「一店逸品」の起死回生

 一店逸品運動については、これまで散々批判してきました。

一店逸品、私はこう思う

続・一店逸品

行き詰まっているものを批判するだけでは、生産的な話になりません。もちろん、運動をさっさと切り上げ、当社的「商人塾運動」に参加することがお奨めですが、これまでのいきさつからなかなか右から左へというわけにも行かないですよね。

 そこで。
「一店逸品運動」を換骨奪胎、ホンモノの繁盛店づくり・商店街活性化手法として実効ある取り組みにするための方策を考えます。運動に行き詰まりを感じておられる皆さんにとって参考になれば幸いです。
一店逸品・起死回生
話はスタートしたばかり、一店逸品からスタートして「繁盛店」「繁昌商店街」を実現するまでの道筋を描きます。

 なお、従来の「一店逸品運動」が行き詰まっていそうな商店街などご存じなら是非、当記事をご紹介ください。

 さらに、『新・基本計画』で「魅力ある個店づくり」を打ち出し、その手法として“商店街組織による一店逸品運動の推進”を計画している都市の関係各方面の皆さんも是非、一読されることをお奨めします。


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カント的自力思考

 サイトの【理論創発コーナー】に『カント「啓蒙とは何か」を読む』というスレッドがあります。
考えようとしたのは、「自力思考」ということでした。

 「啓蒙」とは“蒙を啓く”ということで、誤ったり、ためにならない知識や考え方を払拭することを意味します。誤った知識やためにならない考え方を身につけている人は、みずから努力してみずからの蒙を啓かなけれならない。
カント的・『啓蒙とは何か』的「啓蒙」が意味するところです。

 ところがわが国の「啓蒙」は、幕末・明治にかけて怒濤のように押し寄せた「進んだ文明」の一環として輸入されたという事情もあって、“遅れた考えを矯正する”、“進んだ知識・考えを持つものが、遅れているものを善導する”という意味合いで用いられて現在に至っています。

 この「啓蒙思想」には、度し難いものがありまして、右も左も科学も宗教も、みんな進んでいるものが遅れているものを指導する、というカントが厳しく論難した立場のものたちが「啓蒙」を自称しています。
客観的には噴飯であり、しかし、主観的にはホントに困ったことですね。
「進んでいる」と自覚している人大杉。
「遅れている」と自覚している人も。

 自力思考とは、“自分が責任を負わなければならないことについては自分で考える”ということです。これだけでは自称啓蒙派も“その通り”と賛成するわけですが、問題は「自分で考える」の方法にある。もちろん、自力思考には能力も技術も必要ですが、まずは「方法」を知らなければならない。

 カントさんは啓蒙のための技術的な方法として「公的言論」への参加を提唱しましたが、その究極の目的は“自分が責任を負わなければならないことについては自分で考える”ために必要な能力を修得することでした。何も公的言論の場で交わされている議論を取捨選択、そのどれかを選択するためではありません。
「言説を批判的に検討する」とはどういうことか、具体的な言論の場での応酬を見聞することを通じて理解・修得させることを目指したわけです。カントさんにとって啓蒙とは、進んでいる人が遅れている人を善導する、といったアホなな話ではなく、「未成年者(自力思考能力を駆使できない条件の下にある人)」が「後見人」の指図から自由に、自分のことについては自分の能力を使って考える、という生き方の実現を目指すものでした。
そのためには、何であれ提出された主張を「批判的に吟味する」能力が必要です。

 「公的言論」に関わることで、「議論の技術」を理解し・修得すること。これがカントさんが私的立場を離れて「公的言論」に参加することを提唱し、関係方面に「言論の自由」を要請した所以です。
その究極の目的は「私的領域」で「自力思考」をあやつる能力を身につけることでした。
われわれにとって“自分が責任を負わなければならないこと”は私的領域でおこることであり、“・・については自分で考える”ことがもっとも必要なのは私的領域においてです。

 ということで、カント『啓蒙とは何か』昔読んだ人・読まなかった人を問わず、あらためてお奨めします。

※ご承知のとおり、「自力思考」は【理論創発コーナー】をはじめ当社サイト全体の通奏低音のつもりです。
「中心市街地活性化への道」という都市経営上の課題にとり組む「公的言論」の場として「公的利益」の実現に貢献することを目指しつつ、個々の参加者はそれぞれ私的利害に直結させながら、読み・考え・書くことにより、自力思考能力の向上を目指す、という重層する目的を立てています。
読み・考えるだけでなく「書く」ことによる効能効果についてはあらためて書いてみたいと思っています。

 ROMも有効ですが、言論への直接参加はさらに自力思考能力の向上発達に効果があると思いますので、自力思考の趣旨にご賛同の皆さん、ふるってドシドシ議論に参加してください。
あなたの参加がその分必ず議論の効果を高めます。

商店街組織の現状と課題

インパール作戦の末期のことです。
インパール作戦

以下、同記事からの引用:
*********************************
 作戦の帰趨を悟った牟田口中将をビルマ方面軍司令官河辺正三中将がインタギーに訪ねて会談。お互いに作戦中止もやむを得ないと考えていたが、それを言い出した方が責任を負わなければならなくなるのではないかと恐れ、お互いに作戦中止を言い出せずに会談は終了した。
 この時の状況を牟田口中将は「河辺中将の真の腹は作戦継続の能否に関する私の考えを打診するにありと推察した。私はも早インパール作戦は断念すべき時機であると咽喉まで出かかったが、どうしても言葉に出すことができなかった。私はただ私の顔色によって察してもらいたかったのである」と防衛庁防衛研修所戦史室に対して述べている。
 これに対して河辺中将は「牟田口軍司令官の面上にはなほ言はんと欲して言ひ得ざる何物かの存する印象ありしも予亦露骨に之を窮めんとはせずして別る」と翌日の日記に記している。このため作戦中止が遅れ、被害が余計に拡大する結果となった。
*****************************引用終わり

 この会談の結末は、死ななくても良かった幾多の兵士を死に追いやることになりました。
これは特異なケースではなく、同じようなことは、戦争後半にはあちこちで見られたわけでありまして。何が言いたいのかといいますと。
“この臆病もんどもが!”ということではもちろんありません。

 中心市街地・商店街活性化をめぐってはほとんど全く誰も口にしないことがありまして、
「商店街組織は本来果たすべき機能を果たすことが出来ない」
ということがそれですね。
誰も言いませんが、言わなければ問題はないということでものごとが進んで行くのか、といえばもちろんそんなことはないわけで、組織自体を「存在しなかった」ことにして話が進められていく。組織に関わる問題はカッコに入れて放置。
それでことが済むかと言えばそうはいきません。商店街組織の取り組みを抜きにして進めようとすれば、やがてどうにもならない段階でそうは行かなかったことがだれの眼にも明らかになる。

 上記作戦における責任者二人の態度は、なんともいやはや、わが国古来のビヘイビア?「もの言わぬは美しきかな」がもたらすものは何か、ということを誤解の余地無く教えています。

 商店街組織の現状、当社が佐賀県商店街振興組合と協働した調査のレポートがあります。

商店街振興組合の現状と課題

 皆さんご関係の商店街組織にも深く共通する課題が指摘され、かつ、対策もそれなりに提起しています。一読のうえ、当記事と一緒に関係各方面に提起されるとなにがしかの「波紋」を起こすことが出来るかも知れません。

 さて、このところ、「活性化に取り組むと空洞化が加速する」という卓抜した記事を何度か紹介しました。
'98~2004 旧中心市街地活性化法の実績

 “コロンブスの卵”でありまして、本来なら「行政評価」で指摘されてしかるべきところ、そうすれば新スキームにおける取り組みも・もう少しは・何とか・なったのではないでしょうか。といっても詮無いこと、御地の取り組みでは
是非活用いただきたく、関係の皆さんとともに熟読玩味、活性化をめぐる議論は是非この記事を共通の土俵に繰り広げていただきたいものです。

 「活性化に取り組むと商店街の空洞化が加速する」という経験則が成立するならば、「活性化に取り組むと組織の空洞化が加速する」ということも起こっているのではないか? ということが懸念されます。

 特に、商店街振興組合の場合、改組・成立のきっかけが「高度化事業の受け皿」ということだったりするわけで、そうしますと、この傾向は蓋然性が高くなる。

 商店街組織、成立の経緯はどうであれ、現在~将来の組織は「商業集積としての運営」を目指すことが不可欠です。

 『中心市街地活性化法』の制定は、従来“点や線”レベルにとどまっていた活性化の取り組みを“面”的レベルに拡大する、即ち、ショッピングゾーン全体を一個のショッピングモールに見立てて活性化の実現を目指す、という画期的な方向を打ち出すものでした。
 
 この方向が提起された時点で、商店街組織のあり方は抜本的な見直しが必要だったのですが、そのことに気づき、基本計画において「商店街組織の活性化」に向けた取り組みを計画した都市が幾つあったでしょうか?
これまでのことはともかく、今にして思えば「必要だった」ということは納得ですよね?

 活性化できない活性化事業に取り組んでいるうちに、もともと活性化事業の受け皿としてスタートした組織もガタガタになっています。何とか形を維持しているのは、収益事業がうまくいているところだけ、賦課金を主要な歳入源としている組織のほとんどが青息吐息ではないでしょうか。

 こういう局面で組織は何に取り組んでいるか?
相も変わらず「補助金を取ってくるのがリーダーの仕事」というデタラメが信じられておりまして、愚にも付かぬ事業にお金と時間をつぎ込み、その間、肝心のお店・売り場は手つかずという状態。空洞化は加速して当然です。

 ということで、「活性化に取り組めば個店の業績が悪化する」という経験則も成立しそうです。もちろん、これはハード・ソフトという事業区分に関係なく成立していると思います。

 「商業集積としての商店街」というのは、これまでの商店街活動には存在しなかった概念であり、本当に商店街を「面」として活性化する、という方向を目指すなら、しっかり考えるべき問題です。

 このあたりの記事はしっかり読んでいただいていますか?
商店街を経営する

 商店街組織のリーダーたる人、この時期、このくらいの問題意識は持っていないと、「中心市街地活性化」に遅れを取ってしまいます。計画された事業は整斉と進められたが商店街活性化だけは蚊帳の外だった、とか。

 そもそも高度化事業の目的は何だったか? こういう話も刺激的かも。

 元気のいいTMOさんなどは、“既存組織は相手にしない”と意気軒昂だったりしますが、ホントにそれで将来にわたってやっていけるんですか、となると難しいですね。
既存組織を無視して進められる事業は限られており、組織を無視して進めることが結果的にどう作用するか、ということも勘案しなければならない。
 
 ということで、いろいろと難題はあるものの、商店街組織の活性化を抜きにした中心市街地 ―商業街区― の活性化はあり得ません。
で、「商店街組織の活性化」という無理難題にどこからどう着手するのか、ということですが、まずはこのあたりの勉強会など如何でしょうか。
商店街リーダー研修会

 商店街組織は、“儲かってナンボ”の商業者の組織です。
にもかかわらずこれまでの話は「儲け話」につながらない、「公的資金でこんなことができる」という話がほとんどでした。補助金で誘導するというパターンの組織運営ではもはや組織を維持することも難しくなっています。
 組合員共通の原点である「儲かること」まで立ち戻り、あらためて組織として何が出来るか、「儲けるために組織をどう使い回すか」という視点での「組織活性化」に取り組まなければ、明日の商店街はさらに「空洞化の加速」が待っていることは確実です。

 お手数ですが次の記事、商店街のリーダーさんなど関係各方面への配付を期待しています。

「今、商店街組織は何を為すべきか?」


 第一次、二次認定の基本計画に基づく、それぞれの商店街組織ではどのような取り組みがスタートしているでしょうか?
商店街組織としての“満を持しての取り組み”などはな~んも始まっていないのではないでしょうか?
そもそも計画されておりませんし。 
少なくともハード事業やイベントなどを除く「商業集積として何とかする」という趣旨の取り組みについては、手つかずのまま計画期間を「乗り切って」行くことになる・・・?

 一日も早く“「儲け」につながる実践”を組織する方向への舵取りが望まれます。

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情報の GIVE&TAKE

情報には情報をもって報いる、ネットの不文律でしょうか。

 クオールエイド社のサイトは、知る人ぞ知る、理論構築のための作業場をかねた掲示板を各種用意しておりますが、どうも使い勝手が良くないことから、双方向性を確立することが出来ません。

そうしたなかで、この度、各地における「基本計画」の見直し・作り直しの情況について情報を交換するスレッドを立ち上げて見ました。
【都市経営入門コーナー】「計画つくり 各地の状況
さっそく都市の取り組み状況につちえ投稿いただいています。

 同じ問題に取り組みながら、各都市は孤立状態、他からの情報はほとんど入らない、というのが通り相場の中心市街地活性化、あらためて考えてみれば奇妙なことですね。 せっかく各地で取り組まれているわけですから、支障を来さない範囲で生の情報交換を行うことはお互いに参考になることが多く、大いに意義があるものと思います。

 果たしてどのような展開になるのか、予断できない中でのスタートですが、参加有志にもご協力・ご尽力をいただき、効果的な情報交換の場になることを願っています。
よろしければご参加ください。

その他、サイトの状況
※「にぎわい」の考察
 新『基本計画』の目玉事業の一つとして取り組むところが多いようです。しかし、考えてみるといまいち内容がよくわかりません。中心市街地に住む人が増え・来る人が増え・イベントで人出を誘えば街は賑わうようになるのでしょうか?
にぎわいの考察
「通行量」、「一店逸品」に次いで、本格的な考察を目指します。

商店街の通行量


ところで、「一店逸品」批判は如何でしたか?
一店逸品 私はこう思う

運動に水を掛ける、というところには遠いような気がしますが・・。
特に運動推進中の皆さん、“バカ言うな、こんなに成果が挙がっているゾ”など、是非「怒りの反論」などお寄せいただき、takeoめをノックアウト、一から勉強し直させてください。
ちょっと前にはこういう記事も書いています。
『「店前通行量」も「一店一品」も

※『中心市街地活性化への七つの疑問
『教育再生会議への七つの疑問』の形式をそのままいただいて、最近見聞する中心市街地活性化への取り組みに対する疑問を『中心市街地活性化への七つの疑問』としてまとめてみました。

再生会議関連の元記事
神奈川県選出自由民主党所属の衆議院議員さんのサイトです。

再生会議といえば最近、事務局長さんだか室長さんだかが任期半ばで華麗な変身を遂げられたとか。
コネスカッティっすね。


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「にぎわい創出」の考察

 “まちづくり”、“にぎわい”など、大和言葉を用いられるのはひょっとしたら使う側の深謀遠慮があるのではないか?

