基本計画の計画性

□計画には具備しておくべきi一般要件がある
  ※(一般要件とは何についての計画であれ、計画という
    以上、必ず具備しておくべき条件のこと)

 すべての計画に共通する第一の条件は、
「計画」として備えておかなければならない要件を備えていること、
です。

 計画の「中身」よりも「形式」に関わることですが、どんな立派な内容が羅列されている計画でも、その形式が「計画」にふさわしく整えられていなければ、所期の目的を達成することはできません。同じ事業に取り組んでも、その事業が所属している「計画」が異なれば、結果に雲泥の差が生じてしまいます。

 計画の「形式」を理解し、その形式に沿った計画を作ることは、経営すなわち「言葉を形にする」行動の成否を左右する大変重要なことですが、あまり強調されていないようです。

 思いを形にしていくための計画には、その役割から、当然備えておかなければならない条件があります。
計画の重要性はよくいわれますが、なぜ必要か、優れた計画とはどこがどう優れているのか、優れた計画が共通して備えている条件にはどういうことがあるのか、といったことはまだ解明されたとはいえないようです。

人間にとって計画とは何か? ということですね。

 計画作りの専門家(以下「プランナー」)は、具体的な目的達成のための計画を作るにあたって、「計画が備えておくべき形式的条件」についても併せて検討しなければならない、というのが「計画作りの現場」の状況です。つまり、本来なら装備していて当たり前の「計画作りに関する一般理論」が揃えられていない可能性が高い。
「基本計画」を読むとそのことを痛感します。

※ちなみに、計画についての研究が進んでいる分野の一つは「軍事」のジャンルです。
クオールエイドのサイトでも最近、形式の一つを紹介しました。

計画の形式として一つの到達ではないでしょうか。
「目的・目標」「任務」の位置が気になるところですが。

軍事と並んで古くから「計画」が活躍しているのが、灌漑事業に始まる「土木」のジャンルです。建築・都市計画というジャンルは、この長い伝統を背負っているわけです。
「中心市街地活性化基本計画」作成に関わっているプランナーさんは、このジャンルの人が多いようです。

 プランナーのほとんどが、自覚的に・あるいは無自覚的に、「計画の原則」というか、自分が作る計画の「原則」を持っており、それにもとづいて計画を作ります。
もちろん、計画によっては新たに「形式」「様式」を考案することもありますが、その場合も基本的な要件はそれらの相互関係などについては、プランナーが装備している「計画の一般要件」のレトリックを活用しながら企画するわけで、計画を一つ見れば、そのプランナーの基本的な力量は推定可能ということですね。

□「中心市街地活性化基本計画」について。

 Web上で多くの都市の新・旧スキームにもとづいて作られたものを読むことが出来ます。
基本計画の最上位の目的は、計画一般の目的と同じく「言葉を形にすること」であり、「思い描かれた・望ましい中心市街地を形にしていくこと」です。

 そういう視点で見ていきますと、「基本計画」のなかには「言葉を形にする」作業の中核である「言葉」すなわち、“思い描かれた当該中心市街地がめざすべき姿”が明確になっていません。そうすると、計画の内部の整合性も危うくなってしまいます。そのうえ、言葉を形にするスキルの装備が不十分というように条件が積み重なれば、出来上がる計画に必要な要件を備えていないものがけして少なく無いことも納得されたりするわけです。

 これまでの計画が所期の目的を達成出来なかった原因の一つは、計画つくりにあたって「計画つくりのノウハウ」が不備だったからではないか?
という疑問が生じるわけですね。

 その他いろいろな思いが去来するわけですが、それはともかく。
新しい基本計画の作成にあたっては、あらためて、計画が備えておかなければならない「一般的な条件」について考えてみることが必要なのではないか、ということですが如何でしょうか?

 それも、待った無しで進めなければならない「基本計画」ですから、「計画づくりを勉強してから」というわけには行きません。
「作りながら修得する」という作業が要求されます。

 そうすると、招聘するプランナーさんの腕前・スキルがきわめて重要になります。計画作成の段階を成功させるには、優れたプランナーを確保すること。
これは当然のことです。

プランナーさんのスペック:
中心市街地活性化、商業活性化に関する理論の他に。
○既存計画を「形式」&「内容」の両面にわたって検討する。
○どこがなぜ問題なのか、課題を明らかにする。
○作業を踏まえて新しい計画の「形式」を提案する。
という「一般計画論」的知識・技量について相当のスキルが必要です。

 「既存計画に基づく取り組みの総括」は、新計画づくりにおける重要なステップですが、「計画の計画性はどうだったか?」ということも必ず、批判的に検討しなければならない。
計画については「数値目標を設定していなかった」というレベルの反省だけで良かったのか、ということです。

