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TMO 理論無き専門家組織の選択肢

 TMO(毎度のことながら「まちづくり会社」も)の本来業務については、その定款などの如何にかかわらず、「中心市街地活性化」を推進していく体制の「司令塔」であることは、明らかです。
参 照

 「司令塔」としての役割を果たすためには、果たすための「機能」を装備しておかなければならない。当たり前ですね。
このことについては、当サイト以外ではほとんど論議されていないというのが現状です。ご承知のとおり。

 当のTMOさんにも「司令塔」という自覚があるのかないのかよくわかりませんが、少なくとも「司令塔として果たさなければならない職責」とか「職責を全うするために必要な能力」などについて真剣に考えられている可能性は、恐るべし、ほとんどゼロ、です。

 司令塔であれば、当然、
①全体としての取り組みが目指すべき方向や方法について、「法」~「基本計画」のスキームを踏まえて明らかにする、
②関係各方面がそれを共有し、「別個に進んでともに成果を挙げる」形を作る
③実際の取り組みを指導・支援する
というのがTMOのお仕事です。TMO以外にこの仕事を受け持つところはありませんから。

 そうしますと、まず、なにはさておき取り組むべきは、「基本計画」を実行にうつすための準備です。

第一に必要なことは、《「法」~基本計画》という枠組みを、実効ある取り組みに翻訳するための「理論」を装備すること。
いつも申しあげているとおり「法」~「基本的な方針」は、商業理論抜きでは、活性化の取り組みの指針にはなりません。
基本改革所載の各種の事業・措置ももちろん、商業についての知識を抜きにしては「実効ある取り組み」、「個別取り組みの蓄積・相乗としての活性化の達成」に向けた展開が出来ません。

 TMOは「理論武装」が不可欠なのです。
理論武装は、TMOに限らず専門的な知識を必要とする仕事に当たる組織には不可欠の条件でありまして、今さらこういうことを書かなければならないという状況そのものが、取り組みの困難な状況を創り出している、ということになりますね。

 TMOが「司令塔」としてのポジションを占めるのは、“専門家としての能力を持っている”ことが前提ですからね。
スキームで決まっているとおりの手続きを経て設置したとか、公募で採用されたなどというのは、責任を果たしていく上でなんの力にもなりません。
設置即開店休業、というところが多いことは、サイトやブログをチェックすれば一目瞭然です。

 TMO、喫緊の課題は一日も早く理論武装を実現すること。
そのためには、装備するにふさわしい「理論」を発見すること。
適切と判断される理論が見あたらなければ、自ら理論を作ること。
(これがTMOが直面している課題だということが分からないようでは困ります。)

 もちろん、理論は自分が装備するだけはなく、関係各方面と共有しなければならない。最終的に理論は「まちづくり・店づくり」の実践を導く、という仕事を果たさなければならないのですから。

 考えてみれば、旧スキーム時代に立ち上げられた時点でこの課題を認識し・適切に取り組んでいれば基本計画の見なおしは不要だったかも知れません。当社流「商人塾」に取り組んでいる皆さんは実感されているはずです。

 既にご承知のとおり、中心市街地活性化、実現の方向と方法について、理論と実践の両面についての「理論」を提供しているのは、これまでのところ当社だけでありまして、これは皆さん、好むと斧混ざるとに関わらず認めざるを得ない「客観的事実」です。
装備すべき理論として当社の提供するところが気に入らないな(他に既製品は提供されていませんから)自分で創る以外にありません。
「一店逸品」とか「不動産の利用」などは方法の一環ではあるにせよ、「活性化の方向」ではありませんから、お間違いの無いように、とこれは老婆心ながら。

 ということで、TMOさんがいますぐ着手すべきことは、中心市街地活性化の方向と方法・事業のあり方について適否を判断するための「理論」を関係各方面と一所に装備するという作業です。

 この作業についてのTMOさんの選択肢は、端的に言えば、
①当社提供の勉強会『中心市街地活性化への道』6時間コースに取り組むか、あるいは
②自力で理論を創ったうえで都市の関係各方面に提案、採用してもうらうか
という「二者択一」だと思います。
それとも他に選択肢がありますか?
理論装備をサボって「活性化への道」を構想できますか?
その「道」は既存商業者の自助努力の「導き」になりますか?
・・・・・
ということで、TMOさんが今秋取り組むべきことは、
当社亭提供の勉強会
合意形成への最短距離・「中心市街地活性化実現の方向と方法
を開催することではないでしょうか?