「中心市街地活性化」とか「通行量の増大」と書けば、「定義」とか「効能効果」とか質問が返される可能性があります。
これまで定義しないで使っているうちに成果も挙がらないまま手垢にまみれてしまった言葉、今さら定義するのも大変かも知れません。
その点、大和言葉の場合は、いかにも誰もが知っている・使っているコトバというニュアンスが濃厚で、よほどの偏屈でない限り、「定義」とか「効能効果」とかのリアクションは取りにくい。

 一方、「中心市街地活性化」も「商店街活性化」などろくすっぽ定義もしないままで使っていたら、だんだんボロが出来てきたというか、色があせてきたというか、用語自体に飽きてきた、効能効果が薄れてきた、それで新しい言葉に言い換えてみた、ということかも知れません。

 ところが。
平常何気なく使っている言葉に限って、いざその意味するところをハッキリさせようとすると、どういうわけかめちゃくちゃ難しい、ということがありまして、“まちづくり”とか“にぎわい”などなど、「大和言葉」が専門用語に紛れ込むと一段とその感が深い今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
「まちづくり」などは、住宅地でも農村・漁村・山間地でもみんな使っている典型的な蒙昧語です。

 ということで、このところ理論的な話題が多い各掲示板ですが、さらにもう一押し、“にぎわい”について考えてみたいと思います。

 そもそも“にぎわい”とは何のことか? どういう情況を指して“にぎわい”というのか?
長文ですが、ますはクオールエイド社の『合意形成セミナー』のテキストの一部を紹介します。

***************** 以下引用 ***************

《にぎわい拠点創出部会 ワークショップ資料》
〈第一部 にぎわいと商業活動の活性化〉
Ⅰ 基 本 視 点
1.にぎわいとはなにか
(1)より生活を堪能したいという目的を持つ人々が目的を達成する
ためにデスティネーションを訪れ、目的を達成する過程を楽し
んでいる情景が「にぎわい」である。
①集客装置の整備ではない
②集客活動の展開ではない

******************* 引用終わり *********************

 テキスト引用は、新・基本計画の認定を受けた都市で認定後最初の事業として、TMO主催の研修会、①全体向け ②部会向け ③TMO事務局向けと組織・テーマ別に、」二日間にわたって取り組まれた研修のうち、
②にぎわい拠点創出部会の研修テキストから。
takeoとしては新しい取り組みのスタート時点の事業を仰せつかったわけですから、気合いを入れて取り組みました。

□ 商店街的賑わいとは

 「賑わい」は、「殷賑=商売などが活気のある様子」と言うように、もともと「商行為」と密接に関係のある言葉です。
「賑わい」の本来の意味は、「小売店の店頭にショッピング客が集まっていること」ですね。

※念のため:
 ショッピングとは、「買い物」よりも広い概念。下見・冷やかし、暇 つぶしなどの「商店街・個店における行動」を含みます。
 「購買行動」も単に「買い物」だけではなく、ショッピング~購買の 全プロセスを含むと考えたほうがより実態に近いと思います。

※本 論
「商店街の賑わい」とは文字通り、「ショッピング客による賑わい」でないと、商店街という「買い物の場」にとって自己否定につながりかねません。

商店街にとって「賑わい」とは:
「商店街を〈買い物の場〉と認知してショッピング目的で来街した人たちが作り出すとおりの情景」のことです。

したがって、「賑わい創出」とは:
「商店街が〈買い物の場〉としての優位性を実現した結果として実現する来街ショッピング客が作るとおりの情景」のことですから、
> ①集客装置の整備ではない
> ②集客活動の展開ではない
ということになります。

 商店街の「にぎわい創出」とは、「街にショッピング行き先としての優位性」を実現すること、以外にはありません。
ショッピングに関わりのないその他、考え抜きで口にされるモロモロではにぎわいを創出することは来ません。
街が賑わうか否かは、お客が街をどう評価するか、ということで決まりますから、本当は商店街その他の人が「にぎわいを創出する」というのは土台無理な話でありまして、皆さんに出来ることは、潜在的なお客をその気にさせること=「ショッピングに行ってみようか」という気になってもらうためのあれこれを工夫することです。

> ①集客装置の整備
> ②集客活動の展開
に取り組んだ結果が「賑わい創出」となるか否かは、お客の評価次第。
「賑わい創出事業」に取り組めばたちどころに賑わいが現出する、といったカンタンな話ではありませんから念のため。
装備・活動がショッピング客にとって有意義であるばかりではなく、肝心の「ショッピングの場」としての業容がきっちり作られている、ということが一番先に実現しなければならない条件です。

続きはサイトの【商店街・起死回生コーナー】

ホンモノの賑わいを創出するぞ!
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新・基本計画の新しさ

 旧基本計画と新基本計画を分かつ特徴はどこにあるか?
福祉施設の整備やまちなか居住促進の計画ではありません。ご承知のとおり、それらは旧スキーム時代にも多くの都市で計画・実現されています。

 さて、例外はもちろんあると思いますが、法制定以来のほとんどの都市における取り組みは、「活性化事業を展開してきたにも関わらず、空洞化は加速した」と総括されるような状況にあるわけです。
論より証拠、次のところにデータ付きでまとめられていますのでもう一度紹介しておきます。『 '98~2004 旧中心市街地活性化法の実績
都市によっては、新しい取り組みのための討議資料に最適だと思います。

 この記事では加速の原因は明らかにされていないようですし、新スキームでも直接言及はされていません。しかし、新スキームがこれまでの取り組みの批判的総括を踏まえていることは、『基本的な方針』の文脈にも明らかだと思います。
原因は単一、単純ではなく、各地に共通する要因と、当該中心市街地固有の条件が相乗的に作用したものと推測されますが、研究機関などでの早急な調査解明が期待されます。
(ちなみに、原因については、、【都市経営】にアップした『新・基本計画の諸問題』で考察しています)
 加速という状況を直視した「総括」を踏まえて新しい取り組みをスタートさせることは、活性化の実現に不可欠の条件です。

 さて、ネット上でアクセスできる新スキームによる『基本計画』を読んでおりますが、共通する問題点として「商業理論を装備する」という重要な課題への取り組みが計画されているものはほとんどありません。恐るべし、です。
 この間取り組んできたケーススタディでも明らかになっているように、新しい基本計画による「商業の活性化」の現実性については、さまざまの課題が指摘されますが、もっとも基本的な問題点は、「理論を獲得するか」ということになると思います。

 この課題に取り組むのか、取り組まないのか、活性化への道を切開出来るか否かの第一の岐路はここにあります。
 新しい基本計画は、もちろん、“今度こそ成功する”という意気込みで作られているわけですが、その意気込みが「空念仏」に終わらないためには、“何故ならば”という事業が新しい視点で計画されていなければならない。新しい事業のイの一番が「理論の獲得」、体系的に装備する機会を計画しなければならない。
計画のスタート時点での取り組みは、「勉強のための事業」です。

“もの不足・店不足”時代に全盛した中心市街地の商業が、“もの余り・店あまり”時代に繁栄を再現するためには、多様化している消費購買ニーズのどこに焦点を置いて店づくり・集積の再構築に取り組むべきか?
取り組みが進むべき方向と方法を確保しない限り、空洞化の加速という趨勢を反転させることは出来ないのではないでしょうか。

 目下作成中及びこれから着手される都市は、是非この問題の重要性・戦略性についての認識を共有した上で、「理論の獲得」のための事業が基本計画の真っ先に掲げられるよう、特段の取り組みを心掛けてください。

 「理論の獲得」事業を計画しないまま、基本計画を作ったところ及び、既存計画を継続する都市は、『基本計画』を実効的に推進するための「行動計画(仮称)」を作成し、その中で「理論の獲得」を新たに計画する、という方法があると思います。

 理論の獲得は、静態的な・新しい知識・理論を学び・覚える、という作業ではなく、店づくり、集積づくりの実践に即活用・即効果をもたらすという特性を持った作業であることが必要です。理論を獲得する取り組みが、即・個店、商店街の活性化に直結しなければならない。
逼迫した状況を考えれば当たりまえですね。

 いずれにしろ、理論の獲得を最優先で計画することは、冒頭紹介した「空洞化の加速」から反転、「活性化への道」を切り開いていくために不可欠の取り組みです。
新しい取り組みの「新しさ」は、「理論の獲得」という当たり前の仕事に取り組む計画を有しているかどうか、というところで見分けられる、といって過言ではないことはここまで読んでこられた皆さんにはご了解いただいたことでしょう。
 これから認定される基本計画、この課題にはどう取り組んで行こうとしているのか、新スキームの帰趨を占う試金石として注目していたいと思います。


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用語の定義

■ 「にぎわい」などの定義

「商業の活性化」のための施策が二極化、
①「賑わい創出」と
②「魅力ある個店づくり」
の二つの方向で事業が計画される傾向が強まっているようです。

①商店街方面への人出が増える「間接的な施策」を講じる。
 即ち、住む人、来る人を増やし、歩く人を増やす。

②歩く人を入店客に転じる「魅力ある個店」を作る
 即ち、入りたくなる店・買いたくなる店を作っていく。

 なかなか結構なことであり、一読、誰も反対する人はありません。しかし、これが本当に実現できるのか、実現するためにはどんなことをしなければならないか、よく考えてみると、なかなか手放しで賛成、何でも良いから手当たり次第に「らしい」事業に取り組めばよい、ということではありません。

 中心市街地の商業機能が空洞化してしまった背景には、「もの余り・店あまり」という環境変化が進んでおり、この変化に適切に対応しないと、活性化を実現することは出来ません。上記の二方面で取り組まれようとしている活性化施策では、果たして「環境変化への適切な対応」という課題が自覚されているでしょうか?

 「もの余り・店あまり」という中で中心市街地に求められている商業機能とはいったいどのような性格のショッピングの場なのか? という問いに明確に答えを出さない限り、「人が歩く・歩く人がお客になる」という〈情⇔景〉を実現することはできません。

 「商店街活性化」という課題への取り組みが始まって以来三十年以上が経過していますが、小売業の場合、
「繁昌したいなら環境の変化、特に消費購買行動の変化に対応しなければならない」
という鉄則がありますから、
①環境の変化を理解する
②対応の方向を確定する
③対応するための技術を確保する
という三段階の仕事は必須です。
これらの仕事を前提に「活性化施策」が計画されなければならない。活性化施策とは、この「三段階の仕事」が踊るための舞台のようなものです。

 これまでの商店街活性化の取り組みでは、このような基本的なことに眼が向けられないまま、即ち、踊る技術を磨かないまま、舞台だけが準備され・改善されていきました。
踊り手である「売り場」の改善はおざなりですから、「もの余り・店あまり」という消費購買行動の受け皿にはほど遠い状況です。

 あらためて、商店街活性化を考えていく上で使われている言葉の意味を考えてみることが大切です。

 第一、「商業の活性化」とは、商業がどうなることを意味しているのか?
このもっとも基本的な言葉が定義されていないのが、現在までの中心市街地・商店街活性化の取り組みの水準、あらためて考えると鳥肌が立ちますね。。
「商業の活性化」が定義されないまま、活性化施策が展開されているわけですが、これではまるで“「商業の活性化」とは、商業活性化と冠の付いている事業に取り組むことである”とでもいうような状況です。

 「商業の活性化」が定義されていないわけですから、活性化施策である「賑わい創出」や「魅力ある個店」の定義も行われていません。ご承知のとおり。
 したがって、「賑わい」や「魅力ある個店」の中身についても全く不問のままで、「賑わい創出事業」や「魅力ある個店づくり事業」が取り組まれることは、火を見るよりも明らか、実際に既存の基本計画には、定義抜き・目標抜きのまま、賑わい創出・魅力ある個店づくりのための事業が盛り込まれています。

 これからも、「人出が増えれば活性化のきっかけが出来る」という発想と、「コンパクトなまちづくり」や「都市機能の増進」などの文言から導かれて、「賑わい創出」は、ほとんどの基本計画に共通する目標になっていくことでしょう。

 そこで問題は、「賑わい」とは何か?ということ、「賑わい創出」とは中心市街地にどのような〈情⇔景〉が生まれることを目指すのか? 明確に定義しておくことが必要ではないか、定義しなくても良いのか?
ということです。

「賑わい創出」とは中心市街地に何が生まれることか?
それは「商業の活性化」とどう結びつくのか?
「賑わい」を「商業の活性化」に結びつけるためには、何が必要か?
といった問題は、中心市街地活性化の取り組みの「裏方」を担う立場の人は必ず回答を持っておかなければならない。これがないと、商業の活性化と賑わい創出を結びつけることが出来ません。
「賑わい」は創出したのだが、商業の活性化は成功するどころか、空洞化はいっそう進展した、ということにならないとも限りません。

「活性化に取り組んだら空洞化が加速した」というこれまでの取り組みからは一日も早く脱却しなければならない。

 あらためて、活性化の取り組みにおいて飛び交う「文言」の中身を検証してみることが必要です。
まずは常套用語の定義を確認してください。
“定義がない専門用語”は、必ず取り組み全体をスポイルします。スキームで使われているから、とか、先行事例が使っているから、ということで「見よう見まね」的に“定義されていない専門用語”を使うのは大変危険です。

 「中心市街地活性化」は、先行事例の「見よう見まね」では実現できません。実務を担当されている各位がご自分のアタマを駆使して「活性化への道」を探り、確定していかなければならない。

さしあたり、
「商業の活性化」とはどういうことか
「賑わい創出」とはどういうことか
「魅力ある個店」とはどういう個店のことか
といった基本中の基本については、明解に定義しておくことが不可欠です。

