起死回生の商人塾

商店街の活性化の根本問題は、活性化の主役である、そこに立地する個店の日々の営業活動と直結した「繁昌への道」を示すことですが、もちろん、示すべき立場にある、国・都道府県・市町村はそれに成功していません。
というか、そもそも根本問題がそこにあるのだということさえ理解されているのかどうか。

 “活性化するためにはこの方向へ、こういう方法で進んでいくべきだ”ということが、どこからも誰からも提案されないなかで、個々の商店は事業を継続していくためには、いったい何をしなければならないのか、文字通り五里霧中の状態にあるわけです。

 何しろ百貨店が相次いで中心市街地からの退出を決めるという状況ですからね、中小商店に「個店については自助努力で頑張ってもらいたい」というのはあまりにも状況オンチ的認識であり、「意識改革」が必要なのはそういうことを平気で口にする関係各方面の担当者ではないか。

 商業者にとっていま現在、もっとも切実な課題は、
①「自店の業績を好転させる」ことであり、
それも
②「お金をかけずに、自力で取り組める」ことであって、
しかも 
③「取り組んだら即刻効果が出るという日々の仕事のあり方を作り上げる」こと、これに疑問の余地はありません。さらに
④「あまり時間はかけられない」ということももちろん、重要な条件です。

 ①~④を実現できない「活性化策」は、他にどんな好条件を提示しても、商業者をその気にさせることは出来ません。
実際の個店の取り組みとして採用されることはないわけですから、つまり、活性化は実現できない、ということになりますね。いま現在、各地の活性化施策が個店の「日常的取り組み」として実現出来ない理由です。

 皆さんすでにご承知のとおり、当社が活性化の「方向と方法」として提唱し、取り組みを支援する「商人塾」は①~④という活性化の課題をきっちり解決し、繁昌を再生していく取り組みでありまして、
①取り組んだ個店は「繁昌への道」を切り開くことが出来る
②中心市街地・商店街の将来にわたって小売商業の立地としての可能性を実証する
という商業者が切望している成果を挙げることができます。
 実際に業種や規模、その他の条件を問わず「繁昌事例」が続出していますから。

 こういう効能効果を挙げられる提案は当社を除いてどこからも提出されていないのですが、残念ながら商人塾が採用されるケースはまだまだ少ないのが実状でありまして、採用されない理由もよく分かっています。
極めて簡単な理由でありまして、3時間×12回という講義に“とてもうちの商業者はついていけない”という関係者の先入観・思いこみが採用を邪魔するわけです。
先入観の根拠は“これまでいくら講習会を企画しても乗ってこなかった”ということですが、さて、「これまでの講習会は本当に役に立つ内容だったのか」というあたりの反省はなかなか難しそうで、そもそも“これまで企画した講習会は本当に①~④的課題に答え得る内容のものだったのか?”ということの総括はどうなっているのか、ということも留のですが、いずれにしても、これまでの講習会の成果が挙がっていないことが商人塾的取り組みの妨げになっている、ということです。

 どう突破していくか?
これはもう突破しなければならない、と気づいた人が行動を起こす以外に無いわけで、どういう行動に着手するかは、あなたがどういう立場にいるかで異なります。当然のことですね。

 商人塾、スタートまでの合意形成には、いろいろと課題がありまして、課題をクリアしていくにはそれなりのノウハウが必要ですが、これから取り組もうとする皆さんにはなかなか分からない問題があり・クリアしていくノウハウがあるのです。

 そこで。
商人塾への取り組みを実現したい人は、“まず、取り組みへの合意を作ってから”当社とコンタクトをとる、という通常のパターンではなく、“取り組みについての合意をどう形成するか”という段階で当社との協働を実現することが大事です。
アプローチを間違うと、できることも出来なくなったり、何とか実施にこぎ着けてもあとあと障碍が残ったりすることになりかねません。

 ということで。
「個店の繁昌」を実現することが緊急の課題だ、と考える人は、立場を問わず、まずは当社へコンタクトを取られることをお奨めします。
あなたの問題意識に対応できる相談相手は、インターネットで見る限り、当社以外には無いことは確認済みだと思います。

商店主の意欲振起?

 基本計画が作られているところもこれからのところも
活性化協議会が設置されているところもそうでないところも
TMO(まちづくり会社)があるところも無いところも
共通していることがありまして。

 中心市街地に立地している商業者は、ほとんどすべて、孤立しています。
消費購買行動の変化、競争環境の変化が進展しているなかで、成長可能な商売のあり方を見いだす、という自店だけではなかなか解決できない問題に直面しているわけですが、どこからも「方向と方法」の提案はありません。

とんでもないことでありまして、全国の商店街が一様に活性化の方向と方法が見いだせない状況において、「方向と方法」を示せないのは、“個店のことは個店の責任でなんとかせよ”といっているわけです。全国の商店街でほとんどの個店が繁盛再生の方途を見いだせないでいるとき、御地の商店街・商店主のみなさんにそれを期待できるのか?

 個店に対して“こうすれば繁盛を実現できる”という方向と方法を示すことが出来ない商業活性化策とか基本計画とかは、どうやってその任務を果たすことが出来るというのか?
整備改善活性化法~中心市街地活性化法、8年に及ぶ取り組みを通じて「買い物の場」としての商店街ー個店は劣化の一途をたどっています。

 新基本計画が認定され、まちづくり会社が再起動した今日も、状況はまったく改善されていません。
それもそのはず、多くの基本計画が
①これまでの取り組みはなぜ実効が無かったのか?
②今度の計画はなぜ実効的だといえるのか?
という当然説明しなければならないことについては知らぬ顔。
計画され・取り組まれている事業は、「商店街ー個店を買い物の場として再生する」という課題についてはカスリもしません。

 そういう状況のなかで、個々の商店主は未だかってない「孤立」状態にあります。
方向と方法について確信が持てないと「やる気」など起こるはずが無いのでありまして、「方向と方法」を提示できないTMOなどが“うちの商業者は意欲がない”とか“意識改革が必要だ”などというのはちゃんちゃらおかしいのでありまして、そんなことを言う暇があったら「方向と方法」を発見し提案してみたらどうか。

 ということで、この状況に切り込んでいく熱意と度胸のあるTMO、あるいは個々の関係者いるのかどうか、
商店街~中心市街地活性化の成否は、こういう生々しいレベルにかかっているわけです。
みなさんの認識はどうなっているか知りませんが。

 ということで、ここでハッキリ断言しておきましょう。
商店街・個展の活性化を実現するには
商業者の自助努力の振起が不可欠であり、
そのためには「活性化の方向と方法」を提案する、確信を持ってそれに取り組んで行く、という連携が絶対に必要です。
これを実現するには、直接、「繁盛再生」への道を提案し、実際の取り組みを実現しなければならない。

 このことをサボったまま、他のあれこれに取り組むことで商店街を何とかしよう、何とか出来るというのはとんでもない間違い、やった後で“やっぱだめだった”というのは遅すぎます。

百貨店退出期の中心市街地活性化

三越伊勢丹が店舗再編 鹿児島、名取など閉鎖へ
(9/24共同通信)

三越伊勢丹ホールディングス(HD)は24日、不採算店舗の鹿児島三越(鹿児島市)、名取三越(宮城県名取市)、武蔵村山三越(東京都武蔵村山市)など三越の数店舗を来年春にも閉鎖する方針を固めた。

 三越伊勢丹HDが4月の経営統合後に、本格的なリストラ策を発表するのは初めてになる。月内にも取締役会を開き、これらを柱とするリストラ策を決議し、発表する。

 百貨店業界では、J・フロントリテイリングが今治大丸(愛媛県今治市)の年内閉店を決めており、景気低迷を背景に地方都市を中心とした店舗閉店の動きが加速しそうだ。

 鹿児島三越などは、消費不振や他店との競合で売り上げが低迷。三越伊勢丹は2013年度に業界最高水準となる連結営業利益750億円を目標に掲げているが、そのためには不採算店舗の再編が必要と判断した。

 鹿児島、名取、武蔵村山以外の不採算店や伊勢丹と同地区にある重複店舗も閉店か全面改装を今後検討していく。鹿児島三越の07年度の売上高は107億円と低迷。名取や武蔵村山も売り上げが低迷し、収益が伸びていなかった。

**************** 引用end *****************

 これからさらに加速するのではないかと予想されています。

 中心市街地・商業機能の空洞化は、もちろん、そこに立地する百貨店の業容劣化を含んだものでありまして、かねて当サイトで指摘しているように、「中心市街地活性化基本計画」には、当該中心市街地に立地する百貨店が置かれている状況の把握、活性化への取り組みが目指すべき方向を示すことが必要です。
“そんなこと出来るわけがない”と思ったひとは、基本計画の意義を理解していないことを自認していることになります。

 相次ぐ百貨店の中心市街地からの退出が意味していることは何か?
もはや中心市街地は、
①百貨店といえども成立不能な劣悪立地になっているのか?
それとも
②百貨店といえども中心市街地を立地とする新しい事業機会を認識できていない、ということなのか?

 さあ、どちらでしょう?

 中心市街地活性化基本計画を作って活性化に取り組むということは、劣化スパイラルに陥っている中心市街地の商業機能について、やり方によっては再構築が可能である、とみていることを意味します。不可能だと分かっていれば、はじめから着手しませんからね。
貴重なお金と時間を浪費することになります。

 基本計画を作って活性化に取り組むということは、計画作成に先だって“こうすれば中心市街地の商業は活性化出来る”という「方向と方法」についての確信があってのこと。「方向と方法」が分かっていて初めて計画作りに着手することが出来ます。確信がないのに計画は作れないですよね。

 もちろん、その確信は、○○市で活性化に成功したらしい、といったうわさ話ではなく、「視察の結果」でもなく、理論に裏打ちされたものでなければならない。当たり前です。

 中心市街地活性化の可能性を論証する理論は、それにもとづいて活性化施策を講じれば、中心市街地立地の商業集積・施設は活性化することが出来る、というものであることが求められます。
つまり、中心市街地に立地する商業機能は、この計画に基づ区事業に取り組むことで活性化することができる、ということであり、百貨店についても例外であって良いはずがありません。何しろ中心市街地を代表する商業施設ですから、これを活性化できない基本計画が中心市街地全体を活性化できるはずがない。
基本計画は、百貨店の活性化についても「方向と方法」を提案することが出来る、そういう内容を持っていなければならないということですが、皆さんの基本計画はこのあたりについて責任をとれる内容になっていますか?

 百貨店の課題と活性化に取り組んでいく方向と方法を示している基本計画は極めて限られていると思いますが、これを示すことは不可欠です。
基本計画で活性化の方向と方法が示されないと、百貨店は自らそれを構想することは出来ません。相次ぐ撤退のニュースはそのことを如実に物語っています。
 今現在、退出のたの字も見せていない百貨店もいつどんな決断を発表するか分かりません。
都市が適切な対策を講じない限り、退出する百貨店はこれからも増えていくことでしょう。

 退出しても大丈夫、「所有と利用の分離」があるから、上手く活性化してみせる、という自信がある(ちゃんと理論に裏打ちされた自信でないとダメです)ところは別として、ほとんどの中心市街地は、当該中心市街地内に立地する百貨店に対して、“ともに歩む活性化への道”を提案することが出来ません。何故か?

 答は簡単、「中心市街地の商業機能を活性化する」ために必要な理論を装備していないからです。
百貨店に「活性化への道」を提案できない基本計画は、百貨店以外の中心市街地の商業に対しても「活性化への道」を提案することが出来ていないはずです。
それとも皆さんの基本計画は百貨店を除く商業者に対して“これが活性化への道だ、これにあなたの事業の命運を賭けてくれ”と胸を張って言えるような内容になっていますか?
その計画は“例え百貨店が退出するような事態が起きても大丈夫”という内容になっていますか?

