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チェスタトンの“好きこそものの上手なれ”

 別件でネットをさまよっていて、なつかしや、チェスタトンに出会いました。

“人間は自分がどれほどの〈悪人〉なのか、どれほどの〈悪人になりそこなっているもの〉なのか、それがわかっていないうちはいくら善人ぶっても何にもならん。
なにか犯罪のことを聞いてしたり顔に眉をひそませたり、あざ笑ったり、一万マイルも遠方のジャングルの猿の話でもするように《凶悪犯人》のことを話したりするというのは、いったいどういう権利が自分にあってのことなのか、それをまじめに考えないうちはただの俗物にすぎん。”
G.K.チェスタトン作 「ブラウン神父の秘密」 (創元推理文庫版p20)より

 庶民とか国民とか世間の常識とかを代表している人たちが、あちこちかけずり回ってあれこれに評決を下しています。
裁判員制度、論議が高まることでしょう。

G・K・チェスタトン
ご存じの方も多い、20世紀初頭に活躍した文学者・評論家。保守を標榜し左右の「急進主義」に対する厳しい批判者として有名です。
 近年は、保守派の理論的支柱として再評価されているようですが、通論的な保守主義の範疇に納まる人ではありません。

 “世界は我らが家族の砦であり、塔の上には世界の旗がひるがえっている。むさ苦しければ、われわれはよけいにそこに踏みとどまるのだ。大事なのは、この世界があまりに悲しくて愛せないとか、あまりに喜ばしくて愛さずにはいられないとかいうことではない。大事なのは、もしあるものを愛すれば、その喜ばしさは愛する理由となり、その悲しさはさらに深く愛する理由になるということだ。”
G・k・チェスタトン 『正統とは何か』 (1995 春秋社)「五 世界の旗」p114

 以下、中心市街地愛好家各位を鼓舞する論考が続いています。
お暇な折りに一読ありたし。

 中心市街地・商店街の活性化は、中心市街地・商店街を「好き」でないとなかなか成就できないことかも、です。
同じく、“仕様がないから・好き嫌い抜きで商売をやっている”というのでは、
①知恵が出ない
②お客にそれが見抜かれる
ということで、じり貧化は免れません。
古諺に曰く。
“好きこそものの上手なれ”

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総裁選・麻生さんの射程

 自民党の総裁選、コップの中の嵐という見方が一般的ですが、そうじゃない、もっと、目を開けてよく見ろという人もいます。

 ラグジュアリィは、結局、生活のどの局面・領域で優先的に自分の「価値実現」を目指すのか、ということですからラグジュアリィ=「一億総オタク化」と言おうと思えば言えるわけです。

 気に入る商品が売られていない・手に入らない、というなら買うのを止める、どうしても必要な場合は間に合わせで安物で結構、となれば「消費購買」は縮減の一途。
縮減の原因がここにあるとすれば、対策は「デフレ対策」ではなくラグジュアリィ推進だったわけで、バブル崩壊~構造改革路線は全部間違いw

 『とてつもない日本』を読んだわけではありませんが、テレビでの発言などから推測すると、麻生さんの最近の主張には、時間堪能・ラグジュアリィ近似が含まれています。

 わが国で進行中のライススタイルの方向は、生活全般のカジュアル=自由裁量化、裁量所得の価値的生活領域・堪能したい時間への傾斜配分=生活の自主的編集であり、言ってみれ一億総オタク化ということ。

 中心市街地活性化は、この文脈で論じないと展望が出てきません。
日本経済も全く同様でありまして、「世界標準」とか「構造改革」というのはラグジュアリィとは無縁の「コモディティ」領域の話。現在の「勝ち組」なんかは、ラグジュアリィという『日本経済が進むべき王道」の前にはナンボのものでもないのです。

 ということで、麻生さん的「とてつもない日本」は自民党や政治の枠に収まらない、文字通り「とてつもない話」に大化けする可能性があります。

 ただし、主張の中に旧態依然の「世界に誇れる日本」などという文言があるとすればそれは余計な話。
なんで「世界」と比較して誇らなければならないのか、何でそれが余計なことか、もちょっとちゃんと考えると「保守本流」を確立することが出来ます。

 そうすると「コップの中の話」ではなくなるわけで、その可能性がコップの中から出てくるとは、いや、ホントに転換期は面白い。

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承前   〈論争〉スタート (藻谷②)

 「論争」とは読んで字の如く・「論」を争わせることです。
争うのは「論」であって、人間同士が「論をもって争う」のではありません。

 「論」ですから、「意見」とは違います。違う意見を述べ合い、終着を得ようとするのは、「論議」「討論」です。
「論」は、ある目的を達成するについて、どちらの「論=提案」がより優れているかということをめぐる、「論」同士の争い・競争です。
争われる「論」には共通の目的がありまして「目的を達成するためにはこうすればよい」というより優れた「論」を入手すること・論争はそのための手段の一つです。

 ご承知のとおり、Webで「中心市街地活性化論」や「商店街活性化論」を検索すると、何十万という件数が挙がります。

 挙がりますが、では本当に中心市街地活性化、商店街活性化について、「理論と戦略」が論じられているかというと、その多くが「実践」レベル、「計画」や「取り組み」の話です。肝心の「理論と戦略」に真っ正面から取り組んでいる例はきわめて少ない。心細い限りです。