 「賑わい創出」、あらためて考えてみると、内容はあいまい、何でもありという「蒙昧語」になる可能性があります。
極端な話、「人さえ増えればそれが賑わいだ」と、まちなか居住に奨励金を出す、などということさえ思いつきかねません。
もちろん、「賑わい」がキチンと定義され、「商業の活性化」に不可欠であり、実現するためにはまちなか居住が不可欠である、と論証された取り組みならそれはそれで良いのかも知れませんが、現状は定義抜きの取り組みになっています。

 “自力思考は省略して、先行事例の見よう見まね”というパターンは断固排除しなければならない。先行事例に盲従したあげく、失敗しても“失敗したのは先行事例が悪かったせい”とはいえませんからね。

 キチンと作られた『商業活性化のための計画』には、当然、「用語の定義」が載せられているはずです。関係者のみんながみんな、専門用語に通暁しているとは限りませんからね。専門用語の解説ページの有無で基本計画のホンキ度が分かります。
もちろん、「商業の活性化」、「賑わい」、「魅力ある個店」など、活性化の根本に位置する用語については、ブレ・ズレが起こらないように、細心の注意をもって定義しておくことが必要です。


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基本計画のケーススタディを終えて

 サイトで取り組んできた新スキームに基づく認定を得た基本計画のケーススタディが終わりました。
青森市
岐阜市

 計画作成に関わる皆さんには是非参加していただきたかった作業ですが、果たしてどれだけの人に関心をもっていただいたか、振り返ってみますと、ウーム、いつものことながらもっと参加が得やすい方法はないものか、忸怩たるものがあります。

 法の改正は、行き詰まりが明らかになっていた取り組みを再編・再出発する絶好の機会ですが、機会を活かすためには、これまでの取り組みを真摯に総括することが不可欠です。
残念ながら、総括をあいまいにしたまま再スタートを切ろうとしている都市が多く、総括抜きで先行事例に追随すると、これまでの計画・取り組みと同じ轍を踏むことになりかねません。

 特に、基本計画作成に参画されている方は、是非ともケースワークを読破、参考にしていただきたいと思います。

 なお、ケースワークの総括として、『新基本計画の諸問題』を現在アップ中です。

ここでは、ケースワークに限らず、takeoがこれまでに機会を得て取り組んだ新旧基本計画の吟味、これまでの各地における支援の経験・思考実験等々を全面的に踏まえて、あらためて新基本計画が確保しておかなければならない「活性化への取り組みの計画としての条件」を考えるものです。
 こちらも参考になることと思います。

 法改正は、中心市街地の商業の活性化という都市経営上の課題に取り組む最後の機会です。そのつもりで基本計画の作り直しには万全の準備で臨むことが必要であり、特にこれまでの取り組みの“振る舞い”に目をつむり、流されるようでは結果は既に見えています。

 ケーススタディの終了を機に、あらためていっそうのご奮闘をお祈りいたします。

 なお、“中心市街地は広大だ、さまざまの機能が立地しており、課題は商業の活性化だけではない”という考えをお持ちの方は、それはそれで結構だと思いますので、みずから信じる道を進んでいただきたい。

 二兎を追うものは一兎も得ず、当サイトは「中心市街地のコンパクトシティ化」や「多機能的中心市街地の活性化」に与するものではありません。
5年間というタイムリミットで実現できることは、
①広義の中心市街地における
②狭義の中心市街地=商業街区の活性化
であり、その他の取り組みは異なった範囲・期間・事業メニューで取り組むべき、たかだか「商業の活性化」のためのスキームをもって「広義の中心市街地」の命運を決めようというのはとんでもない間違いだと思いますので。

 なお、当サイトの立ち位置は、狭義の中心市街地の活性化=注意新市街地の商業街区の活性化を目指す、という目的・目標を共有する都市及び関係各方面の皆さんを対象に「活性化への道」を提案・提唱しておりまして、その他の方向で活性化を目指している人には、何の関係も無いサイトであることをあらためてお知らせしておきます。

 そういう立場があることは承知していますが、当社はそういう志向の都市あるいは関係各方面の皆さんに何かを申しあげるつもりはありませんので、念のため。

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「ショッピングモール」見立て

□サイトの仕事

 【都市経営・入門編】で考察中の「新基本計画の諸問題」を論じています。これは、青森・岐阜両市の計画のケーススタディをはじめ、新しく作られ、Web上に公開されている基本計画などを勉強した「総括」として書いているものです。
多くの都市が目下基本計画の作成に取り組まれている折から、このような問題提起を行うことは、作成プロセスに大きくプラスになると自負するものですが、もちろん、活用できる場合に限られます。

 引き続き、これから商業活性化のための事業群を一体的に推進することで実現を目指す、「中心市街地の商業機能のあるべき姿」を構想する、という領域の問題に取り組んでいく予定です。

□目指すべき「あるべき姿」

 中心市街地・商業の活性化に取り組むにあたって、イの一番にアタマに浮かぶのは(浮かばなければならないのは)、「郊外のショッピングセンターとの位置関係」をどう構想するか、ということでありまして、
もちろん、これは「ショッピングの場」としての機能分担のこと、空間的・立地関係のことでは無い、ということはいうまでもありません。
 中心市街地は全盛を極めるショッピングセンターとどのように役割分担をするのか、どう「棲み分け」を達成していくのか、ということです。この問題に答えを見いださない限り、中心市街地活性化は、空回りしつつ、空洞化を加速する可能性が高い。

 旧計画はもとより、新しく認定された『基本計画』のほとんどにおいてもこの最重要問題が見落とされているため、このままでは“活性化事業に取り組めば空洞化が加速する」というこれまでの取り組みのあり方から脱出することが出来ないのではないか、大いに懸念されるところです。
 
 さて、旧スキームでは「中心市街地の商業集積群を一個のショッピングモールに見立てて再構築する」ことが提唱されていました(中小企業庁『TMOマニュアルQ&A版』平成12年)。
これは、「市街地の整備改善事業」と「商業等の活性化のための事業」と一体的に推進し中心市街地の活性化を実現する「一体的推進の目標」となるべき提唱でした。
(詳細はサイト内検索で確認してください)
 残念ながら、既存の基本計画において、このような方向を目指した都市はきわめて限られていたと思います。

 「ショッピングモール見立て」という方向については、総務省の行政評価や新基本方針でも一切ふれられておりませんが、一方、これに変わる「一体的推進の目標」も示されておりません。このことは、きわめて重要なことを意味しています。すなわち、

□中心市街地の商業の活性化について

①市街地の整備改善事業と ②商業の活性化のための事業を ③一体的に推進することにより ④実現を目指す「一体的推進の目標」 を都市独自に確立しなければならない、というわけです。
 さらに、
⑥確立を目指す目標は、設置を目指す都市福祉施設や ⑥推進されるまちなか居住とも ⑦相乗効果を発揮する方向で設定することが望ましい、ことは言うまでもありません。

 「中心市街地活性化の基本的な目標」は、この文脈で設定されなければならず、「賑わい創出」や「コンパクトな中心市街地」といった抽象的な文言では、計画全体をリードする目標としては役に立ちません。
取り組むべき事業を構想・選択する基準としては使えないキャッチコピーのレベルです。

 前述のとおり、スキームでは「ショッピングモール見立て」以外に一体的推進の目標は提案されておりませんが、近年、活性化の手法として“ショッピングセンター、ショッピングモールに見立てる”という方向を採用するところが多くなってきました。タウンマネージャーとしてショッピングセンター経験者を採用するケースも多くなっているようです。
中心市街地の商業活性化にショッピングセンターのノウハウを活用する、という文脈で進められていることですが、「見立て」の方法に問題があるようです。

□「見立て」とは

 「○○に見立てる」とはどういうことか? これはAについて考えるにあたって、あらかじめよく知っている“B”についての知識(Bの構造や構成など)を援用すること、AをあたかもBであるかのようにみなして、Bについての知識・経験をもってAを取り扱う、ということですね。
その採用は、Bに見立てることが、Aについての問題が解決しやすい、という判断に基づいています。
 皆さん既におなじみの「レトリック」という言葉を用いて説明しますと、「見立て」とは、Aについての問題解決(処理)に取り組むにあたって、よく承知しているBについてのレトリックを用いてアプローチする、ということです。
♪団子三兄弟♪は、串に刺した三つの団子を兄弟三人に「見立て」ていましたね。

 「見立て」を成功させるコツは、
①Aの構造・構成についての仮説(レトリック)を作る、
②Aに類似したレトリックを持つものを既存の存在から検索抽出(これがB)する
という作業にキチンと取り組むこと。
①及び②の作業を的確に行うことが成功のための絶対条件です。

では、「見立て」についての前提を踏まえつつ、中心市街地の商業集積の活性化の方向としての「ショッピングモール見立て」を考えてみましょう。

□“ショッピングモールに見立てる”とは

「ショッピングモール見立て」は、
①中心市街地の商業集積の現状と課題の把握を前提に、
②活性化を実現していく方向・方法を構想しなければならない、
③方向と方法は、「ショッピングモール」に見立てることで、より具体的なアプローチが可能になる。
ということを意味します。これを成功させるには、
「中心市街地の商業集積の現状と課題の把握」と同時に、「ショッピングモールの構造・構成」についての理解(レトリック)を持っていることが必要です。
中心市街地の商業活性化を「ショッピングモールに見立て」ることで実現しようとするわけですから、それ以前に「ショッピングモールとは何か?」ということが理解されていなければならない。当たり前ですね。

 この作業を抜きにして、“ショッピングセンターは、テナントミックス、テナントリーシングをしている、商店街も取り組むべきだ”程度のノリで考えたのでは、その昔、“大型店は床がきれい、雨が降っても傘が要らない”というレベルのレトリックで「カラー舗装・アーケード」に取り組んだころと発想的に異なるところがありません。
このレベルの活性化事業では、空洞化加速事業になることは、このところ当サイトで散々論じてきました。
 
 結論から言えば、中心市街地の商業の活性化を「ショッピングモール」に見立てる、という方向は、間違いではありませんが、問題は、このとき「ショッピングモール」をどのようなレトリックで理解しているか、ということです。
 「テナントリーシング、販売促進ノウハウ」というオペレーションレベルでとらえると、「空き店舗に欠業種を誘致する」ルーティーンワークレベルの見立てになってしまいます。これでは「空洞化加速」です。

□「見立て」るための前提作業

 「ショッピングモール見立て」を採用するには、先行してショッピングモールを理解しておくことが必要です。ショッピングモールとは、商圏においてどのような消費購買行動を対象に活動する商業集積なのか、ということを理解しないと、そのレトリックを中心市街地に活用することは出来ません。
「ショッピングモール見立て派」の皆さんが果たしてこのことに着目し、所要の作業を行った上で「見立て」を行っているのかどうか、疑問ですね。

 そもそもショッピングセンター業界にも“ショッピングモールについての理論的な解明がどの程度行われているだろうか”という問題があるわけで、「ショッピングモールは、どのような消費購買ニーズに対応する商業機能か?」という位置づけは、当のショッピングモールの側でもキチンと認識されていません。

 ショッピングモールを理解すれば、中心市街地の商業集積群が活性化を実現するために目指す目標の見立ては、ショッピングモールではなく、当社が提唱している「ショッピングコンプレックス」であることに想到します。現在、「ショッピングモール見立て」に基づいて活性化に取り組もうとしている皆さんは、早急にショッピングモールを解明し、そのレトリックが「中心市街地の商業集積群」の活性化を推進するレトリックとしては不十分であることを確認してください。
その上で、中心市街地の商業集積群の活性化の方向=ショッピングコンプレックスの業容構築へと大きく舵を切っていただきたい。

 この作業は、『基本計画』作成のプロセスそのものとして取り組まれるべき課題です。
詳細は、冒頭に述べたように【都市経営コーナー】において、現在の作業が一段落してから展開します。
それまで待てない人はクオールエイドにご連絡を。

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ラグジュアリィニーズ

 この言葉の検索を契機に当サイトにおいでになる人を見かけるようになっています。一般には贅沢とか、一部セレブリティの趣味的生活といった意味で情緒的に使われる言葉ですが、これをマーケティング面での〈専門用語〉に採用しているのは、目下のところ、クオールエイドだけです。

 当社にとって、この概念はきわめて重要でありまして、この概念を持っていなかったら当社が「郊外型商業」全盛という時代に「中心市街地活性化への道」を提唱することは無かったと思います。
クオールエイド流「中心市街地活性化への道」、その方向と方法は、ひとえに「ラグジュアリィニーズ」の発見にかかっていたわけです。
中心市街地活性化に携わっておいでの皆さんは、ラグジュアリィニーズついては、サイト内検索などで十分吟味のうえ、寸分の疑念も無いように理解していただくことが不可欠、ラグジュアリィ志向抜きで中心市街地活性化への道を描くことは出来ません。

現在も論じています。→理論創発
ちょうど『きっこのブログ』のきっこ姉さんのファッション談義が〈ラグジュアリィ〉のよいモデルになっていましたので、紹介してみました。
「ファッションにおけるラグジュアリィニーズとは?」
理解する上で良いモデルです。
きっこさんに感謝。

〈ラグジュアリィニーズ志向の業容革新〉は、当社提供の《商人塾》の基本方針、実践に取り組んだ人からは“開業以来の業績”を達成する事例が輩出しています。
その気になればすぐに着手し・成果を挙げられるのが〈ラグジュアリィへの業容革新〉です。
ご存じなかった皆さんは、中心市街地活性化の進展度合いに関わらず、活性化の実現が急務となっている商店街・個店の取り組みの選択肢としての検討をどうぞ。
実践はもちろん『商人塾』の枠組みがお奨めです。独学での取り組みも結構ですが、着手段階で必要なスピードがつきにくそうです。
また、「一店逸品」に疑問を感じている人は、何はともあれ当サイトの関係各個所の熟読をお勧めします。


※質問などは、各コーナー(掲示板)に自由に書き込んでください。当社は提唱している内容について皆さんに理解していただくことに手間暇を惜しむものではありません。
何なりとお気軽にどうぞ。