 ということで、中心市街地活性化の取り組みと協働することもないまま、百貨店が退出していく都市の基本計画は、抜本的な見直しが必要です。

 もともと百貨店が立地していない中心市街地の場合は、もし、百貨店が立地していたとして“この計画があれば百貨店も間違いなく活性化出来る”といえるかどうか。
言えないレベルの基本計画で活性化が実現できることはありません。

 百貨店の相次ぐ退出という新しい状況に直面しているわけですが、これを機会にもう一度“わが基本計画は本当に所期の役に立つものかどうか”検討して見られることをお奨めします。
くどいようですが、百貨店がその進退を検討するにあたって、参考にしてもらえないような基本計画は、中心市街地全体にとって有害無益ですからね。

参照:

何をどう売るか

 中心市街地活性化の根幹的課題は言うまでもなくそこに立地する商業集積の活性化、すなわちミクロ、マクロの環境変化を踏まえた「商業機能としての再構築」であることについて、当サイトにおいでいただいている各位は一片の疑念もなく理解されていることと思います。
万一、未だに上記について疑義を抱いている人は是非、当サイトが提唱しているところと格闘していただきたいと思います。
格闘していただくほど内容が評価されるかどうかは分かりませんが、とにもかくにも、「中心市街地活性化」に取り組むにあたって必要と思われる諸々について、一貫、論理的に整合性があり、かつ取り組み可能であり、かつ、達成可能な方向及び方法としてWeb上で提起しているのは当サイトだけです。

 当社が提案しているのは端的に言って、中心商店街を活性化したかったら、「何をどう売るのか」を決め、そのあり方を商業者の自助努力として実現していくことがメインの課題である、ということと、実際にそれを実現していく技術を自修していく方法としての「商人塾」への取り組みです。

 商人塾は、
① 今すぐ業績の好転を必要とする商業者が取り組むことで業績の好転を実現する
② ①を通じて中心市街地の商業立地としての可能性を実証する
③ 取り組みを普及する
④ 既存商業者の取り組み、空地空店舗等の活用を実現する
という取り組みのスタートであり、中核となる取り組みです。

 よほどこれまで準備が進んでいるところを除いて、この取り組みが一定の成果を挙げないと他の事業への食指は動かないと思いますがいかがでしょうか。
基本計画にどのような計画が立てられていようとも、それらの事業に先立ち、もしくはそれと並行して「商人塾」的・自助努力の組織化による「何をどう売るか」すなわち商業集積としての機能の再構築を目指す取り組みが無い限り、商業集積としての再構築は実現することが出来ません。
これまで全国で取り組まれてきた事例を振り返れば思い半ばを過ぎるというものです。

 昨日報じられるところでは、三越百貨店が一挙6店舗の撤退を決定したとのことです。
当サイトで時々展開している百貨店論になれておられるみなさん二は特に驚きは無かったと思いますが、百貨店や大型施設の設置を核にした活性化のシナリオを考えていたみなさんには、抜本的な戦略転換を迫るニュースではないでしょうか。

 問題は三越のみならず、百貨店のみならず、中心市街地所在の大型商業集積に共通しています。
地方都市からの三越の撤退は何を意味するのか?
解明出来た人だけが「大型集積主体の活性化」を提唱することが出来ます。もちろん、商業者を納得させる「合意形成」という難問をクリアしなければなりませんが・・・。

 局面は様変わり、もはや、「有利な支援策」で商業者を誘導するという手法は使えなくなっています。
中心市街地活性化、その気を醸成していくためには、「何をどう売るのか」という課題があることを明らかにし、具体的に「何をどう売るのか」その内容をしっかり提言していかなければならない。
これが行政・TMOが直面している課題ですが、余り理解され手降りません。
藻谷さんも「何を売るか」が課題だと述べておられました。
是非、何をどう売るべきか、具体的な方向を提案していただきたいものです。
「ショッピングモール」とはいったい、“なにを・どう売る”ことで存在意義を実証する商業施設なのでしょうか。

 繁昌する=存在意義を実証することですからね。

中心市街地のリスクテイカー

 「中心市街地活性化基本計画」で示される全体としての中心市街地活性化の推進にリスクを負って取り組むのは誰か?

 都市によって、計画によって様々ですが、共通しているリスクテイカーは既存の商業者です。意外と認識されていないようです。
基本計画が中心市街地・商業活性化に取り組んでいく最上位の計画である以上、たとえどのような計画内容であろうとも好むと好まざるとに関わらず、商業者はその計画に自分の事業の命運を賭けなければならない、というポジションにあります。
自覚している商業者は少ないのですが。

 住む人・来る人を増やす、とか、新設施設やイベントで集客する、といった一見、既存商業者を支援・庇護するかのような施策に終始している計画もありますが、これは“助けてやるからついてこい”といわれているようなもの、tがだし、結果についてのリスクは否応なく降りかかってくるわけです。

 「ついてこい」的基本計画の場合、商業の活性化には商業者自身の「自助努力」が不可欠であり、さらに自助努力は方向と方法を共有して組織的に推進しなければならない、という問題意識は皆無ですから、そのための施策はまったく講じられません。
商業者は、「ついてこい」と言われる方向へ徒手空拳のままついていく以外の選択肢が無いわけです。
これは「テナントミックスの再構築」を掲げている事業の場合も同様です。

 さらに言えば、基本計画が「ついてこい」式の場合。商業者は、相互に孤立したまま、この路線に従うのだ、ということを「選択肢」として提案されることもないまま、そういう状況にいわば、投げ込まれるわけで、この間、計画作成や活性化協議会に参画した「商業者代表」も自分がそういう状況を作り出した、少なくともその一端を担った、という自覚はないでしょうね。

 中心市街地・商業の活性化の成否は、基本計画以下のスキームの機能如何にかかっているわけですが、もちろん、その結果は既存商業者の事業に重大な影響を及ぼします。
旧基本計画がそうでしたね。
多くの商業者が何がなにやら分からない間に各種の事業が推進され、その間も空洞化は加速度的に進み、個店の経営環境は著しく悪化したわけです。

 新基本計画が旧計画に比べて画期的に改善されているとは期待できませんから、状況は以前よりもさらに悪化した環境において、もう一度「ついてこい」と言われているわけです。

 何も知らない間に「中心市街地活性化」についてリスクテイカーとなってしまっている商業者ですが、他方、計画を推進する側の担当者個々はといえば、2,3年間の任務期間が過ぎれば、何事もなかったかのように異動して行きますから、痛くもかゆくもありません。
 これはシステム的にやむを得ないことかも知れませんが、少なくとも“基本計画は商業者にリスクを取らせるもの”という基本的な性格は確認しおいていただきたいものです。
既存商業者は退出した、あとは空地空店舗ばかり、ということになれば、もちろん中心市街地は都市の顔、都市経営機能の空洞化が暴露されることになりますが、さて、個々の担当者がこのあたりについて本当に危機感を持っておるのかいないのか、それほどおつきあいがないので分かりません。

 いずれにしても、基本計画にもとづいて中心市街地をマネジメントとリスクテイカーとの不適合が発生しておりまして、これを是正するのはもちろん、双方の責任ですが、とりわけ、リスクを取ることになる商業者はこの事態を直視し、対応を考えなければならないわけですが、それが可能なら「ついてこい」的計画は存在しなかったろう、ということも思われるわけで、なかなか大変です。

 状況の打開にあたっては、TMO、タウンマネージャーさんこそその先頭に立つべき職能ですが、これまた自覚している当事者はほとんどいないのではないか。

 頼みの綱は「理論武装した商業者」の存在ですが、目下のところその存在も一部を除きほとんど見えません。
一部というのはもちろん、当社的商人塾の修了者ですが、この場合、「四者による受講」が修了していると話はさらに早い。
しかし、類似の取り組み機会を持っていないリスクテイカー・既存商業者は、状況にどう対応するのか?
「ついてこい」と言っては見たものの、行政側も選択している方向と方法に確信があるわけもない、内心忸怩たるものがあるのではないか、と思われるのですが。

百貨店という業態

 学問的にも業界的にも各社レベルでも定義されておりません。

 今や百貨店は業態誕生以来の危機に直面しているわけですが、危機は機会でありまして。
従来的ものの見方・考え方に執着していれば、環境の変化は危機そのものですが、他方、環境の変化を「プラス」ととらえられる「ものの見方・考え方」に立てば、もちろん状況はプラスと見ることが出来ます。
状況は本人が「どう見るか」ということで危機にもなれば機会にもなるわけで、これが「転換期」の特徴です。

 百貨店の場合、問題は「百貨店の歴史」を繙いて見れば如実になると思うのですが、今度は「その歴史をどういう視点で総括するのか」ということが問題でありまして。
曲がり角にさしかかっている小売業の活性化は、「どうとらえるか」という「方法の問題」であるという問題意識がないと手も足も出ないかも知れません。

 商業界、商業学界にはあまり見られない問題意識かも知れません。

 視点を変えて。
百貨店はどうしてファッションとインテリアという「二貨店」に変容してきたのか、ということを取り上げてみてはどうでしょうか?
これはもちろん、「競争戦略の総体」から実現したことですが、この間の「競争戦略」はどれくらいそれとして認識されているだろうか?という疑問があります。
つまり百貨店は漸進的に今みられる「二貨店」へと業容を転換してきたわけですが、これは果たして目的意識的な転換だったのだろうか?
もしそうだとすれば「転換」を促進した戦略の「論理」はどのようなものだったか、ということですね。

 このあたり、現職の戦略担当者には喫緊の問題だと思いますが、実際にはどう解明されているでしょうか。
伝えられる各社のリニューアルにはこのあたりを着眼して視ると面白いかも知れません。

 二貨店への変容は、量販百貨店の展開と密接に関連していますが、その位置づけは積極的な選択だったのか、それとも退避行動だったのか?
というあたりから考えてみましょう。

 中心市街地関係者には活性化の成否を百貨店の活性化に丸投げしているケースもあるようですが、大丈夫ですか?
果たして百貨店が「当該都市の中心市街地における店舗活性戦略」をもっているのかいないのか、戦略は「中心市街地活性化の方向と方法」に整合的であるのか否か・・・。
というあたりの検証はいつ誰がやるんですか?

百貨店がこけたら皆こけた、ということで困りますからね。
『百貨店の活性化』

時間堪能型社会

 当社創発のマーケティングテーマです。

ラグジュアリィリテイラーを実践して新しい「繁昌」実現への道を切り開いておいでの皆さんは、十分納得されていることと思いますが、それ以外のひとにとっては“なんのことやら”かも知れません(笑

 ということで、ラグジュアリィとか時間堪能とか、当サイトが提唱するマーケティングテーマについて、過去ログを紹介しておきます。
本来なら、「カジノ資本主義」・「ネズミ講経済」の現状を踏まえつつ、新段階を書くべき時ですがとりあえず、過去記事で。

時間堪能型社会の予兆

我々が生きる時代

「我々が生きる時代」について

ラグジュアリィリテイラー

 商業機能の商店街~郊外型商業という「自然成長」型の発展を促した社会状況と今日的状況との違いをしっかり理解しておかないと、「中心市街地活性化への道」や「個店の繁昌再構築」を構想することは出来ないのではないか、ということです。

 いよいよ、いろいろ「面白い時代」となる条件が揃いつつあるようにも見えますが、
「面白きこともない世を面白く」
といった人もあるように、面白くするかどうかは人次第。
商店街活性化などはその典型でありまして、
その気になって
面白がって
取り組まないと実現できないと思いますが、さて、
その気になって・面白がって
取り組む人が
いるのか・いないのか
というあたりがキモであり、かつ、
面白がる人を増やしていく
というあたりにカギがあるようで
皆さん、いっそう頑張っていきましょうね。

鶏が先か卵が先か

中心市街地・商店街活性化のメインイシューは、「業種揃え・店揃えの最適化」であることは ―残念ながら未だに関係各方面共通の認識になっておりませんが― 御地の『基本計画』記載の「商業活性化の目標」がどう決定されていようが、TMOがどのような能力組成になっていようが、絶対に変更が許されないところです。
疑う人はを見よ(笑

 「業種揃え・店揃えの最適化」とは、「テナントミックスをマネジメントする」ということです。
ここでまたしても注釈が必要でありまして、ここでいうテナントミックスマネジメントは、SCやファッションビルなどのテナントミックスとはまったく違います。
?な人はを見よ(笑

 さて、本論。
参照いただいた記事で明らかにしているとおり、業種揃え・店揃えとは「売場揃え・品揃え」のことです。
「ショッピングモール」なり「都心型商業」なりとしての「来街目的」を中心市街地全体の「売場揃え・品揃え」で作り上げるということが、中心市街地・商業活性化の方向であり、つまるところ、「テナントミックス」の目的。

 問題は、この「テナントミックスの最適化」を実現していく方法にあります。
取り組みは、中心市街地所在の商業機能の現状はご覧のとおり、劣化スパイラル真っ逆さま、というところからスタートするわけですが、さて、第一段階の取り組みはどこか?
という問題がありまして、もちろん、「合意形成ができた順に取り組む」というのも一案かも知れませんが、ものごとには順序というものがありまして。
『基本計画』には事業の順序などは書かれていないわけで、こう言うことを明確に定めておかずに、なにが計画だよ、という声が聞こえたりするわけです。

 第一段階の取り組みは大別二つに分かれまして、

第一は、街全体の取り組みを優先する

 という方法で、具体的な事業内容はソフトからハードまで多様ですが、ともかく。
“商店街の活性化は個店レベルの取り組みでは不可能だ”という論証抜きの視点から一挙に「街ぐるみの取り組み」が追求される。共同の取り組みともなれば補助制度も揃っていますから「追い風」を受けます。
共通しているのは、商店街が空洞化しているのは人通りが少ないから、ということで、「人通りを増やす」方策を考えます。
集客的サービス、集客的イベント、集客的装置・・・。
いろいろ試みられますが、事業が成功すれば、人通りが増え、上位目的である「商業の活性化」が実現出来るか?
先行事例ではどういう結果が得られているか?

