小売業の原理原則

1.「小売業の一般理論」
一般理論というのは、たとえば○○の一般理論といえば、
○○に属するすべての○○に共通する話、
という意味です。

小売業界では、SMの一般理論、CVSの一般理論などが比較的確立されています。
遅れているのが「商店街の一般理論」ですね。
小売業全体についての一般理論=「小売業の一般理論」がサイトで「学者さん、確立してください」といっている「商業理論」です。

実際にがんばっておられる先生がおられます。
石原武政
著作目録も出ています。

 石原先生の著作中takeoが読んだのは
『まちづくりの中の小売業』『商業学(新・旧)』『商業の外部性とまちづくり』です。
原論レベルで個店外部、商店街、集積との関係を論じられているのは、石原先生だけだと思います。(おっとtakeoもいましたw)

 商業理論、全体として発展途上にあるわけですが、もちろん、理論より先に実践がある、というのが当然です。理論が出来上がるのを待っているわけにはいきません。手探りで進む以外に無いのですが、とはいうものの大きな失敗をすることなく着実に繁昌を実現していくには、“何はともあれ、店舗を構えた小売業(有店舗小売業)であるかぎり、このあたりをはずせば商売にならないだろう”というあたりを押さえておくことは必要です。

 これが「小売業の原理・原則」すなわち、“これを逸脱すると小売店は立ちゆきませんよ”長期的に見るならば、というレベルの知識です。
 これらをつかみだし、しっかり応用すると「店づくり・業容構築」の基礎になる。
 ということで、「小売業の原理原則」、自然な科学の原理法則のように「破ることが出来ない」ものではありません。


2.小売業の原理

 ここで原理とは、「小売業とは」という定義のこと。

分業社会における生産~消費の多様・多段階の機能のうち、何を指して「小売業」と名付けるのか?
ちなみにここで「業」とは営利を目的に営まれる仕事、という意味です。

小売業とは、
①消費財を
②他から調達し又は自ら製造して
③最終消費者に提供する
ことを業とするもの。

簡潔で紛れがないですね。

用語の説明:
消費財:人々がその生活を作り上げるために必要な材料
他から調達:仕入れて
自ら製造:製造小売は小売です
最終消費者:売買目的の調達ではありません
提供:ある価格で通貨と交換する
ということ。

 この定義に小売業のすべてが押し込められています。
ということをちゃんと理解していれば、あとはこれをどう展開するか、ということになる。

たとえば、顧客とは
①生活を作り上げるために必要な材料の購買先を
②うちのお店と決めている人
のことですね。

競合店とは
①お客から見て
②自店との間に「選択可能性」が成立している
③と見なされている店
のことです。

店づくりとは
①お客から見た
②生活を作り上げる材料の調達行き先としての満足条件を
③出来るだけ充実させること
でしょう。もちろん、「営利事業」ということが前提であることはいうまでもありません。

などなど、いくらでもでてきますし、「業容」もまずはこのレベルで定義しておかなければならない。


3. 「お客から見て」ということ

 これは、小売店・小売業のみならず「マーケティング業」全般に等しく共通するところですが、とりわけ、立地商売・すなわち地面に柱を立てて店を張っている有店舗小売業の場合、ことの成否を左右する極めつけの視点です。

競合店とは
①お客から見て
②自店との間に「選択可能性」が成立している
③と見なされている店
のことです。
をさらに敷衍(敷衍=ふえん:詳しく述べる・押し広げる)すると。

 あなたがいくら「あそことうちは競合していない」と思っていてもお客が購買行き先の選択にあたり両者を比較対照していれば、これは紛れもなく「競合」ですし、逆にあなたが「競合だ」と思っていてもお客がそう思っていなかったら競合関係=お客の選択行為は成立しませんからね。例:商店街vsショッピングセンター。

 こんな状況で「競合対策」などは無益なこと、商店街が「SC対策」とかおかしくって、となるわけです。

「繁盛店を作る」に立ち上がった人がまず取り組むことは、
「購買行き先の候補=選択肢」と認知される「お店のあり方」を考え・作り出すことです。

①お客は誰か、何を求めているかを想定する
 この時大切なことは、競合があ~してる、こ~してるということを知ることではなく、お客の「選択の基準」を知ることです。

 お客は何を基準に買い物行き先を決めているか?
これを知り、行き先としての条件を整えることが競合対策です。
これが「本当の競争相手はお客だ」といわれる理由ですね。

かくして、
①お客から見た
②生活を作り上げる材料の調達行き先としての満足条件を
③出来るだけ充実させること
こそが小売業経営における究極の課題であり、競争とは買い物行き先としての評価を巡って顧客の心の中で繰り広げられる「選択過程」で選び出されること、です。
もちろんその前に脳内ショッピングマップにノミネイトされることが必要なことはいうまでもありません。

 「業容」はこのレベルの課題から日常的なお店の運営に至る経営全般に関わっている重要な言葉だということが理解されたと思います。

「店づくり」を理解し、実行することが繁盛実現への王道である。

おっと、正しくは:
「店づくり」は「お客から見た買い物行きさき」を作ること、これが繁盛実現への王道である。
といういことですね。

 ところで、当ブログ、このところ、個店繁昌・実務レベルのお話よりも、中心市街地・商店街活性化関係の議論に傾斜・集中しています。
お店大好きのtakeoとしてはちょっと寂しいところですが、「計画作成」が一段落すれば、繁盛店づくりにまっしぐら。
 業績アップに直結する売り場づくりのありかたなど、売れてなんぼの商売人にふさわしい取り組みについてどんどん突っ込んで行くつもりです。

原理原則、まとまらない話になってごめんなさい。
引き続き、あまり間をおかずに続けていきますので。

 ところで。
「繁盛店づくり」一緒に取り組む仲間がいますか?

 セミナーなどでたまに、「そのノウハウはうちが独占したい」という人がいます。少なくともこのまち、この商店街では独占したい、ということですが、おお間違いです。 
ノウハウは共有・普及させてこそ価値がある、と考えてください。
普及のプロセスで、改善が行われたり、誤りが発見されたりします。
後生大事に抱え込んでいると、その分、「革新」が遅れます。
ウィキを考えてみてください。
仲間づくりは大事なこと、商店街立地の商店主さんは孤立無援状態に陥っている人が多いようですが、それは別に商店街立地の商業者の宿命でも何でもないと思います。
 仲間を作って切磋琢磨、どうせ作るなら同じ商店街で、さらに言えば同業者というのは如何でしょうか。


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藻谷さん的『商店街活性論』⑥



藻谷論文の検討、おおむね終わりました。
藻谷さんの商店街活性化論は、藻谷さんの主張をそのままたどっていっても「活性化の実現」には到達出来ないことが明らかになったと思います。
さらに、藻谷さんのシナリオがどこで間違った方向に行ったのかも明らかにすることが出来ました。

 簡単に結論を言います。
○藻谷さんが商店街衰退の「主犯」であると指摘している「地権者」の責任を藻谷さんは論証していない。状況を見れば衰退は「地権者」の行動によって起きたものではないことが明らかである。
○藻谷さんが提唱する「活性化のシナリオ」のカギである、“有力な商業者を空地空店舗に誘致する”という案は、①シナリオに乗ってくる賛同者が(必要な数だけ)いない。②いたとしても彼らの影響が商店街全波に波及することは難しい
ということで、採用できません。

詳しくは、作業現場へどうぞ。


 残っているのは「どうして藻谷さんは間違ったのか」ということと、「批判は分かった・対案を出してみろ」ということですね。
「対案」はクオールエイドのサイトそのものが該当するからいいとして、問題は「なぜ間違ったのか」ということ。

 原因はいろいろ考えられまして、中には藻谷さん固有の外原因と、『基本計画』のプランニングに関わる人たちに共通することもあるように思われます。そこら辺を明らかにすることにも意義があると思いますが、とりあえずは、これまでの作業を見直して必要な修正などを行いたいと思います。

 未読の方も、この機会に是非ご一読いただきますよう新ためてご案内します。

藻谷流 『商店街活性化論』 批判

藻谷理論の批判的検討(2)


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バックヤードと商品回転

 切っても切れない縁がありまして、もちろん、商品を回転させたかったらバックヤードは何が何でも・万難を排して・時に売り場を縮小してでも・配置しなければならない。
 商品が売れない、とお悩みのアナタ、アナタのお店ではこのところ、バックヤードを使っていませんよね、と言えば十中八九、アタリでしょう。
 え?バックヤード、ありますけど、いま夏物と秋物入れ替えたばっかり、一杯つまってますけど・・・、という人も中にはいますからね・・・。

 ということで。
バックヤードがあるとデッドストックが発生するから、つぶしてしまえ、在庫は店頭在庫だけにしろ、といった「指導」をされる先生があり、それを聞いた人が「あのさ、バックヤードはダメなんだぞ」なぜならば・・、としやべります。言われてみれば確かにバックヤードにはデッドストックがつまっている、なるほど、ということで、あっという間に拡がります。

 バックヤードを廃止したお店はその後どうなったか?
相も変わらずデッドストックが今度は店頭で発生しまして、店内はも~不良在庫の山また山、たまに新商品が入荷しても在庫に埋もれてアピールできません。

 ものは考えようでありまして。
バックヤードがあるにも関わらず、デッドストックを発生させていた人が、バックヤードを撤去すればそれまでにもまして
①デッドストックが増える。店頭で増える。
ことになります。そうすると、お客の店内回遊が激減、お客に見てもらえない商品が売れうることはありませんから
②商品の回転数が急落する
売り上げが落ちるわけで、必然的に
③資金逼迫
となりまして、いいことは一つもありません。

 なんでこ~なるのか?
そもそもデッドストックが発生するのは、バックヤードがあるから、ではないのです。

 お客の目によってキャッチされない商品は、買い上げられることはない。当たり前のことです。
そうだろ!だから売り場に置いとくんだ、お客の目にキャッチされるためには、売り場に置いとかなくちゃダメだろ~が、ぼけ! と言われそうですが、
確かにお客の目に留まらない商品が売れることはありませんが、そのことと、だから何が何でも商品は店頭に置く、ということとは違う話です。

 端的にいって、
商品は店頭に置いておきさえすればお客の目に留まるものなのか?
狭い売り場にこれでもか、というくらい詰め込まれた商品の一つ一つにお客の目が留まるでしょうか?
スカートを目一杯つるしたハンガーラックの陰になっている棚のブラウスはどうですか? 誰かハンガーラックを押しのけて見てくれましたか?
そもそも。歩くスペースも有るのか・ないのか、近くまで回遊してくれるんですかぁ?
ということですね。

①お客はセルフで買い物したがっている
②見えない商品は買ってもらえない
という二つの思いこみから、店頭在庫がどんどん増えていきます。
バックヤードを廃止しているとなおさらです。

この売り場づくりを専門店が採用するとどうなるでしょうか?

これはもう、お客は完全にひいてしまいますね。

①セルフと言いながらちゃんと見張られている中で、詰め込まれている商品をかき分けてまで、探す値打ちの商品があるとはとても思えない。なんだか「万人向き」的商品ばっかりだし・・。
②ちょっと商品にさわると、さっと飛んできて「それ、いいでしょう」とうるさくなる・・。
③買わずに出たいが、出にくい。やっぱ来るんじゃなかった・・・。

ということで、お客に来店したことを後悔させてど~する。

お客の目に留まらなければ、売れない、というのはそのとおりですが、お客が見ようと思わない商品は、お客には見えない、と言うことがありまして、売りたかったらただ置いておくだけではなく、お客の目に留まるように置いておかなければならない。
お客の目に留まらない商品は、お客にとって無いのと一緒です。

ということですから、店頭に置ける商品の量は決まってしまいます。
売りたい商品は一つ残らず店頭に並べておく、というのは、お客のAIDCAからいえば、絶対にやってはならない陳列です。

万難を排してバックヤードを設置、こまめに商品を出し入れすることが、「商品回転度数アップ」につながり、もちろん「売り場の鮮度向上」が実現され、その結果として「売り上げアップ」が実現する。

地元にSCが出てきたら・・・全く新しい「対応策」を提案しています。

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商店街活性化論のススメ

□「商店街活性化論」の勧め

 目下、藻谷さんの「商店街活性化論」に取り組んでいますが、あらためて考えさせられるのは、こういう「論」を展開している人があまりにも限られているということ。
おとといの記事『今どきの専門家』で書いたとおり、「活性化論」が余りにも少ない。
「理論」が提供されていないというころは、活性化関係者のなかで「理論の必要性」を自覚している人が少ない、自覚している人も気に入る理論に巡り会うことが出来ない、自分で創るには諸般の条件が整わない、といった状況があるわけですね。

 従来の商店街活性化の蹉跌、新スキームによる取り組みの停滞という現在の状況は、「新しいアイデア」で突破出来るものではありません。是非、従来の取り組みの延長上で「新しいアイデア」を出すのではなく、「活性化論」に基づく「活性化への道」を提案していただきたい。

 あれこれとアイデアを提案する人は多いのですが、「商店街活性化・誰が何のために何をどうするのか(藻谷論文のタイトル)」ということについては、ほっかぶりをしたまま、“あ~すればよい”、“こ~すればよい”というアイデアが行き交うばかり。
アイデアも「活性化の定義」からスタートしないとホンモノはでませんから、提案されるのはたいてい「二番煎じ」となるわけです。