※『一店逸品』については、「商業の原点」的レベルにさかのぼって論じています。
話はだんだん「基礎理論」的になっており、『一店逸品」のみならず、小売業を理解したい人にお勧めです。

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イオンの大牟田出店

 7月12日の西日本新聞によれば、かねてイオンが計画していた大牟田市への出店について、
①デベロッパーがイオン九州からダイヤモンドシティへ
②店舗面積が42,000㎡から45,000㎡へ
③建物面積が75,000平米から96,000平米へ
と変更されたそうです。(オープン2009年頃)

店面増床分は、「地元商業者向けのテナント枠」だそうで、これはいろいろと興味深い話です。
目下のところ、大牟田市は「ゆめタウン大牟田」の独壇場になっていると思いますが、こちらも目下増床工事中だそうで、両SC激突「大牟田の陣」開始まで2年足らずです。

 出店計画の変更にうかがわれるイオンさんの対ゆめタウン戦略など考えてみましょう。

イオンさんの「地元枠設定」とは、中心市街地から有力店舗を引き抜く、ということでしょうか。
いろいろと話題になることでしょうね。


□戦略としての増床
>①デベロッパーがイオン九州からダイヤモンドシティへ

 デベロッパーがイオン九州からダイヤモンドシティへ変わるというとは、ショッピングモールとしてのいっそうの本格化、私見では「ゆめタウン久留米&佐賀」対策の強化です。
イオンさん、最近の課題はお得意の「二核ワンモール」について、「核」の定番が定まらないこと。
一核はジャスコで決まりですが、相方がなかなか定着しないようです。
フラクサスとかアンビオンスとか試行錯誤が続いています。

 もはや「核」はあり得ない、ということを実証したのがゆめタウン佐賀ですが、その必然性の理論的な解明は出来ませんか、そうですか。

> ②店舗面積が42,000㎡から45,000㎡へ
増床分は、「地元業者向け枠」だそうで、takeo的にはこの内容が
「ゆめタウン対策」と相まって興味津々、です。

> ③建物面積が75,000平米から96,000平米へ
非・物販施設の充実。
これはあまり考えたことが無いのですが、ショッピング目的の集客に果たして効果があるものでしょうか。これについてはあらためて考える機会を持ちたいと思います。

 「イオン」さんとしては「ゆめタウン」さんが「目の上のこぶ」であることは明白、どう対処しようとしているのか?

 「ダイヤモンドシティ」という基本戦略が打ち出されたわけですが、さて、これをもって「ショッピングコンプレックス・ゆめタウン」に対応することが出来るか?
その場合、「地元業者」にはどのような任務が付与されるのか?

 ところで、「ショッピングコンプレックス・ゆめタウン佐賀」という当社の解明については納得していますか?
これを踏まえると、RSCの「業容革新」の課題が山ほど発見され、取り組むことによって競合各社が比肩できないレベルに達することが可能になるのですが・・・。

 イオン大牟田店のダイヤモンドシティへの変更と地元テナント拡充という方針変更にかいま見える「戦略」は何か?
考察中です。
興味のある方はどうぞ。


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旧『中心市街地活性化基本計画』の総括

 旧基本計画の取り組みはなぜ活性化を実現できなかったか?

 新しい計画は、「挫折の原因」をハッキリつかみ、それを踏まえて作ることが必要です。
当たり前だ、といわれそうで書くのをためらってしまいますが、
書かなければならない理由があるのです。

 既に認定基本計画は10本以上がWeb上に公開されており、その気になれば自由に閲読・検討することができます。

当社はうち2都市分をケーススタディとしてサイト上で公開検討しましたが、他にも何カ所か集中して勉強しています。
ケーススタディ青森市中心市街地活性化基本計画
『ケーススタディ岐阜市中心市街地活性化基本計画』

 これらの計画に共通しているのは、上記の「挫折した原因の探求」、「取り組みの総括」がほとんど行われていないのではないか、ということです。
都市によっては作成の経過も発表されていますが、とても意義のある「総括」に取り組む時間は無かったと思います。

 「総括」をあいまいにしてしてしまう環境もありました。
目下、その原因を「二つの免罪符」として検討しています。

免罪符の一つは、「商業はまちの花」理論。“商業を活性化したかったら、住む人・来る人・歩く人を増やしなさい”という提言です。
何だ、空洞化は人が減ったせいか、商店街が悪いんじゃないのかということで、商業活性化の取り組みについての「反省」は一切行われないまま、新しい舞台に飛び移ることができました。

第二の免罪符は、総務省の勧告
 エっと思われる人もいるでしょうが、勧告に「数値目標」が提示されているところから、挫折は“数値目標を決めてなかったから”という逃げ口上ができました。
 これも「総括」をうやむやにするにあたって力がありました。

 特に強調したいのは、この間の取り組みの結果、商店街においては何が・どうなったか?ということが一切語られないまま、次のステージへの移動が行われている、ということです。
既に先行都市の基本計画がそのレベルで動いており、これを「基準」とみなす後続都市も同じレベルの計画を作ってしまう可能性がきわめて高くなっています。

 詳しくは上記記事を読んでいただくとして、計画づくりの実務を担当される方は、是非、御市の計画つくりを「総括」に力をいれる取り組みにしてください。
総括がキチンとできれば、新しい計画つくりの指針がハッキリすると思います。

 総括の着眼は、既存計画の取り組みを通じて商店街はどう変わったか?、そこに立地する個店はどうか? ということです。
商業の活性化とは、つまりは、各個店の活性化です。それを実現できない取り組みではと消費者・市民生活への貢献はできません。

 中心市街地活性化、これまでの取り組みの集大成的データです。先にも紹介しました。
新しい取り組みではこの趨勢を押しとどめ、反転させることができるか?
なぜできると言えるか?
しっかり総括してからでないとものは言えません。


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デスティネーション


目的地。

商業用語としてはあまり使われていませんが、「商業施設が実現し・訴求している来店目的」のことです。

 商店街全盛時代、商店街は三つの類型に分類されていました。
「最寄り型商店街」:毎日の買い物行き先
「買回り型商店街」:「買い回り品」を中心に構成された買い物行き先
「広域型商店街」:日常生活圏を越えた広い商圏を持つ買い物行き先
個店・商店街は、ターゲットにするデスティネーションに応じて、店揃え、サービスメニュー、提供環境(三点セット)を工夫していました。もちろん、現在繁昌している商業施設の多くは、自分が担うデスティネーションに見合った三点セットを作っています。

 中心市街地活性化法のスキームで取り組まれている商業活性化の特徴の一つとして、このような類型ごとの特性を無視した活性化策が計画されている、ということがあります。
 これは、とてつもないことでありまして、今日都市内外で繰り広げられている商業施設間の競争とは、「誰がお客のニーズによりマッチしているか?」ということがテーマになっています。
中心商店街としても、この趨勢を無視することは出来ません。

 中心商店街はどのようなデスティネーションを作り上げることを通じて活性化を実現していこうとするのか? 取り組んでいく上で最優先で決定しなければいけないのが「デスティネーション」です。

 中心商店街の場合デスティネーションは、今や地域の代表的商業集積である「ショッピングセンター」との関係、小売機能の「分担」をどう構想するのか、という課題として現れます。

 中心市街地の商業機能は、郊外型ショッピングセンターとの機能分担をどう考えるのか?
ということですね。
ところが、これまでの基本計画ではこのことが全く取りあげられていませんでした。(新認定計画を含む)

 デスティネーション無き活性化。
来街目的を構築しないまま、住む人・来る人を増やして来街・買い
物客にしようという魂胆ですが、うまく行くはずがありません。
 デスティネーションの再構築、つまり「当該個店で出来る買い物の質」の充実という基本課題への対応そっちのけで取り組んできた「その他の事業」の結果が“活性化に取り組むと空洞化が加速する”「空洞化加速事業」だったというわけです。

 新しく作られる『基本計画』では、都市の消費購買圏内で、中心市街地が独占的に構築を目指す、新しいデスティネーションを定義し、その実現を目指して各般の事業を展開する、という基本姿勢が必要です。
既に作成し、認定を受けている基本計画、おそらく上記のような問題意識は無かったと思いますが、どうするんでしょうね。

 ちなみに今どき都市に必要な商業機能は次の三つ。
①コンビニエンスニーズ対応型
②コストコンシャスニーズ対応型
③ラグジュアリィニーズ対応型
詳しくはクオールエイドの【サイト内検索】でどうぞ。


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空洞化加速のシナリオ

昨日に引き続き。
活性化事業に取り組むとなぜ空洞化の進展が加速するのか?
考えてみましょう。

○事業スタートまで。

①「基本計画」作成話が持ち上がる。
②作らないと補助金がもらえない、計画に載せておかないと補助金が
 つかない。(らしい)
③各商店街、何でも良いから計画を出せ(出す)
ということで、いろいろ作って載せました。

○実施段階

①合意形成が出来たので事業に取り組むことになりました。
 (何でも良いんですが、そうですね、アーケード整備事業にしておき ましょう。)
②商店街の期待を集めて事業がスタートします。
③つつがなく事業完了
④盛大にお披露目イベントを開催、市長以下の来賓でテープカット

○事業終了後

①待ちに待ったアーケードが完成、これでお客が帰ってくると思いきゃ
②数日は物珍しさで人出があったものの、日を追うごとに来街者は減る ばかり、
③どうも、事業をやる前よりも来店客数が減ったようだ、
④と思い当たる頃からだんだん転廃業が増えてくる・・・。

 というパターンですね。
立地条件によっては店前通行量が増えることもありますが、入店客数には反映しません。むしろ減っていきます。

たいていの街が画に描いたようにこのパターンに陥るわけですが、何でこうなるのか? もしかあなたの商店街も事業種目はともかく、取り組んだ結果はこう言うことになっていませんか?

□加速する理由とは?

 では、当社が解明した「事業に取り組むと空洞化が加速する」理由を説明します。ちなみにこれは某市某商店街のファサード整備事業において、竣工イベントに先立て、参加各店についてオープン後の景況を予測し、見事合致させた仮説に基づいています。

○事業は 次のようなプロセスで進みます。

①事業スタート
②工事スタート
③商店街内部の通行規制
④個店の順次休業
⑤工事竣工
⑥竣工イベント

 第一に③、④が曲者でありまして、このプロセスでまず「客離れ」が起こります。通い慣れた通り、お店ですが、何かと騒がしく歩行規制などが行われているとイヤですからね。
で、離れたお客はどうするかと言いますと、日常行動圏内にある他のお店にさっさと行ってしまうわけです。ご本人は、なじみのお店が閉まっていたり途中の通行がうまく行かなかったりで、「緊急避難」のつもりですが、行ってみると意外に良い店だったりする。
「食わず嫌い」が直ったりすると竣工してももとに戻る気はありません。
「工事のため休業します」というのは恐ろしいんですからね。

 さらに。
 客数・売り上げ激減の中、やっとオープンにこぎ着けました。
記念イベントの人出もまあまあ、“さあ、いよいよこれからだ”と張切ります。
が、客数はいっこうに伸びません。それどころか、これまで不便を押して来てくれていたおなじみさんまでぷっつり顔を見せなくなりました。

なんで? どうして?
あわてますが、訳が分かりません。それとなく隣の店を観察すると同じような状況のようです・・・・。
なんで? どうして?
自問自答しますが、さっぱり訳が分かりません。

□人出、来街客が減る

 アーケード竣工、にぎにぎしくお披露目イベントが開催されると、新しい「買い物の場」の出来映えを吟味するため、善男善女が来街します。
ショッピング客です。
*ショッピング客:買い物、下見、冷やかし、暇つぶし目的で来街・来店する人。

 ひと渡り、商店街をウオッチングします。
アーケード施行と併せてファサード改装に取り組んだ店など、見栄えがよい店には思わず入店してしまいます。
ところが、お店の中身は旧態依然、これまでとほとんど変わっていませんから“私向きの店じゃないな”という評価でお終い。以後は見向きもされません。客数は増えません。

 他方、業種・業容によっては、工事中も相変わらず通ってきてくれたお得意さんが、“きれいになって敷居が高くなった”と、足が遠のくかも知れません。お客の気持ちは微妙。

 ということで、新しいお客が増えるどころか、せっかく維持していたこれまでのお客が減ってしまう、というのが商店街の特にハード事業の結末です。
活性化法の施行以降、空洞化の進展が加速したとすれば、上のような事情もその理由の一部を占めていると思います。

 takeoが、商店街活性化のための事業を効果あらしめるためには、必ず、「買い物の場⇔売り場」の改革に先行ないし同時並行で取り組まなければならないと飽きもせず、強調している理由はまさにここにあったわけですね。

 せっかく取り組んだ大型ハード事業、、核の設置などが完成して
も回遊は発生しない、工事中から竣工後までひっきりなしに転廃業・
空洞化が進展するのも同じ理由です。


○どう取り組むべきか

 ということで、活性化事業に取り組むと空洞化が加速する、その理由を考えてみました。というか、こう言うことあろうかと、当社が支援するハード事業の場合は、
①参加各店の業容転換の取り組みを先行させる
②工事は「細切れ」で実施、各店の休業期間はそれぞれ1~2日とする
③オープニングイベントは、業容改革に取り組んだ各店の「お披露目イベント」である
という取り組みにしています。

ハード事業への取り組みを「街ぐるみ・個店の業容転換」の推進ツールにするわけです。
取り組みの一例:
http://www.quolaid.com/take-one/matsubara-mall/index.htm

 もちろん、ことはハード事業に限ったことではありません。
ポイントカード、大がかりな販売促進システムの導入などの場合も同様です。
総じて「活性化事業」に取り組むにあたっては、「売り場」レベルの改革に取り組まないと「活性化」という効果は享受できません。

□ もの余り・店あまり

 共同事業に取り組むにあたってややもすると視野から外れてしまうのが、「もの余り・店あまり」という現実。
①家にはものが有り余っており
②買い物行き先は有り余っている
という全国どこでもありふれている条件は、商店街全盛時代には絶対に見られなかった状景です。
 もちろん、この状景を〈情⇔景〉として見ると
①ものは有り余っているが、堪能できるものは少ない
②店は有り余っているが、納得・堪能できる買い物行き先は少ない
ということがあり、うまく立ち回れば繁盛を実現するのはそんなに難しいことではありません。

