新年の課題

 現下の不況を確信をもって「チャンス」だと言い切ることができなければ、言い換えれば、これまでの常識に安住していたのでは新しい時代環境における「繁盛」を構築する方向と方法を理解し、実践する人たちだけが商店街活性化への道を歩むことができます。

 数十年にわたって取り組んできたが、ほとんど「繁盛」実現には効力を発揮できなかった取り組みとは、今度こそはっきりと決別し、繁盛実現を目指す「業容再構築」にチャレンジしなければならない。
わき目を振らず繁盛する個店を叢生していくという課題に取り組むことだけが商店街の活性化を実現していく唯一の道であることに一日も早く気づき、取り組みを実現していかなければならない。

 この取り組み以外の事業は、それがどのような戦略に基づいて提唱されていようとも、すべて「活性化への道」の妨げとなることは確実です。
取り組みの中心は、いうまでもなく「自助能力」を確保すること。
当社的商人塾のように体系的かつ実践的な取り組みが不可欠です。

 既報のとおり、一月からは佐賀市錦通りおよび石川県小松市において商人塾が新しくスタートします。
あなたのまちではいつごろ取り組むことになりますか?
この取り組みを抜きにして(つまり、個店の繁盛実現に取り組まずに)、商店街を活性化しようというのはあまりにも虫がよすぎというか、「活性化」をどう定義しようとも繁盛するお店が軒を連ねないかぎり、商店街らしい活性化にはほど遠い。

 新しい年は実効的な新しい取り組みにチャレンジする商店街と旧態依然の取り組みを漫然と続ける商店街の間に誰の目にも見えるはっきりとした明暗が現れる年になることでしょう。

 繁盛の実現を目指すのかそれとも「百年に一度の暴風雨」にもかかわらず、従来どおりの取り組みでお茶を濁すのか、関係各方面の真価が問われる新年を迎えることになります。

佐賀市錦通り商店街&石川県小松商人塾

 新年早々 新しく発足する商人塾を紹介します。

その一 佐賀市錦通り商店街
 佐賀市の中心商店街の一角を占めている商店街。
規模は小さいのですが、純然たる買い回り型商店街、立地している各個店はデスティネーションを確立しないと存続が危うい、という共通の課題に直面しています。
課題がハッキリ共有されているので取り組みの成果も出やすいことでしょう。
 さる16日に説明会を開催、1月14日からスタートです。

その二 石川県小松市中心商店街
 今年度二回単発のセミナーを開催、全体像を理解したうえで11月に実施された甲府市商人塾の修了イベントを視察、商人塾の趣旨と成果をしっかり納得した上での取り組みです。
 1月8日からスタート、毎週一講義&巡回指導×10週というハードスケジュールで第一期に取り組みます。
行政、商工会議所、TMO、商店街の「四者体制」による実施であり、目下作成中の基本計画にも成果が反映されることが期待されます。
「四者体制」での取り組みは画期的、商人塾を基本計画~行動計画に適切に位置づけると、「活性化への道」が明確になります。
成果が期待される取り組みです。

 新年度はさらに複数の商人塾が立ち上げられる予定です。
いよいよ「運動としての商人塾」が現実のものになって来ます。あなたのまちでも一日も早く取り組めるよう、頑張ってください。

※商人塾はスターまでにいろいろと準備や根回しなど「手練手管」が必要な場合があります。このあたりについて当社はノウハウを蓄積しています。なにはともあれ、まずはメールでご相談を。 

今年最後のジュンク堂

 昨日はジュンク堂で午後一時~五時遊んできました。
いつもにましてお客が多い。
レジが10個所以上ありますが、それでも行列が出来ています。

 消費購買条件がシビアになると、当然ながらショッピング行動はシビアになります。
消費購買行動に適した業容を創出提供しているところにお客は集中します。ユニクロもそうです。
お客は増え、しかも衝動購買=来店目的以上に買ってくれる。
開店以来の好業績が伝えられたりします。

 新しく生活に導入する意味・価値がどれくらいあるか?
厳しい吟味に対応できる業容を創り、品揃えを提供しているお店にお客は集中する。不況になればこの傾向にいっそう拍車が掛かります。「不況だからお客が来ない、来ても買ってくれない」と思ったら大間違い、売れるべきお店はしっかり売れているのです。

 その点、「半額セール」など「不況=価格訴求」しか思いつけない量販店の業容は劣化の一途をたどっているのではないか。

 ユニクロの「目玉商品プラス平常価格」では衝動購買が当たり前ですが、量販店の半額セールでは、従来的愛顧客の単品目的買いが中心になっているはずです。
ジャスコの服が半額だからといって、モールのお客がそっちに流れることはありませんからね。

 ジュンク堂で気づいたのは、経済システムについて本が増えていること。
NPOや協同組合などについての論考が多くなっているようです。
Webでも同じような傾向がありますね。
他方、国の政策の受け皿としての協同組合は危機的状況に陥っているところが少なくありません。商店街関係でも多いようです。
どういうわけか基本計画ではほとんど取り上げられていません。

 これから先、自助能力の強化が課題となっている中小企業の活路開拓に協同組織は不可欠ですが、もちろん、これまでの協同組織は協同を名乗るのが恥ずかしいところも少なくなかったわけで、協同組織の活性化も都市経営上の大きな課題です。

 買った本
紺屋典子『平成経済20年史』幻冬社新書 2008年
奥村宏 『世界金融恐慌』七つ森書館 2008年
こういう人たちが活躍される時機になったようです。

カント的啓蒙の自修自得

 辞書を引いてみますと
啓蒙:無知の人を啓発して正しい知識に導くこと
などとありますが、こういう定義ではたちまち
「無知」とは何か
「正しい知識」とは何か
という問題が出てきます。
啓蒙とは特定の立場を作っている人が自分の立場を宣伝流布することかよ、という茶々もあり得まして、善男善女はいつも「正しい」と主張される言説を選択することを要求されているわけですが、はて、「正しいと主張される言説の根拠は?」と考えると、それを判断する力は自分で持たなければならない。

早い話。
辞書にいう啓蒙とは、ものごとを知らない「遅れている」人を「正しい知識」を持った人が教え導くこと、でありまして、この場合、
遅れているのは誰か
正しい知識をもっているのは誰か
ということは自称「正しい知識を持っている」側が決めているわけですね。
ふたつ問題がありまして、
その一 自称「正しい知識」が間違っていたらどうなる
その二 教え導いてもらう側はいつまで経っても教え導いてもらう立場から抜け出せないが・・?
ということです。

 見聞きする「教え導く側」のていたらくから、おいそれと啓蒙が実現出来るとは思えないわけです。
(中には、「目からウロコが落ちた」とか、これがダメならむこうがある、などと嬉々?として立場を飛び移る人もありますが・・)
「教え導く」と称する人の持っている知識が「正しい」とは限りませんし。教え導きたいのは「正しい知識」を持っている人だけとは限りませんし。

 ということで、辞書的「啓蒙」には自家撞着(矛盾)があります。

 『啓蒙とは何か』
これまで当サイトで何度か取り上げている カントさんの有名な本ですが、これによれば啓蒙とは「自分のアタマで考えること」であり、啓蒙哲学者カントさんは、この本で「自分のアタマで考えよ」と提唱しています。

 「自分のアタマで考える」とはどういうことか?
これは、遅れている知識、間違っている知識を正しい知識に置き換えることではありません。人から与えられた知識、世間の常識に唯々諾々とする態度は「啓蒙=自分のアタマで考える」とは違います。
(啓蒙とは蒙を啓く、闇から抜け出すという意味です)
他人から与えられる知識、いつの間にか自分の心身の一部になっているような知識に基づいて行動するのではなく、自分のアタマで考えて行動すべきだ、というのが啓蒙の立場。

 ではカントさんの「自分のアタマで考えよ」という提案を受け入れ、自分のアタマで考えてみようと思い立ったとき、われわれが取るべき態度とはどういうものでしょうか?
そもそも自分のアタマで考えるとはどういうことか?

 自分で考えよと言われてもアタマの中にはすでに様々の知識を詰め込んでいますし、いまからリセットするわけにはいきません。
リセットしてもその後になにをどうインストールするのか、という問題もあることでしょうし。

 カントさんの提唱をtakeo的に翻訳すると「人の振りみてわが振り直せ」「われ以外皆我が師」ということです。
人の振りを客観的・批判的に観察し、それを基準に我が振りを評価し、是正すべきを是正する。この作業を通じて自分の振りを作っていくわけです。人の振りをどう見るか、どう自分の振りに反映させるかは、自分で決めなければならない。

 カントさんが特に推奨するのは「公共言論」に関わることを通して、「ものの見方・考え方」について「振り」をなおしていくこと。
その第一として「公共言論」において交わされる相互批判の見聞を通じて「批判のしかた」、批判能力を自得することです。

 カントさんの「公共言論」とは学者が取り組む「どちらの言説が妥当か」をめぐる応酬・議論のことです。
学者が交わす相互批判を見聞することで、「言説を理解し・批判する」という技術を学び、態度を身につける、というのがカントさん的啓蒙です。
面白いのは、「公共言論」は間違った議論でもいいし、教え導こうとする趣旨の言説でもかまわない、ということ。
いずれにせよ、「相互批判」が行われればそれを見聞きする中から言説・ものごとを批判的に吟味する・「批判的態度」を修得することが出来る。

 現在の「公共言論」をみますと、カントさんが期待していたような「知識の妥当性」をめぐって学者さんたちが公共の場で丁々発止とやり合う、という情況はほとんどありません。皆無に等しい。
 Web、特にブログの機能に期待することですね。
中心市街地をめぐる言説やそれをめぐる応酬などをみても心細い限り、中心市街地活性化の実現には自力思考が不可欠ですが、必要な能力・態度をどう自得するか。
当サイトは、一貫して自力思考を提唱しているわけですが。

 珍しく公共言論において激しく相互批判が行われている事例があります。前にも紹介したと思いますが、マックス・ヴェバーの有名な『プロテスタンチズムの倫理と資本主義の精神』をめぐる大論争です。5年くらい続いたかと思いますが、ここに来て一段落したようです。

 これを題材に「批判的思考」の実際を見聞し、自力思考の確立に役立てよう、という大それた企画を思い立ちました。
年末年始、限られた時間ですが有効に使って「批判的思考」を見聞したいと思います。
この際、つきあってみるか、という人の参加をお待ちします。【理論創発】コーナーです。

「学問とは何か、―羽入ー折原論争見聞記―」

自助能力の転換というバロメーター

 商店街活性化という事業では、取り組みの方向と方法を適切に決定することが重要であることは、言うまでもありません。
また、それをどう定めるにしてもその取り組みには、商業者の自助努力とその組織化が不可欠であることも、― サイト常連の皆さんには ― 既に共有されているところです。

 そこで問題となるのは自助努力の有無ではなく、その中味です。
劣化スパイラルに陥っている自店の業容をどう転換していくか?
あるべき自助努力の中味はまさに、「業容転換」を推進していくことであり、商業者が実際にこの転換を推進していく能力を持っているのか、いないのか?ということが問題です。