 プランナーさんには、これらの批判的検討を踏まえ、「計画の作り方」について、作成に関わる人たちにキチンとレクチュア出来ることが求められます。
 もちろんこれは「法」や「基本的な方針」の内容を説明する、という作業ではありません。それ以前の問題であり、「法」が提供しているスキームに基づいて作る計画が従うべき、「計画の一般的スキーム」のことです。
これがないと、「法」のスキームに従って、いつかどこかで見覚えのある支援施策を羅列しただけの「計画」になってしまいかねません。

 既に作成に着手されている都市も、旧計画とどこが違うのか、あまり差違のない計画が出来上がるのではないか、という危惧が生じていること思います。どんな計画でも一度でき上がれば、計画として一人歩きをはじめます。というかデンと座ってその座がら降ろすのは至難のことです。

 着手以前の「作り方についての計画」段階で周到な検討が必要であり、既に着手済みのところはなるべく早く方向転換が必要です。
 当社が見る限り、「計画の一般理論」を装備し直すという課題を免れている基本計画は、きわめて少ない。皆さんの都市の計画、果たしてどうでしょうか。計画づくりの一般要件を備えたプランナーさんを招聘することが事業成功への第一着手です。


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エスプラッツの再スタート

 長らく閉鎖されていたエスプラッツが再オープンすることになりました。一階の物販スペースのテナントリーシングが難航していたようですが、スーパーマーケットとドラッグストアが入店することになりました。
 来店客数3000/日を見込んでいるとのことで、商店街の人の流れが変わる、と期待されているようですが、手放しで喜べることではありません。

 小売店舗は、「業容」抜きでは存立しませんが、繁昌したいお店は業容でデスティネーション、すなわち「お客から見た来店目的」を作り上げなければならない。
 スーパーマーケットのデスティネーションは、基本的にスーパーマ-ケットは、“「主婦相」の用事的買い物”という買い物動機に対応することを基準に業容を作り上げています。
「家庭内食事の献立材料のワンストップショッピング」を中心に“その購買行動と一緒に済ませた方が合理的な買い物&用事”をテーマに、「品揃え・サービスミックス・店内環境」をワンセットで作り上げるわけです。“主婦が用事でやってくる”わけですから、“出来るだけ手早く商品をお持ち帰りいただく”ことが店づくりのポイントです。

 来店したお客は、買い物が終わるとまっすぐ帰宅します。
買い回り型商店街ゾーンへの「回遊」などは起こり得ません。
家では「夕食の準備」という次の仕事が待っているわけですから。
近くに住んでいる人ばかりですから、買い回り型ショッピングは時と装いを変えて、ということです。

 スーパーマーケットが有ろうと無かろうと、商店街に「魅力のある店」があれば、近くに済んでいる人は今までも出かけてきていたはず、客数が少なかったのは、「魅力」を認定する人が少なかったからだ、と考えれば、開店が商店街に及ぼす結果は自ずと見えてきます。

 ということで、エスプラッツがオープンすると、たしかにここをデスティネーションとする買い物客が周辺を行き交うことになりますが、その人たちが商店街のお客になってくれるということは残念ながら起こりません。
ちょっと自家製想像力を発揮すればすぐ分かること、スーパー窓の梅が営業中、通りには今より多少は人通りが多かったわけですが、窓の梅の来店客が商店街を回遊してショッピングを楽しむ、という光景があったでしょうか?

 エスプラッツも同様です。以前も確かスーパーが招聘されていたようですが、当時商店街への「回遊」がありましたか?

 ともかく、スーパーがオープンすることは、中心市街地在住世帯にとっては有り難いことです。中心市街地における居住促進のカギの一つは、「当用購買」の出るティネーション、“スーパーマーケットが歩いていける範囲にある”ということですからね。

 一方、中心商店街のレーゾンデートルは、“買い回り型ショッピング”への対応ですから、スーパーマーケットのオープンなどに浮かれることなく、自分たちの存在意義の発露にいっそう努力していただきたいものです。

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25% 米軍の戦場における発砲率  

アメリカ陸軍の調査によれば、第一次大戦当時、敵と交戦中の米軍兵士が実際に自分の銃を敵に向けて発射した割合は25%、4人に一人だったそうです。調査は、戦地で上司立ち会いのもとに挙手するという形で行われたにも関わらず、この数字で、立ち会った将校たちも仰天したそうです。その後訓練方法が改良された結果、朝鮮戦争当時は55%に達するようになったそうです。
日米対峙当時は、中間の発砲率だったのでしょうか。

河野仁『〈玉砕〉の軍隊、〈生還〉の軍隊』

筆者は防衛大学校教授。「軍事社会学」の専門家です。

激戦地ガダルカナルを経験した日米の兵士を対象に戦場心理を探求しています。
戦闘行動の質を決定するのは思想教育ではなく、戦友や第一次グループ(内務班)の紐帯であったという「合理性の発見」は、戦場における相互殺傷に参加した兵士が何か特別の主義や信条に駆り立てられていたわけでは無かったと論じて説得力があります。
極限状態にある「人間としての兵士」の行動の「内在的論理」にせまる労作は一読の価値があります。

