商店街共同施設の破綻

 昨日の佐賀新聞です。
http://www.saga-s.co.jp/view.php?pageId=1036&blockId=769913&newsMode=article

 アップされていない関連記事では:
“・・・今回と同じ「高度化資金」事業をめぐっては昨年、全国で二千三百億円の不良債権が表面化したばかり。審査段階で計画がずさんではなかったか、軌道修正のチャンスはなかったか、関係者には多額の公金を投じた責任が問われそうだ”
とあります。覆水盆に還らず。

 中心市街地・商店街からの客離れは、“マイカー時代だというのに駐車場が整備されていないからだ(ショッピングセンターを見よ)”という有力な主張がありまして、どこの商店街も駐車場整備に努力したわけです。
最近はさすがにあまり聞かれなくなっています。

 消費者アンケートなどでよく見かけられる“駐車場がないから商店街には行かない”という回答は、お客=地元住民にとってまことに都合のいい「弁解」でありまして、“買いたい物・欲しいものが無いから行かない”と本心を言っても波風が立つだけ、一文の得にもなりません。
 こういう無責任な回答を真に受けると大変です。
回答が無責任、デタラメである証拠に、隣近所・歩行圏内のお客だって来ないじゃないですか。

 ということで、「駐車場を整備したとたん、お客が戻ってきた」という事例、takeoはこれまでただの一個所も聞いたことがありません。今日的に言えば、空洞化した商店街の中・周囲には駐車場が有り余っているわけで、もちろん、車を利用して買い物に来るお客は皆無、ということです。

 駐車場に限らず、ハード的・設備整備はデスティネーション(=買い物の場としての来街目的)の充実を果たした後で、はじめて問題になることでありまして、買い物行き先としての魅力の衰退をハード事業でカバーすることは、ゼッタイに出来ないのであります。
だって、せっかく出かけてきても買って帰るものがないのですから。

 95年と言えば、今日商店街が直面している諸々の問題はほとんどが明確に姿を現していました。ハード事業に取り組むことで商店街が活性化する・商店街間競争の時代は終わり、郊外型商業がどんどん優勢になっていく時代、郊外型商業との棲み分けをどう図っていくか、ということが戦略課題となっていた時代です。
このことは、事態を率直に見れば見えたはずです。
もちろん「棲み分けの方向と方法」は、理論無しでは到達できませんでしたが・・・。

 商業理論の裏打ちがない商店街活性化策では、商店街は活性化できません。理論抜きで大規模なハード事業に取り組めば大きな負担が残るだけです。
このような状況は今日においてもまったく変わっておりませんから、大規模ハード事業で街の活性化を実現する、という路線を採用されている都市は、あらためてその実効性と経済性をチェックしてみられることをおすすめする次第です。

 商業理論に裏打ちされない設備投資で商店街を活性化することは出来ない、貴重な経験則となりました。

 駐車場問題、ショッピングセンターと商店街を同列に論じることは出来ません。SCの場合、はなから「車立地」であり駐車場無しではどだい成立しない業容です。だからといって駐車場があればOKということではありません。駐車場が完備していても買い物行き先としての魅力が無ければお客は寄りつかなくなります。
先日お話しする機会があった都市計画課さんに“商店街の駐車場整備とは、駐車違反でお客がひっきりなしに検挙されているところの問題ですよ”と言いましたら大受けでした。
もちろん互いに極論であることは承知のうえ。

 集客機能にとってデスティネーションを無視したハード事業は所期の成果を挙げることは出来ない。これは鉄則です。
新幹線や高速自動車道などもしかり、完成したとたんこれまで閑古鳥が鳴いていた都市が見る間に活性化した、住む人・来る人が多くなった、という事例はただの一個所もありません。
ハード事業への取り組みに際しては、デスティネーションの整備を優先する、マーケティングのイロハです。

 ということで、皆さん、
既に「方向と方法」決定している人たちは一路邁進、まだこれからという人たちは、まなじりを決して、
それぞれ元気いっぱい「活性化への道」を切り開く、辛く・厳しい道ですが、明るく・朗らかに進んで参りましょう。

ポスト資本主義社会

  といえば、故ドラッカー先生の著書ですが、先生に私淑するtakeoめも先生とは異なった視点から「脱資本主義に進路を取れ」と題する駄文を、かってメルマガ「コンサルタントの眼」に書いたことがあります。
日曜日の夜、ご用とお急ぎの無い方は、お暇つぶしにどうぞ。


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『脱・資本主義に進路を取れ』 メルマガ【コンサルタントの眼】2001年8月17日

 今回は、21世紀初頭における企業の正しい経営戦略は「脱・資本主義」を目指すことである、ということを論じてみたい。この戦略が世界中に波及すれば、企業・会社は残るが資本主義は消滅する、という常識では考えられない事態が起こる。
いや、そういうことになるはずがない、というのが大方の読者の反応だろう。
 しかし、企業・会社とはいったいどういう存在なのか、ということをよく考えてみれば、会社はけして資本主義とそれほど相性がよいものではないし、資本主義がなければ存続できないものでもない。
 
 企業の目的は利益実現ではない、もちろん、これは資本主義の根本理念を否定することであり、これまでの常識を大きく逸脱する主張である。しかし、会社は利益実現のために存在するという資本主義の大原則を否定しない限り、資本主義企業の明日は無い、というのが我々を取り巻く環境からの要請である。
以下の提案は眉に唾をつけながらご検討いただきたい(笑)。

 簡単に結論を述べておけば、第一に、企業が日頃心がけ実践している「存続し・成長する」という目的をあらためてはっきり理解し、第二に、「利益を挙げることが企業の目的」という、信じてはいるが・やってはいないことをきっぱり否定する最後に関係者の企業に対する期待に応え続けることが企業の行動原理であることを確認すること。
 この3点セットをはっきり理解して企業の根底に据えなければこれからの環境に生き残り成長していくことはできない。


1.資本主義の発生・成長

 資本主義経済を一言でいえば、「金儲けできそうなところに投資する」という仕組みが経済のあらゆる分野に行き渡っている経済である。ただし、資本主義市場が全ての経済を背負っている社会・時代というのはこれまで存在したことがないし、今後も存在することはない。資本主義は非資本主義的要素と共存することではじめて存続できるシステムである。
グローバライゼーションとてまったく同様である。

 人間は環境(自然・人工・他人など)に働きかけて生活条件(衣食住など)を整える、という営み(これが経済)によって生存し、生活文化を発展させてきた。
分業によって、「誰もが誰かの役に立つことで生活に必要なものを手に入れる」ということが当たり前になり、交換・交易が生まれる。やがて貨幣の発明により市場(供給と需要を貨幣が仲介する)が経済のなかで大きな位置を占めるようになって来る。
 資本主義は、「市場経済」の仕組みを利用して利益(投資した貨幣の増殖)を実現しよう、という意欲から生まれた仕組みである。もちろん、このような利益を追求する仕組みは資本主義以前にも存在していた。資本主義の特徴はどこにあるか。
 簡単にいえば、資本主義は、供給側の誰かが生産や流通の仕組みを変えることでこれまでの供給のあり方を時代遅れにする(価格、品質など)、先行している供給者、競争相手にうち勝って需要を自分に引きつけるということで利潤が獲得される時代、大規模な投資を必要とする生産技術の革新が相次ぐ時代、生産側に資本投入の必要があり運用先を求めていた資本とがおりよく巡り会った時代にスタートしたのである。
 初期の資本主義は、折からの技術革新の波を追い風に利益が確保されると思われる分野に集中的に投資して、圧倒的な効率を実現するということが圧倒的に成功して多くの産業分野に広まり、ついには経済のほとんど全体を覆うまでに成長した。
後発の企業家は、新たなビジネスチャンスを求めて社会の様々な分野に進出、それらの分野を次から次へと資本主義システムに塗り替えていった。

 資本主義の発達は、誰かが「これからは資本主義の時代だ」と考え、システムを考案して作り出したものではない。また、資本主義経済システムに先行する経済システムが行き詰まった解決策として講じられたものでもない。
「儲かりたい」という一心の企業家・投資家の創意工夫の集大成が資本主義主体の社会を作り出したのである。個々人の儲かりたいがための計画的行動が、資本主義社会という意図せぬ結果を生みだしたのである。

2.資本主義の原理

 資本主義の一番基本になる考えは、「供給=需要」ということである。
すなわち、作ったものは必ず売れる、という考え(これが信用の基礎)が資本主義の根本にある。このことに相当の確信がある案件でなければ投資は得られない。資本主義は、分業・交換という経済全体の中で「儲かると判断されるものしか作らない・売りに出さない」ということであり、利益を実現できると判断されない限り、そこにどのように欠乏し充足を求めるニーズがあろうともそれは資本主義から見れば需要ではない、ということである。

 資本主義が生まれ急成長した時代とは、生活を維持し向上するための物的財貨が全般的に欠乏しており人々に行き渡らない、という時代であった。つまり、社会全体に物財に対する飢餓感がある時代に、これまでとは比べものにならない効率で物財を生産する仕組みを作り出し、これを利用して利益を獲得しよう、という動機で作られた生産(流通を含む供給側)システムである。

 このことはよく覚えておいていただきたい。資本主義が生まれ成長してきた時代は、人々が買える値段で物財を供給すれば必ず売れた、という時代である。その後も王侯貴族の生活や有閑階級のライフスタイルなど「モデルとなる生活」が人々の眼の前にあり、それらのライフスタイルの要素(例えば車)を大量生産・価格破壊で売り出せば需要が拡大することが確実だったのである。供給=需要ということが実感として体験できる時代にスタートしそういう時代が続いたからこそ、資本主義は世界を覆うまでに成長することができたのである。

 繰り返しておくが、資本主義とはものを作って売りに出せば売れるという社会で「ものを作って売る」という仕組みによって利潤を得ようとするシステムである。
利益とは、経済行為に投資したお金が増える、その増えた分のことであり、資本主義経済とは、投資したお金を増やすために営まれる経済活動のことである。
(売買行為が全て利潤を得ようとするものでないことは、商品を売ったお金で自分の必要とするものを買う、ということを目的とする経済行為があることを考えれば理解できよう)

 資本主義における供給とは、「儲かると思われるものを作って売りに出す」ということであり、「需要とは売りに出されたものを買う能力」である。人々のニーズ(需要)を理解してそのニーズを充足するものを供給する、ということとはまったく異なる概念であることを指摘しておきたい。

3.資本主義の限界

 資本主義は、商品売買市場というシステムと需要の予測を前提として成り立つ。
需要の予測に基づいて、確実に利潤が得られそうなところに投資が行われる。資本主義的投資=生産は、社会全体を見渡してその社会の成員に何が必要かということを基準に決定されるのではな、何が売れるか、ということ、購買力のある人々は何を求めているか、ということを判断して行われなければならない。
 歴史的な流れとしては、生産手段の革新や新製品の発明などによって、需要が生み出され市場が拡大してきたことはいうまでもない。問題はこれまでの資本主義経済における「供給」は何を基準に作り出されてきたか、ということである。

 需要といわれる側に、供給側を一変させるような生産を提案する能力はない。潜在需要=消費者は、供給側の提案を選択したり拒否したりはるが、自ら仕様を作って供給側を改編するということは不可能である。
 これまでは、さらに利益を、という欲望に突き動かされたいわゆるイノベーターといわれる人々が新しい生産システムを作り出したり、新しい商品を考案したりすることで需要が拡大されてきた。資本主義の発展においてイノベーターの存在は大きな要因であるが、これらのイノベーターがもたらした革新は、これまで存在しなかった生活を創造する、生活の革新を意味するものではなかった。彼らのイノベーションの前提には、不足が当たり前だった生活必需品を効率的に生産することでさらに普及させること、王侯貴族の生活財のフェイク・廉価版を普及させる、というように、需要が予測されるもの、低価格になれば需要が伸びるものなどが相当の確信を持って予測できた、ということがある。

 もはやこのような意味でのイノベーション、世界に実現すべきライフスタイルの基準があり、社会的な地位の高低や所得の大小でその実現程度が決まる、というような世界における、物財やサービスの革新、生産・供給方法の革新は、少なくとも先進国と称される地域では終わっている。衣食住の基本的な供給システムは整備されており社会全体に波及するイノベーションの可能性はほとんど無くなっている。
企業の競争はイノベーション=新しい提案をめぐる競争から如何に購買しやすいかというローコスト実現をめぐる競争へと転回している。

 この流れは際限のない低価格競争、コストカットをめぐる競争を不可避とする。
その結果は、企業規模・業種を問わずたリストラが横行しその結果需要が減退し、企業は利潤追求はおろか、存続する、ただそれだけのためにさらにリストラをしなければならないという悪循環が続くことになる。今日我々が眼にしているとおり。
かくて人々があこがれる生活モデルというものが消滅した社会では資本主義は生き延びることができない。

4.会社の原理

 いうまでもなく会社は資本主義マシーンとして登場してきたものであるが、よく考えてみると、資本主義の枠にとどまらない性格を持った仕組みである。
現在の資本主義企業は、株主、経営者、社員など様々の動機で参加している人々(以下、関係者と総称する)の集合として成り立っている。給与、配当などの金銭的期待をはじめ様々な社会的欲求を達成する場、手段の役割が企業に期待されているのである。