 にもかかわらず。
一消費購買客としての皆さんは、「もの余り・店あまり時代」の行動パターンに移行しているのに、商業者、店主としての皆さんは依然として「もの不足・店不足」時代の思考パターンを温存しています。
参加個店の「業容革新」を伴わない共同事業に効果があったのは、競争相手が、同じようなレベルの「商店街」しかなかったころの話。
当時、「高度化事業で活性化した」と評判になった商店街の傍らには必ずと言っていいほど事業に取り組まなかった・空洞化する商店街があったものです。
 余談ですが、この状況を見た粗忽な人が「立地は移動する」などと言ったりしたんですね。

 ということで、シャッターの内側の改革という課題にはノータッチでの「成功体験」は、「もの余り・店あまり」時代という、一過性の時代においてのみ味わうことが出来た、もはやその条件は根こそぎ消滅しています。
こういう時期に「昔取った杵柄」、アーケード、街路整備、ファサード整備等々に取り組んでも、「店あまり」という状況への切り込みには全然・全く役に立たないわけで、そういう取り組みにうつつを抜かしていれば、他にお店はいくらでもあるわけですから、さっさとそっちに行ってしまう。
 例しに行ったつもりがそっちの方でいい経験が出来たりすると、二度とそのお客の顔を見ることはなかったりする。
“あの人最近顔見なくなったな、やっぱ不景気だよね”と納得したりして・・・。

 「活性化に取り組むと空洞化が加速する」という現象の背後で起きていることの一端を説明してみました。
ちなみに「もの余り・店あまり」という状況は、商店街活性化を考える際の基本条件、こういう状況にも関わらず、というか、。こういう状況だからこそ、「こうすれば商店街は活性化できる!」という方向と方法を見いださないとどんな事業に取り組んでも加速、加速。

□その背景

 「もの余り・店あまり」ということは、法制定以前から進行していたわけで、当時既に「高度化事業では活性化は出来ない、借金が残るだけ」という話も公然とでておりまして、事業に取り組む商店街は激減していました。これでは商店街の存続は難しい、と考えた國は、『商店街活性化ビジョン策定事業』を発足、組合単位で「高度化事業構想」を作ることを奨励しました。
それでもなかなか食指が動かなかったことから、自治体が責任を持って高度化事業を中核とする活性化に取り組めば支援する、という内容で新設されたスキームが『整備改善・活性化法』です。
 
 このスキームはどうして挫折したか?
國は、高度化事業=競争力の根幹であるテナントミックス整備との連動を指導したのですが、現場では支援に招聘された専門家以下、ハード事業単発の推進しか眼中になかった、というミスマッチがありました。
もちろん、このミスマッチは「これまでの取り組みの総括」が適切に行われないと、今後もずうっと続くことになります。
  単発ハード事業とは、「もの不足・店不足時代」の成功ノウハウ、もの余り・店あまりの現代には通用しない話でありまして、こう言うことを続けていたのでは、お客にそっぽを向かれ空洞化が加速するのも無理のない話。

 ということで、活性化を目指すには「もの余り・店あまり」という消費購買者としてのあなたが住んでいる世の中とあなたのお店の業容をマッチさせなければならない。

 ただし、「言われてみればそのとおり、さっそく意識改革だ」というのは間違いの上塗りです。
「意識を改革」すれば、なんか新しい儲かる方法でも」見えてくるんですか?
講演会で「意識改革だ!」といわれ、その場では感激してもそんなものは会場をでて三歩歩けば忘れます。
 
 必要なことは「儲けぐせ」をつけること。
儲かるようになってふと振り返って「あのころはバカだったな」と思えるようになったら、いつの間にか意識は変わってた、ということじゃないでしょうか。
「まず、意識改革だ」土佐犬で、じゃななかった、と叫んでいる人は、
是非、意識改革から繁昌実現に至るシナリオも合わせてご呈示いただ
きたい。出来ないでしょ。

 と、話はいろいろ膨れたりそれたりしましたが。
①空洞化の加速には理由がある
②その主たる理由は商業者の取り組み方にある
ということで、空洞化の加速から空洞化の抑止・反転を実現するには、
③もの余り・店あまり時代のビヘイビアを業容に反映させよ
④「設け癖」が店を引っ張っていく、まずは「儲け」を実現せよ
ということを提唱して、この記事はお終い。

サイトの方へもどうぞ。
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活性化に取り組むと空洞化が加速する?

このところ、サイトで紹介した記事についていろいろ考えています。
『 '98~2004 旧中心市街地活性化法の実績 』

 図を見ますと、法制定=本格的な中心市街地活性化の着手と時を同じくして空洞化の進捗度合いが早まっています。
まさか、事業に取り組んだから空洞化が加速した、ということは無いだろう、加速した原因はきっと他にあるに違いない、というのが一般的な見方でしょう。
加速した原因は何か? 学生、研究者さんなど、どこかでサンプルを研究してみる価値があるのではないでしょうか。

 takeoは、「活性化に失敗したから空洞化が加速した」という事例はあちこちにあるのではないかと思っています。すべてとは言えませんが、「活性化に失敗すると空洞化が加速する」というのは事実です。

以下、続きは【商店街・起死回生】で展開中です。

中心市街地活性化に関心のある人、参考になると思います。

読んでみるか、で。
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売り場は生きている

 売り場は生きている
 誰でもいつかどこかで聞いたことがあるフレーズですね。
一つのレトリックでありまして、つまり、売り場をあたかも一つの生命体であるかのようにとらえ(観察し)、生物の振る舞いを売り場のあり方に応用する、という店舗運用のノウハウです。
いわれている内容によって、早く処理しないと腐敗する、ということだったり、育てなければいけない、ということだったりするわけで、なるほど、いわれてみればそうだよね、と思った人も多いのではないでしょうか。

 【理論創発】では、「中心市街地の商業活性化」という課題に取り組むために必要な〈商業理論〉を企てていますが、レトリックつまり、枠組みが難しいですね。どういう枠組みでアプローチしたらスラスラ行けるのか?

理論を作って説明する、とは目の前にある誰もが知っていることをあらためて“そのものをそのものたらしめている全体の関係”のなかに居続けることですから、この全体をどうとらえるか、というところが難儀です。

 たまたま先日読んだ本:
福岡伸一『生物と無生物の間』2007年 講談社現代新書
福岡先生のこれまでの著書はサイトで何度か紹介しています。

 読んでいてひらめいたのが、「売り場は生きている」の「生きている」レベルについて、生物学ジャンルの理論、それもこの本で論じられているレベルには学ぶことがたくさんある、ということ。ひらめいた、というのは適切では無いかも。いつもレトリックに関するアンテナは立てているわけで、そこにビビッと来たわけです。
(先生は、ヒラメキについて辛い評価ですが、そこはひとまず措くとして)

 社会的な事象を自然科学系のレトリックを援用して理解する、理論を構築する、というのはいろんなジャンルで毎度行われています。
たとえば経済学のある流派は、その体系のバックボーンに物理学のレトリックを借用し、また他の一派は「生物学的循環」を援用する、というように。

 万物は循環する、という自然界の通奏低音から、循環の生物的特徴~人間的特徴という理解の構造の中で、「店は生きている」という「小売理論」はどのあたりのレトリックに位置づけ(借用)れば理解しやすいか? というテーマをもっていましたので、おおいに参考になりました。

「商業理論の可能性」、ぐっと進むかも知れません。
たとえば「品揃えの必要性とその基本的な考えかた」など実践的な課題について理解が進み、その結果として個別・具体的な個店の品揃えの決定~運用についての「知恵」が出て来るようになります。

 ちなみに、「理解できれば知恵が出る」というのが私のモットーでありまして、中心市街地活性化もその全体像を理解すると、本当に必要な知恵が出てきます。
逆に言えば、理解できないあいだは知恵が出ない、ということで、採用される取り組みは、自力思考を欠いた、先生方のご託宣への盲従か、「成功」事例への追随か、ということになりますが、「なぜこの取り組みを採用するのか」というあるべき自問に自答することは出来ません。
こういうレベルで取り組まれる活性化事業なんか、いくら繰り返しても何の足しにもならない、反省材料にさえなりません。“自力思考を欠いた取り組み”の総括です。

 自力思考の根拠は、「すべては疑いうる」ということ。
特に、自分自身の見解を厳しく疑う、批判的に吟味することが、自力思考の基本です。
福岡先生は、科学者が具備すべき要件の一つは、「自己猜疑心」であると述べています。

 本書は、理論についてあれこれ考えている人には、まことに刺激的な内容がふんだんに詰め込まれています。
もちろん「理論」だけではなく、何らかの関心をもってこの本を読む人の、それぞれ固有の問題意識に応じて他ではなかなかえられない格別の刺激を与えてくれる、そういう意味でまれにみる「名著」だと思います。
ご一読をお奨めする次第です。

読んだ方、コメントください
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「一番店商法」

□一番店商法

いろいろとバリエーションがありますが、まずは言葉の意味から。

①地域一番店とは:ある特定の業種・部門・品種で地域一番の品揃えをしている店のこと。
②何らかの理由で「○○という業種ならあの店が一番」という評判をとっている店のこと。

 さて、「店前通行量」同様、大変迂闊なことにtakeoは、こういう発想はとっくの昔に繁盛店づくりの実践において「役に立たない」と烙印を押され淘汰されているはず、とかってに思い込んでおり、全然気にしていなかったのですが、同業他店の売り場面積が気になる人とか、進出してくるSCの売り場面積にビビっている人、あるいは本質的に「小売業は人口対応」業である、と考えている人などの「戦略」として採用されるなど、その弊害は依然として後を断絶っていないようです。

そこで。
takeoは、こういう商法はもはや過去の遺物であり、迷妄でしかない、どの業界においても通用するものではない、と考えています。
まずは、迷妄の迷妄たる所以を明らかにし、さらに、「もっと儲かるものの見方・考え方」をあらためてご披露してご機嫌を伺いたいと思います。
言っときますけど、あなたの商売の将来を左右する「ものの見方/考え方」(=「パラダイム」)の転換のススメ、眉につばをたっぷり付けておつきあいください(笑

□人はなぜ地域一番店を目指すのか

 地域一番店、すなわち、業種、部門、品種、品目で地域において一番品揃えを多くそろえている、という業容を目指すのはなぜか?
いうまでもなく「そうすれば儲かる」と思っているから。なぜ儲かるのか?
地域一番店は、売り上げも一番になる(はず)。なぜならば売り上げは品揃えの多少に左右されるから、というのがこの発想の根拠です。
いろんな商品があれこれたくさん置いて置く、そうするといろんな人がどんどんやってきてあれこれ買ってくれる・・・・と夢想しています。

 まあ、その昔、商店街に忽然と出店してきた「量販店」にしてやられた自分あるいは先代の体験がお店のトラウマになっているわけです。
 -したがって売り場面積も一番広い- 店舗が競争に勝つ、つまりは一番売り上げが上がるはずだ、というトンデモ理論です。
こんなことを考えていると、
①うちは店舗が小さいから一番店商法が実践できない、と残念がりながら努力をサボる口実になる
②品種そろえで一番になれなくても、品種内で一番、品目内で一番といろいろ「一番ねらい」の方法はある。と言うように、そのまき散らす害毒は根深いものがある。

 発展型がありまして、「包み込み理論」=「競合他店の品揃えを自店にそっくり取り込んでしまうの法」。
今でもひょっとしたら流通していそうですから合わせて検討したみたいと思います。
ちなみに、こういう話を検討するときは、相手の「ネームバリュー」などにビビッちゃダメですからね。そんなものな過去の遺物、悔しかったら中心市街地を活性化してみ、といわなければならない(笑
「情報は出所によって判断してはならない」というのは情報業務のイロハです。

本論に帰って「地域一番店主義」です。
地域一番店を目指すのは、もちろん売り上げを確保するため。
「地域一番店を目指せば売り上げも地域一番になる」ということですが、業種・部門・品種・品目で地域一番の品揃えをすれば、どうして当該部門・品種・品目で地域一番の売り上げを作ることが出来るのか?

