商人塾と「経営革新」

 商人塾の取り組み、参加者個店の「繁昌再生」を直接の目標に「業容革新」に取り組みます。
いつも申しあげているとおり、「業容革新」に取り組めば必ず成果が得られます。少なくともこれまでのところ取り組んだが結果が出なかった、という人はありません。もちろん、受講はしたが業容には手を触れなかった、という人は別です。

 商人塾は、商勢圏人口50万~6千人、県庁所在地から離島まで人口規模や地域特性を問わない取り組みですが、成果についても都市規模は関係ありません。
合い言葉は、“お金を掛けず・やってみてダメなら元に戻してやり直す”。ツボにはまると、どんどん様子が変わっていきます。
それに伴って客数・客単価が上がります。
これまで「元に戻した」ケースはありません。

 ビジュアルな目標は“この店ならどこに持っていっても繁昌するだろう”というファサードを「お金を掛けず」に創り出すこと。「マイナスの美学」というか、ガラスをぴかぴかに磨き、ポスター類を跡形もなく撤去し、ショーウインドを一枚の絵に変えてしまうのが課題です。

 取り組まれている中から「経営革新」というか、これまで業界で見られなかったビジネスモデルに想着することもあります。
ゆんぬ商人塾では業容転換からこれまでの仕事をさらに発展させる新しい仕組みを試行するというケースが出ています。
内容は“コロンブスの卵”ですが、これから「成功のカギ」を発見、工夫して行くことになります。

 仮説~試行が許されるのはトップランナーだけ、その成果を見て後追いしようとする人には、試行の失敗は許されませんが、トップランナーの業容の「意味」が分かりませんから、追い付くことは難しい。

 業種転換とか、多角化・ラインロビングなどありきたりの「革新」ではなく、本業を活かしきっていくというか、本業を存続成長させるということに執着することから本物の「経営革新」が生まれてきます。
商人塾は、一般的な創業塾・経営革新塾とは異なり、勉強と実務の二人三脚で取り組みで無理なく実現され、かつ、効果覿面の「経営革新」です。

 もちろん、商人塾の効能効果は個店レベルの繁昌実現に止まらず、①中心市街地立地の可能性の実証 ②取り組みの拡大、空地空店舗の活用による「業種揃え・店揃えの最適化」の実践、すなわちショッピングモールとしての再構築=中心市街地活性化のメインテーマの取り組みの中核となるものです。この数日間、当欄で論じてきたとおり。

 商人塾は、個店~商店街~中心市街地の活性化を推進していく「推進器」ですが、活用のあり方によっては「都市経営」上の戦略的機能になります。
都市経営のカナメは、人材の育成=問題解決能力の開発ですが、体系的な育成システムを構築している都市は少ないと思います。
商人塾は、個店~商店街の活性化という「中心市街地における経済活力の向上」を実現していく取り組みですが、これは、「都市全体の経済活力の向上」を実現していく取り組みの中心市街地における実践であり、都市経営の全体に応用することが出来ます。
商人塾、位置づけ次第では他の領域での新しいチャレンジににつながっていきます。

 「中心市街地活性化」は「自立的都市経営の試金石」、その取り組みの成果を都市全域に波及できないようでは「中心市街地の要件」第三号(他地域への効果の波及)に違反します。
中心市街地の活性化、他地域にどう波及していくのか。
成果を波及できないような取り組みでは、中心市街地自体の活性化もおぼつかないことは、クオールエイド流の実践を目指す人にとっては、先刻ご理解のところだと思います。

商人塾と再開発事業

 中心市街地活性化の一環として取り組まれる再開発事業は、対象地域の活性化のみならず,中心市街地全体の活性化に資するもので無ければならない。

 間違っても中心市街地において「一人勝ち」するような計画では困ります。「成功事例」と喧伝される事例を視察されるときは、隣接街区への影響などを確認することもお忘れなく。

 問題は、再開発事業と並行して隣接商店街ではどのような事業に取り組まれてきたかということでありまして、まさか隣の商店街で再開発事業に取り組めば、こっちにも「回遊」が生じる、などという机上の空論を真に受けて竣工を指折り数えて待っていただけ、ということはないですよね、といいたいところですが、実際のところ、一日千秋の思いで待っていたりして。

 で、竣工してみると当初の思惑とはまったく異なり、回遊どころか従来我が商店街のお客だった人たちまで再開発に取り組んだ街区へ流出してしまう、というのが通り相場です。
こうなることはちょっと考えればたちまち分かることですが、自分のアタマで考えようとしない人には、実際に起こってからはじめて理解できることかも知れません。

 では、再開発事業に取り組んだ街区はめでたしめでたし、となるのかと言いますと、これがまた。
当初のもの珍しさが一段落すると、客足は潮が引くように遠のきます。だって、容れものは一新されても売場・業容は従来どおりですからね。

 昨日、懇談会がありまして、商人塾の勉強・実践に取り組みながら再開発の構想を練り上げよう、という取り組みです。
商人塾自体は、中心市街地全域の有志の参加で開催されていますが、再開発事業を計画しようというのは一商店街だけ。
隣接商店街の有志も参加しての懇談会でしたが、前提になるのは商人塾の勉強&転換実践の積み重ねです。

 再開発のスケジュールはこれから決まっていくことでしょうが、それに先だって個店は業容の転換、街区は「業種揃え・店揃えの最適化」を目指す。上位目標は中心市街地活性化の「一体的推進の目標」であり、隣接街区との連携も当然ながら視野に入っています。

 ということで、個別商店街が単独で取り組む再開発ならいざ知らず、中心市街地活性化の一環として取り組まれる再開発事業の場合、中心市街地全体のデスティネーションの高度化という上位目標を踏まえ、隣接商店街との協働を実現していく「共通の土俵」は不可欠、商人塾はまさにそのための絶好の機会です。

 「成功事例」と言われるケース、再開発事業の結果は中心市街地全体に波及しているでしょうか。
していないとしたら、何を為すべきか?
「順番が回ってくるまで待機」というのは劣化スパイラルが加速している今日この頃、無し、ですからね。

商人塾と四者体制

くどくなりますが。

 中心市街地活性化のもっとも重要な課題である商店街・商業機能活性化の推進には、関係四者(行政・商工会擬所(商工会)・TMO・商業者組織)による推進体制(以下「四者体制)の構築が不可欠であることは、すでに当サイトでは常識ですね。

 四者体制の核はもちろん「中心市街地活性化基本計画」ですが、それだけでは不十分、基本計画が依って立つ「背景理論」の共有が必要です。
これまでにも説明して来たことですが、実効的な基本計画は、「活性化の方向と方法・シナリオ」を持ち、それに基づいて各般の事業が一体的・相乗的に計画されていることが必要です。
したがって、基本計画の成否を左右するのは、その作成に利用された商業理論、問題解決理論など「理論の適否」ということになります。

 基本計画は、様々な分野の理論に基づいて作られますが、それらの理論が基本計画の中に「理論」として展開されているわけではありません。計画は、「中心市街地活性化の目的」からスタートし、各般の事業群を一体的に推進して実現を目指す目標を設定し、それを達成していく「活性化の方向と方法・シナリオ」を決定し、その実現に必要な各般の事業を組み合わせ、配置します。
その行間に理論が埋め込まれているわけです。
(もちろん、よその基本計画の字面を模倣して作られた計画には理論の埋め込みがありません。見た目はそっくりでも理論の裏付けがない基本計画があります。)

 計画の背後には常に理論がありますから、計画の推進にあたる関係者の行動は、当然、理論に基づいていなければならない。基本計画を作成した理論に基づく取り組みだけが計画の意図するところを実現することが出来ます。
 基本計画を推進する行動は、基本計画の作成に用いた理論に基づいていなければならないのです。  

 かくして活性化の推進にあたる四者体制は、「理論」を共有しておくことが前提になります。
いかにして理論の共有を確保するか?という課題があるわけです。(おっと、もちろん多くの都市については、基本計画は適切な理論に基づいて作成しなければならない、という課題があったりします)

 四者体制の前提となる「理論の共有」は、当社的「中心市街地活性化への道」では、商人塾において達成されます。
関係四者が一致して商人塾に参加、「商店街のショッピングゾーンとしての再構築の方向と方法」(もちろん、この「方句と方法」は基本計画に示されている方向と方法そのもの)及びその実践のあり方について理論的根拠から学び、「個店の転換」をスタートに体系的・計画的に推進される商業者の取り組みを中心に、基本計画を実現していく。

 基本計画の成否を左右するのは、四者体制の整備と理論の共有ですが、これは「商人塾」よって実現していきます。
商人塾のカリキュラムを確認していただけば一目瞭然、その内容は関係四者が分担して取り組む作業全体を導く必須知識を共有する機会という側面も備えて組み立てられています。

 商人塾は、スタート時点における関係各方面との合意形成において、このあたりの位置づけ及び四者の実務担当者の参加について合意を確保しておかないと、所期の成果を挙げることが出来ない可能性があります。
四者の参加が無くとも商人塾に参加した商業者有志の個店の繁盛及びその連携は実現できますが、それを基礎として取り組みの拡充、関係各方面が取り組む事業との相乗を実現し、基本計画所載の目標を実現するためには、四者による理論の共有は不可欠の条件です。

 27,28日とゆんぬ商人塾が開催され、「個店・商店街活性化への道」と「繁盛店の全治増」を講義しましたが、あらためて「理論音共有を基盤とする四者体制」の必要性を痛感しました。
ゆんぬ商人塾は、塾の開催を通じて理論の共有を実現していく、という体制が作られているはじめての商人塾です。
これまでの商人塾は、四者の合同参加という条件が整わず、塾の推進と並行して四者体制構築の合意を目指しす、という取り組みでした。
四者合同の受講が実現すると、課題である「お互いにその気になる」という取り組み方が大いに進みます。
外部に対する「説得力」も格段です。


 これから商人塾の開催を検討されるみなさんは、企画段階から当社との協働を実現して、「四者体制の構築・整備」過程としての活用を是非実現してください。

 スタートの取り組みが昨日もご案内した勉強会です。


 ご承知のとおり、当社が提案する「中心市街地活性化への道」は、事業の全体像を把握する現在公開されている唯一の機会です。

商人塾と基本計画

 当社流商人塾については、このところ、『基本計画」に組み入れるケースがいくつか出始めています。
これまで紹介している当社と何らかのおつきあいのあるところの計画だけではなく、これまでほとんど交流の無かった都市の計画にも記載されている例を教えていただきました。

なるほど、3時間×10回の商人塾を2年にわたって実施、個店の業容転換に取り組む、と明記してあります。
当社的商人塾、思わぬところでお役に立っているようで、いよいよ、大通りに出ていく時田が来たのかも知れません。(笑)

 しかし、読ませて貰うと気になることがあります。
商人塾の位置づけとしては「個店の活性化」のための施策ということになっています。まあ、商人塾の直接の目的としてはそのとおりですが、仮にも「中心市街地活性化への道」の歩みを牽引する取り組みですから、もっと大きく深い意義があるわけです。

 あらためて確認しておきますと、
①参加者のお店の繁盛を実現する
②中心市街地が商業立地として適切であることを実証する
③参加者を拡大して「テナントミックス」の実現をスタートさせる
④条件があれば空地・空店舗も巻き込んでいく
というきわめて「戦略性」の高い事業ですから、そのつもりで適切に配置しないと、「個店の繁盛」さえも実現できずに収束するかも知れません。
もちろん、3時間×10回というカリキュラムは、当社流「活性化への道」を牽引する商業者の「自助努力の組織化」の実践そのもの、他の商人塾の目的・内容とは大きく違います。
 
 ということで、せっかく「商人塾」を計画に組み入れるなら、当サイトに展開している「活性化への道」を熟読玩、的確な位置づけで取り組まれることをおすすめする次第です。
もちろん、おすすめはなにはさておき勉強会の開催です。

 認定済みのところもこれからのところも一度はクリアしなければ先に進めない「関門」です。

何を売るか どう売るか 藻谷氏批判

 藻谷さんの「何を売るか」論をヒントに、「所有と利用の分離」論を考えて見ます。

藻谷理論、Web上でみる限り、最近の到達地平は、“住む人、来る人を増やすだけでは商業の活性化は実現できないかも知れない。活性化を目指すには「何を売るか」が問題だ”ということのようです。

 いうも愚かながら「何を売るか」とくれば、これは当然、特定の時と場所における話ですから、特定の「時と場所」についての知識がないことには始まりません。
中心市街地というかっては都市を代表する商業集積地だったが、現在は機能が劣化し空洞化してしまっている街区をあらためて「ショッピングの場」として再建するためには、「何を売るか」ということだけではなく、
①街区の空洞化はなぜ生じたのか?
②今現在、市民の消費購買行動の「受け皿」となっている商業集積はどことどこか?
③消費購買行動の移動はなぜ起こったか?今現在、消費購買行動は何を目的にどう展開されているのか、その趨勢はどうか?
というあたりの知識を持っていないと話になりません。
(当社がいう「三点セットの環境変化」ですね。商人塾では開講後早い段階で修得します。)

