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アダム・スミスを疑う

(承前)

 まるで“経済のために人間が存在する”かのような言動が日々報じられていますが、この情況から離陸、「人間のための経済」を構築していく、という課題があるわけです。
まあ、そんなものはない、という人もあるでしょうが。

 アダム・スミスは、利己心のせめぎ合い(が市場)は均衡に至ると主張したそうですが、近代経済学の根幹である「価格理論」には周知のとおり「時間」がありません。
供給=販売希望価格と需要=購入希望価格は、市場に相まみえたとたん、瞬時に均衡価格に到達することになっています。
つまり供給者も需要者も市場に登場すると同時に、均衡価格に到達するために必要な情報及び計算を瞬時に行うわけですね。

 こういう妄想が実際の経済のモデルとして通用するわけがないのですが、まあ、当時の「潜在需要」は供給能力に比較すれば無限に思えたことでしょうから、ムリもないといえばそのとおりです。
ただし、「利己心」についての疑問は今も昔も不変であり、例えば「自己実現」という課題を追求したいという欲求が必ず「物財の所有」を指向するとは言えないわけで、「物財の必要」と「物財への欲求」には差違がある。

 直面する大不況に「機会」を見るとすれば、その第一は「近代経済学(アダム・スミスを鼻祖とする)」を見直す絶好の契機であるということ。
欲求の「無限」が物財的必要の無限とイクオールではない、ということは明らかでありまして、早い話、「時間堪能」に“物財を所有しておくこと”は必須条件ではない。

 物財、利益を追求する利己心が見えざる手によって均衡する、というおとぎ話はもうおしまい。
「人間のための経済」を構築する実践がそこここで始まっているわけですが、「見えざる手」などというデタラメ経済学がまかり通っているうちは、本格的な再起は不可能かも知れません。
ということで、アダム・スミスに戻って考え直す、ということになると問題は百年どころか「二百年問題」です(笑 
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