなく、まして、多くの基本計画が誤解している“通行量は商業活性化のバロメーター”ということはゼッタイにありません。

 “商業は立地産業、その成果は店前通行量に左右される”
というのは、商店街全盛時代の商店街の情景描写ですが、根本的に間違っておりまして、当時の商店街の情景は“商業は集客産業であり、店前通行量は商業の努力の結果である”という経験則から説明しなければならない。
すなわち、当時の商店街の通行量を実現していたのは「買い物の場」としての商店街の魅力が吸引していた、(参照図における)「遊歩客相」だったのです。

 商店街活性化に関わる通行量とは、この「遊歩(ショッピング)客相」でありまして、この客相を増大するためには「魅力ある買い物の場」の再構築が不可欠、遊歩以外の通行客相をショッピング客相に変身させるにもこのことは絶対条件です。

 ということで、商業活性化を実現するために達成をめざすべき目標は「魅力ある買い物の場措定の再構築」だということになります。これ以外には考えられません。

 この場合、設定される「数値目標」は、「魅力ある買い物の場」を実現するために、達成しなければならない具体的な下位目標のうち、数値化することが可能であり、かつ、数値化することで達成努力の目標として適格であり、試行される実践の可否を評価する尺度としても機能する、という性格を持ったものでなければならない。

 というように考えますと、「通行量」などを恣意的に設定するのはまったくの「筋違い」だということになります。
特に、マンションを建て、図書館を作り、ホテルを誘致し、イベントを行う、といった取組をもって「通行量の増加」を実現しようという企ては、本末転倒しているといわざるを得ない。
「魅力ある買い物の場としての再構築」の努力、その数値目標はもっと直接的に再構築の成否を左右するものを設定しなければならない。
例えば、当社流商人塾の開催回数とか、受講者数とか、経営革新に取り組む店舗数とか、所定の繁盛店の定義をクリアした店舗の数とか。

 商業の活性化のその時々における進展状況の把握は、通行量を見ることでは不可能です。(念のために言っておきますが、「小売販売額の増加」もダメ)
当社の経験では、「魅力ある買い物の場措定の再構築」のスタート段階では、繁盛店は着実に生まれますが、それと相関して「通行量の増加」が顕著になることはありません。
目に見えて通行量が増えない段階でも繁盛店は次々に生まれる、というのが「魅力ある買い物の場」づくりの経験です。

 フォローアップの報告では、多くの都市が「通行量」を数値目標に掲げて各種事業に取り組んで来たわけですが、現段階での実績は、ほとんどの都市が基準年度の数値を下回っています。つまり、「通行量の増加」を目標に各種事業に取り組んできたが、現状通行量は減少するばかり、ということです。しかし、状況判断としては、今後計画している事業を展開することで計画終了段階での目標数値のクリアは可能である”と根拠のない楽観的な見通しが述べられています。
実現できる保証はまったくありません。

 さらに百歩ゆずって通行量の目標数値が達成されたとして、それがどうした、従来的事業に取り組んでいる間も商店街の「買い物の場」としての機能は劣化の一途、通行量が増えたころには商店街は「仕舞た屋通り」になっている、というのは極めて見やすい商店街の将来像ではないか。

 ということで、中心市街地・商店街の活性化がいつまで経っても成果が挙がらないのは、目標及び数値目標の設定という計画作成段階・理論段階に大きな欠陥があるから。

 特に「通行量」=“小売業は立地産業・通行量の多いところが良い立地だ、商店街衰退の原因は通行量が減ったら・活性化するためには通行量を増やさなければ”という迷信二基づく取組は、たとえ通行量の増加を達成してもゼッタイに初期の成果=商店街の活性化=魅力的な買い物の場としての再構築を実現することは出来ません。

 基本計画の中間総括はまたとない機会、全都市の報告について原本まであたって「通行量と商業の活性化」の現状を検証してみられることをお奨めする次第です。

 通行量と商業活性化の関係を簡潔に。
 こうしている間も商店街を中心に通行量は減り、空店舗は増加しているわけですが、一体、今現在、通行量は何故減っているのか?
あらためて考えてみていただきたい。

①中心市街地の人口は減っていない、一部では増加に転じている都市。
②図書館や大型商業施設を設置したらその周辺の通行量が激増している都市。
しかし、商店街への回遊はほとんど見られず、商店街の通行量は減少するばかり・・・。
商店街の通行量は何故減少するのか?