 詰まり、商業者は自店の業容転換に取り組む能力を持っているのか、いないのか、持っていないとすればどうやってその能力を確保するのか?
商店街活性化という政治課題が出現して以来、その中心には常にこのことが位置していたのですが、取り組みの問題意識が、
“個店の経営については口出しできない”
“個店のオーナーは経営のプロである”
という「無批判的常識」に止まっていたために、自助能力の有無、適否は問題にされることはありませんでした。
多くの基本計画では今日でもなお、
“個店の経営については口出しできない”
“個店のオーナーは経営のプロである”
というデタラメを基に、
“住む人・来る人を増やす”
“不動産の所有と利用を分離する”
ことで、活性化を実現できると考えられています。
商店街立地の商業者は、商売のプロだから当然自助能力をもっている、問題は自助能力ではなんともし難いシャッターの外側の条件にあるというのが基本計画の立場ですから、施策はもっぱらシャッターの外側に展開されるわけです。

 問題は、シャッターの外側で展開される取り組み・事業の結果がシャッターの内側・〈売場⇔買い物の場〉の活性化につながらない、言い換えればシャッターの外側の変化を利用して〈売場⇔買い物の場〉のもんだい解決に取り組むということが行われていないということですが、「改正中活法」時代に至っても未だにこのことが直視されていないわけです。
このことに思いが至らない取り組みは、どんなにハード事業の成果を誇ってもたかが知れています。
そんな成果など一年と続きませんからね。

 われわれにとっての問題は、もちろん、そういうレベルにあるのではなく、商業者の自助能力の転換 ―持っているにもかかわらず、問題状況において適切に活用されていない能力をどう実用化するか、ということです。
端的に言って、
①商店街・個店に現状をもたらしている商業者個々の経営努力・その根幹となっている経営能力を
②どうすれば活性化を達成出来る能力へと転換できるか
ということですね。
つまり、
「現状ありのままの商業者からどうやって自助能力を引き出すか」
ということです。

 基本計画所載の諸事業が、最終目標の達成に奏功するためには、個別事業を成功させるだけではダメ、その成果をしかり受け止める〈個店の業容革新〉の取り組みが不可欠であり、つまり、個々の商業者が〈業容革新〉に取り組見、実現していくために必要な「自営・自助能力の転換」にどう取り組んでいくのか、そのための事業はどう計画されているか、ということが商店街活性化の成否を左右する根本問題です。
いつも申しあげているとおり。

 当サイトではご承知のとおり「商業者の自助努力の組織化」というように問題を定義しています。
「自助努力の組織化」は、どう実現していくのか。
既にご明察のとおり、「助能力の転換に協同で取り組むことによって。
「自助能力の転換への協同での取り組み」が当社が提唱する『商人塾』の任務であることをあらためて確認していただくと、商人塾の取り組みが中心市街地・商店街活性化の取り組みにおいて担う役割の重要性、不可欠性が良く理解されることと思います。

 商店街活性化を実現するには既存商業者の自助=自営能力の活用のあり方を転換しなければならない、ということが理解されれば、

 商人塾に取り組みますか?、
 それとも活性化を諦めますか?

 問題はこのように突きつけられているのだ、ということになりますね。
ショッピングモールをめざそうが、都心型商業を目指そうが、商業者の自助能力を現状レベルで放置していたのではすべて「言葉遊び」に終わります。
 
 自助能力をどう転換するか、
 そのための事業をどう計画しているか、
 目標はどう立てられているか

この一点をチェックすれば基本計画の命運は掌を指すように明らかです。

商店街マネジメントの大問題

 基本計画に掲げる数値目標の達成を通じて商店街の活性化=経済活力の向上を実現する ― 中心市街地活性化の最終目標ですが、既にご承知のとおり、イベントや景観づくり、共同事業の展開で目標通行量を確保(非常に難しいことですが)したからといって、商店街の売り上げアップに直結するわけはありません。

 認定数値目標の達成と本来の目標である商店街の活性化との間には、人によって、都市によっては意識されていないかも知れない課題がありまして、商店街に立地する各個店の売場を革新志、「買い物行き先」として再生するということです。

 活性化の実現を任務とするタウンマネジメントは、目標数値の達成と平行して、商店街を「買い物の場」に再構築するという課題を負っており、これが実現できなければ数値目標の達成は徒労におわります。費消された経営資源、特に時間は取り返しがききません。

 問題は、買い物の場としての再構築というマネジメント目的に取り組んでいくために不可欠な「買い物の場としての再構築を実現する能力」がマネジメント機関、マネジメントを受ける商店街の双方に備わっているかどうか、ということ。
重要な問題です。

 当サイトではこのところ連続して「マネジアビリティ」すなわち、実施段階(この場合商店街組織・個店)が基本計画~実施計画にもとづくマネジメントを受容し、店づくりの転換実務として取り組んでいく能力について考えています。
劣化スパイラルに陥っている商店街・個店群にその能力が備わっているはずもなく、大至急装備することがすべての都市・中心市街地に共通する課題になっているわけです。

 当サイトでは、スキームの発足と時を同じくしたオープン以来、一貫してこのことを指摘し、取り組みを提案しています。
ご承知のとおり。

 残念ながら、今日に至っても「中心市街地のマネジアビリティ」を問題にしているのは当サイトに限られています。
福岡商工会議所が作成されている関係ブログのポータルです。
「商店街活性化をマネジメントする」という重要課題の連記事をエントリーしているのは当ブログだけだ、という事実をあなたはどう考えますか?

アダム・スミスを疑う

(承前)

 まるで“経済のために人間が存在する”かのような言動が日々報じられていますが、この情況から離陸、「人間のための経済」を構築していく、という課題があるわけです。
まあ、そんなものはない、という人もあるでしょうが。

 アダム・スミスは、利己心のせめぎ合い(が市場)は均衡に至ると主張したそうですが、近代経済学の根幹である「価格理論」には周知のとおり「時間」がありません。
供給=販売希望価格と需要=購入希望価格は、市場に相まみえたとたん、瞬時に均衡価格に到達することになっています。
つまり供給者も需要者も市場に登場すると同時に、均衡価格に到達するために必要な情報及び計算を瞬時に行うわけですね。

 こういう妄想が実際の経済のモデルとして通用するわけがないのですが、まあ、当時の「潜在需要」は供給能力に比較すれば無限に思えたことでしょうから、ムリもないといえばそのとおりです。
ただし、「利己心」についての疑問は今も昔も不変であり、例えば「自己実現」という課題を追求したいという欲求が必ず「物財の所有」を指向するとは言えないわけで、「物財の必要」と「物財への欲求」には差違がある。

 直面する大不況に「機会」を見るとすれば、その第一は「近代経済学(アダム・スミスを鼻祖とする)」を見直す絶好の契機であるということ。
欲求の「無限」が物財的必要の無限とイクオールではない、ということは明らかでありまして、早い話、「時間堪能」に“物財を所有しておくこと”は必須条件ではない。

 物財、利益を追求する利己心が見えざる手によって均衡する、というおとぎ話はもうおしまい。
「人間のための経済」を構築する実践がそこここで始まっているわけですが、「見えざる手」などというデタラメ経済学がまかり通っているうちは、本格的な再起は不可能かも知れません。
ということで、アダム・スミスに戻って考え直す、ということになると問題は百年どころか「二百年問題」です(笑 

「百年問題」

 “100年に一度の不況”への対処にはそれなりの着眼が不可欠です。
早い話、百年間それなりに効果のあった取り組みで百年に一度の問題に取り組むことが出来るのか?ということがありまして、問題のとらえ方次第では「百年に一度のパラダイムの転換」が必要かも知れません。

 そういう視点であちこち見渡しますと、従来とは異なる〈情⇔景〉~問題が見えてきます。

 第一に、市場原理主義とやらを産み出すに至った近代経済学とは何だったのか、あらためて批判的な検討が必要になっているのではないか、という問題提起があります。

ケネス・ラック『アダム・スミスの失敗』(草思社1996) は、“なぜ経済学にはモラルがないのか”というサブタイトルのとおり、近代経済学の学としてのあり方そのものを批判する経済心理学者からの問題提起です。
アダムスミス的価格決定プロセスなどは、古今東西どこにもない、「説明の道具」としても極めて不適切なものであることが論じられています。
もちろん、「貨幣のこととしての経済」ではなく「人間のこととしての経済」を主張する著者の批判は、当然ながら、その労使関係観にも及び「人あるいは労働が商品として扱われずに済む経済」を考察してスペインでカトリックの助司祭が創設した株式会社を紹介しています。

第二に、これから顕著となる新しい経済の試行については、ご贔屓・アルバート・ハーシュマンさんの『連帯経済の可能性』(法政大学出版局2008年)という本が出ました。
新しい動き、米国でも準備されていそうな気がしますが、わが国では圧倒的に遅れていますね。
抜本的な活性化が必要な商店街組織などが必要に迫られて取り組まなければならない時ですが、せいぜい株式会社止まりのようで、これでは「啓蒙」を同時並行で実現していかなければならない時代、ものの役には立ちません。

 中小企業の協同組織については、その名もズバリ、稲川宮雄『中小企業の協働組織』(中央経済社昭和46年)が基本図書ですが、とっくに絶版・入手困難のはずですから、読むべき人は頑張ってください。
ご承知のとおり、わが国の協同組織は商店街振興組合に典型なように補助金の受け皿という堕落した形態になっています。「受け皿」的業容でマネジメント体制を構築できるわけがない。

第四に、当サイト正面課題である商店街活性化について。
商店街といえば、まちづくり、“そもそも街って作れるのか?”という根元的な発問が他ならぬ建築家から提起されています。
堀池秀人『街の遺伝子 ―まちづくりを叱る―』(鹿島出版会2008年)
ひらがなの「まちづくり」、コンセプト、全員一致の合意形成などなど、都市計画系の常套用語を叱っています。
 当サイト常連の皆さんにはもはや当たり前といってもいい視点ですが、なんと言っても「系」の真ん中から出てきたということが画期的です。問題は実務担当レベルの皆さんのリテラシーというか問題意識というか。

 そこで話は「人は何のために仕事をするのか」ということになりまして。
あらためてマズローさんなどが脚光を浴びる日も近いのではないかと。
『人間性の心理学』(産業能率大学出版部1987年)

 必要と欲求の違いをきっちり弁えないとアダム・スミス~主流派経済学は超克できません。

 「百年に一度の問題」に取り組むにあたっては、問題を如何にとらえるか、というメタの問題がありまして、メディアでは“三年すれば景気は解決する”“イヤ、五年掛かる”“10年だ”と予想屋が根拠となるパラダイムの検討もしないままの言説が繰り返されていますが脳天気なことです。

 「景気」と「生活」、とりわけ地方に住む人々の所得&生活との関連について考えれば、たちまち直面することになる問題ですが、問題として認識している人は限られているようです。

 ちなみに、中心市街地・商店街活性化はこの問題(百年に一度という)を外しては考えられません。
もちろん、ハード的に「百年続く街」を作ったからといって「百年続く街」に「なるわけではありません。

 「百年問題」という問題があるのだ、ということをしっかり確認して視野を広げておきたいものです。
というか、当ブログはスタート当時から「百年問題」をしっかりとらえていますから、「百年問題がある」ことは、イの一番の前提になっています。

 もちろん、クオールエイド流「中心市街地活性化への道」、その骨格となる「商人塾」の実践は、まんまで「百年問題」への対応策となっています。
お暇な時にあれこれ確認してみてください。