 Web上で「活性化のアイデア」を提案している人を含めて、是非、そのアイデアがなぜ、「活性化実現のアイデア」として適せ鬱であるかということを立証するため、自分の「アイデア」の根拠としている「商店街活性化論」を展開していただきたいものです。


 現場においてもあらためて「活性化」をめぐる根本的な議論が必要です。
今さら高レベルに取り組むのは「退行」のようにも受け取られ、“そんな暇はない”といわれそうですが、ビビッてはいけません。これまでさんざん取り組んできたことの結果を見れば、ここはぐっとこらえて「基礎の基礎」からの取り組みに、断固、舵を切らなければならない。
それに“「基礎の基礎」から再スタート”というのは、そんなに時間がかかる話ではありません。その気になって半年も取り組めば、だれの眼にも明らかなレベル・「繁昌店の実現」という成果が得られます。

理論そっちのけの「実践」はこれまでとまったく同じ。
巨大迷路の中を右往左往するばかり。

理論は不可欠であり、皆さんの任務は「理論の共有」を御地の関係各方面にどういう手順で定着させていくか、ということです。
いつも申しあげていることですが、進めたかったら当社との「協働」が必要ですが・・・・。

□藻谷浩介さんの場合
 理論の提供ということでは、藻谷さんのお仕事に敬意を表するものですが、ではその内容は、ということになるとtakeoとしてはいろいろ疑問があります。
特に、活性化の取り組みがうまく行かないのは「地権者」の存在を無視したから、これからは地権者を主役にしなければならない、というのは、「原因」としても「方向」としても賛成できません。

 ということで「論争」に取り組これまでのエントリーはすべて藻谷さんの主張を理解しやすくまとめ直しているもの、takeoの主張ではありませんから、念のため。
集中して作業しますから、今日中にはまとめ終わり、批判的検討に移れると思います。

 プロセスにおつきあいいただき、理論の必要性・適切な理論が備えているべき条件、takeo理論のレベルなどを確認してください。
しっかりおつきあいいただくと「自力思考能力」が高まる、という副次効果が得られるはずです。


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藻谷浩介さんの商店街活性化論⑤

 サイト『中心市街地活性化への道』で取り組んでいる藻谷浩介さんの「商店街活性化論」の検討について。

 「藻谷試論」の検討のための再構成が終わり、いよいよ「批判的検討」に入りました。
藻谷さん曰く
“商店街問題という手垢の付いたテーマを、無数の実例の実見に基づき、全く新しい全体俯瞰像と切り口をもって論じた” ということです。

 その内容を簡潔にまとめれば、
①商店街活性化とは、商店街が商業集積としてのエリアを維持拡大することである。
②タウンマネジメント機能の中心は、「誰が何を売るか」ということ、SCで言えばテナントミックス管理である。
③商店街が衰退したのは、「タウンマネジメント機能」が働かないからである。
④活性化していくにはタウンマネジメントに取り組まなければならない。
※“賃料をいったん下げることに同意した一部地権者の土地建物の賃貸を仲介することでやる気のある新たな商業者を導入し、空地や空店舗を有効活用して住民と従業者の再増加を図り、歩行者数と売り場面積の増加を実現する”
ということです。

 「チャレンジショップ」との違いがよく分からないのですが、このところ、諸処で聞かれる“地権者の協力”の趣旨がよく分かりました。

 藻谷さんの商店街活性化論、果たして藻谷さん自身が設定した目的を達成出来るシナリオ・戦略になっているか否か。
課題があるとすればそれは何か・・・。
批判的検討」本格的にスタートしました。

前段のまとめ作業からどうぞ。

 中心市街地・商店街活性化に携わっておられる皆さんのお客に立てば幸いです。

ゆめタウン別府・イオン大牟田SC

 サイト『中心市街地活性化への道』アクセスキーワードでダントツのSC話です。
「SC対応策」はクオールエイドの得意部門、これまでもいろいろ提案していますが、ニーズに応えてあらためて考えてみましょう。

ゆめタウン別府・イオン大牟田SC
SCの進出に地元商店街はどう対応すべきか?

 30年以上にわたって延々と繰り返されて来た論議ですが、未だに“こうすべきだ”という対応の「定番」は出来上がっていません。
このあたり、「指導者」は猛省があってしかるべきとか思うのですが、そうでもないですかそうですか。

 その間に商店街の状況は大きく様変わり、SCの業容も格段に進歩しています。
さらに「都市経営課題としての中心市街地・商店街活性化」や「郊外出店の規制」といった条件変化もご承知のとおり。

 あらためて、
SC進出・商店街は何を為すべきか
一緒に考えてみたいと思います。


 商店街の〈情⇔景〉・・・・。

転・廃業相次ぎ、新規参入皆無で空地・空店舗は増加の一途。
営業中の店舗の業績は多様だが、一年、二年、三年先など考えたくもない・・・。

 という状況があるとすれば、これはもう当該商店街は当該地域において、「買い物行き先」としてそれほど評価されていない、ということを示しています。
さらに言えば、商圏に住んでいる多くの人たちにとって「買い物行き先としての商店街」は無くても別に困らない、商店街は有っても無くても、自分には関係ない、という状況にあるということです。
もちろん、中には「中心商店街が無くなると寂しい、何とか存続して欲しい」という人もいますが、だからといってこういう意見を持っている人が商店街に買い物に来るかと言えばそんなことは期待で来ません。

 商店街は多くの人から“「買い物の行き先」としてあてにされていない”ということです。
このことを認めるのことはイヤかも知れないし、指摘されると腹が立つかも知れません。しかし、買い物に来る人が減少に次ぐ減少、全盛期とは比べようもない激減ぶりを見れば、否定することはできません。

 この事実をきちんと見つめることは、なかなか難しいことです。
見つめたからといって「対応策」が出てくるわけではありませんし。
しかし、“活性化とは、有ってもな無くてもいい存在」から「有った方がよい・無くては困る」存在へと変わっていくことだ”という度pこから見ても当たり前の立場に立つならば、「商店街の現状は買い物客の評価の結果だ」ということを自覚しておかなければならない。

 「有っても無くてもかまわない」状態から「有った方がよい・無いと困る」存在へ変わっていくためには何が必要か?

 第一に「覚悟」。
「無いと困る」存在へ変わっていくことは、ぼけっと補助事業の成果などを期待していてはそのうちなんとかなる、というようなことではありません。
あなたのお店が「無いと困る」存在へ変わること、自店が「買い物行き先」としてあらためて評価され、お客が買い物に来てくれる、そういうお店が軒を連ねる〈情⇔景〉を再現することが「商店街活性化」
だとすれば(他に「活性化」の意義が有りますか?)、何はともあれ自店の繁昌を実現することは当然の仕事です。
まずは「活性化の取り組みを通じて自店を繁昌させる」ということを
決意しなければならない。

 大切なことは。
今現在、商圏内に住んでいる人たちの買い物行き先はどうなっているか、ということをきちんと理解すること。
とにかく“有っても無くてもどうだっていいや”となっている商店街
が再評価されるためには、まず、商圏内のすべての商業機能がどういう役割を果たしているか、ということを把握しなければならない。
その上で、お客の消費購買の現状~将来を考えたとき、“商店街はこういう買い物行き先に変わっていけば、「無いと困る」買い物行き先にになることが出来る”というポジションを見つけ出し、そこに向かって変わっていかなければならない。
このことをサボって何となる、ということは絶対にありません。

 ということで、ショッピングセンターの出店にどう対応したら良いか?
サイトでの議論に是非参加してください。

 まずは現在、目の前に現れているこの問題に取り組むことを通じて「活性化への道」を探り出してください。
なお、商店街の皆さんをはじめ、商店街活性化に関わりの深い皆さんにも是非閲読を進めてください。
 

藻谷さんの商店街活性化論④

 商店街活性化をめぐる「論争」、藻谷さんの主張をまとめ終わりました。

これから、「内的整合性」、「合目的性」を検討した上で、当社流「活性化への道」とつきあわせます。

 さて、ここまで藻谷さんの「商店街活性化論」を見てきたわけですが、標題のとおり、
「商店街活性化・誰が何のために何をどうするのか」、
 商店街活性化に取り組む主体を決め、
「主体が歩いていく活性化への道(シナリオ)」
が述べられています。

 この後は、道を歩き続けるために必要な各種の事業が立案され、それらが一つにまとめられてたとえば『中心市街地活性化基本計画・商業の活性化の部』になるわけです。
商店街の現状を踏まえ、具体的な目標を設定し、活性化の基本シナリオに基づいて、自前の「活性化への道」のシナリオを描く。
道を歩いていくために必要な各種の事業を立案、計画する・・という段取りで計画が作られる。

 『基本計画』は、本当はもろもろの事業を掲げる前に、
1.活性化の目的
2.活性化達成のシナリオ
を明らかにしておかなければいけないのです。
シナリオが無いと、掲載されている各種事業の役割、相互の連携が分かりません。
シナリオ抜きで実施事業を羅列したのでは、「数値目標」が目標である由縁も明らかにされていないことになります。
「数値目標」は「全体シナリオ」から抽出され、さらにその数値目標を達成するシナリオを伴って立てないと使い物にならないはずです。
目標は“立てっぱなし”ではいけないのでありまして、取り組みの進展・環境の変化に応じて変わっていかなければならない。が、しかし、全体シナリオ及び目標達成のシナリオを持たず、恣意的に立てられた目標の場合、目標の変改も恣意的にせざるを得ない。
目下作成に取り組んでいる皆さんは、このあたり、ホントに真剣に考えておかないと、今度は「やはりそうだったか」と気づいたときは遅すぎるかも知れません。

 さて、藻谷論文では ―その中身はこれから詳しく検討しますが― 商店街活性化のシナリオが示されています。
takeoが知る限り、活性化のシナリオを提示しているのは専門家多しといえども、当サイトと藻谷さんだけですね。
「論争」と銘打って始めている藻谷理論の検討ですが、既にいろいろと収穫がありました。おって逐次発表しますし、さっそくこれか書く各記事に反映させます。
これは藻谷さんが「商店街活性化論」を発表しておいてくれたおかげです。
このことはハッキリ述べておきたいと思います。
もっといろんな人が「活性化への道・私はこう考える」というところを発表してもらいたいものです。当然ながら「シナリオ」を持っていないと計画作成の支援指導は出来ません。

 計画主体の皆さんは 早い段階で関係各方面に「シナリオ」を売り込んでおかないと、個別事業で“その気になってもらう”ことが難しいことがあります。その時になって“地権者が協力してくれない”などというのはハッキリ、計画主体の手落ちだと思います。


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藻谷論文の批判的検討③

 目下、サイトの【商店街・起死回生】欄で取り組んでいます。
藻谷さんの主張をまとめているところです。

 今回はまず藻谷さんが提唱されているところを内在的に検討(つじつまが合っているかどうか)し、その後、藻谷さんが掲げられている商店街活性化実現への提案としての合目的性を検討します。
次に、takeoが考える「商店街活性化」との異同、双方の改善点などを確認します。特に当方の理論の改善のヒントが得られるとうれしいですね。

最後に、作業がうまく流れたら藻谷理論とtakeo理論、その優劣を評価する、というところまでいくかも、です。

ということで、中心市街地・商店街活性化たけなわの折りですが、取り組みに不可欠である「商業理論」、「商店街活性化論」の提供が乏しく、なかなか理論的他流試合の機会が得られません。関係の皆さんは複数の理論の「競合」を体験する機会が無いわけです。

 そういうなかで、藻谷さんが提案されている「商店街活性化論」を検討する機会を得られるのは、本当にありがたいことです。

 中心市街地・商店街活性化の取り組みには、これを導く「背景理論」が不可欠、「法」のスキームは「理論」の代替にはなりませんからね。
まぁ、毎度申しあげていることですが。

 これまでの取り組みの蹉跌を踏まえて、「中心市街地活性化への道」がどんどん提案されてしかるべきときなのですが、各般の専門家の皆さん、期待してます。

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好き嫌い か 損得か

 暇にまかせてWebを徘徊しておりますと、ブログでは天下国家をめぐる議論が百花斉放状態ですが、面白いのは論の根拠が「好き嫌い」になっているものが多いこと。

  ※投稿 | 2007/09/26 02:53
   アメリカは嫌いでも、シナを応援する気には全く
   なれない。普段の行いって大事ですね。チベット
   活仏もシナ共が勝手に指名した、ただのガキがチ
   ベットを闊歩している。ついでにシナカトリック
   のオッサンもシナ共の勝手な指名。そして東南、
   南アジア近辺もマオイストなんとかだかの赤い兵
   隊が闊歩している。シナ共が支配する世界などウ
   ンコの世界。
   欧米が支配する世界は血まみれの世界。
   どっちも御免で御座候。

 人間は理屈で出来ているわけではありませんで、「好きは知恵の源」といっておりますように、根元的なところは理屈にはならない「好き嫌い」であると思っております。

 「天下国家」を論じるにあたっても全く同じ。
理屈抜きで「日本が好き」というところからスタートしないと始まらないのでありまして、「○○だから日本が好き」「××じゃないから日本が好き」といった「理屈」は関係ありません。

この“理屈以前に「日本が好き」”という立場から、行動にあたっては“日本にとってプラスを増やし・マイナスを減らす”ように行動しよう、という規範が生まれます。
「日本が好き」は理屈以前・理屈が始まるのは、「日本が好きなら損得を勘定して行動せよ」というところから。

 「諸外国への対応においては損得を勘定せよ」、間違っても対外関係において「好き嫌い」などを基準にしてはならない、ということですね。

 わが国のリテラシーといえば昔から「読み書き算盤」の三点セットですが、いくら読み書き算盤が得意でも肝心の「日本が好き」、“無条件で好き”ということが自覚されていないと、せっかくの三点セットを上手に使うことが出来ません。

 嫌韓、嫌中、嫌米、嫌露などなど「○○だからキライ」とか「キライじゃないからスキ」といった幼児的二項対立しか考えられない・損得の計算が出来ない人たち多すぎ。
「○○がキライ」を○○に対する行動原理にしたい人は、「日本が好き」とは全く無関係、というか、「○○がキライ」を実践するためには、たぶん「日本などどうなってもいい」となる可能性がある。
「そんなはずじゃなかった」とならないためには「日本が好き」という色眼鏡を掛けて徹底して算盤を弾かなくちゃ。

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中心市街地活性化的専門家

 「中心市街地活性化」関係の専門家とはどういう人たちか?