 「入門編」的内容ですが、絶対に無視することの出来ない理論です。
この程度の理論装備・共有が無いまま、漫然と個別事業に終始してきたのが、これまでの取り組み・結果の原因であることは、当サイトの記事を読めば一目瞭然のはず、一日も早い取り組みが期待されています。

 必要な理論を装備していない人が「専門家」として通用したのはこれまでの中心市街地界隈だけ、その条件は「法」改正以降、大きく変わっています。
これまでの取り組みはなぜ活性化に失敗したのか、新しい取り組みはなぜ成功すると言えるのか?
理論無きTMOは説明責任を果たすことが出来ません。そういうTMOが商業者に“TMOが示す方針・指導に事業の命運を賭けてくれ”といえますか?
言えないTMOは不要なんですが。

 こうして理論武装無きTMOは、活性化を進めていく上での「推進装置」どころか「障害物」になってしまいます。
その分かれ道が「理論装備」です。
 
 当エントリーの内容、ホントかウソか、TMOのみならず中心市街地活性化関係の皆さんはじっくり検討してください。
TMOがその気にならなければ、他から取り組みが要請されることになりますが、専門家集団としてのTMOがそういうスタンスでいいのかどうか、ここでも「専門家とはなにか」ということが問われています。
もはやTMO「第三の道」はありません。

能力に応じて働き・・・?

 必要に応じて受け取る、とはマルクス共産主義のビジョンですね。
 少なくとも「分業社会」においては困難なことでありまして、もちろん困難は二重構造になっておりまして、
1.能力と仕事のマッチング
2.仕事と報酬のマッチング
というわけです。
本日、考えてみたいのは1の方。

 分業社会のオキテは、「能力に応じて働く」ということではなく、「仕事に応じて能力を発揮する」ということです。
ある人がある職能を担当することになったら、本人が本来どのような能力を持っているかに関わらず、“当該の職能の遂行に必要とされる能力を発揮しなければならない”のでありまして、期待されている能力を発揮できない場合は、時と場合によっては更迭されるわけですね。昨日もビビッドなニュースがあったようですが。

 ということで、今日のテーマももちろんTMO(まちづくり会社)です。

 設立の経緯から始めると長くなります。
詳しくは、【都市経営・入門編】で検討することにして、ここではすっきり、核心をば。

 TMOの本来業務は、「中心市街地所在の商業機能の活性化」であり、とりわけ“劣化著しい商店街群の商業機能(施設)の活性化”を中核課題とする、「都心型商業機能の再構築」です。関係者の中には“そんなことは聞いたこともない”という人がいるに違いありませんが、本当です。
(詳細は【都市経営】で)

 TMOは、「都心型商業の再構築」という目的の達成を目指す広範な取り組みを領導する組織です。
「企画調整」といってもあまり内容は変わりません。
『中心市街地活性化基本計画』に示されている中心市街地活性化の方向と方法にもとづき、事業・措置の推進をあるいは自ら担当し、あるいは他が実施するところを指導し支援する、全体の進捗を統制する、という仕事です。

 ということで、既にお分かりのとおり、
“中心市街地活性化を推進する組織としてTMO(まちづくり会社)を設置する”といったとたん、TMOの役割は上記のとおり、「全体の司令塔+実動」という機能を受け持つことになります。
TMO以外に「統制」という機能を持つファンクションはありませんから。

 そこで問題。
TMOの職能、設立時点ではいろいろと定義されたかも知れませんが、本来業務としては「司令塔」であり、時間が経つにつれて「司令塔」としての期待が強くなってくることは関係者が日頃ひしひしと感じておられるところでありまして、“うちのTMOに限ってそんなことはない”などいう人はよほど鈍感か、関係各方面から隔絶された業務環境にいることを自白しているようなもの、いずれあなたも実感せざるを得なくなるw