さらに、あらためてショッピングの場として再構築を目指す以上、これらを踏まえて
④商圏内に配置されている各商業集積・施設と当該中心市街地との関係はどう考えるのか?という「ポジショニング」を構想する、つまり、当該中心市街地が商業集積として広域において分担する「何を売るか」を決定しなければならない。
もちろん、「業容理論」を前提にすれば、何を売るかは、どう売るか・どこで売るか、という問題は密接不可分です。(このあたりの議論は、当ブログにおいてはスイスイ展開されますが、他ではどうでしょうか。商業全般についての理解が前提になりますから、プロでもなかなか的確な議論は出来ないかも知れません。)

 余談はさておき「何を売るか」という問題は、広域商圏の現状及び中心市街地の現状を把握した上で「何を・どう売るか」ということを考えなければならないことは明らかです。
「何を売るか」が大切だということは、「何を売るか」については自分の好き勝手に決めることは出来ない、ということですからね。
物販立地としての時と場所についての知識が必要であり、もちろん、それは商業理論的見地からの知識でなければならない。

 あらためて藻谷氏の「何を売るか」論を見ますと、あっと驚く、「何を売るか」が重要だと指摘しながら、
①今どきの中心市街地では何を売るべきか、言い換えれば今どきの中心市街地で成立する小売業とはどのようなものか?
ということについては、ただの一言も述べられていません。
そうだそうだ、と思いながら読んできた人は背負い投げを食らったようなものです。

②「何を売るべきか」論の展開を放棄した藻谷氏はそこからいきなり、
“空洞化の元凶は不動産を賃貸しない所有者だ”と毎度のことながら、論証無しで決めつけます。「不労所得は許さない」といわんばかりの剣幕で、所有者に任せていたのでは活性化などいつまで経っても出来ないということで、TMOまたは民間有志が空地空き店舗を一括借り上げ、集約して活用する、と主張します。

 こういうことを主張するなら「何を売るべきか」をきちんと確立してからにすること、新たに構築を目指す商売について納得がいけば、不動産所有者もその気になるかも知れません。
「何を売るか」は不明のまま、所有と利用を分離せよ、テナントに又貸しすれば活性化できる、といわれてもですね。

「何を売るか」が重要だといいながら、結局、そこのところは「テナント任せ」ということですね。
ではそういう中心市街地の命運を託するに値するテナント候補企業がどこにあるのか?
また、既存個店の業容=「何をどう売るか」については、改革改善の必要はないのか?
といった問題はそっちのけで、「所有と利用の分離さえ出来ればOK」というのは、「空き店舗を減らせばOK」「住む人来る人を増やせばOK」といったこれまでのお話と同様、「○○さえ取り組めばOK」というワンパターンですが、こういうワンパターンのご託宣で済まされるのは、「三点セットの環境変化」小売商業を巡る環境変化が理解されていないからであり、理解する必要はない、という氏の立脚点が為せるところですが、仮にも他人を説得して自らが提唱する「中心市街地活性化への道」を歩んでもらおうというのなら、最低限の「論証」は必要ではないでしょうか。

 ということで、続きは【都市経営】を読んでください。
もちろん、藻谷氏が何をいおうと自由ですが、「全国自費で見て回った」というあたりに感激して、ご託宣を受け取る人が皆さんの中心市街地活性化の取り組みにおけるしかるべきポジションにいたりすると大変です。
後先考えずに不動産の集約に奔走したりすると、まじめに「何をどう売るか」ということを追求すべき取り組みが、「ハコもの」系の話に変わってしまいかねません。

 ということで、藻谷氏の「何を売るか」が大事だという説に賛同される人は、「何を売るか」は時と場所によって異なり、直面している課題は“今どきの中心市街地で商業街区をショッピングの場として再構築するには「何を売るか」だけではなく、「どう売ったらよいか」をセットで考えなければならない、ということについてどう思われるか、ということですね。
藻谷流では一切合切テナント任せになっているのですが。

四者体制の構築と商人塾

 中心市街地の活性化、とりわけその基幹となる商業街区の活性化を実現するためには、行政、商工会議所(商工会)、まちづくり会社、商店街組織という関係四者による緊密なスクラム(以下「四者体制」)が不可欠です。

 しかし、どういうわけかこの四者体制については、どこの基本計画を見てもその必要性が全く意識されていません。
したがって、もちろん、その構築についての施策などは全く述べられておりません。

 ご承知のとおり、『基本計画』では「推進体制」の整備・運営について計画することになっていますが、書かれているのは
①庁内組織
②活性化協議会
の二つについてだけ、という計画が多いようです。
(まちづくり会社の任務についても問題山積)

特に、商工会議所が果たすべき役割、商店街組織の任務については、全く「白紙」ですね。
これで本当に商店街を活性化できると思っているのでしょうか?
「体制の整備」が計画されていない以上、たぶん、「活性化の成否」については全然考えていないのでは、と思ったりするのですが、どうでしょうか。

 本来は、基本計画を作成するにあたって、四者が緊密に連携して事業が推進できるように万全の準備をしておくべきでした。もちろん、こういうことは「計画づくり」に招聘されたプランナーさんたちの問題意識には無かったことです。

 関係四者の間にはそれぞれこの間の取り組みにおけるあれやこれやの「経緯」もあり、基本計画が出来たからと言って右から左へ推進体制が動き出せる条件は整っていないかも知れません。
基本計画の見なおしは体制再構築の絶好の機会でしたが、それとは気づかないままスルーしてしまいました。

 この期に及んでも推進体制は不備のまま、もっぱら取っつきやすい事業、合意が取れたハード事業中心の取り組みとなっていますが、一方、せっかく設定した数値目標のクリア~活性化の実現には暗雲がたれ込めています。
何とか「推進体制」を整備し、各般の事業を一体的に推進できる体制を構築しないと、ラストチャンスも無駄遣い、空洞化スパイラルからの脱出など夢のまた夢、に終わります。

 当社提供の「クオールエイド流商人塾」は何を隠そうw、四者体制構築の秘密兵器です。
商店街・個店の繁昌再生を直接の目的とする事業ですが、四者の担当者が一緒に聴講することで、「中心市街地活性化への道」を共有する土台を作ることが出来ます。
四者体制の基礎は「中心市街地活性化を成功させる取り組みの方向と方法」を構築し、関係者が共有すること、ですからね。

 既述のとおり、本来であれば基本計画を「勉強しながら作る」プロセスで「道」を共有すべきところ、そういう大事な仕事があることに気が付かなかったプランニング関係者の手落ちもあって、土台構造無しの基本計画が出来上がっているわけです。
まちづくり会社も活性化協議会も任務と権限が確定しておりません。
こういう状況でタウンマネージャーを公募、要件は「当市の基本計画で活性化を実現できる人」って、あのですね、そんな人いませんよ。体制も出来ていないのに。

 そういうことで、「商人塾」に取り組み、関係四者の実務レベルの責任者以下が商店街の皆さんと机を並べて勉強する、という機会は、四者体制作りに最善の手法だと思いますが、如何でしょうか。
もちろん、タウンマネージャーさんのスキルアップにもOKです。タウンマネジャーさんもこういう機会があって、一緒に体制構築に取り組めたらいいですよね。

 商人塾の特徴は、中心市街地・商店街活性化のスキームとピッタリ整合していると言うこと。
他の活性化策と根本的に異なるところです。

 問題は、関係四者によって商人塾の意義、戦略的ポジションが共有されないことが間々あるということ。
せっかく個店レベルで繁昌を実現する人が続出するのに、これを中心市街地全体の活性化に波及できない、もったいない話です。
商業者からは商業理論を修得、自店で実践して「活性化への道」二確信を持つ人が続出するのに、関係四者は」従来どおりのレベル、ということになります。

もっとも、商人塾に参加した商業者の皆さんは、取り組みの構築が出来ず、中心市街地が全体として活性化に失敗したとしても、自店だけは繁盛店として生き残ることが出来ます。
それを実現する理論と技術開発の基礎の修得は、商人塾でバッチリです。

経営革新塾とか創業塾とか

 商工会・商工会議所の皆さんは、いよいよ事業シーズンの開幕ですね(と呼びかけるほどアクセスは多くないのですが)。

 「選択と集中」で意欲的な事業者を集中支援する、ということですが、「意欲的」の基準が「応分の自己負担」が出来るかどうか、だったりします

 問題は商店街の場合。
「意欲を示さない」=事業に参加しない店舗を放置しておくと「空店舗のもと」ですからね。ご承知のとおり。
個店は廃業すれば一件落着ですが、商店街の方はそうはいきません。空店舗を埋めることの難しさを考えれば、本人の意思に関わらず“おだてても・なだめ・すかしてでも”営業継続=「繁盛店づくり」に取り組んでもらわなければならない。
好き勝手に廃業してもらうと、商店街そのものがいっそう空洞化する、ということ周知のところ、これ以上空店舗を増やすわけにはいきません。

 というように状況を考えれば、標記のような研修事業も通り一遍の消化事業ではなく、商店街・繁盛店づくりに真っ向チャレンジする企画であることが求められます。
 経営革新=各社ごとに一つ新規事業を立ち上げる「経営革新計画」を作ること、といった安直な考え方もあるようですが、無理矢理「新規事業」をひねりだし、本業そっちのけで取り組むよりも「本業の活性化」が優先することが分からないようでは「経営指導員」の名前が泣くというものです。

 経営革新=本業+アルファというのは、地元中小企業の経営の実状を把握していないから出てくる話でありまして、経営の現状を踏まえれば、本業の革新が最優先、とても新規事業への進出とか新部門の創出とか、乏しい経営資源を分散費消する余裕はありません。

 ということで、「経営革新塾」的取り組みとして当社が提案しているのが、「経営革新」のスキームを活用した「商人塾」の開催です。
既に掲示板で提案しているところですが、例によって形だけ採用するところもあるようです。

 「商人塾」、従来は“開催することに意義がある”という思いこみで、内容不問・講師不問で取り組まれる事業の典型でした。というか、今でも当社以外の企画の商人塾はおおむねそういう流れのようで、時々“あんたのいう商人塾にいよいよ取り組むことになった”といったメールをいただくことがありますが、あのですね、当社が提唱しているのは「当社が提唱する活性化の方向と方法」を実践するために必要な理論・技術を修得するための商人塾、つまり、カリキュラムからスケジュール原案まで当社がセットで提供している商人塾のことだということは理解してくださいよね。

 中には第○○期商人塾といった「伝統ある」商人塾もあるそうで、もちろん、そういうところのお膝元の「商店街の空洞化」はハンパでは無かったりするわけです。

 「経営革新のスキームによる商人塾」も同様でありまして、スキームの「経営革新計画」のつくリ方を「商業に特化」して教えたからと言って、所詮は「既存の業容+アルファ」ということですから、なにをか況や、結果は既に見えております。
商店街立地の小売業、大事なことは「スリム」になることですからね。不良在庫の山を放置したまま+アルファというのは、繁盛再現の方法としてはあり得ないことですからね。

 どういう事業にどういう企画で取り組もうとしているのか。
企画書を見れば当該組織の能力のほどは一目瞭然です。
もちろん、企画書と商店街の現状~未来も相即ですから、ちまり、企画書を見れば商店街の将来が見えます。

 「経営革新」やら「創業」やらに注力中の皆さんは、このあたり、重々配慮しておかないといけません。
従来的勉強会では、“商工会議所の事業活動とは無関係に中心市街地をはじめ、管内の中小商業者は凋落の一途をたどる”という趨勢に対しては無力ですね。

 当社が提唱している「経営革新のスキームを援用した商人塾の取り組みによって実現を目指す商店街立地の個店の経営革新」及びその取り組みを基礎とした「商店街活性化への道」の構築を目指す取り組みが、鹿児島県商工会連合会によって取り組まれています。
同連合会としてもはじめての取り組み、いわば「モデル」ですね。
当社はその取り組みの一部始終を支援しています。
http://15kai.quolaid.com/index.htm

参照: 「中小小売店の経営革新」

経営指導員の皆さん。
勉強無くして繁昌無し、勉強無くして事業無し、です。

活性化の方向と方法は?

 中心市街地活性化の実現にまじめに取り組むならば、中心市街地所在の都市機能、特に小売商業機能について、

①都市広域商圏においてどのような機能を分担するのか、
商業集積としてのあり方を決定する(方向)
②目指す商業集積を構築していくための方法を決定する

という仕事に最優先で取り組まなければならない。

 方向と方法が決定されてはじめて取り組むべき事業、順序などが定まるわけですから、これは基本中の基本であり、したがって『基本計画』には活性化を実現していく方向と方法が特筆大書しておかなければならない。
よろしいですか? そうですよね?