①通行量はなかなか増えない
②通行量が増えてもショッピングにはつながらない
という事例も少なくありません。
それもそのはず、来街した人がショッピング客になれそうな「売場揃え・品揃え」が実現されていませんから。
「ショッピング行き先」としての魅力の方は劣化スパイラルに陥っている状態のままで、表の「人通りを増やせば」、店内の劣化スパイラルにブレーキが掛かるものかどうか、考えてみるまでもありません。

 ということで、「最初の取り組みは、街全体の取り組みで商店街を活性化すること」という着手は、お奨めできません。
というか、これまでさんざん取り組んで、さんざん失敗してきたことではありませんか?

 第二は、個店のシャッターの内側の取り組みを優先する
という選択です。

 ご承知のとおり、商店街で営業しているお店のうち、劣化スパイラルに陥っていない・すなわち、うちの店は今のままで将来にわたって安泰だ、と胸を張れるお店は極めて限られています。
そういうお店が日頃商店街の事業に協力(「協力」であって「自力で推進する」という認識ではない)しているのは、
①商店街に(立地的に)お世話になっているから ②役員が頑張っているから ③やらないよりやった方がいいかも というように納得して、というかこじつけて、
というかまあ、そういうことです。
 しかし、仏の顔も二度三度、効果の無い取り組みもいい加減嫌気がさしてきています。

 自店の将来を考えれば、活性化に取り組むヒマがあったら他のことをしたい、というのがホンネではないでしょうか。「他のこと」つまり本当は何を為すべきか、ということが見えていない、というところに問題があるのですが・・・。

 他方、劣化いちしじるしいお店の場合は、事態はさらに深刻です。売れない店内を少しでも改革改善すべきところ、その方向も方法も分からないまま、「商店街活性化」に動員されるわけですから。
それでも正面切って不満が出ないのは、根が優しいから。
しかし、「協力」も武運つたなく廃業すればお終いです。

 というように考えれば、今、取り組まなければならないことは、個店シャッターの内側の改革=繁盛店づくりでありまして、現下の状況において繁盛店を構築する「方向と方法」を入手し、実践していくこと、だということに誤解の余地はありません。

 個店レベルの取り組みに一定の成果が出るようになって初めて「街全体の取り組み」のあるべき方向と方法が明確になるのでありまして、けしてその逆ではありません。

 今現在、さっそく着手しなければならないことは、
①個店の劣化スパイラルにストップをかけ、業績好転を実現することで、商業者の「元気」を取り戻し、同時に、
②中心市街地の小売業立地としての可能性を実証する、という仕事です。もちろん、①について「ラグジュアリィ」を掲げた取り組みを組織化すれば、その実践で②も達成されることは当サイトがつねづね主張しているところ、既に試行が始まっています。

 中心市街地の商業活性化、成功するのは「人集めが先」派か、それとも「売場づくり先」路線か?か
鶏が先か卵が先か、ということですが、もちろん、卵が先に決まっています。
この時期、「シャッターの内側の活性化」という自助努力に組織的に取り組む、という方針を持っていないところは、一年先、二年先、五年先も同じような「街ぐるみの取り組み」に終始する以外ないわけで、その間も劣化スパイラルは厳然と進展しますから「空洞化」は行くところまでいってしまいます。つまり、「活性化の取り組み」の基盤自体が崩壊することになります。

 既存個店の活性化、自助努力の「方向と方法」を明らかにし、かつ、実際に取り組んでいくための施策を準備している『基本計画』は―残念ながら―これまでのところ見あたりません。
このことも含めてどう取り組んでいくのか。

 TMOを筆頭に関係各組織が直面している問題ですが、さて、どれだけの中心市街地で自覚されているのか、なかなか見えてきませんね。

成功事例と失敗事例

 不幸な家庭の条件は様々だが幸福な家庭はワンパターンに見える
と喝破した小説家がいたように記憶しますが誰でしたかしら。

中心市街地の場合(笑。
成功した事例は、それぞれ固有の条件をいろいろ持っており、失敗した事例はたった一つ共通する原因を持っている。

このところ、「成功事例」と評され「ハード先行主義者」や「所有・利用分離主義者」を勢いづけている感のある「成功事例・丸亀商店街」ですが、もちろん、手放しで成功事例と評価することができるかどうか、目下takeoは判断保留です。
というか、街区としてはともかく、中心市街地活性化としては、さて、どうでしょうか。
隣接商店街への「波及効果」が案じられるところです。

成功事例と手放しで評価する皆さんは、「丸亀に続け」と言うことでしょうが、もちろん、続きたかったらその取り組みをきちんと分析してからにしていただきたい。
ちょっと考えただけで次のような課題をクリアしなければ「成功」には至りません。
①ハード事業の結果が「吸引力の強化」となるようなデスティネーション強化策が立てられた上でのハード事業であること
②事業に先行又は平行して街区内外の各個店が「デスティネーション」を分担する内容で「業容の転換」に取り組むこと
③言わずもがなではありますが、必要な資金を確保していること、はもちろんですね。

 ということで、こういう課題をクリアするためには、それぞれ街の実状に基礎を置いた取り組みが先行しなければならない。
ローマは一日でならず、ハード事業はそれのみでは成功いたしません。

ということで、「成功事例」特にハード系の事業の場合、はじめから終わりまで「建設一本槍」で成功にこぎ着けた、と早とちりするととんでもないことになります。

「成功事例」には他からはなかなか伺うことの出来ない、様々な条件に恵まれていたり、自ら創り出していたりするわけです。

一方、「失敗事例」のほうはどうでしょうか?

 失敗事例が失敗した原因は、すっきりはっきりしておりまして、後先考えずに事業に取り組んだ、ということですね。ほとんどの「失敗事例」がまさに・この・たった一つの理由で失敗への道をたどっています。失敗に至る道は簡単でありまして、たった一つ「後先考えずに事業に飛びつくこと」、これをやれば事業は必ず失敗しますからね。

 失敗した事業にはすべて共通する特徴があり、それは「後先考えずに着手した」ということ。ハードでもソフトでも、共同でも個別でもみんな一緒です。
「失敗」を自覚している事業経験を持っている人は、ちょっと考えてみていただきたい。
あなた方は、その事業に取り組むにあたって「後先のことをしっかり考えていただろうか」と。

 ということで、これ以上失敗経験を増やしたくなかったら、取り組む事業を決めるに先立って、「後先」をよく考えておくことです。

①この事業の上位目的は何か?
②この事業に取り組めば本当に上位目的を達成することができるか?
③上位目的を達成するために、この事業と平行して何を実現しなければならないか?
などを考えておくことは当たり前。さらに、
④この事業を成功させる条件は何か、我々はその条件を持っているか、あるいは作ることが出来るか?
ということも当然チェックしなければならないし、
⑤そもそも、設定している「上位目的」は商店街活性化(=繁盛店が軒を連ねる街並みの再構築)に直結しているか?
ということは特に十分吟味しておかなければならない。

 当たり前のことばかりですね。

 失敗事例の場合、事業着手に先立て当然クリアしておかなければならないこれらの「当たり前」のことが、きれいさっぱり、みごとに省略されています。
自分の「失敗事例」を振り返ってみれば、思い半ばを過ぎる、ということではないでしょうか。

 丸亀を成功事例と評価すれば、うちも成功したい、丸亀に続きたい、ということになります。
丸亀は、所有と利用を分離している、と聞いたとたん、“所有と利用を分離すれば丸亀になれる”と早合点して、補助制度などを研究し、「分離」についての合意を形成しやすいモデルを作って合意を形成する・・・。
この間、上記各項の課題への取り組みは一切なし。

 こういう成り行きで「失敗事例」は失敗しているわけでありまして、このパターンをきっちり認識しておかないと、取り組む事業は変わっても失敗パターンはいつまでも継続することになるわけです。
失敗した後で、こんなはずじゃなかった、と思いながら“やっていなかったら事態はもっと悪くなったはず”と弁解するのは常套パターンですが、典型的な引かれ者の小唄、「廉恥」という言葉を知っていれば、絶対できない弁解ですね。

 ということで、成功事例に学ぶと失敗事例を増やすことになる、というよく見かけられるメカニズムを分析してみました。
なにがしか、お役に立てば幸いです。
というか、事業の選択にあたってはくぐれも「後先」をよ~くお考えになるように。
老婆心ながら、念のため。

商人塾 自助努力の組織化

 劣化スパイラルに陥っている商店街を活性化するには、
①既存個店の自助努力の組織化 と
②空地空店舗の体系的な活用
が必要なことは、当サイトの常識ですね。

 この二つにどう取り組んでいくか?
TMOを中心とする実動体制がまず方向と方法を確立しなければならないのがこの問題です。
従来、各個店がそれぞれの力量・視点に基づいてバラバラに取り組んできた自助努力ですが、今後は基本計画に基づいて方向を共有することで「相乗効果」を発揮する。
街を一個の商業集積に見立てて機能を再構築する、というからには既存個店の自助努力が目指す方向を集約することは当然の課題です。

 と、書いたりしゃべったりするのは簡単ですが、実践はどうするのか?
どうすればこれまで各個に取り組んできた自助努力=営業努力を一定の方向に組織することが出来るのか?
そういう方法があるとは想像も出来ない人が多いと思います。

 ところが。
案ずるより産むが易し、ではありませんが、当社提供の商人塾(あくまでもクオルエイド流であること!)を採用すれば、たちまち「自助努力の組織化」へのスタートを切ることが出来ます。
実際に、現在既に自店の活性化・繁盛店づくりに取り組みながら、平行してその組織化に取り組むという事業を展開している中心市街地があります。
 個店レベルの自助努力を組織化するためには、当然、店づくり~街づくりの方向と方法を共有することが必要であり、そのためにはまず理論を共有することが必要です。
ご承知のとおり、当社が提供する商人塾では、必要な理論を体系的に修得していただきます。
http://www.quolaid.com/seminar/syouninjuku05.htm

 商人塾の特徴は、理論修得と平行して繁盛店づくり=業容三点セットの漸進的改革に取り組むこと。
理論を学ぶかたわら、実際に体を動かして自店の繁昌づくりを実践します。
理論と実践に同時並行で取り組む、これが商人塾の特徴です。
商人塾に参加する皆さんは、繁盛店づくりを実践するとともに、その実践のなかで「方向と方法」を共有する仲間が出来ます。
「組織化」の第一歩です。

 参照いただいたように、商人塾では個店レベルの取り組みだけではなく、その延長上で商店街ぐるみの繁昌実現、中心市街地全体の商業街区としての活性化を実現していく方向と方法についても」修得していただきます。
 商人塾参加者は、自店の繁昌を実現することで「理論の有効性」を実証しながらその取り組みを街全体・中心市街地全体へ波及拡大していくという役割を果たします。この取り組みが自店の将来にわたる成長の基本条件であることが理解されているからです。

 商人塾が二期、三期と継続実施される間に、まちには繁盛店へと生まれ変わる店舗が増え、空地空店舗を利用した新規参入も増えてきます。「街を一個のショッピングモールと見立ててマネジメントしていく」ために必要な基礎的条件が作られていきます。

 そこで皆さんにご質問。
 上で簡単に述べたような取り組みを抜きにして、繁盛店を創り出すとか、街を活性化するとか、一個のショッピングモールに見立ててマネジメントしていくとか、つまり、TMOによるタウンマネジメントを実施する、ということが出来るものでしょうか?

 いうのは簡単ですが、
実際に体を動かし、店舗のあり方を変えていくのは誰か?
変えるための理論・技術はどこで入手するのか?
取り組みをどう波及伝搬させていくのか?
といった数々の問題に「解」を準備することなく語られる「タウンマネジメント」はウソ偽りではないでしょうか?
 ウソ偽りを基礎に組み立てられる事業で「活性化」を実現することが果たして可能でしょうか?