□地域一番店

今は昔、「総合衣料店」という業態がある頃に盛んに唱えられました。
当社所在の武雄市にも先駆的な企業がありまして、文字通り、一世を風靡しました。
どのくらい先駆的かと言えば、ここのノウハウを全国に普及させてこれまた有名になったコンサルタントがいた、というくらい。

とにかく、衣料と名が付くものは。
老若男女、何でもあり、という商品構成で、床から天井ぎりぎりまで商品をぎっしり詰め込み、お客は「ジャングル」探検よろしく店内をショッピングならぬハンティング(笑。
これにお客が押し寄せまして、期末バーゲンでは「晩期商法」というノウハウを駆使、「一品残らず売り尽くし」を実現していました。
こういう実例が「地域一番店」のモデルです。

繰り返しますが、地域一番店とは。
①地方都市の中心商店街において
②「業種」くくりの商品を出来るだけ幅広く品揃えすることで
③幅広い「客層」を集め
④消費需要の当該分野について出来るだけ多く吸引したい
という商売です。
こういう考え方が出てくる・受容される背景としては、
①商圏には人口が少ない(小売業は人口が相手と考えており、そのうえ、自分の立地には人口が少ない、と考えている)
②いろいろな人が少しずつ住んでいる
③売り上げを確保するにはいろいろな商品をそろえなければならない
④たくさん売りたかったら、たくさんそろえなければならない
というアタマの中の事情もありました。

 このような業容の商売が成り立つのは、消費需要がある特殊な条件を備えている時代に限られていまして、その条件とは次の三つ。

①お客の生活に対する知識・経験が不十分
②消費購買ニーズの量的拡大が進行中
③ショッピングの行き先が限定されている

如何ですか。小売業の原理原則、等と言っても所詮は我々が経験している時代の一部について該当する経験則である、と言うことでありまして、もちろん、こういう条件は、もの不足からもの余りへの過渡期前半の特徴でありまして、当時としては大当たりだったと思います。
服を買うのは盆と正月前、という「ハレとケ」が画然としていた時代から「欲しい服がいつでも買える」時代への転換期に活躍したのがこの種の経験則をもとに店づくりをした業態でした。

総合衣料店など、まさにこの典型でしたね。
この業態の大成功を目の当たりにした商店街のみなさんは、「売り場面積」の効能効果をいやと言うほど見せつけられたことになります。“うちももっと広かったら・・・”というのは当時の商店街の皆さんに共通した思いだったでしょうね。

こういうときに提唱された「地域一番店」商法。
なにしろ実例付きですから説得力があります。
しかも。
「店が狭いからと言ってあきらめる必要はない、業種がダメなら品種がある。品種がダメなら品目がある」と言うことで、とどのつまり、何でもいいから地域一番の品揃え(アイテム数)を実現することが「競争戦略」だ、となっていったのです。
とゆ~か、そ~ゆ~ことを提唱するコンサルタント及びその追随者がいた、ということです。

「いた」と過去形で書きましたが、現在でも「いる」かも知れません。
というか、Googleで検索してみたら、「地域一番店」120万件以上ありますから、「いた」などという情況ではないですね(笑

□すなおに考えてみれば

地域一番店、その実際の内容は
①売れていない商店街立地業種店の品揃えを
②全部自店で「包み込み」したら
③「売れない品揃え」の集大成ができあがり、
これではとても売れません。火を見るより明らかです。

 ところが、人口が少ない、いろんな人に売らないと売り上げが作れない、と言う思いこみが作用すると、「なるべくいろいろ」品揃えしたくなる。
ここにつけ込んでいるのが(笑、「地域一番店」と言う発想。
売り場が足りないなら、もっとギューギュー詰め込まなくちゃ、と言うことで通路にいったん足を踏み込んだら回れ右も出来ない(笑 という圧縮陳列のできあがり。その延長線上に現在の業容がある。

まずは、「地域一番店商法」及びその亜流がなぜ「間違い」なのか、「理屈」として説明します。
格闘し・理解し・業容転換を進める武器として活用してください。

□ 「一番店」は競合店志向

 「一番店」路線がダメなのは、第一に戦略がお客ではなく「競合」を正面において考えられている、というところ。
「競合店」があ~したから、うちはこ~しよ~、というのがこの路線の根本にある発想。それもライバルがやっていることがお客にとってどういう意味があるのか、と言ったことにはお構いなし、専らライバルをやっつけるには、という「差別化」路線が根本にある。

 「一番店主義」という差別化路線の一種において、差別化は、物量的にライバルの上を行くこと、物量でライバルと差別化する、ということです。
これがこの路線の正体ですね。
そこには、顧客志向ということはまったくありません。顧客は「差別化」にしたがって右往左往する受動的な存在だと見なされています。
おわかりの通り、こういう理解が曲がりなりにも通用したのは、
①もの不足
②店不足 したがってお客は
③生活、ショッピングの経験不足
という時代のことでした。
 いつも申しあげていることですが、もの不足⇔もの余り、店不足⇔店あまり、経験不足⇔経験十分 ではショッピングの課題は天と地ほど違います。この違いを無視すると、もの不足・経験不足という人にぴったりのお店が出来上がります。ご注意あれ。

 一番店は競合店よりもでっかく・多く、と言う志向でお客はそっちのけ、専ら近所の同業店の動向を気にしている、しょぼい商売です。この路線の弊害は「一番店」に限ったことではありません。「うちが不調なのは一番店のせい」と考えている皆さんに対する弊害のほうがよっぽど大きい。
何しろかっての「一番店」は今や影も形もありませんが、「一番店にいじめられている」と錯覚していた「非・一番店」は存続し・相変わらず「一番店商法」を信じている。

 その現時点での現れが「一店逸品」路線です。
「地域でうちだけにしかない商品」というのはどこからみても「ライバル志向」「差別化路線」ですね。
ちょうど今、サイトの【目指せ!繁盛店】で批判しています。
『一店逸品 私はこう思う』

 しばらく「業界の常識」は「お客の非常識」である、という話をいろいろ見繕って続けます。

ブログにも一番店商法?
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魅力ある店づくり

 新旧、いずれの基本計画にの必ず掲げられている目標ですが、省思考で取り組むと、これまでのモロモロ同様、看板倒れに終わる可能性が高いです。
“原点に変える”“商店街の魅力とは突き詰めれば個店の魅力だ”と着眼は的確ですが、そこから省思考状態でさっそく「魅力創出」に着手してしまう。
何が実現しなければならない「魅力」なのか、という考察過程は省略。
○街並み景観にマッチしたファサードづくり だったり、
○おもてなし とか ご挨拶 とか
○一店逸品 とか ポイントカード とか。

 「魅力ある店」というとき、その魅力とはなにか?
取り組みの目的からして、“買い物行き先として”「魅力のある店」であることは万人が認めるところですが、もう一歩踏み込むと、さて、どうでしょうか。
総論は賛成、しかし、着手段階になるといろいろ路線が違ってきそうです。

「魅力ある個店づくり」まずは取り組みやすいところから、ということで、内容不問、店舗の現状を何でも良いから改善しよう、やらないよりやった方が魅力が増す、という理屈も出てくることでしょう。

「差別化」、「一店逸品」はもちろん、「おもてなし」や街並み景観整備をかねて「ファサード事業」に取り組む、ということも大いにあり得ます。

 小売店舗の魅力とは、第一に“ショッピング客にとっての魅力”でなければ意味がありません。小売業は、お客の生活づくりに必要な材料を提供するという機能を果たすことを営利機会としています。お客が小売店に期待しているのは、「買い上げ、持ち帰り、生活で使う」商品が揃えられていること、ですね。

 “あの店に行ったら「買い上げ・持ち帰り・使う」ときっと満足できる商品が入手できる”、という期待がお客をお店に向かわせる「来店動機」です。
この「期待できる」ことこそがお客にとって「魅力ある店」というコトバの意味するところです。
もっと掘り下げれば、ショッピングのプロセスで“適切なサービスが受けられる”、ショッピングの間中、不快なことが起こらない、“快適な環境がしつらえられている”ということも「来店動機」を堪能するために欠かせない条件です。

 「魅力ある店」とは、お客から見た“ショッピング行き先として期待できる店”“行ってみたい店」であり、“常連になりたい店”ですね。

 「魅力ある店」づくりとは、「お得意さんが増える店づくり」が目的であることを確認し、品揃え・サービス・環境の三点セットを「お客から見たショッピング行き先」として作り上げていくことを意味します。
けしてお店の現状に何かを足したり・引いたりして「魅力を増やす」ことではありません。

 まず、「魅力ある店」とはどういう店のことか、ということをキチンと理解したうえで“出来ることから着手する”わけですが、それは必ず「あるべき三点セット」を実現する漸進的・連続的な革新として取り組まれることが必要です。

 出来ること、細々としてことから着手するのは結構なことですが、ネライはなにか、道筋はどう付いているのか、ということが理解されていないと、一過性の取り組みに終わります。

 これはファサード整備事業のような、組織的な取り組みの場合も同様です。

【商店街・起死回生】で、ファサード整備事業に取り組んでいます。組織的に取り組む総合的な「魅力ある店づくり」を牽引していく事業として最適ですが、成功するには相応の工夫が必要です。

 ちなみに当社はファサード整備事業を軸に商店街活性化の実現に必要な事業をコーディネートする、という得意ジャンルを持っています。


 「魅力ある店づくり」、「賑わい創出」とともにこれからますます飛び交うコトバですが、しっかり意味を考えておかないとまたもや無駄な踊りを踊るだけで終わってしまいかねません。
商店街活性化、つまり魅力ある商店街づくりですが、これまで全国各地で一斉に取り組んできたが、ことごとく実らなかったという苦い経験を踏まえるなら、前後左右をしっかり考える・自分のアタマで考えた取り組みでないと、自店の命運は賭けられない、ということを肝に銘じて取り化かかっていただきたい。

自分のアタマで考えるとは:
○それに取り組めば本当に儲かる店になるのか?
○儲かる店を作るために、もっとやるべきことがあるはず、それは何か?
を考え、
○それを店で実現したら、お客はどう動くか? お客の満足に同つながるか?
を推測すること。
この仕事は、あなたがやらなければ、誰も代わってやってくれる人はありません。
「自力思考」&「自力試行」でがんばるのみ。



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「商店街活性化」の泣き所

 これはハッキリしておりまして、商店街の皆さん方、「自店・商店街を活性化するには勉強が不可欠なのに勉強する気になれない」ということです。活性化できない理由はいろいろ挙げられますが、最終的にはここに一番の原因がある。

 「消費購買客相」に入った人たち(ショッピング客)の「思考モード」は、自力思考 ―自分の力で考える― です。自分固の購買目的・条件を基準にして、どこで・何を・幾つ買えば良いか、きっちり考え・判断してから・行動しています。
 ショッピングについての判断能力は、生まれてはじめて自分で買い物をしてからこっち、今日までの購買・生活経験ぜ~んぶを批判的に総括した膨大な蓄積として、知らず知らずのうちに出来上がっています。

 それを基準に
①今度の買い物の目的と条件を確認した上で、今回のショッピングについて、
②これまでに蓄積した情報をもとに行き先を検討する
わけです。

 マスコミでは「自分の力で考える」ようにしなくては、と偉い先生方が年中、お説教されているわけですが、どっこい、既に皆さんちゃ~んと「自分の力」で考えています。
「公的状況」のことだと勘違いしてる専門家の皆さんは、カント「啓蒙とは何か」を完全に読み違えています。“ウン? なんのこっちゃ”とか思った人は、理論創発・カントさんのスレッドをどうぞ。

 といったことはさておきまして。
消費購買客相、つまり「こんにちは」とあなたのお店に入ってきたお客さんは、自力思考モードによる商品の吟味を目的にしています。
「見るだけです!」とわざわざ断るお客さんは、“自力思考の邪魔すんなよ、タコ!”ということですからね。

そういう、お客に対する当方はどんな思考モードかといえば、これはもう、典型的な「他力思考」ですね。

関係方面からのアンケート調査などで、“経営に必要な情報をどこから入手していますか?”と聞かれると、
①取引先
②業界紙誌
③商店街の仲間
④マスコミ
などという回答がランクされます。
これみんな「他力思考」の成果ですからね。こういう情報源をもとにして、「他力思考」で繁昌店づくり、出来るはずがありません。

それにしても昔は良かった。
お客は買い物・生活の経験が少なく、情報も少なく、自力思考する条件が整っていませんでした。
店頭通行量が店に入ってくればこっちのもの、だったりして、小売業は立地商売、“人通りの多いところがいい立地”というのが常識でした。今となっては、シーラカンス的ミスマッチですが、今でも信じている人がいたりして。

 ということで、お客の“自力思考モード”全開のお客に対応して再び繁盛店を作り上げるんは、こちらも“自力思考モード”による店づくりを実現しなければならない。
が、しかし、悲しいかな当方は、“自力思考って何のこと?”“いつも自分のアタマで考えてるんだけど”という状況にあち、さて、このギャップをどう埋めるべきか?
ギャップを埋めるためには、
①ギャップがあることを知る
②ギャップの内容・程度を測る
③ギャップを埋めるための努力をする
ということが必要であり、何はともあれ、ギャップを埋めるためには「勉強」が不可欠です。

 勉強が必要だが、その必要が自覚されていない、ということが実は、現在、商店街が直面している本当の・根っこの問題なんですが、分かりませんか、そうですか。
まあ、分からなくても私利私欲・儲かるためなら努力する、ということをきっちり守っていけば、イヤでも分かるようになるんですけどね・・・。

 勉強抜きではどんな有り難い事業に取り組んでもシャッターの内側の改革改善は出来ませんから、「売り上げ増」にはつながりません。
イベントなどでこれまで散々経験してきたはずですが、まだ目が覚めませんか、そうですか。

 各種事業への取り組みの結果を「売り上げ増」につなぎたかったら、好むと好まざるとに関わらず、しっかり「勉強」しなければならない。
「強いられて勉める」のが勉強ですからね。ほら、お客さんから“もっとまけて”、”勉強してよ”といわれたらしぶしぶ勉強するじゃないですか。あれと一緒、繁昌したかったら勉強です。それも、好きな時に好きなだけ好きなことを勉強する、というのは勉強ではありませんからね、それは趣味というものです。

 幸いなことにお客が“自力思考”で買い物をする時代は、小売業にとってこれまでにないチャンスの時代です。何しろお客の“自力思考”にマッチすれば、多少立地が悪かったり、価格が地域で一番安くなくても、買い物に来てくれる、ということですからね。
今や、商店街の全盛時代よりもグンと商売がしやすい時代です。

このチャンスを活かし、繁盛店を再生するためには、現在、人があまり寄りつかなくなっている「売り場」をお客から見た買い物行き先・「買い場」へと大転換しなければならない。強いられて勉める・勉強とはそのための勉強であり、「店づくり」を大転換するための勉強です。

 お客にとって買い物とは、生活材料の調達であると同時に買い物についてのまたとない勉強の機会です。 広告やセールストークと実際の商品の使い勝手は必ず比較され、その結果は必ず次の買い物機会に活かされる・・・。
生きた勉強に身銭を切って日々取り組んでいるお客さん、それに比べて商店街はといいますと・・・。

 イベントするお金はあっても勉強するお金はない、アーケードの建て替えの5,000万円は調達するが、そのアーケードを商売に活かすための勉強に要する300万円はどうしても調達できない、というのが全国一律・商店街これまでの通り相場ですね。

 で、アンケートの調査票が配付されると、「ニーズの変化に的確に対応する」とか「魅力ある個店づくり」などなどが課題である、といつも回答しておりますが、「対応」も「個店づくり」も書いてみただけ、実際にはやり方が分かりませんからやる気も起きません。

 という対応を十年一日、繰り返し・繰り返して来たあげく、今日この頃の商店街が現出しているわけですが、これでもまだ「勉強しなくちゃ」という気にはなれませんですか、そうですか。