 企業は存続するためには関係者の期待に応え続けなければならない。もし株主、経営者、社員の企業に対する期待に応えることがなくなった会社はどのような目的・目標を掲げていようとも存続することはできない。企業は、関係者の期待に応えることがてはじめて存続を維持することができる。
 関係者の企業に対する期待に応えるためには多くの場合経費が必要である。直接的な金銭の期待(配当、賞与、給与)、社会的地位の昇進、スキルの向上、職場環境の改善、良好な人間関係等々、関係者の企業に対する期待の実現は、企業にとって自らを存続するたみに支払うべきコストに他ならない。このことは株主に対する配当といえども同様である。企業から見れば、株主に対する配当も借入金利息も社外に流出する経営コストである、ということに変わりはない。

 企業がどのような目的・目標を掲げようとも、それを達成するためにはまずは関係者の企業に対する期待に応えることが先決であり、そのためには何はともあれ、企業は存続し続ける、ということを目指さなければならない。全ての企業に共通する目的は、存続すること、であって、利益を挙げることではない。

 存続するためには、企業は関係者の期待に応え続けなければならない。
すなわち、企業の活動の基本は、企業の外部に存在する企業に対する関係者の期待に応えるためのに必要なコスト減資を稼ぐことである。

 このことに十分注意していただきたい。企業は、どのような目的を掲げようとも、目的を達成するためには、企業存続に必要なコスト原資を確保しなければならない。
企業存続に必要なコストとは、企業の外部にある企業に対する期待に対して応えるためのコストである。コストには過去の企業活動に要したコスト、現在の活動に必要なコストがあり、さらに将来予想されるコストに対する準備、という課題もある。
利益とは将来支出すべきコストに対する今期の準備、という性格を持つ。利益=将来のコスト原資なのだ。

 企業の目的は利益の確保などという世迷い言を信じて経費節減を金科玉条のように追求する企業に未来はない。 例えば他の条件はまったく等しいとして、今期、教育訓練費 500を計上して適切に運用した会社と教育訓練をまったく行わずに当期利益 500を計上した会社とを比較した時、いったいどちらが来期以降の業績が期待されるか?ということを考えてみれば、このことは一挙に明かとなる。


 かくて資本主義企業は非資本主義的企業に変身せざるを得ない。
利潤を求めて創業された企業は、利潤を実現するためには存続を続けなければならず、存続するためには株主に限らず関係者の利害・企業に対する期待に配慮しなければならない。彼らの期待に応え続けることが企業存続の大前提である。
 このとき株主の権利が排他的に優先されることはない。経験的にも社員の給与よりも配当が優先されるということは現時点の我が国では考えられないことである。
すなわち、利潤を期待して創業される資本主義企業の目的(=資本家のための利潤の追求)は、創業したとたん、資本家以外の関係者の企業への期待と相対的なレベルに位置付けられてしまうのである。

 今日、利益は投資家に対する配当原資というよりも、企業存続に向けた戦略的コストの原資と考えた方が適切である。利益の一部は当期の配当として外部に流出するその他は来期以降のコスト原資として社内に留保されるというのが一般的である。
このような企業の変身は単に企業内部の関係から要請されることばかりではない。
企業が存続するために活動する市場が一変しており、これまでの資本主義的企業のビヘイビアでは対応が困難になっているのである。

5.現代市場に適応できない資本主義

 見てきたように企業の目的は今日すでに資本主義を大きく逸脱している。
しかし、これから見るように、企業の活動自体はいまだに「供給=需要」という資本主義的発想にとどまっている。このような企業の性格と活動のあり方のミスマッチに経済停滞の大きな要因がある。

 資本主義的発想とは、要するに利潤を求めて「儲かりそうなものを作る、儲かりそうなものを売る」、「、設け話に投資する」ということである。「儲かりそうなもの」とは何か? 「昨日売れたもの・昨日から推測して今日売れそうなもの」である。今日は昨日の続きであり、昨日と今日はひとつながりであり、昨日満たされなかった需要は今日も存続している、という発想(仮説)が根本にある。
歴史上、企業、特に野心的かつ有能な企業家はこれまで新しい利潤機会の開拓に知恵を絞ってきた。その中には生活をより豊かにする新製品の提供と並んで価格を下げることでこれまで需要に至らなかった社会的ニーズを需要に現実化する、ということもあった。
「イノべーション」といわれる企業家の行動である。
 しかし、忘れてはならないのは、これまでのイノベーションには、多くの場合、実現すべきモデルが存在していた、ということである。

 初期の資本主義企業家の前に存在していた潜在需要(お金さえあれば需要になるが所得が不足しているため実現していない)は、必需的な衣食住ニーズ中心がであり、これを実体化することが大きな事業機会であった。必需的ニーズが満たされるにつれてクローズアップされてきたのは生活改善ニーズである。「改善」というからには目指すべきモデルがなければならない。そのモデルは「王侯貴族」の所有する物財であり、富裕階級のライフスタイルであった。このような「モデル」が一般勤労階級に(「大衆化」されて)普及していく過程が、資本主義が世界を覆っていく過程であった。これまでのイノベーションには、実現すべき・実現すれば利潤が約束されている事業機会が存在していた。それは、「モデル」たる富裕階級のライフスタイル、その材料である物財あるいはその廉価版の普及ということである。
(資本主義はけして単独で存在し、単独で革新を行い、世界中にはびこることができたのではない。資本主義に先立ってより広い経済があり、その中で生み出されていた生活様式というものがあってはじめて、それらをこれまで考えられていた以上に利用しながら資本主義は成長してきたのである。)

 今や先進国とりわけ我が国においてはこのような潜在需要=モデルは存在しない。
企業は自ら新しい事業機会をこれまでの経験からではなく、未来の先取りという形で作り出していくことが求められている。新しい企業活動は、これまでのような過去の生活をモデルにした、商品やサービスをより便利により安くして提供する、という方向では存立できない。それらの分野はそれこそグローバリゼーションを生き残り課題とせざるを得ない、ひとにぎりの世界企業の事業機会であり我々中小企業が対応を云々できる領域ではない。

6.ラグジュアリィニーズを標的に脱資本主義に針路を取れ

 新しい事業機会はあれこれの過去を参考に見つけだすことはできない。
新しい事業機会は、人々の生活のあるべき未来の先取りとして提案されなければ、ならない。人々の未だ実現していない新しい生活づくりの提案として、生活の材料として財貨・サービスが提案・提供されない限り、企業活動の基盤付加価値の源泉としての新しい消費は生み出されない。
 新しい提案の源泉はどこにあるのか? それは街角に、家庭に、人の在るところ全てにその可能性がある。しかし、これを事業機会に作りあげていくためには「企業活動の目的は利益の確保」という古くさい・信じてはいるが実際には誰も実行していない考え方に立っていたのでは到底不可能である。

 生活の現場で、生活している人々の立場で考えてはじめて思い当たることができるチャンスである。言い替えれば社員一人一人の企業人としての生活に先立つ、個人としての生活の中でこそ新しい事業機会が生まれてくる、ということである。

 万人共通の生活モデルが消滅した以上、新しい潜在需要の発見は、これまでの企業の行動パターン=より便利に・より多く・より新しい・より安い商品の提供、という枠組みをはずれたところにある。人々の生活の期待がラグジュアリィ=生活を自分の好みで編集する、というレベルに至っている今日、企業がその期待に応えて社員一人一人がその生活の周囲に新しい企業の貢献機会を発見することが必要になっている。

 このことは、新に出現しつつあるラグジュアリィニーズを生の社会から抽出し事業化するということであり、社員にはこれまで以にの企業への集中を求めることになる。社員はこれまでの人生経験の全て、24時間の生活の全てを挙げて、企業活動に貢献しなければならない。それだけ自分が所属する企業、グループその事業対象である人間の生活分野に興味があり共感がなければ、新しい事業機会の創造・獲得は難しいだろう。
 新しい事業機会は、時間とお金を交換するという資本主義企業対賃労働者という図式を前提としている企業では獲得できない事業機会なのである。

 新しい企業経営の発想は、企業目的としての利益概念を否定して社会的なニーズの充足に貢献することを通じて企業存続に必要なコスト原資を獲得する、という企業の新しい定義を基盤に行われなければならない。「誰もが誰かの役に立つことを通じて自分の目標を達成する」ということが分業社会の基本理念であるが、企業は資本主義に先行する分業社会の原点に帰り、理念・目的・事業機会を再定義しなければならない。その上で「特定の社会的役割を果たすことを通じて存続に必要なコスト原資を確保する」という企業の営利活動が展開されてはじめて将来にわたる存続の基盤を築くことができる、という時代なのである。
 新しい企業は、経営者を先頭に分業社会における役割(=事業機会)を発見し、これを自社の存続コストをまかなう収益機会へと編集する能力が必要である。

 マーケティングの意義も大いに改革されなければならない。
企業は、それぞれ固有の目標を達成するために企業に参加し、その活動に貢献することを通じて自分の目的・目標を達成しようと考える個々人が作る新しい組織を目指すことになる。これは伝統的な・理論的な資本主義的企業の姿を大きく逸脱しているものである。利益の確保を目的とした「供給」に対する「需要」ではなく、社会的ニーズの充足に貢献することをとおして企業存続に必要なコスト原資=付加価値の獲得を目指す企業の目標は、組織原理からマーケティング活動のあり方まで首尾一貫して脱・資本主義でなければならない。

 この企業像はなにもかもが新しいというものではない。すでに多くの部分が現実の企業の中で実現されていることである。本論はそれを資本主義の理論モデルと比較して整理したにすぎないともいえる(もちろんこのような総括的な脱・資本主義論の試みは本論の他にあまり無いとは思うが)。
 資本主義を越えていく道は、社会主義などが主張するように資本主義社会の外部にシステムを夢想するのではなく、資本主義システムの中に、その根幹である会社という組織を現実の社会的なニーズに即したあり方に変革していく個々の企業の努力をとおして漸進的に達成される。

 考えてみれば、資本主義は社会の中から現れ、儲かりたい一心の「革新者」によるイノベーションが成功するにつれて模倣者が増え、次第に主流を占めるようになって現在に至っている。ポスト資本主義も資本主義社会の中から出てくる意欲的な人々が社会の既存システムを利用しながら、既存の資本主義企業以上の成果を挙げることで次第に資本主義に取って代わっていくことになるだろう。組織でいえばそれは「会社」である。

 新しい組織は、いわゆる大企業の中から現れることはできない。また、彼らが必要な組織の革新を為し遂げることもきわめて困難である。なぜならば彼らは膨大な期待=コスト要因をかかえており、これに対処するためには昨日と同質の市場で、「○○よりもこちらの方が○○」という、過去を基準にした競争の中で原資を稼ぎ出す、というリストラ・スパイラルに陥っており、組織原理の見直しというレベルに対応する余裕はないからである。

 今日、脱・資本主義のイノベーターはあれこれの商品や生産手法、事業機会等のイノベーターであるのみならず、企業組織を革新するリーダーであることが必要である。これまでに述べてきた理由からこれらのイノベーターは、中小企業のオーナー経営者という人々が生き残りをかけて挑戦しなければならない機会であり、彼らに優先権が与えられているチャンスである。

 ラグジュアリィニーズへの対応・脱資本主義を目指す組織の構築が時代の戦略的課題なのである。

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 ということで、「目指せ!一億総中流」も根っこはこのあたりにあるわけです。

若干付け加えておきますと、ここで論じている資本主義とはいわゆる「市場原理主義」近似ですね。ちなみに「市場原理」とは、市場はこの原理に基づいて動いている、というようなことではありません。いかにも「科学」的な言葉遣いで人をたぶらかそうとするのが「市場原理」主義者たちです。


資本主義の終焉を論じて有名なのは、もちろん、マルクス、シュムペーターのご両人ですが、今日では忘れ去られているのではないかと思われる人がいます。シモーヌ・ヴェイユさん。
曰く、
「資本主義がその発達を、越えることの出来ない限界によって止められようとしているという、久しい以前から予見されていた時期が来た。蓄積の現象をどのような仕方で解釈しようとも、資本主義が本質的に経済的膨張を意味し、資本主義的膨張はそれが地球表面の限界そのものと衝突するだろう時が、もはや遠くないことは明らかである。
『抑圧と自由』(石川湧訳)
何ですか、まさに今日的状況そのままですね。
書かれたのが1933年というのが、いろいろ考えさせられるところですが。
興味のある人は岩波文庫でどうぞ。

 ものの所有がもたらす満足から、みずから演出した時間を堪能する、満足から堪能へ、ラグジュアリィというニーズの射程は、結構いろいろと長いわけです。

自助努力の組織化 隘路の打開

 勉強しなければ活性化はムリ、というのは当ブログの口癖ですが、「勉強するのは当たり前」という商店街と「勉強?誰が?」という商店街の間には想像を絶する・・・があるのでありまして、当社、日夜「勉強への道」をあの手・この手を駆使してアピールしていることはご承知のとおり。

 既にお知らせしたように、佐賀県下いくつかの都市で「経営革新新事業を活用した繁盛店づくり”という新しいチャレンジが始まろうとしています。
これまでに商工会議所から商店街組織への趣旨説明などが終わって、さあ、取り組むぞ、と参加者を固めたところ、これから趣旨説明会の日程調整、これからワンクッション媒介して説明会へ、と進捗状況はまだら模様ですが、着実に取り組みがスタートに向かっています。
取り組まない、と明確に意思表示された商店街もあったようです・・・。

 商店街組織毎に有志を募っての繁盛店づくり、中には初めての取り組みという都市もありますが、商工会議所の担当者各位の積極的な働きで実施にこぎ着けられました。多年の課題である商業・商店街活性化の実効的な取り組み、隘路を打開する事業として推進されているところです。
内容は、当社流・商人塾の「個店」レベルを7回に渡って受講、平行して店内の改革に取り組みながら、「経営革新計画」の作成・実施に取り組んで行くというもので、多くのお店が年度をまたいだ取り組みになります。
この時期、勉強抜きでは「経営革新」は出来ませんからね。
また、勉強した・即・計画作成ともいきません。仮説~試行で方向に確信を持つことが大切です。

 繁盛店づくりの方向と方法が実証され、これを契機に取り組みの機運が盛り上がり、どんどん拡がって行くことが期待されておりまして、各商工会議所さんの意欲の背景には、商店街活性化の取り組みの隘路となっている「繁盛店づくり」という課題を突破する「起死回生策」としての期待があり、事業の責務は重大です。

 ご承知のとおりクオールエイドは、中心市街地・商業の活性化実現の数値目標として、クオールエイド流・商人塾の参加者数及び経営革新計画の認定企業数を挙げることを提案しています。いずれも活性化の礎となる数値です。

 今回の取り組みは、「ミニ商人塾+業容転換実践+経営革新計画の作成」という三点セット、欲張った事業でありまして、参加者は繁盛実現、商工会議所は商店街活性化の隘路の突破、当社はノウハウの改良・蓄積と、三方言うことなし、さらに当社は、数値目標としての実効性の実証という課題も視野に入れています。
というか、そうなるように頑張らなくちゃ、ということですね。

時々レポートします。

活性化事業に頼らず繁盛再生?