 ということで、商人塾の実践はそのまま「自助努力の組織化」を実現することに直結しています。既に、進む方向と方法について確信を持った取り組みがスタートしているわけですが、あなたの街では「自助努力の組織化」、どういう回路・段取りで実現するつもりですか?

大海波瀾 クジラ一匹?

豊後水道沖合に国籍不明の潜水艦が出没した件
情報がグダグダで話にならず、次のとおり指摘しました。
『誰に仕掛ける情報戦か?」
http://quolaid.blog13.fc2.com/blog-entry-621.html

報道される内容は理解を超えており、まあ、情報戦のつもりかも知れないが、それにしては誰に向かって仕掛けているのか分からない。

続報です。本日の東京新聞(共同)
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2008092001000848.html
高知県・足摺岬沖の豊後水道周辺で国籍不明の潜水艦が領海侵犯したとされる問題で、防衛省・自衛隊はクジラを潜水艦と見誤った公算が大きいとの見方を固めた。複数の関係者が20日、明らかにした。ただクジラと断定できる「証拠」もなく、結論は迷宮入りになりそうだ。

 防衛省の14日午後の発表では、同日午前6時56分、海上自衛隊のイージス艦「あたご」が豊後水道周辺の領海内で「潜望鏡らしきもの」を視認。音波を出して反響音で船舶などを探知するアクティブソナーで、約30分後「潜水艦の可能性が高い」と判断したという。スクリュー音など音の特徴を示す「音紋」は取れなかった。

 関係者によれば、具体的には、ブリッジの外にいた砲術長が約1キロ先に潜望鏡らしきものを目視で発見。約10秒間見た後、そばにいた艦長に伝え、艦長は水面下に消えかかった潜望鏡らしきものとその影響で波打つ水面を確認した。

 「あたご」は「潜望鏡らしきもの」の方向へかじを切り、アクティブソナーから何度も音波を発信したが、何らかの動くものを探知したのは2回。いずれも領海外からの反響音で、特に最初は、潜水艦の速度では想定できないほど現場から遠い地点からの反応だったという。
********* 引用END *************

 ということで。
なんと「情報戦」は防衛省内部のひとり相撲だったというお粗末ですが、国民的にはこの収拾案を信じてよろしいのでしょうかね?

 “中国っぽい”などという観測が出て中国から抗議を受けたあとですし・・・。

 国の内外に長期にわたって深刻な影響を及ぼす大事件ですが、本件、報道したのは「共同」経由で大手は日経、東京のみ。(サイトで見る限り朝日、読売、毎日は報道せず)
“<総裁選”ですか、そうですか。

 イージス艦の行動、警戒活動、海上自衛隊のビヘイビア、本省の情報処理、報告、トップの判断とシステムが全体的に「不適切」であることがあらわになったわけですからね。(今回も、というべきか)
素人的には、わが国の〈防衛構想〉全体の実効性に?が付く大問題だと思いますが。
対応としては「見直すべきは見直す」ということで一件落着、得意の“うやむや裡の終息”ということになり、中国に借りができたり嗤われたり、機能分析の格好の手がかりを与えたり・・・。
これでは「イージス艦は張り子の虎」とか言われそうですがそれでいいんでしょうかねぇ。

 前の記事の訂正をば。
潜水鑑相互のせめぎ合いで、それぞれ音紋登録は当然、個別艦の艦長のプロフィールまで掌握済み、というのは米ソ冷戦時代の原潜同士のことでした。
 まあ、わが国の防衛環境からすれば(さらに最近頻発する潜水艦事案からみて)対潜水艦対策は焦眉の課題、その程度の情報蓄積は当然行われていると思いますが。
というか、そうでないと大変ですよね。
真相?は「対応策」を見守ればある程度見えてきます。

 いずれにせよ列島劣化のスパイラルは、防衛部門、公海界隈にまで及んでいるようで、反転向上は“隗より始めよ”それぞれの持ち場からスタートする以外にありません。

 我々にとっての課題はもちろん、中心市街地の劣化スパイラルを押しとどめ、「活性化への道」への軌道転換を実現すること、ですね。

TMO 理論無き専門家組織の選択肢

 TMO(毎度のことながら「まちづくり会社」も)の本来業務については、その定款などの如何にかかわらず、「中心市街地活性化」を推進していく体制の「司令塔」であることは、明らかです。
参 照

 「司令塔」としての役割を果たすためには、果たすための「機能」を装備しておかなければならない。当たり前ですね。
このことについては、当サイト以外ではほとんど論議されていないというのが現状です。ご承知のとおり。

 当のTMOさんにも「司令塔」という自覚があるのかないのかよくわかりませんが、少なくとも「司令塔として果たさなければならない職責」とか「職責を全うするために必要な能力」などについて真剣に考えられている可能性は、恐るべし、ほとんどゼロ、です。

 司令塔であれば、当然、
①全体としての取り組みが目指すべき方向や方法について、「法」~「基本計画」のスキームを踏まえて明らかにする、
②関係各方面がそれを共有し、「別個に進んでともに成果を挙げる」形を作る
③実際の取り組みを指導・支援する
というのがTMOのお仕事です。TMO以外にこの仕事を受け持つところはありませんから。

 そうしますと、まず、なにはさておき取り組むべきは、「基本計画」を実行にうつすための準備です。

第一に必要なことは、《「法」~基本計画》という枠組みを、実効ある取り組みに翻訳するための「理論」を装備すること。
いつも申しあげているとおり「法」~「基本的な方針」は、商業理論抜きでは、活性化の取り組みの指針にはなりません。
基本改革所載の各種の事業・措置ももちろん、商業についての知識を抜きにしては「実効ある取り組み」、「個別取り組みの蓄積・相乗としての活性化の達成」に向けた展開が出来ません。

 TMOは「理論武装」が不可欠なのです。
理論武装は、TMOに限らず専門的な知識を必要とする仕事に当たる組織には不可欠の条件でありまして、今さらこういうことを書かなければならないという状況そのものが、取り組みの困難な状況を創り出している、ということになりますね。

 TMOが「司令塔」としてのポジションを占めるのは、“専門家としての能力を持っている”ことが前提ですからね。
スキームで決まっているとおりの手続きを経て設置したとか、公募で採用されたなどというのは、責任を果たしていく上でなんの力にもなりません。
設置即開店休業、というところが多いことは、サイトやブログをチェックすれば一目瞭然です。

 TMO、喫緊の課題は一日も早く理論武装を実現すること。
そのためには、装備するにふさわしい「理論」を発見すること。
適切と判断される理論が見あたらなければ、自ら理論を作ること。
(これがTMOが直面している課題だということが分からないようでは困ります。)

 もちろん、理論は自分が装備するだけはなく、関係各方面と共有しなければならない。最終的に理論は「まちづくり・店づくり」の実践を導く、という仕事を果たさなければならないのですから。

 考えてみれば、旧スキーム時代に立ち上げられた時点でこの課題を認識し・適切に取り組んでいれば基本計画の見なおしは不要だったかも知れません。当社流「商人塾」に取り組んでいる皆さんは実感されているはずです。

 既にご承知のとおり、中心市街地活性化、実現の方向と方法について、理論と実践の両面についての「理論」を提供しているのは、これまでのところ当社だけでありまして、これは皆さん、好むと斧混ざるとに関わらず認めざるを得ない「客観的事実」です。
装備すべき理論として当社の提供するところが気に入らないな(他に既製品は提供されていませんから)自分で創る以外にありません。
「一店逸品」とか「不動産の利用」などは方法の一環ではあるにせよ、「活性化の方向」ではありませんから、お間違いの無いように、とこれは老婆心ながら。

 ということで、TMOさんがいますぐ着手すべきことは、中心市街地活性化の方向と方法・事業のあり方について適否を判断するための「理論」を関係各方面と一所に装備するという作業です。

 この作業についてのTMOさんの選択肢は、端的に言えば、
①当社提供の勉強会『中心市街地活性化への道』6時間コースに取り組むか、あるいは
②自力で理論を創ったうえで都市の関係各方面に提案、採用してもうらうか
という「二者択一」だと思います。
それとも他に選択肢がありますか?
理論装備をサボって「活性化への道」を構想できますか?
その「道」は既存商業者の自助努力の「導き」になりますか?
・・・・・
ということで、TMOさんが今秋取り組むべきことは、
当社亭提供の勉強会
合意形成への最短距離・「中心市街地活性化実現の方向と方法
を開催することではないでしょうか?

 「入門編」的内容ですが、絶対に無視することの出来ない理論です。
この程度の理論装備・共有が無いまま、漫然と個別事業に終始してきたのが、これまでの取り組み・結果の原因であることは、当サイトの記事を読めば一目瞭然のはず、一日も早い取り組みが期待されています。

 必要な理論を装備していない人が「専門家」として通用したのはこれまでの中心市街地界隈だけ、その条件は「法」改正以降、大きく変わっています。
これまでの取り組みはなぜ活性化に失敗したのか、新しい取り組みはなぜ成功すると言えるのか?
理論無きTMOは説明責任を果たすことが出来ません。そういうTMOが商業者に“TMOが示す方針・指導に事業の命運を賭けてくれ”といえますか?
言えないTMOは不要なんですが。

 こうして理論武装無きTMOは、活性化を進めていく上での「推進装置」どころか「障害物」になってしまいます。
その分かれ道が「理論装備」です。
 
 当エントリーの内容、ホントかウソか、TMOのみならず中心市街地活性化関係の皆さんはじっくり検討してください。
TMOがその気にならなければ、他から取り組みが要請されることになりますが、専門家集団としてのTMOがそういうスタンスでいいのかどうか、ここでも「専門家とはなにか」ということが問われています。
もはやTMO「第三の道」はありません。

能力に応じて働き・・・?

 必要に応じて受け取る、とはマルクス共産主義のビジョンですね。
 少なくとも「分業社会」においては困難なことでありまして、もちろん困難は二重構造になっておりまして、
1.能力と仕事のマッチング
2.仕事と報酬のマッチング
というわけです。
本日、考えてみたいのは1の方。

 分業社会のオキテは、「能力に応じて働く」ということではなく、「仕事に応じて能力を発揮する」ということです。
ある人がある職能を担当することになったら、本人が本来どのような能力を持っているかに関わらず、“当該の職能の遂行に必要とされる能力を発揮しなければならない”のでありまして、期待されている能力を発揮できない場合は、時と場合によっては更迭されるわけですね。昨日もビビッドなニュースがあったようですが。

 ということで、今日のテーマももちろんTMO(まちづくり会社)です。

 設立の経緯から始めると長くなります。
詳しくは、【都市経営・入門編】で検討することにして、ここではすっきり、核心をば。

 TMOの本来業務は、「中心市街地所在の商業機能の活性化」であり、とりわけ“劣化著しい商店街群の商業機能(施設)の活性化”を中核課題とする、「都心型商業機能の再構築」です。関係者の中には“そんなことは聞いたこともない”という人がいるに違いありませんが、本当です。
(詳細は【都市経営】で)

 TMOは、「都心型商業の再構築」という目的の達成を目指す広範な取り組みを領導する組織です。
「企画調整」といってもあまり内容は変わりません。
『中心市街地活性化基本計画』に示されている中心市街地活性化の方向と方法にもとづき、事業・措置の推進をあるいは自ら担当し、あるいは他が実施するところを指導し支援する、全体の進捗を統制する、という仕事です。

 ということで、既にお分かりのとおり、
“中心市街地活性化を推進する組織としてTMO(まちづくり会社)を設置する”といったとたん、TMOの役割は上記のとおり、「全体の司令塔+実動」という機能を受け持つことになります。
TMO以外に「統制」という機能を持つファンクションはありませんから。

 そこで問題。
TMOの職能、設立時点ではいろいろと定義されたかも知れませんが、本来業務としては「司令塔」であり、時間が経つにつれて「司令塔」としての期待が強くなってくることは関係者が日頃ひしひしと感じておられるところでありまして、“うちのTMOに限ってそんなことはない”などいう人はよほど鈍感か、関係各方面から隔絶された業務環境にいることを自白しているようなもの、いずれあなたも実感せざるを得なくなるw

 TMOは、中心市街地活性化の取り組み全体を仕切っていくことが本来業務ですから、設置されたらその時点で「必要な能力」が定義されてしまいます。
TMOに要求される仕事は、「中心市街地活性化の推進」を仕切っていくことですから、要求されるのは、仕事を執行していくうえで必要な「計画・統制・批判」能力だということになります。
中心市街地活性化とりわけ商業機能を再構築する、という仕事に必要な「計画・統制・批判」能力とはどのような種類・レベルの能力かということについては、当サイト常連の皆さんにはすでに了解されているとおり。
例えば当サイトで展開している「中心市街地活性化の方向と方法」を採用し、上位計画と整合を取った上で関係各方面の合意を得て推進していく、という仕事の推進に必要な能力ですね。