 特に渡り廊下=通過道路としての機能を果たしていない商店街の場合、商店街を取り巻く街区環境に変化が無くても商店街の通行量だけは減少します。この場合、通行量減少の原因は「街のなか」にあることになりますが、それは一体何でしょうかね?

 ということで、本気で商店街を活性化したかったら、通行量を増やすとか、新規のお客を集めるとかを云々する前にやらなければならないことがあるわけですが、「通行量という神話」を信奉している間は、とうてい、効果のある取組に向かうことは出来ません。

 「交通量神話」からの脱却、今年度の合い言葉にどうでしょうか。


※今日の過去記事:『簿記はお好き?』
 ご承知のとおり、企業会計の世界には『企業会計原則』というのがありまして、新・自由主義猖獗の過程は、この原則がグダグダにされるプロセスでもあったわけです。
当サイト、なかなか会計制度レベルには踏み込めないのですが、言いたいことは山ほどありますW
ごく一部の人を除き、ほとんど全部「グローバルスタンダード」に振り回された会計学者、公認会計士、アナリストの皆さん、その後ちゃんと「総括」に取り組んでいますよね?

商人塾の取組には事前協議を

 既に皆さんご承知のとおり当社が提供する商人塾は、問題意識、内容のレベルともに当社独自のものです。
クオールエイド流商人塾:
21年度版企画:『商人塾Q&A』
ちなみに、中心市街地・商店街活性化の成否を左右する「魅力ある買い物の場づくり」の取り組み、、点から始まり線へ拡大し、さらに線から面へ展開する一部始終について支援する体制を持っているのは全国唯一当社だけ、ですね。

 当社流商人塾に取り組まれるにあたっては、当社との緊密な事前協議・調整が不可欠です。
この段階を省略すると、事業の成果が損なわれることがあります。

 時に、従来各種事業に頻回取り組んでいる組織などで、すべての段取りを整えてから日程調整だけ連絡されたりすることがありますが、実はその前に詰めておくべきことが色々ありまして、それらを省略して取り組むと、商人塾に従来的事業仕法を押しつけることになります。

 その結果、商人塾で獲得すべき有形無形のノウハウ(やがて組織の性格を構成する)の修得に支障を来したりします。
個店の成果のみならず、今後の取り組みにマイナスの影響が大きい。

 このことは、従来の事業経験では推測できないことですから、要注意です。

 今年度の実施を検討されているところは、なるべく早い時期にあらためて当社と連絡を取られるようお願いします。
すでに手を挙げているから、ということでは不十分です。
よろしくお願いします。

 なお、まだ実施時期などが未定のところも、事前に準備などについて理解されていると、実施までの工程が短縮される可能性が高くなります。
こちらも是非早い時期にご一報ください。

基本計画フォローアップの報告を読む

 中心市街地活性化基本計画の実施状況に関する市町村からの報告について 
平成21年3月27日 内閣府中心市街地活性化担当室


 早いところでは計画スタートから丸2年を経過したこの時期に、認定基本計画に基づいて活性化に取り組んでいる全国各地の状況が検討できるのは、大変ありがたいことです。

 まず、一通り読んだ感想を述べておきますと、この報告書から伝わってくる各地の状況はとんでもないことになっています。
既定路線をこのまま進んで良いものか、あらためて虚心に検討し直すことが必要になっていると思われますので、そのことを報告書の分析を通じて証明したいと思います。
 
 詳細な分析はこれからですが、多くの都市の取組の現状は、基本計画を見直すのか、それともこのまま突っ走るのか、重大な岐路に立っていると思われます。
さらにとんでもないことがありまして、なんと、取組が成否の岐路に直面しているということがほとんど認識されておりません。
たぶん、認定以降の商店街・商業施設の状況などは「見なかったこと」にして報告書が作文されているのではないか?