 商店街の動向に頼らずに街の活性化を実現しようという関係各方面の思惑とセットで存在するのが、「商店街活性化事業」とは無縁のレベルでの「自分の店を何とかしなくては」という孤立無援の取り組みです。

 今どきの商店街立地の商店主さんたち、その多くは、
「三頼主義」の各要素、即ち、人通り、取引先、売れ筋という「商売存続の三つの頼り」
がいっさい頼りにならなくなったなかで、指針もなく・希望もなく、日々日常業務の遂行に時を過ごしている、という状況にあるのではないでしょうか。

 このような状況にある商業者にとって、「商店街に頼らない」すなわち「商店街の変化に期待しない」活性化の取り組みというのは、いったい、どんな意味を持っているのか・・・?

 商業活性化だけではない街全体の活性化だ、商業者だけではない市民みんなの取り組みだ、という空疎きわまりないかけ声のなかで、一店一店のお店は「繁盛再生」の展望どころか、現状維持の手だても無い状態で立ちすくんでいる、もちろん日々の営業はきちんとこなしつつ、ということです。

 活性化の取り組みが「商業者の取り組みには頼らない」と言ったとたん、商業者の自助努力は孤立無援になってしまいます。
それでも「商業者の自助努力に頼らない」活性化がすぐに実現できる、それまで辛抱するように、と自信を持って言えますか?

 「商業だけでっはない街ぐるみの活性化」とか「商業者だけでない市民ぐるみの取り組み」などというこけおどしのスローガンはキッパリ捨てて、「商業者が自助努力として取り組む繁盛店づくり」を組織化し、強力にバックアップしていく、という本来あるべき取り組みを一日も早く実現しなければならない。
特に商店街組織の執行部の皆さんの立場は重要です。
勉強したい、勉強しなくちゃ、と考えている仲間がいても、せっかくの勉強の機会があっても“いまどき勉強だなんて”と執行部段階で一蹴すれば、それでお終い。
本人さんたちには、話さえ伝わらないまま、明日は昨日の続き、です。

勉強しなくてなんとかなる状況なのかどうか、「活性化」とは街がどうなることか、その時個店はどうなるのか、組織は何に取り組むべきか、これまでの形骸化した思考パターンから抜け出して、マジメに考えなければならない時期ですからね。
考えるには所要の勉強が必要で、つい先ごろも書きましたが、「勉強しますか、それとも廃業するんですか」というときが誇張ではなくそこまで来ています。

年度が変わってから、とか、今取り組んでいる仕事が一段落してから、といったことが許される時期かどうか、よく考えてみてください。

商店街に頼らない商店街活性化?

 笛ふけど踊らない商店街(執行部ですね)に業を煮やした関係者のなかには、「商店街には頼らない活性化」を目指す人がいたりします。
商店街に頼らないということは、
①商店街=買い物目的の来街者を増やすのではなく
②別の目的を持つ来街者を増やすことで街に賑わいを作り
③その結果として商店街を活性化する
というシナリオです。

 現場以外のところでならいざ知らず、商店間近でこういう路線が打ち出されるについては、この間ずっと「笛吹けど踊らず」の悲哀というか屈辱というか、その蓄積があるわけです。
もう商店街には頼らない、ということで国の施策をあれこれピックアップして「商店街の動向とは無関係に実現する活性化」を達成しようとさまざまの仕掛けが考案されます。

 イベント、空店舗を利用したコミュニティ施設その他の整備、マップ作り、商店街コンシェルジェ、非物販集客施設の設置、からくり時計などなどetc,.・・・
一時的には話題になりますが、人の噂も何とやら、話題にも上らなくなると効果のほども薄れてきます。

 繰り返しているうちにほとほとイヤになってしまった、という時期に始まったのが基本計画の見なおしですから、なおさら商店街には頼りたくないし、頼れないし、商業の活性化抜きで街を活性化してやる、という意気込みになったりするかも知れません。
でも結果はまたしても失敗することが確実、悪循環です。

 これをどう打開するのか?
何とか商業者の自助努力との連動を作ることが出来ないか?
一つの方法としては、これまでの組織や事業のパターンにとらわれない、「有志参加」という方式が考えられます。
繁盛店づくりを実践する事業を企画、商店街全体に広く公募して、希望者のみを対象に事業を展開する、という方式です。
中心市街地・商業の活性化には、個店の業容転換が不可欠ですが、既存の組織が動かない以上、新しい取り組みとして採用を検討しなければならないかも、です。

 いろいろと波風が起こる可能性も考えられますが、波風が立つのと中心市街地・商店街活性化の推進と二者択一だとすれば、どちらを選択すべきか、ということになります。
「仲良きことは美しきかな」ではありますが、仲良くしたあげく、街が消滅したのでは話になりません。そもそも相手はもはや街の命運など何とも思っていなかったりするわけですし。

 ということで、荒療治が必要なところもあるかも知れません。

 昨日は、石川県の方から勉強会を開催したい、というメールをいただきました。ブログ記事をコピーして理事会に諮ったところ、満場一致で勉強することに決まったとのことです。
こういう話がきますと、当サイトこれまでの取り組みが未だに届いていない、ということに気づかされます。サイトの主張を知れば採用されるのに、サイトの存在及びその主張にアクセスできないために、あたら、せっかくの機会を無為に送っている・・・。
他にも多そうです。そういう立場にある人には何とかつないでいただきたいものです。
他方、イヤと言うほど分かっていながら行動を起こせない人もいるわけですが。

 勉強会開催の動議、勉強の内容、活性化への取り組みの方向と方法についてある程度説明が出来ないと、「これまでどおりの講習会なら出ない方がまし」という評価を覆して、「取り組みたい」という機運を起こすことが出来ません。
「笛吹けど踊らず」、自分の事業の繁盛につながる勉強なのに、どうしてみんな参加しなかったのか、あらためて振り返ってみることも必要ではないかと思われます。
傍観者的には、これまでの講習会ってそんなに気合いが入っている事業では無かったような気もします。

 そういえば、当サイト、アクセスを分析しますと、商工団体からのものが極端に少ない、というのが一大特徴になっています。
勤務時間のネットは禁止されているのでしょうか? まさかと思いますが。

 「中心市街地活性化」で検索すると、当サイトは第3位にヒットするはず、上位2つは国の機関、4位以下の多くは市町村の取り組みですから、中心市街地活性化・方向と方法に関心があれば、当サイトを外すことはないはずですが・・・。

 ということで、当サイトの所在についてのアピールもまだまだ不足しているようで、「方向と方法」の普及には一肌脱いでくださる皆さんが必要のようです。
あらためて、あなたの周囲の関係者で「この人は」と思う人にはぜひ当サイト又はブログquolaid.comの存在を教えていただきますようお願いいたします。
当サイトご愛顧の皆さん、記事をコピーして供覧することからあなたのまちの活性化への取り組み、「方向と方法」が変わるかも知れません。
トライしてください。

話はかわりますが、先週お邪魔したTMOさんでの話。
最近の商店街活性化の取り組みについてのあれこれから、

“ショッピングセンターが国内に無かった時代だったら結構効果があった事業ばかりですよね”
“そうですね、商店街全盛時代なら間違いなく有効だったと思いますよ”
ということで、もちろん、SC全盛という今となっては成果を期待するのが困難な事業が多いわけです。
それでもやる、方針も方向も変えない、というまちも相変わらず多いようです。
見直し後の基本計画などではどうなっているでしょうか。

TMOさんは、勉強会の開催について、最近の事例を紹介したところ、ぜひ取り組みたいとのことでした。
このことろ、今年は従来とは違う、という感じがしています。
皆さんは如何ですか。

目指せ! 一億総中流

目下、サイトの【理論創発】で書き継いでいる記事です。

 高度成長期が達成した成果を当時とは様変わりした状況において異なる定義のもとに再構築する。
これこそが中心市街地活性化の目的であり、地方・日本国全体再生のシナリオです。

 最近は勉強会でも話しますし、メールのやり取りでも頻用されています。
「なんだかな」と思いつつのキャッチコピーでしたが、使ってみると状況にぴったり、分かりやすくて、便利、方向と方法の説明がラクになります。

「中流」とは「明日~将来に不安が無い生活」と考えてください。
「不安がない」と言うことは、「自分の好みで今日が楽しめる」ということにつながります。「今日が楽しめる」ことが「明日~将来に不安がない生活」・経済社会を実現する条件でもあるわけで、卵が先か鶏が先か、なかなか悩ましいところであり、既成の経済学では日本経済の中・長期的な成長のシナリオが書けないのはこのあたりに原因があるのです。

 一億総中流への道、どのようなシナリオがあるかといいますと、「ラグジュアリィは日本を救う」わけでありまして、日頃の生活において「ラグジュアリィ」を意識的に追求すれば、
①生活が楽しくなり
②将来が明るくなる
という、取り組みやすく・実現しやすい、画期的な「道」であります。

ラグジュアリィモールとしての再構築は、
①商品は国内産地・メーカーが制作する
②地元小売業が販売する
③チャネル全体を通じて正規雇用体制
という条件の実現を意識的に追求します。

 ご承知のように、中心市街地・商業の活性化=ラグジュアリィモールとして再構築していく上での大きな問題の一つは、「ラグジュアリィ」を堪能するために必要な情報・材料の提案・提供が著しく劣化している、ということです。
お店に売られている商品といえば、海外商品ばかり、スーパーブランドか廉価品かの二者択一、と選択肢が強制されておりまして、まあ、どちらを選んでもラグジュアリィにはほど遠い。

 一方、この芸も能もない二者択一への収斂の結果、ブランドでも廉価でもない国産のラグジュアリィ最適商品群は、流通経路を失い、今や瀕死の状態にあるといって過言ではありません。
(もちろん、例外的・模範的事例はあります:今治タオル

 国内消費財産地の流通チャネルのエンドは「中心商店街」ですが、ここが軒並み空洞化している現在、国内消費財業界がこぞって長期低迷の極にあることは当然といえば当然のこと、中心市街地活性化とは、国内消費財産業活性化と同義です。

 で、メーカーと小売、どちらが先かということになるわけですが、これはもう、もっとも消費・生活に接近所在する小売業が先陣を切ることになることが必要です。
「出来ることから少しづつ」という業容転換の方法からも。
課題である「業容の革新」について「ラグジュアリィニーズへの対応」を目標方向として、漸進的・仮説~試行法を持って取り組んでいくことになります。
プロセスで重要なのが「品揃え」の革新であり、供給先の発見・確保という仕事。
何年ぶりの新規取引先開拓、というところもありますし、吟味にかなう取引先が右から左に現れることは期待薄です。

 理想的なのは、川上各段階で「ラグジュアリィ志向」のビジネス革新が同時多発することですが、上記のとおり、規模的にいえば小売段階がある程度まとまらないと新規の企画はスタートしにくい、というのが実状でしょう。

 そこで「中心市街地の華・百貨店」の登場です。
百貨店業界の未来もこのままではじり貧の一途、明るい明日を築くためには新しい「活性化の方向と方法」を定めることが不可欠という状況にあります。
百貨店が「ラグジュアリィに針路をとれ」ば、急転直下、話は一挙に進みます。
百貨店がその気になれば大手消費財メーカー、流通段階もその気になりやすい。その気にならないと明日がない、ということでは一蓮托生ですからね。

 このあたりの一連が動き出せば、中心市街地活性化の動き、方向とスピードが一挙に変わります。
「目指せ! 一億総中流」も「風呂敷」レベルから離陸することになります。
ということで、当社、今週はあれこれ、ちょこまかと動くことになります。
 経営革新やら勉強会やらが立て込み、事務所にも人の出入りが多くなっているなかでの動きですが、収穫があったらさっそく報告します。お楽しみに。
皆さんも参考になるようなことがあったら、教えてください。