 繰り返しますが、この能力は、「TMO」と口に出したとたん、必要になる能力でありまして、“イヤ、うちのTMOの定款ではそんなことは期待されていない”といっても通用しません。それは定款を作成した人がTMOを理解していなかった、というだけのことでありまして、TMOの定款を作った人の識見の具合程度によってTMOの任務が左右されるということはあってはならないことですね。
TMOの任務は「中心市街地活性化を推進する取り組みの司令塔」であることをキモに銘じておくこと。

 したがって、TMOは「能力に応じて」あるいは「自分の理解するところにおいて」一所懸命働けばよい、というモノでありません。
その能力は、“中心市街地活性化の実現に取り組む体制の司令塔としてやるべき”仕事の側から一方的に・妥協の余地・誤解の余地無く降りてくるのでありまして、TMOが設立時点でどういう能力スキルの持ち主で組成されたかということとは無関係に、「装備しておくべき能力とそのスキル」は決まっています。
もちろん、TMOの能力の基礎は、組織を構成する個々人の能力・スキルですから、縁あってTMOに所属することになった個々人は、「所属した」という一事をもって「発揮することが期待される能力とそのスキル」が一方的に規定されるわけです。
業務から一方的に定義される能力・スキルを何が何でも発揮すること。
これがTMO要員の報酬の源泉ですね。
実際にそうなっているかどうか、報酬が役割に整合している改案かはともかくとして。

 “能力に応じて働き、契約にもとづく報酬を受け取る”ということは許されません。能力の如何を問わず期待された職能を遂行することが報酬の根拠です。

 そこでタウンマージャーさんのお仕事ですが。
どこの都市でもTMO的組織の立ち上げは未曾有のこと、組織の定義もいまいちだったりしますから、まして自前の定義を超えた能力が求められていることなど誰も自覚していないかも知れません。大いにあり得ることです。
 
 就任と同時に「中心市街地活性化」という仕事のスキームを把握し、その理解を踏まえて状況を分析し、課題群を構築し、取り組み体制を構築しなければならない。
(自分が担当する領域について問題情況の分析能力を持っていることは、「マネージャー」固有の条件です)

 固有の能力の範囲とか程度に関係なく、タウンマネージャーに就任した、ということをもって、即座に・自動的に発揮しなければならない能力が決まるわけでありまして、あらためてこうして分析してみますと、なかなか大変な仕事だということがひしひしと感じられますね。

 もちろん、本来的なTMO業務を果たしているTMO、あるいは公的立場はともかく、実際に推進体制の構築・運用をになっている人は、自覚の如何に関わらず、如上の仕事を如上の能力を発揮しつつこなしているわけです。
そういう人が全国にどのくらいいるのは「謎」ですが。

 というわけで、TMOとりわけタウンマネージャーさんは自前の能力の程度に関わらず、「やるべき仕事」が一方的に決定されておりまして、当面、自分及び職員の能力をマッチングさせることが喫緊の課題です。
 「タウンマネージャーのブログ」などを業務の一環としてかどうか、書いている間もTMOに対する「本来的期待」は増大する一方、誰も身辺雑事の報告などを期待している人はいませんから。

 ということで。
このところ、TMO&マネージャーさんには厳しいエントリーが続きますが、毎度申しあげているとおり、これは「エール」ですからね。

 TMOが関係各方面から“良くやってくれている”と評価され“一緒に頑張っていこう”という気持ちになってもらうことは、仕事を推進していくための基本条件です。
いうまでもないことですが。

 条件を作るためにはまず第一に、
「能力に応じて」働くことでよしとするのではなく、「(潜在的に)求められている能力」を何としてでも実現する、という覚悟をすること。
おっとその前にもちろん、当エントリーのエールをしっかり受け止めていただく、ということがありますね。

百貨店の経営革新 (久留米市)

 18日の西日本新聞が報じるところによりますと。
来年3月で撤退することを公表している久留米井筒屋ですが、跡地の利用について、企画を受託しているコンサルタントが、井筒屋を核とする再開発計画の素案を市に対して打診したとか。
井筒屋は「社内で意志決定したわけではない」そうです。

 これを受けて市では、撤退~再開発の間、道路を挟んだ向かい側にある旧ダイエー後の空きビルでの営業を要請したそうです。
空洞化著しい久留米市中心商店街、これからいろいろ動きがありそうです。

 緊急の課題は、久留米市的な規模の都市において百貨店が果たす役割を定義すること。
本来なら「基本計画」に明記するか、今回のように基本計画策定以降に生起した問題の場合、TMOが取り組むことになるのでしょうが、一般的にいって、そこまでの機能は『基本計画』、TMOともに持っておりません。
(これは「欠陥」です。)

 いずれにしろ、撤退を表明している百貨店に経営戦略の転換を要請するわけですから、百貨店側が検討するに値する構想を提案しなければならない。
このとき前提になるのが、先述した都市中心市街地における百貨店という業態が果たすべき役割を再定義する、という課題です。

 我が百貨店業界では、空洞化からの立て直しが求められている中心市街地における自業態が果たすべき役割、そのあるべき姿を自覚的に追求する、というタスクを自覚しておりませんから、市側が定義し、提案しなければならない。
これは早晩、多くの都市が直面することになりかも知れない課題です。

 もちろん、本来ならこれは「中心市街地活性化基本計画」に定めておくべきことでありまして、久留米市の例で言えば井筒屋は当然計画作成プロセスに参画していたわけですから、官民合同で“久留米市中心市街地活性化の取り組みにおける自店の任務”あるいは、久留米岩田屋とともに、“久留米市中心商店街における「核」機能として百貨店が果たすべき役割”について定めておくべきでした・・・。

 中心市街地における自店の機能の定義を定義していない、ということでは岩田屋も同様だと思いますが、この時期、自店の業容の再定義をしていない百貨店は存続が危ぶまれます。
もちろん、久留米市に限られた話ではありません。

 一方、百貨店が立地している中心市街地の場合、百貨店の存在はもちろん中心市街地活性化を推進していくうえでの大前提、「集客核」として不可欠の存在と考えられているわけですが、あらためて一歩突っ込んでみると「なぜ不可欠なのか」とことの追求が不足しているのではないでしょうか?
不可欠な存在だと思われる百貨店が撤退しなければならない事態になぜ追い込まれているのか?
「撤退の撤回」を要請すればことは解決するのか?
ということも考えてみなければならない。

 百貨店が直面している状況を理解しないまま、中心市街地活性化の成否を百貨店に委ねる、というのはおかしな話。
当の百貨店が活性化の戦略を立てることが出来ずに撤退しょうとしていることをどう見るのか、ということです。

 杖とも柱とも頼られる百貨店、もちろん、出来ることなら撤退などしないに越したことはありません。
撤退しないためには、もちろん「売り上げ」が必要であり、もちろん「業容革新」が必要です。

 百貨店の業容革新、その方向と方法は如何にあるべきか?
※【都市経営】でスタート

読むだけでアタマの良くなる本

 世の中にはそういう本がありまして。
そういう本は、ジャンルやテーマを問わず、読むだけで読めば読むほどアタマが良くなる、わけですよね。

 その一例を:
別宮貞徳
 takeoは『誤訳迷訳欠陥翻訳』以来の「追っかけ」です。

 別宮先生の本には、共通して
①すらすら読める
②すっと内容が理解できる
③リズムがいい
④もちろん、内容は読者に所期を超えて貢献する
という特徴がありまして、つまり読者は
⑤読むだけでアタマが良くなる
わけです。

 別宮先生について書き始めると、書かなければいけないことが山ほどあ留のですが、きりがなくなります。
気になるった人は読んでください。

恒例・週末のオススメ

☆週末から一念発起、アタマの革新に取り組もうかという人に。

○羽入哲郎『学問とは何か』ミネルバ書房 新刊
takeoご贔屓羽入先生の大反論編。
一読必ずアタマが良くなります。

○原常人『21世紀の国富論』平凡社 2007年
グローバリゼーションの時代に「国富」を論じるというスタンスにビビッとこないといけないかもですね。
先日当欄で若干ふれましたが未読です。
本日発注、期待に添う内容なら「Web学習会」を企画しようかと。

☆DVD 西部劇三題

1.続・荒野の用心棒
フランコ・ネロ主演 マカロニウエスタン一押し

2.ワイルドバンチ
最後の西部劇!サムペキンパーの最高傑作

3.Dead Man当サイトおなじみ

♪言われたとおりにうたいます
ボーカロイド三人娘・夢の競演! 

ミク 「夢は夜ひらく」

リン 「好きになった人」

アン 「昭和枯れすすき」

極めつけ:ミクとリン・レン ツインズがビーチボーイズの「夢のカリフォルニア」を。

ミシュランって犬猫グルメ?

 昨年、東京版を出して話題になったミシュランが、京都版を企画中だそうです。9/17 
asahi.com

*引用*
東京版ガイドの発売で大きな話題を呼んだ「ミシュラン」が、日本料理の老舗(しにせ)や名店が集まる京都でひそかに調査を進めている。しかし、古都が培った食文化を「世界標準」で評価されることに抵抗感が強く、ガイドへの掲載申し入れに「拒否」「保留」と答える店が続出。「ミシュランは『一見さんお断り』の文化にそぐわない」との声も上がっている。

 「星の数の判断基準は、皿の上の料理そのものです」

 今年春、京都市内にある老舗の京料理店に、ミシュランの調査員を名乗る人物が現れ、店主にこう話しかけた。ミシュランが得意とする覆面調査はすでに終えた様子で、写真の提供かカメラマンによる店内の撮影を認める承諾書にサインを求めた。しかし、同店はサインをしなかった。

 店主は「星」の評価を拒んだ理由について、「料理だけで判断する姿勢が気に入らなかった」と話し、「京料理は打ち水された玄関や手入れの行き届いた庭など、もてなしのすべてが文化。フランスの調査員が、我々の文化や伝統を学んでいるとは思えない」と不信感を募らせる。

*引用end*

 食事は読んで字の如く「食べるコト」でありまして、「食べるモノ」ではありませんから、“星の数の判断基準は、皿の上の料理そのものです”というのは明らかにお門違いですね。
ホントにそれがミシュランのポリシーかどうかは知りませんが。

 うまい/まずいで食べ物を選ぶのは、犬や猫でも出来ますね。
食べるもの、サービス、雰囲気が揃ってはじめて「食事」であり、もちろん、その前に「誰と」「何を」目的にした食事かということが大前提です。食事は「堪能」が目的であり、堪能は「皿の上」で左右されるものではありません。

 知り合いに、自称グルメがおりまして、旨いと聞けば休暇を取って出掛けるという趣味の持ち主です。
何が嬉しくて犬猫グルメをやっているのか、といつもからかっています。

 業容三位一体は、特にサービス業にとっては小売業以上に大切なことでしょう。
一店逸品で自慢の逸品料理を宣伝する、というのは自分の商売が分かっていない証拠ではないか?