 こうしている間もお客の「ショッピングに関する自力思考能力」は商店街以外の買い物行き先を相手に日進月歩、街もお店もドンドン置いてきぼり状態です。

 商店街活性化、繁盛店づくりとは、皆さんのアタマの中を占領している大昔の「商売の原理原則」に基づく行動を“今どきのお客のショッピングの原理原則”をもとに全部作り替えるという作業を伴わないとできません。

お客とお店をマッチさせるために取り組むのが勉強ですが、分かってますか? 分かってませんよね。

というところに、商店街が逆立ちしても繁昌できない唯一の原因があるわけで, “勉強するのがイヤだから商売やってるんだろうが!”などと公言しちゃったりする皆さんが、「儲かることは美しきことかな」といった心境に立ち返り、儲かりたい一心で勉強に心血を注ぐようにならないと、商店街活性化なんて夢のまた夢。


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女性や若者の意見

 街づくり論議で必ず出てくる言葉に、「これからの街づくりには女性や若者の意見が重要だ」とか、「現場で苦労している商業者の意見を尊重することが大切だ」などがあります。それなりに練り上げた意見を持っていて、これを貫徹するための方便として言われるのなら、まあ、そういうことも時と場合によっては「あり」かも知れませんが・・・。

 言い出す人やその目的もよく分かるのですが、なにぶんにも表だっては誰も反対できない意見(反対するほどのことでもない?)ということで、そうだそうだ、ということになります。「そうだ」といっても日ごろ街づくりについていろいろ考えているわけでもない人たちが、有効な意見を持っているという可能性は少ないでしょう。また、発言内容が街づくりに有効かどうかということは発言者の属性に関わることではありませんから、「重視する」という方針が採用されてもいつの間にか忘れられてしまいます。「尊重」を言い出した本人が真っ先に忘れたりして。

 「意見を尊重する」といっても尊重する仕組みをどう作るのか?取り上げていく仕組みも無いままで尊重するということは、街づくりについての発言は発言者の属性に基づいて差別すべきといっていることになりますね。そうすると、該当者の発言については論評抜きで羅列採用することになりかねません。事実、「商業者の意見を尊重」した結果、商店街組合が希望する事業を脈絡抜きで羅列してお終い、という基本計画も散見されるところです。

 関係者のうち、ある属性を持っている人たちの意見が尊重しなければならない、というのならその根拠をはっきりさせてからにすべきでしょう。

 実際のところ、もういい加減、こんなしたり顔の発言はやめてもらいたいですね。時に若手の政治家などがこういうことをしゃべるのを聞くとまったくウザイ。そういうレベルのハウツウで街づくり・活性化が出来るなら誰も苦労はしないわけ。中心市街地活性化などが国家的イシューになるはずがない。

 街づくりにおいて尊重しなければいけないのは、ライフワークとして活性化に取り組む・実現していく、と決意している人たちの意見でしょう。
もちろん、尊重しよう、といったからといって尊重されるようになるということは、まぁ、ほとんど無いでしょうね。総論賛成、各論反対は当たり前、じゃあ、採決して見ようじゃないか、ということになるでしょうから。こういう修羅場をくぐりながら仕事を進めていくのが街づくりの現場でしょう。「尊重して」などという甘えンぼの出る幕はないのであります。

 当事者である商業者の意見を尊重する、消費者である女性の意見を尊重する、次代を担う若者の意見を尊重する・・・なるほどね。

 こんなきれいごとを言っている人は、商店街の活性化という仕事を取り巻く条件はもはやそういう安穏なことをしゃべっていればすむという時期ではないということがまったく分からないらしい。尊重してもらいたかったら、女性、若者といった一般的な属性に頼らず、関係者が尊重せずにはおられない意見を、尊重せずにはおれない手法で提出すべきでしょう。必要なら「抵抗勢力」と渡り合ってでも進まなければならない。そういう時期でしょ?「発言を尊重して」などとおねだりをしているようでは話にならない。

 実際に街づくりに取り組んでいる女性や若者などからは、「私の意見は有効なはず、採用して」という主張はあっても、「女性や若者の意見を尊重すべき、だから私の意見を尊重して」という意見が出ることはほとんど無いでしょうね。

 そもそも、街づくり・商店街のこれからのあり方について、「どういう商業集積が消費者に支持されるか」ということを消費者に聞かないと分からない、消費者に聞けば分かると思いこんでいる、というレベルならそのこと自体が大問題、そういうレベルの人が消費者の意見をいくら聞いたからといってそれを街づくりに活用するということは無理というものです。

 消費者は、買いもの行き先が複数提供されていれば、比較有効な方を選択する、ということになりますが、「買い物行き先の一般的な基準」をもってそれぞれの商業集積を評価しているわけではありません。その時々の買い物の必要に応じて複数の行き先を使い分けているのが実態です。SMとCVSを「買い物行き先としてどちらがよいか」などという発想は無いのです。そういう消費者に対して「商店街に対する要望」を聞くということは、うちの商店街について評論して、といっているのに等しい。コンサルタントを呼んできて意見を聞くのと一緒で、消費者も自分の買い物体験を離れていろいろ考えて意見を述べることになります。駐車場が欲しい、サービスが悪い、品揃えを豊富にして等々・・・。

 こういうことを発言する消費者が実際にそういう要望が実現しないと毎日の生活が不便だとか、叶えられれば商店街に回帰するというような切実な要望かといえばそういうことは全然ない、一般論として「この商店街には○○が必要だ」と言っているだけ。だって自分は他に買い物行き先を持っているわけですからね。一般論というかこれまでに読んだり聞いたりした商店街関係の知識の中から適当なことを引っ張り出してきてしゃべる以外にありません。まったく切実感の無い意見です。

 ところが、これまでの商店街の対応では消費者アンケートなるものをやって要望の多かったもののうち、比較的やりやすいものに取り組む、ということが多かった。駐車場が無いといわれれば駐車場を作り、託児所がないといわれれば託児所を作り・・・・。
それで結果的に消費者に喜ばれ、消費者が顧客になってくれたかといえばこれが全然。だって当たり前でしょ、消費者は商店街のお客としてあれこれを要望したわけではなく、自分の知識の範囲で評論しただけですから。

 地元の消費者が商店街についてどんな評価を持っているか、消費者に聞かないと分からない、活性化施策も同様、という安易なアプローチでは活性化など出来ません。コンビニエンスストアが出店するにあたってアンケート調査などしますか?コンビニエンスストアが出現する以前「あなたは真夜中にラーメン買いに来てくれますか」と聞いたら百人中百人が「no」と答えたことでしょう。消費者アンケートを真に受けていたら、CVSという事業機会は無かった、ということになる。

 消費者アンケートは、自分たちの街がどうすれば活性化できるか分かっており、その方向での取り組みが始まってから行うべき。その内容も「こういう街を作りますが、如何ですか」と問いかけ、しかも「賛成、ぜひ頑張って」という答えが返ってくることが分かっている場合にのみ有効だというのがマーケティング戦略的には常識です。


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商店街の活気と活性化

   いま、私どもが商店街がこれから取り組みそうな事業で気になっているのは、「魅力ある個店づくり」と並行して取り組むべきとされている、「街の活気づくり」ということである。個店づくりは個店の仕事、組合は活気づくりだ、ということらしい。何だ、いままでと一緒じゃん。

  「魅力ある個店づくり」という新しいかけ声のもとで、またもや買い物の場としての魅力に乏しい商店街が、人寄せイベントに走りそうな風潮がおおっぴらに後押しされるということである。この路線は、私どもが再三、口が酸っぱくなるほど申しあげているとおり、はっきり間違い、イベントでの街づくりなど金輪際出来ないのだと言うことをもう一度確認しておきたい。

  「活気づくり」ということで主張されているのは、昔のように通りに人があふれている状態を再現する、ということらしい。イベントで一時的に人通りが増えると、なぜか店主たちが元気になり、個店づくりの取り組みに意欲が出るようになるらしい。
「個店の店づくりももちろん大事だが、通りに人通りの無い現状では力が出ない、まず買い物はしてもらわなくても良いからイベントの時だけでも街に来てもらいたい」というもっともらしい口実のもと、補助金を当てにイベントが企画される。
 そういう街のみなさんにはお気の毒だが、イベント主導によるまちづくり、商店街活性化は絶対に実現できない。良い企画のイベントで人が大勢集まったとしよう。この人たちの来街目的はもちろん、イベント見物・参加である。街なかにいる間はイベントに集中、イベントが終わればさっさと帰る。でしょ? 違うと言い切れる人がいるかな? だって他になんかすることある?
 問題はみなさんがイベントに熱中してマスコミの取材に喜々として応じている間も街の衰退化は着々と進んでいく、ということである。

   第一に、個店の店づくりの転換というのは生やさしいことではない。商人塾その他、当サイトの資料を検討した人はお分かりと思うが、これまでのノウハウをいっさいかなぐり捨てる、一から出直すという気概がないと店づくりの転換など夢のまた夢である。10年20年前同様、イベントによる人通りを当てに何とかしようというようなレベルの魂胆で成し遂げられることではない。イベントに人手をとられ、時間をとられながら、その合間に繁盛店への生まれ変わりが出来ると思っているとしたら、その人はこれまで店づくりの転換に必要な勉強をしたことが無い、というよりそもそも小売業経営に必要なことについて全く理解していない、と告白しているようなものである。
 そういう人がイベントを利用して繁盛を再現できるというくらいの状況なら商店街の落ち込みなんか行政課題になるようなことはなかったろう。

   第二に、そもそもイベントなるもの、売れている店がやるとますます売れるが、売れない店がやっても何の効果も無い、というのが常識である。売れない店(つまり、商店街のほとんどの店)や商店街のイベントは、時間とコストをかけて集めたイベント客に「当店(街)はご覧の通り、あなたが買い物に来るところではありません」と宣伝しているようなものである。
 だいたい、「売り上げが落ちたら人集めをする前に売れない原因を発見し改善せよ」、人集め・宣伝広告はその後だ、というのが昔からの小売業のノウハウ。
だってそうではないか、売れない店=買い物の場として魅力の無い店がイベントをやったとたん、あーら不思議、〈買い物の場〉として魅力が増してお客が戻ってきた、などと言うことがあるはずがない。イベントにつられて不要品を買うようなお客はいない、お客が物を買うのは、自分の生活を作りあげるための材料としてである。材料にふさわしくない商品など見向きもしない。そもそも商店街のイベントに来るときお客が財布をふくらまして来ているだろう、と考えるのが間違い、子供のジュース代くらいしか持ってきていないんじゃないの。

   第三に、明日はともかく今日はとりあえずイベントで集めたお客で売上げを、と衝動購買などを当てにするようではますます救いがたい。衝動購買というのは、お店に来るまでは買う予定が無かったのに、商品を見たとたん、気に入って買わずにはおれなくなった、という購買パターンですからね。日頃お客に強く支持され、繁盛しているお店だけがフリーの来街客を引きつけ、購買行動に結びつけることが出来る。売れない店がイベント客の衝動買いを期待するなど言語道断、あまりにも虫の良い話である。

   第四に、組合執行部の問題。組合として他にやることが無い、考えつかない、ということもあるだろうが、あまりにも実態すなわち直面している問題に眼をつむりすぎ。見えてないとは言えませんからね。個々の店舗の経営実態は自店に置き換えて見れば自明である、とてもイベントなどでどうにかなるというレベルの状況ではないことは百も承知のはずである。
 この期に及んで、話は分かるがとりあえずは人通りを・・・、などというのが一番悪い。人通りが多くても売れない商店街というのは、幾らでもある。
「今の立地は人通りが少なくてダメだが、このまんまで人通りの多いところに移転すれば即日大繁盛間違いない」という自信のある店主だけがイベント主導のまちづくりを主張することが出来る。

   街に活気が欲しいというのは誰しもが願うことである。人通りさえあれば昔とった杵柄、創意工夫を凝らして必ずかっての繁盛を取り戻してみせる、と意気込んでいる人もたまに見かけるが、これは出来ません。理由? 昔、あなたの街に人通りが多かったのは、街が繁盛店で埋め尽くされており、通りを買いまわるお客が多かったからでしょ。あのころ街に来ていたお客は一体何を目的に来ていたか、胸に手を当てて、考えてみるべきではないか。
 イベントが盛んな街の役員諸氏は、企画したイベントを否定されると自分を否定されたように気色ばんで「そういうけどうちの街はイベントをやってきたからこそ、この程度の落ち込みで済んでいる、イベントをやっていなかったらどうなっていたか分からん」などと反論したりする。フフンだ。そんなものはただの言い訳にすぎん、あなたがそうおっしゃっている間も現に通りには空き店舗が増え続けてるでしょ?つまり本当の意味での活性化には全く近づいていないでしょ、ということである。

   以上簡単に見たとおり、商店街のイベント、当日のお客は店頭を素通り、明日からはまた昨日と全く同じ閑古鳥の鳴く通りとなる。10年、20年と有名イベントを続けてきた街と個店はいまどうなっているか? 賢者は他人の失敗に学び、愚者はおのれの失敗を繰り返す、という。商店街に残された時間は本当に少なく、よその街の失敗を身をもって確かめてみる、というような悠長な時間は無いはずである。
そろそろ自分の頭を使って物事の一部始終を考え抜いてみる、という創業当時の習慣を取り戻すべきである。もちろん環境は激変している、とても当創業期のノウハウでは役に立たないことはいうまでも無いが、大切なことは自分の頭を使って考える、ということである。「商店街活性化の事例」などを鵜呑みにして真似しないこと。事業はイベントに限らず、それに取り組んだら本当に街が活性化するか、本気で考え抜いてみるから取り組むことにしないと、一度しかない人生の大切な時間を無駄にすることになる。

    私どもは、日本中の商店街で用いられている「活性化」という言葉について、「商店街にどのような状態が生まれることを意味しているのか」ということを明らかにしていない無責任な決まり文句である、と批判している。たぶん、クオールエイド社が全国で唯一、「商店街活性化」という言葉をきちんと定義して用いている、といって過言ではない。
 私どもの定義を簡単に説明しておけば、活性化とは「計画的に事業に取り組むことによって、以前はとても想像できなかったような繁盛が実現され(実現の希望が生まれ)、再投資や後継者確保の意欲や条件が生まれてくること」である。個店、商店街とも活性化を目指すならば、「活性化」の定義、目標をきちんと決め・全員で共有しておく、各種事業の実施にあたっては、その事業が、本当に・街の・自店の・「活性化」の・実現に役立つものであるということをしっかりと確認してから取り組むべきでしょ、というのが私どもの主張である。

   商店街の活性化、まずイベントで活気を呼び戻してから本番の活性化に取りかかる、などと訳の分からない悠長な手前勝手をきっぱりとうち捨て、「活性化とは街が・自店がどうなることか」ということをあらためて確認し、客寄せならぬ人寄せなどの安易な地獄への道に惑わされることなく、正しい方向=売れる店づくりに向かって進まなければならない。
 売れる店の存在がお客を商店街へ誘い、そういう店が軒を連ねることでお客の買い回りがはじまり、通りを買い物客が行き交う、人とお店が作り出す賑わいがさらに客を呼ぶ、というあるべき商店街が再現される。
********************************************************
以上は、2001年12月 クオールエイドのサイト【デイリィフラッシュ】に書いた記事ですが、以来6年半経っていますが、恐ろしいことに、ただの一個所も訂正しなければいけない個所がありません。黙って「今日のブログのために書き下ろした」といっても立派に通用すると思います。
いったいこの間の右往左往は何だったのか?