 TMOは、中心市街地活性化の取り組み全体を仕切っていくことが本来業務ですから、設置されたらその時点で「必要な能力」が定義されてしまいます。
TMOに要求される仕事は、「中心市街地活性化の推進」を仕切っていくことですから、要求されるのは、仕事を執行していくうえで必要な「計画・統制・批判」能力だということになります。
中心市街地活性化とりわけ商業機能を再構築する、という仕事に必要な「計画・統制・批判」能力とはどのような種類・レベルの能力かということについては、当サイト常連の皆さんにはすでに了解されているとおり。
例えば当サイトで展開している「中心市街地活性化の方向と方法」を採用し、上位計画と整合を取った上で関係各方面の合意を得て推進していく、という仕事の推進に必要な能力ですね。

 繰り返しますが、この能力は、「TMO」と口に出したとたん、必要になる能力でありまして、“イヤ、うちのTMOの定款ではそんなことは期待されていない”といっても通用しません。それは定款を作成した人がTMOを理解していなかった、というだけのことでありまして、TMOの定款を作った人の識見の具合程度によってTMOの任務が左右されるということはあってはならないことですね。
TMOの任務は「中心市街地活性化を推進する取り組みの司令塔」であることをキモに銘じておくこと。

 したがって、TMOは「能力に応じて」あるいは「自分の理解するところにおいて」一所懸命働けばよい、というモノでありません。
その能力は、“中心市街地活性化の実現に取り組む体制の司令塔としてやるべき”仕事の側から一方的に・妥協の余地・誤解の余地無く降りてくるのでありまして、TMOが設立時点でどういう能力スキルの持ち主で組成されたかということとは無関係に、「装備しておくべき能力とそのスキル」は決まっています。
もちろん、TMOの能力の基礎は、組織を構成する個々人の能力・スキルですから、縁あってTMOに所属することになった個々人は、「所属した」という一事をもって「発揮することが期待される能力とそのスキル」が一方的に規定されるわけです。
業務から一方的に定義される能力・スキルを何が何でも発揮すること。
これがTMO要員の報酬の源泉ですね。
実際にそうなっているかどうか、報酬が役割に整合している改案かはともかくとして。

 “能力に応じて働き、契約にもとづく報酬を受け取る”ということは許されません。能力の如何を問わず期待された職能を遂行することが報酬の根拠です。

 そこでタウンマージャーさんのお仕事ですが。
どこの都市でもTMO的組織の立ち上げは未曾有のこと、組織の定義もいまいちだったりしますから、まして自前の定義を超えた能力が求められていることなど誰も自覚していないかも知れません。大いにあり得ることです。
 
 就任と同時に「中心市街地活性化」という仕事のスキームを把握し、その理解を踏まえて状況を分析し、課題群を構築し、取り組み体制を構築しなければならない。
(自分が担当する領域について問題情況の分析能力を持っていることは、「マネージャー」固有の条件です)

 固有の能力の範囲とか程度に関係なく、タウンマネージャーに就任した、ということをもって、即座に・自動的に発揮しなければならない能力が決まるわけでありまして、あらためてこうして分析してみますと、なかなか大変な仕事だということがひしひしと感じられますね。

 もちろん、本来的なTMO業務を果たしているTMO、あるいは公的立場はともかく、実際に推進体制の構築・運用をになっている人は、自覚の如何に関わらず、如上の仕事を如上の能力を発揮しつつこなしているわけです。
そういう人が全国にどのくらいいるのは「謎」ですが。

 というわけで、TMOとりわけタウンマネージャーさんは自前の能力の程度に関わらず、「やるべき仕事」が一方的に決定されておりまして、当面、自分及び職員の能力をマッチングさせることが喫緊の課題です。
 「タウンマネージャーのブログ」などを業務の一環としてかどうか、書いている間もTMOに対する「本来的期待」は増大する一方、誰も身辺雑事の報告などを期待している人はいませんから。