Happy Christmas

中心市街地のマネジアビリティ

マネジアビリティ、聞き慣れない言葉ですね。
管理プロセスのうち、計画ー統制ー批判のうち、統制プロセスの対象となるセクションの能力のこと、①計画を理解する ②実現過程を推進する という能力です。

中心市街地のマネジアビリティとは、中心市街地活性化基本計画のマネジメントに対応して分担する業務を実施していく、商店街組織、商業施設、個店などの能力のことです。
例えば、まちを一個のショッピングモールに見立ててテナントミックスを構築する、という計画があったとしましょう。テナントミックスの構築の中心となる仕事は、既存個店群の「店づくりの転換」であり、したがって、個店は「店づくりの転換」を推進する能力を持っていなければならない。

 もちろん、劣化スパイラルのまっただ中にある個々の店舗がそういう能力を〈目に見える形で〉持っているはずがありません。
中心市街地活性化基本計画、出来映えもさることながら、推進をになう商業者のマネジアビリティが圧倒的に不足しています。あまり指摘されませんが。

 しかし、ショッピングモールをめざす、などと目標を定めたとたん、真っ先に出てくる疑問は商業者にはその能力があるのか?ということでありまして、もちろん能力は顕在化していませんから、何らかの方法で確保しなければならない。
大問題ですが、あまり重要視されていないことはご承知のとおり。

 タウンマネージャーやTMOは、マネジアビリティをどう確保するか、という問題に直面しているわけですが、気づいている人はごくごく限られています。
もちろん、商人塾を採用した人は、あるとき、マネジアビリティ不足を実感していたひとですね。

 計画認定二周年を迎えようとする今日この頃、マネジアビリティの欠落に今ごろ気づくようではあまりにも任務とのミスマッチ過大、先が思いやられますがそれでも気づかないよりはまし、自分の至らなさを自覚できればそれをバネにいろいろと対策を考えることが出来ます。

商業者を中核とした推進体制の構築

 標題は先週開催された勉強会のテーマです。

参加者は、行政、商工会、活性化協議会、商人塾参加&非参加の商業者。

内 容:
1.基本計画・商業の活性化の概要
(1)基本的な方針について
(2)中心市街地活性化の目標
(3)商店街活性化の方向と方法
(4)推進体制
についての説明とコメント、質疑討論

2.課 題
(1)基本計画全体
(2)中央通り商店街
(3)銀座通り商店街
についての提起と質疑、協議

3.今後の取り組みについて
(1)基本方針の確立
(2)推進体制の整備
(3)繁盛店づくりの推進
(4)行動計画の作成
(5)予算の確保
(6)その他
について、提起&質疑

4.研 究
というものでした。

 一読、基本計画を「活性化への道」として実効あらしめるためには、必ず取り組まなければならない研究だと理解されると思います。
特に中心となったのは、
1.首長の決意の確認
2.実施主体である商業者組織のマネージャービリティ=任務遂行能力の構築
でした。

 研究においては、各商店街の課題やこれからの課題・取り組み方について活発に意見が交わされ「推進体制の構築」に大きく漸進することが出来ました。
特に、成否のカギとなるのは商人塾の取り組みであり、現段階にいては一期生の実践・繁盛店づくりの結果を出すことであると確認され、店づくりの推進にさらに注力することが決心されました。

 会は終始、和やか&熱心に取り組まれました。なかにははじめて参加される人もありましたが、結論についてはしっかり理解、合意されたと思います。
年が明けると、各商店街ごとの勉強会が開催されることになります。
 あらためて感じたのは、基本計画が出来たらなるべく早くこういう勉強会を開催することが不可欠だということ。
 しかし、こういう勉強会を開催しているのは、takeoの知る限り全国唯一、与論町だけではないかと思いますが、いかがでしょうか。

 商業者を中核とした推進体制の構築、すなわちマネージャビリティの構築には、商店街組織の活性化は不可欠ですが、商店街組織には商人塾受講者が点在しており、取り組みのコアはすでに確定しています。

 商人塾は、マネジアビリティの構築作業という側面をもっていることは先刻ご承知のとおり、基本計画の推進には推進能力の構築が必要だと分かったところから順に商人塾への取り組みが始まる次期を迎えているようです。

マネジメント 受ける側の体制は?

 中心市街地、商店街活性化の取り組みについては、「タウンマネジメント」の必要が強調されています。
当サイトでも特に「商業集積としての充実」を実現していくための「店ぞろえ・品揃えの最適化」を中心にマネジメントの必要性とその具体的な取り組みのあり方を論じ、問題状況にかんがみ、「マネジメント能力」を整備することの重要性を指摘しています。

 マネジメント能力を装備することの難しさは、関係の皆さんが日ごろ痛感しておられるところですが、さらに、マネジメントを受ける側、すなわち、「テナントミックス」を構成する側の、マネジメントを受け入れ、それぞれの店作りとして実現していく能力は備わっているだろうか、という問題があります。
これは、劣化スパイラルに陥っている既存店舗はもとより、空地空き店舗に導入する新規テナントにも共通することです。
一般にわが国の商業集積では集積のコンセプトからトップダウンで「テナントミックス計画」が立案され、それぞれのポジションに最適のテナントをリクルートする、という手法は定着していません。
「元気がなくなったテナントを元気のいいテナントと入れ替える」ことがテナントミックスマネジメントだ、というのが常識です。
もちろん、既存個店群が基本計画で示された商業集積の実現を担うテナントミックスの一員としてのポジションを担うべく、タウンマネジメントを受け入れ、店作りに実現していく能力などは持っておりません。

 これをどうするか?gという問題がありますね。
タウンマネジメントを受容し実現していく基盤をどう構築するか、ということであり、タウンマネージャーさんなどはいち早く問題の所在に気づき、しかるべき手を打たないと施策が空回りすることになります。

 商人塾的取り組みが急がれる所以です。

商店街マネジャー制度

 本年度新設された商店街支援制度である。

 商店街が街を一個の商業集積と見なして集積効果を発揮するためには、さまざまな活動が必要であることは言うまでもない。特に、街を一個のショッピングモールと見なして内容を充実させていくことが全ての取り組みに優先することは、あらゆる機会に申しあげてきたので今回は触れないことにする。

 モールを目指さないにしても、組合はショッピングセンターがそうであるように、統一したイベント、サービス事業に取り組みそれなりの成果を挙げてきたし現在もそうしている。ところが顧客が成熟して来るにつれて、従来のレベルの活動では思うようにお客の支持を得ることが出来なくなってきた。イベント、スタンプ、空き店舗等々、どの事業をとっても商店街の活性化、個店の活性化という究極・最終目的の達成にはつながらなくなっている。
 環境が大きく変わっている今日、これまでの活動のあり方を抜本的に見直し、組合員に「なるほど、こういう事業をやれば活性化できるかも知れない」という希望を持たせるような事業に取り組まない限り、街が・個店が活性化することは絶対にあり得ないことはこれまで申しあげてきたとおり。

 この時、大切なのは、マネジメントである。商店街のマネジメントとは、活性化に向けた実効ある計画の立案~取り組み過程の統制~各事業の結果の評価・判断~それらを踏まえた新しい段階の計画立案~・・というプロセスを基本計画に基づいて推進していくことであるが、残念ながら商店街にはこのような能力が備わっていない。また、基本計画にもそのような任務に堪えうる内容が備わっていない。

 このような状況にある商店街で、活性化の計画をいくら立てても、ハード事業以外はまず成功しない。なぜなら商店街活性化への挑戦は数年間に渡ってこつこつと取り組まないとなかなか効果が出ないものばかり、計画に基いて実行し・結果を評価し・新しい計画を立てて、という継続的なマネジメントが不可欠なのである。にもかかわらず、残念ながら多くの商店街にはこのような能力がない、無いどころかその必要性すら分かっていないところが多いというのが実状である。

 とりわけここ数年は、不況に加えて役員の高齢化、若手の組合活動への無関心などから、従来のレベルの活動さえままならないというところが増えてきている。大変な事態である。一方では鳴り物入りで商店街活性化は国家的事業であると言われ、多種多様な活性化メニューがそろえられているが、肝心の商店街にはそれらのメニューをうまくミックスして使いこなし、活性化を実現していく能力すなわちマネジメント能力が備わっていない。

 前置きが長くなったが、標題の商店街マネジメント支援制度は、このような商店街の実態を直視して、不足しているマネジメント機能を持たせようとするもの。商店街マネージャーという職能を設け、これを最長3カ年間、当該商店街に常駐させてマネジメント業務にあたらせるという、まことに画期的な事業で昨年度始まった「事務局機能強化アドバイザー」と並んで本当に商店街に必要な支援である、と声を大にして申しあげたい。

 申しあげついでにその運用面について若干の希望を書いておきたい。ま、ここに書いたからといってどうなるものでもないが、縁あって拙文を読まれる巡り合わせとなられた関係者は何かの折りには思い出していただきたい。

 第一に、補助率について。
 国・都道府県がそれぞれ1/3宛を補助、組合が1/3を負担する、というスキームである。近年、商店街関係の補助金の多くがこのようなスキームになっていることはご承知のとおり。自助努力について意欲のあるところを集中的に支援していく、という基本方針からその意欲の有無を自己負担能力の有無に置き換えて判断することになっている。これは実際、困ったことです。商店街マネジャー制度は、組合専従職員もいないような弱小組合を対象に想定しているが、職員がいないのは財政規模に原因があることは分かり切ったこと、つまり、1/3という経費の自己負担は、商店街マネジャーの常駐が必要な規模の商店街には大変困難な問題だと思う。

 ここで疑問なのは、いったい、商店街活性化の一方の受益者である地元市町村は、この取り組みに対してなんの義務も無いのか、ということである。市町村が商店街活性化の紛れもない受益者であることは次の機会に詳しく展開するが、とにかく、長きに渡って商店街活性化といえば国、県、商工団体、商店街の事業であり、市町村はどういうわけか「基本計画やビジョンづくり以外の取り組みからはすっぽり抜け落ちていた。この結果、現在、多くの市町村で商業に通暁した職員が育つ契機を欠き、結果、基本計画は作ったものの、以後の推進に指導的な役割を果たすことが出来ない、というところがほとんどである。ま、それはさておき。

 1/3の自己負担については、財政難の組合に全てを負担させるのは困難、市町村がなにがしかの応援をするのが妥当と思うがいかがなものだろうか。商店街が疲弊、崩壊して一番困るのは行政当局なのだが、意外と自覚されていない。私が憎まれっ子を承知で駄文をものするのも、一度崩壊すると再建は不可能なことが目に見えているからである。市町村は、商店街マネージャー制度の活用による街の活性化への取り組み再構築を実現するため、補助率のアップを実現すべきである。そうしないとせっかくの制度があなたのまちの商店街を素通りしていくことになる。

 次に、商店街マネージャーの資質。
これはいささか気が重くなる話題だが、あえて言っておこう。商店街活性化の取り組みをマネジメントするということは、ショッピングセンターでいえば、デベロッパーとオペレーション会社の両方の機能を兼ね備えておかなければならないというとてつもない大仕事である。さらにいっしょに取り組む仲間は昔から一国一城の主とかいわれ、あるいは先代からの因縁があったりと何かとまとまることが難しい要因もあって、とてもショッピングセンターのテナントを核店舗のマネージャーが牛耳る様なわけには行かない。商店街マネジャーには多分、タウンマネジャー以上のスキルというかなんというか、曰く言い難い能力が必要であることは火を見るより明らかである。

 また、必要なスキルを持った人材がいたとして、彼を3年間にわたって常駐させ、あげくお引き取りを願うというのも虫のいい話と言われるかも知れない。第一そのようなスキルを持った人材が右から左へ見つかるものだろうか?