 ところが、これまでに作られた各地の『基本計画』には、申し合わせたように、「活性化実現の方向と方法」が定められていません。
おかしな話でありまして、方向と方法が決まっていないのに、「目標」だけは数字段階まで入っている、というのが新スキームで作られた基本計画です。
 数値は入っているものの、「方向と方法」から導かれた数字ではありませんから、数字が達成されたからと言って、特段、何がどうなることもありません。

 活性化実現の方向と方法が定まっていないということは、計画を推進すれば「何がどうなるのか」、計画作りに関わり、実施に関わる人たち全員がまったく分からないまま、「活性化」の実現に役立つ、とされている事業に取り組んでいるいうことになります。
(あなたの街の話ではありません。日本全国、例外なく共通する状況です。)

 現在、認定から一年以上を経過した都市には、早くも数値目標(一部)が達成されているところ、m、あだ目処が立っていないところ、と様々ですが、共通しているのは「数値目標達成の如何に関わらず商業機能の劣化は着実に進行しており、この間実施した事業は状況を好転させることが出来なかった、ということです。(一年では無理、という考え方もありますが、少なくとも「好転の兆し」は確実に出てこないと残るところ後4年ですからね。)

 もう一つはっきりしてきたのは、方向と方法を定めないまま、いわば盲滅法で取り組むという手法が陥っている状況を直視し、取り組みのあり方を点検しなければならない、という機運が全く見られない、ということです。
 基本計画所載の事業群、このまま取り組みを続けても、活性化する可能性は全く見えてこないことは明らかなのに、これでもかこれでもかと、「戦力の逐次投入」をやっています。

 点がダメなら線、線がダメなら面、面がダメなら住む人・来る人増やし、家主が元凶だから所有と利用の分離・・・
アイデアはでますが、そういう取り組みを利用して「何を実現したいのか」「〃実現していくのか」ということは全然構想されておりません。
なにやら、大東亜(四海皆敵)戦争を彷彿とさせる情景です。

 大東亜戦争、元はといえば「中国を懲らしめる」というノリで侵攻したのがことの発端、帝国自衛も大東亜共栄圏も後知恵です。
もともと戦争終結のシナリオが描かれないまま突入した「事変」から、点がダメなら線で・面でと次第にエスカレートして「大東亜共栄圏」まで構想しなければならなくなった。
開戦以降ものっぴきならない状況に陥いるまでは終戦のシナリオは作られません。ひたすら目先の仕事ばっかり。
その典型の一つがガダルカナルです。

 帝国陸海軍がガダルカナル島に派遣した総兵力は31,404名、うち撤退できたものは10,652名、それ以前に負傷・後送された者740名、死者・行方不明者は約2万名強であり、このうち直接の戦闘での戦死者は約5,000名、残り約15,000名は餓死と戦病死(事実上の餓死)だったと推定されている。(以上、ウイキから引用)
もちろん、すべて我々の先代・先々代の人たちです。

 はるばるガダルカナルまで突っ込んだのは「オーストラリアを孤立させるため」だったそうですが、たちまち、
①孤立させたら何がどうなるのか
②いつまで孤立させておくのか
③どういう状況になったら撤退するのか
④そもそもホントにオーストラリアを孤立させられるのか
といった疑問が湧くのでありまして、こういうことを考えないまま、あるいは考えては見たものの、方針を変えられないまま、ことの成り行きで兵隊さんをどんどん送り込んで餓死させた。

 大東亜戦争中に餓死させられた兵隊さんの総数は百万をはるかに超え、戦死した数よりも多い、というのが定説ですが、こういう戦争をしたのは古今東西の歴史においてわが国だけではないでしょうか。もの凄い話です。

 さらに言っておきますと、百万を超える同胞を餓死させたことについての反省は、今日に至るまで全く為されていないわけで、「侵略戦争反対」とか「自衛戦争だった」といった立て前は聞かれますが、「餓死したのはなぜか?」という点についてはどうでしょうか?

 過去を反省できないものはそれを繰り返す運命にあるそうで(自覚できない欠点が是正されるはずがないわけで)、もしそれが本当なら、我が国においては、戦争終結後もそこかしこで「繰り返し」の真っ最中、「方向=未定・方法=何でもあり」というビヘイビアは、そのまんま、随時随所で続行されtげいるかもしれません。

 ということで、中心市街地活性化の“方向と方法”無き取り組み、もしかしたら旧帝国陸海軍由来のビヘイビアが脈々と生き続けていたりして・・・。

 間違ってもそういうことがないことを願うものですが、方向と方法を欠いたまま、手を変え・品を変え、取り組んだ個別事業の総括も行わず、次から次へと成果の挙がらぬ「活性化策」が講じられ、巨額の資金が投じられている現状は、目的・シナリオを欠いたまま、「戦力の逐次投入」を繰り返した旧日本軍(繰り返しますが我々の先代・先々代)のビヘイビア・その思考と実践にうり二つだ、と思ったりするのは私だけでしょうか。

 敗戦後は「負けることは早くから分かっていた」としゃべる頭のいい人たちが続々と現れたわけですが、このまま行くと中心市街地も同じ轍を踏むかも知れません。
踏まないかも知れませんが。 
 にっちもさっちも行かなくなってから、「失敗することは分かっていた」などと言わないこと→「方向と方法」無き取り組みの旗を振っている人たち。

 ということで、中心市街地あるいは単位商店街も同じですが、「活性化を実現するための努力を集中すべき方向」と「実際にその宝庫に進んでいく方法」についてはしっかり考え・決定し・共有しておくことが肝要です。
「方向と方法」から導びき出されていない個別事業は、どんなにカッコよく見えても「失敗への道」です。

 問題は、従来的・慣行的政策の見直しを誰が動議し、どういう手順で実現していくのか、ということ。
 とりあえず、誰かが動議しないことには始まらないわけですが、“しかるべきポジションにある人が、おっくうがったり、臆病風に吹かれたりすると、出来ることも出来なくなる”と忠告しておきます。

 「目的とシナリオ」「方向と方法」といったメタレベルについて日本軍の戦史には教訓がてんこ盛りです。
今日に至るまでその総括はほとんど進んでおりませんで、ひょっとすると、現下推進されている中心市街地活性化、実は取り組んでいるのは大日本帝国陸海軍だったりして。

 都道府県の商業振興担当の皆さんは、管下各都市の取り組みの現状について、岡目八目、けしてこのままでOKとは評価していないはずであり、したがって、早急に取り組みの是正につながる施策を講じなければならないはず、商業振興策の抜本的な見直しが必至ではありませんか。
 個別都市ごとの見直しには難しい面もありますから、「方向と方法」論議は都道府県が誘導する、というのはあり得る選択だと思います。
特に「県都」の中心市街地活性化の進展状況は、放置できない段階に陥っているところも有るはず、時を失すると「県の顔・県庁所在都市の中心市街地・商業街区は再起不能に陥りかねません。

取り組みの見直しが必要なことは明らかだがなぜ始まらないのか? 続きは【都市経営】で:

商人塾のお約束

商人塾、スタート時点のお約束

①勉強期間はあっという間に終わる
②成果は実際にお店での取り組みにかかっている。
 参加しないと始まらないが、実践に取り組まないと成果は得られない。
③成果は、客単価アップ・客数アップとして現れる

 早いものでありまして、甲府市中心市街地商人塾、本日で10講義が修了、余すところ2講義となりました。
アッという間に修了間近となりましたが、すでに「方向と方法の有効性」が実感されていることと思います。
着実に取り組まれた人は着実に成果が挙がっており、それなりの取り組みの人にはそれなりの成果、諸般の事情で遅滞気味のところは残念ながらそのまんま、と如実になってきましたが、毎回講義のはじめに行う「試行の発表」で、塾全体の状況は共有されています。
出遅れている人は、修了イベントまでに何とか追いつくようにしてください。経験的には、講義中に取り組みに着手できなかった人は終わってからも着手できない、というのがこれまでの通り相場ですが、是非、従来的商人塾の経験を覆していただきたい。

 今回の取り組みでは、これまでの商人塾では参加がなかった本屋さんの転換が際だっています。売り場面積25坪のお店で什器6個(うちゴンドラ2台)を撤去、アダルトなど雑誌部門及び漫画部門の縮小をはじめ、文字通り、「日進月歩」で転換が進んでいます。
この間、売り上げは落ちていないということですから大したもの、徐々にかつ着実に客数・客単価アップが実現しているものと思われます。

 商人塾としては「理論の妥当性」が実証された、ということですが、実際に取り組まれた個々人にとっては、未曾有のの取り組みであり、提案した理論を吟味・納得・応用・試行されたみなさんの自助努力のたまもの以外のなにものでもありません。

 この間の取り組みで体得されていることの根本は何か?
最終講義で明らかにします。
「なるほど、そうだったのか!」とあらためてみずから獲得し、鍛錬した武器の威力を確認してください。

商人塾、家族スタッフの勉強会を実施

 甲府市中心市街地商人塾では、終盤にさしかかった講義と並行して取り組んでいる各個店の取り組みのいっそうの定着を目指して、家族・スタッフを対象に勉強会を開催しました。
これは当社にとってもはじめての試みでした。
参加者のほとんどは「巡回」顔なじみの人でした。
自店が取り組んでいる「繁盛店づくり」の全体像および店頭を担当するスタッフの役割の重要性、新しい執務技術などについて、150分にわたって説明を行いました。

 本来なら受講されている経営者が各個店ごとにそれぞれの特色を踏まえて実施するのが理想的ですが、本人も本講座を受講している最中、仮説~試行の修得段階ですから、スタッフと教育までは手が回りません。
まずは、「全体像」と「店頭の役割」について、「共通の理解」「土俵の共有」を実現するために実施しました。

 商人塾の特徴は、親子、夫婦での参加を強く推奨しており、参加を実現したお店の取り組み~成果は歴然です。
経営の改善・改革は、今どきの小売業にとって種別や規模を問わず不可欠の課題ですが、「理論を共有して・仮説~試行に取り組む」という段階に入っているところはきわめて限られていると思います。
 勉強会には15名という予想以上の人数が参加され、終始熱心に受講されました。それぞれの立場での役割遂行に、これまで以上の活躍が期待されます。
とくに、これまでの店内での経営についての話し合いでは、お互いの立脚している「理論的立場」がハッキリしていなかったため、意志疎通に潤滑を欠くということもあったかと思いますが、「共通の土俵」の基礎が出来たのは、これからの「転換」の前進を確実にします。

 参加された家族の中には、“息子が取り組んでいることの全体像が理解できてよかった、全体として自分も大賛成”という社長さんもあり、取り組みはとりあえず「成功」でした。
もちろん、本当の成功はお店の繁盛がじつげんされること、これからの取り組みのいっそうの進展を期待します。

単位商店街が取り組むタウンマネジメント

 「商店街が取り組む・商店街のための・商店街による」タウンマネジメントへのチャレンジをやってみようじゃないの、という機運が盛り上がって来ました。

 佐賀市の中心市街地に隣接して立地する水ヶ江商店街は、昨年度末から「商店街活性化の革新」を目指して、商人塾や個店の繁昌再生に取り組んでいますが、このほど、「タウンマネジメント」への取り組みを研究することになりました。

 意欲的な店舗による商人塾の先行開催、その結果を参加したいない店舗へ波及させる取り組みと並行して「空店舗の活用」にも乗り出すことになりました。
商店街のデスティネーション(来街目的機能)を強化向上させるために、ぜひとも欲しい業態を何が何でもオープンさせよう、ということで皆さん知恵と人脈を活用してスカウト作業が始まっています。

 活性化の方向と方法について商店街ぐるみで合意を成し遂げ、商人塾での勉強・個店の実践と並行してタウンマネジメントにチャレンジする。
実現すれば絵に描いたような取り組み、成功すれば全国的にも珍しいのではないでしょうか。

 何しろ、商店街単独で取り組むタウンマネジメント、「活性化理論の勉強」からスタートした、ということでは「全国初」だと思います。

 中心市街地の範囲外ということは、
①『基本計画』無し
②「活性化協議会」無し
③「まちづくり会社」無し
すなわち「三無の取り組み」ですね。

 これで活性化に成功すると、『基本計画』を
作らない
作れない
うるさい!
という中心市街地・商店街にとっても参考になるかも知れません。ならないかも知れません。

テナントミックスかタウンマネジメントか

既出はこちら

 テナントミックスで検索すると上記に誘導されるようです。
2004年に書いた記事ですが、まだ通用します。

 というか、言葉の定義に無頓着のままシャアシャアと使う、というのは商店街のみならず、商業界全体の宿痾というほかないビヘイビア、もちろん、テナントミックスも定義されておりません。
上記の記事で述べているように、「元気のいい(=お客がたくさん付いている)ショップ」を集めることだったりします。
何しろ百貨店でも百均やらGAPやらをスカウトしてテナントミックスのつもりですから。

 商店街が定義に無頓着なのも見方によっては仕方がないのかも知れませんが、公的資金を投入して「都市機能としての活性化」を目指す以上、筋を通した取り組みにしないと失敗したときに申し開きが出来ません。

 まあ、そういった殊勝な心がけがあったなら、今日見られるような空洞化した景観が全国津々浦々で族生するという状況にはならなかったかも知れません。

 テナントミックス、タウンマネジメントその他モロモロの専門用語、もちろん使うのは使う人の勝手ですが、少なくとも「われわれ、はこのコトバをこういう意味で使用する」という定義というか断り書きというか、そういうひと手間は必要ではないでしょうか。
そういませんと、たぶん、同じ基本計画に取り組む関係各方面の皆さんが各個バラバラ、それぞれ自分の語感で読んでしまうと、次号が佳境に入る寸前で「各論反対」となるかも知れません。要注意です。

 ところで。
そもそも基本計画を執筆した人は、改革に散りばめている専門用語のイミ、ちゃんと整理した上で使っているのでしょうかね?