 一店逸品的のりのグルメさんに出掛けて来られたのでは、お得意さんに申し訳ない、という気持ちが欲しいところ。
こうしてみると、ミシュランって一店逸品かも知れませんね。「皿の上で勝負する」というのがホントなら。

長期の方向を定めないと短期の動きを誤る

 総選挙ムードに突入です。

 問題山積の中の選挙ですが、争点は「長期的な方向」だと言うことを見誤るとトンデモに陥ります。

 「長期」とは、現在の状況とは
①我々は「転換期」に直面している
②どちらに進んでいくかは、何をするかに掛かっている
と考えられるところから、
まずは、「我々はどの方向に進むべきか」ということについて、おおむねの認識を持った上で個別具体の問題に対処しなければならない、というところに来ています。

 このことに無頓着のまま、個別の問題に従来の「方向と方法」のままで取り組もうとすれば、その結果は全体にマイナスに波及しかねません。

 長期的な方向とはもちろん「ポスト資本主義」「ポスト工業社会」への移行を追求すること。
「時間堪能型社会」への漸進的な転換です。

参照:
「スローライフと時間堪能型社会」

 もちろん、「中心市街地活性化」の取り組みは、この方向を意識しておかないと、中・長期的な、持続的な取り組みになりません。

 需要と供給の均衡とか、需要が不足するなら金を配れ、といった現行の需要と供給を永遠に有効であるかの如く仮設している言説~政策では乗り切れない状況だと言うことを、さて、我が政治家さんたちはどの程度理解しているでしょうか。

 短期的な事態は言うまでもないところですが、中・長期的な事態も切迫しています。

木下さんのブログから

 木下さんのブログ、【経営からの地域再生・都市再生】
今日の記事で:
『売上向上とは何か?活性化事業と売上との関係』

 商店街・商業集積の活性化とは、結局、そこに所属している個々の店舗の売り上げが増進されることであり、そのためにはそれぞれの店舗の経営努力が不可欠である、と強調されています。
場合によっては業種・業態的なレベルでの転換も必要だとも。

 当サイト常連の皆さんにとってはごく当たり前のことですが、この「当たり前」のことが当サイト以外で主張されるというのは、これまであまり例のない・画期的なことでありまして。
皆さんもおそらくはじめての経験ではないかと思いますが、如何でしょうか。
こういうごくごく当たり前のことがなぜか無視されたまま取り組まれてきたのがこれまでの活性化、これでは目的が達成できないのも無理はありません。
(ということを関係各方面と共有しなければならない。)

  ブログを読んであらためて確認したのは、中心市街地活性化についてその実現を真剣に目指すなら、中核的な取り組みは商店街・商業機能活性化であり、実現したかったら「個店の現状~将来」「自助努力の組織化」という課題を直視しなければならない、ということであり、個店の繁昌再生、自助努力の組織化という課題について、
①中心市街地活性化の取り組みのキモであること
②取り組みの方向と方法
を提唱できない専門家、TMO(特に専従タウンマネージャー)は、「役に立たない」と申しあげて過言で無いということでした。
彼らは期待されている役割以外の仕事に従事しているのです。

 ご承知のとおり、当社提供の「商人塾」では、繁盛店づくり~自助努力の組織化~推進体制の再編成という当面する諸課題の解決に一挙的に取り組む画期的な企画です。
もちろん他に類似企画はありません。

 上記諸課題への取り組みが確かに必要だと思われたら、採用を検討されることをお奨めします。
大勢が動き出してから、というような「模様眺め」では決定的に遅れをとってしまいます。
商店街の劣化スパイラルは大勢の如何に関わらず着実に進展していきます。

中心市街地活性化の論理と戦略

 なにやらめんどくさそうなタイトルですが。

「中心市街地活性化の論理」とは、
“国が示している「法」~「基本的な方針」を基本とする枠組みで中心市街地活性化に取り組む場合に必要な、「中心市街地活性化の取り組みで何を実現するのか?”、目標を明らかにすること。
 中心市街地を取り巻く内外環境において、活性化を実現するためには、何をどう実現していかなければならないか?
決定するためには、関係の理論を装備しておくことが前提になります。

おなじく「戦略」とは、
“「中心市街地活性化」に取り組むことで「実現したいこと」を実現していくためのシナリオ”のこと。
中心市街地の現状及び関係各方面の力量など、現在ありのままを直視し、そこから「実現したいこと」を実現するためにたどっていく道筋を決定することが大切です。
道筋抜きで事業を繰り返しても、どこに向かって進んでいるのか分かりません。

 中心市街活性化の目的・目標とそれを実現するために歩んで行く道筋、この二つがきちんと整っていてはじめて中心市街地活性化への取り組みがスタートします。
逆に言えば、この二つが掲げられていない取り組みは、本当の意味ではまだ中心市街地活性化の取り組みをスタートさせているとは言えないかも知れません。

 そもそも「基本計画」はこの「論理と戦略」に基づいて作られていないと、それこそ「糸の切れたたこ」のようなもの、事業は進んでもどこに向かって何を実現しようとするのか、誰にも分からない、ということになってしまいます。

 基本計画~実践に先行的に取り組んでいる各地の事例が軒並み停滞・挫折しているのは、「論理と戦略」を装備していないからです。

 TMOは、中心市街地活性化の推進を直接の任務とする唯一の機関ですが、その任務は「論理と戦略」抜きでは果たすことが出来ません。早速に装備するとともに、関係各方面にも「論理と戦略」を普及徹底させなければならない。
特に、劣化スパイラスに陥っている中心市街地立地の商業者に対しては、「自助努力の方向及び方法」として提案するとともに、その実践を強力に支援しなければならない。

 情況的にこういう段階を迎えているわけですが、さて、本当にこういう状況に直面しているのだ、ということを関係各方面、とりわけTMO、なかでもタウンマネージャーさんが認識されているかどうか。
ということが大きな問題でありまして、果たしてそういう状況を理解している関係者がどれくらいあるのか、なんとも判断できませんが、とりあえず「論理と戦略を装備する」というニーズに応えるための作業を行います。

【都市経営・入門編】
 この作業は、もし、当社が取り組みを支援するならば、そのスタート時点で真っ先に協働で取り組む仕事です。
「商人塾」ではオリエンテーションを含めると10時間くらいは掛けて取り組むテーマです。

※※AIGの救済
 米国政府は、AIGの救済に乗り出しました。
株は見殺し・保険は救済ということでしょうか。
なにやら、昨日の引用記事に示されたシナリオの一環と読めないこともないですね。

今日的情勢は

日頃愛読しているブログ『株式日記と経済展望』さん。
“アメリカの経済戦略として、大きくなりすぎたヘッジファンドを潰す事を目指している。リーマンが潰されたのは「ねずみ講」だからだ。”ということだそうです。
引用されている記事は、原丈人 (ハラジョウジ)さん。      

 資本原理主義批判、面白いですね。
果たしてそういうことだとすれば、いよいよこれからポスト資本主義の到来です。
というかポスト資本主義・あるべき会社・事業を「仮説~試行」しなければならない。もちろん、資本原理主義との競争にうち勝っていかないと、キレイごとでは済みません。
資本原理主義=市場経済を貨幣増殖機会としてのみ利用する市場経済のデリバティブ。会社は株主のもの、とか、会社は極大利潤の実現を目指す、といった迷妄をまき散らします。

原さん及びブログ主さんのご意見、大変面白く拝読しました。
『ポスト資本主義社会』・ 『ラグジュアリィに進路を取れ』 などに表明している当サイトの問題意識と大きく関わります。
皆さんもぜひどうぞ。

原さんの著書&略歴
原丈人さん

 原さんの本、久しぶりで「合評会」など如何でしょうか?

 ちなみに、今日的情勢についてクルーグマンの見立て
やっぱ、経済学はだめっす。

TMO、説明責任を果たすには

 新たに作成された基本計画に基づいて取り組まれている中心市議地活性化ですが、一年を経過して
①通行量は増えない
②増えても売り上げアップにはつながらない
③劣化スパイラルは加速するばかり
という結果になっているようです。

参考再掲:
“活性化に取り組むと空洞化が加速する”
『'98~2004 旧中心市街地活性化法の実績』という状況は、残念ながら、旧スキーム当時といささかも変わっておりません。

 本日取り上げるのは、
この状況をTMO(orまちづくり会社、以下同様)はどう理解しているのか?
ということです。

 言うまでもなくTMOは、行政がまとめた基本計画の実施段階を担う組織であり、「司令塔」ですね。
「司令塔」は、
①現状をどう把握するか?
②現状を打開していくための課題は何か?
③新しい取り組みの方向と方法は?
という問題をみずから設定し、みずから「解」を発見、提起しなければならない。
「司令塔」であるからには当然の任務です。

 特に、
“いくら取り組みを続けても「活性化への道」が切り開かれないのはなぜか?”
という問題については、全力を集中して解を出し、関係各方面に説明し、納得してもらわなければならない。
TMOに課せられている「説明責任」です。
これが実行されてはじめて次の段階にステップアップする条件が整います。

 ところが、問題はまさにここにあるのでありまして、そもそもTMOさんは上記のような課題に取り組むために必要な能力を装備しているだろうか?
ということです。

 上記各課題に取り組むためには、もちろん、「理論」が必要ですがTMOさん、果たして所要の理論を装備しているだろうか?
いつ、どのような方法で装備しただろうか?
ということを考えてみれば、
TMOはその任務を果たしていくために必要な理論を装備していないのではないか?
という疑問が生まれます。

 理論をもっているのかいないのか、という問題はTMOのひいては中心市街地活性化の取り組み全体の今後を左右する重要な課題であり、けして放置することは出来ませんが、ここではとりあえず、
TMOさんは、中心市街地活性化の「現状と課題」について、説明責任があり、それは果たされておらず、果たさなければならない。
ということを指摘しておきます。
これが遂行されてはじめて、『基本計画』への対処といった課題が共有される土俵が出来るわけです。

TMOさんがみずからが直面している問題情況を上記のように判断し、取り組みを決意するならば、そのために必要な道具は当サイト内に揃っています。

 予言?しておきますと。
TMOさんにはこれから
①活性化は実現しないではないか
②TMOは何をしている
という疑問が寄せられ、場合によっては「TMO不要論」さえ起きかねません。
もちろん、TMOの存在無くして中心市街地の活性化は不可能である、というのが当サイトの認識ですが、もちろん、どんなTMOでもありさえすれば良い、ありさえすれば中心市街地活性化は実現出来るのだ、ということではありません。

 多くの都市の現状が示しているとおりです。

 ということで、クオールエイド@TMOの味方 として忌憚の無い提言をしてみました。
異論&反論は掲示板【都市経営・入門編】へどうぞ。

TMO、頑張れ!
しっかり頑張らないと「中心市街地の夜明け」は無い。

スキームの特性

 中心市街地といえば猫も杓子も活性化。
まじめに考えればこのスキームでは実現するべくもない「文化と歴史の香り漂う街並み」などとキレイごとを「目的」に、「街並みが吸引した通行量」を相手に商売を繁盛させる、というのが通り相場ですが。

①通行量は増えない
②増えても売り上げアップにはつながらない
③劣化スパイラルは加速するばかり

というように結果は歴然としています。

 もともと、旧スキームでは商業の活性化は達成できない、つまり中心市街地の商業の活性化は、商業施策だけではおぼつかない、という総括から、非商業的機能の拡充により中心市街地の居住・来街人口を増加することで、商業施策をバックアップする、というのが新スキームの骨格です。

 重大な問題がありまして。
そもそも旧スキーム当時、
①「商業施策」は本当に適切に立案されており、適切に推進されたにもかかわらず活性化は実現できなかった、のか?

それとも

②立案された活性化策は不十分だった、あるいは、取り組み方には問題があった、ということはなかったのか?

というあたりの総括はほとんど行われていませんからね。

商業施策だけでは商業活性化は不可能、という結論が出されたのは、①的状況、つまり、施策は適切であり、取り組み方も問題なかった、にもかかわらず活性化は出来なかった、という総括のようですね。

ホントに「にもかかわらず」活性化は出来なかったのか
それとも、やるべきことにきちんと取り組まなかったから活性化できなかったのか
というあたりの判別にはまだ決着がつけられておりません。
それなのに早々と「その他の事業」に取り組むことで人出を増やし、従来的活性化施策を施せば間違いなく中心市街地は活性化できる、というのが新スキームの立場であり、したがって、認定基本計画の基本的なスタンスのようです。

「法」~基本計画のポジションが以上の通りであるとするなら、新スキームに基づく取り組みは、そのほとんどが挫折することを運命づけられていることになります。
伝えられ出した認定第一号以下の取り組みの中間総括の内容がはかばかしくないのも当然といえば当然ですが、この期に及んで今なお、挫折がだれの眼にも毅然となっている第一号以下の認定済み計画の枠組み・内容を踏襲しようとする都市が後を絶たないのはどういうことか?

 関係各方面の皆さんのビヘイビアには「失敗に学ぶ」という一項は無いのでしょうか?

 Webを徘徊しても「こんなことして失敗しちゃった」というレポートはほとんどありません。
もちろん、しっかり眼を凝らすと、いろんな事例が見えてくるのですが・・・。

 ということで、挫折に至った各地の取り組み、もって他山の石とも申します。
いろいろと取り上げて批評してみようではありませんか。

※もし、うちの基本計画を取り上げてくれ、という申し出があれば誠心誠意、批評いたします。
無料で悪口を言ってもらえる機会はなかなかありません。
いまのうちに「間違い」を指摘されたことを熟読玩味、納得して訂正すると、いろいろと良いことがありますよ。

誰に仕掛ける情報戦か?