 このように考えてみると、地元に格好の人材がいた、商工会議所の経営指導員である。。彼らならそれなりに商業問題について造詣も深く、なによりも地元の商店街と信頼関係も強い。幸か不幸か広域化や補助金縮減などで人員縮小の可能性が高まってきている折りから、地元に商工指導スキルを維持するためにも良い方法だと思われるが如何だろうか。
地元商店街の活性化という大変意義深い仕事に専念してみようと思う指導員さんは、志願して見たらどうだろうか?

 第三に個店の活性化。
いつも言うとおり、商店街の事業でもっとも難しいのは個々の店舗の活性化。これはそれぞれのお店の店主が商業の専門家であり、彼の仕事だろうというのが根本的な間違い。
これははっきり言っておきます。彼らは〇〇商店の店主ではあってもけして商業経営の専門家ではないのであります。彼が何とか経営できたのはバブル期までの時点であり、現在ではもはや自店を維持する店主としての活動さえおぼつかない、というのが実相です。

 したがって、街の活性化の最大の眼目・個店の活性化への取り組みの全体的なマネジメントこそが商店街マネジャーのもっとも緊要な仕事となるが、果たしてこの制度がそのあたりまで見切って作られているかどうか、各地の取り組みを注視したい。とはいうものの、果たして何カ所の街がこの活性化にとって不可欠な制度の導入にこぎ付けるることが出来るのだろうか。

*****************

以上、Daily Flash 過去記事(2001.8.2) からの引用でした。
あれから7年、取り組みのありかたはほとんど変わらず、もちろん、中心市街地をめぐる状況は激変のさなかです。

新たな施策として「商店街企画会社」が例示されたので来年度は「商店街マネジメント」ごっこが流行るかも知れません。
とっくにお忘れかも知れませんが、7年前にもこういう話があったのでございますよ。

活性化のミッシングリング

 日本全国、数十年にわたって明けても暮れても取り組まれているのにほとんど成果が挙がらない商店街活性化。

 点、線から面への取り組み、来年度はぐるっと回って個店と単位商店街の取り組み重視という方向のようですが、さて、どうなりますか。

 活性化のシナリオを読み解いてみますと、とんでもない「欠落」があることが分かります。

①ソフト&ハードの商店街活性化施策に取り組む
   ↓
②集客に成功する
   ↓
③集まったお客が買い物をする
   ↓
④商店街が活性化する

というシナリオですね。
筋の通った取り組みですが、大きな問題が③にあります。
お客が買い物をするのは各個店の売場、すなわちシャッターの内側ですが、もちろん、ほとんどの個店の売場は「劣化スパイラル」に陥っています(陥っていなければ活性化に取り組む必要はない)。
シャッターの内側、つまり「買い物の場」が劣化している商店街に施策に誘われてやって来た人が「買い物客」になれるでしょうか?

 もちろん、なれませんね。
この人たちは、ちゃんと日頃買い物に使う「買い物行き先」を持っており、ほとんど不自由を感じていませんから、何も商店街に来たからと行って劣化しているお店を買い物の行き先に使う必要は無いわけです。

 ということで、いくら施策を講じても商店街が活性化出来ないのは、
①ソフト&ハードの商店街活性化施策に取り組む
   ↓
②集客に成功する
   ↓
③集まったお客が買い物をする
   ↓
④商店街が活性化する

というシナリオのうち、③が実現できないから。
③が実現できないのは、軒を連ねる個店の売場が劣化しているから。

 つまり、これまでの取り組みには「劣化している個店の売場を改革する」という不可欠の取り組みが欠落していました。シャッターの内側の不備を外側の施策で補強することはぜったいにできませんから、活性化のシナリオには、本来なら絶対に避けることの出来ない最重要の取り組みが欠落していたわけです。
ミッシングリングですね。

 個店の売場の改革にどう取り組んでいくか?
中心市街地・商店街活性化の最大の課題ですが、当社を除いて誰もこの問題を指摘している組織・個人は無いようです。
さしあたり、第一線で取り組んでいるTMO、まちづくり会社、タウンマネージャーさんなどはイの一番に気づいて、問題を指摘し、対策を講じるべきところ、なんの音沙汰もありません。

 次年度の商店街施策では「個店の経営支援」がうたわれていますが、さて、喫緊の課題である「売場の改革」についてどのような「方向と方法」で取り組むのか、もちろん「施策」はそこまで具体的な指示は出来ませんからそれぞれの都市が能力全開で企画しなければならない。
でも、これまでの取り組みで「ミッシングリング」になっている問題ですから、右から左に有効な施策が立ち上げられるとも思えません。

 そこで登場するのが当社提案の「行動計画」の作成という取り組み。
商店街、構成する各個店の状況いずれも現状見てのとおり、というポジションからスタートして「郊外型全盛時代の中心商店街」を「ショッピングの場」へと転換していく行動を計画しなければならない。
取り組みの方向と方法、計画立案を提案しているのは当社だけです。

 考えてみれば、『基本計画』はこの「行動計画」が先行作成されていてはじめて稼働するスキームだったとも言えます。

 活性化のミッシングリング、きっちり対処しないと活性化のシナリオは稼動しませんが、さて、どう取り組みますか?

誰もが理論を使っている

 “どのような知的影響とも無縁であるとみずから信じている実際家たちも過去のある経済学者の奴隷であるのが普通である”

        ― ケインズ『・・・一般理論』最終章

 これをもじれば。
 “自分たちは、「理論」などという仮設などには頼らず、もっぱら具体的な事例に基づいて仕事をする”と主張している実務家も、モデルとする「具体的な事例」は「仮設」に基づいて実践されている以上、それを踏襲する実践も仮設=理論から自由であるとは言えないのでありまして。

 そのことを自覚しないまま「理論」を拒絶するのは、具体的な事例を導いている「理論」にそれとは知らずに従っている、つまりは盲従している、ということです。
 付言すると、その盲従した事例も無自覚のうちに「誰かの理論」の奴隷だったりすると・・・。

 せっかく批判的にものごとを見ることが出来る条件を備えていながらその権利を放棄しており、自分では気が付かないまま、ある「理論」の奴隷になっている、とケインズ先生がいう喝破したとおりが現出するわけです。

 さしあたり、藻谷氏の言説などは基本仮設のレベルで商店街前世代が抱懐していた理論に無自覚に追随しています。
「店前通行量が増えると店が繁盛する」という・・・・。

 「理論と実践」の関係を自覚していないと何が起こるか?
明示的にていきされる理論への拒絶と「事例」への根拠のない支持。
その結果として起きるのが、誰かが「成功事例」と評した取り組みへの無批判的な雪崩現象です。
ブレーメンの笛吹を演じるのは誰か?(笑
雪崩をうっている人たちは、自分では気がつかないまま「理論抜きで事例に学べ」という理論を採用しているわけですが、こういう立場を採用している人が「繁盛店づくり」に成功することはありません。

 “奴隷になって実行すれば成功する”という「繁盛店づくり」の成功事例はありません。

 もちろん、わが商人塾が推進する「繁盛店づくり」は、事例盲従では実現できません。同じ塾生の成功事例に盲従することで自店の繁盛を実現する、ということもあり得ない。

 皆さん、もっと「理論」について重視していただかないと、中心市街地活性化のみならず、急変している問題状況への対応に成功する可能性が高まりませんよ。

 繰り返しになりますが、中心市街地活性化の取り組みには、「理論」についての理解が欠けています。
仕事に取り組むにあたって「理論」などは無縁だと思っている人が圧倒的です。

 ところが、「理論に無縁と思っている実践は、過去の誰かが考えた理論の奴隷である」わけですから、けして理論と無縁というわけにはいきません。
その取り組みは、無意識のうちに従来的(成功しているとはとても言えない)仮設の罠にはまっているため、成功するはずがありません。
 
 このことを理解すると、適切な理論をどう選択するか、ということが喫緊の課題であることが自ずと理解されます。
適切な理論が具備しておくべき条件とかも考えてみなければならない。

 ということで、問題はだんだん哲学の領域に入っていくのですが、哲学の勉強は「既存理論の奴隷」状態から脱出するためには、不可避の作業かも知れません。

商店街企画会社

 中小企業庁がことし10月に発表した「新たな商店街活性化施策について」に登場しています。
詳細はまだ分かりませんが、“意欲のある商店街、担い手による取り組み”を支援する施策として21年度に提案されると思われます。

いろいろと考えさせられるところがあります。
中心市街地に限れば、商店街活性化を推進ないし支援する組織としてTMO、活性化推進協議会、まちづくり会社などが設置されています。にもかかわらず、あらためてこのような組織を ―中心市街地内部を含めて― 新設する必要がある、ということですね。

 創設が推進される「商店街企画会社」の仕事としては、
①商店街活性化計画の作成・運用
②商店街マネジメント(テナント戦略)
③個店経営支援
④コミュニティ施設の設置・運営
などが例示されています。

 会社に対する支援の「方向性」としては、「商店街活性化計画へのソフト・人材・資金の総合的支援」ということで、常駐マネージャーの派遣や商店街活性化ノウハウ・人材の提供などが挙げられています。
21年度の予算要求は「社会課題対応等中小商業再生事業」が29.7億→53.7億と格段に増額されています。

 すぐ浮上する問題は、
①支援の対象は「意欲のある商店街・担い手」とされているが、何を基準に意欲の有無を判定するのか?
②TMOなど既存の類似組織がうまく機能していないのに、新しい組織の活用は大丈夫か?
③「個店経営支援」は「繁盛店づくり」でないと目的を達成できないが、そのつもりがあるか?
 あるとして人材やノウハウはどう用意されるのか?
といったことですね。

 そこで問われるのが制度を利用しようとする商店街側の能力です。新しい制度を使いこなすには、少なくとも当社流商人塾レベルの理論武装が必要ですが、これを商店街単位毎にどう確保していくのか?