 もちろん、多岐に渡っておりまして、ざっと考えても
①〈理論〉を研究・開発・提供する人
②〈理論〉をもとに実践のありかたを創造・提唱する人
③実践を指導・支援する人
④実践の推進を指揮する人
などがひとくくりで「専門家」と呼ばれています。

 ①の専門家が従来提案してきた「活性化論」がほとんど挫折している現状で、③や④の立場・実務の推進にあたる専門家は、範囲も量も文字通り“とてつもない”仕事を背負うことになります。

 実効的「活性化理論」が提供されていないということは何を意味するのか? 
荏苒提供されるのを待っているわけには行きません。状況が切迫しているなかで、②や③の専門家さんが自分で論を立てなければならないわけですが、「理論を立てる」という仕事は、「自論を立てる」だけではなく、「他の論が成立する可能性」も検討し、かつ、それらを批判して、「自分が立てた論」の実効性・優位性を証明しなければならない。

 本来、②さんの仕事は、提供されている複数の①的業績の中から、自分がもっとも適切だと考える「理論」を選定して、その理論に基づいて特定の状況における「活性化への取り組み」のありかたを構築・提案することですが、実効的な①が見あたらない状況では、②段階の専門家で自分の仕事にマジメに取り組もうとする人は、①的作業をみずから行わなければならない。
一人二役ですね。ですよね?
①の理論を扱う専門家というのは、②的経験の蓄積でなんとかなる、というものではありませんから大変な無理難題です。

 次に。
③的専門家さんの本来の仕事は、複数提案されている、②レベルの専門家による提案を比較検討・選択して実践する、④レベルの専門家の仕事を支援・指導すること。
中心市街地活性化の現場の取り組みを支援する人たちのことです。

 実際には①及び②レベルの専門家の成果を調達・加工して、④さんに提供するという仕事を含んでいますが、①、②的レベルの提案が見あたらない・提供されているが気に入らない、という状況では、③的専門家さんは④的専門家に対して、①及び②を“みずから制作し”かつ、③的レベルに加工して提供しなければならない、という仕事を要求されます。
現状、「活性化アドバイザー」各位に求められているところですね。
この人は一人三役をこなさなければならない。

 さて、こういう状況において、そういう各級専門家に巡り会うことが出来ない④段階の専門家さんは大変です。彼は、
①〈理論〉を研究・開発・提供する人
②〈理論〉をもとに実践のありかたを創造・提唱する人
③実践を指導・支援する人
④実践の推進を指揮する人
という役割を一人で担わなければならない。
一人四役ということですが、これが「タウンマネージャー」さんや彼を中心に実践を推進する個別都市段階の担当者各位が直面している問題情況における仕事ですね。

 もっともこの“とてつもない”問題に直面しているのは、「中心市街地の活性化」の推進には、本来、4つのレベルの「専門家」的仕事が必須だ、ということを理解している人たちだけ、ということですけどね・・・。


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チェスタトンの“好きこそものの上手なれ”

 別件でネットをさまよっていて、なつかしや、チェスタトンに出会いました。

“人間は自分がどれほどの〈悪人〉なのか、どれほどの〈悪人になりそこなっているもの〉なのか、それがわかっていないうちはいくら善人ぶっても何にもならん。
なにか犯罪のことを聞いてしたり顔に眉をひそませたり、あざ笑ったり、一万マイルも遠方のジャングルの猿の話でもするように《凶悪犯人》のことを話したりするというのは、いったいどういう権利が自分にあってのことなのか、それをまじめに考えないうちはただの俗物にすぎん。”
G.K.チェスタトン作 「ブラウン神父の秘密」 (創元推理文庫版p20)より

 庶民とか国民とか世間の常識とかを代表している人たちが、あちこちかけずり回ってあれこれに評決を下しています。
裁判員制度、論議が高まることでしょう。

G・K・チェスタトン
ご存じの方も多い、20世紀初頭に活躍した文学者・評論家。保守を標榜し左右の「急進主義」に対する厳しい批判者として有名です。
 近年は、保守派の理論的支柱として再評価されているようですが、通論的な保守主義の範疇に納まる人ではありません。

 “世界は我らが家族の砦であり、塔の上には世界の旗がひるがえっている。むさ苦しければ、われわれはよけいにそこに踏みとどまるのだ。大事なのは、この世界があまりに悲しくて愛せないとか、あまりに喜ばしくて愛さずにはいられないとかいうことではない。大事なのは、もしあるものを愛すれば、その喜ばしさは愛する理由となり、その悲しさはさらに深く愛する理由になるということだ。”
G・k・チェスタトン 『正統とは何か』 (1995 春秋社)「五 世界の旗」p114

 以下、中心市街地愛好家各位を鼓舞する論考が続いています。
お暇な折りに一読ありたし。

 中心市街地・商店街の活性化は、中心市街地・商店街を「好き」でないとなかなか成就できないことかも、です。
同じく、“仕様がないから・好き嫌い抜きで商売をやっている”というのでは、
①知恵が出ない
②お客にそれが見抜かれる
ということで、じり貧化は免れません。
古諺に曰く。
“好きこそものの上手なれ”

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総裁選・麻生さんの射程

 自民党の総裁選、コップの中の嵐という見方が一般的ですが、そうじゃない、もっと、目を開けてよく見ろという人もいます。

 ラグジュアリィは、結局、生活のどの局面・領域で優先的に自分の「価値実現」を目指すのか、ということですからラグジュアリィ=「一億総オタク化」と言おうと思えば言えるわけです。

 気に入る商品が売られていない・手に入らない、というなら買うのを止める、どうしても必要な場合は間に合わせで安物で結構、となれば「消費購買」は縮減の一途。
縮減の原因がここにあるとすれば、対策は「デフレ対策」ではなくラグジュアリィ推進だったわけで、バブル崩壊~構造改革路線は全部間違いw

 『とてつもない日本』を読んだわけではありませんが、テレビでの発言などから推測すると、麻生さんの最近の主張には、時間堪能・ラグジュアリィ近似が含まれています。

 わが国で進行中のライススタイルの方向は、生活全般のカジュアル=自由裁量化、裁量所得の価値的生活領域・堪能したい時間への傾斜配分=生活の自主的編集であり、言ってみれ一億総オタク化ということ。

 中心市街地活性化は、この文脈で論じないと展望が出てきません。
日本経済も全く同様でありまして、「世界標準」とか「構造改革」というのはラグジュアリィとは無縁の「コモディティ」領域の話。現在の「勝ち組」なんかは、ラグジュアリィという『日本経済が進むべき王道」の前にはナンボのものでもないのです。

 ということで、麻生さん的「とてつもない日本」は自民党や政治の枠に収まらない、文字通り「とてつもない話」に大化けする可能性があります。

 ただし、主張の中に旧態依然の「世界に誇れる日本」などという文言があるとすればそれは余計な話。
なんで「世界」と比較して誇らなければならないのか、何でそれが余計なことか、もちょっとちゃんと考えると「保守本流」を確立することが出来ます。

 そうすると「コップの中の話」ではなくなるわけで、その可能性がコップの中から出てくるとは、いや、ホントに転換期は面白い。

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承前   〈論争〉スタート (藻谷②)

 「論争」とは読んで字の如く・「論」を争わせることです。
争うのは「論」であって、人間同士が「論をもって争う」のではありません。

 「論」ですから、「意見」とは違います。違う意見を述べ合い、終着を得ようとするのは、「論議」「討論」です。
「論」は、ある目的を達成するについて、どちらの「論=提案」がより優れているかということをめぐる、「論」同士の争い・競争です。
争われる「論」には共通の目的がありまして「目的を達成するためにはこうすればよい」というより優れた「論」を入手すること・論争はそのための手段の一つです。

 ご承知のとおり、Webで「中心市街地活性化論」や「商店街活性化論」を検索すると、何十万という件数が挙がります。

 挙がりますが、では本当に中心市街地活性化、商店街活性化について、「理論と戦略」が論じられているかというと、その多くが「実践」レベル、「計画」や「取り組み」の話です。肝心の「理論と戦略」に真っ正面から取り組んでいる例はきわめて少ない。心細い限りです。

 各地で『基本計画』の作成作業が順調に進捗しているであろう今日、あらためて「理論」をめぐる切磋琢磨・「論争」を提唱することの意義をアピールしたいと思います。

********************************************

 ということで、藻谷浩介さんの「商店街活性化論」を批判的に検討します。
直接の目的は、“藻谷さんによる「提案」の妥当性を評価する”ことです。

 「論争」=提供されている理論を批判的に検討することで
①提供されている理論が「問題解決への提案」として適切な内容であるかどうか確認する。
②提案が「問題解決への提案」として妥当か否かを判断する。
③全体としての評価とは別に学ぶべき点・批判すべき点があれば明らかにする。
④作業の結果、何が得られたかを明らかにする。
といった作業を行います。

 その結果、当サイトが提案している理論と藻谷理論を比較し、優劣を検討する、あるいは両方の理論を越える新しい提案が生まれるかも知れません。少なくとも生まれる可能性はゼロではありません。
スタートになるのが藻谷理論の検討です。 

 藻谷浩介さんの主張される 「商店街活性化論」 

 果たして藻谷さんの「商店街活性化論」は「有効な提案」であるかどうか? 
忌憚のない検討を行います。 
興味のある方は参加してください。

以下は余談ですが。

 「啓蒙」=“自力思考の推進は公開討論への参加から”とカントさんも言いました。
今回は「作業過程」をそのままアップします。
立場を問わず、興味のある人は参加されると“自分の「自力思考」力の改善強化”のためになるかも知れません、ならないかも知れませんw


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藻谷浩介さん的・商店街活性化論①

「商店街活性化の定義」をキーワードに検索したところ、藻谷浩介さんが「中心市街地活性化」ではなく「商店街活性化」を論じている記事に出会いました。

『「商店街活性化」:誰が何のために何をどうするのか』
(市長会機関誌「市政」2004 年4 月号寄稿)

 商店街・中心市街地活性化については、旧法のスキームによる取り組みが「挫折」した今日、あらためて基礎の基礎からの見直しが必要な時期ですが、そういう作業への取り組みはネット上でもリアルでもほとんど行われておりません。

 商店街活性化とは商店街がどうなることか、中心市街地活性化とは中心市街地がどうなることか、という問題の設定が必要になっているわけですが、業界でこの作業に取り組んでいる例はきわめて限られています。専門家たるもの、本来なら自分の「理論的立場」を明確にすることが必要な時期だと思うのですが、専門家にも招聘する側にもそういう問題意識はほとんど無いまま、従来的なものの見方・考え方に基づいて次々に『基本計画」が出来上がっている、というのが目下の状況です。

 その結果、都市現場レベルで「見直し」の必要性を痛感しておられる皆さんは、とてつもなく難しい問題に直面しているわけです。
従来的取り組みの挫折を踏まえるならば、「中心市街地活性化・商店街活性化の論理と戦略」を立て直し、提供することは本来なら「理論」レベルの専門家の仕事です。ところがこの作業が専門家の皆さんによってほとんど取り組まれていない、ということが中心市街地活性化をめぐる「問題」の一つ、それも目立たないが大変重要な問題としてあるわけです。
専門家さんは、新旧スキームの対比とか、内外の「先進事例」の紹介・流津などに専念しているいる人が多い。

 こうしたなかで、「挫折」を踏まえて“今度こそ失敗できない”と決意している市町村の実務担当者にはとてつもない仕事が待ちかまえていました。
「中心市街活性化への道、その論理と戦略」を自力で準備しなければならい。本来なら「専門家」の提案を精査・採否を決定する立場なのに、“背景知識を含めて「論理と戦略」を一から考え直し、組み立てる”と言う作業に取り組まなければならない。
これは本当に大変な作業です。見直し・組み立て作業の必要性を関係各方面・上下左右にアピールし、取り組みについての合意を作ることからスタートしなければならない。
もちろん合意を得たら、それからが本番、「見直し」の中身を構築しなければならない。さて、どう着手するか?
という問題状況のただ中にあるのが、当サイト常駐の市町村の中心市街地活性化実務担当者の皆さんです。

 「専門家」は、自分の理論的な立ち位置をはっきりさせて“この指とまれ”を提案すべきところですが、皆さんの取り組みを支援する専門家さんの仕事ぶりは如何でしょうか。 
活性化についての自分の主張をハッキリ提示して、検討・批判に供するという姿勢は、活性化をめぐる「議論」の低調さを考えると大変重要なことですが・・・。