 「ショッピングモール」など自分で定義しないと、業界はまだ市民権を得ていないようですよ。

 テナントミックスかタウンマネジメントか。
どちらにしても、商店街既存の各個店の業容は放置したままでいいのかい、放置したままで商店街活性化とかできるわけ?
という疑問が起こるわけですが、もちろん、定義無しでOKという人のアタマにはこういう問題などかすめもしませんね、きっと。

タウンマネージャー検定

 簿記検定、販売士検定というオーソドックスなところから、国語検定、世界遺産検定、はてはご当地検定とやらまで登場して賑やかです。

 後れてはならじ(笑、我が中心市街地活性化界隈も「タウンマネージャー検定」など如何でしょうか。

 中心市街地界隈、何処を見ても「定義無用」の似非専門用語が飛び交っておりまして、このままでは新スキームのもとでの取り組みもあえなく沈没することは必定、かも知れません。
目的整合な軌道を走るためには、適切な理論の装備が不可欠なことはいうまでもありませんが、あいにくと地元に揃っていないことはこれまでのプロセスで実証されているところ、手と尽くして装備することが喫緊の課題となっています。
ご承知のとおり。
 そこで頼みの綱となるのが、新しく招聘されるタウンマネージャーさんの手腕です。これまでの無理論・無展望の取り組みを刷新すべく、大いなる活躍が期待されます。

 タウンマネージャーさん、期待に応えるためには多様かつ優れたタレントを要求されます。いうまでもありません。

 当サイトではこれまでタウンマネージャーという職能に求められるタレント、スキルについて繰り返し考えて来ましたが、大変な能力が要求される仕事です。
果たして右から左に適材を得ることができるものかどうか、場合によっては無理難題になるかも知れません。

 ということで、本日は趣向を変えてタウンマネージャー志望の人たち、職能完遂に必要な「知識・技能」を持っているのかいないのか、手っ取り早く測定するための「検定」を提供してみます。
題して「タウンマネージャー検定・初級編」です。

初級編 問題

問1 中心市街地とはどこのことか、20字以内で書け

問2 中心市街地活性化とは中心市街地がどうなることか、
    20字以内で書け

問3 TMOの主要任務を50字以内で書け

問4 「商店街活性化」とは商店街がどうなることか、
    50字以内で説明せよ

問5 「中小小売商業の高度化」とは中小小売商業がどうなることか、 
50字以内で説明せよ

問6 「ショッピングモール」を100字以内で定義せよ

問7 「テナントミックス」を100字以内で説明せよ

問8 「小売業の劣化スパイラル」を100字以内で説明せよ

問9 「既存商業者の自助努力の組織化」を200内で展開せよ

問10 「タウンマネージャー」に求められる資質について
   400字以内で論ぜよ

 とまあ、とりあえず10問、基本中の基本を挙げてみました。
当検定の場合、他の検定とは異なって、マネージャー志望者たるもの、100%正解しないと職務を遂行することは出来ません。
何しろ基本中の基本ですからね。 

 如何でしようか。
自己採点には、当サイトの「サイト内検索」などを活用してください。文運つたなく?落第した人は、いっそうの研鑽が必要です。何しろ中心市街地の命運はタウンマネジメントの専門家たるあなたの双肩に掛かっているのですから。

 所要の知識・理論・技術、あなたが装備していればそれでOKというものではありません。都市の関係各方面との共有を主導して実現する、「共通の土俵づくり」というお仕事が待っています。

 ということで、これからも応募機会が続くであろう「タウンマネージャー」職ですが、応募したい人はとりあえず当サイトでしっかり勉強してからにしてください。
採用を決める人ももちろん、自分が応募者を見極めるためのスペックは確認、準備しなければならない。
採用要件=「当市の基本計画で活性化を実現できる人」などというのは話になりません。
自分たちがな~んにも理解していないことを告白しているに等しい。

 ということで、所要の知識・理論・技術をあらかじめ装備しておくこと、タウンマネージャーたるもの、それが世のため、自分のため。

 おっと、もちろん、初級の上には中級・上級とあるのは他の検定制度と同様です。
仮にも一つのTMOを担う場合は、「上級」をクリアしていないと任務を遂行できません。

 上級の検定ですか?
上級の場合、受験しようとする人が自身で問題を設定し、自分で解答、自己採点で検定することになっています(笑

 ふと、わき起こった疑問。
まさか、現職のマネージャーさんで“初級編を受験したくない”という人はいらっしゃらないですよね・・・?

☆お知らせ☆
【都市経営・入門編】 『「藻谷流活性化論の理路」批判』
書き継ぎました。

繁昌伝搬理論

 個店有志が繁昌再生を目的に取り組む商人塾が中心市街地・商店街活性化の戦略プロジェクトになるのは、この理論があるからです。

 まず、
①意欲的な有志の取り組みで個店レベルの繁昌を実現する
②商店街活性化の現実性が関係各方面で共有される
③次年度以降、塾参加者を計画的に増やし、繁盛店を増やしていく
ということですが、
個店レベルの取り組みが既に「ショッピングモールに所属するラグジュアリィショップ」という上位課題を踏まえて「業容の転換」に取り組んでいますから、モールのテナントショップのあり方は初年度で修得済みです。
二年目からは「仮説~試行」の精度が高くなり、取り組みやすくなります。何しろ「繁盛店」が目の前に出来ているわけですから。

 初年度の取り組みは、
①現実性の実証と
②関係各方面の理論及びシナリオの共有
が課題、
二年目は
①商人塾「繁盛店チャレンジコース」と
②初年度にクリアした人のための「経営革新コース」を並行して実施する。
同時に、基本計画をもとに「モールとしての再構築」を実現していく「行動計画」の作成も。

 「行動計画の作成」という課題に大書するために、初年度の商人塾は、関係四者の合同受講が必須になるわけです。

 二年度の取り組みは、いよいよ本格的なタウンマネジメント計画の作成と商店街有志の取り組みのコラボになって行きます。
目標は、
①商人塾参加店舗数
②経営革新計画作成者数
が基本です。
いずれも「ショッピングモールへの転換」を前提とする目標であり、これらが実現していくにつれて、商店街の通行量も自ずと多くなり、とおりの賑わいも再現されていくことになります。

 個店群の繁昌再生に端を発するショッピングモールへの転換、繁昌伝搬理論ですが、こういう「仕組み」を持ち合わせていない中心市街地・商店街はいったどうやって「活性化」を実現するというのでしょうか。

 ということで、「ものが売れなければ商店ではない、繁昌しなければ商店街ではない」わけでありまして、皆さんの基本計画、1100%事業を遂行すればホントに繁盛店が続々出現するでしょうか?
繁盛店が続出しない計画は基本計画ではない、ということも言えるかも知れませんね。

5年という期間

 中心市街地・商店街活性化に使うことが出来る時間です。

早い話。
ぶっちゃけて言えば、5年間に・当該中心市街地に・どんだけ・繁盛店を生み出すことが出来るか? ということですからね。

 通行量とか空き店舗数とか、回りくどい話は止めて、直球勝負、繁盛店を幾つ作れるか?
商店街の通行量や空き店舗の数などは、繁盛店が増えれば自然に問題ではなくなります。通行量は増えるし、空き店舗は無くなっていく。

 通行量や空店舗をいじったからといって、繁盛店が増えることはありませんからね。

 このほど、不動産の所有と利用の分離とは、
①借りてのつかない不動産を持っている
②廃業した元商業者のための救済策ではないか
という意見を聞きました。
利用、すなわち不動産を集約して何に使うのか、その結果街はどうなるのか、商店街は活性化するのか、何故そう言えるのか、といったあたりの疑問に答えられないと、いらぬ勘ぐりをされてしまうかも知れません。

 ところで。
不動産を集約して利用する、という場合、集約に先立って「利用法」が決まっていないといけませんが、今どき、不動産を集約利用すれば街は活性化する、という結構な利用法が本当にあるのでしょうか。

 商店街活性化のために使われる時間、泣いても笑ってもあと5年あるいは4年ですからね。
その間に目星がつかないと、空洞化・空店舗化は雪崩を打つことになります。その後で「こうすれば良かった」と気づいても遅すぎ。
取り組む商業者がいなくなっています。

 ということで。
皆さんの基本計画、どんなに自信のある計画にせよ、「繁盛店づくり」はちゃんと独立した事業として実効的な取り組みを計画しておくことが不可欠です。
どんなに住む人・来る人。歩く人が多くなっても、商売繁盛は実現しません。こればかりは「ショッピング行き先」としてふさわしいお店が増えないことには「商店街が活性化した」とは言えません。

 残された時間はたったの5(4)年、この間にいったい何店舗、繁盛店への」生まれ変わりと達成することができるか。
これこそど真ん中のテーマだと理解すれば、5年にわたって取り組む「繁盛店づくり」、他の事業に絶対優先で取り組むほかないわけですが、さて、皆さんの取り組みは如何相成りますことやら。

 繁盛店づくりに取り組まない・取り組めない商店街活性化は、掲揚矛盾、どうせ商店街の空洞化は行くとこまで行ってしまいますから、掛けたお金は全部ムダ、これまでのお金と同様です。

 そんなことならこちらに使わせろ、という人は広域合併以降、増えていますからね。

基本計画 なにが挫折したのか

 相次いで報じられる「認定基本計画」の蹉跌について、私は、「第一号認定計画」をモデルとする路線そのものの失敗が実証されていると考え、述べています。

 モデルとは、
①もはや商業活性化は商業施策だけでは達成できない、と論証抜きで断定し、
②中心市街地に居住する人口、中心市街地を来訪する人口を増やすこと、通行量を増やすことが重要であるとして、
③居住施設、物販・非物販の集客施設の整備、イベントの開催などに取り組む
という方向性をもった計画です。
 商業振興策としては、市街地再開発、景観整備、空き店舗対策などが盛り込まれています、いずれも旧計画に於いて取り組まれ、効果を挙げられなかった内容です。
さらに、推進体制は新スキームに準拠して形式的には組織されたが、実際にす窯業活性化をどう推進していくのか、シナリオもスキルも持ち合わせておりません。

 モデルに欠けていたのは、中心市街地の商業機能を活性化させるためには、当該都市とその周辺に立地する商業機能を分析評価し、
消費購買行動の変化と照合することで、中心市街地所在の商業集積群の事業機会を再定義する、事業機会を獲得するためにみずからの「業容」を転換していく、という取り組みです。

 早い話。中心市街地・商店街を活性化したいと思ったら、すぐさま直面するのが「郊外型商業、とりわけショッピングセンター、とりわけショッピングモールとの関係をどう考えるか?」ということです。中心市街地の商業集積が活性化するためには、広域商圏からのショッピング客の誘引は絶対条件です。
端的には、ショッピングモールとの関係です。ショッピングモールを横目に見ながら、アクセス条件の劣る中心市街地へ、わざわざショッピングに出掛けてきてもらうには、どのような商業機能であるべきか?
ショッピングモールに真っ正面から挑戦するのか、それとも「棲み分け」の道を構築するのか?

 イの一番に考えなければならないことですが、この仕事を完全に放棄して走っているのが第一号認定の両基本計画であり、これをお手本にした後続の基本計画です。
 商業機能として目指すべき方向も定めないまま、住む人・来る人を増やし、イベントで通行量を増やせば街は活性化する、取り組みの目標は、「人の数」だ、という路線ですが、人は増えても街は活性化しない、それどころか「集客核」として設置した商業施設自体も所期の業績を挙げることが出来ない、人は増えたが商業の空洞化は一層進展している、というのがこれまで新スキームで認定された基本計画を推進中の都市・中心市街地の趨勢です。

 ということで、挫折が明らかになった、中心市街地の実状として明らかになったのは、あれこれの個別都市の基本計画だけではなく、これまでに作られている基本計画の背後にある「人を増や市、イベントに取り組めば街は活性化できる」という基本的な認識曽於ものです。このことに早く気づかなければいけない。

 背後にある理論とは何か?
「商業の盛衰は人口に依拠する」という、もの不足・店不足維持代の商店街だけに通用した経験則を「商業・永遠の法則」と勘違いしている「理論」です。
 その典型が藻谷浩介氏の言説。
“商業は、まちの花、花を咲かせたかったら根や茎にあたる「居住人口・来訪人口」を増やせ”という、当時、全国的に喧伝され、追従者が多かった藻谷理論ですね。
その理論的水準については既に論破済みです。
(論破しても実務で生き続けている、ということこそが批判の根拠、実務レベルに影響が無ければ放置しておくべきところです)

 藻谷氏はその後、商業は「何を売るか」ということが大切、と微妙に主張を変えています。
なにやら商業を活性化するには商業自体が頑張らなければならない、ということのようですが、しかし、それ以上のことは一言も言っておりません。
“「何を売るか」が重要である”というのなら、郊外のショッピングモールは何を売っているか、という分析をしたうえで中心市街地所在の商業は「これを売れ」と提案すべきではないのか。

 「何を売るか」が重要である、といいつつ、実務レベルの提案は“空洞化の元凶は地権者、対応するには空地空店舗を集約、一元管理せよ、ということらしい。
一元管理の有無に関わらず「何を売るか」ということが重要だったのではありませんか?