 都市が中心市街地を含む商店街活性化策としての採用を検討する場合は、既存の組織についての総括をしておかないと、機能しない組織を積み重ねるだけに終わってしまうことが懸念されます。

 「商店街活性化計画」については、基本計画の前に各商店街ごとに作った「商店街活性化構想」が思い出されます。これをホッジキスでまとめたのが「TMO構想」、基本計画の骨格であったことはもはや覚えている人が少ないかも。

 いずれにせよ、商店街側に相当の能力が要求されることは間違いありません。
まずは「商店街活性化計画」の作成がカギでしょう。
計画作成のプロセスでどれだけ「勉強」することが出来るか。
新しい制度の成否はここに掛かっていますが、さて、これを機会に「商人塾」に取り組むことが出来るかどうか、
ということもありますね。

このテーマは【商店街起死回生】で取り上げます。

推進体制と商店街組織

 基本計画において商業活性化の目標を“ショッピングモールに見立てrた再構築”や“都心型商業の再構築”など「「商業集積としての活性化」という方向で掲げている都市は多いと思います。
中活法のスキームは、中心市街地所在の商業集積群を「面」として活性化しようという趣旨ですから、当然のことです。
もちろん、既存の商業集積つまり商店街や大型商業施設の活性化も取り組まれなければならない。

 この間の取り組みで明確になっているとおり、商業機能の活性化(繁盛再現)は、シャッターの外側の取り組みだけで実現することはできません。集客施設やイベントがどれだけ人を集めようが、個々の店舗・売場が「買い物の場」として充実していない限り、「買い物」は発生せず、商業施設が繁盛することはありません。毎度述べているとおり。

 商店街の活性化の目標は、そこに立地する個々の店舗が「買い物の場」として整備・充実することで、商圏としている地域の住民から「ショッピングの場」と評価されること、です。

 商業活性化の取り組みで不可欠なことは、個店、個々の売り場を「買い物の場」にふさわしく転換していくという仕事であり、「ショッピング行き先」としての魅力を備えた店舗が軒を連ねること、これが商店街活性化の取り組みの目標でなければならない。
もちろん、個々の売場の活性化は、店舗毎にシャッターの内側で取り組まれなければならず、この仕事を代替できる手段はありません。

 このような、当然といえば当然の視点から「認定基本計画」を読んでみますと、商店街組合など既存の商業者組織の位置づけや、現状分析、組織活性化を実現する上での課題や取り組みなどについてはまったく触れられておりません。
これはどうしたことか?

 基本計画には計画を推進していく体制の構築についても計画することが定められています。
読んでみますと、庁内の組織と活性化協議会についての規定でお終い、という計画の多いこと。
既存商業者組織の現状や課題、活性化の方向と方法などについての取り組みを掲載している計画は皆無。

 そんな計画で本当に商業の活性化が実現できると思っているのか、それとも補助金継続の目処が立ったからよしということなのか、推進体制に商業者組織がまったく入っていないのはどういうことか?

 商店街が空洞化の一途をたどっているということは、商店街組織の活動、能力も劣化スパイラルに陥っていることを意味します。 それは組織を構成する各個店の経営の劣化を反映している側面があるかも知れません。
商店街組織の現状・課題について「知らぬ顔」の基本計画がまかり通っている、ということは何を意味するのか?

 認定が済んだ基本計画、従来とは抜本的に異なる方向と方法を決定し、動きがスタートしている、というニュースはまったく無いようですが、基本計画搭載の従来的事業を継続するだけで、計画期間中に「商店街活性化」実現のめどが立つとホンキで思っていますか?

 商店街組織、現状見てのとおりというところからスタートして、組織の活性化と個店の活性化に同時並行して取り組んでいくシナリオがあってはじめて「中心市街地活性化基本計画・商業の活性化」ではありませんか?

 さしあたり、専門家としての任に当たっているタウンマネージャーさんは、このことについて問題意識の共有を図ることが最優先の課題です。
個別空店舗の入居勧誘などはずうっと後の話です。

「商業集積」を理解する

 「理論」は簡単にいえば、“対象について理解していることの説明”です。
ものごとの「定義」とは対象についての理論的説明のことです。
「状況」の説明は、定義された「対象」の関係を叙述することで行われます。関連するものごとの定義は、それぞれ密接に関連しており、その関係の叙述が理論だと見ることも出来ます。

 「定義抜き」で使われている専門用語は、「当の専門用語が指し示している(であろう)対象について理解しないまま」使われているもので、こういうレベルで専門用語を飛び交わせながら交わされる議論、その上に成立する合意、決定される基本計画、という三段重ねですから、実効性とか商業者がその気になって商売を賭けるなどと言うことは期待できない話です。

 といった基本中の基本を踏まえれば、商店街活性化とは商店街がどうなることか、という定義が前提として共有されていないと話にならないわけですが、きれいにスルーされていることはご承知のとおり。
そもそも商店街とは何か?という話もありますし、商店街を含む「商業集積」ってなんだ?という定義も共有されておりません。

 商業界、商業学界は、理論を立てる上ではイロハのイの部分がどういう扱いになっているのか、よくわかりません。
ちなみに当社の理論は「セルフメイド」です。

 ということで、今さらながらではありますが、「商業集積」について考えてみたいと思います。
今さらながらではありますが、これを抑えておかないと「自分の商売」を定義=理解することが出来ません。
理解できないと環境の変化に対応することができません。

消費購買行動
  ↓
(環境の変化)
  ↓
消費購買行動の変化の予測
  ↓
対応行動

と考えれば、一目瞭然です。

 自分の商売が定義できていない=百貨店、量販百貨店、ファションビルなどなど大型商業施設の軒並みの不振は、店づくりと消費購買行動の冠生じているギャップが引き起こしていること、商店街立地のお店も右に同じ。

 「商業集積」を理解することで、あらためて「業容」についての理解が深められるといいですね。

テナントミックスとタウンマネージャー

 商店街活性化ではおなじみの用語。中心市街地活性化基本計画でも「定番」になっています。
当サイトの常連さんにはよくご承知のとおり、本来これは
1.計画的に構築される商業集積における
2.「売場構成」を
3.複数の企業で構築する
というビジネスモデルにおける「売場構成」を意味します。
つまりテナントミックス=売場構成ですね。
したがって、本来テナントミックスは「計画的商業集積(例えばショッピングセンター)」の構築という上位課題のもとで使われる手法です。
 もちろん、「計画された商業集積」の「計画」には当該商業集積が受け皿となることを目指す消費購買行動を基礎とした集積としてのコンセプトが定められているのが通常です。
 
 商店街活性化において用いられる「テナントミックス」は定義無し、背景知識(上述のような)無しで使われます。この用語で何を意味し、何を実現したいのかさっぱり分からない。あらためて問いただされると使っているご本人もあらためて「分からないまま使っていた」ということです。

 商業集積と一くくりで言いますが、
1.計画的に作られた商業集積 と
2.自然発生~成長した商業集積 
があることはご承知のとおり。
1.の経営手法をまんまで 2.の活性化に利用するというノリは出来ない相談です。「核」を連れてきても集積としての活性化は実現できない、先行事例がさんざん実証しています。

 商店街活性化の取り組みで「テナントミックス」手法を使う場合、あるべき取り組みとしては
「自然発生的商業集積を(活性化するために)計画的に変化させる」という上位目標―計画があり、この計画に基づいて
1.既存個店群の転換
2.空地空店舗への新テナントの誘致
などに取り組むことで「テナントミックス」を実現するのが、「商店街活性化施策としてのテナントミックス」です。

 この場合の「テナントミックス」は、
1.ショッピングセンターなどのテナントミックス
2.従来的商店街の空店舗活用
とは異なり、
「自然発生的商店街が、あるべき商業集積としてのビジョンを描き、それを実現していく手法」
になるわけですね。
 
 したがって、商店街活性化におけるテナントミックスは、
1.個店が「あるべき商業集積」の機能を分担する業容へ転換する
2.空地空店舗にしかるべきテナントを誘致する
という二つの仕事を総称したもの、ということになる。
誰がなのために使うかによって、テナントミックスという仕事の中味が変わるわけです。
商店街活性化の場合、重要な①の仕事がある以上、「テナントミックス」を実現する仕事は漸進的になること、もちろんです。

 ショッピングセンターのテナントリーシングや商店街の空地空店舗への開業者誘致とはまったく異なる内容になりますからご注意あれ。
中心市街地という複数の商業集積群を内包している商業街区のテナントミックスの場合、問題はさらに複雑になることはご想像のとおり。

 したがって、テナントミックス=大型商業施設が得意、タウンマネージャーには大型商業施設の経験者を、という短絡が如何に「間違い」であるか。
いつも申しあげており、かつ、先行事例で実証されているところです。

 タウンマネージャーにふさわしいキャリアは、わが国ではまだ確立していません。適切な資質を持った個人を「一本釣り」するしか無いわけですが、そういうスキルが声の掛かるのを待っていることはなかなか想像し難いことですから、適格者が見つかったら三顧の礼で迎えることになります。

 見つからない場合は、自前で育成するしかありません。
タウンマネージャーに指導してもらいたい商店街活性化ですが、肝心のタウンマネージャーを育成しなければならない、という問題があるわけですね。

 タウンマネージャーをどう確保するか。
気にしている人はまだ少ないのですが、これから大きな「戦略課題」になってくるはずです。
当社のお奨めは、地元で計画的に育成すること。
活性化に取り組んでいるプロセスから人材が現れてくる、というのがいいですね。
このプロセスをどう計画するか、という課題については外部の支援が必要かも知れません。

 当社のお奨めは「商人塾にみんなで取り組む」ということです。ご承知のとおり。

 こういうソフトな領域の問題を的確に把握してしかるべき手を打つことが出来るかどうか。
このあたりに商店街・中心市街地活性化の成否が掛かっている、というのがtakeoの見立てです。

 来週は、新たに基本計画を作成した都市で、このような問題情況への取り組み方について、活性化協議会の議論に参加します。
テキスト原稿を作成して送ったところですが、こういう取り組みを経過しないと、推進体制もTMOも本来の「あるべき形・機能」は実現できません。

時機は熟している

 時機未成熟原理:商人塾などの提案への「反対派」の言い分は、“提案内容はもっともだが、うちのまちでは時機が熟していない、失敗しては元も子もないので、もう少し時機をみはからって”という理解あるお言葉。
商人塾など、これまでとは異なる路線が提案されたときに守旧派が使う逃げ向上ですが、商店街の状況などを考えると、思い当たることが無いわけでもありません。
いわれたほうも当初の意気込みはどこへやら、そういえばそうだった、ということになったりします。

 気をつけなければいけないのは、このコトバは提案されたことについて、「まったくそのとおり、ぜひとも取り組むべきだ」と問題意識を共有した上で発せられるものではない、ということです。
状況からしてさすがに「反対」と正面切って言えない時に使われる逃げ口上です。

 時機は熟しており、いますぐ適切に対応することが求められています。この「時機」への対応を提起しているのに、時機未成熟とは何ごとか。そういっている間も時機はドンドン悪化していきます。

 「時機未成熟」という主張に対しては、明確に対案を出してもらうべき。
対案には、
1.今、状況はどうなっているか
2.対応努力はどうなっているか
をきちんと説明した上で、
3.取り組むべき努力の方向と方法を明示する
ことを求めなければならない。

 未成熟論者には最低でも
1.時機未成熟の証明
2.時機が成熟するという条件の説明
3.時機を成熟させるために考えている手段
などは明らかにさせなければならない。
これが出来ない「未成熟論」は、反対のための口実似すぎない。

 「時機」は「成熟」しており、これ以上手を拱いていることはむざむざ再起不能に陥ってしまうことを意味します。
こういうことを言う人を相手に「合意形成」とやらに荏苒時間を費やすことは、それこそ時機を失することになりかねません。

 場合によっては“有志が先行してモデル的にやってみる”ということを選択しなければならないこともあり得ます。

 それとも反対派のあることをもって「時機未成熟」と納得しますか?