郊外型ショッピングセンターの命運

 元記事は、勉強会のテキストです。

 当社の郊外型SCについての考え方は、このテキストの内容と現在とでは相当変わっています。特に、顧客の購買行動による淘汰の結果、広域・セルフ型という業容は、より「進化」しています。
しかし、その「命運」についての予測は、従来と変わりません。
従来は、中心商店街の活性化が実現することで「主役交代」となるものと考えていましたが、中心市街地の活性化が遅れいる反面、SC相互の競合その他の要因により、その没落は早まりそうです。

 ニーズの受け皿となる商業集積が存在しない、やむなくSCなどに出かける、という緊急避難的買い物は、面白くもなんともなく、買い控え、消費離れが生じます。消費全体がじり貧に陥っていきますが、これは国の経済活動において個人消費が占めている割合からして大問題です。
早く中心市街地・商店街の活性化=「ラグジュアリィモール」としての再構築が実現しないと消費が失速してしまいかねません。

※※
セルフ百貨店が核を務める郊外型SC(RSC)についての当社の理論的な把握は、上のタグ記事より「進歩」しています。この記事を外部に持ち出される時などは十分注意してください。

また、この記事に限らず、サイトの記事の利用は出処さえ明示していただけば基本的に自由ですが、あくまで「自己責任」でお願いします。
当社としては、一読・理解しても自力で実践の展開は出来ない、と判断されることを期待しての前面アップだということにご留意されますよう。
読めば実践できるという内容なら無料で公開するハズが無い、とお考えいただきたい。
もちろん、一を聞けば十の展開が出来る、という人は別ですが、そういう人は「理論つくり」から自力でやるだろう、ということも考えています。

ということで、このあたりについては、皆さま、もちろん、とっくに理解していただいているところですが、いろいろと心配する人もあるところから、念のため。


「研修事業」を検討中の皆さんへ

 指導団体等で勉強会(講習会・セミナー)事業の実施を検討中の担当者さんへ。

 次年度の取り組みに向けた「地均し」として「実効ある勉強会」の開催にチャレンジしてみませんか。

 商業の活性化について、当社はバラエティに富んだラインアップを準備しています。
ご承知のとおり、ネット上でこれだけのメニューを提供しているのはクオールエイドだけです。
メニュー以外にも御地商店街等の問題情況にぴったりのテーマ・内容による勉強会をカスタマイズできます。
さらに開催にあたっての準備段階(チラシ原稿作成他)についてはきっちり支援します。

SC全盛時代の商店街、地元個店の繁盛再生について、「自助努力の組織化による取り組み」を提案しているのは、当社だけではないでしょうか。
商店街の状況に関わらず、一度はべきテーマのはずですね。

当社の勉強会は、3時間と一般的な講習会よりも長目ですが、途中退席者はほとんどありません。内容は当サイトで熟知されているとおり、開催されると、参加者の「講習会に対する評価」が確実に変わり、「勉強意欲」が組織内に高まり、次年度の組織活動に好影響が生まれること確実です。

ご承知のとおり、次年度は中小企業対策の内容・実際方法が大幅に変わり、民間も含めた「指導機関間競争」が始まるのは確実です。
次年度以降の環境変化への対応の一端として、当社提供の勉強会への取り組みをおすすめする由縁です。

必要により、既に取り組まれたところの評価など問い合わせ先を紹介します。
問い合わせはメールでどうぞ。

なお、商店街組織単独で開催を希望するが、経費が工面できない、という場合は、「経費」の心配は後回し、メールで連絡をいただくという仕事が最優先です。
お金の問題でしたら何とかなる、というのが経済大国的残映の効果、これまで“お金がないから開催できない”事例はただの一個所もありません。
まずはメールをどうぞ。


宵越しの金は持たぬ

 今日の稼ぎは今日のうちに使ってしまおうぜ、という浮き世話にでてくる江戸っ子の心意気ですが、何とも豪気なものです。
「蕩尽」というやつで、ものやサービスの流れ、経済活力が向上します。
やっているのは長屋の住人、八っあん、熊さんでありまして、有閑階級のビヘイビアではありません。

 「宵越しの金は持たぬ」というライフスタイルが可能になるためには、
①必需を満たす以上の稼ぎがある
②明日以降もずうっとそれが見込める
という条件が整っていなければならないわけでありまして、つまり「職の安定」ということですね。

江戸時代には多様な「仕事」が細分化され、それぞれ専門化されておりまして、誰もが「宵越しの金を持たぬ」ことにしようと思えば出来た、ということです。
興味がある人は書店に行けばコーナーが出来るくらい「江戸ブームは続いています。
竹内誠監修 『江戸の暮らし事典』碧水社

 思えば「高度成長期」というのはまさにそういう条件が国民レベルで整っていました。いえ、江戸時代とは比較にならないくらい。
向こうは、仕事も生活も成熟・安定でしたが、こちらは「もの不足」「店不足」のところへ、所得倍増ですからね。
明日は今日より収入が多くなる、という条件があり、欲しいもの、人が持っているのを見ると欲しくなるものが、これでもかとアピールされます。

 という流れのなかで「一億総中流」という意識が普及したわけで、この場合「中流」とはそういうことですね。
“明日は今日より収入が増える、欲しいもので買えないものはない”

 「新・一億総中流」は高度成長期とは様変わりした状況において、あらためて“明日は今日より収入が増える、欲しいもので買えないものはない”となるかどうかはともかく、「欲しいものがあるのに手に入らない」「自分の好きなことが楽しめない」という状況を打開することと、経済活力の向上を同時に達成していこう、というものです。

「構造改革」とか「美しい国ニッポン」などと違って、自分のこととして努力していくなかで実現可能な方向です。
その一番手をになうのが、都市の独立自営商業者の皆さんの取り組み、というのが当サイトが拡げている大風呂敷ですが、真に受けて取り組んでみるとホントに実現するかも、です。

今日は午前中から今まで夜の勉強会に使う「経営革新」のテキストを書いておりましたが、あらためて国の参考資料を見てびっくり、「勉強抜きの経営革新」を進めようとしているのでしょうか。
「勉強抜きの経営革新」というのはあり得ませんからね。

環境の変化・顧客の生活の変化、競争の変化、当方の体制の変化等々、その内容とそれが意味するところをきちんと理解しておかないと、「革新」へ出来ません。
ということで、勉強が必要なのは、商店街立地の独立自営商業者の皆さんだけではなく、「経営を何とかしたい」と考えている、ジャンルを問わず、独立自営企業者の皆さんに共通する「目的を実現するには必ずクリアすべき関門」です。

自営企業者による、顧客に提案するソリューションとしてのラグジュアリィの追求が経営の活性化を実現し、ひいては「一億総中流」を達成する・・・。
中心市街地活性化に端を発する日本経済再興への道、ですね。

どっかの政党さん、「構造改革」の罪滅ぼしに如何ですか?
選挙はこれでラクショーだと思うが。 

商店街の活気と活性化(過去記事から)

今日はちょっと趣向を変えまして。
クオールエイドのサイト【中心市街地活性化への道】から、大昔(商店街はdog's yearです)
の記事を紹介してみましょう。

Date: 2001-12-02 (Sun)

   いま、私どもが商店街がこれから取り組みそうな事業で気になっているのは、「魅力ある個店づくり」と並行して取り組むべきとされている「街の活気づくり」というものである。
個店づくりは個店の仕事、組合は活気づくりだ、ということらしい。
何だ、いままでと一緒じゃん。

 「魅力ある個店づくり」という新しいかけ声のもとで、またもや買い物の場としての魅力に乏しい商店街が、人寄せイベントに走りそうな風潮がおおっぴらに後押しされるということである。この路線は、私どもが再三、口が酸っぱくなるほど申しあげているとおり、はっきり間違い、イベントでの街づくりなど金輪際出来ないのだと言うことをもう一度確認しておきたい。

   「活気づくり」ということで主張されているのは、昔のように通りに人があふれている状態を再現する、ということらしい。イベントで一時的に人通りが増えると、なぜか店主たちが元気になり、個店づくりの取り組みに意欲が出るようになるらしい。
「個店の店づくりももちろん大事だが、通りに人通りの無い現状では力が出ない、まず買い物はしてもらわなくても良いからイベントの時だけでも街に来てもらいたい」というもっともらしい口実のもと、補助金を原資にイベントが企画される。
 そういう街のみなさんにはお気の毒だが、イベント主導によるまちづくり、商店街活性化は絶対に実現できない。

 良い企画のイベントで人が大勢集まったとしよう。この人たちの来街目的はもちろん、イベント見物・参加である。街なかにいる間はイベントに集中、イベントが終わればさっさと帰る。
でしょ? 違うと言い切れる人がいるかな? だって他になんかすることある?
 問題はみなさんがイベントに熱中してマスコミの取材に喜々として応じている間も街の衰退化は着々と進んでいく、ということである。

    第一に、個店の店づくりの転換というのは生やさしいことではない。商人塾その他、当サイトの資料を検討した人はお分かりと思うが、これまでのノウハウをいっさいかなぐり捨てる、一から出直すというくらいの気概がないと店づくりの転換など夢のまた夢である。10年20年前同様、イベントによる人通りを当てに何とかしようというようなレベルの魂胆で成し遂げられることではない。イベントに人手をとられ、時間をとられながら、その合間に繁盛店への生まれ変わりが出来ると思っているとしたら、その人はこれまで店づくりの転換に必要な勉強をしたことが無い、というよりそもそも小売業経営に必要なことについて全く理解していない、と告白しているようなものである。
 そういう人がイベントを利用して繁盛を再現できるというくらいの状況なら商店街の落ち込みなんか重要な行政課題になるようなことはなかったろう。

    第二に、そもそもイベントなるもの、売れている店がやるとますます売れるが、売れない店がやっても何の効果も無い、というのが小売業界の常識(あなたが知らないだけ)である。売れない店(つまり、商店街のほとんどの店)や商店街のイベントは時間とコストをかけて集めたイベント客に「当店(街)はご覧の通り、あなたが買い物に来るところではありません」と宣伝しているようなものである。
 「売り上げが落ちたら人集めをする前に売れない原因を発見し改善せよ」、人集め・宣伝広告はその後だ、というのが昔からの小売業のノウハウ。だってそうではないか、売れない店=買い物の場として魅力の無い店がイベントをやったとたん、あーらふしぎ、買い物の場として魅力が増してお客が戻って来るなどということがあるはずがない。
イベントにつられていらないものを買うようなお客はいない、お客が物を買うのは、自分の生活を作りあげるための材料としてであり、材料にふさわしくない商品などは見向きもしない。
そもそも商店街のイベントに来るときお客が財布をふくらまして来ているだろう、と考えるのが間違い、子供にせがまれるジュース代くらいしか持ってきてないんじゃないの。

    第三に、明日はともかく今日はとりあえずイベントで集めたお客で売上げを、とイベント来街者の衝動購買などを当てにするようではますます救いがたい。衝動購買というのは、お店に来るまでは買う予定が無かったのに、商品を見たとたん、気に入って買わずにはおれなくなった、という購買パターンのことである。日頃お客に強く支持され、繁盛しているお店だけがフリーの来街客を引きつけ、購買行動に結びつけることが出来る。
売れない店がイベント客の衝動買いを期待するなど言語道断、あまりにも虫の良い話である。

    第四に、組合執行部の問題。組合として他にやることが無い、ということもあるだろうが、個々の店舗の経営実態は自店に置き換えてみれば自明、とてもイベントなどでどうにかなるというレベルの状況ではないことは百も承知のはずである。
 にもかかわらず、話は分かるがとりあえずは人通りを・・・、などというのが一番悪い。
人通りが多くても売れない商店街というのは、福岡天神をはじめ幾らでもある。“今の立地は人通りが少なくてダメだが、このまま新宿駅東口に移転すれば即日大繁盛間違いない”という自信のあるお店の店主だけがイベント主導のまちづくりを主張することが出来る。

    街に活気が欲しいというのは誰しもが願うことである。人通りさえあれば昔とった杵柄、創意工夫を凝らして必ずかっての繁盛を取り戻してみせる、と意気込んでいる人もたまに見かけるが、これは出来ません。理由?昔、あなたの街に人通りが多かったのは、街が繁盛店で埋め尽くされており、通りを買いまわるお客が多かったからでしょ。あのころ街に来ていたお客は一体何を目的に来ていたか、胸に手を当てて、考えてみるべきではないか。
イベントが盛んな街の役員諸氏は、イベントを否定されると自分を否定されたように気色ばんで“そういうけどうちの街はイベントをやってきたからこそ、この程度の落ち込みで済んでいる、イベントをやっていなかったらどうなっていたか分からん”などと反論したりする。
フフンだ。そんなものはただの言い訳にすぎん、あなたがそうおっしゃっている間も現に通りには空き店舗が増え続けてるでしょ?つまり本当の意味での活性化には全く近づいていないでしょ、ということである。

    以上簡単に見たとおり、商店街のイベント、当日のお客は店頭を素通り、明日からはまた昨日と全く同じ閑古鳥の鳴く通りとなる。10年、20年と有名イベントを続けてきた街と個店はいまどうなっているか? 賢者は他人の失敗に学び、愚者はおのれの失敗を繰り返す、という。商店街に残された時間は本当に少なく、よその街の失敗を身をもって確かめてみる、というような悠長な時間は無いはずである。
そろそろ自分の頭を使って物事の一部始終を考え抜いてみる、という創業当時の習慣を取り戻すべきである。
もちろん環境は激変しており、とても当創業期のノウハウでは役に立たないことはいうまでも無いが、大切なことは自分の頭を使って考える、ということである。「商店街活性化の事例」などを鵜呑みにして真似しないこと。事業はイベントに限らず、それに取り組んだら本当に街が活性化するか、本気で考え抜いてみるから取り組むことにしないと、一度しかない人生の大切な時間を無駄にすることになる。