 さらに。
「何を売るか」ということの重要性に心の底から思い当ったのなら、「何を売るか」は「如何に売るか・どこで売るか」と密接不可分だということが分かります。
コンビニエンスストアの「何を売るか」=「品揃え」は、ほとんどスーパーマーケットに包みこまれていますが、それでもちゃんと共存しているのはなぜか?
「何を売るか」だけではなく「如何に売るか・どこで売るか」が構築されているからですが、このあたりを考え合わせれば、「何を売るか」は「業容三点セット」に直結します。

 いうまでもなく「何を売るか、如何に売るか、どこで売るか」は、品揃え・サービス・環境の三点セット、つまり当社のいう「業容」ですから。

 空洞化している商店街の各個店、「何を売るか」はどうなっているか? 藻谷氏が賞賛してやまない佐世保市四ヶ町の「何を売るか」はどうなっているか?
「何を売るか」が重要なら、これの改革に取り組むことで商店街は活性化できるのではないか?
といったあたりには思いが及ばないらしい。

 業容論無き商業理論は、役に立ちません。まして、「何を売るか、が重要だ」と唱えつつ、“空洞化の元凶は地権者、不動産を集約活用すれば街は活性化できる”というのはいったいどういうわけでしょうか?
 このところ伝えられるのは「集約して利用した」施設の挫折ばかりだが・・・。

 ということで。
挫折したのは、これまでの基本計画が意識的・無意識的に依拠してきた、「人が増え・通行量を増やせば、その結果として街は活性化される」という考えそのものです。

 したがって、取り組みを立て直すには、基本計画飲みなおしはともかくとして、まず、商業の活性化は商業機能を活性化することでしか実現できない、という当たり前のことをしっかり確認し、商業者の自助努力ガム買うべき方向と方法を明らかにし、合意を得て組織的に取り組んでいくことを目指さなければならない。

 つまり、クオールエイド的「活性化への道」を一例とするいうな取り組みを模索しなければならない。まずは適切な「商業理論」を装備しなければならない。

 時々、“商業者は努力しない”という声も聞かれますが、逆にお聞きしたい、あなたは商業者に「自助努力の方向と方法」を示すことが出来るんですかと、と。
商業者は自助努力をしていますからね。イベントとか安売りとか。
その結果が業容の劣化をもたらしているわけですが。
商業者は「何もしていない」からではなくて「間違った方向で自助努力をしている」ことが空洞化を引き起こしているのです。

 若干脇にそれましたが、基本計画・暗黙のデフォは挫折しました。一方、計画の進捗状況は毎年報告するわけですが、劣化スパイラルの進展について“核が撤退したから”というのは言い訳になりません。
活性化に取り組んでいる間に核が撤退? 計画作成時の状況分析では核の様子はどうなっていたのか? という疑問が突きつけられることが予想出来ないようでは担当失格です。

 中心市街地活性化の実務の根拠となっていた「理論」は挫折しました。その証拠は先行事例の中にいくらでも見ることが出来ます。
この状況において、中心市街地・商業の活性化を目指すとすれば、まず、根底となる「商業理論」を修得し直す、という課題があることは容易に理解されるところ、あとはどう実践を組み立てるか、ですね。

計画見直し 三重のアポリア

基本計画の認定から半年も経たないのに発表された久留米井筒屋の閉店、これからいろいろWeb上で話題になってくることでしょう。
 中には、「基本計画」を比較対照した結果「うちの計画とうり二つ」ということを確認されると「鳥肌」が立つ人もいるかも知れませんね。

 認定一号両都市の計画のパターンに無批判に随従して作られた「基本計画」は、待った無しで内容の点検・見直しを迫られていると思いますが、如何でしょうか。
そういう意味では、アウガ、久留米井筒屋といった中心市街地活性化の中核に位置づけられている集客施設が陥っている現状は、“基本計画の見なおしの必要性”を強く示唆するものですから、潜在している「この計画ではどうにもならん」と考えていた中の人には、行動にうって出るよい機会かも知れません。

 そうであることを期待したいのですが、これまで見聞蓄積・体験してきた中心市街地的カルチャー=ものの見方・考え方をもとに推測しますに、見直しを実現するには三重の難関がありまして、これらを乗り越えるのは容易なことではありません。
まず列挙してみましょう。

その一 「見直し」が必要なことを理解する、という問題
 うちの計画と破綻に見舞われている計画が基本的に同じレベルだということが理解されていないと、「他山の石」が使えません。
“よその基本計画の失敗はよそのこと”うちのまちには関係ない、という態度はいただけませんが、なかなか推して知るべし、というほど目配り。気配りが行き届いていません。
前者と後者、スペックは同じですから、次はうちの番だ、と自覚できるかどうか・・・・・・。
“明日は我が身”と身につまされるかどうか、です。

 計画推進の「核」となる案件がボツになっても、基本計画はそのまま、というところも少なくないでしょうね。
そういう例は既に幾つもあります。
青森・久留米両市の場合、「基本計画の見直し」は待ったなし・避けることの出来ない問題ですが、“問題である”と認識できないと、もちろん、“問題ない”ままで進んでいきます。

その二 「見直しの方向が分からない」という問題
 見直しが必要なことは自覚しているが、どう見直したらよいのか、さっぱり分からない、ということが二つ目の難題です。
これまでの計画づくりと違って、今度は「見よう見まね」する対象・先行事例がありません。
大変なことでありまして、「どうすればよいか」ある程度読めていないと「見直し」を提唱することは出来ないかも知れません。

“従来型の基本計画では活性化は難しいだろうということは先行事例でほぼ分かった。しかし、代替事例が示されていないし・・・。
エ、自分で考える? サカ!”ということで、「進むも地獄、退くも地獄」とはまさにこのことでしょうか。

といいたいところですが、まま、何ですね、自分が性根を据したがって、知恵も出ないし、参考事例捜しも力が入らない。

 中には「見直せ」と言われると仕事が増える、という感性の持ち主もあるでしょうし・・・。
自信を持てる「代替方向」が無ければ「見直し」も無し・・・・かな。
その二もなかなかの難問です。

その三 「体制つくりが難しい」という問題
 「自覚」も「代替案」もクリアすると、いよいよボスキャラが待っています。
見直しは言い出しっぺ~合意形成~PT立ち上げという順序で離陸しますが、①誰が言い出すのか ②関係各方面の合意をどう取り付けていくか ③どういう組織で取り組んでいくか という実務レベル窯っています。
 言い出しっぺは誰でもいいのですが、最終的には「都市の意志」としての見直しが決定されなければならない。

 この仕事、お奨めはトップダウンですね。
まず首長さんにその気なってもらい、そこから順に降りてくるのが適切な方法です。
これまでの計画、果たして首長さんが“なるほど、これなら活性化できそうだ、中心市街地についてはこれに政治生命を掛ける”といわせるくらいの「シナリオ」を準備・提示・納得させることが必要です。
これまでは「取り組みの重要性」という文言だけは共有されていましたが、「実現の方向と方法」については特に首長に納得してもらう必要は感じられなかったかも、ですが今度はそうはいきませんからね。
「政治生命を掛ける・その方が自分にとってプラスだ」と納得してもらわなければならない。
これまでのように「専門家に委託していますので」では通りません。

さらに、
 再三述べているように、今度の取り組みには「先行事例」がありません。その分、認定機関との応酬も一から十まで自前でやらなければならない。今回は自分たちが作った計画が如何に合目的的で有るかということを、認定機関に説明して「その気にさせる」という仕事になるかも知れません。
 前回は向こうが用意した土俵に上がっていったのですが、今度はこっちで土俵を準備して向こうにお出ましをお願いしなければならない。大仕事になるかも知れません。
上記三重の課題に比べれば、こちらは「話せば分かる」と思います。難問でありません。

 三重の難問、挑戦してみる気になりますか?

どうせ上司は理解しないし、三者体制も不備だし、商店街・店主の気持ちは分からないし・・・、
などなど、出来損ないの基本計画、ほったらかしておく口実はいくらでもありますが。

久留米井筒屋の閉店

 昨年来噂が絶えなかった久留米井筒屋の閉店、現実のものとなりました。

 今日の西日本新聞によれば、さる8月12日、発表されたそうです。

とおりを挟んで立地するダイエー跡地には新しい出店計画があるそうです。影響が出なければよいのですが。

久留米井筒屋は、昨年来、商店街視察のなかで二回ほど見ました。

 小倉本店との「落差」に驚き、伊勢丹本店~小倉店と思い合わせて、百貨店についての認識を改める契機になりました。

 久留米市の「基本計画」と井筒屋との関係については、上のスレッド取り上げ、「五つの課題」にどう組み込むかが課題であると提言しています。

『基本計画 見直しへの5つの課題』

5項目を再掲しますと、
1.広域商圏において分担する商業機能が明らかになって
  いない。
2.郊外型SCが「不在」と見なされている。
3.既存店舗の自助努力の重要性の指摘と支援制度の設置
  が欠落している
4.核的施設(百貨店など)の活性化という課題に関心が
  届いていない。
5.商業活性化を推進する体制(四者体制)構築が不充分
  である。
ということですね。

 これは一般論ですが、久留米市のケースはすべてに当てはまるようです。

 そもそも、中心市街地の空洞化・商業機能の劣化は、中心市街地所在の広域対応型の商店街・商業施設全体に共通して進んでおり、百貨店ももちろん例外ではありません。
「基本計画」の任務には、“百貨店活性化の方向と方法”を提起し、百貨店の合意を得て、協力して推進することも含まれています。「テナントミックスの最適化」というのが既存個店・施設の「業容の最適化」を含む概念です。
まあ、多くの都市にとっては思いも寄らないことだったかも知れませんが。

 当社は、基本計画の主要な任務が当該街区に立地する商業機能について、「活性化実現の方向と方法」を構想することであり、当然、百貨店についてもその取り組みを示さなければならないことを強調してきました。
百貨店だって自社の繁昌を再生するために何にどう取り組めばよいのか分かっていないのですからね。
(ちなみに、百貨店の活性化も「繁盛店を目指す業容革新」の理論を応用すれば、①お金を掛けず ②出来ることから取り組む ③間違ったらやり直す という方法でアッという間に実現できます。)

 多くの都市の「基本計画」は、新・旧ともにこの任務を果たすことが出来るような内容を盛っていません。
計画作成にあたった関係者(招聘された専門家を含む)の問題意識では、「空洞化する中心市街地」のなかに「百貨店の空洞化」がふくまれること、その売場が劣化スパイラルに陥っていることを直視することが出来なかったわけです。
なかには、うすうす気づいていた人がいたかも知れませんが、「活性化の方向と方法」を示すは出来ませんから、口をつぐんだままでした。これは現在進行形です。

 つねづね申しあげているように、今どき、中心市街地所在の商業を活性化しようと考えるなら、都市内外の広域商圏に展開しているすべての商業機能・施設を一元的に説明しうる「商業理論」を装備しておかなければならないことは、イロハのイですからね。
逆に言えば、商業理論を装備していないまま作られた基本計画が期待された役割を果たせないのは当然の成り行きです。

 久留米市の『基本計画』は、スタート直後に大激震に見舞われたわけですが、これを機会に「五つの見直し」などを基準にあらためて計画の内容をチェックしてみられては如何でしょうか。
 それにしても、中心市街地活性化協議会には井筒屋も参画していたと思うのですが、席上、井筒屋が直面している問題情況については、取り上げなられなかったのでしょうか。

不思議な話です。

 中心市街地活性化の課題としての百貨店の業容転換、一般論として【都市経営】で論じます。

 再度強調しておきますが、百貨店の活性化というテーマは、「基本計画」を作って中心市街地の活性化に取り組もうとしている程度の都市にとって、けして他人事ではありません。

 それにしても、こういう当サイトではとっくに指摘していた問題が実際にあちらこちらで起こっているにも関わらず、取り組みの姿勢・方向が全く変わらない、という都市経営関係各方面のビヘイビアには、危惧を通り越して呆れるという以外ありません。 

中心市街地活性化 推進体制はどうなっているか

 新スキームによる中心市街地活性化基本計画は、青森・富山両市の基本計画をデファクトスタンダード(事実上の標準)として全国各地で作成されていますが、認定第一号である前記両都市の取り組みがスタートして一年以上を経過しました。

 新しい取り組み、旧のそれとどこが変わったかと言えば「数値目標」が設定されたことですね。
それ以外は、だいたい、旧計画を踏襲しています。
新計画を立てるにあたっては、旧計画の見直しは必須課題ですが、
どこをどう総括したらこういう計画になるのか?
お先真っ暗な基本計画も少なくありません。

 ご承知のとおり、青森市の場合、計画の中核である集客装置「アウガ」の深刻な不振が伝えられています。web上で見る限り、打開策はまだ検討中のようでアップされておりません。

 新計画、実施段階に入った都市は大同小異でありまして、web上でTMOや中心市街地活性化協議会のサイトを巡回してみますと、「基本計画認定」までは記事があるものの、それ以降の活動状況については何ヶ月も白紙のままというところが少なくありません。サイトの動きはリアルと連動しているはずですから推して知るべし、とはこのことです。
一年を経過した時点で「中間総括」をweb上に公開できる都市が果たして幾つあるでしょうか?