 そういう状況において、果敢に「論」を発表されている藻谷さんの活躍は貴重です。
特に今回の論文は、当サイトがあらためて再検討しようとしているテーマとマッチしていますので、スレッドを立てて本格的に検討させていただきます。
ご承知の人も多いことですが、当サイトは既に藻谷さんの論説に対する批判を行っています。
『藻谷理論の批判的検討』
未読の人はこの機会に是非どうぞ。


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メディア リテラシー

ウイキによれば、

****

 メディア・リテラシー(英:media literacy)とは、情報メディアを批判的に読み解いて、必要な情報を引き出し、その真偽を見抜き、活用する能力のこと。「情報を評価・識別する能力」とも言える。ただし「情報を処理する能力」や「情報を発信する能力」をメディア・リテラシーと呼んでいる場合もある。
****

 一般には「情報メディアを批判的に読み解いて、必要な情報を引き出し、その真偽を見抜き、活用する能力のこと。」でしょうか。
上位リテラシーは「情報リテラシー」
“・・・「情報を評価・識別する能力」とも言える。ただし「情報を処理する能力」や「情報を発信する能力」をメディア・リテラシーと呼んでいる場合もある。”

 さらに読み進めますと、
メディアリテラシーは多義的でありまして、
①情報メディアを批判的に読み解いて、必要な情報を引き出し、その真偽を見抜き、活用する能力のこと。
の他に
②メディアの情報収集・加工・編集・伝達能力
の意味で使われることもあるようです。

 さまざまな分野でメディアのリテラシーが疑われるケースが多くなっているようです。
レトリックの能力、メディア云々以前の「リテラシー」に問題があるのではないか、とさえ感じられます。
①的意味でのメディアリテラシーを磨くことは、これからますます大事になってきますね。

 メディアリテラシーにはもう一つ
③メディアの能力を活用する・使いこなす能力、ということもありますね。

 メディアが己のリテラシーで裁量・編集して提供している情報に飽き足らない場合は、どうしたらよいか?
という問題もあります。
ネットの情報リテラシー機能に期待する向きもありますが、その可能性はまだ見えてきません。
というか、各方面でで有志の悪戦が続いています。

低度情報化社会
SFでもなかなかお目にかかれなかった現象です。 
当サイトでもいつぞや論じました。

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中心市街地活性化は「中心性」の再構築

 中心市街地の要件は、「法」第二条で、“相当数の中小商業者が集積し、及び都市機能が相当数集積しており、その存在している市町村の中心としての役割を果たしていること”となっています。
大事なことは「中心としての役割(以下「中心性」)を果たしている」ということ。
①相当数の中小商業者が集積しているだけではダメ
②都市機能が相当する集積していてもダメ
でありまして、
③市町村における「中心性」を担っていなければならない。
ということが「キモ」ですね。
空洞化とは「中心性の希薄化」ですね。

 諸事多端の折から中心市街地に注力するのは、「中心性の回復」という大義名分があるからです。
では、中心市街地の「中心性」とは何か?

 中心市街地の「中心性」は、そこに集積している商業をはじめとする都市機能が、都市及び周辺住民にとって、
①生活をいっそう充実させる
②所得機会を維持確保する
ということにおいて、他の地区(居住地区や郊外など)では果たせない・積極的な役割を担ってきたことから生まれています。

 早い話、
①居住地区としての整備は「中心性」ではない。
②特定の都市機能への特化は「中心性」ではない
③近隣型・居住者向けの商業では「中心性」ではない
ということです。

 「中心性」とは、中心市街地に不特定多数の市民が自分たちの生活を楽しむ・いっそう充実させることを目的に「わざわざ出かけてくるところ」ですね。
当社所在の佐賀県武雄市の基本計画は、中心市街地活性化を一体的に推進する目標として「時間堪能型マルチデスティネーション」と定めていましたが、まぁ、そういうことです。

 「中心性」の中核は、“生活をいっそう充実させる「ショッピングの場」としての機能”=広域型商業であり、その衰退が「中心性空洞化」の第一の要因です。(“生活を維持する材料の調達先である最寄り型商業には「中心性」としての機能はありません。)

 同時に、かっては中心部に密集していた各種の都市機能がそれぞれ「自分の都合」で立地を変更したことが、「中心性」の空洞化に拍車をかけました。ただしこちらはあくまでも副次的要因です。
買い回り型商業以外の都市機能がすべて中心部に配置されている・人口も増加している、という条件の都市でも「中心性」は空洞化しています。

 中心市街地活性化とは「都市の中心性の再構築」を意味します。人々の生活をもっと楽しみたい、もっと充実させたい、という期待のデスティネーションとして再構築する以外に、中心市街地活性化を推進する大義名分はありません。
第一、「中心性の再構築」を抜きにして「経済活力の向上」はあり得ないでしょ?

 このテーマ、 【都市経営】で続けます。

 都市の経営戦略上、中心市街地が担うべき役割は何か? 
という問題ですが、明確な位置づけが出来ないと縮減傾向にある都市の経営資源を中心市街地に傾斜配分する大義名分が立ちません。
定義抜きの「コンパクトシティ」の文言で、周辺部から人口や施設を召し上げても「波及効果」は期待できそうもありません。

そもそも今どき、大義名分も立てられない仕事で都市が活性化するなどということはありません。関係者がその気になる・市民全体が自分にもプラスになると理解して応援する、そういう方向・方法を選択しないと活性化は実現出来ない、ということですが、まだ納得できませんか(w



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地に足の着いた「合意形成」

 『基本計画』作成のプロセスでは、関係各方面の合意形成の重要性が言われ、新たに制度化された活性化協議会は、組織を構成する関係各方面の団体・組織が一堂に会して計画を審議、所要の建議などを経て正式に合意を決議することになっています。

 問題は、特に「商業の活性化」方面にあります。
他の方面はともかく、商業の活性化については、既存商業者の取り組みに大きく依存しており、というか、中小商業者の経営の活性化は、中心市街地活性化の重要な目的であり、同時に、その活性化の取り組みの成功無くして、商業の活性化ひいては中心市街地活性化の達成もあり得ない、というポジションにあります。

 このことを考えるとき、『基本計画』、特に商業の活性化についての計画は、中小商業者の活性化を実現する計画であると同時に、中小商業者の「自助努力」の計画、それを組織化して推進していく計画であること、ここの商業者が自分の経営の将来を託して取り組んでいく計画であることが求められます。
商業の活性化が中心市街地の商業集積群の「買い物の場としての機能の再構築」である以上、このことを否定することは出来ません。

 とするならば、『基本計画』に対する中小商業者の合意は、絶対不可欠だということになります。出来るだけ多くの商業者が『基本計画」を検討し、“この計画を推進すれば、商業の活性化が実現できる。自店も繁昌を再現できる”と心の底から納得、自分が取り組むべき課題についての取り組みも含めて「合意」する、ということが必要です。
 商業者の合意とはこのレベルで確保することが大事でありまして、宛職で協議会のメンバーになっている「商業者代表」の合意でははなしになりません。これらの代表者がホントに上述のような合意形成が不可欠であり、自分が責任をもってその形成に取り組み、協議会にその結果を持ってくる、という仕組みを作っているところは別ですが。

 『基本計画』における「商業の活性化」が以上のような趣旨で企画されているとすれば、取り組みの主役は当然、既存中小商業者ということになりますから「合意形成」は代表一任というわけには行きません。認定を受けたが、実際の取り組みは全く動かなかった、ということになりかねませんから。

 ということで、実際には合意形成も協議会メンバーのレベルでOK、ということで進んでいく『基本計画』は、計画する事業の内容も特に商業者の決意を必要とするものでもない、「推進体制」も個別事業毎に処理すればよい、というレベルなんだろうな、ということが容易に推測されるわけで、事実、Web上で閲読できる基本計画のほとんどはそういうことになっています。

 総理大臣認定の基本計画が出来上がったからといって、記載されている各種の事業が進展すれば、個々の商業者の商売に日がさしてくるということはありません。もちろん、個々の「売り場の革新」などは計画に一語も書かれていませんから、商業者が取り組むべき課題などは皆無ですから、計画の推進によって商業者の行動パターンが変わることもありません。

 「にぎわい創出」「回遊性の構築」がすべてを癒す、商業者はそれまでじっと待つように、ということかも知れませんが、この路線はこれまでさんざん取り組んできて成果を挙げられなかった手法であることを思い出せば、新基本計画のもとでの商店街・商業者の将来もけして明るくはないと思います。

 計画を作成中のところ、これから着手するところは、是非、基本中の基本ですが「合意形成」の必要性とその中身について、じっくりと考える機会を作ってください。
ちょっと「足踏み」と考える人もいるかも知れませんが、こういう事業で「拙速」は禁物です。
 ここで半年や一年進んだり遅れたりしたところで、失敗するに決まっている計画を作るよりはよっぽどましですからね。

 ということで、毎度の広告宣伝ですが。
当社が提供する「合意形成」セミナー
“合意形成の最短距離『中心市街地活性化・実現の方向と方法』”http://www.quolaid.com/seminar/seminar0507.htm
 都市経営のトップから商店街の店主の皆さんまで、一度はきちんと理解する手間暇を掛けなければならない、「活性化の成否」を左右する仕事です。

 もちろん、当社が提唱している道が唯一の道ではないと思いますので、選択肢を確保、十分吟味した上で取り組んでください。
このレベルの「合意形成」を省略して計画を作り事業を進めることは、「中心市街地活性化」の目的・目標・取り組みについて、必要な合意を経ていない、地に足の着いていない取り組みになります。

 計画ができあがり、後ろを見たら誰も着いてきていなかった、ということになりかねません。
え?、最初から誰も着いてこなくても出来る事業ばかり計画している? 
なるほど、それなら時間とお金は確実に費消出来ますね。

 成果を確保するためには、商業者との間に「取り組みについての合意」が必要です。『基本計画』を作り上げるプロセスは同時に「合意形成」のまたとない機会ですからね。
計画つくりの期間は、合意形成とそれに必要な「勉強」に取り組む期間でもあります。そのつもりでしっかり企画して充実した活用を実現しましょう。

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「高齢化」対策 

 商店街活性化の取り組みとして、地域における高齢化の進展にどう対応するか、ということがあります。
「環境の変化は中立、活用するも敗退するも当方の心掛け次第」というのがマーケティングの鉄のオキテ、「高齢化」は人跡未踏のビジネスチャンスですから、何とかものにしようとするのは商売人なら当たり雨です。

 ということなんですが、「企画」が全くおそまつ。
何ですか、補助金をもらって「ご用聞き・宅配サービス」などに取り組んでおられるご様子ですが、失敗することが目に見えていますね。

 ショッピングは「生活財の調達」だけではありません。
下見・冷やかし・暇つぶし・情報収集・・・、「生活を作る・楽しむ」ということに必要なこと、付随すること、その多くがショッピングの範疇に入ります。
「ショッピング」を「ご用聞き・宅配」で代替することは出来ません!

 現在の高齢者は、日本で最初にファッションの先例を受けた年代です。この人たちが加齢するにつれてショッピングから縁遠くなってしまったのは、小売業をはじめマーケティングを仕掛ける側の責任、高齢者の「ファッションを楽しみたい」というニーズの受け皿がどこにもありません。

 こういう“美味しい”ところを狙って業容を構築すれば、競争皆無のスイートスポットを獲得することが出来ます。業種とか無関係。
郊外のショッピングセンターに出来ることは、当期流行の普及版のセルフ販売に限定されていますからね。“蚊帳の外”です。

 というように考えれば、商店街の生き残り=勝ち残り策も見えてきます。ラグジュアリィショップが軒を連ねるラグジュアリィモールが目指すところですが、その中心ターゲットは「生活熟練客相」であり、これまで商業者が目もくれなかった「生活熟練者のラグジュアリィニーズ」です。

 高齢化対応=ご用聞き・宅配という短絡をするようでは、マーケティング業の看板をはずさなければならない。
地域コミュニティなんかとっくに崩壊していますから、高齢者が「コミュニケーション」を楽しむ機会も「ラグジュアリィモール」が請け合うべき。もちろん商売をかねていないと、お互いに楽しくなりません。
お客だってお金を使うプロセスを楽しみ、買った商品を持ち帰って楽しむ、という「一粒で二度美味しい」ショッピングの楽しさを提供しなければならない。少々の身体の不自由は押してでも街に出かけて来ることがショッピングの醍醐味です。

 商店街ぐるみの取り組みで成功しているのが、とげ抜き地蔵どおり商店街ですね。

 ここはある時、「とげ抜き地蔵に参拝に来る客相」をターゲットに「ショッピングの場」づくりをスタート、客相の消費購買行動に合わせたまちづくりに取り組んできた結果、現在の景況が出現しています。
けして、「とげ抜き地蔵のおかげで商店街が繁昌している」わけではありません。“とげ抜き地蔵への参拝客の店前通行で繁昌している”というのなら他の有名神社仏閣の門前商店街を思い出してみましょう。

 とげ抜き地蔵どおり商店街は、全国の「活性化しなければならない商店街」の先進モデルです。
取り組みの経緯は理事長さんに聞いてください。

 ということで、商店街が「ショッピングの場」として再構築を目指す、不振に陥っている個店が再生を目指す、繁昌するためなら目いっぱいがんばる、というのなら迷わず「熟練客相のラグジュアリィニーズ」を狙った業容を目指すべきです。