    私どもは、日本中の商店街で用いられている「活性化」という言葉について、「商店街にどのような状態が生まれることを意味しているのか」ということを明らかにしていない無責任な決まり文句である、と批判している。たぶん、クオールエイド社が全国で唯一、「商店街活性化」という言葉をきちんと定義して用いている、といって過言ではない。
 私どもの定義を簡単に説明しておけば、活性化とは「計画的に事業に取り組むことによって、以前はとても想像できなかったような繁盛が実現され(実現の希望が生まれ)、再投資や後継者確保の意欲や条件が生まれてくること」である。個店、商店街とも活性化を目指すならば、「活性化」の定義、目標をきちんと決め・全員で共有しておく、各種事業の実施にあたっては、その事業が、本当に・街の・自店の・「活性化」の・実現に役立つものであるということをしっかりと確認してから取り組むべきでしょ、というのが私どもの主張である。

    商店街の活性化、まずイベントで活気を呼び戻してから本番の活性化に取りかかる、などと訳の分からない悠長な手前勝手をきっぱりとうち捨て、「活性化とは街が・自店がどうなることか」ということをあらためて確認し、客寄せならぬ人寄せなどの安易な地獄への道に惑わされることなく、正しい方向=売れる店づくりに向かって進まなければならない。
 売れる店の存在がお客を商店街へ誘い、そういう店が軒を連ねることでお客の買い回りがはじまり、通りを買い物客が行き交う、人とお店が作り出す賑わいがさらに客を呼ぶ、というあるべき商店街が再現される。

如何ですか?
2001年12月、ちょうど今から6年前にこう言うことを書いておりますし、当時からの常連さんはちゃんと目を通しているわけですが、その後、まちはどうなりました?
“勉強無くして繁盛無し”日に日に重みを増す言葉です。


地元の事情に精通する・・・

 地元の人材、NPOなどを活用して・・・というのは地域振興、商店街活性化など、「地元主導の取り組み」が必要な場合によく聞かれるところですが、

地元の事情とは何か?
精通しているとはどういうことか?

というあたりのことは重々確認しておくことが必要です。
地元のことは地元の人が詳しい、正論としてまかり通ることが多いかも知れませんが、では、地元の人がその問題についてどれくらい調査し、研究し、理解したのか? ということになると、その形跡は限りなくゼロに近い。
場合によっては遠い町の人がメディアで言いふらし・書き散らしたことを「地元の人」が聞きかじったものが「地元の生の意見」として珍重されたりします。
おかしな話です。

「地元の声だから」「若い人・女性の意見だから」「高齢者の意見だから」などなど、発言の内容不問、専ら発言した人の「属性」で発言の取扱を操作する、というのはダメですね。
そういうことがまかり通る組織というのは、組織が取り組もうとしている問題を「片手間」「役目済まし」で処理しょうとしているのではないか?
と、「全力投球」のtakeoには思われてしまうのですが。

 省思考の上にさらに省力しようとする人などが採用する、「地元のことは皆さんが一番よくご存じ」とかいって「活性化施策」について思いつきをしゃべらせ、みずからはその書記役に徹する、という Way of Business もあるそうですが、問題の当事者が問題についてその解決に必要なレベルの認識を持っているとは限りません。
まして、その問題の解決に必要な知識・技術ともなれば・・・というのは常識ですね。
病気に掛かっている人が病気について「精通」しているでしょうか?

というわけで、なんでも地元主体でやればよい、というのは、何の根拠もないデタラメでありまして、もちろん、その結果については自己責任、がセットになっています。

 このことに限らず、「耳に心地よく響く言葉」にはトンデモがあることが多いようです。
ご用心、ご用心。

 「地元の事情」というのは、「活性化への取り組みがうまく行かない事情」だったりしますと、「精通」しているばかりにびびってしまったり、という可能性もなきにしもあらず。
「事情」というのは得てして「問題の一環」であることが多いわけで、これを尊重したのでは問題解決に支障を来す、ということもあり得ます。

 というあたりを見極める眼力って必要ですよね。
地元、よそ者を問わず。




社内ミーティング

 昨日午後いっぱい実施しました。
中心市街地活性化の取り組みの動向、中小企業施策の転換、それにもちろん最近の当社の支援活動の成果等を踏まえ、今後の活動のありかたを論議しました。

 基本的な方向としては。
①従来取り組んできた、「中心市街地活性化への道」の提唱・普及について、自信をもってさらに強力に押し進めること。
関係各方面との協働についてどんどん提携を呼びかけていく、つまり、押し掛けていくということですが、きっちり取り組む。

②地域経済活力の向上という課題への貢献では。
このところ、あまり踏み込んでいなかった中小企業の「経営革新」の取り組みの支援について、特に中心市街地活性化、商店街活性化という切り口で強化していく

③上記各項についての勉強会の開催
これは、当社主催の公開の勉強会です。
中心市街地活性化関連の公開セミナー、昨年は一度も開催できませんでしたが、今年は東京及び福岡で開催します。
その他のテーマによる公開勉強会についても鋭意企画中です。お楽しみに。

★さらに「雑談」的に協議したこと:

その一 「ラグジュアリィは日本を救う」
脱工業化社会は、情報化社会ではなく、「時間堪能型社会」を目指さないと、「豊かな未来」は築けない、というのはtakeo年来の妄想ですが、中心市街地・商店街活性化の方向と方法を突き詰めていくと、製造(産地・地場)~流通(産地・消費地)~小売という消費財チャネルの全体が「堪能型消費」対応・提案型にシフトしていくことが必要です。

端的にいって、中小規模の中心市街地で成立する業容のプロトタイプを構想・構成し、各中心市街地の状況に応じて業容として展開する、という仕組みを構築する。それも5、10と開発して、地元有志によって空店舗などを利用して開業してもらう、と言う仕組みが出来れば、「自助努力の組織化・業容転換」と車の両輪、ラグジュアリィ・モールとしての商業集積再構築、ググッと可能性が高まります。

 「実現への道」をどう描くか、スタート時点での試行について、シナリオが出来ました。

その二 「百貨店論」の展開について
年末~年初の視察の成果を踏まえ、takeoが構想する「百貨店論」の概要を説明しました。
百貨店の活性化は、中心市街地の「核」、活性化実現への戦略において、重要な位置を占めるものですが、現在~将来の小売業界において果たすべき役割は明らかになっていません。
「ラグジュアリィニーズ」対応という方向でその新しい業容を構想することは百貨店業界にとって緊急の課題だと思います。

 誰からも提案が見あたらないので「たたき台」として当社が出していく、ということです。
ともかく、「たたき台」がないことには論議が始まらない、改革改善も「たたき台」あっての話、ですから。

 おっともう一つ、懸案である佐賀県内の商業者の勉強機会の確保については、今月中に方向が定まると思います。
あちこちに話をしていますが、はかばかしい進捗が無いようなら、当社独自で全県下から有志を糾合し「商人塾」を旗揚げすることも視野に入れています。
勉強したい人が諸般の障碍で勉強できない、というのは黙視し難いことです。
今週中には方向が決まると思います。

「ブログ ランキング」撤退します

 お気づきの人もあると思いますが、このところエントリーする記事には「ブログランキング」へのタグをつけておりません。
読む人にとってはなんのメリットもありませんし、当ブログも「ランキング」から「おつきあいいただきたい人」とマッチングする可能性も低い。

 それよりもあり得るアクセスとしては「検索」経由が圧倒的でしょうし、それよりもブログの目的からすれば「口コミ」での普及です。
読者の周囲の人に紹介してもらうことで、あなた自身の周辺に当ブログ~クオールエイドのサイトを通じた読者が増える~活性化への取り組みのあり方について「方向と方法」を共有する有志が増えることは、取り組みにとってもっとも大切なことです。

 ということで、これまでランキングに協力くださった皆さん、有り難うございました。
協力しようかな、と思っていた皆さんともども、今後は同じ商店街・中心市街地での読者増加にぜひ取り組んでください。
「活性化の方向と方法」について考えを共有する仲間がいる、ということはいざ本格的な取り組みをスタートするぞ、というときに他のものでは変えられない力になります。

※「拍手」は残しますので、気に入った記事があれば評価してください。


「商店街支援」も競争の時代?

 商店街活性化の方向と方法について勉強してみないか、と提案されて、
そんなカネがあるなら、視察に行きたいからそっちに使わせてくれ(笑
どこに行きたいわけ? 
どっか、遠いとこ(笑

といううやり取りがあったそうで、数十年に及ぶ「補助金浸け」の成果でしょうね、これは。
まさかこれまで補助金をあまり使ったことのない商店街でこういう発想・要望が出ることは無いでしょうから。

補助制度を用意した→使い手がいない→どこかに頼み込んで消化してもらう・・・という「事業に取り組まなくても繁盛していた時代」の補助金消化手法の成果です。

商店街の情景はといえば・・・
○アーケード・舗装は老朽化
○空店舗は増える一方
○組合員の脱退相次ぎ・・・
という状況ですが、もlちろん役員さんはどこ吹く風。
どっか遠くに視察に行きたい、近くに温泉とかあれば言うこと無し(笑

こういう「おねだり癖」がつくについては、先述のとおり関係各方面の支援があったわけです。
講習会も開催はするものの、内容的に「勉強」にならない、商業者の琴線に触れることはない、ということで最近は「笛吹けど踊らず」状態。
今頃になって「勉強したがならい」とか「勉強する気を見せれば開いてやってもよい」などというのは、責任転嫁ですね。
いつも申しあげているとおり、商店主は廃業したらおしまい、役員さんは辞任したらおしまい、ですが、指導団体のほうはそうはいきませんでしょ。

商店街組織がどっちを向いていようとも、なだめ、すかし、脅してでも繁盛・活性化について「勉強させる」というのが商業振興関係団体のいまどき、喫緊の使命ではないでしょうか。

来年度から中小企業対策、指導支援の仕組みが大幅に変わるとか。
金融機関などこれまでしがらみのないところが、「新しい事業機会の創出」を目的に積極的に進出することも考えられます。
顧客である中小企業者に対して、従来の指導機関プラス民間が「支援施策メニュー」を提案、どちらがより優れた提案か、競争になるわけです。
「中小企業に対する指導支援」という、これまで商工会議所、商工会など法定機関が占有していた事業機会が民間に解放される。
先日の山梨中央銀行さんの勉強会などはその先行事例かも知れません。

ということで、中小企業指導団体は、これからどっちを向いて・何をするのか、トップ以下の組織の使命・存在意義、問題情況、戦略課題に対する認識が問われているのではないでしょうか。

と、ここで書いても肝心の関係機関からのアクセスが極めて少ない、ということで、まあ、ここにも問題の一端が現れているわけです。

と、書いていた最中に、先日甲府市で開催された山梨中央銀行さん主催の勉強会の件で金融関係の新聞から取材が入りました。
金融機関の取り組みとしてどう思うか、他にも事例があるか、参加した商業者の反応はどうだったかなどなど。
もちろん、中心市街地活性化、特に経済活力の向上に直結する取り組みを支援することは、地域に新しい事業機会を創造する、ということで金融機関にとってチャンスであり、また、上記のような状況にある「勉強機会」の隘路を突破するための方法として金融機関が勉強会を開催されることは大変望ましい、と答えました。

今回の勉強会の成功を受けて、当社も「勉強する中心市街地活性化」の突破口として、「地域金融機関主催の勉強会」という提案をしていきます。商店街支援も「競争の時代」です。

銀行に“温泉に行きたいから補助金を出してくれ”という豪傑はいません。 
言われるところは舐められているのか、甘えられているのか。 
舐められる羽目に陥っているとしたらこれまでの自業自得、ではないでしょうか。

 法定指導機関の皆さんも、これを契機にいっそう気合いが入りますね。
これまでの「負の遺産」を清算しながらの取り組み、かたや新規参入者は従来のしがらみなどはわれ関せず、専ら「選択と集中」で成果を挙げていこうとします。
指導機関、来年度から「正念場」に突入です。

もちろん、当社は「協働」の体制を準備していますので、なんなりとどうぞ。

都道府県主催の勉強会

 さる17日に開催された山梨中央銀行主催の勉強会、既報のとおり、「SC全盛時代に商店街活性化の方向と方法を関係各方面の皆さんに選択肢を提案する」という開催目的に照らして大成功でした。

特にここでお知らせしたいのは、山梨県下全域から市町村、商工会議所・商工会、中央会など商工指導団体からの参加者が半数以上だったということです。
午後6時半~9時半という時間帯にもかかわらず、参加された関係各方面の皆さんにあらためて深く敬意を表する次第です。

同時に、『SC全盛時代の個店・商店街活性化の方向と方法』というような「理論的」な勉強の必要性を日頃感じている人が多かったことが実感され、同時に、にもかかわらずこれまで適切な機会が無かったこと、も感じられました。
こういう機会を共有しないまま取り組まれる「商店街の活性化」はご承知のとおり、“商圏内にショッピングセンターなど影も形もない”かのような計画・事業になってしまい、所期の成果を挙げることは出来ません。
都市内部における取り組みを抜本的に改革するためには、このようなテーマの勉強会の開催、知識理論の共有は不可欠の課題だというもんだい認識の広まりが確認されたと思います。

都市にとって 「商業活性化への道」を共有するための勉強会の開催は、必ずクリアしなければならない課題ですが、いきなり市町村レベルで開催するには、当該都市内の関係各方面の合意形成に手間取りそうです。
悪くすると躓いてしまい、再起不能に陥る可能性も否定できません。

 県下全域の取り組みの状況を踏まえれば、このような勉強の機会を作ることは、都道府県あるいは当該都道府県を管轄する指導団体の役割のようにも思えます。

まずは山梨中央銀行さんにならって、都道府県主催で『SC時代の個店・商店街活性化の方向と方法』の選択肢を提案する勉強会を開催する、というのは如何でしょうか?
 