 豊後水道に国籍不明の潜水艦が出没した件
軍事評論家・神浦元彰さんのサイト「日本軍事情報センター」から。

 このニュースについては、各メディアでいろいろと憶測混じりの報道が行われています。
わが海上自衛隊の任務は、対潜能力にあることは周知のところ、日頃、能力の装備・向上に努め
ているところですが、これを踏まえて読みますと、今回の報道には不思議な点が幾つもありまして。
①そもそも“潜望鏡を視認した”とはどういうことか?
②「見失った」とはどういうことか?
というあたりが基本ですね。

 最近の情勢を踏まえるならば、中国の潜水艦は出港直後からきっちり追跡されているはずです。
「音紋」は個別鑑毎に登録済み、艦長のキャラまでファイル化されている。これは冷戦当時からの常識であり、もちろん、このことは中国側も先刻承知のところ。
追尾されていることなど百も承知のうえでの行動だったわけで、「潜望鏡を視認した」などというお話しが中国側に通用するはずもなく、これをもって我が海上自衛隊の対潜能力について中国側が誤解する、などと言うことはあり得ません。

 とするならば。
この時期、このような事案がこの程度の内容で公表されるのはなぜだろうか? 
という疑問が生じるわけでありまして、引用した軍事評論家さんの解説にもいまいち腑に落ちないところがありまして、まして、マスメディアの報道などは何のこっちゃ、といわなければならない。

 この情報公開には、情報操作が行われていることは明白ですが、さて、誰に対する情報操作なのか?
と考えてみると興味津々です。
まさかこんな姑息なでっち上げで中国をだませるはずはありませんし、だませたとして騙さなければならない理由もほとんどありません。

 そうすると。
情報操作の相手は一体誰で目的は何?

孤立深まる商店主、商人塾は・・

 商店街はもはや従来のような点・線の取り組みでは活性化できないということで、「法」が制定され、基本計画を作成し、TMOを立ち上げ、さらに「法」改正以降はあらためて基本計画を作り直し、活性化協議会を立ち上げ都市の関係各方面の叡智を集めてこれを検討したうえで、総理大臣の認定を受けた基本計画に基づいた取り組みが全国各地で取り組まれているわけですが、さて、商店街・商業者には希望が見えてきたでしょうか?

 もちろん、本来であれば従来の経験の総括に立って作られた基本計画に基づく取り組みですから、スタートと同時に商店街・個店とも活性化の実現に向けて取り組むべき課題・取り組み要領が周知され、これまでとは違った希望ある取り組みが着手されていて当然なのですが、残念ながらそういう運びとなっているところは極めて限られており、多くの商店街はこれまで同様、なんの新しい展望もないまま、劣化スパイラルのrただなかにあります。

 このままではいけない、このままで行けばやがて商店街としての機能は消滅してしまうだろう、ということは予想できますし、何とか起死回生の手段を講じなければならないことは重々承知していますが、打つ手がありません。
何とかしなくてはと思うのですが、何をしたらよいのか、まったく見当も付きません。

 認定を受けた基本計画の内容について説明を受けたこともなければ、もちろん、計画に商店街の取り組みがどう計画されているかも知りません。ただ、これまでの経験から分かっていることは、計画が実施されても自分たちの商売にはほとんど関係はないだろうな、ということです。

 商店街の会議などもめっきり減ってきておりまして、総会を除けば定例イベントの実施についての打ち合わせくらい・・・。

 ということで、現在,多くの商店街では個々の商業者がこれまでに経験したことのないような「孤立」を味わっています。
商店街組織はもともと個店の経営についてはタッチしないという不文律があり期待もしていませんでしたが、TMO発足以来、商工会議所との関係も疎遠になっています。
そもそも商店街活性化といえば、商調協当時から商工会議所のメイン事業の一つだったわけですが、TMOが作られて以来、商店街活性化はTMOの仕事、ということになっておりまして、経営指導員さんが巡回してくることも無くなりました。
TMO? これまでの経験からは何も期待することはできません。それとも画期的な対策でもあるというのでしょうか?

 というような情況が一般的でありまして、なるほど、商店街の公式サイトなどはおしゃれに作られていますが、まったく実態を表現しておりません。
他方、商店主の個人ブログなどを読むと、その孤立ぶりがあらわです。

「頑張らなくちゃ」という悲壮な書き込みが見られますが、どう頑張ればよいのか、方向と方法はまったく分からない・・・・。
 先ごろ、百貨店井筒屋が来年3月限りの撤退を発表した久留米市の商店街


 ひるがえって、当社が提唱する商人塾に取り組んでおられる皆さんは、極めて良い条件を獲得していることが理解されることと思います。
開講までにはいろんな苦労があったわけですが、今になってみれば個店、商店街、中心市街地を一体的に活性化していくシナリオを入手し、その実効性を日々の仕事のなかで確認しながら、推進することが出来ます。

 一期目が修了間近ですが、もちろん、これは長い長い道のりの第一歩を踏みだし・が着地したという段階、これからがいよいよ本番です。
自店の取り組みをさらに確固たるものに仕上げていくこと、仲間を増やすこと、関係各方面に成果をアピールして「推進体制」を構築すること・・・。

 先述のとおり、自店・商店街・中心市街地の将来に確固とした希望を持って毎日の仕事が出来る、という条件を作り出している街は全国的に見て極めて少ない。おそらく、現在商人塾に取り組んでいる皆さんは、本当の意味での「中心市街地活性化への道」を切り開いていく、全国初の成功事例となる可能性を持っている、極めて少ない事例のはずです。

 自分のお店・自分たちの街の活性化を実現することを通じて全国の取り組みのモデルになることができれば、言うことはありませんね。
全国から視察が来るようになれば、交流人口の増大や地場産品の需要拡大も実現します。

 商人塾の皆さん、まずは当面している課題にしっかり取り組み、結果を出し、蓄積していくことを心掛けましょう。
明日からゆんぬ商人塾ですが、台風の行方が気がかりです。
てるてる坊主は効かないでしょうねw

TMOの混迷

 TMO(まちづくり会社)の任務は、おおむね、それぞれの『基本計画』の実施に当たる、とされていると思いますが、任務を果たしていくにあたっては、解決したおかなければならない三つの問題を抱えているのではないか?

第一に、『基本計画』にTMOの役割、組織構成、財政措置など根幹に関わることが示されていないこと

 これでなにをさせようと言うのか、さっぱり分からない、というのが基本計画におけるTMOの位置づけです。中にはTMO(まちづくり会社)という文言さえ出てこない基本計画もありまして、それでもTMOは作る問いのですから不思議です。

第二に、『基本計画』の主要な任務は、劣化スパイラルに陥っている中心市街地の商業機能の再生ですが、この任務を果たしていくために不可欠である「商業者・商業者組織との連携」が構築されていないこと。

毎度のことながら、業種揃え・店揃えの最適化=テナントミックスマネジメントは、空地空店舗への欠業種の誘致といった、ご都合的なレベルの話ではありません。
集積全体が自助努力を組織化して全体で一個のデスティネーションを構築する、というショッピングセンター的手法を採用するわけですから、当然、既存の各個店もテナントミックスマネジメントの対象になるわけです。
既存商業者の自助努力をデスティネーション構築に向けて組織化することは、街の活性化実現のイロハです。
ところが、基本計画、TMOの業務方針書(あるとして)などでこのことを標榜しているところはほとんどありませんからね。

第三に、関係各方面との協働の基盤となる意志の疎通を構築・維持していくシステムが整備されていないこと。

 TMO、作っては見たものの、こと『基本計画』を実施する、という基本業務に関する限り、開店休業状態にあるといって過言ではない、というケースは珍しくない。
活動的だと表されているものも、既存組織から受け継いだイベントの事務局業務などを執行している程度ではないでしょうか。

 その一~その三が不備な状態で本来業務を遂行できるはずがありません。

 TMO危うし、ということですが、もちろん危ういのはTMOだけではなく、中心市街地の劣化スパイラルも止まる徴候がありません。認定以降、さらに加速しているのではないか、とさえ感じられます。

 TMOがホンキで任務達成に取り組もうとするなら、商業者、商店街組織との間に密接な協働関係を構築することが不可欠ですが、イベントなど以外はほとんど築かれておらず、活性化協議会などの機会を除けばおおむね没交渉状態にある、と言うのが大方のTMOと商店街の関係ではないでしょうか。

 TMOが、都心商業の高度化、すなわち“業種揃え・店揃えの最適化”の実現を追求するならば、商業者・商業者組織との連携は絶対条件です。既存商業者の自助努力を組織化して、業種揃え・店揃えの最適化を指向する、というのは商業機能活性化の基本であり、これに取り組まないまま、空地空店舗の利用や店舗付きマンションの建設などに取り組んでも、その期間を通じて間違いなく劣化スパイラルは進展します。
“活性化に取り組むと空洞化が加速する”わけでありまして、実例は全国随所にありますね。

 TMOは、商業者・商業者組織との連携を確立し、彼らの自助努力と協働する以外にその任務を達成することはできません。
TMOには、商業者の自助努力の組織化を実現し、これと協働する以外にその任務を達成する方法は無いわけで、もし、商業者の自助努力の組織化ということを除外して商業の活性化が実現可能だと思うのなら、そのシナリオを示すべきでしょう。

 一部でもては屋われている“核を誘致する”、“空地空店舗を一括利用する”などという取り組みは最近になって始まったことではありません。
「法」の制定以前から取り組まれ、“これだけでは活性化できない”ことがはっきりしているアイデアです。
欠けているのは何か?
今も昔も、商業者の自助努力の組織化です。

 中心市街地活性化、実現に向けては商業者の自助努力の組織化はゼッタイに避けることの出来ない課題であり、組織化の実現はTMOの基本的な任務そのものだと思います。
TMOと商業者、『基本計画』推進体制の基幹です。
 
 もちろん、現実の両者の関係はあるべき姿にはほど遠く、体制の構築を主導すべきTMOは、商業者に対して語りかける言葉さえ持っていない、というのが実態です。
いうまでもなく、これは大変なことです。

 もっと大変なことは、これが「大変なことだ」という認識がTMOに無いこと。
元を正せば、もちろん基本計画の不備であり、何よりも基本計画作成プロセスの至らなさ=プランニング担当者の能力に問題があったわけですが、今となってはどうにもなりません。
 みずからの努力で「あるべき取り組み体制」の構築に向かわなければなりませんが、取り組みにはもちろん商業者の合意・協働が不可欠になります。
だって、中心市街地の司令塔とは名ばかり、その一~その三的土壌の上に作られているTMOの指令を聞く耳を持っている人は限られていますから。
ここは活性化実現の鍵を握っている商業者との連携をもってことにあたっていかなければならない。

 だがしかし。
話は分かったが、そもそも商業者・商業者組織との協働・連携をどう構築していくのか?
話は振り出しに戻ってしまいます。

 TMOを取り巻く内外の事業環境は、お先真っ暗ということがはっきり理解されたのではないかと思います。
いうまでもなく、これは「活動資金の確保」などという問題に先行して取り組まなければならない課題です。
皆さんはご存じないかもですが、世の中には潤沢な活動資金を与えられていても、果たすべき任務を果たすことが出来ないでいるTMOというのもありまして、もちろん、その原因は「協働体制」を構築できない、というところにあります。

 ということで、認定以降、混迷さらに深まるTMOですが、「説明責任」などはちゃんと果たされているでしょうか?
一番真っ先に説明すべきは、中心市街地活性化の取り組みの現状と課題、TMOの問題情況だと思いますが・・・・。

商店街の合意形成とは

 ありがちな話としては「合意形成の方法」が大事だ、ということで、「合意形成の進め方」といった講習会が開かれたりします。
「民主的なまちづくり」が大好きな都市計画系の専門家さんの得意分野です。

 この人たちの常識は、
①様々な意見はすべて「等価」として取り扱う
②話し合いのなかで「合意」を作っていく
ということですが、一見なにやら「王道」のようにも見受けられますが、これはトンデモですから、商店街活性化にかかわる皆さんはくれぐれもこういうキレイごとに引っかからないように。

 商店街活性化を実現する「方向と方法」は、“関係者が一堂に会して忌憚なく意見を述べ合い、上手にまとめれば」出てくるものではありません。
この時期、「商店街活性化」を実現したかったら、クリアしなければならない課題が色々ありまして、その多くは「関係者の協議」が行われれば万事解決されるというような代物ではありません。
この点、くれぐれも誤解の無いように。

古い記事ですが:
「技術と民主主義」をチェックいただきたい。

「民主的なまちづくり派」の専門家さんたちは、合意形成の内容を決めるのは皆さんの仕事、ということにして自分はもっぱら書記役に徹するわけですが、おい、おい、そんなことで委託料を頂戴出来るんですかということでありまして、この時期、中心商店街という商業集積の機能を活性化する、という問題について「解」を出すことと、その「解」を共有する、関係者の課題としての取り組みを合意する、ということは本来レベルの違う話です。

中心商店街を活性化する・したい、といったとたん、
①消費購買行動の現状をどう理解するか
②郊外型商業特にRSCとの関係をどう想定するか
③既存商業者にどのような役割を振り向けるか、それをどう実現していくか
などなど、ゼッタイ避けては通れない問題がありまして、もちろん、こういう問題は「みんなで話し合ってまとめていく」ことで適切な「解」にたどり着けるものではありません。

 「合意形成の作り方」などを提案している人は、おそらく、中心市街地活性化にはこういう難問が山積しているのだ、ということに思いが及んでいないわけです。
上記の問題をちょっとでも考えたことがあるなら、「解」は話し合えば出て来る、などと言った小学校のホームルームのような発想はあり得ないはずです。

 ということで、当サイトが提案する「中心市街地活性化への道」の採用を目指す場合、あるべき合意形成とは“「中心市街地活性化への道」を活性化の方向と方法として採用する”ということの合意でありまして、したがって、合意とは「採用に向けての提案・説得」ですね。

 もちろん、他にも「活性化への道」を提案する人がいることも十分予想されますから、その時はそれぞれの「言説」の間で論議が交わされ、“どちらの「道」を選択すべきか”が検討されます。
この検討ではそれぞれの「言説」を導き出した「理論」の優劣を競うことになります。
「商人塾的活性化への道」が理論をバックに提案されていることの意味はここにもあるわけです。

 合意形成とは、時に提案及び説得であり、時に議論であり、ということで、“仲良く話し合った結果は正しい”わけではない以上、合意形成=土俵づくりは、真剣勝負として闘われなければならない。
何しろ、お互い、自分の商売の将来を賭けるわけですから。

頑張れ! TMO!