 といったあたりも明らかになると思います。

 内閣府がまとめた全国のフォローアップの状況は次のとおり。

************** 引 用 **************

1.概ね5年間の計画期間において、認定後の期間があまり経過していないため、着手して間もない、または実施もしくは完了していない取組が多い状況にあり、現段階ではまだ十分に評価できない基本計画が多い。

2.また、市町村による目標の指標に係る評価として、

1)取組の進捗状況が概ね予定どおりであり、目標の達成が可能と見込んでいるもの

2)取組の進捗状況が予定どおりではないものが一部あるものの、引き続き最大限の努力を行うことにより、目標の達成が可能であると見込んでいるものが多い。

 フォローアップ対象の79の指標中、取組が既に開始されている53の指標のうち概ね8割が、取組の進捗状況が概ね予定どおりであり、目標の達成が可能であると見込んでいる。

3.市町村は、今後とも状況の把握やフォローアップを行い、基本計画に記載された事項と中心市街地の現状や取組の実施状況等から判断し、必要と認められる場合には、速やかに基本計画の見直しを行うことが重要である。
内閣府としても、市町村によるフォローアップ内容を注視し、市町村
による基本計画の見直しに対しては、適切に対応していく。

********** 終了 *************

 ということだそうです。
全体的に順風満帆、順調に進捗している、ということですね。

 もちろん、これは数値目標の達成状況を把握した上での各事業主体=市町村の自己評価ですが、その根拠はどこにあるのか?

 それぞれの都市の報告書をみますと、とても楽観は出来ない実態が浮かび上がります。
と同時に、設定されている数値目標は、ほんとうに中心市街地活性化の進展度合いを把握する目標として適切だったのか、という疑問も。

具体的な検討は【都市経営・入門編】で。

新年度、新たに異動してこられた皆さん、状況はとてつもないですからね。
しっかりお覚悟あれW

□今日読んだブログ
■"エコノミスト亡国論、あるいは稀代の詐欺師・竹中平蔵のトンデモ経済学に異議あり!!!"

元気な商店街の課題

 皮肉なことに、中心市議地活性化法・新スキームが発足した頃から、従来賑わっていると定評のあった商店街にも空洞化の傾向が顕著になってきました。
富山市総曲輪商店街、金沢市竪町商店街・・。
いずれもテナント出店の比率の高い商店街ですが、業績不振に陥り撤退したテナントの後釜が確保できません。

 都市間競争・集積間競争が熾烈な政令指定都市などでは大分前から現れていた傾向が、いよいよ商店街最後の牙城に迫っってきた、という感じです。“シャッターの内側”の活性化に手も足も出ないわけですから無理もありません。

 当社的には、「ショッピングの場」である個々の店舗の売場の改革改善に取り組まずにどうして「活性化を実現する」などと口に出来るのか、不思議きわまりない。

 そうしたなかで、例外的に活気を保っている商店街があります。
空店舗が少なく、商店街活動も活発、人も元気という街。
大がかりな事業といえば数十年前に取り組んだだけ、特に最近はこれといったハード事業には取り組んでいない、という共通点があるようです。

 こういう商店街にも課題がありまして、各個店のシャッターの内側をみますと、やはり業容の劣化は否めません。
さらに、ご承知のとおり、廃業は業績不振だけが原因ではありません。ギリギリの人数で経営していますから、現有勢力に病人でも出たらそれが引き金で廃業に追い込まれる、というケースは少なくありません。経営者夫婦の高齢化が進めばこの傾向はさらに増えることが懸念されます。