既に基本計画を作成し、認定を得ている都市でもこのテーマ(SC・・・)についての「解」はを持っていないと思います。
それだけ状況は厳しいわけでありまして、ここはどうしても都道府県が音頭をとって「選択肢の一つ」として提案する機会を作っていただきたいものですが・・・。

都道府県で取り組まないとなると、市町村レベル、行政・商工団体主催で、ということになりますが、とても開催についての合意形成が難しい。開催にこぎ着けたとしても関係各方面「全員参加」になるとは限りません。
そもそも、「言い出しっぺ」になる人がいるでしょうか?

ということで、都道府県主催の勉強会を開催、市町村、商工会議・商工会、商店街の有志の皆さんがうち揃って参加、勉強会の方向と方法について吟味し、納得した上で市町村での開催を目指す。
という方法が妥当ではないでしょうか。
開催の目的はもちろん、「活性化への道」を歩むための、関係各方面を網羅した「推進体制」の構築であり、もちろん、繁盛実現に向けた商業者の皆さんの「自助努力の組織化」です。

このモデルが今回の山梨中央銀行さん主催の勉強会だったと思います。
揃って受講された市町村・商工団体では、「商店街活性化への道」の再構築に向けた共通の土俵づくりの作業がスタートすることと思います。

勉強会の開催について興味のある都道府県の担当者さんはメールをどうぞ。
一部始終についてご相談承ります。

百貨店論を構築する

 中心市街地の華・百貨店。

草木もなびく勝ち組・伊勢丹の小倉店が撤退する、というニュースからブログでもいろいろな視点から取り上げられているようです。
当方でもいちはやく「伊勢丹・小倉店は一人コケ、北九州市の都市力や福岡の影響などは本筋ではない」ことを論じました。

その後、考察は百貨店的業容や中心市街地と百貨店の関係などにも及びまして、いろいろと新しい知見を得ることが出来ました。
その過程で「一度伊勢丹・新宿店をチェックしてから」という必要が生まれまして、そういうことで、昨日、見て参りました。

ショッピング客にとって買い物行き先とは:
売り場がなかったら買えない
複数あったら選択しなければならない

というものでありまして、必要に迫られれば、
提供されている中から相対的に一番良さそうなところへ行く
というショッピング行動になります。
昔から新宿店はそういうイメージでしたが、あらためてその感を深くしました。“勝ち組・伊勢丹”は絶対評価ではない、ということですね。

ついでといってはなんですが、高島屋、三越と合わせて「三社参り」でした。
ちなみに福岡で三社参りといえば、伊勢丹岩田屋、三越、大丸だそうで、佐賀市ではセイユーモラージュ、ゆめタウンさが、イオンショッピングシティ大和だそうです。

百貨店論、クールエイドのサイトで展開しますが、これは本邦初の内容、類似の勉強をする機会は他にはありません。
業界共通の課題である長期低迷路線からの脱出、その方向と方法を提案します。
本邦初ということで、とりあえず、「たたき台」としての提案、皆さん、どんどん叩いてください。
もちろん「たたき台」というのはあらかじめの「逃げ口上」ではありません。
長期低迷的業容の百貨店さんはお楽しみに。

 中心市街地関係者のみなさんにとっては、「核」としての百貨店を巻き込んだ「ショッピングコンプレックス」再構築への不可欠(だって他では提供されていませんもの)の勉強の機会です。
御地百貨店関係の皆さんとお誘いあわせのうえ、一緒に勉強してください。
「一緒の勉強」が活性化への道を切り開く「カギ」の一つです。

百貨店系の皆さんへ。

早い話、「勝ち組・伊勢丹」の小倉店はなぜ撤退しなければならなかったのか?
しっかり理解しないと、「伊勢丹の単品管理」の導入に企業の命運を賭ける、という戦略がOKかどうか、確信が持てません。そうでしょ?
「単品管理」の成功は、伊勢丹全体ではなく伊勢丹・新宿本店オンリーだった、ということは、本店と小倉店を見れば分かります。何故そう言えるか?

ということが分からない人は、サイトでしっかり勉強してください。
ということで、タグは都合により省略することにしたので、サイト関連記事への道は「自助努力」でどうぞ。

都市経営・商店街活性化という課題

 山梨中央銀行さんの主催によるセミナーが終わってあらためて感じることは、「地域活性化」という普遍的な課題への取り組みにおける「商店街活性化」の取り組みの重要性ということ。

 都市経営、地域活性化とスローガンを叫ぶのは簡単ですが、では誰が、どういう方法で取り組むのか?ということになると、賑わいとか観光とか最近では「食」などがこれまたスローガンだけ唱えられる・・・。そのうち「遊びがね」が無くなればお終いですね。

 決めては「内需拡大」。
ラグジュアリィを旗印に、「大量生産~大量販売」路線からの消費購買行動の奪回すること。
甲府市でのセミナーでの提案は、ブランドと低価品という二極分化を破壊する、ラグジュアリィニーズへの対応を、商店街立地の商業者の自助努力とその組織化で実現する、ということでした。

スーパーブランドと低価格品、どちらも〈大量生産・大量販売〉商品です。
国内産品はこれらに比べればロットも小さく、小回りも効きます。
産地や卸団地の機能もあらためて再評価出来る。

商店街活性化からスタートする都市経営の革新・経済活力の向上。
大きな課題ですが、「都市経営」で取り上げていきます。

 消費の革新無くして経済活力の向上無し。

勝ち組といわれる愛知県西三河の各都市、買い物行き先はすべて郊外のショッピングセンターか名古屋の百貨店か。
全国水準の買い物行き先しか無いわけで、地域商業が機能しなければ、「勝ち組」を生活で実感することは出来ません。
もちろん「勝ち組」企業の成果もSCと名古屋に吸収されているワケで、「勝ち組」の成果を効果的に地域にあまねく及ぼす、という工夫を考えないと、「勝ち組企業」も将来は?です。
「地域」を「日本国」と置き換えれば、問題は切実ですよね、トヨタさん。

 セミナーにご参加の山梨県下、都市経営関係各方面の皆さんは、都市経営・地域活性化と商店街活性化の密接な関係について、共通の土俵が作られたことと思います。
「共通の土俵」がないところでスローガンだけ一致していても仕事は成就できません。

甲府市での勉強会

 先に当ブログでもご案内していた山梨中央銀行主催の勉強会
『SC時代の商店街活性化の方向と方法』

 昨日開催されました。
当初定員100名のところ、146名の参加でした。
受講者は商業者、県下一円の商工団体、行政と商店街活性化関係を網羅した、まるで県主催の勉強会のようです。

講義に先立ち主催の山梨中央銀行 芹澤頭取さんから、商店街活性化実現の最後の機会であり、地域経済活力の向上という共通の目標の達成に向けて、ともに力を尽くして参りたい、というあいさつを頂きました。

勉強の内容は、
商店街活性化の定義、意義
これまでの取り組みに欠けていたこと
ショッピングセンターの正体
活性化実現の方向と方法
など、を正味3時間にわたって提案しました。
みなさん、久方ぶりの座学脱だったと思いますが、終始熱心に勉強されました。お疲れさまでした。

講義では特に、ショッピングセンターの隆盛は、商店街の対応の不十分さ、ラグジュアリィニーズに対応するという事業機会の見過ごしが大きな原因であること、活性化への取り組みは商店街の意欲的なグループの繁盛実現を目指す突出からスタートする以外にない、ということを了解されたことと思います。

開催に向けて尽力されたみなさん、お疲れさまでした。
金融機関主催によるこのように大規模な勉強会は、はじめての経験です。これを契機に「自助努力の組織化による商店街活性化の推進」という取り組みが県下各地でスタートすることを心から祈念いたします。

新しい商店街活性化の取り組みは、全国一斉、経験交流という「運動」としての展開が必要です。
産地、メーカー、問屋など「川上」にも「その気に」なって貰うことが不可欠ですからね。
繰り返しになりますが、今回の勉強会が甲府市、山梨県下の商店街活性化の取り組みの新しい方向と方法の確立にいささかなりと貢献出来たなら、と念じる次第です。

中心商店街活性化の条件

 活性化の方向と方法を考えるに当たっては、採用可能な範囲、とりうる手段等について、あらかじめしっかり考えておくことが大切です。
 「白紙の状態で考える」などというのはあり得ません。

 第一に考えておくことは、ものあまり・店あまりという全般的な状況。こういう状況において「空洞化」しているということは、「店あまり」の「あまり」の側に区分けされている、ということを意味します。活性化を目指す、ということは「あまり」でない側に移行する、ということを意味します。

第二に、都市経営における「経済活力の向上」という目的を実現する取り組みであること。
具体的に、都市住民の生活をより充実させる経済行為を通じて、都市・その住民が確保する所得を維持拡大すること。

 このことから、商店街活性化を実現していく方法としては、
①都市内・県内・国内産品を中心とした品揃えを
②都市内に本社を持つ企業、個人が
③正規雇用のスタッフによって販売する
というパターンが望ましいわけです。

 海外の商品を販売するということは、とりもなおさず、国内の事業機会、雇用機会を海外に譲る、ということですからね。

 もちろん、「保護経済」にしたからといって解決することではありません。上記三条件を満たす事業機会を作り出していかなければならない。

 当社がすでに10年有余に渡って提唱している「ラグジュアリィ」こそまさにこの条件を満たしつつ、中心市街地・商店街の活性化を実現する、それも既存商業者の自助努力の組織化という、自分たちの努力次第で実現可能な手法で取り組む、現在のところ、唯一の方向&方法だと思いますが。

 みなさんの商店街、中心市街地ではいったいいつになったら採用するつもりですか?

 にぎわい創出などのシナリオは描けても、肝心の舞台で演じる「役者」のことは考えていない、というのがおおかたの基本計画、舞台が出来、観客を集めても、肝心なのは演題と役者、これが従来通りではたちまちお客は寄りつかなくなってしまいます。
中心市街地活性化、逆立ちしても実現できない都市、というのがありましてその第一条件は、
商店主(というか、商店街組織の役員さんたち)が勉強の必要性を認識しておらず、
関係各方面も「勉強の必要性」について商店街を「その気にさせることができない」
ところです。
それとも「勉強しないで繁盛する方法」がありますか?

皆さんのところの取り組み、見事、活性化への道を歩めそうですか?



エキスパート派遣という業務

 先日、勉強会の前後に「経営・技術強化支援支援事業」という制度による臨店指導に従事しました。
ご承知のとおり、この制度は中小企業の経営に関する技術・技能等の「問題点」について、事業者の要請により「エキスパート」を派遣し、指導支援するというものです。
時間的にはおおむね4時間程度でしょうか。

 問題が二つありまして。
第一に、支援の要請にあたっては、事業者が「問題」を定義するわけですが、果たして当事者の「問題」認識は妥当かどうか?
ということです。
 特に商業の場は、問題は売り上げアップという目標に関連する「問題」であることが多いわけですが、「売れない原因は何か?」ということが究明されていないと、派遣されたエキスパートと協働で取り組む問題がミスマッチだたりします。
 「3つの売れない原因」を理解していない場合、売り上げアップという問題は、「販促技術」で解決されようとすることが多かったりするわけです。

第二に。
 そもそも、商店街を取り巻く経営環境において、半日程度の協働でお店が直面している問題が解決され経営が軌道に乗る、ということがあり得るのか?
ということですね。
 もちろん、日頃から「勉強」し、仮説ー試行法などトータルの店づくりを実践している場合は、短時間の指導・支援で隘路を突破することが出来ます。もちろんこの場合、お店側とエキスパートは「理論」を共有していることが前提になります。

 ということでエキスパートさんは大変です。
臨店してから「本当の問題」を究明して、それが“本当の・解決すべき問題”であることを説明・納得してもらい、解決策を提案して取り組み方を指南する・・・。
「効果的な販促チラシのつくリ方」という問題のハズが、行ってみたら「品揃えの問題」だったとしたらどうなります?