 参考記事は、クオールエイドのサイトで「サイト内検索」を使って発見、活用してください。
近々、【目指せ!繁盛店】でも取り上げます。

 間違っても・補助金が付いても「ご用聞き・宅配事業」などに手を出さないこと。自己負担分と時間の無駄とせっかくのビジネスチャンス、「機会損失」と大損することになります。

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一店逸品運動の活性化を支援します。

 クオールエイド社が、「理論的なことこそ実践的である」と主張していることはご承知のとおり。
当社の「逸品」は、「実践段階の支援・指導」です。

 さて、「一店逸品運動」について、当社はその現状をつ義のように理解しています。
 『一店逸品・私はこう思う』 
運動の基本的なネライとその結果について考えています。

これを踏まえてさらに。
 『一店逸品・起死回生』 
で「繁昌店づくり」という最終目標を達成する手法としての一店逸品運動のありかたを提唱しています。
 両方とも「一店逸品運動」に展望を見いだせなくなっている関係者必読の記事、未読の方は是非どうぞ。

 つきましては、上記記事の内容に基づいて“一店逸品運動の改革による繁盛店づくり”に取り組む商店街を募集いたします。

※支援は、
○繁盛店づくりにおける一店逸品運動の活用法
○「逸品」から始める売り場づくり
○繁盛店の品ぞろえ・サービス・内外環境
などの考え方を研修によって修得し、それを踏まえて個店ごとの実際の取り組みを直接支援します。
○支援は、逸品の選択から提供方法、品ぞろえ・サービス・店舗環境等のについて「お金を掛けない改革」を具体的に支援します。

※経費等
 基本的中小企業基盤整備機構の 商業活性化アドバイザー派遣制度 を活用します。


※実施要領
 両者協議して決定します。

※メールでご連絡ください。


☆「一店逸品」に限らず、既存事業の活性化を通じて繁盛店を続出させる、商店街活性化を実現していく取り組みを支援します。
詳細はメールでお問い合わせください。


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商店街活性化の根本問題

 「法」改正以来丸1年、既に10数都市の『基本計画』が総理大臣から認定されました。認定計画の多くがWeb上で閲覧できます。
当ブログを講読いただいている皆さんは、既に十分検討されていることと思います。
評価は如何でしょうか。果たして、“こういう計画なら取り組んでみたい”と惚れ込む計画がありましたか?

 “だんだん良くなる法華の太鼓”、“後から出されるものほど改良されている良いもの”というのが一般的でありまして、後からスタートする者は前を進んでいる人の不足や欠陥を客観的に評価し、これを改善するチャンスを恵まれています。
「商店街活性化」も同様でありまして、先行している計画を“推進すれば活性化に成功するものかどうか”、冷静に分析し、その結果を自分たちの計画作りに活かすことが出来ます。「後出しジャンケン」ですね。

 多くの基本計画を客観的に評価できるということは得難い貴重な機会ですが、「認定」を通ったということで、これら先行事例を「モデル」「模範的な基本計画」ととらえると、とんでもないかも知れません。一部では「認定を通すにはノウハウがある」という人がいるそうですが、「認定を通すノウハウ」と「目的を達成する計画を作る」ノウハウとは全く違います。
「認定」=「この計画で活性化が出来ることを保証する」ということではありません。

 さて、本来なら練りに練り、教義に協議を重ねて作られた『基本計画』ですから、認定の通知と同時に一斉に事業が展開される、特に商店街・個店の「売り場の活性化」を実現取り組みは、“待った無し”のところがほとんどですから、堰を切ったように取り組みが展開されてしかるべきところ、実態は果たしてどうでしょうか?

 あらためて『基本計画』の関係個所を見れば「売り場の活性化」の取り組みはほとんど計画されておりません。“魅力ある個店づくりを目指す”という文言だけは掲げられていますが、「魅力ある個店づくり」にどう取り組んでいくのか、一年目は何をするのか、二年目は、三年目は、という具体的な取り組みが計画されておりません。ということはもちろん、支援・指導体制など影も形もない、ということです。
(ここは、先行計画の分析で実際に確認されることをお奨めします)

 ということで、せっかく「先行事例」があるわけですから「もって他山の石」、これから作る我が『基本計画』に磨きを掛けるための「参考」にしていただきたい。

 あらためて振り返ってみますと、― 当サイトでは開設以来ことある毎に警鐘を鳴らしていますが ―、“「商店街活性化」とは商店街がどうなることか、商店街にどんな〈情景〉が出現したとき「活性化された」ことになるのか?”、「商店街活性化」はこれまで一度も定義されたことがありません。

 このことは何を意味するか?
言ってみれば、中身が分からないまま、“みんなで○○を作りましょう”と集まっているようなもので、「○○」にはそれぞれ自分勝手な「思い入れ」を押し込みつつ、○○作りに必要とされるあれこれに取り組んでは見るものの、○○はいっこうに作れない、という状況が続いているわけです。

 この状況を打破するためには、まず第一に“商店街活性化とは街にどんな〈情景〉が出現することか”、あらためて「商店街活性化」を誤解の余地無く定義することが必要です。
きちんとした定義があれば、それを基準に“活性化を実現するためには何に取り組まなければならないか」という目標群が決められます。
目標を達成するために取り組むべき課題・事業も導き出すことが出来ます。

 このように考えますと、これまでの取り組みで不足していたのは「数値目標」ではなく、それよりもっと根本的な“いったい、活性化とは街がどうなることか”という「目的の定義」にあったことが明らかです。数値目標は目標に基づいて決められ、目標は「活性化という目的の定義」と中心市街地の状況を考え合わせる仲から導き出されます。

 中心市街地活性化の主要課題は、商業・商店街の活性化ですが、現時点でのその根本問題は、「商業・商店街の活性化」を定義することです。

 クオールエイド社のサイトでは、開設以来、さまざまな角度から「定義」に取り組んでいますが、ここであらためてもう一度「商店街の活性化」の定義を考えてみたいと思います。

「一から考える商店街活性化」です。

出来るだけ多くの関係者に参加してもらうことが、「実務段階」への導入を容易にします。
是非、関係各方面の担当各位にも講読をお奨めください。


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シャッター内部の取り組み

 市町村が作る『基本計画』に基づく商業活活性化の取り組みが成果を上げられないなかで、最近になって商店街関係者の誰もが最初にして最後の問題と認識しているのが「個店の活性化」繁昌の再生です。
計画に基づいて多くの年月と予算が投入されましたが、それに見合う結果は得られなかったわけです。

 補助金を投入する目的は“補助金を投入しなければいけないをなくすこと”ですね、いうまでもなく。そうすると、補助金を使って取り組む事業の評価基準は「この事業に取り組んだら、商店街は将来的に補助金不要という状況に近づけるか」ということです。いつまで経っても補助金が必要だということは、これまでの補助金の使い方では「補助金が不要な状況を作りだす」という目的を達成できない、ということを問が立っているのではないか?

 商店街の活性化とは、究極、そこに立地する各個店の「売り場」が活性化することです。売り場の活性化は、売り場における、売り場を対象にした取り組みだけが実現できることです。この「あたりまえ」のことに着目すれば、「補助金」は「売り場の活性化」と連動しないと、事業本来の目的を達することは出来ないのだ、ということが理解されます。とするならば、「補助事業」の活用に当たっては、どのような性格の事業であれ、必ず「売り場の活性化」の取り組みと結びつける、事業と平行して「売り場の活性化」への取り組みを推進しなければならないわけです。

 つまり、商店街の内部から、自主・自発・自責の原則で活性化に取り組む機運が生まれ、取り組みが始まり永続していく、というありかたを実現する、ということがソフト、ハードを問わず、何の事業に取り組むについても必ずその目的の一部になっていることが必要だということですね。

 このことから結論されることは、これからの事業取り組みにおいては、その事業がハードであるかソフトなのかを問わず、全て「既存個店の売り場の活性化」の実現につながる、活性化を促進するような工夫をしなければならない、ということです。
この事業は個店には関係ない、個店についてはこの事業が終わってから別途取り組みを考える、というような考えでは、「事業は成功したが活性化には失敗した」ということに終わる可能性が高い。これまでがそうだったように。

 関係者の間には“個店の売り場・シャッターの内側は各個店の責任、経営者の領分だから、外から口出しはできない”という考え方があり、たしかに「経営権」についてはその通りかも知れませんが、では各個店の経営者が「活性化」の実現に必要な知識・技術を持っているかと言えば、それは大いに疑問です。
必要な知識・技術を持っていれば、「補助事業で活性化に取り組む」必要は生じなかった、ということもあるでしょう。
 
 いっぽう、商店街全体の活性化を推進する側から見れば“自分の店だから勝手にする、外部からの支援や指導は不要”というお店が増えることは一大事です。既存の技術では個店の繁昌を維持できない、というところに現在の「空洞化」の大きな原因があるわけですから。

 なだめてもすかしても売り場の活性化、シャッターの内側の改革に取り組んでもらわないと街全体が浮上できません。なんと言っても商店街の武器は「業種揃え・店揃え」即ち、お客からみて「買い物の場」として使いたい売り場が軒を連ねていることですからね。
残念ながら、空洞化著しい現状は、この「あるべき姿」からほど遠いことはいうまでもありません。
商店街活性化とは、繁盛店が軒を連ねること、その第一歩は既存個店の「売り場の活性化」です。

 補助事業は補助事業、個店対策は別途考える、という安易な方法はダメ、個店対策というのはそういう小手先の取り組みでどうにかなる仕事ではありません。「商店街活性化」の最大の難関・メインの仕事は「売り場の活性化」ですからね。
ハードなんかよりはよっぽど難しい事業だと考えるべきです。

 これから取り組む事業は「この事業ははこういう仕掛けで取り組むから、個店の売り場の活性化の取り組みにつながる、貢献する」ということをきちんと確認しなければならない。事業計画書の目的欄に「個店の活性化に取り組む」と一行付け加えておく、というくらいではだめ、「個店の努力」の必要性と方向性について明記していない活性化計画、活性化事業では、「お客に支持される売り場づくり」という究極の目的についてはまったく無意味です。

 大事なことは、事業と平行して個店が改革に取り組まざるを得ない、実際に頭を使い、改革に取り組まないと事業がうまくいかない、と誰にでも分かるような事業企画を作ることです。こういう企画で取り組まないと事業究極の成果・繁盛店が立ち並ぶ商店街、という夢は実現できません。
今まで使った資金、これから投入する資金、これまでに使った時間、これから使う時間、その一切合切が無駄になってしまいます。
 ハード事業をやりながら個店の売り場の活性化をどう推進するか、ヒントはこのブログ及びサイトの中にたくさんあるはずです。

 個店~組合~指導団体と、どこをみても個店対策の処方を持っていない、というのが実態です。それでもって「商店街の活性化」を論じられる・論じてかまわないという暗黙の御了解、問題意識、問題解決能力の水準が一番の問題かも知れません。

 役員さんたちは、組織のこれまでのあり方自体が「解決すべき問題」の一環だ、組織の変革も取り組むべき課題の一つだ、と自覚することがが大切です。
もし、関係者で“自分には問題は何一つ無い”と考えている人があるとすれば、その人は取り組みを進めるうえで障害になる可能性があります。
そういう立場にならないよう、くれぐれも要注意ですね。


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中心市街地活性化推進体制

 『中心市街地の活性化を図るための基本的な方針』では、「事業及び措置の総合的かつ一体的推進に関する基本的な事項」として「推進体制の整備」が掲げられています。(第7章)
推進体制は如何にあるべきか?
『基本計画』ここを一瞥すれば「ホンキ度」および「実現可能性」の初期条件達成度合いが判別されます。

 「法」は、内閣に“中心市街地の活性化に関する施策を総合的かつ一効果的に推進する”ことを目的に、内閣総理大臣を本部長に、すべての国務大臣を本部員とする「中心市街地活性化本部」を設置すると定めています。
従来の「取り組みの総括」を踏まえた・並々ならぬ決意の現れです。

 他方、肝心の都市の「推進体制」はどうでしょうか?

第一に市町村の体制
基本計画では、庁内にプロパーのセクションを設置する、部局横断の連携の強化などがうたわれる例が多いようですが、この程度では従来の「体制」と変わりません。
 国の姿勢を評価するならば、ここは当然、国にならって「首長を本部長とする活性化推進本部」が設置すべきではないかと思うのですが、設置されている例があるでしょうか?

 中心市街地活性化、ホンキで取り組もうと思うなら、首長さんが「中心市街地の現状と課題」を把握し、活性化の「都市経営上の戦略的重要性」を自覚し、「活性化実現のシナリオ」を理解しておくことは、《絶対条件》です。
もちろん、陣頭指揮が必要だというわけではありませんが、首長さんが「中心市街地活性化の全体像」を理解し、状況の変化に適切に対応可能な措置を講じることができる、というスキームの構築・運用は他の何によっても代替することはできません。

 あなたをはじめ実務担当者が「活性化への道」を実現していく「方向と方法」を展開しょうとするならば、首長さんの理解は不可欠です。

 思い出せば、明治憲法の公布(1889年)に先立ち、ときの国政のトップ、参議・伊藤博文は、1882年~83年にかけて「憲法の調査研究」を目的に、欧州へ留学しています。
もちろん、憲法草案は伊藤さんが書いたものではないし、そもそも、憲法草案をみずから起草するために伊藤さんが難問山積の国政から離脱、勉強しなければならなかったわけではありません。

 伊藤さんがドイツ・オーストリアの大学で調査研究に励んでいる頃、国内では井上毀を筆頭とする実務官僚によって、憲法草案は着々と作られていました。
伊藤さんの「憲法調査」は憲法を起案する作業とは別の必要からのことだったわけです。

 明治憲法の制定に当たり、伊藤博文はなぜ「憲法留学」をしなければならなかったか?