内需、拡大か転換か

 来年度、「財政再建」路線から転換することが決定されました。金融バブル崩壊以降の「景気対策」だそうです。歴代政権の「財政再建路線」が社会保証制度の劣化をもたらしただけ、という事情もあります。

 必要なことは、新しい経済活力をどこに求めるか、ということでありまして、入ってくるあて(すなわち新しいビジネスチャンス)があるなら投資はやぶさかではない。

 根本的な問題は、経済の行く手についてビジョンが無い、ということ。
情況に鑑み、財政再建を一休みして景気回復に努める。
緊急避難的なノリですが、そんなことで本当に良いのか?

 道路工事などでばらまいたお金、地方は匂いを嗅がされただけ、大半は構造的に東京へ舞い戻る仕組みになっていますから、公共事業で地方の経済活力が出るはずがない。
地方でお金が回る仕組みを考えなければ、いつまで経っても経済活力の向上は実現できません。

 これからの景気対策、錦の御旗となるのは「内需拡大」に決まっています。拡大しなければならない、拡大しないと困る内需がどこにあるのか? もはや拡大の余地無し、ということは「店あまり・もの余り」の商業施設を見れば明らかです。

 いまや問題は内需の「拡大」ではなく「転換」でなければならない。
その意義および方向と方法について:
『ラグジュアリィが日本を救う』

 これから「内需拡大」という大合唱が始まるわけですが、どの方向にどのような方法で拡大するのか、しっかり提起できる人がいるでしょうか。
世界同時不況ですから内需に目を向けるのは当然ですが、問題は「もの余り」において拡大する内需っていったい何だ?ということです。
内需拡大をいうならその「方向と方法」まで提起しないといったことになりません。

 エコノミストの試金石です。

各地の動き

 今年、当社の活動範囲ではこれまでとは明らかに違う様相が見えてきました。

商店街活性化の主役は商業者自身である。
自助努力の組織化とテナントミックス手法の活用で「買い物の場」を再構築する。
という、実効性が分かりやすい方針・方向・方法を共有する人が確実に増えてきました。
メディアでも紹介されるようになった取り組みの結果を見れば、当然のことかもしれません。
金融バブルの崩壊をうけて事態は切迫しており、「時機未成熟」などといっている余裕は無くなりました。時機は未成熟どころか危機にまで進んでいますから。

 多くの都市では既に年内の事業は終わっている時期でしょうが、
①商店街単位で取り組まれる商人塾がこれから発足します。
②年が明けると第二週からTMO主催の商人塾がスタートします。
いずれも意志決定からスタートまで二ヶ月足らずでのスタートです。
目下その準備が続いているところです。

 これからも新しい取り組みが増えていくことと思いますが、何しろこれまで例を見ない方向と方法ですから、当然、その意義が理解できず、あるいは理解しょうとせず、転進を嫌がる向きがあります。
「商業者の自助努力」が中心となるのが気に入らない関係者もいたりします。“まちづくりは○○の仕事だ”らしいのですが、いままでやって来たことを振り返ればそんなことはとてもいえないだろ、などと思うのですが、しゃあしゃあと言えるところがすごいですね。

 先日も話したことですが、これまでに作られた『基本計画』のうち、「商店街活性化の主役は商業者」とか、「取り組みの中心課題は、自助努力の組織化による商業の高度化だ」といった方針なり方向なりを打ち出している都市はほとんど無いようです。

 中心市街地・商店街活性化を推進していく上での商業者・商業者組織の役割など一言半句も書かれていない計画もたくさんあります。
なんだか、商業者は関係各方面から「救済」の手をさしのべられている「被害者」「弱者」のようです。
そういう意識がある限り、商店街がショッピングの場として再生することはゼッタイに出来ません。
「ショッピングの場」をそれとして認めるのは消費購買客だけ、だれも「補助金」などで消費購買客の代わりを努めることが出来るわけがない。
商業者を救済することは出来ません。
「買い物の場としての再構築を目指す自助努力の組織化」だけが、独立自営商業者の将来を切り開いていきます。

 既にお知らせしているとおり、「商人塾」については実施に向けて行動中の団体・組織が多くなっています。
当面、takeoが一人で全日程を担当しますので、受託には限りがあります。
実施時期については相互の調整が必要です。
取り組みを希望されるところはとりあえず「仮予約」ないし「頭出し」をどうぞ。
事業最盛シーズン(7月~11月)あたりの実施は難しくなるかも、です。

毎日新聞のインタビュー

 既報のとおり、甲府商人塾に参加のおり、インタビューを受けました。
先に報道された商人塾の記事を書いた記者さんで、以来、ずっと追跡されているそうです。
取材は2時間にわたって、中心市街地活性化の一般論から甲府市の中心市街地活性化が直面している問題まで。

 その結果が12月4日の県版に『甲府は大丈夫』という特大見出しで紙面の1/4を使って掲載されました。

「大丈夫」の意味は“商人塾で実証された方向と方法で推進すれば大丈夫”ということです。もちろん。インタビューを受けた記者さんは、甲府市中心市街商人塾をずっとフォローされている人。
インタビューは、「中心市街地活性化の方向と方法」や他都市の取り組み例なども含め、2時間に及ぶものでした。

 こういう記事が出るについては三つの条件が整っていることが前提になります。

第一に、市の担当者が当サイトに注目、精査の上商人塾の開催にこぎ着けたこと
第二に、参加した商業者が仮説ー試行を体得、繁盛を実現したこと
第三に、記者が取り組みのプロセスおよび彼らが目指す「方向と方法」に強く関心を持ったこと

 以上、三つの条件が揃わない限り、この記事は成立しませんでした。
記事を読まれる際はぜひこのことに留意してください。
記事が表現していることは、「第一~第三」についてでありまして、takeoはいつでもどこでも同じことを提唱する「口舌の輩」でありまして、それをヒントの一端として繁盛及び活性化を実現できるのは個別具体の商業者以外にありません。

 「その気になる」取り組みに成功した皆さんは、それを持続発展させながら、平行して商店街の仲間を「その気にさせる」取り組み、関係各方面のトップ以下を「その気にさせる」という仕事に取り組んでいくことになります。

 中心市街地・商店街活性化への取り組みは、いよいよこれからが本番です。
「甲府は大丈夫」とは、皆さんだけが言える言葉、来年はぜひ中心市街地の「合い言葉」になるよう頑張ってください。

 以下は一般論です。

 このプロセスの入り口に記事に書かれている「二年目のジンクス」が待ちかまえています。
ジンクスの登場にはいろいろな理由がありまして、いまではほぼ解明されています。
それを踏まえて甲府市をはじめ各地の商人塾では、ジンクスに陥らないよう、陥る前の対策を講じられているところです。

活性化、いままでの失敗はこれからの成功のもと

 コンセプト、ショッピングモール、ショッピングセンター、テナントミックス、コンパクトシティ、コミュニティ、グランドデザイン 集客核、賑わい、まちなみ、まちなか、まちづくり

どこの「基本計画」にも普通に散りばめられている専門用語ですが、さて、一つ一つのコトバの意味は? とチェックしますと、まったく、全然、これっぽっちも説明されておりません。
そのデタラメぶりをTETSUさんとぶちまけてみました。

ぼろくそですが、たぶん、関係各位は言い返せません。

 まあ、なんですね。魚がそれとは知らずに水を利用しているように、定義抜きの専門用語があたかも固有名詞でもあるかのように使われているわけです。魚はそれでよろしいが、人間はそうはいきません。環境に働きかけて環境を変えなければならない。お魚と人間の違うところです。

 専門用語、魚的な使い方でことが済めばいいのですが、もちろん、そうはいきません。
多くの中心市街地の取り組みがうまく行かない根本原因は、「コトバの使いかた」に無頓着なところにあります。
無頓着は、取り組みの中核となるべき「商業者」の存在・問題の無視に直結しています。

 何を意味しているのか使っている本人が理解していないコトバを羅列しておいて、それとは無関係にハコやイベントに取り組む、それで活性化できるくらいなら、全国津々浦々の商店街、とっくの昔に活性化していなければならない。
しているはずです。なんちゅうこった。

 ところが「ものは考えよう」でありまして。
もし、中心市街地活性化の方向と方法をきちんと確定し、もちろん利用する用語もすべて適切に定義し、体系的なシナリオを作ったうえで取り組んだ結果、活性化できなかった、と言うのならこれはほんとに一大事ですが、目標はキャッチコピー並み、方向と方法・シナリオは無し、使っている専門用語はチンプンカンプン、という情況での「取り組み」ですからうまく行かないのが当たり前です。
したがって、取り組み方を変えればなんとかなるかも知れない、という希望がある(笑

 キモに銘じておくべきは、今回もまたちょっと話を聞いただけで「目からウロコが」落ちないように注意することです。
「目からウロコが落ちた」というのは、これまでのウロコに代わって多少明るめの別のウロコがくっついただけ、ということもありますからね。
まず、「ウロコが落ちた」と思う前に眉につばを付けてお話しの前後左右をよく確認してみること。

 新しい取り組みの方向と方法、いろいろ提案が出てくることを期待したいですね。

基本計画に商業者の顔が見えない

 先月、13都市の中心市街地活性化基本計画が認定されました。
およそ2年間の間に70都市の基本計画が認定されたわけです。
認定された都市の情況はどうなっているか?

これがもう、判で押したようにうまくいっておりません。
計画されている事業の進捗状況は、都市により様々ですが、取り組みが進んでいるところもそうでないところも一様に「劣化、空洞化のスパイラルは止まっていない」ということです。
恐るべし、ですね。

 基本計画の「経営」について。 
年が明けると、一号認定の二都市を筆頭に「年間総括」を提出する時が来ます。1年間の取り組みの結果、目標達成の進捗状況を報告しなければならない。経営にとって「目標数値」とは経営活動を統制するためのツールですから「数値目標を設定せよ」ということは、その達成度合いで取り組みを統制していくぞ、と言うことだったんですね。

 知恵を絞って目標未達の釈明を作文するわけですが、結構厳しい仕事だと実務を担当している人から聞いています。
2年目ともなると“もはや言い訳の書きようがない”というのが実情かも知れません。

 ふと思ったのですが、認定する基本計画のことごとくが所期の目標に接近していない現況について、認定権者の心境はどんなものでしょうか?
地元では批判に対して“計画が悪いといわれてもちゃんと認定されたんだから”と内心抗弁するケースもありそうで、大変ですね。

 ここ、2,3日、
独立自営小売業者の長年に渡る「独立していない」・少なくとも「適切な経営努力が出来ない」情況は何に起因するのか?
考えていましたら、答えらしきものが見つかりつつあります。
それは同時に、「認定」へと至った小売業振興政策の根本的な問題でもありまして、近く『都市経営』で発表します。

 ここからが今日の本論

 冒頭で述べた新しく認定された基本計画、すべて斜め読みしてみましたが、いずれも「一号認定」が敷いたレールをまんま、走っています。
皆さんの計画~実践の1年後、2年後を予測したかったら、先行都市がたくさん事例を作っていますから視察されると一目瞭然、一瞥慄然となるはずです。

 どこがまずいのか?
まずいところはいっぱいあり過ぎて、一々指摘できません。“この事業だけはいいんじゃないの”と思われる個別の事業も全体計画の一部ですからよろしいはずがない、所期の目標を達成することは出来ません。