 派遣されたのはもちろん、チラシつくりのエキスパートさんですが・・・。

 というわけで、小売業に対するこの時期の「経営・技術強化支援」というのはなかなか難しい問題を孕んでいると思います。

 幸いなことに、私が担当したテーマは、勉強会参加者のお店における具体的な「仮説ー試行法」の取り組み方について、ということであり、かつ、勉強したてのタイミングでしたから、勉強の結果を実践していく、という課題への取り組みとして成果があったと思います。いずれ成果が報告されることでしょう。

 ということで、この制度を運用あるいは利用するにあたっては、申請・派遣に先立って、「解決すべき真の問題」を把握しなければならない。何しろ前代未聞の環境変化があったわけですから、当事者の問題意識が「真の問題」とは限りません。
このあたりの見極め、派遣業務の窓口である商工会議所・商工会の経営指導員さんの仕事ですね。

 

勉強会 ありがちな企画

「ありがち」とは言ってもどこにでもあるわけではありません。
「勉強好き」な商店街が集まっている当社周辺での話です。

商店街の勉強会のプロトタイプ
①繁盛店づくりに意欲的な有志が集まって勉強会をつくる
②「繁盛再生」を合い言葉に切磋琢磨する
というのは、最近はあまり聞かれないようですが、昔は多かったのです。
勉強の内容は、
③繁盛店についての情報を集める
④事例を調査する
というあたりから
⑤仲間の店を批評しあい、改善の手がかりにする
などが「繁盛店へのカギ」と期待されます。
takeoも何度か見聞しています。
たいてい、すぐに行き詰まり長続きしません。

最近は新しいスタイルがでてきました。
※新バージョン
①「商店街・個店、活性化への道」の講演会を開く
②「商人塾」に取り組む
という経験をしてから、「自主勉強会」を組織する というパターンです。
「自主」とは、「講師」を招聘しない勉強会、という意味です。
この場合、講師には「仲間内で一番理論を理解している人」が当たることになるようです。

新バージョンの効果はどうか?
下敷きになっているのは、当社の「活性化への道」「業容理論」「試行~評価法」などで、ホントにそのとおりに実行できればいいのですが、どっこい、そう簡単にはいきません。
これまで取り組んだところは、takeoの知る限り、ほとんど一年保たずに挫折しています。

 商人塾は、「三年間の継続」を提言、了承されてスタートするのですが、途中で予定していた行政の支援が得られなくなった(良くある話です)、お金が調達出来ないいう理由で「自主推進」になるわけです。

 取り組まれて自主推進の結果は厳しいものがありまして、ほとんど一年を経ずして有名無実の存在になってしまいます。
一般的な「商人塾」と同じ結末をたどる・・・。

自主勉強会を立ち上げようとする人たちは、
第一に。
理論は理解しやすく、取り組みやすく、結果も出た、ということで「すべてマスターした」と勘違いしてしています。30時間の勉強を「これで全部」と理解するのと「理論の入門編を分かりやすく組み立てる」のとでは雲泥の差がありますからね。講義には出てこない部分がたくさんあって講義が作られている、ということを理解しておかないと、実務とは無縁の薄っぺらい「知識の理解」のための勉強になってしまいます。

第二に、「勉強会」の基礎は「その気になる・させる」ということですが、そこがよく理解されていない。お互いに叱咤激励し合えば「やる気が起こる」というのは、取り組んだことのない人の早とちりです。

最後にもう一つ。
 商人塾の「仮説~試行」は、「従来の小売業経営」については理論的にも実践的にもしっかりマスターしている人が取り組む、「繁盛再生への道」です。このことを理解せず、お店の現状見てのとおり、という状況からスタートする場合、指導する人は「従来的小売商業経営」について、きちんと理解(反省的に)していることが絶対条件です。
なにしろ当サイトは、百貨店もSCも「従来的小売商業経営」ではお先真っ暗である、といってるわけですからね。

 従来の理論・技術の反省的理解プラス「繁盛店への道」をセットで装備していないと勉強会の指導者というポジションは務まりません。

 繁盛店づくりは、ひととおり取り組んで成果を挙げたのち「経営計画」が作れるようになった時が第一段階の修了ですからね。
一回目の商人塾では「経営計画」については「計画するな」という段階です。takeoは、「計画は不要」と言っているのではなく、“今の知識・技術では役に立つ計画は作れない、だから、とりあえず計画無しで「出来ることから」取り組んで成果を挙げていこう”と提案しているのです。

 第一回目の商人塾では、「活性化への道」の妥当性、“その気になってやれば出来る”を実感することが大切です。実感することで新しい「計画経営」に向かうエネルギーが生まれます。これが目的であり、「試行」してみた一、二の取り組みが成功したからと言って「理論・実践方法をマスターした」ことにはなりませんので、要注意。

 「自主的勉強」推進の行き着く先は「一店逸品」だと思います。だって、他に思いつくことがありませんからね。
あれほど「ダメだ」ということで認識を共有していた販促事業ですが、勉強の質的向上は得られない、他のことは考えつかないということで「一店逸品だ」となれば、その時点でそれまでの「商人塾」的成果はすべて吹っ飛びます。

 当社が「三(四)者体制」の構築を強く提唱するのは、それが「商人塾の維持・拡大」という活性化の命運を分かつ取り組みに不可欠だから、ということもあるわけです。

 もちろん、「自主的にやる」という人を止めるつもりはありませんが、自主勉強会の顛末について、takeo的にはこれまでの経験を踏まえて、以上のように考えていますので念のため。
どうしても自主開催だ、という人は上記についてあらかじめ対策を講じておかれることをおすすめする次第です。

北九州市再び

 昨日行ってきました。

先週、イオン鹿児島SCでみた「イオンスタイルストア」の補足でイオン東八幡SC。
せっかくの北九州行き、バーゲンセールスの状況をチェックするため、伊勢丹小倉店にも回ってみました。

昨年末以来、あちこちと見に行くことが多いのですが、そろそろ一段落です。
収穫は追々サイトの各コーナーで発表します。お楽しみに。
イオンスタイルストアのネライとその結果についてはさっそくサイトで書きます。
本邦発の視点のはずです。

 百貨店論の切り口も大体分かってきました。
新しい成長発展への方向と方法を確立していないのは大手も同様、勉強が必要なのは商店街に限ったことでは無い、ですよね。百貨店&量販百貨店の皆さん。

 商店街の皆さんにばかり「勉強、勉強」といってもなかなか動きが出ないのもなんだか分かるような気がしたりして・・・。
「勉強しない店」から「する店」への大転換が必要なところ、商店街以外にもたくさんありますからね。

 今週は、「経営革新・繁盛店づくり」の仕込みと甲府市の勉強会です。
どちらもこれからの「中心市街地の繁盛店づくり」ということでは成果が切望される取り組み、気合いが入ります。
後、今月後半からはちょっと面白い展開があるかも知れません。無いかも知れません。


『基本計画』と“勉強しない商店街”

 ご承知のとおり、改正された中心市街地活性化法による『中心市街地活性化基本計画』が各地で作成され、相次いで国の認定が行われています。
皆さんのまちでは如何でしょうか。

 ネット上でアクセスできる計画を見ますと、特に「商業の活性化」についての計画は、どこもよく似ています。国の基本方針では「個別都市の創意工夫」が力説されていたようですが、あまり独創的というか、枠組みを実行あらしめるための都市の問題情況を踏まえた施策といえるようなものは見あたらないようです。
もちろん、すべての基本計画を子細に読んだわけではありませんので、あくまで「感想」レベルですが。

 なかでも気になったのは、「勉強」についての体系的な取り組みがほとんど計画されていないことです。
ここでいう勉強とは、商店街活性化の実現に取り組んでいくために必要な知識・技術の修得のことですが、ちなみに、当社提供の商人塾では次のような課目を勉強します。

***** 商人塾カリキュラム ***************

Ⅰ.中心商店街活性化への道(オリエンテーション)  
  ① 中心商店街活性化への道       
Ⅱ.専門店はこうして勝ち残る       
  ② 商業をとりまく環境の変化 お客の変化・SC
  ③ 繁盛店の全体像・・・業容について   
  ④ 計画無しで転換に取り組む・・・仮説試行法
  ⑤ 客 相:自店の得意客を決める
  ⑥ 品揃え:ソリューションを提案せよ
  ⑦ 販 促:販売促進と購買促進     
  ⑧ 内外装・陳列:店舗はお客のためにある
Ⅱ.商店街ぐるみで繁盛しよう          
  ⑨ 繁盛伝播理論   
  ⑩ 商店街の経営
※参照:平成19年度商人塾
なお、20年度は大幅に改善します。

*******************************************

個店・商店街・中心市街地の商業活性化に取り組むためには不可欠の勉強ですね。

 「勉強しない=勉強していない商店街」とは、このような知識・技術を装備していない、装備する努力を」していない商店街のことです。
 いやしくも「商業の活性化」を目指す以上、必要な勉強はしなくてはならない。当たり前のことです。
『基本計画』には、「勉強の必要性と取り組み」について、具体的な計画が合ってしかるべき、ですね?

 ところが。
多くの基本計画には「勉強の機会の計画」はおろか、「勉強の必要性」についてさえほとんど言及されておりません。

 このことは何を物語っているか?

第一に。
 計画作成には、商業者の代表が参加しています。ます、この人たちが「勉強の必要性」を理解していない、ということですね。理解していたら必ず計画に載せることを主張したでしょうし、主張すれば異論なく計画されたことでしょう。
「勉強の必要性」は、これまで勉強していれば必ずでてくること、でてこないということは、商業者代表が所属する組織が「勉強していない商店街」だと言う証拠、なにはさておき勉強しないといけないのですが・・・。
計画されるハードもソフトも「勉強」があってはじめて効果を期待することが出来るわけですから。

第二に。
 基本計画の作成に参与した関係各方面の皆さんが、「中心市街地の商業」がおかれている状況を理解していない、ということも指摘されるのではないでしょうか?
 理解しており、かつ、既存商業の現状を見れば「勉強の必要性」は一目瞭然だと思います。もちろん、商店街に限らず、中心市街地所在のすべての商業施設が「中心市街地・商業の活性化」について、あらためて勉強をしなければならない状況にあるのですから。

 ということで、基本計画、これまでに作られたものの多くは「勉強しない基本計画」になっているのではないか?
ということが懸念されるわけです。
当サイトでは、最近「勉強しない商店街」は、即・「勉強していない商店街」である、と言っておりますが、これをもじれば、「勉強しない基本計画(を作った都市)」は、「勉強していない基本計画」であり、つまり、必要な知識・技術抜きで活性化を実現したいと言う、大それた計画だ、ということになります。

 あなたの都市、中心市街地は如何ですか?

 takeoは、昨日の本欄で紹介した事例や最近の佐賀県内の動きなどから、「勉強への取り組み」に対する機運が盛り上がりつつあるのかな、と希望的に観測したりしていますが、あなたにとっては他都市はともかく、あなたの街・中心市街地が勉強する体制になっているかどうか、ということですね。

 これまでに出来上がった基本計画の多くは「勉強しない基本計画」ですから、活性化をホンキで目指すなら、別途、「勉強の計画」を作ることが必要です。

 目下作成中のところ、これから着手するところは、くれぐれも「体系的な勉強」の計画をお忘れにならないように。
といって「よし、分かった」となるくらいなら、とっくに計画に反映されている、でしょうけど。


伊勢丹物語

 小倉店の撤退で、北九州市の市勢論、福岡一極集中~九州新幹線の効用まで、話題に登場する伊勢丹ですが、既報のとおり年末ひとっ走り見てきました。
 伊勢丹小倉店には、「なるほど、これじゃあ撤退だろうな、井筒屋も頑張っていることだし」と思われるようなあれこれがたくさんありまして、「撤退の理由」は憶測しています。

 takeoの興味は、業界「勝ち組」と言われる新宿本店と小倉店が併存する企業ってなんだ?ということですね。「MD」で有名な同社ですが、もちろん業容はMDに止まるものではありません。我が小売業における「勝ち組」に業容論が装備されていない、というのはこれまで当サイトで検討してきたとおりですが、伊勢丹よ、おまえもか、ということでしょうか。
小倉店の撤退と本店の状況、出来れば一体的に論じたいところですが・・・。
願望と力量が伴いませんが、出来るだけ取り組みます。

 もう一つは、北九州市vs福岡市という競合について。
人口増減の比較や新幹線効果などとも関連させて、いろいろなところで話題になっていますが、これに「伊勢丹小倉店」の撤退が、「論拠」にされているものが見受けられる。
 山口・九州圏の各都市にとって、「経済活力の向上」について考えるにさいしては福岡市についての考察は不可欠でしょう。特に中心市街地・商業の活性化を構想する場合、天神地区をどう位置づけるか、ということは一度はやっておかなければならないテーマだと思います。

 しかし。
今回の伊勢丹小倉店の撤退話を「対福岡」を考える上での「論拠」にするというのは疑問です。
小倉店の撤退は、北九州市の対福岡市的地盤沈下だとかの根拠となるような話ではありません。これはもう「伊勢丹が自分で転んだ」という以外に説明出来ないことでありまして、井筒屋は好調、頑張っているわけですからね。対福岡で伊勢丹がダメになったのなら、井筒屋もそうなるハズでしょ?