 今、全国の都市が『中心市街地活性化基本計画』の見なおし~作成」がスタートしていますが、この取り組みでもっとも大事なことは、「これまでの取り組みが全くダメだったのはなぜか?」キチンと総括することです。

ちなみにリンクした記事を収納している周囲には、当時の「あるべき取り組み」などについていろいろと延べています。これまでの取り組みを総括するための参考としてご紹介しておきます。
 各地で発表されている『新基本計画』の内容は、果たして引用したような6年前から継続している問題への解答になっているでしょうか?
ということも機会が有ればチェックしてみられると自分たちの街の計画づくりに大いに得るところがあると思います。

サイトでの取り組み→参照

基本計画ケーススタディ:岐阜市中心市街地活性化基本計画

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商 店 街 の 状 況

 最近の状況はといえば、書きたいことは山ほどありますが、書いたからといって何がどうなるわけでもないし、そういう状況も含んで「基本計画」に基づくTMO体制の構築を強くお奨めしているわけですが。

 基本計画つくりの進展とは全く無関係に動いているのが「法」制定以後の商店街、制定以前とほとんど変わっておりません。
ということはすなわち、状況はさらに悪くなっているということで、今や組織の根幹に関わる問題が噴出しているところが少なくありません。

○アーケードの老朽化 撤去か改築か 費用の確保も難しい。
○駐車場 利用激減収益低下 償還問題、歳入檄減
○ポイントカード 収益激減 有力会員の脱退 魅力劣化
○イベント 陳腐化 販促効果絶無 惰性的取り組み

などなど、商店街の主要な事業はことごとく存廃の岐路に直面しています。
もはや、彌縫的な取り組みでは合意形成さえ難しい状況であり、「基本計画」にもとづく一体的・全面的な取り組みに位置づけない限り、どうにも身動きがとれないわけですが、そういう問題意識を持った取り組みが目指されているかと言えば、残念ながらそういう傾向はほとんど見あたりません。
新計画づくりで先進といわれる都市の計画でもこのあたりに踏み込んだいる例は無い。

ということで、一方では「基本計画」への採用を目指し、作成段階での活動が必要であり、同時に一方では切迫した課題として早急に対策を講じなければならない。場合によってはその結果を基本計画に反映させる、ということも必要ですから、ことは緊急を要します。

 【商店街・起死回生】でいくつかテーマをアップしました。
課題に直面している皆さん、ふるって(? ご参加ください。

おっと一部で「救世主」ともみなされている「一店逸品」についての本格的な論考

□続いて @商店街の味方的商店街ウオッチングを

 近県の商店街からポイントカード統合の相談を受けておりまして、打ち合わせに行って来ました。
アーケードの掛かった商店街ですが、改築か撤廃か方針決定の時が迫っています。これはけしてこの商店街だけの課題ではなく、国内には同じような課題を背負っている商店街がたくさんあることでしょう。
「法」のもと、基本計画を作成して取り組んだ結果が、こう言うことですから、問題は数値目標とか居住人口とかあるいは病院・図書館etc.,といったレベルにあるのではない、ということがハッキリしています。

 多くの商店街がこれまで、過去の蓄積、投資の成果を食いつぶしながら、今日を迎えているわけで、ここで文字通り、「起死回生」の方向と方法を見いだし、脇目を振らず、まっしぐらに突き進む以外に、生き残り・繁昌を再現することはありません。もちろん、このことに気づき、所要の手だてを講じる商店街にはこの十余年間、絶えてみることの出来なかった「繁昌実現」の可能性を確実に手にすることが出来ます。

 しかし、状況はとてつもなく厳しい。きびしさはけしてシャッターの外側だけにあるわけではありません。今現在、商店街が取り組まなければならない課題と、皆さんが取り組もうとしている課題との間にとてつもないギャップが拡がっています。さらに悪いことにそのことに執行部が全く気づいていない。気づいている有志がいても発言できない。発言しても通らない。長年共同事業に取り組んできた結果がこれ。

 何しろアナタ、“活性化できないのは、人通り、人口、病院が減ったから”=商店街の責任ではない、と基本計画が太鼓判を押してくれているわけですが・・・。
 
 商店街が取り組む共同事業の成果は、もちろん、個店のシャッターの内側に「業績の向上」として実現されなければならない。それ以外に事業の成果はかんがえられません。
こうして書くのが恥ずかしくなるほど当たり前のことですね。

 この当たり前のことが当たり前として通用していないのが多くの商店街の実状です。商店街への集客は組合でやる、来街者を入店客にするのは個店の仕事だ、とはどこの街でも執行部の常套言説でしたが、どっこい、実際はそうはいきません。過去の蓄積(得意客)頼りに何とか過ごしているうちに徐々に客足が遠くなり、もちろん、組合の集客事業による来街者も入店客にはなってくれません。

 「組合は来街者を集めるのが仕事、後は個店の頑張り次第」という路線は既に商店街段階では破綻しています。
この「線」で取り組み、破綻が明白な取り組み(今にして思えば組合事業は、「個店保護事業」でした)を今度はTMOが「面」でやってみる? どうして? 
「線」の失敗をどう総括してるんですか?
組合が失敗した「個店保護」を今度は「商店街保護」にスケールを拡大しただけじゃありません?
ということになるわけですが、それはさておき。

 商店街組織の現状は、組織の事業の目的及びそれを達成する方向と方法をこれまでずうっと発見できていない、というところに起因しています。
耳にタコでしょうが再確認しておきましょう。

①すべての商業振興策は、中小小売業者(商店街)の競争力強化を
 目的に取り組まれる
②中小小売業者の競争力の根幹は「業種揃え・店揃え=品揃え」
 (「基本的な方針」said)
③「店揃え」の実現には個店の「売り場の改革=店づくり」の転換
 が不可欠だ
④どのような施策であれ、「店づくり」が出来ていないと効果が
 得られない
⑤故に、各種事業を実施するにあたっては平行して必ず「店づくり
 の転換」への努力が必要である

 アーケードの改築・撤去、どっちでも良いんですが、問題はその事業と並行して、個店の「店づくりの転換」に取り組むのかどうか、ということ。
取り組まないと「仕舞た屋通り」へ一直線ですからね。

 カード事業にはさらに深い問題がある。
組合が取り組んできた各種「個店保護事業」の源泉はこれですからね。脱退(廃業者だけとは限らない)相次ぎ、売り上げ激減すれば、頼みの綱・販促事業・大売り出しが出来なくなります。大ピンチです。
 周知のとおり、システムおいうのがに根ざす事情から廃止するのは困難であり、だからといって継続してもじり貧は避けられない、というのがほとんどのポイント事業の実状ですね。
そういうなかで商商店街ごとに運営していたシステムを統一しようかという話が浮上する。良くあることですが、それでなにがどうなるちゅうねん。
すでに一本化したところ、当初から一システムで来たところ、状況は変わりませんよ。
 一般論的にも、ダメなシステムを二つくっつければ活性化する、ということはありませんでしょ?

 takeoの提案は、“ポイントの件はひとまず措いて、商店街立地の将来性、これから取り組むべき活性化事業の方向と方法について学び、共通の土俵をしつらえた後にポイントカードの役割を検討し、方向を定める。その間「個店の転換」に取り組む。というもの。
システムの存廃に関わらず、転換には待った無しで取り組まなければならないのが個店の現状です。

 以上について約2時間のレクチュア、いつもながらのワンパターンですけど。

 執行部の反応は“そこまでは考えていなかった”、“予算がないので勉強会は出来ない”などと訳の分からない話も出たりしたうえでお開き。
双方、お疲れさまで帰路に就きました。
 “予算が無いなら借り入れ起こしたら”というカルチャーショック的セリフも用意はしているんですが、今日はそこまではちょっと。
“そこまでは考えてなかった”って、アンタ、この十年何やってきたつもりなんだよっ。

 ということで、個店シャッターの内側の改革を伴わない活性化事業で空洞化の進展をとどめ、反転、業績向上を実現することは出来ません。
 当社はこれから、【商店街起死回生】掲示板において、新しいスキームの下で取り組む活性化事業のコアとして「ファサード整備事業」を提唱するつもりですが、これは並行して「個店の転換」に組織的・計画的に取り組むことを前提としています。
もちろん、コアとなる事業はファサード事業に限りません。
アーケードでもポイントカードでもOKです。
事業と並行して、あるいは先行して「個店の転換」に取り組むこと。

 当社としてはこれが各種補助事業を活性化の実現に活かせる唯一の方法だと確信しています。
方法を確認した上で取り組む「ファサード整備事業

ポイントカード事業

“そこまで考えているんだけど”という有志の参加を期待しています。


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『生物と無生物のあいだ』

“売り場は生きている”

 いつかどこかで聞いたことがあるフレーズですね。
一つのレトリックでありまして、つまり、売り場をあたかも一つの生命体であるかのようにとらえ(観察し)、生物の振る舞いを売り場のあり方に応用する、という店舗経営のノウハウです。
いわれている内容によって、早く処理しないと腐敗する、ということだったり、育てなければいけない、ということだったりするわけで、なるほど、いわれてみればそうだよね、と思った人も多いのではないでしょうか。

 サイトの【理論創発】コーナーでは、「中心市街地の商業活性化」という課題に取り組むために必要な〈商業理論〉の構築を企てていますが、レトリックつまり、枠組みが難しいですね。どういう枠組みでアプローチしたらスラスラ行けるのか?
理論を作って説明する、とは目の前にある誰もが知っていることをあらためて“そのものをそのものたらしめている全体の関係”のなかに居続けることですから、この全体をどうとらえるか、というところが難儀です。

 たまたま今朝起き抜けに読んだ本:
福岡伸一『生物と無生物の間』2007年 講談社現代新書
福岡先生のこれまでの著書はサイトの方で何度も紹介しています。

 読んでいてひらめいたのが、「売り場は生きている」の「生きている」レベルについて、生物学ジャンルの理論、それもこの本で論じられているレベルには学ぶことがたくさんある、ということ。ひらめいた、というのは適切では無いかも。いつもレトリックに関するアンテナは立てているわけで、そこにビビッと来たわけです。
(先生は、ヒラメキについて辛い評価ですが、そこはひとまず措くとして)

 社会的な事象を自然科学系のレトリックを援用して理解する、理論を構築する、というのはいろんなジャンルで毎度行われています。
たとえば経済学のある流派は、その体系のバックボーンに物理学のレトリックを借用し、また他の一派は「生物学的循環」を援用する、というように。

 万物は循環する、という自然界の通奏低音から、循環の生物的特徴~人間的特徴という理解の構造の中で、「店は生きている」という「小売理論」はどのあたりのレトリックに位置づけ(借用)れば理解しやすいか? というテーマをもっていましたので、おおいに参考になりました。

「商業理論」、ぐっと進むかも知れません。
たとえば「品揃えの必要性とその基本的な考えかた」など実践的な課題について理解が進み、その結果として個別・具体的な個店の品揃えの決定~運用についての「知恵」が出て来るようになります。

 ちなみに、「理解できれば知恵が出る」というのが私のモットーでありまして、中心市街地活性化もその全体像を理解すると、本当に必要な知恵が出てきます。
逆に言えば、理解できないあいだは知恵が出ない、ということで、採用される取り組みは、自力思考を欠いた、先生方のご託宣への盲従か、「成功」事例への追随か、ということになりますが、「なぜこの取り組みを採用するのか」というあるべき自問に自答することは出来ません。
こういうレベルで取り組まれる活性化事業なんか、いくら繰り返しても何の足しにもならない、反省材料にさえなりません。“自力思考を欠いた取り組み”の総括です。

 自力思考の根拠は、「すべては疑いうる」ということ。
特に、自分自身の見解を厳しく疑う、批判的に吟味することが、自力思考の基本です。
福岡先生は、科学者が具備すべき要件の一つは、「自己猜疑心」であると述べています。

 本書は、理論についてあれこれ考えている人には、まことに刺激的な内容がふんだんに詰め込まれています。
もちろん「理論」だけではなく、何らかの関心をもってこの本を読む人の、それぞれ固有の問題意識に応じて他ではなかなかえられない格別の刺激を与えてくれる、そういう意味でまれにみる「名著」だと思います。
ご一読をお奨めする次第です。

 私の収穫はサイトの【理論創発】で近日中に。

読んでみようか、で。
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有限会社 クオールエイド

  • Author:有限会社 クオールエイド
  • 【キラリ輝く繁盛店づくり】
    お客に見える店づくり―見える化をテーマに【個店の繁盛】から【商店街活性化】、【中心市街地の商業集積としての再構築】まで一貫した取組を支援します。
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