 TBは、先日ヒットしたブログです。

久留米市には、中心市街地活性化たる組織がいくつもある。行政の中心市街地活性化推進室があり、会議所には、中心市街地活性化協議会、その内部にタウンマネージャーが2人在している。まちづくり会社ハイマート久留米がある。中心商店街の集合体、ほとめき通り商店街の組織がある。これだけの組織体制と人員の集合体がありながら、中心街は衰退・崩壊と向かっている。考え方によれば、責任の所在がまったくない、あっちこっちで言...
中心市街地活性化



 久留米市もなかなか大変のようではあります。確か、最近基本計画が認定されました。

 中心市街地、商店街の活性化を本当に実現しようと思うなら、取り組みの中核を担う「三(四)者体制」を構築して、繁盛店づくりに意欲的な個店群をピックアップしてその実践を協力に支援、「中心市街地立地における繁盛店再構築事例」をどんどん作っていかなければならない。

 この動きが確立され、周囲の店舗に波及していく仕組みを作らないと、商店街の活性化は夢のまた夢、これまでどおりの取り組みではこれまでどおりの結果です。
不動産を集約して利用する、というのが新着アイデアのようですが、「誰が・何に使うのか」という見通しが立たないと、遊休不動産を抱え込むことになりますね。

 劣化スパイラルに陥っている商店街に出店してくるのは、補助金目あての箸にも棒にも掛からないアイデア出店ばかり、補助金の切れ目が出店の切れ目、という状況を繰り返さない保証は「集約利用」にはありません。

 商店街活性化は、既存個店群のうち、意欲的な有志の取り組みへの集中支援から、というのが素直に考えれば一番まっとうな方法だと思うのですが、なかなか常識が通用しないのが中心市街地・商店街活性化という「世界」の現状です。 
皆さんの取り組み、はたして商店街有志の起死回生の実践とうまく連動しているでしょうか。

ショッピングモール

 新たに認定された中心市街地活性化基本計画のなかには、商業活性化の実現に向けて“ショッピングモールを目指す”ことを掲げているものが見られます。
街を一個のショッピングモールに見立てて再構築を目指すという方向は、『TMOマニュアル(平成11年版)』で提唱されていました。当時はあまり普及しなかったと思いますが、ここに来て少しずつ現場に反映してきたということでしょう。ただし、手放しで評価することはできません。

 私が読んだ限りの基本計画では、実現を目指す「ショッピングモール」とは何か、ということが定義されていないのです。
ショッピングモールをめざす、といくら大書してもそれがどういう商業機能なのか、ということを明らかにしたおかないと、テナントミックス(業種揃え・店揃え)の中味が決められません。
もちろん、もっとも重要な既存個店の自助努力も向かうべき方向がわかりません。
結局、商店街全盛時代の「自然発生的商業集積」を再現しよう、という試みになってしまうのではないか?と懸念されるのです。

 目指すべきショッピングモールとは何か?
基本計画において実現をめざすショッピングモールとは、
それを実現すれば、
①各種の郊外型商業集積が立地し、競争が激化している状況において
②劣化が著しい中心市街地の商業が
③再び買い物行き先としての集客力を実現し、
④経済活力を向上し商業機能としての存在を確立する
ことができる、
「何ものか」であるということになります。

 冒頭に書いたように、私が見る限りではその内容を定義している基本計画はありません。
振り返ってみれば、『TMOマニュアル」でもその定義は書かれていませんでした。
各般・各種の事業を集中。展開してショッピングモールを実現して中心市街地商業街区の活性化、小売機能の活性化を実現する、ということは掲げられているものの、その定義は行われていない、ということになります。

 そもそも小売業界に於いてショッピングモールとはどのような商業集積を指しているのか?

 実は小売業界全体に於いてもショッピングモールの定義は無いのです。
というか、あるにはあるのですが、中心市街地活性化の文脈でつかえるような定義ではないということです。
 わが国の商業理論、特に小売業界の実務を導く理論は、米国の影響を強く受けています。一時期は、米国の商業に追随することが成功への道さえ言われたものでした。

 その米国に於いてショッピングモールという商業機能はどのように定義されていたか?

 一般に定義には、
①どうなっているか? という形態、属性について述べるもののと
②何をするのか? という機能を述べる方法があります。
米国の商業集積の定義は、①の属性列挙です。
売り場面積の広さ、テナント数、駐車場の台数、商圏範囲、来訪頻度などなど。

 しかし、重要なことはそれらの下部機能を統合して成立している商業集積は、どのような消費購買ニーズに対応することを目指しているのか、ということについてはほとんど定義されていません。
 わが国の商業集積の定義も米国流を踏襲しており、「誰が何のために出掛けるための商業集積か」という視点からの定義の試みはほとんど行われてiいないことは、繰り返し指摘してきました。
このためSC間競争は、「属性」の優劣・大小をめぐって争われており、より大きく、より便利に、ということが競争の中味、「誰が何のために来るところか」という根源の追求は行われていません。
信じられないかも知れませんが、これがわが国のショッピングセンターの実態です。

 ショッピングセンターの実態はともかくとして、このような状況において、「中心市街地の商業集積はショッピングモールをめざす」という方向を選択し、テナントミックスの最適化を追求する、というのならショッピングモールの意味するところはきちんと定義しておかなければならない。

 何を目指すのか、ということについて曖昧模糊とした状態では実施すべき事業を的確に導き出すことができず、結局、ショッピングモールをめざす、と基本計画に書き込んであろうと無かろうと、事業のメニューは大同小異のようです。

 問題は、「ショッピングモール」と書いてさえおけば良い」という発想が出てくる・それで合意が成立してしまう、というところにあることは、皆さんご理解のとおりです。
中心市街地の空洞化、10年弱も取り組んできて達成できないのは、数値目標が無かったせいではありません。
原因はもっと深いところにあるのだと思い至らないと・・・。

 重ねて注記しておきますが、「ショッピングモール」という言葉は、小売業界にも定まった定義はありません。目標に掲げるなら小売機能のうち、どのような領域を担うショッピングセンターなのかということを、みずから考え、定義しなければならないのですが、それをスルーしてはショッピングモールとわざわざかき立てることは無いのです。

 あらためて一読をお奨めしますが、こんなこと、いつまで言えばいいのでしょうかしらねぇ。
『ショッピングモールへの転換』 

鼎はどうなっているか?

 鼎(かなえ)は古代中国の厨房器具。三本の脚の付いた煮炊き用の容器です。三者で構成されている関係を「三者鼎立」と言います。鼎は容器部分を三本の脚で支えているわけですが、脚のどれか一つが欠けていたり、バランスを欠いていたりすると役に立ちません。

 中心市街地・商店街活性化の場合、行政、商工会議所(TMO)、商業者組織の三者は鼎を形づくっています。鼎がそうであるように、活性化もその骨格を構成する三者のうちどれか一つが機能しない場合、たちまち全体があるべき役割を果たせなくなります。
他がいくら頑張っても全体が前進することはできません。

 takeoが見るところ、この「鼎立」がうまくいっている都市はきわめて少ないようです。表見、うまく行っているように見えるところは、実は肝心要の「商業機能の活性化」が未着手だったりします。

 二者はしっかり取り組むつもりだが、残る一者の足並みがなかなか揃わない、というケースはよく見かけられるわけです。
どうしてこんなことになっているのか?

 原因は、基本計画作成のプロセスに遡りまして、「合意形成」がしかるべき内容で、かつ、段階を経て確保されなかった、というところに淵源しています。

 もともと、これまでの商店街活性化をめぐる取り組みの経緯から三者間にはギャップ・隙間が存在していたりします。
本来なら基本計画作成のイロハのイ的段階に於いてこれまでの経緯を払拭してスタートしなければならなかった、逆に言えば、基本計画作成は、従来の経緯を“水に流す”絶好の機会だったのですが、実際は「あたかも経緯などは存在しないかの如く」従来的いきさつを不問にしたまま、基本計画が作成されました。
従来の経緯を温存したままでは活性化は実現できない、という洞察が無かったわけですね。

ということで基本計画は、「従来的いきさつ」は敬遠しつつ、それに触れずに済まされる程度の内容・企画しか盛り込めない、ということになりました。
いきおい、難しい問題・経緯を発生しかねない問題への取り組みは除外することになり、したがって、商業者の自助努力についての云々などはもってのほか。

 従来のいきさつは解消しないままですから、いきさつにおいてひどい目に遭わされた、などと不信感を抱いているセクターは、総花的総論には表見異議を唱えることはありませんが、実際には「お手並み拝見」を決め込むかも知れません。

 ということで、鼎のバランスが取れていないと先に進むことができない「活性化への道」ですが、きれいに三本脚が機能して中心市街地活性化を推進しているところはホントに少ないようです。

 鼎をどう修復するか、という課題があるわけですが、誰もこの問題を取り上げられない、という状況があり、かつ、表面化させたからといってどうなることでもないし・・・。
どうしたらいいんでしょうね。

 ということで、今後の取り組みにおいては、鼎のバランス修復という課題へも対応することが必要であり、このあたりを含めて新しい「合意形成」の機会が設定されなければならない。

 この課題への対応は、当社が提唱する「三者合意形成」のシナリオに含まれているわけですが、問題の所在を指摘しているのは当社だけ、したがってこれまでのところ、処方箋を持っているのも当社のみ、というのは当サイト常連の皆さんには共通の了解事項ですね。

 当社的方向と方法を採用しない場合も「鼎」の修復という課題は厳然とあるわけで、この課題を無視することは「既存個店の活性化」という課題を放棄することになります。
どうしてそうなるのか、説明は省略。

守旧派的リーダーさんたち

 昔は良かった。自分の任期中にぜひ一つ、補助事業を仕上げたい、という人がいたりします。
少なくなっていますが、まだまだいるわけです。
事業内容は、ハードだったりソフトだったりですが、いずれにせよ、仕上げたからといって「活性化への道」の道のりは一歩も進みません。

 takeoは時々、○○事業について指導してと頼まれます。二つ返事で引き受けまして、話す内容は「○○事業が切り開く活性化への道」と決まっておりまして、○○事業をホントに活性化に活かしたかったら、事業に先行又は並行して「繁盛店づくり」に取り組まなければならないと、これはもうワンパターンですね。
 時限事業の取り組みと連動させると繁盛店づくりは大変取り組みやす久、一石二鳥です。

 受講者の大方は「そのとおり」と納得されますが、肝心のリーダーさんだけそうはいかなかったりします。思いこみ優先、“繁昌の話はいいから、○○の成功事例を”というわけです。
無い物ねだりですね、とハッキリ申しあげるのですが。

 こういう人がキーマンの場合、ホント、できることもできなくなってしまうわけです。せっかく「繁盛店づくり」へのきっかけが作られたのに・・・。

 今どき、「○○事業に取り組むから、補助金を」といって右から左へ支援が受けられるのは、よほどタイミングが良くないと不可能です。例えば、向こう側にも守旧派さんが位置しており、自分の代に・・・、と考えている場合とか。

 今どき支援を申請するについては、何ごとに限らず、「ショッピング行き先としての充実」に向けて街ぐるみの自助努力に取り組んでいる、という実績がないと難しいのではないでしょうか。

 というあたりの機微を弁えていない守旧派さんが、古き良き時代のパターンで○○事業への支援取り付けに奔走されると、その間、「繁盛店づくり」は微動だにしないわけで、せっかくその気になった皆さんはがっかり・・・。

 そうこうしている間に二、三年はすぐ経ちまして・・。
結果、個店の劣化スパイラルはますます加速、それにつれて街の空洞化もさらに進展してしまいます。

 こういう守旧派さんが関係各方面で「商店街を代表する意欲的な人」などと認められていたりしますと、なにをか況や、です。
空気を読むのが上手な若手は、物わかりよく引っ込んでいたりすると、自分たちが正面を任されるころには「経営資源」が底をついている、ということになりかねません。
「鼎」の中核がこういうことでは、後の二脚も顔を見合わせることになる。

 リーダーさんもお店に帰れば劣化スパイラルの渦中の人、今一度、自店を繁昌させるには何が必要か、ということから考えていただきたところですが、“だから○○事業をやるんだ”という返事が返ってくるに決まっています。
ご本人も○○で活性化できるとは思っていないのですが、乗りかかった舟・・・。

 ということで、商店街は本日も、
そこのけそこのけ守旧派さんのお通りだい。
というところも有るんですよね、きっと。 

活性化のカギは“組織化された自助努力”

 中心市街地所在の都市機能の主要部分を占める小売商業機能、そのまた太宗を担う商店街の活性化は、「基本計画」作成の有無に関わらず、全国・全都市における都市経営上の重要課題であることは今さら言うまでもありません。

 商店街の活性化については、長期に渡って取り組まれてきているものの、未だにスタンダードというか、“このシナリオを実現すれば活性化できる”というシナリオはほとんど開発されておりません。これまでの取り組みはほとんどすべて、シナリオを欠いたまま活性化を実現することが可能であるという立場で推進されてきました。シナリオが無いということは、本来なら「積み重ね」ていくべき個別の事業が、あたかも“この事業さえ成功すれば街は活性化する”かのように見なされて取り組まれてきた、ということです。
単発事業あるいはその繰り返しで活性化できるほど商店街の機能劣化はヤワではありません。

 特に強調しなければならないのは、この間の取り組みにおいて用事者である商業者の位置づけ、実態の把握がほとんど為されていない、ということです。端的に言って今日、商店街立地の各個店は、
「ショッピング行き先」としての機能を著しく劣化させており、シャッターの外部で実施される事業の成果をシャッターの内側に導入する(来街者を入店客にする)を欠いています。
繰り返される各種事業が成功しない根本要因はここにあるわけです。