 目標と言えば、相も変わらず「キャッチコピーまがい」的文言が羅列されています。
「歴史と文化を活かす」とか、「通行量を増やして賑わいを取り戻す」とか、「住みたくなる町を作る」とか・・・・。
あのさ、中心市街地活性化はジムシティじゃないんですから。

 中心市街地と言えば商業街区、商業街区の都市機能と言えばその大半は小売業・サービス業に決まっているのでありまして、この地区を活性化する、すなわち、都市機能を増進し、経済活力を向上させたい、と言うのならば、その目標はまっすぐ「小売・サービス業の機能増進による経済活力の向上」を指向しないとおかしい。すべての取り組みはこの目標達成に向けて計画され、取り組まれなければならない。
 とりわけ、既存小売・サービス業の活性化・「設け癖づくり」はイの一番に取り組まなければならない目標です。

 とするならば「小売・サ=ビス業者は何を為すべきか」と言う課題について適切な指針(方向と方法)を出すことは、基本計画にとって最大・最高の課題のはずです。

 という着眼をもって基本計画を眺めてみますと、あ~ら不思議、どこにも「小売・サービス業活性化の方向と方法」は記述されておりません。それどころか取り組みの主役(あるいは対象)であるべき「小売・サービス業者」の顔もまったく見えません。

 これはすべての都市の基本計画にみごと?なまでに共通しておりまして、こういう基本中の基本が欠落しているレベルの計画で提案されている事業群に、商業・サービス業者が「自分の事業の命運を賭けてみる」気になれるはずもなく、さらに関係各方面の担当者だって、ぶっちゃけ、本音のところは“活性化なんて出来るわけがない”と思っているわけで、「らしい基本計画」が作れなかった責任はほんとに重く大きい。

 責任者出てこい、といえばこれまでの関係者全員が並ぶことになりますが、並んだからといって何ごとかが変わるわけでもなく・・・。

 商業・サービス業の活性化、外部的な施策の恩恵で実現することはほとんどありません。

 ウソだと思うなら思考実験。
どこでもよろしい、あなたの中心市街地に立地する劣化スパイラルに陥っているお店を、業容現状のまま、日本で一番賑わっている商店街に立地移動させてみましょう。もちろん、店前通行量は日本一です。
くだんのお店は繁盛しますか?

 「取り組んだら繁盛できるかも」と思えないような活性化策に自分の商売の命運を賭けるアホな商業者は少ないのでありまして、旗は振っても人はついてこない、という取り組みがこれからもまだまだ続きそうな平成20年の年末風景です。

 先行都市のTMOさんはおしなべて、危機的状態にありまして、責任感旺盛なタウンマージャーさんの背中は折れそうです。そうでない人が多いのですが。
 一部では“何でもいいから・小さなことでもいいから・事業に取り組み成功させよう”ということが合い言葉になってきました。
あのさ、TMOの仕事は「小売・サービス業の活性化」ですからね。情況を見れば「何でもいい」とか「小さなことでもいいから」といった独りよがりが許される事態ではありませんよ。
ンなことも分からんで、ようやっとるよなぁ(笑

 初心に帰り、商店街に日参して独立自営商業者と膝つきあわせて話し合うことからやり直しては如何でしょうか?
顔を見れば知恵が湧くかも、知れません。

 と言うことで、妄言多謝。

 このところ当サイト、活性化が「進展しない本当の理由」のそのまた理由の、その理由の・・・・、に向かって突っ込んでいるような気がしています。
「これさえスルーできれば道は開ける」という妙案があるとは思えない情況ではありますが、まずは行けるところまで行ってみないと。
 そこで出会うはずの独立自営商業者の相貌とは・・・・。

アウガ再建 ミイラ取りがミイラに

河北新報 11月19日

************** 引用スタート ***************

《アウガ再建策見直し 青森市 有利子負債を管理へ》

 青森市のJR青森駅前の複合商業施設「アウガ」を運営する第三セクター「青森駅前再開発ビル」が経営不振に陥っている問題で、筆頭株主の市が、一般会計から約8億5000万円を投入し、同社の約23億3000万円の有利子負債を直接管理する方針を固めたことが18日、分かった。市が債権を買い取り、信託運用する同社の経営再建スキームが事実上破たんしたためで、市の見通しの甘さを露呈した格好だ。

 市は5月、合併特例債を積み立てた「地方振興基金」の一部約8億5000万円を活用した再開発ビルの再建策をまとめた。金融機関3社からの有利子負債約23億3000万円を買い取り、信託会社に預けて市の信託財産とすることで、同社の金利負担を軽減させた。

 しかし、信託会社への年間手数料千数百万円が再開発ビルの経営を圧迫したほか、別の金融機関からの有利子負債約6億円の譲渡交渉が不調に終わったことなどから、再建スキームの見直しを迫られた。

 このため、市は信託会社との契約を解除し、有利子負債を直接管理することで、再開発ビルの財務負担をさらに減らす方針を決めた。同社は今後、市に33年間で約23億3000万円を返済することになる。

 従来の経営再建策について、青森市は「税金を投入しない画期的な手法」と説明していたが、わずか半年で見直しを迫られた。市は2008年度一般会計補正予算案に約8億5000万円の経費を計上する方針。
 米塚博副市長は「議会に正式に報告する前なので、コメントできない」と話している。

************* 引用エンド ************

 アウガの再建が出来たとして、中心市街地活性化の拠点、集客・回遊拠点としての機能はどうなるのでしょうか?

 活性化の拠点として建設された施設が不採算に陥り、中心市街地どころか自分の始末に追われる、というのはけして珍しいことではありません。
この記事を書いている今でも、行き詰まっている物件があり、さらに驚くべきことにはいまなお、新しい類似施設の建設が推進されています。

ミイラ取りのはずがミイラになったわけですから洒落になりません。この機会に商店街群を含む活性化策を根本から見直さないと、中心市街地活性化、商店街を救うはずのアウガを救ってお終いだった、ということになりかねません。

 たしか有名なタウンマネージャーさんが常駐しているはずですが、抜本的見直しの必要はどうでしょうか。

 前述のとおり、問題はアウガー青森市に限ったことではありません。
どうしてこういう事例を一瞥すればたちまち分かる失敗が繰り返されるのか?
「事業評価」も目標数値の設定とかの細かいことではなく、こういう戦略的事業の挫折を分析、教訓にするべきではないか。
やっておけば、その後の取り組みは相当変わったでしょうに。
いまからでもぜひやっていただきたい。
計画段階、評価段階のプロセスに必ず一般化=教訓化できる問題が見つかるはずです。

その気になる・なってもらう

 商店街活性化。シャッターの内側を「今どきのショッピングの場に変身させる」という仕事が必須ですが、もちろんこれは経営者及びスタッフがその気になって取り組まないと実現で来ません。
こればっかりは、いくら補助金をつぎ込んでも、いくら効果的な集客イベントを企画しても、実現出来ることではありません。

 商店主が「その気になる」ことがなければ個店の活性化は実現できず、従って「買い物の場」としての商店街が活性化することはありません。ご承知のとおり。
 これまでの商店街活性化は、“シャッターの内側については店主の裁量、外からは口出しできない”ということを「口実」に「その気になってもらう」という大事な業務をきれ~いにサボってきました。
 「繁盛店づくり」にその気になっていないお店の周囲をどんなに整備しても肝心の「買い物の場」は従来のまま。
いくら事業を繰り返してもショッピング目的のお客が増えないのはあったり前です。

 中心市街地・商店街活性化が課題となっており、それを担う立場にある人は、個店の経営者たちが自店の繁盛再生と言う取り組みに「その気になる」ことがない限り、活性化は実現できない、ということをキモに銘じなければならない。

 キモに銘じたら、「その気なってもらう」にはどういうことを仕掛けていくべきか、自分のアタマで考えてみなければならない。
店主は「廃業する」といえばそれで一件択着ですが、「活性化」の方はそうはいきません。公式に「断念」という意志決定が行われない限り、少なくとも計画期間中は事業を展開しなければならず、とうするとえ営業継続を断念、店じまいしたあとの「活用」という問題が上乗せされることになる・・・。

 商業者がその気になる、商業者にその気になってもらう、という仕事は、TMOなど活性化に取り組む組織にとって喫緊の課題です。なんの事業がどんなにうまく完成しても、「売場」が準備されていなければ事業の成果が「経済活力の向上」に結実することはありません。

 と言うことで。
「商業者にその気になってもらう」、その気になって繁盛店づくりにと取り組む、という至極当たり前のことを実現するためにはどうしたらよいのか?

 今現在、タウンマネージャーが解決すべき問題、ウデの見せ所はまさにここでありまして、この課題に上手に取り組み、商業者をその気にさせることが出来るかどうか。

 皆さんの存在価値はまさに商業者のやる気を喚起できるかどうか、ということに掛かっています。
あまり理解している人はいらっしゃらないようですが。

商人塾などで「やる気」を満タンにしている皆さんには、そのやる気を隣近所に伝搬させる、という仕事があります。
あなたのお店が日々変わっていくのを観察している隣近所では「やる気」発動の条件が整いつつあります。

「背中の一押し」は次期商人塾へのお誘い、です。
次期商人塾、成果の上がらなかった一期生もあることですし、なるべく間をあけずに取り組むことが秘訣です。

ご注意・商人塾事業的着手段階

 このところ、年度内~次年度の商人塾実施についての調整などが続いています。
一人の講師による3時間×10~12回というロングランの勉強会と巡回指導です。御地従来の2時間程度の講習会を10回繰り返すのとは、いろんな点で勝手が違います。
従来的講習会のパターンで実施しようとすると齟齬を来す可能性があります。

 これから実施を検討される皆さんへお願い。

 この事業の着手にあたっては、事前に御地と当社との綿密な打ち合わせが不可欠です。

 takeoが出掛けるか、あなたが来社されるか。
フェイス to フェイスでしっかり調整をしておくことが事業を成功させるカギになります。

 ご承知のとおり商人塾は、参加個店の「繁盛の実限」と「中心市街地活性化の方向と方法」を構築するという直面する二つの課題に取り組んでいく内容を持つ「戦略的事業」です。
chusin市街地活性化の成否を左右する事業に3~4カ月にわたって集中的に取り組むわけですから、実施に当たっては準備が必要です。
 ホームページに掲載している実施要領の雛形に基づいて地元単独で計画を作成、参加者を募り、揃ったところで講師を招致する、という単発講習会のようにはいきません。

 当社との調整抜きで企画されると「上手の手から水が漏れる」ことになりかねません。
せっかくの取り組み、所期の成果を挙げるためには、事前に当社との打ち合わせ・準備が必要です。ご了解ください。

 くれぐれもご注意いただきたく、毎度申しあげているように“取り組めるものかどうか検討してみよう”という段階から当社と密接なコンタクトを確保してください。
綿密な教義の必要は、当社これまで数年間にわたる事業実施の経験に基づく「ノウハウ」です。
転ばぬ先の杖、未経験のあなたは必ず従ってください。

 takeoが出掛けるか、あなたが来社されるか。
せっかくの機会ですからtakeoが御地を訪問、単発の勉強会を開催し、その前後の時間に協議する、というのがお奨めです。
事前の勉強会は、商人塾への基礎固めにもなります。

 商人塾の打ち合わせ以外にも直面する諸課題についてじっくり協議する機会が持てることになります。
ご検討ください。 

TMOの真偽を分かつもの

 まちづくり会社は、都市によって様々な任務が付与されているのですが、共通しているのは「商業の活性化」を主要な守備範囲としていることです。

 商業の活性化とは何か?
いわずと知れた、中心市街地の商業集積~商店街~個店群が「買い物の場」としての機能を発揮することです。
そのために何が必要か?