 このことを考えると、「中心市街地活性化」という乾坤一擲(運命を掛けて)の取り組みにおいて、首長さんの「何を為すべきか」、一つのヒントが得られます。

続きは 【都市経営・入門編】 で。

 ちなみに当社提供のセミナー
『中心市街地活性化・実現の方向と方法』 は、首長さん以下、もし「都市中心市街地活性化本部」が設置されればその本部員となるべきポジションの皆さんも対象に想定しています。既にご了解のことと思いますが念のため。

 このセミナー的レベルの「合意形成」作業は、中心市街地活性化への取り組みを都市経営に位置づけるもっとも基礎となる部分です。
このレベルの取り組みをきちんとクリアしていない都市では、『基本計画』が出来上がっても、推進体制がスタートしても、どこまで行っても「決定的な条件不備」につきまとわれることになりかねません。


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SMは活性化の決め手になり得るか?

 中心市街地の大型店退出跡にSM(スーパーマーケット)を誘致して「商業の核」とする方策は、「住む人・来る人増加」作戦とともに、「流行り」です。もちろんこの「流行り」は、「小売業界」の流行り・競争の趨勢ではなく、「中心市街地活性化業界」の流行りでありまして、今は昔、商店街立地からスーパーが脱出し、激甚な影響を蒙った当時のトラウマです。
 今どき、中心市街地活性化の「起死回生策」が“スーパーの誘致”などと考え・行動するのは、当時から現在までの「状況の変化」がすっぽり欠落している、省思考・脊髄思考です。

 もちろん、「居住機能」ということでは「歩いて暮らせる」範囲内に、業容が水準をクリアしているスーパーマーケットが配置されていることは前提条件です。
中心市街地立地のSMといえば、都市居住地域で展開されている最近のSM同業態内競争、ドラッグ・DSなどとの業態間競争による業容の進化とは無関係に旧態依然のものが多く、郊外から移住してきた新居住者はがっかりすることでしょう。 
居住促進はまず、ハイレベルのSMの配置から、というのは常識です。

 移住促進策につられて引っ越してきてみたら、「歩いて暮らせる」距離内にSMがなかった、ということでは羊頭狗肉、引っ越してきた人に泣きを見させることになりかねません。

 ただし、SMは「生活材の当用調達」行き先ですから、いくらハイレベルのSMを開設しても、これをデスティネーションに非・中心市街地からお客を誘引することは出来ません。
もちろん、SMに「買い回り型ショッピング」の流出をとどめるチカラもありません。
SMは中心市街地の「居住条件の整備」としては不可欠ですが、「商業の核」にはなり得ません。
飛鳥条件ではあるが十分条件ではない、というところでしょうか。
有ったからといってショッピングが楽しくものでもないが、無いととたんに生活が不便になる、というんがSMです。

 活性化の手段として「居住者増進」を推進する人は、交通手段に乏しい条件の人を集めて、劣悪なショッピング条件をガマンさせる、ということにならないよう、水準以上のSMの設置、がんばってください。
もちろん、“中心市街地の商業の活性化策”はこれとは別にしっかり構想・推進してください。


 さて、「経営とは想いを形にすることだ」と言ったのは、元祖経営コンサルタント、P・F・ドラッカーさんですが、この言葉に賛同するならば、補助金頼りで「形」に走る前に、「想い」をしっかり固めなければならない。

特に、
①小売業界の内外環境の変動は凄まじい
②商店街活性化は長期に渡って挫折続き
ということを踏まえれば、「従来の常識・成功体験は役に立たない」ことは明白ですから、なおさら「想い」の大切さが際だっています。

 経験を応用することで乗り切れない状況では、「仮説」を立てて、それを導きに試行していく、というアプローチを取ることが必要です。
どういう仮説を選ぶか、ということが問題になるわけですが、現状は、それ以前の段階、「経験に頼れない局面では仮説試行で漸進する」という「あたり前」が理解されていない、ということがあります。

 理解されていれば、“『基本計画』が幾つ認定されたか”という話題よりも、“今度認定された『基本計画』はどのような仮説に立脚しているか”ということが論議されたはずですね。
作成を検討中のところは、「仮説」の選択あるいは構築のまっさい中だと思いたいところですが・・・・。

 「経営とは想いを形にすることだ」ドラッカーさんに賛同しない人は、それぞれ自分で「経営とは何か」定義しなければならない。
「専門用語」は定義してはじめて使い物になるというもの、まず「活性化が実現している〈情景〉」が生き生きと思い描けないと、そこに至る筋道も描けません。
「にぎわい拠点を整備して回遊を創出する」といえば、「想い」の表現のようですが、「にぎわい」も「回遊」も“前代未聞の環境変化のなかで取り組む商業の活性化”という問題への取り組み・「仮説」に裏打ちされていないので、ただ単に“言ってみただけ”に終わる可能性がきわめて高い。

 お客が減った~通行量を増やそう~住む人・来る人を増やせという短絡思考で対処できる状況かどうか。
もちろん、そうではないことははっきりしているわけですから、非・短絡思考すなわち、昔ながらの“先進事例に随従する”というパターンに陥っている「全体」をどう救い上げるか、があなたの使命です。

 一部、経営とは数値目標を立てて追求することだ、という考えもあるようですが、この場合、もちろん数値目標は仮説・理論に裏打ちされていなければ、関係者にそっぽを向かれてしまう、というのが「継続経営体」の常識ですが、都市経営はスタートしたばかりと、条件は整っていませんが、整うまで待っていたのではそのうち取り組み自体が挫滅します。

 前人未踏の領域に突き進んでいく“「仮説試行漸進型の都市経営」の試行”が「中心市街地活性化」に課せられている「メタ」の使命です。


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タウンマネージャーさんの憂鬱

 「法」改正以来、生彩を欠いているのがTMOですね。とんでもないことですが。

 TMOの法的根拠は、『基本計画』に記載されているさまざまな「中小小売商業高度化事業」の実施についてとりまとめ、総合的な「構想」を作成、市町村に提出して認定を受けたもの、ということでした。いろいろ問題がありました。

 第一に、「中心市街地活性化」における「中小小売商業高度化事業」のポジション。なぜ、「中小小売商業高度化事業」の「構想」をまとめたものが「TMO=タウンマネジメント機構」になるのか、それは当然、「高度化事業」が中心市街地活性化の成否を制する事業だから、ということでしょう。
このことを理解するためには、高度化事業と「競争力の根幹である業種揃え・店揃え」との連関が理解されていることが必要です。
高度化事業は、「中心市街地を一個のショッピングモールに見立てて再構築する」という取り組みの根幹である「売り場連携」を推進する強力かつ運用が難しい道具です。これを使いこなすには相当の能力が必要でした。(もちろん今でもそうですが)

 もっとも重要な仕事は、基本計画が掲げる「一体的推進の目標」を達成・実現する方向で「商業者の自助努力を組織化する」ことでしたが、これに着手できたTMOはほとんど皆無だったのではないでしょうか。TMOの仕事のキモはここだということさえ理解されていなかったと思います。
このことが旧スキームの挫折の大きな要因です。

第二に。
 TMOが上のような本来的な任務を達成するには、相当の「経営資源」と「オーソライズ」を必要としたのですが、「問題意識の水準」からこのことは重視されませんでした。全体の取り組みのなかで占める位置、果たす役割も認識されず、「会議所方式=企画調整型」か「三セク方式=プロパー事業推進型」、どちらのTMOも本来あるべき姿にはほど遠いものでした。
 
 市町村は、中心市街地活性化の取り組み全体で実現しようとする「一体的推進の目標」が「商業者の自助努力の組織化で実現する売り場連携によるショッピングモールとしての再構築」であるということを認識していませんでした。「背景理論」が無かったからですね。

 したがって、「中小小売商業高度化事業構想者」であるTMOが、‘中心市街地活性化の全体としての「司令塔」である’、‘でなければ目的は達成できない’ということに想到出来ず、したがってTMOが司令塔して機能するために必要な各般の措置を取ることもありませんでした。
任務も権限も能力も与えられていないTMO、これが今日までずうっと続いているわけですね。

  さて、このような状況におかれているTMOですが、どういうわけか「タウンマネージャー」が設置されています。
本来、タウンマネージャーは、「自助努力の組織化で実現する売り場連携によるショッピングモールとしての中心市街地の再構築」の全体を総括・指導することが任務です。
なかなか高度な能力が必要なポジションですが、TMOの任務が明確でないことから、適材を確保し得ていないところが多い。
「適材」のスペックがわかりませんから当然といえば当然ですが。

  タウンマネージャーには「ショッピングモールをめざす」という文言に幻惑されてショッピングセンターのマネジメント経験者を宛てることが多いようですが、これは、一般にミスキャストでした。
SCマネジメントの経験者にとって販促やTMOが実施するプロパーの事業の推進は経験の範疇内でしたが、中心市街地が目指す「ショッピングモール」の理解や、「自助努力の組織化による売り場連携の創出」という正面任務については、従来の経験を越えていましたから。

  ということで、今日に至るもTMOは、みずから取得した施設の管理や共同販促の実施というレベルにとどまっており、本来業務・正面業務は手つかず、という状況にあるわけです。

  「法」改正によって「TMO」という名称は消滅し、「高度化事業の上位目的」は明確にされないまま、『認定・基本計画』の作成が急がれているわけですが、ここでまた大きな問題が浮上しています。

  新しい『基本計画』に組み込まれている「商業の活性化」を推進するのは誰か? という問題。

  認定済みの『基本計画』は、“中心市街地活性化協議会において定める”としているものが多いようですが、「認定」を控えた基本計画段階で決められなかった推進体制を、この後誰がどう構築するのか、その体制は何によってオーソライズされるのか、ということがその内容です。
 この問題、気づいている市町村はきわめて少ないと思いますが、取り組みの有無が「商業の活性化」の成否を左右します。認定後、このことに気づいたところもあるかも知れません。無いかも知れません。

  さて、当サイトには現役のタウンマネージャーさんたちがよくお出でになります。当サイトの常連さんですから、当然、その問題意識は当サイトのそれと共通しています。

  意欲旺盛、能力完備のタウンマネージャーさんたち、『新基本計画』の作成に当たっては、これまでの実務体験の総括を踏まえつつ中心的なポジションを占め、今度こそ「実効ある計画」を作るべく張り切っていたところ、実際に参画するのは「活性化協議会」のほうだけ、計画作成の委員会はせいぜいオブザーバーとしての参加、というケースが多いようです。

  もったいない話ですね。せっかく意欲と能力のある人材を確保しておきながら、活用できないわけです。

  一を見て十を妄想するコンサルタントの習性としては、こういう状況から直ちに、
①新基本計画の作成に当たっている陣容は、自分たちが取り組んでいる問題を理解していない
②したがって、出来上がる計画は、従前と同じレベル
③結果、新しい取り組みの結果は、前車の轍の跡
ということが見て取れるのでありまして、これはもちろん、現職のタウンマネージャーさんのうち、特に優秀な人たち、当サイトが提唱している方向と方法による中心市街地活性化の推進の「司令塔」の主要メンバーとして活躍する意欲と能力をお持ちの皆さんにも当然、洞察されているところです。

  この時期、タウンマネージャーさんの悩みは、せっかく装備している理論的・実践的能力が、今後自分の仕事のフレームとなる『基本計画』の作成に活用できないことですね。
もちろん、自分が参加しなくてもきちんとした『基本計画』が作られれば良いのですが、自分をはずして作る計画がどういうところに落ち着くのか、想定できないマネージャーさんではありませんから、その悩みはますます深い・・・。

  で、計画作成主体である市町村はといえば、自分とこで現在確保しているタウンマネージャーがどのような能力を持っているのか、それはタウンマネージャーに要求される能力として妥当か否か、といったことは一切把握していない、場合にうよっては把握する必要さえ自覚されていないわけですからねぇ・・・。

  タウンマネージャーさんは、マジメに職責を全うしようとすれば孤立無援のなかで自分の発言権を自分のチカラで獲得して行かなければならない。
そんなつもりで引き受けた仕事では無かったのですが、そんな仕事だったわけですね。

  ということで、思い当たる市町村の担当者さんは、あらためて「おらがのタウンマネージャーってどんな人だったかな」というところから確認することが必要です。
権限も資源も与えずに「まちづくりNPO」的役割に終始させていたのでは、「中心市街地のショッピングデスティネーションとしての再構築」などは夢のまた夢に終わること、間違いなし。

 当サイトが提唱する「への道」を実践するにはタウンマネージャー(名称はともかく)の職能を遂行できる人材の確保が不可欠、それも「基本計画」作成段階から配置して、プランニング業務に参画させることが、「認定」後を睨めば当然の措置です。

 以上はもちろん、当サイトご愛顧の皆さんに限定しての問題提起、当サイトと縁のない中心市街地にはそれこそ縁のない話ですね。

 ピンと来ない人は、このあたりの記事など。

『基本計画」とTMO について論じます。
論じますが、さて、実務遂行に役立ちますかしら。
作成済みor作成中の基本計画の実務に役に立たないようだと、当社の勘違いかもしくは皆さん、「役に立たない基本計画」を作っていらっしゃることになるかも知れませんのですが・・・。