 もちろん、これは個々の商業者が自助努力をしていないことを意味するものではありません。努力は払っているものの、従来的・商店街全盛期のノウハウの延長上の取り組みであり、これでは激変している消費購買ニーズに対応することはできません。
取り組まれる個別事業についても、同様に往時の販売促進活動の域を出ていない、となるとシャッターの内外ともに、実らぬ努力を続けていることになります。

 従来的努力から脱皮することが必要であり、一日も早くこのことを自覚し、「活性化への道」をシナリオ化しなければならない。

 カギを握っているのは、これまで個別に行われてきた商業者の自助努力を「活性化への道」実現の方向と方法に組織すること。
このところ、“街を一個のショッピングモールと見立てて再構築する”という目標を掲げるところが散見されますが、実現するには「ショッピングモール的テナントミックス」の構築に取り組まなければならない。取り組みは当面、既存各個店の「ショッピングモールを構成するテナント」にふさわしい業容への転換が中心になります。空地空店舗へのテナント誘致はその先の話、取り組みスタート前のこの時期に声を掛けても乗ってくるテナントはありません。

 問題は、「テナント的業容への転換」をどう実現していくか、ということです。もちろん、“みんなで目指しましょう”といえば各個店がその方向へ自助努力によって転換していく、ということは不可能です。現状では「転換」に取り組み実現していく能力を発言することができません。

 「ショッピングモールへの展観」という目標を立てたら、その実現に向けて各個店の業容転換に取り組む。そのためには「業容転換」のノウハウを準備しなければならない。当たり前ですね。
方向としてのショッピングモール、方法としての業容転がセットで提起され、かつ、転換のノウハウを準備し、街ぐるみの転換を推進しなければならない。本来、TMOの任務とはこの取り組みの中核を担うことでした。

 問題は、方向と方法及び実践段階のノウハウをどう獲得するか、ということですが、もちろん、これらはセットで当社が提供しています。実務段階の支援付きです。
活性化実現の方向と方法を決定し、取り組みのノウハウを準備し、シナリオを作成する。商業者の自助努力を組織化して実現を推進する、というのが正しい「活性化への道」ですね。

 シナリオ抜きで各種の個別事業に ―そのほとんどは既に他の都市で「効果が出ない」ことを実証済みですが― 手を変え、品を変えて取り組んでも商店街が活性化し、シャッターの内側が賑わうことはありません。
どこに問題があるのか?
上述のとおり、取り組みのキモである「商業者の自助努力で実現を目指すシナリオ」が架けているからです。

 商店街の活性化、その成否はまず計画段階でチェックすることができます。
①「活性化への道」が掲げられ、②シナリオ化されており、さらに③「商業者の“組織化された自助努力”」の不可欠性がうたわれ、④その推進に必要な諸施策が講じられているか否か?
これを見れば取り組まれようとしている取り組みの実効性の有無が一目瞭然です。

 あなたの都市の商店街活性化、「組織化された自助努力」の必要性及びそれが向かうべき方向と方法は明示されていますか?
されていませんよね・・・。

「意欲的な商業者の自助努力を組織して展開する」
まずはこのことの重要性・不可欠性を共有してください。

勉強になった本

 久しぶりで紹介してみます。
当ブログに常連していただいている人なら、たぶん、興味をもってもらえる思われるものです。

その一 河上肇 『貧乏物語』 岩波文庫

 若い人に小林多喜二『蟹工船』が読まれているそうですね。
そういう時代が来るとは思いもよりませんでしたね。
蟹工船で思い出したのが、有名なマルクス経済学者・川上さんがマルクス経済学を信奉する以前に書かれたこの本です。戦前は、この本を読んで経済学を志し、川上さんの軌跡を追ってマルクス経済学に入る人が多かったそうです。
あらためて、今、パラパラめくってみますと、「貧乏解消への道(川上さん的貧乏は、「ワーキングプア」のこと)」は、この本が問題提起しているあたりから再構築すべきではないか、などと思われます。

 経済学は、おのれを定義して「稀少性の配分に関して研究する学問」と称したりしていますが、ウソ・デタラメもいいところ、経済学がやっているのは経済の現状をどう説明するかということだけ、学的な説明とはどういう方法を用いなければならないか、というあたりについてはとんと関心がないようで、その結果、経済学は現状を市場とその環境の必然として説明するだけ、「貧乏の根絶」などは金輪際アタマの中にありません。

ちなみに、ワーキング・プアとは「就労生活困窮者」のことです。
片仮名書きするとぼやけてしまう感じがするのは、私だけでしょうか。


その二 エマニュエル・トッド 『世界像革命』 藤原書店

 イラク戦争開始当時、米国に対抗した仏・独連合の理論的支柱となったと言われる、フランスの人口人類学?者、トッドさんの入門編です。
「世界像」とは、「世界・歴史」の説明ですが、説明するためには基本的な視座が必要です。
マルクス主義の場合はご承知のとおり「生産関係」でした。
生産関係~階級をもって世界・歴史を説明し、その将来を予測しようとしたが、失敗しました。

トッドさんの「世界像」は、家族システムを基本概念にしています。
マルクス主義が説明できない「なぜ資本主義的関係が未熟なロシア、中国でマルクス主義を奉じた革命が成功したか」を「家族システム」概念を使って説明しています。
ベトナム戦争が終わった直後、70年代中期にソ連崩壊を「家族システム」から予測して論壇を驚かせたのがデビューだそうです。
トッドさんは大変面白い。他の著作もお薦めですが、既に愛読されている人もおられるかも、ですね。

『経済幻想』 藤原書店
『帝国以後』 藤原書店

 「帝国」視されている米国についての分析も極めて鋭い。
ポスト冷戦~ポストイラク戦争の世界の枠組みを予測していますが、説得力があります。

トッドさについてウィキ

 takeoは経済学に強い偏見を持っておりまして、“あんなもので社会を論じられたらたまらない”と思っています。
経済学は「一般経済論」を立てることができず、過去のデータで未来を推し量ることに終始する以外にありません。経済学的には「これまでになかった」事実が起こるたびに彌縫するのですが、そのたびにさらに怪しくなっていくようで、主流派は、ひたすら市場に任せればうまく行く、というバカの一つ覚え、対する少数派は市場の趨勢を容認した上での「セーフティネット」制度の補完をいう程度です。
 その点、トッドさんはグローバル経済VS国民国家経済という構図を論じており、別格です。

 takeoは経済のグローバル化は推進するものではなく、対応するものだと思っています。

 もう一冊。

岡田英弘 『歴史とは何か』 文芸春秋新書

歴史とは何か、真っ正面から論じられています。
歴史に「進歩」はあり得ない、従来の常識とは全く違う観点から説得力をもって展開される理論に引きつけられます。

「活性化」をめぐる議論について

 当サイトでは、中心市街地活性化、商店街活性化の取り組みの「方向と方法」について提案するばかりではなく、同じような提案を検討・批評したり、実際の各地の取り組みについても検討・批評を行っています。
中には眉をひそめる人もおいでになるかも知れません。

 だがしかし。
あらためて考えてみるまでもなく、取り組みの多くは都市経営という公的な事業の一環に位置づけられており、当然のことながら公費が注入されています。
取り組みが適切に行われ所期の成果を獲得するため、担当者には出来る限りの努力が期待されているわけです。

 ということが当然であるとすれば、特に失敗した取り組みについて、第三者から客観的な批評を受け、軌道を修正することは、ぜひとも確保したい機会だと思いますが如何でしょうか。
中には、批判されるより失敗を隠しておきたい、という人もいるかも知れませんがごく少数だと思いたいものです。
 失敗を隠しておけばそのうち事態が好転、活性化に成功してしまう、ということはあり得ませんからね。

 また、「活性化の方向と方法」について、おのれの信じるところを提唱されている「専門家」の皆さんについてはさらに確認しておきたいことがある(笑

 専門家たるもの、誰しもおのれが信じる「活性化への道」を提案しているわけですが、もちろん、“現在のところ、これが最善の道だ”という条件付きで提案しているわけですが、これが絶対正しい道という主張は誰であれできません。

 ひょっとすると、「正しい道」と確信しながら実は自分では気づかなかったポカをしていないとも限りません。
その可能性については誰も否定できないわけで、そうであれば、理論に間違いがあれば、一日、一刻も早くそれを発見し、修正することが専門家としての当然の責任です。
何しろ、“御地の中心市街地、こうすれば活性化できますよ”と提案しているわけですから、間違っていたら大変、即刻訂正しなければならない。

 でも間違っている可能性はいつでも誰にでもあるわけですから、出来れば「現場でやってみたらダメだった」となる前に、机上の検討作業で誤りを発見したいもの。

 自分の理論を誰かが批判的に検討してくれる、というのはその意味で大変有り難いことですよね?

 受けた批判に対してはもちろん、全力で検討し反論する。
そうしないと、自分の理論の支持者に対して申し訳が立ちません。批判され満身創痍となりつつ、沈黙を守るというのは「金持ちケンカせず」かも知れませんが、現場で実際に取り組んでいる人にとってはどうでしょうか?

 反論しようにも反論できなかったら、潔く持論を撤回し、新しい「方向と方法」を模索するなり、持論を覆した理論的立場に移行する・・・。
というのが実践を指導する立場の人のあるべき姿ではないでしょうか。

 いずれにせよ、理論を提供しているあなたや私はいつでも主張が批判され覆される可能性がある、そういう瀬戸際で商売しているわけでありまして、「おかしい」と思う提案を批判し、その採用を未然に防止するということも場合によっては必要かも知れません。
 
 有るべきは相互批判の中からよりよい第三の道が開かれることでしょうが、まあ、当分の間望むべくもない。他方、中心市街地の状況は一刻を争う、といっては大げさですが、ともかく急がれますからね。

 ということで、当サイト、このところ従来にまして、理論家、現場の双方にわたって批評に取り組んでいますが、その趣旨は以上のとおりですから、怒らないでください。

 なお、いうまでもなく、takeoに対する批判は、何ごとについて、どのような視点からのものであれ、いつでも大歓迎です。

商店街活性化にはシナリオが必須

 静岡県主催の勉強会に参加された方からの質問に答える形で、「商店街活性化に対する行政の支援・推進のあり方」について、考えています。
【都市経営・入門編】『商店街活性化研究会』
 何を為すべきか?
これまでの経緯及び商店街をはじめ関係各方面の体制を考えれば、第一に着手しなければならないのは、「商店街活性化への道」つまり、現状ありのままからスタートして商店街が活性化された状況に到達するためのシナリオ・筋書きを描くこと。
第二に、そのシナリオを関係各方面が共有すること。

 この二つを実現しない限り、商店街の活性化は不可能です。

 振り返ってみますと、地域商業近代化構想、商店街活性化構想などはまさに
①シナリオを作り
②それを実施計画に落としこむ
という段取りをもって作られるべきだったのですが、残念ながら「シナリオ無き事業計画」になっていました。その結果、高度化事業をはじめ、各種のハード・ソフトの事業に取り組んだにもかかわらず、「活性化への道」を歩み始めることは出来ませんでした。

 『整備改善活性化法』(旧中心市街地活性化法)は、これまでの取り組みの総括を踏まえ、新しい取り組みを目指すスキームとして制定されました。「法」に基づいて作られる中心市街地活性化基本計画では、市街地の整備改善と商業等斧活性化を一体的に推進して実現する「目標」(いわゆる一体的推進の目標)を掲げ、その達成を目指して各種事業を展開するという枠組みが示されました。
ご承知のとおり。

 現状ありのままからスタートして「一体的推進の目標」を達成していくためには、広範な分野で様々な事業に取り組むことが必要で有り、さらにそれらの事業の間には「先後関係」もあります。同じ事業でも取り組む時期を間違うとできるはずのことが出来なくなってしまうわけです。また、商業者の現状はシャッターの外側で展開される各種事業の成果を個店の繁昌に直結させる力量が不足しており、計画では事業展開と並行して商業者をはじめ関係各方面(TMO、中小企業相談所など)の能力転換、能力の成長を確保することが不可欠でした。

 つまり、計画には全体の事業を「一体的推進の目標」実現に収斂させていくシナリオが不可欠だったわけです。
ところが実際に作られた基本計画は、従来、商店街単位で作成していた「シナリオ抜きの各種事業の羅列」を中心市街地規模に拡大しただけに終わりました。
これではいくら取り組んでも従来どおりの結果しか生まれないことは当然です。

 さらに、今日、「法」が改正され「まちづくり三法」としてスキームの整備が進みましたが、その結果はどうでしょうか?
「数値目標の設定」は行われていますが、「シナリオ」についてはどうでしょうか?
事業の性格も事業主体も実施時期も異なる各種の事業を「準備の出来たところから」逐次取り組んでいけば活性化は実現できるのでしょうか?