 具体的な「買い物の場」としての個店の「売場」が“買い物行き先”としての機能を充実させることが不可欠です。
中心市街地の商業機能の活性化は立地する各個店=単位売場の活性化無くして実現することはできません。
各個店の売場は誰が活性化するのか?

 これはもちろん、各個店の経営者の仕事であり、これを他人が代替することはできません。売場の活性化とは売場をお客から見た買い物の場として充実させ、それを維持し続けることですから、実際に経営にあたるものが取り組む以外に無いのです。
取り組みをどう実現するか?

 個店経営者の経営努力=自助努力のあり方を変えなければならない。これまでの経営努力は、劣化スパイラルを押しとどめることができませんでした。既存路線を続けるわけにはいきません。
新しい「活性化への道」を提唱すること。
これがTMOがいますぐ、実行しなければならないことです。各種事業の情況に一喜一憂するのは二の次、三の次。

 「活性化への道」を提唱し、その道を歩んで行くことすなわち、自助努力のあり方を転換して劣化スパイラルから抜けだし、日々の経営活動によって繁盛を実現していくことを実現しなければならない。
これがTMOが主力を注がなければならない課題ですね。

 TMOが最優先で取り組むべきことは、「活性化への道」を明らかにする、道を歩むために必要な商業者の自助努力の転換を促進することです。
「自助努力の転換とその組織化」、商業者を「その気にさせる」ことこそ、この時期、TMOが最優先で取り組まなければならない課題です。

 この課題にホンキで取り組んでいるかそれともこの問題を見えない振りしてあれこれの事業に取り組んでいるのか?
商業者を「その気にさせる」事業に取り組んでいるのかいないのか?
TMOの真偽を分かつ単純明快な基準ですね。

 商業者をその気にさせる、活性化の実現に至る自助努力の方向と方法を示し組織化を実現していく、このことを措いて現段階のTMOが為すべき仕事はありません。
その他の仕事は、成り行き上取り組んでいるものばかい、それらが完了したからといって街が活性化することは期待できません。他都市の事例が実証しています。

 既に商人塾など「商業者の自助努力の転換と組織化」の実践が着手されており、その成果も報告されています。
「商業活性化の抜本的改革」がスタートしているのです。

 先発した都市には「試行錯誤」が許されますが、実績を突きつけられてからあわてて追随するところには「試行」するゆとりはなく、失敗は許されません。
自らの判断能力が原因でそういう立場に追い込まれることになったTMOに果たしてう宇いう難問に対応することが出来るでしょうか?

 今やTMOは創立以来の困難な課題に直面しています。
がしかし。多くのTMOはこれをきれい?にスルー、中心市街地全体の劣化スパイラルの進展を放置しています。

 折から発表された来年の商業施策ではこれまでの「ハード事業偏重」が明確に反省され、新しい施策が用意されています。
「まちづくり企画会社」がその典型ですが、下手をすると、というか、このままで行けばまたしてもTMOの二の舞になることは確実です。
「起死回生」をホンキで目指すなら、TMOの再構築、再編成という課題を避けて通ることは出来ません。

「時期未成熟」という常用 ORZ

 中心市街地活性化、事業が着実に進展しているところもそうでないところも、一様に陥っているのは、商店街の活性化の低迷、すなわちお店の内外に賑わいが生まれていない、ということです。
旧整備活性化法時代以来、否、「法」制定のずうっと以前から、多種多様なソフト&ハードの事業に取り組んできたにもかかわらず、これは一体どういうわけか?
 最近斯界に異動してきた人でなくともため息が出るところであります。

 理由ははっきりしておりまして。
多年にわたり取り組んできたソフト&ハード両面の各種事業を活かすために不可欠である「繁盛店づくり」がまったくと言っていいほど進んでいない。商店街でいくら集客イベントに取り組み、景観整備に取り組んでも肝心の「買いたい物・買いたくなる物」が買いたくなる条件のもとに提供されていなくては消費購買行動の対象になることは出来ません。当たり前の話です。

 「売場の整備」はどうなっているか?
ご承知のとおり、“商業者はその道のプロだから”“外部からとやかくいうことは出来ない”ということを口実にみごとにスルーされています。

 商業者が「店づくり」のプロであり、外部からとやかくいう必要もないレベルにあったなら、現在のような商店街の惨状は起きなかった、ということには思いがいたらないらしい。
ソフト・ハードの事業の成果を挙げるには、すなわち、書台木を活性化するには、商業者が「自店を繁盛に導く方法」を修得し、実践すること、さらにいえば意欲を奮い起こすことが先決です。
まず、商業者が「その気になる」・「その気にさせる」ことが最優先の課題です。

 わが商人塾は、そのために準備されているほとんど唯一の機会ですが、実際に取り組むには問題があります。

 その第一は、“なるほど、確かに取り組まなければならないことは分かるが、うちの商業者にはその準備が出来ていない。熟度が低いので時期尚早だ”という意見が必ず出ること。
その根拠は“これまで幾度と無く講習会を開いたが参加者が少なく、さらにその結果がお店に活かされていない”ということです。
こういう状態にあるわが商店街に3時間×10回などという長丁場の勉強などゼッタイにあり得ない、というわけですね。

 二つ、疑問があります。
第一問・“じゃあ、いつになったら時期が到来するんですか?”
   “時期を引き寄せるためにどういう手だてがありますか?”
ということ。放っておけばさらに劣化スパイラルが進むことは明らかですが、どこまで落ちても“だから、店づくりに取り組もう”という機運が盛り上がってくることはありません。
そうしている間にも、転廃業は続出、スパイラルの速度は増すばかり・・・。

第二問・これまでさんざん勉強する機会を作ってきたといわれるが、その機会というのは本当に“これに取り組めば繁盛再生の可能性がある”と自信を持って勧奨できるものだったか?
ということです。開催にあたっては、誰が計画を立て、誰がその内容をチェックし、結果はどう総括されたのか>

 といったあたりはスッポリ欠落、ただ「消化作業」として開催された講習会もあったのではないか。
講習会の内容に魅力がない・・参加者が少なくなる・・商業者の意欲を疑う、というのは本末転倒ですからね。

 商店街活性化とは、究極、個々の店舗で買い物行動が発生することだ、と考えるなら、活性化が直面する最大の課題は「個々の売り場を改革すること」であることに疑問の余地はありません。それも一日、一刻も早く着手しないと出来ることも出来なくなってしまいます。

 時期は今取り組まなければ後がない、というくらいに熟しており、到来しているのです。
それを“商業者にその気がない”という憶断で、“うちではまだ早すぎる”というのはおかしな話、そういうことではむざむざ時期を逃してしまうことになるのは明らかです。

 取り組むべき時期は到来しており、さっそく着手しなければ後がない。
まず、このことをしっかり確認しなければいけない。
今を外せば、取り組むチャンスは減退するばかり、何が何でも実施する、と覚悟を決めて動き出せば道は開けて来ます。

 “うちではまだ早すぎる”商人塾のプレゼンに必ず聞かれるおきまりのセリフですが、商店街の内外環境はそんなふざけた認識が通じる情況ではありません。
“商人塾の前に意識改革が必要だ”ということですが、さて、その意識改革とやらはどういう手段で進めるのか?
意識改革を進める手段への取り組みはどういう手段で進めるのか? ・・・・・?
という無限後退に陥ってしまいます。

 時期は十分すぎるほど到来しており、ただ、この時期に上手に対応できないだけ。上手に対応するには(これまでの敬意を考えれば)外部からの協力・支援を入れることも一案ではないでしょうか。

 ということで。
当社は「繁盛店づくり」や「商人塾」の必要性を痛感していながら「時期」を掴みかねている皆さんに、“時期は今、取り組み方は当社との協働で!”と強くアピールします。

 これまで実施されたところで、自力だけで開催に至ったところはありません。事業を成功させるためにも、未着手段階からの当社との連携作業が不可欠です。

 当社との連携に「時期未到」ということはありません。それとも時機が到来する見込みでもありますか。

 当社との連携にコストは掛かりません。
「未到来」などと逡巡されることなく、第一歩を踏み出されることをお奨めします。

参考:「時期未成熟原理」

ラグジュアリィが日本を救う

 標題のタイトルの記事をいつかどこかに書いたと思うのですが、見つけだせません。
ご存じの方、教えてください。

 救うのは「日本経済」ではなくて、日本(経済を含む)全体です。もちろん、これは昨日今日考えついたことではありません。
さらに考察を進めるつもりですが、まずは過去記事を場、と思っています。
よろしくお願いします。

 今日出掛けた、繁盛している婦人服店でオーナーのお話し。
業績はいいのだが、メーカー、問屋の廃業が続いて困っている。
新しい取引先を開拓したいのだが・・・。

 ということで。
メーカー問屋が廃業するのは、卸先が劣化スパイラルに陥っているところばかり、売り上げが長期低迷、とうとう力つきた、ということです。

 早い話。
中心商店街立地の専門店群が劣化スパイラルに陥れば、ここをチャネルの出口にしている国内メーカー、問屋はたまりません。
危うし、国内消費財産業。

 ということで、中心市街地・商業の活性化は落ち目の商店街を救済するなどというアホな視点で取り組むととんでもないことになります。
中心市街地は国内消費財産業の「出口」、ここが劣化すればやがて消費財流通は壊滅する。
国内産業を活性化するには、消費との窓口をになう中心市街地・商店街立地の独立自営小売業者の奮起が絶対不可欠です。

 気づいている人は少ないようですが、これを強調しないと「中心市街地活性化」の本当の意義が半減してしまいます。
中心市街地、何が何でも活性化しなければならない理由のひとつは、ここが「国内消費産業」リュうつチャネルの「出口」だから。
ここが消滅することは国内消費材産業、メーカー&流通の命脈を断つことです。

 そういう意味で商店街立地の商業者は、GDPの6割以上をしめる国内消費における国内消費財産業の存続基盤そのものなのだ、われわれがGDPの中味を支えているのだ、という気概を持っていただきたい。
SC立地で外国製品の販売にいそしむナショナルチェーンとは、わが国経済への貢献ということで雲泥の差があるわけです。

 だからといって誰もあなたのお店を助けてくれる人はおりません。
もっぱら「自助努力」で日本経済の振興に貢献しなければならないのが商店街立地の専門店。
自助努力に寄り添うのが中小商業者間の相互扶助です。

 と言うことで。
「ラグジュアリィに進路を取る」ことの意義は深いですよね。
有限会社クオールエイド
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プロフィール

有限会社 クオールエイド

  • Author:有限会社 クオールエイド
  • 【キラリ輝く繁盛店づくり】
    お客に見える店づくり―見える化をテーマに【個店の繁盛】から【商店街活性化】、【中心市街地の商業集積としての再構築】まで一貫した取組を支援します。
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