 各地で『基本計画』の作成作業が順調に進捗しているであろう今日、あらためて「理論」をめぐる切磋琢磨・「論争」を提唱することの意義をアピールしたいと思います。

********************************************

 ということで、藻谷浩介さんの「商店街活性化論」を批判的に検討します。
直接の目的は、“藻谷さんによる「提案」の妥当性を評価する”ことです。

 「論争」=提供されている理論を批判的に検討することで
①提供されている理論が「問題解決への提案」として適切な内容であるかどうか確認する。
②提案が「問題解決への提案」として妥当か否かを判断する。
③全体としての評価とは別に学ぶべき点・批判すべき点があれば明らかにする。
④作業の結果、何が得られたかを明らかにする。
といった作業を行います。

 その結果、当サイトが提案している理論と藻谷理論を比較し、優劣を検討する、あるいは両方の理論を越える新しい提案が生まれるかも知れません。少なくとも生まれる可能性はゼロではありません。
スタートになるのが藻谷理論の検討です。 

 藻谷浩介さんの主張される 「商店街活性化論」 

 果たして藻谷さんの「商店街活性化論」は「有効な提案」であるかどうか? 
忌憚のない検討を行います。 
興味のある方は参加してください。

以下は余談ですが。

 「啓蒙」=“自力思考の推進は公開討論への参加から”とカントさんも言いました。
今回は「作業過程」をそのままアップします。
立場を問わず、興味のある人は参加されると“自分の「自力思考」力の改善強化”のためになるかも知れません、ならないかも知れませんw


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藻谷浩介さん的・商店街活性化論①

「商店街活性化の定義」をキーワードに検索したところ、藻谷浩介さんが「中心市街地活性化」ではなく「商店街活性化」を論じている記事に出会いました。

『「商店街活性化」:誰が何のために何をどうするのか』
(市長会機関誌「市政」2004 年4 月号寄稿)

 商店街・中心市街地活性化については、旧法のスキームによる取り組みが「挫折」した今日、あらためて基礎の基礎からの見直しが必要な時期ですが、そういう作業への取り組みはネット上でもリアルでもほとんど行われておりません。

 商店街活性化とは商店街がどうなることか、中心市街地活性化とは中心市街地がどうなることか、という問題の設定が必要になっているわけですが、業界でこの作業に取り組んでいる例はきわめて限られています。専門家たるもの、本来なら自分の「理論的立場」を明確にすることが必要な時期だと思うのですが、専門家にも招聘する側にもそういう問題意識はほとんど無いまま、従来的なものの見方・考え方に基づいて次々に『基本計画」が出来上がっている、というのが目下の状況です。

 その結果、都市現場レベルで「見直し」の必要性を痛感しておられる皆さんは、とてつもなく難しい問題に直面しているわけです。
従来的取り組みの挫折を踏まえるならば、「中心市街地活性化・商店街活性化の論理と戦略」を立て直し、提供することは本来なら「理論」レベルの専門家の仕事です。ところがこの作業が専門家の皆さんによってほとんど取り組まれていない、ということが中心市街地活性化をめぐる「問題」の一つ、それも目立たないが大変重要な問題としてあるわけです。
専門家さんは、新旧スキームの対比とか、内外の「先進事例」の紹介・流津などに専念しているいる人が多い。

 こうしたなかで、「挫折」を踏まえて“今度こそ失敗できない”と決意している市町村の実務担当者にはとてつもない仕事が待ちかまえていました。
「中心市街活性化への道、その論理と戦略」を自力で準備しなければならい。本来なら「専門家」の提案を精査・採否を決定する立場なのに、“背景知識を含めて「論理と戦略」を一から考え直し、組み立てる”と言う作業に取り組まなければならない。
これは本当に大変な作業です。見直し・組み立て作業の必要性を関係各方面・上下左右にアピールし、取り組みについての合意を作ることからスタートしなければならない。
もちろん合意を得たら、それからが本番、「見直し」の中身を構築しなければならない。さて、どう着手するか?
という問題状況のただ中にあるのが、当サイト常駐の市町村の中心市街地活性化実務担当者の皆さんです。

 「専門家」は、自分の理論的な立ち位置をはっきりさせて“この指とまれ”を提案すべきところですが、皆さんの取り組みを支援する専門家さんの仕事ぶりは如何でしょうか。 
活性化についての自分の主張をハッキリ提示して、検討・批判に供するという姿勢は、活性化をめぐる「議論」の低調さを考えると大変重要なことですが・・・。

 そういう状況において、果敢に「論」を発表されている藻谷さんの活躍は貴重です。
特に今回の論文は、当サイトがあらためて再検討しようとしているテーマとマッチしていますので、スレッドを立てて本格的に検討させていただきます。
ご承知の人も多いことですが、当サイトは既に藻谷さんの論説に対する批判を行っています。
『藻谷理論の批判的検討』
未読の人はこの機会に是非どうぞ。


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進化する売場研究会

  • Author:進化する売場研究会
  • 【キラリ輝く繁盛店づくり】
    お客に見える店づくり―見える化をテーマに【個店の繁盛】から【商店街活性化】、【中心市街地の商業集積としての再構築】まで一貫した取組を支援します。
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