 ということで。
このところ、TMO&マネージャーさんには厳しいエントリーが続きますが、毎度申しあげているとおり、これは「エール」ですからね。

 TMOが関係各方面から“良くやってくれている”と評価され“一緒に頑張っていこう”という気持ちになってもらうことは、仕事を推進していくための基本条件です。
いうまでもないことですが。

 条件を作るためにはまず第一に、
「能力に応じて」働くことでよしとするのではなく、「(潜在的に)求められている能力」を何としてでも実現する、という覚悟をすること。
おっとその前にもちろん、当エントリーのエールをしっかり受け止めていただく、ということがありますね。

百貨店の経営革新 (久留米市)

 18日の西日本新聞が報じるところによりますと。
来年3月で撤退することを公表している久留米井筒屋ですが、跡地の利用について、企画を受託しているコンサルタントが、井筒屋を核とする再開発計画の素案を市に対して打診したとか。
井筒屋は「社内で意志決定したわけではない」そうです。

 これを受けて市では、撤退~再開発の間、道路を挟んだ向かい側にある旧ダイエー後の空きビルでの営業を要請したそうです。
空洞化著しい久留米市中心商店街、これからいろいろ動きがありそうです。

 緊急の課題は、久留米市的な規模の都市において百貨店が果たす役割を定義すること。
本来なら「基本計画」に明記するか、今回のように基本計画策定以降に生起した問題の場合、TMOが取り組むことになるのでしょうが、一般的にいって、そこまでの機能は『基本計画』、TMOともに持っておりません。
(これは「欠陥」です。)

 いずれにしろ、撤退を表明している百貨店に経営戦略の転換を要請するわけですから、百貨店側が検討するに値する構想を提案しなければならない。
このとき前提になるのが、先述した都市中心市街地における百貨店という業態が果たすべき役割を再定義する、という課題です。

 我が百貨店業界では、空洞化からの立て直しが求められている中心市街地における自業態が果たすべき役割、そのあるべき姿を自覚的に追求する、というタスクを自覚しておりませんから、市側が定義し、提案しなければならない。
これは早晩、多くの都市が直面することになりかも知れない課題です。

 もちろん、本来ならこれは「中心市街地活性化基本計画」に定めておくべきことでありまして、久留米市の例で言えば井筒屋は当然計画作成プロセスに参画していたわけですから、官民合同で“久留米市中心市街地活性化の取り組みにおける自店の任務”あるいは、久留米岩田屋とともに、“久留米市中心商店街における「核」機能として百貨店が果たすべき役割”について定めておくべきでした・・・。

 中心市街地における自店の機能の定義を定義していない、ということでは岩田屋も同様だと思いますが、この時期、自店の業容の再定義をしていない百貨店は存続が危ぶまれます。
もちろん、久留米市に限られた話ではありません。

 一方、百貨店が立地している中心市街地の場合、百貨店の存在はもちろん中心市街地活性化を推進していくうえでの大前提、「集客核」として不可欠の存在と考えられているわけですが、あらためて一歩突っ込んでみると「なぜ不可欠なのか」とことの追求が不足しているのではないでしょうか?
不可欠な存在だと思われる百貨店が撤退しなければならない事態になぜ追い込まれているのか?
「撤退の撤回」を要請すればことは解決するのか?
ということも考えてみなければならない。

 百貨店が直面している状況を理解しないまま、中心市街地活性化の成否を百貨店に委ねる、というのはおかしな話。
当の百貨店が活性化の戦略を立てることが出来ずに撤退しょうとしていることをどう見るのか、ということです。

 杖とも柱とも頼られる百貨店、もちろん、出来ることなら撤退などしないに越したことはありません。
撤退しないためには、もちろん「売り上げ」が必要であり、もちろん「業容革新」が必要です。

 百貨店の業容革新、その方向と方法は如何にあるべきか?
※【都市経営】でスタート
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プロフィール

有限会社 クオールエイド

  • Author:有限会社 クオールエイド
  • 【キラリ輝く繁盛店づくり】
    お客に見える店づくり―見える化をテーマに【個店の繁盛】から【商店街活性化】、【中心市街地の商業集積としての再構築】まで一貫した取組を支援します。
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