 世間を騒がせる各界・各方面の不祥事の数々、もはや我が国では「廉恥」は死語となり果てています。

廉恥(れんち):正直で欲が無く恥を知っていること
などと辞書にはありますが、「こんなことをしたらお天道様に顔向けが出来ない」というのが廉恥=恥を知る、ですね。

ちなみに
「破廉恥」(はれんち):恥を恥とも思わないこと 恥知らず
「恥」:世間に対し面目、名誉を失うこと
    恥ずべき事柄を恥と感じる人間らしさ
だそうです。

さて。
webを巡回しますと、TMOがサイトを立ち上げ、「まちづくりの取り組み」がレポートされています。
タウンマネージャーさんがブログを発行したりしています。
正直、不思議に思うのは、あんたの商店街の現状って
“『基本計画』を作り、協議会を立ち上げ、TMOを中心に取り組んでいる”
などと喧伝出来る情況なんですか?ということですね。

 取り組みの結果、街はこう変わった、活性化の緒についた、と世間に言いふらせるような・自慢できるような情況はどこにも生まれていないわけで、まあ、関係者以外の人が見れば百人が百人、恥ずかしくて関係しているとはゼッタイ言いたくない、というレベルのはずですが、関係者は「活性化事業」の取り組みの状況とその結果が商店街に何をもたらしているか、web上にみずから晒しているわけですね。

 一部マネージャーさんのブログたるや、何を目的に誰を対象に公開しているのかさっぱり分からない、職責上、商業者をはじめ都市の関係各方面を鼓舞するという目的以外にブログを公開する目的は無かろうに、と思われますが、なにやら、個人の日記のつもりのような、それならもっと面白いのがたくさんあるようなw

 ということで、そもそも基本計画の作成動機も従来から取り組んでいる補助事業を継続するといったところを目的にしており、特段、上位目標など実現したいことはなかったんじゃないか、と疑われるわけでありまして、それを受けて作られているTMOに何を期待するのか、といえばそれまでのことですが、それにしても情況を客観的に見れば、現状をWeb上で宣伝することはすなわち恥をさらすこと、「おやめになったら」というご忠告です。

 “中心市街地は都市の顔”」でありまして、都市の顔を集めると国の顔になるのかどうかは分かりませんが、わが国が陥っている「破廉恥スパイラル」の一翼を担っていることは間違いありません。

 ということで、中心市街地活性化の進展状況についてサイトで広告宣伝中の皆さん、宣伝するに値する商店街の回復情況、宣伝に値する取り組み情況と胸を張ることが出来ますか?

 イエ、当社は各地のサイト、取り組みの現状と課題を把握するという作業の資料として珍重していますけど・・・。

 わが国にこれほどまでに〈破廉恥〉がはびこるようになったのはご承知のとおり、「新自由主義」こと市場原理主義こと「資本原理主義」が跋扈するようになってから。
今や資本主義的市場経済は、「貨幣の増殖」を目的とする資本(資本至上主義)に乗っ取られておりまして、貨幣の増殖こそ経済活動の目的、売れるものなら何でも売る、売れないものは売れるように粉飾して売る、というのが常態化しています。
このモラルハザードに対して危機感が一切無いというのが当今の「経済界リーダー」さんたちの現状だということも確認しておかなければならない。
「新自由主義」については:理論創発で考察中です。

熊本県阿蘇市一の宮商店街

 商人塾で話題になっている街、昨日行ってきました。
阿蘇神社の門前町、伝統的に家庭用に使われている湧水を「まちづくり」に活用して成功している事例として有名です。
ホームページ
水基巡り

通りの情景:
個店の業容、残念ながら詳細は構築中になっています。

取り組み以来、阿蘇神社参詣者の通りへの回遊が増え他のだそうです。三々五々、街を回遊している人は引きも切りません。

 取り組みの主体は、仲町繁栄会という任意組織だそうで、もちろん、中心市街地活性化基本計画もありません。
「神社の参詣者に街を楽しんでもらう」ことを目指して,「回遊機能」を整備しました。
商店街の回遊機能と言えば、なんと言っても「業種揃え・店揃え」ですが、従来的商店街からの脱皮を漸進的に実現しています。
一見、豊後高田の「昭和の町」を連想されるかも知れませんが、中味が違います。というか志が違います。

最近ではこういう事業に取り組んでおられるようです。
「商店街コンシェルジェ」でしょうか。

 「業容」という視点で見ますと、「売り上げ(したがって買い物客の満足度合い)」的には課題があります。
“「ショッピング」という回遊目的を堪能させる店づくり”という基本機能の整備が必要です。
どういう環境に立地していようとも商店街の機能は「ショッピング」であり、結局のところショッピングは個々のお店のシャッターの内側で行われます。
シャッターの内側が遠路はるばる来訪するショッピング予備軍の“お眼鏡にかなう”品揃え・サービス・環境の三位一体が実現していないと、取り組みに期待している目的は達成できません。

 うらやましいことに、この商店街では「まちづくり」について協議・取り組む体制が作られており、実際に機能しています。
惜しむらくは「三位一体」の実現を目指す、という方向がまだ決定されていないのではないか、ということ。

 詳細はあらためて、「商店街・起死回生」で。
商人塾では次回の講義でとりあげます。

商店街活性化の方向と方法

○大型店が進出した・・・対応策を講じなければならない
○RSCが登場した・・・対応策を講じなければならない
といいつつ、効果的な対策を講じられないまま、
「これまでのような商店街単位での取り組みでは活性化は出来ない」と言われ、「面」としての取り組みが計画されることになったのが「中心市街地活性化法」以降の取り組みです。

 中心市街地トータルでの活性化の実現を目指して、様々の事業が計画され、取り組まれましたが、他の面はともかく、こと商店街の活性化に関する限り、ほとんど成功したという報告がありません。

 この間も商店街の空洞化は着実に進展しています。

 この状況に既存の商店街組織はまったく対応することが出来ません。ご承知のとおり。
やがて商店街を担うことになる若手・後継者の焦燥は察するに余りがあります。
皆さんが悩んでいる間も空洞化は否応なく進展しています。

 なぜこのような情況が起こっているのか?
どうすれば現状から脱却し、「活性化への道」を歩むことが出来るのか?

 という問題があるわけです。
ちなみに、この問題に一定の答えを見いださない限り、“出来ることから始める”などという方法は採用できません。
「出来ること」から始めるといっても、何をどう始めるのか、どこを向かって取り組みを蓄積していくのか、というあたりが決まっていないからです。
※どこに向かうべきか、方向が定まっていない取り組みは、活性化ではなく「活性化ごっこ」ですからね。

 この方向と方法を都市全体の関係各方面の総力を結集して作成、合意形成したのが「中心市街地活性化基本計画」ですね。

 言うまでもなく、「中心市街地活性化基本計画」には、商業活性化の目標として、中心市街地所在の商店街群をはじめとする商業集積・施設群が実現する新しい「商業集積像」がかげられているはずです。
その全体目標を分担する形で各商店街、商業施設の役割も定められているはずです。
さらに、それら新しい役割を担うために必要な機能の整備・転換・拡充の方法も定められているはずです。

 個別商店街は、基本計画に定められた「役割分担」及び「実現の方法」を踏まえて、みずから(TMOなどと協力して)「行動計画」を作成し、実践に取り組んでいきます。

 認定基本計画を持っている中心市街地において、商店街の皆さん(個店及び組織)が、“何にどう取り組むべきか分からない”というのは極めておかしなことでありまして、“基本計画が果たすべき機能を果たしていない”わけですね。

 商業者の中には、このエントリーを読んで“基本計画というのはそういうことを決めてあるのか”とはじめて知った人もいるかも知れません。
商業者に内容を知らさなくても(というか商業者と合意を確立しなくても)、『基本計画』を作ることが出来るし、基本計画の目的を達成することができる、という理解のもとに基本計画が作られているとしたらとんでもないことですが、
さて。

 当エントリーを読まれた商店街の皆さん、皆さんは皆さんの「中心市街地活性化基本計画」が皆さんの商店街の活性化とどのように関係しており、その中で商店街にどのような役割が設定されており、役割を実現するために取り組む事業としてどういう事業が計画されているか分かっていますか?

 また、計画されている事業は、きちんとこなしていけば間違いなく商店街の活性化を実現していけると自信が持てる内容になっていますか?

 ということで、この時期、活性化を目指さなければならない中心商店街で“何に取り組んだらよいか分からない”ということがあるとすれば、それは、基本計画の作成プロセス~内容~運用に重大な問題があることを意味しています。
早急に基本計画をめぐる問題情況を理解しなければならない。

 ちなみに、基本計画所載の「目的・目標」と「事業及び措置」をもって中心市街地・商業の活性化を実現していくという「方向と方法」については、
①作成:中心市街地活性化基本計画作成委員会
②合意:中心市街地活性化協議会
によって決定・合意されています。
もちろん、両組織には商店街代表もたくさん参加しているはずです。

 ということで、商店街関係者のブログなどをみますと、“方針を決めなくては”とか、“行動を計画しなくちゃ”なとと書かれてあったりしますが、何をおっしゃる、そんなことはとっくに基本計画に書かれていますよ、何を言ってるんですか、ということですね。

 しかし、個別具体の商店街においては「活性化の方向と方法」について、何も提案はされておらず、基本計画の作成段階における街の協議も、合意形成段階及び認定以後においても商店街への説明はほとんど行われていない、わがまちの活性化について基本計画はどのようなことを決められているか、「誰も知らない」というのが実態です。

そりゃあ、「補助金でアーケードを改修するらしい」くらいのことは知っていますよ。しかし、アーケード改修の上位計画、すなわち、わが商店街は「商業集積」としてこれからどういう方向に向かって、どういう方法を駆使して進んで行くのか、ということについては基本計画は沈黙しています。

 まだ基本計画を読んでいない人で、「まさか」と思った人は、さっそく基本計画を入手してしっかり読んでみられることが必要です。
対策を考えるにはまず実態を把握しなくては。

 ということで。
○百貨店が撤退した!・・・何とかしなくちゃ、そうだ、行動計画を立てよう
などとというのは、これまで商店街でン十年にわたって言われてきたパターンまんまでありまして、各商店街の上空には“○○だ!、何とかしなくちゃ!”という言葉が積乱雲のように積み重なっています。
そのうち集中豪雨となって街を押し流すかも、かもです。

 ということで。
商店街活性化の方向と方法、本来なら基本計画で決定し、活性化協議会で合意しておくべきことですが、影も形もありません。ここからの再スタートですが、そこに誰も合意していない「基本計画」が覆い被さってくる、というややこしい事態が起こる可能性もあるわけで、まあ、大変といえば大変、面白いと言えば面白い情況が続きます。

 もちろん、面白いといえるのは当事者たる商店街の皆さんであり、全体の取り組みを支援するサイドとしてはとてもそういう余裕はありません。
まして、「三(四)者体制」が未だ形成されていないという場合、一歩間違えば千尋の谷へ真っ逆様、ということもあり得ます。
有限会社クオールエイド
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