 『百貨店を発明した夫婦』、出張の機内で再読しました。
“ラグジュアリィに進路を取れ”「目指せ!一億総中流」を標榜する当サイトにとって、鼓舞されるところの多い本です。
あらためてもう一度おすすめします。

勉強会の情報

商店街活性化セミナーのご案内

※テーマ
『郊外型SCの新展開という環境下における商業活性化の方向性』
  ―SC全盛時代の商店街活性化 成功する方向と方法―

※日時・場所
 平成20年1月17日 18:30~21:30
 甲府市総合市民会館 大会議室

※定 員:150名

※主 催:山梨中央銀行(営業統括部 公務・法人推進室)

※後 援:山梨県 甲府市 甲府商工会議所 富士吉田商工会議所 山梨県商工会連合会
      山梨県中小企業団体中央会

※キャッチ
個店の繁盛、商店街の活性化は誰もが願っていることですが、実現するためには適切な取り組みが必要です。特に、ショッピングセンター(SC)全盛時代といわれるこんにち、活性化を成功させるためには、SCとの関係をどう考えるか、適切な取り組みの方向を決定することが極めて重要です。
 本セミナーでは、商店街を取り巻く環境の変化、SCの正体などを詳しく説明し、「それでも商店街、個店は勝ち残れる」という方向と方法を提案します。
個店・商店街の現状そのままから、お金を掛けず・取り組めば取り組んだだけ、さっそく成果が上がる取り組み、受講した翌日から着手できる画期的な店づくりの提案です。
講師は、全国的に活躍中の中心市街地・商店街活性化の専門コンサルタント、その提案はホームページで読むことが出来ます。

 先に、サイトの【Daily Flash】でも紹介しました。
当初、定員100名予定でしたが参加申し込みが多く、会場定員(150)いっぱいまで受け付けるとのことです。
都合のつく人はぜひご参加ください。詳細は主催者に問い合わせでください。

※以下は、所感です。
中心市街地の活性化とは、「都市機能の増進と経済活力の向上」ですね。
商業の活性を目指す取り組みとは、言うまでもなく「経済活力の向上」を実現しようとするとり組み、地元金融機関にとってはこの時期、得難い事業機会ではないでしょうか。
少なくとも山梨中央銀行さんは、そのように考えて「市場創造」を目指して行動されているわけです。

考えてみれば、商店街が活性化する、というのはそういうことであり、またそうでないと「経済活力の向上」は実現できませんからね。

『デパートを発明した夫婦』

 鹿島昇『デパートを発明した夫婦』 1991年 講談社現代新書

小倉伊勢丹の落城の原因はどこにあったか?
地場の百貨店、井筒屋はなぜ伊勢丹追い落としに成功したのか?

百貨店業界勝ち組といわれる伊勢丹ですが、どこに問題があったのか?とか、
北九州市vs福岡市の都市間競争って一体何のこと?とか、
興味は尽きません。

当ブログが掲げる「一億総中流」の再構築は、百貨店とは切っても切り離せないワケでありまして、中流とは「行こうと思えばいつでも百貨店で買いもlの出来る」ことだったりして。

冗談はともかく、「ラグジュアリィ」を提唱する当ブログ&クオールエイドにとって、百貨店的消費を論じることは必須課題です。
もちろん、百貨店は中心市街地の華、中心市街地活性化を論じるにあたっては当然その「核」としての活性化は、大きな課題の一つです。
なぜか、その「活性化への道」はあまり論じられていませんが。

takeoは先に中心市街地のテナントミックス計画の作成を手伝った時に、百貨店・活性化への道を提案したことがあります。
某社と競合、あちらはたしか「中心市街地にライススタイルセンターを」という提案でした。
もちろんこれは「中心市街地・活性化への道」としてはミスマッチ、百貨店やファッションビル、GMS等々をまとめた「ショッピングモール」を目指すことになりました。

というわけで、百貨店と中心市街地のショッピングコンプレックスとしての再構築は、切っても切れない関係にあります。
サイトでは「百貨店論」に取り組んでいます。「斬れば血が出る」論になるはずですから、お暇な折りにはお出かけください。

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勉強する街・しない街

勉強する商店街=これまでも勉強してきた商店街
勉強しない商店街=これまでも勉強しなかった商店街
ということでもあります。

 勉強する商店街の皆さんにとって勉強するということは、他の事情とは切り離して集中取り組まなければいけないことだ、ということが普通に理解されていますが、勉強したことがない商店街にとっては、いろいろ事情を並べれば勉強はしなくても良い、らしい。
これは都市や商店街の規模・類型などにはほとんど関係ありません。
 勉強する商店街が勉強するようになったのは、街の活性化について自分たちで考える時間を十分持った経験などがきっかけになっているようです。

さらに言えば、
勉強する・している商店街=他の面でも活動体制がちゃんとしている、ということも言えると思います。

この時期、今からはじめて「勉強の必要性」を外部から説かれる商店街というのは、正直、とんでもない状態にあるわけです。これまで勉強する機会を作ったことがないということは、日本全国・ショッピングセンター時代、ショッピングセンターのことはほとんど理解しなくても何とか商売を続けられる、と思っているか、もしくは環境変化については特に気にする必要はない、と考えられているのかも知れません。

 どっこい、お客の方は行動圏内に新しい買い物行き先が登場すればさっそく出かけて吟味、気に入ればさっさとこちらに乗り換えます。吟味の基準は日々の買い物で鍛えています。
お客は無意識のうちに日常的に勉強しているわけですから、お客にきにってもらいたかったらこちらもそれなりの勉強が必要です。

 指導団体などでは、「もっと早く勉強に取り組むべきだった」と反省しきり、というところも多くなっているようですが、せっかくの機会提供も「勉強していない商店街」ではあれこれ「勉強しないで済ませる法」を考えていたりすると、猫に小判です。

  店あまり時代、お客は常に「買い物行き先」について吟味を重ねている時代に、勉強しないで商店街が活性化する、自店が繁盛するようになる、ということは絶対にありません。
勉強しますか、それとも商売諦めますか、ということです。

もちろん「顧客満足を実現するための勉強」ですから、年に2,3時間の精神論や成功体験話ではなく、活性化への道を歩き始め・歩き続けるために必要な勉強一切、終わりの無い勉強でなければならない。

  国の中小企業施策、来年度は大きく変化するようです。
支援は意欲的な企業、組織への選択と集中が強まりますが、さて、上手に利用して活性化の実を上げるにはまず「勉強」が不可欠ですが、「勉強しない商店街」では十年一日、勉強といえば、先進事例の体験談を聞く、当該地へ視察旅行、というパターンから脱却出来ないような・・・。

 施策の委託先も多様化するとか。
指導・支援を任務とする機関・団体もいよいよその存在意義を最終的に問われるときを迎えることになります。生き残るためには、塩津対象を「その気にさせ」て、指導・支援の成果を上げなければならない。
第一の条件は、対象団体、企業に「勉強」を普及させること。
勉強抜きの取り組みが功を奏するような時代ではないことは先述のとおりです。

続きは【商店街・起死回生】
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タウンマネージャーの指導育成

 わが国的タウンマネージャーは、もちろん古今東西はじめて登場した職能ですから、客観的に蓄積されたノウハウはありません。
※タウンマネージャー:中心市街地の商業集積を一個のショッピングモールに見立てて再構築する取り組みをマネジメントする職能

 さまざまな経緯を経て確保されるタウンマネージャーですが、この人を一人前に育てる、という仕事があります。

 中心市街地既存の商業集積をショッピングモールに転換させる、当然、そこに立地する店舗群をショッピングモールを構成する「テナント」にふさわしく転換させる、という仕事が待ちかまえています。個々の経営者以下の関係者に対して、転換の必要性・現実性を理解してもらい、それが個別企業の「勝ち残りの道」であることを確信してもらい、「自助努力の組織化」に参加してもらわなければならない。

 商業者に限らず、中心市街地に立地する事業者をはじめ、中心市街地活性化に関わるすべての組織に対して同様の理解と協力を確保し、推進体制を構築しなければならない。

 ということで、タウンマネージャーさんにとってタウンマネジメントは、個々のこれまでの職歴経験を問わず、未踏の領域であることは言うまでもありません。
他国のタウンマネジメントやショッピングセンターのマネジメントとはまったく異なる業務ですから、マネージャーさん、試行錯誤的に取り組んで行かなければならない部分がたくさんあります。
タウンマネージャーには、仕事をしながら所要の能力を身につけていく、ということが求められるわけです。

 問題情況を把握し、求められている能力を秤量し、修得する機会をみずから作っていかなければならない。他方、基本計画その他の要請による実務はどんどん押し寄せてくる・・・。
難しい仕事です。

 招聘したタウンマネージャーは、その時点では「候補」でありまして、OJTで育成してはじめて一人前になるのだ、ということですが、問題は、OJTをどう組み立て、実施するのか、ということ。
わざわざ招聘されるわけですから、マネージャーさんの力量は都市内部で他に秀でたものでしょうから、この人を計画的に育成しなければならない。
タウンマネジメントを任されて結果を出してくれる人になってもらわなければならない。

 誰がどのような方法でマネージャー(候補)さんを育成するのか、という難しい問題があるわけで、マネージャーさんが意識的に自分で能力をどんどん高めてくれることが一番望ましいわけですが・・・。
放っておくとそのうち仕事がつまらなくなったり、回りからのプレッシャーにつぶされることにもなりかねません。
タウンマネージャーさんには陰に陽に相当のプレッシャーがありますからね。

 タウンマネージャーの指導育成、ちゃんと手だてを講じていますか? というお話しでした。
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活性化への道、スタート時点の課題

 中心市街地活性化の達成に責任を持つのは、もちろん、行政をはじめ、関係各団体・組織のトップです。

 問題は、それぞれの最高責任者に中心市街地活性化の方向と方法、すなわち「活性化への道」が理解されていない、ということです。
なぜ理解されていないのか?
言うまでもなく、担当者が理解に必要な情報を上げていないから。
なぜ上げないのか?
①「活性化への道」を構築していないから
②構築しているが、トップに理解してもらうまでのことはない、と判断しているから
と考えられます。

 とんでもないことでありまして。

 中心市街地活性化という課題と関係各方面がそれぞれの組織目的の達成との関係を考えれば、中心市街地活性化の意義、達成の方向と方法についての理解・確信と適切なリーダーシップの発揮による推進は、行政以下関係団体・組織にとって、最大限の努力を傾注して取り組まなければならない。何しろ、前人未踏の仕事に関係各方面が一致協力して取り組む・これからの都市経営上の試金石となる仕事ですから。

 中心市街地をめぐる問題情況は、必要な努力を傾注していく体制を構築・推進できる条件が整っておりません。
ご承知のとおり。

 突破するためには
①都市経営における中心市街地活性化の戦略的意義を確立する
②活性化を実現する「方向と方法」を確立する
という作業を行い、成果をトップに提案・採用してもらう
という大仕事が必要です。

 問題は色々ありまして、トップが日頃から戦略的なテーマについて情報が上がってくるシステムを作っているかどうか、ということがまず第一ですが。
たぶん作られていないでしょうから、何とかしなければならない。

 目下、「自助努力の組織化」に着手しようとしているところでは、スタート時点でそれぞれのトップに取り組みの「戦略的ポジション」を理解してもらう、という作業を平行して行うことが考えられています。
 戦略的活動をスタートさせた上でのトップ面談ですから迫力が違いますし、もちろん、トップたるもの、課題と戦略を理解する能力は、「ポジション」が作っていますから、話が早い、のではないでしょうか。

 今週から来週にかけてはそういう取り組みが国内w数カ所で計画されています。
成果については、いずれ、それぞれの都市の取り組みとして報告されることでしょう。


注:
当サイトのタイトルである「中心市街地活性化への道」とは
①中心市街地、こっちへ進めば活性化できる、という「方向」と、「活性化」を進めていく「方法」を総称するものです。

「中心市街地活性化への道」=「中心市街地活性化、実現の方向と方法」ですね。
方向と方法は明らかに違うレベルの話、どちらか一方だけでは活性化を実現することは出来ません。

 これまで作られた多くの『基本計画』に欠けているのは「活性化を達成する方向」です。
中心市街地、こっちに向かって進んでいけば必ず活性化できる、という「方向」を決めないまま、あれこれと「方法」を云々しているのが大方の『基本計画』のレベルです。
あなたの都市の場合は分かりませんが。

 ということで当サイトが使う「活性化への道」「活性化の方向と方法」は、そういう意味だということをあらためて申しあげておきます。
方向と方法は「活性化実現のシナリオ」=「中心市街地活性化基本計画」の基本中の基本だということは、当サイト常連の皆さんにとっては「あたり前」ですね。
実際の計画がどう作られているか、ということは別として.。

市長と直談判だ、で
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商店街立地 小売業の革新とは

 商店街を活性化するということは、ショッピングセンター全盛時代に、「ショッピング行き先として再構築する」ことを意味しています。つねづね申しあげているとおり。

 そのためには。
①ショッピングセンターを理解する
②ショッピングセンターの隆盛をもたらした環境変化を理解する
③時代に即した商店街の「ショッピング行き先としての役割」を見定める
④新しい商業集積としての再生を目指す
ことが必要です。

さらに。
⑤再生は、既存個店群の業容転換を正面施策として推進する
ということも重要な条件です。

したがって、
⑥商店街に立地する個々の商業者が自店の「業容転換」に必要な条件を整え、転換に取り組むことが絶対条件である。

ということで、昨日からスタートしている取り組みは、まさにこの全体の取り組みを見切ったうえで取り組まれる⑥を実践するものです。

 経営革新支援事業、これまでは本業に「何かをプラス」するというように考えられていたようですが、本当は「本業の革新」です。
商店街立地の小売業の場合、本業をそのまま、多角化やネット販売などをプラスするのではなく、本業そのものを革新することが唯一「革新」の名に値します。

 昨日は、仕事の合間で商工会議所の担当者さんと情報交換する時間を持ち、有意義でした。
このところレポートしている各地でスタートしようとしている取り組み、中心市街地活性化の取り組みのうち、進捗の遅れが顕著な商店街・商業機能の活性化の「切り札」、「定番」になっていくかも知れません。

 そうかも、と思った人はぜひ「取り組み」を検討してください。
これは、既に出来上がっている基本計画の内容や、作成のプロセスとは関係なくスタートすることが出来ますので。

興味のある人はメールでどうぞ。
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有限会社 クオールエイド

  • Author:有限会社 クオールエイド
  • 【キラリ輝く繁盛店づくり】
    お客に見える店づくり―見える化をテーマに【個店の繁盛】から【商店街活性化】、【中心市街地の商業集積としての再構築】まで一貫した取組を支援します。
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