 元気のある商店街の課題は、第一に経営を続けていくために必要な資金を商売を通じて蓄積できないと言うこと。
日々の資金は回っていますが、老朽化している店舗設備の更新に必要な資金が確保できません。お店は老朽化する一方です。

 第二の課題は、後継者の確保。
事業承継ですが、事業ではなく「売場」でもよろしい。
それぞれの店舗の経営者がすお遠くない時期に第一線を退くわけですが、その後、誰かがお店を「商売の場」「ショッピングの場」として承継してくれないと「商店街」は急激に劣化していきます。
商店街として見た場合、「ショッピングの場」としての機能を維持していくためには、個々のお店が後継者を確保していることが重要な条件です。
「後継者無き引退」が続出するようでは、シャッター通り化することは避けられません。

 こういう商店街は今すぐ、当社流繁盛店づくりに取り組むことが必要です。
当社流繁盛店づくりとは:

繁盛店の定義:
①商売を続けていくために必要な売り上げ・粗利が無理をせずに確保できる
②お店の商売に従事している人たちの生活が安定している
③必要な時期に必要な投資ができる
という経営を実現しているお店です。
商人塾に参加している皆さんがめざしている繁盛店とはこういう条件を実現することです。

 繁盛店は、次のような条件のもとで実現をめざさないと、ウソになります。

①お金は掛けない・・当面、設備投資はしない
②現有勢力で取り組める・出来ることから少しずつ取り組んで繁盛を実現する
③取組のなかで取組を進展させるために必要な能力を作りだしていく

 こういう取組をスタートさせないと、今現在「元気がある」と自他共に認めている商店街もこれから急速に劣化スパイラルに陥っていきます。
繁盛店づくりという課題に計画的に取り組むか否か、というところに存続の成否が掛かっているわけです。
元気なうちに着手しないと、劣化が始まるとアッという間ですからね。

 富山市総曲輪商店街、金沢市竪町商店街、地方都市屈指の繁盛する商店街と言われていましたが、現状は果たしてどうでしょうか。
個店シャッターの内側の改革改善に組織的に取り組めない商店街に明日はありません。
一日も早く、個店の業容改革の都市組みをスタートすることが商店街百年の計、“人を集めるのは組合の仕事、集まったお客を買い物客にするのはそれぞれの個店の仕事”というようなシーラカンス的発想はまったく役に立たないことがはっきりしています。
何しろ言っている本人の店がその言葉を裏切っているのですから。

 それにしてもこの時期、商店街活動がきちんと維持されているというのはすばらしいこと。大事なことは活動が出来る間に、街を「ショッピングゾーン」として永続させるための取組に着手すること、それは内実的には確実に苦しくなっている各個店をもう一度繁盛店に作り変えていく取組として景kqあくされることが必要です。

 折しも「地域商店街活性化法」という新しい商店街活性化の枠組みがスターとするそうですから、これを活用した「繁盛店づくり」に着手されることをお奨めします。
新にスタートする事業は「繁盛店づくり」以外は、劣化スパイラルを押しとどめるどころか、かえって促進することになりかねません。事情があってハード事業に取り組まなければならないところは、当該事業と平行して必ず「繁盛店づくり」に取り組むこと。
シャッターの内側をほったらかしにしたままで「歩いて楽しい街並み作り」とか「歩いて暮らせるまちづくり」などに走るのは悪い冗談です。

 もちろん商店街には(「元気な商店街」といえども)冗談に取り組んでいる余裕はありません。

地域商店街活性化法について:
 
有限会社クオールエイド
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有限会社 クオールエイド

  • Author:有限会社 クオールエイド
  • 【キラリ輝く繁盛店づくり】
    お客に見える店づくり―見える化をテーマに【個店の繁盛】から【商店街活性化】、【中心市街地の商業集積としての再構築】まで一貫した取組を支援します。
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