 ご承知のとおり、認定一カ年を経過した都市は第一回目の「中間総括」をまとめることになっているようですが、果たしてどのような総括になるのでしょうか。一年目は何とかクリア出来ても二年目、三年目の目処は全く立たないのではないかと思われ、そうこうしている間に商店街は再起不能に陥っていくのではないか?
 心配されます。

 当社的には、商店街活性化、いくら取り組んでも成功しないのは「活性化に至るシナリオ」が作られていないからだ、と考えています。もちろん、中味はどうでもよい、ということではありません。現状~目標の間の移行をしっかり導くシナリオでなければならないことは言うまでもありません。
しかし、まず第一に必要なことは、“商店街活性化の取り組みにはシナリオが不可欠だ”という当たり前のことについて、関係者の意識を共通させること、最初の合意形成の内容とは「シナリオの必要性についての合意」でなければならない。
内容の検討はその後で取り組めばよろしい。
(という「シナリオ」でスタートすること。もちろん合意すべきシナリオの内容は当社が提案する「活性化への道」以外に考えられませんが)

 必要不可欠の合意形成ですが、誰が音頭をとるのか?
言い出しっぺは誰でもよいのですが、合意形成の取り組みは行政の仕事、というか、行政が主導して取り組まないと実現は難しいと思います。

 この取り組みに於いて、従来の「いきがかり」などはすべて払拭しなければならない。
これまでの経緯で蓄積された「澱」もありますからね。
首長さんの決意の有無が重要だったりするわけですが、首長さんだって「活性化は必要」と思っていても「シナリオ」が提出されないと「それ行け」とは言えません。
このあたりは、鶏か卵か、現地の状況によると思います。

 縷々述べましたが、シナリオの必要性について共感される人は上記のスレッドにぜひ参加してください。
現場からの発言があると内容が引き締まります

活性化論議の低調

 昨日に続いて。

 全国各地で中心市街地活性化に取り組まれている、ということはそれに見合うだけの「専門家」が活躍している、ということです。これらの専門家は、自分が提案する「活性化への道」をどこでどのように開示しているのでしょうか?

 Web上を見るかぎり、「活性化への道」を論じている専門家は極めて限られているようです。当サイトが批判する藻谷氏も自分でその主張をアップしているわけではありません。

 専門家ならおのれが信じる「活性化への道」を公開提案してしかるべきだと思うのですが・・・。

 他方、事業推進に専門家を招聘する側は何を基準に選択するのでしょうね。
まさか、これまでの指導経歴や「全国の市町村を何カ所回っているか」といったことを基準に選んでいるとは思いたくないところですが・・・。
これまで「成功事例」が乏しいということは、指導経歴を誇る専門家の経歴は「失敗事例」で埋め尽くされているということであり、今や、「これまでの指導経歴をどう総括しているか」ということが重要な着眼になるはずです。
つまり、これまでどのような失敗を経験しているのか、明らかにした上で、それを踏まえてこれからはこう指導する、ということが明らかにされていないと、怖くてつきあえません。

 また、一部では“全国の市町村を何カ所回っているか”などということが専門家らしさの基準?となっているようですが、回った市町村の数が多いほどスゴイ、というのなら「鉄オタ」「駅オタ」さんたちが一番かも知れません。

 ということで、全国の取り組みがなかなか成果を挙げられない今日、「活性化とは何がどうなることか」「そのためにはなににどうな取り組むべきか」といった基本中の基本について、あらためて出直し的論議をすることが喫緊の課題になっています。
 と思うのですが、言っているのは当社だけ、特に試みる都市もないようで、このままでは新スキームの行く末も見えてきたような気がします。
仮にも専門家であればなにはさておき取り組んでいただきたい課題ですが・・・。

 藻谷氏の活性化理論の検証、スタートしました。
今回はおもむきを変えて、藻谷氏の主張を覆すような事例をどんどん紹介したいと思っています。
よろしくおつきあいください。

藻谷流活性化論の検証

 中心市街地活性化をめぐる論議は相変わらず低調のようです。
各地の取り組みがうまく行っているならことさら議論をすることもないのかも知れませんが、軒並みといってよいほど蹉跌が繰り返されている状況では、「指導理論」の適否が問われてしかるべきでしょう。

 昨日の西日本新聞では、“エスプラッツ再出発から1年 まちなか再生道半ば”と題して佐賀市中心市街地現状をレポートしています。web上に公開されていないようなので、全文引用します。

西日本新聞 2008年8月3日 佐賀版

************* 引用開始 *****************
 佐賀市の中心市街地活性化を託された再開発ビル「エスプラッツ」(同市白山二丁目)が、グランドオープンという形で再出発して丸一年が過ぎた。集客数は目標に届かず、周辺商店街の人通りも回復しない。「まちなか再生」は道半ばだ。一方で、中心部の人口は増加に転じ、「ハローワーク佐賀」の誘致計画も浮上。活性化への種が少しずつ芽吹き始めているようだ。(佐賀総局・布谷真基)

■名店街が自己破産へ
 エスプラッツは、1998年4月、中心市街地の地盤沈下に歯止めをかける切り札として開業が、約3年後、管理運営する第三セクターが経営不振のため破産。2003年には1ー3階の商業スペースの閉鎖に追い込まれた。同市は当初、支援に慎重な態度を見せていたが、結局、約10億円を投入して1~3階を購入。店舗の誘致を進め、07年4月に部分開業。同年8月1日には一階にスーパーなどが入り、全面オープンした。
 同市などによると、この一年のエスプラッツの集客数は、一日平均で3,424人。三月以降は3,500人以上で推移しているが、目標の3,960人にはまだ届いていない。
 5月末には近くの呉服町名店街協同組合が自己破産の申請を決定。エスプラッツが、中心市街地空洞化の歯止め役を果たしていないことが浮き彫りになった。近くのある商店主は「エスプラッツが再出発しても、人通りは微々たるもの。画期は全く取り戻せていない」と力無く話す。

■市中心部は人口増加
 だが、明るい兆しも出てきた。中心部ではマンションの建設が相次ぎ、ファミリー層などが入居。07年度の中心市街地人口は、最低だった00年度に比べると10%増まで回復してきた。
 こうした中、同市はエスプラッツの西側約130メートルにある白山駐車場にハローワークを誘致する構想を発表。事業主や求職者など一日千~千五百人の利用が見込まれ、賑わい叢出につながるとみている。
 エスプラッツ指定管理者「ミズ」の伊藤勝之管理室長は、「今後はイベントなどを通じ、エスプラッツと周辺住民、商店街が一体的に浮揚できる仕掛けを打ち出していきたい」と力を込める。

■地元が議論の中心に
 多くの中心市街地活性化策に携わる佐賀大経済学部の長安六教授(地域政策論)は、「定住人口増加やハローワークの誘致は、まちなか再生のプラス要因」と評価。一方で「行政や商工会議任せにせず、当事者である地元住民や商業者が中心になることが不可欠。どのように人を回遊させ、経済効果に結びつけるか、関係者同士で議論を深め、それを実行に移すべきだ」と指摘する。
 ************** 引用終わり *************

 目下のところ、ハローワークの誘致に期待が寄せられているようですが、700万人を超える集客数を誇る青森市アウガを持ってもまちなかの賑わいは創出できていません。ハローワークへの来訪者(予測では年間40万人以下)は、明確な目的来訪者ですから、種が少しずつ芽吹き始めた」とまとめていますが、さて、何が「種」でどこに「芽」が出ているのか・・・。
関係者も、、「今後はイベントなどを通じ、エスプラッツと周辺住民、商店街が一体的に浮揚できる仕掛けを打ち出していきたい」といっているそうですが、言うはやすし、この程度のコメントでは成案をもっているとは考えにくい。
 佐賀市の中心市街地、「劣化スパイラル」からの脱出は難しい。

 中心市街地活性化は、商業施策よりも「住む人・来る人の増加で実現する」ということを基本方針とする同市の中心市街地活性化基本計画は、ご承知の人も多いと思いますが、藻谷浩介さんが「監修」されています。
 つまり、藻谷さんが太鼓判を押した取り組みの結果が上記の報道場合、第三者が公開しているデータの分析に基づく「提案」が主たるお仕事のようですが、佐賀市では珍しく、現場に携わっておられたわけです。

 藻谷さん的活性化=「中心市街地に住む人、来る人を増やせば街は活性化する」という「理論」に基づいて基本計画を作成、実践すれば、その結果、何がどうなるのか、検証してみるよい機会だと思います。
 なかなか成功事例が出てこないわけですから、そろそろ、「指導理論には問題はないのか」という疑問が出され、検証が行われ、指導理論の淘汰が行われるべきではないか。
いつまで経っても同じことの繰り返しでは、中心市街地、市内各方面に申し開きが出来ません。

 と思うのですが、世の中では依然として「住む人・来る人を増やせば街は活性化する」という路線が主流を占めており、残念ながら、これを検証してみよう、しなければならない、という動きはほとんど見えていません。

 皆さんも日々、「自力思考省略派」との対応に苦労されるわけですが、あらためて、「住む人・来る人増加路線」藻谷流を徹底批判します。併せて最近打ち出している、「商店街が活性化できないのは地権者が非協力的だから」という「理論」も検証します。

【都市経営・入門編】です。 

繁盛店とは

 当社が定義する「繁盛店」とは、「元気のいい商店」のことではありません。商店街には誰もが認める元気のいい店、つまり、一般に言う繁盛店が存在しますが、そのほとんどは劣化スパイラルに陥っていると申しあげてけして過言ではありません。
何故そう言えるか、ということは別途、【商店街起死回生】でス
レッド『小売業劣化スパイラル』として説明します。

①経営の存続=成長に必要な原資が「売り上げ・粗利」として無理なく確保できる
②環境変化に関わらず、将来にわたってその可能性を確信できる
というお店のことでありまして、「過去の栄光」で何とか体裁を保っている、というレベルのお店は繁盛店とは言えません。明日はどうなるか分かりませんからね。

 商人塾は、もちろん、当社的定義による「繁盛店」の続出を目指すものであり、きちんと取り組めば、誰でもどこでも、既存業容の如何を問わず「繁盛店への道」を歩くことが出来るようになる、というのが商人塾のお約束です。

 きちんと取り組むとは:

①『商人塾』で修得したことを、
②自店に於いて、出来ることから少しずつ取り組むうちに
③これまでの趨勢では考えられない客数アップ・客単価アップ、つまり売り上げ増が無理なく実現する
④「業容転換」が自得されて転換がどんどん進む、業容が止まることなく変わっていく
という「経営」が確立するわけです。

 甲府市の商人塾では開講2ヶ月半、既にほぼ半数の参加店が「繁昌への道」へ軌道修正が出来ました。顕著な例は、客数・客単価アップを実現しています。
お店の見かけもすっかり変わりました。

 受講はしているが、自店での着手はまだというお店は、成果もまだ、という状況です。これは冷厳な事実でありまして、「活性化は商業者の意識改革から」というのは、関係者の決まり文句ですが、意識改革などはどうでもよろしい、そういう暇があったら小指の先でもいいから「業容三点セット」をいじってみるべき、というのが当社流です。

 ところで。
“魅力ある個店づくり”といえば「一店逸品」というお手軽路線が相変わらず支持されているようです。2年3年経っても例え一品は売れても「繁盛店」は実現できないわけで、その理由ははっきりしておりまして、あらためて考えています


元祖・一店一品、静岡市呉服町の取り組みを論評、その「成功の秘密」を分析しています。呉服町といえども劣化スパイラルに陥った個店が一店一品で立ち直る、ということはできませんからね。

 劣化スパイラルに陥っている、又は陥る可能性の高い商店街、商業集積に立地する小売業(店舗)が、あらため手「繁昌への道」を歩みたかったら、「業容革新」に取り組むことが必要であり、その「歩み方」を提供しているのは当社の「商人塾」だけです。今のところ。

 『基本計画』一周年を経過して、これまでの計画の至らなさを痛感されている都市の「起死回生」の取り組みとしてお奨めします。取り組み着手は一日でも早いほうがよろしい。劣化スパイラルに陥ったお店の賦活は、空き店舗の活用よりもたやすいです。
というか、空き店舗の活用ってホント難しいですからね。
所有と利用を分離すればなんとかなる、ということはありません。分離して取り組んだが活性化できなかった、という事例はいくらでもあります。
エスプラッツ、アウガ・・・・。

ゆんぬ商人塾

 当社一押しの取り組みです。

①中心市街地活性化基本計画に「商業活性化推進の柱」として位置づけ
②実施は三者体制(役場・商工会・商業者)
ということでここまでは「あるべき商人塾」が体現されています。もちろん、行政、商工会とも毎講義出席です。
商人塾に参加することで、基本計画以下の施策の適否、効能効果のほどが手に取るように把握できます。今後の施策企画の参考にもなります。

 目下、第一、第二講が修了したところですが、第一講で“家族、従業者の積極的な参加」を提唱したところ、第二講では3名ほど増えました。これからさらに増えていくことでしょう。

 既報のとおり、ゆんぬ商人塾は基本計画において、三カ年の継続実施が計画されています。二年目以降は、入門編と中級編を並行して実施することになると思います。
ゆんぬの取り組みは、これから商人塾の採用を検討されるみなさんにとって「モデル」となる取り組みだと思います。
こちらにも是非注目してください。
有限会社クオールエイド
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  • Author:有限会社 クオールエイド
  • 【キラリ輝く繁盛店づくり】
    お客に見える店づくり―見える化をテーマに【個店の繁盛】から【商店街活性化】、【中心市街地の商業集積としての再構築】まで一貫した取組を支援します。
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