商店街共同事業の活性化

商店街・商業者の皆さんへ

 マンネリに陥っている共同事業の活性化は、組織の命運を左右する課題です。ご承知のとおり。
マンネリ化しているとは、とりもなおさず、共同事業が所期の成果を挙げていない、ということ。所期の成果とはもちろん、参加各店の業績の向上ですね。

 これまでは“商店街にお世話になっているんだから”と「おつきあい感覚」で参加していたお店が、先行きの見えない業績不振に溜まらず、「おつきあい」が出来ない、と考えるようになっています。「組合に加盟しているメリットは何だ」という話にもなっていきます。施設リニューアルの賦課などの話が持ち上がると「脱退」も発生したりする。
 
 何とか共同事業を活性化して、個店の業績向上への可能性を見いだしていくことが緊急の課題になっています。
それも、新たなコストは極力抑えたい事情があるわけですから、経費は出来るだけ掛けないで、ということになります。

 虫のいい話ですが、実はこの時期、商店街の活性化は「お金を掛ければなんとかなる」というものではありません。

 共同事業、成果が挙がらないのはこれまで事業の前提としてきた“組合は販促=集客に取り組む、集めた客を「買い物客」にするのは個店の仕事”という話が成り立たなくなっています。
商店街の空洞化が進むのは「事業に取り組んでも成果が挙がらない」からですが、なぜ成果が挙がらないかと言えば、「買い物客」が来てくれないから。
なぜ来ないかと言えば、「買い物したいお店がない」から。

 肝心の「買い物したいお店」が無ければ、どんなにあの手この手を駆使してお客を集めても、個店の店内で商品が売れていく=共同事業の成果が個店の業績として現れる、という「あるべき事業の形」は実現されません。
共同事業の成果を挙げるには、事業に参加する個店の「売り場」がしっかり作られていることが大前提です。
まず、個店の「売り場の革新」に取り組まなければならない。

 ところが、個店は「売り場の革新」が必要なことは百も承知なのですが、どこをどう変えていけば良いか、ということになるとなかなか方向と方法が分かりません。「お客にするのは個店の仕事」といわれても「個店の仕事」である「売り場の革新」の取り組み方が分かりません。もちろんこれは一般の組合員さんだけではなく、「個店の仕事だ」とハッパを掛けている役員さんのお店も似たり寄ったりだったりします。
商店街ぐるみ、「売り場の革新」が必要だが方法が分からない、ということですね。

 共同事業の活性化に取り組むにあたっては、この実態を直視することが必要です。
共同事業が成果を挙げないと参加個店の組織離れが起きる。
成果を挙げるには参加個店の「売り場の革新」が前提だ。
「売り場の革新」必要性は痛感しているが方法が分からない。

 この行き詰まりを突破していくのが「共同事業の活性化」の目標であり、着眼です。

 「共同事業の活性化」と「売り場改革」に一体的に取り組んでいく「共同事業」を企画すること。
これがこれからの共同事業に課せられている課題です。

“話としてはその通り、問題は実践だがどう取り組めばよいのか?”

ということで。
既存共同事業の抜本的見直し

どうせなら本格的に
商店街、一から出直す活性化
長文ですが全体を検討してください。

 お金を掛けずに、街ぐるみ、個店の活性化・売り場改革を実現する「既存共同事業の活性化」を提案します。
メールでどうぞ。

今こそ“組合を作ってて良かった、事業に取り組んでいていよかった”と実感出来ないと、組織のメリットはありませんからね。

※行政・TMOさんへ
 共同事業の活性化は、『基本計画』への組み込むべきですし、実践的にはTMOによる指導が必要です。モデル組織を選定、先駆的な取り組みをスタートさせる、というのも一案ですね。
もちろん、実際のTMOにその余力は無いでしょうから当社が受託することになります。当社との協働でTMOに能力・ノウハウを移植することになります。



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『基本計画』の展開

 基本計画、新たに5つの都市が認定されました。

本部経由でさっそくアクセス、「目標」と「商業の活性化」をざっと読んでみました。皆さんは如何ですか。
認定済みの計画のほとんどがWeb上にアップされていますから、ひととおり読んでおかれることをお奨めします。

 これまでアップされている多くの『基本計画』がその実施予定の事業群について、スキームに定められた記載事項をスキームでしめされている要領で記載しています。

 問題を感じるのは、「商業の活性化のための事業」です。
福利や居住促進の事業は、単位施設を整備すればとりあえず一件落着ですから、○○を整備、という記載で良いかも知れません。
しかし、「商業の活性化」はそれでは済まないのではないか?

 商業の活性化を実現するための事業は、ハード&ソフトの両面に渡って多様な取り組みを展開することになりますが、これは一過性の単発事業を計画期間に配置して取り組めばよいというものではありません。
たとえば“ショッピングデスティネーションの再構築”という『一体的推進の目標』を掲げた場合、これを達成するために必要なソフト&ハードの事業群を「活性化のシナリオ」に基づいてそれぞれの事業を連携させつつ、期間中に配置して実施していく計画を立てることになります。

 初年度はおそらく「革新」の実現に必要な基礎レベルの事業を中心に取り組むことになるでしょうし、2年目は1年目の取り組みの成果を踏まえて一段上の事業に取り組むことになるでしょう。さに3年目は、というように取り組みは「デスティネーションの最適化」に向けて高度化されていくことが必要です。

 「デスティネーションの最適化」は、もちろん「業容三点セットの最適化」を意味しますが、なかでも重要なのはいうまでもなく「売り場連携(テナントミックス)の最適化」です。これは、域内の全商業者が「業容革新」を勉強し・仮説を立て・試行するという「漸進的方法」で取り組んでいくことになるはずです。一挙に変える能力はありません。これは個店についても単位集積についても中心市街地全体についても言えることです。

 単位集積(商店街)レベルにおける初年度の取り組みの中心は、意欲的な商業者をモデルに選定、「業容転換」への試行をスタートさせることになります。2年目は「モデル」にいっそう磨きを掛けつつ、第二陣をスタートさせることになるはずです。取り組みは次第に高度・広範になり、計画最終年度に所期の目的である「デスティネーションの再構築」が当面の目標水準で達成されることになる。

 というように、事業は各般の事業を有機的に連携させながら、基礎的なものか次第に行動なものへと段階的に取り組んでいくわけですから、当然、計画期間中の各年度にはそれぞれ事業が配置され、しかるべき達成目標が設定されなければならない。
全店一斉に初年度から最終年度まで同じ事業を繰り返していれば活性化が実現する、ということはありませんよね?

 ということで、毎度のことながら申しあげますと、『基本計画』は「活性化のシナリオ」を実現していくための各種事業をどういう順序で実施していくか、ということを決定し、個別事業をしかるべき位置・時期に配置する、という機能を持っています。
この機能をうまく活用しないと、いくら事業に取り組んでも「目標」に接近できない、というとんでもないことになりかねません。
これまでの取り組みがそうだったように・・・。

 この時期に作られる『基本計画』は、商業の活性化にとっては「商業活性化5カ年計画」という性格を持っている(持っていなければならない)ことは了解されたことと思います。長期計画の常として、手前の年度の事業は「何にどう取り組むか」明確に計画されていることが必要です。端的に言って「基本計画期間」がスタートしたら、これまでのルーティーンワーク(たとえばイベント)の中身もドンドン変わっていくはずですから、それらの具体的な転換についても計画が必要です。
「計画が出来上がったら行動が変わり始める」というのは当たり前ですからね。

 計画期間後半の取り組みは、前段階の事業の進捗・成果を基盤として展開するものが多くなりますから、当然、計画内容は前半に比べると抽象的にならざるを得ません。
 『基本計画』は、期間前半の取り組みは詳細・具体的に計画され、後半になるにつれて抽象的になる、場合によっては実施時期と実施場所だけが記載される、ということもあるでしょう。
 いずれにせよ、商業の活性化に関する事業計画は、スキームに示されている順序で各項目を「計画」すればよい、というものではありません。出来るだけ事業内容・実施時期・他の事業との関係・連携について明文化しておくことが必要です。

 「活性化のシナリオ」の展開として企画する各種事業を、有機的な連携の下で基礎的な事業からより高度な事業へと段階的に配置し、実施することは、目標達成に不可欠のことです。『基本計画』は個別事業の「計画集」ではなく、全体を「中心市街地活性化」という目標を達成する「一つの計画」として作らないと、最終目標を達成することはできません。
 このような着眼で見るとき、先行諸計画はどのように見えるか、目下作成中の計画はこのような要請に応えきる質量を持っているか。
あらためて検討してみる必要がありますね。

 計画担当の皆さんにとって、他都市の計画を検討することはとても意義があると思います。
以上、縷々述べてきたことを念頭に検討されると、さらに得るところが大きいはずです。

※ところで。
ご承知のとおり、当社は計画作成のスタート時点の取り組みを提案しています。

 取り組みの趣旨について異存のある人は少ないと思いますが、問題は取り組みが行われたかどうかということです。
当社流を採用するかどうかは別として、新しい基本計画の作成に当たっては、諸般の条件を勘案してこういう取り組みにする、という合意を「作成委員会」の」委員さんたちだけではなく、事業の結果をもろに蒙る、かつ本来なら事業の主体となるべき商業者の皆さんにも周知照ってしたおかなければならない。

 ということで、“基本計画作成に着手する時点”での合意形成はどうなっているでしょうか。
これから作成を検討する都市は、着手する前に是非、「合意形成」の機会を設定されることをお奨めします。
これは後で気づいても文字通り「後の祭り」ですからね。
遅くとも「計画作成プロセス」中には必ず取り組まなければならない。もちろん、お奨めは事前準備段階での実施です。


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『基本計画』、三者による認定

 新スキームの『中心市街地活性化基本計画』、めでたく国の認定を獲得して能事終わりと思ったらとんでもない、次に待っているのは、街区内の商店街・商業施設の関係者による“自分たちの自助努力の方向・方法として合意し、実践していく”という「認定」です。

 もちろんこれは、商店街の代表を含む中心市街地活性化協議会の合意とは別次元の話です。協議会の論議は中小小売業者をはじめとする商業者との意見交換抜きで進むはずですから(だって、協議会は商業者との協議に提示する「方向と方法」など持っておらず、したがって、話し合う材料がない。)国の認定を受けた後、あらためて“皆さん、これが国の認定を受けた基本計画ですよ、これで活性化に取り組んでください”という段取りになります。

 まあ、商業者には認定を受けた後でご披露すればよい程度の関わりしかない計画なんだ、ということかも知れませんが、いずれにせよ、それで商業活性化の最終目標「シャッターの内側の革新」「売り場連携」の実現による「ショッピングモール・ショッピングコンプレックス」としての再構築が実現できるでしょうか?
どんなに立派な計画が出来上がっても商業者が“この計画に自分の事業の命運を賭けて取り組む”と決意しないと中心市街地の「経済活力の向上」は実現できません。

 『基本計画』、国、商業者による認定の後に控えているのは、「消費購買ニーズによる認定」です。
即ち、中心市街地の商業機能が、消費購買ニーズを充足する「買い物客相」として行動する都市住民から「ショッピングデスティネーション」として認定され・利用されること。
 商業活性化のための取組とは、結局のところ、ソフト事業・ハード事業すべて、この消費購買ニーズの受け皿・商業集積として再構築することが目的ですからね。「買い物の行き先」としての「認定=利用増進」につながらない「活性化」は本当の意味での活性化ではありません。

 三つの「認定」のうち、もっともクリアするのが難しいのはどれかといえば、ご明察のとおり、「消費購買ニーズによる認定」です。ぶっちゃけ、消費購買ニーズによる認定さえ得られれば他のふたつの認定は関係ない、といっても過言ではないのですが、中心市街地の現状からすれば、国の認定よる補助支援の活用~商業者との合意による自助努力の組織化を実現して、一致協力、最後の難関に取り組んでいく、という方法しかないわけです。

 『基本計画』の作成段階では、ややもすると国の認定を得ることばかりが気になって、専門家さんたちから「認定をクリアする数値目標作成のノウハウ」や「先行取得した都市の情報」などを伝授されつつ、「先行事例なみの計画」作成に励むわけですが、こういうアプローチでは認定を受けた時点で取り組みは終了、あとはメニューに載せたハード事業と販促事業が進められるだけ、肝心の消費購買ニーズの認定を獲得する取り組みに進展することは、ほぼ皆無でしょう。

 ということで、皆さん、基本計画の作成に当たっては、
①「買い物行き先」として確実に認定される「ショッピングデスティネーションの再構築」を計画し、
②商業者の自助努力を組織し目標達成に向けて各般の事業を一体的に推進していく「推進体制」を組織する、
③取り組みの集大成をもって国の「認定」を得る
というアプローチが絶対に必要です。

 「ショッピングデスティネーションの再構築」を明確に掲げていない「にぎわい創出」や「回遊性創出」では、商業者の「われわれ自身の活性化計画だ」という認定も、まして都市内外の消費購買行動による「私たちの買い物の行き先」としての認定も得ることは出来ません。
 
 消費購買ニーズから見れば、ごくごく当たり前のことであり、takeoも書いていて恥ずかしくなるわけですが、ま、このあたりを確認しなければならないところが中心市街ち活性化の実態ですよね、ということで。
「三つの認定」必要だよな、という人、引き続きおつきあいくださいませ。

注:デスティネーション:
当社の「専門用語」です。ご参照あれ。
『用語解説』「デスティネーション

※サイト【中心市街地活性化への道】情報

最近増えているアクセスの中身は、商業者の皆さんが多いようです。嬉しいですね。
【目指せ!繁盛店】現在「品ぞろえ」を考え中です。
ゆめタウン別府』、『イオン大牟田関連』もさらに充実させます。乞ご期待、です。

当ブログの主張、もっと普及させるべきだと思われたら
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「活性化」に欠けていた「ハート」

1.商店街活性化、なぜ成功しないのか

全国・全都市・全商店街で数十年に渡って取り組まれているにもかかわらず、成功事例は数えるほどしかありません。なぜか?

 『改正中心市街地活性化法』のスキームでは、はじめて「中心市街地活性化」が定義され、
①都市機能の増進 と
②経済活力の向上 とされました。

 ちなみに、商店街が集積として担っている「小売機能」は、どこからみても立派な都市機能の一つであり、特に「三要件」に合致する中心市街地=商業街区にとってはもっとも基本的な機能です。中心市街地における都市機能の増進といえば、小売機能の「増進」を除外しては考えられないわけですが、如何でしょうか。

 さらに。
活性化の定義のもう一つ、「経済活力の向上」について。
中心市街地に立地している都市機能で、その活性化に取り組むことが「経済活力の向上」に直結しているのは、第一に小売業であり、すなわちその集積としての商店街ですね。

 では、「商業の活性化」とは商業がどうなることか? これは未だに定義されていません。本来ならそれぞれの基本計画で「わが中心市街地における商業の活性化を次のとおり定義する」というように定義すべきでしたが、定義している例はこれまた数えるほどしか無かったのです。
どうして活性化できなかったのか?
答は簡単、「活性化とは街がどうなることか」定義していなかったからです。「活性化」を定義しないまま「活性化」に取り組んできた、これがこれまでの取り組みの実状です。

(1)「商店街活性化」とは商店街の何がどうなることか、誰も定義していなかった

 全国・全都市・全焼店街でこれが定義されないまま、従来的な活性化事業が計画され・推進されたわけです。

 もう少し掘り下げておきましょう。
実は、『整備改善活性化法』のスキームが登場して、従来からの施策と大きく変わったことは、「TMOの設置」のみであり、その他の施策は『商店街活性化ビジョン』時代とそれほど変わっていません。
ということは、ここで大事なことは、「これまで多年取り組んできたが、成功しなかった「商業活性化」について、総括し、一体「商業の活性化」とは商業にどのような状況が生まれることか、という「定義」を行うことが必要だったのではなかったか?ということです。

商業の活性化とは? 商店街の現状・関係者が願っていることを忖度すれば、「商店街活性化」とは、
 ①事業に取り組んだ結果、
 ②繁盛する個店が続出し
 ③街全体が「買い物の場」として繁盛すること
つまり、商店街における「商業活動が活性化される」ことだと思います。

 この定義は「活性化事業」が始まって以来今日まで、一貫して妥当な定義だと思います。
この定義が無かった。したがって、計画された事業も、『商店街活性化ビジョン』当時から商店街ごとに取り組んできた事業とほとんど変わりませんでした。

次に。
(2)三者三重・同時並行の間違った取り組み
①個 店:全盛期~現在まで「間違った試行錯誤」の繰り返し
②組 合:「個店には問題はない」ことを前提にした「販売促進」の繰り返し
 高度化事業という名の施設整備が中心だった(成果は不問)
③TMO:「買い物の場」づくりに直結しない「補助事業」主体の取り組み
  高度化事業をはじめ、個店レベルの業容・活動の革新には踏み込まない事業展開

 ということで、これもおおむね過去の組合単位で取り組んできた事業の欠陥というか、不足を踏襲しています。

 「高度化事業」については、このところ何度も書いていますが、消費購買ニーズの高度化、競合する商業集積の機能の高度化に対応して「ショッピングデスティネーション」としての位置を維持拡充して行くためのトータルの取り組みの一環であること、高度化事業単独ではけして目的を達成できないことは、当時も今もこれからも同じです。
もちろん、これは高度化事業にかぎったことではありません。
商店街活性化のための事業は、常に業容三点セット、トータルでの取り組みでないと成果を挙げることが出来ません。
このことは個店であれ商店街であれ変わりはありません。


2.仏作って魂入れず

 取り組まれた個別事業はと言えば、成功したものもあれば失敗したものもある。どちらかといえば、個別事業のレベルでは整斉と実施され、つつがなく終了したものが多かったと思いますが、その結果、街全体がどうなったか、ということが問題でしょう。

 たとえば、景観整備を目的とするファーサード整備事業に取り組んだ商店街は、景観整備という直接の目的は達成されますが、では景観整備はなんのために取り組んだのか、という上位目的との関連をチェックして見ると、「繁昌創出」という最終目的の達成にはほど遠いわけですね。
そうすると当然のことながら、にぎわい・繁昌とはほとんど縁のない街や個店の情景が続くことになる・・・・。

 「こうすれば買い物環境はもっと良くなる」という事業には種々取り組んできたものの、買い物行き先としての商店街にとって肝心カナメである、「売り場」づくりが進められていなかった、という致命的な欠陥があるわけです。
特に来街・来店・買い物目的である「欲しかった商品を買って帰る」という行動の対象になる・品揃えと消費購買ニーズとの間にギャップがあり、さらにその上、提供しているサービスや店内外の環境もぱっとしない、という状況があれば、お客に「買い物行き先」として評価・使ってもらう、ということにはなりません。

 こういう状況は、組合ごとに事業に取り組んでいた当時からよく見かけられたことでありまして、「環境を整備し人を集めるのは組合の仕事、集まった人をお客にするのは個店の仕事」といったことが執行部ではよく言われていました。
しかし、「個店の仕事」はどう進めるべきかということが執行部各位を含めて分かっていなかった、これがかっての商店街単位の「取り組みを続けても空洞化が進む」大きな原因だったと思います。

 新しい取り組みでは、従来の事業経験などにこだわることなく、「買い物行き先としての魅力」をどう作っていくか、ということに主眼をおいた取り組みが必要だったのですが、昔取った杵柄、これまでの事業ならこれまでのやり方がある、ということで進められてしまった、ということでしょうか。

 結局、いろいろ取り組んでは来たが、お客から見て「買い物して持って帰る」商品を揃え・提供するという肝心のところが手つかずだった、ということ。“仏作って魂入れず”ということですね。
旧スキームでは知らず知らずのうちに、従来の取り組みが踏襲されてきましたが、今度はきっちり「魂」を入れた取り組みにして確実に活性化を実現しないと、次の「やり直し」機会は無いかも知れません。

 各種事業に取り組むにあたっては、必ず、個店の「売り場の革新」、「業容革新」への取り組みを計画・推進すること。

 これが出来るか否かに商店街活性化の成否が掛かっています。
中には、既存商業者には期待しない、外部からの誘致に賭ける、という計画もあるようですが、それで街が「買い物の場」として活性化することは期待出来ません。


3.ハード、ソフト & ハート

商店街のにぎわい創出のための事業といえば、これまで
ハード事業=共同施設事業
ソフト事業=共同経済事業
ということに決まっていました。

 このところよく言われるのが、“これまでの取り組みはハード事業に偏っていた、これからはソフトに注力しなければならない”ということ。
そうだ、そうだった、ということで、販促イベントや一店逸品などに取り組むことになりますが、その結果は先行事例を見れば一目瞭然、成果が挙がることはありません。

 一店逸品の成功事例としては静岡市の取り組みがよく引用されているようですが、
①どうしていつまで経っても静岡だけなのか?
②静岡市の取り組みとその他の取り組み、どこが違うのか?
といったことはあまり問題にされていないようです。
ポイントシステムの成功事例がいつまで経っても烏山、というパターンと相似、どうしてそう言うことになるのか、原因は分かっていますがここでは省略。

 ハード、ソフトと分類される事業はいずれも上位目標を達成するための手段として取り組まれます。当たり前のことですが。
上位目標をきっちり定義しないまま取り組まれる事業は、ハードであろうとソフトであろうと、個別目先の「達成」だけ、上位目標の達成に貢献することは出来ません。

 これまでの取り組みに欠けていたのは何か?
ハード&ソフトを貫く、「ハート」が欠けていました。

 にぎわいは、“お客の目的達成に貢献することを通じて繁昌を実現する”という基本姿勢に基づいて取り組まれる店づくり・商店街活性化の取り組みがお客から評価され、支持される結果として、はじめて生まれる店内、通りの情景です。

 皆さんの意欲に基づく取り組みが「店づくり」として結実し、それがお客の「生活をもっと豊かに」という思いに届いたとき、はじめて「買い物の場としてのにぎわい」が生まれます。
ハード&ソフトの取り組みは、ハートを実現する手段だということをあらためて肝に銘じておきましょう。ほれ、「ハー(ド&ソフ)ト」で包まれていないとものの役には立たないのが商店街活性化事業です。

 肝心の「何を実現するための取り組みか」ということがキモに銘じられていない場合、どんなに大規模な事業でもその結果「繁昌店が増えた・軒を連ねるようになった」ということにはなりません。
全国各地のハード&ソフトの取り組みの結果がこのことを証明しています。
これから取り組まれる事業も「何のための取組か」という目には見えない領域・ハートの領域がしっかり固められていないと同じ轍を踏むことは確実です。

 取り組みは上位目標ありき、ハートあってのハード&ソフト事業です。もちろんここでいう「ハート」とは“心構え”などのことではなく、最終的に達成を目指す“「お客さんに支持されるショッピングの場」といういまは目に見えない目標”のことです。

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都市経営・新スレッドのスタート

 先週予告しましたサイトの新記事「中心市街地は中心性を再構築せよ」スタートしました。

 新・スキームによる基本計画作成における課題の一つは、中心市街地活性化の取り組みを関係各方面にあらためて「売り込む」こと、つまり「その気にさせること=マーケティング」ですね。
 当サイトは、これまで計画実務の担当者及び商業者の皆さんを対象に「その気」になれるような情報を提供してきました。
計画を作る段階は、皆さん以外の関係者を「その気にさせる」プロセスです。

1.商業者は「基本計画」を自分の事業の命運を賭けて取り組む「繁昌への道」と確信して取り組んでくれるだろうか、という大きな課題があります。果たして商業者の皆さんは「その気になってくれるのか?」
計画事項は「商業者の立場」でチェックすることが必要です。

2.非・中心市街地に居住する市民に対して、この時期、他に優先して中心市街地活性化に再チャレンジする理由を示し、納得させることができるか?
彼らにとっての「中心市街地活性化」のメリットとは何か?

 ふたつの課題は同じことの「裏表」でありまして、そのカギとなすのが「中心性」ということです。「中心性の再構築」は、都市における中心市街地の不可欠性、活性化の都市経営の戦略上の重要性を明らかにするととも二、「活性化の方向と方法」を誤解の余地無く示します。

 関連する先行記事ともども活用してください。

 この時期、「理論の共有」をサボって(不可能なまま)見切り発車せざるを得なかった計画作成プロジェクトは、本来なら会合を重ねる毎に機運が盛り上がるべきところ、問題山積、いつの間にか「いつか来た道」へと回帰してしまう時期を迎えているはずです。
 
 自分たちが解決しょうとしているのはいったいどういう問題なのか、あらためて自問自答が必要ですが、一助となれば幸いです。

※先に雑誌のインタビューを受けていました。
皆さんにとっては珍しくもない話ですが。


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ストーリー性が切望される基本計画

 中心市街地という多種多様な機能が集積する地区を5ケ年という期間の取り組みで活性化しようと言うわけですが。

 こういう総合的な取り組みの場合、その計画には必ず「ここからあそこへこういう方法でたどり着く」というシナリオ、「物語性」が必要です。個々の事業は、全体のストーリーに上手に組み込まれてはじめて、「活性化のための事業」になります。
ストーリーを欠いた取り組みは、多様多彩な事業をいくら並べても所詮、単発・一過性で終わります。
疑う人は「回遊性の創出」などをうたい文句に誘致された大型集積が何をもたらしているか、喧伝されている各地の状況を確認してみられることをお奨めします。

基本計画は、ここからあそこへどういう道筋をたどってたどり着くか、というストーリーを実現するための仕事の計画です。
「ここ」「あそこ」「たどるべき道」が明確でないと、取り組むべき仕事、種類とか順序とか、は分からないはず、にもかかわらず立派に計画が作られ認定されている、という状況がありますね。

現状は、
①「ここ(現状)」が的確に把握されていない
②「あそこ(目的)」が適切に設定されていない
という状況ですから、
③「たどるべき道(活性化の方向と方法)」が分かるはずがない
というなかで作られる
④基本計画に実効性があるだろうか?

ということですね。

「もって他山の石」ということわざがありまして、省略形です。
「他山の石、もって玉を攻むべし」が本来の成句、“よその山から出た有用性に乏しい石くれでも玉を磨く役には立つ”ということで、「人の振りみて我が振り直せ」と同義です。
で、「ストーリー性のない計画」は「他山の石」ですからね。

 一読、ストーリーが伝わってこない計画・事業が羅列されているだけの計画は計画の名に値しません。
間違っても「他山の石」を「玉」と間違えてパクったりすることがありませんように。老婆心ながら。


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有限会社 クオールエイド

  • Author:有限会社 クオールエイド
  • 【キラリ輝く繁盛店づくり】
    お客に見える店づくり―見える化をテーマに【個店の繁盛】から【商店街活性化】、【中心市街地の商業集積としての再構築】まで一貫した取組を支援します。
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