防衛大学校には凄い先生がいるんですね。

自衛隊といえば、最近はストレスがハンパではないということで、その原因の一端は「対テロ戦闘」の訓練ということらしい。
対テロの訓練には、「敵は必ず殺す」という原則があり、そのために超至近距離から「頭部に二発打ち込む」ことが原則。これを訓練するのは相当のストレスでしょう。
正規の戦闘の場合は、戦闘の目的は「抵抗力の奪取」ですから、えらい違いです。

ちなみに標題は、
米軍にとって捕虜になることは戦死に次ぐ名誉であり、
日本軍にとっては「生キテ俘虜ノ辱メヲ受ケズ」であったことによります。


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用 語 集

 ご存じかも、ですが、クオールエイドのサイトには「用語集」コーナーがありまして、
当社が独自に開発した専門用語、
定義がよく定まっていない阿吽語、
なんだかおかしい定義が流通している専門語
などについて、「当サイトにおける用法」をご披露しています。
「今さら人には聞けないコトバ」なども収録しています。
コトバはそれなりに定義しておかないと、それを使ってものを考えるとき、適時適切な知恵が湧いて来ませんからね。

ラグジュアリィ、デスティネーションなどカタカナ語ばかりではなく、時間堪能、客相といった当社が創発した独自用語も定義しています。
結構利用されているようです。

当コーナー、収納数も説明内容もまだまだ不十分、鋭意拡充すべきところ、サボっています。
収録候補をアップしていますので、一度チェックしてください。

なお、疑義などありましたら、その旨「理論創発」コーナーにどうぞ。


□レトリックについてのメモ

 レトリックの典型は、あるジャンルの説明原理を他のジャンルに応用することです。
例:
①万有引力の法則を二つの商業集積間の「吸引力の原則」にしてしまった→ライリー、ハフさんたち。
②特定の時代の戦闘機相互の空中戦の経験則をビジネスの「原則」にしてしまった→ランチェスターの法則
 経済学では物理学のパラダイムを「応用」している例もあります。

ひと頃騒がれた「ポストモダン」的文系の皆さんによる理系レトリックのパクリについての問題提起もありました。

レトリックはわれわれにとって不可欠の道具ですが、首尾良く使いこなすには、それ相応の注意が必要ですね。
使い方にまつわるいろいろ、考えていきたいと思います。

レトリックに興味あり。
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軍事用語の借用にご注意

 わが国だけに限らず、企業経営関係の専門用語には、はじめ軍事用語から借用されたものが多いことはご承知のとおりです。

 戦略・戦術、状況分析、作戦計画などなど。
文事関係のれとりっくを援用する、すなわち経営を戦争に見立てるわけで、既に定着して久しいわけですが、理由が二つありました。

 第一に、「計画」ということ。対象範囲が広く、期間が長く、組織規模が大きい、計画の良し悪しが全体の成否を左右する、ということでは戦争は昔から何と比べてもけして引けを取りません。その分、「計画」についてのノウハウを他より進んでいます。

第二に、企業の主要な活動分野である「市場」には、ライバルがいまして、競争にうち勝とう、当方を何とか出し抜こうと虎視眈々と狙っています。このことから、競争相手を敵になぞらえて「競争戦略」や「作戦」をはじめ、軍事用語が頻繁に使われる。
「敵を妥当して目的を達成する」という行動のありかたを戦争と二重写しにするわけです。
中には、レトリックの導入の方法を間違えて、とんでもないことになっている例も少なくありません。
「ランチェスター戦略」などはその典型です。

 ということで、軍事用語を経営関係のレトリックに援用する場合は、しっかり考えておかなければならないことが有ります。

 それは、「企業経営」における「敵」という概念が、一般に競合企業のことだといわれ、誰も怪しむものはありませんが、本当に企業にとって敵は競争相手のことか?
そういう理解で軍事用語、軍事関係で古来蓄積されているノウハウ、ハウツウを経営畑に「翻訳」活用できるものでしょうか?

 私は大いに疑問を持っています。
この疑問については、掲示板で詳しく検討しますが、ここで申しあげておきたいことは、二つありまして、

一つは、軍事用語の「敵」を経営関係のレトリックに使うなら、その場合「敵」は「競争相手の企業」ではなく、「顧客」です。
何故そう言えるか? 答えは「理論創発」で。

もう一つは、「状況分析」について。
軍事における「状況分析」の対象になるのは、
①軍事行動の目的
②敵の状況
③味方の状況
④②および③に影響を及ぼす環境与件



と続きます。味方が現在どのような状況に有るか、ということは目的達成のシナリオ~計画を作る上で、大変重要なことです。
この分析が行動のスタート位置を決定するわけですから。
※関連を論じています。「プランニング能力

 多くのというか、ほとんどのプランナーが計画作成作業で、自覚してor無自覚のうちに、軍事用のレトリックを使っていますが、上述のとおり、レトリックの応用のしかたを間違えているために、とんでもない錯誤に陥っています。

 もちろん、この錯誤は「商業の活性化」をメインとする中心市街地活性化のスキームにもちゃんと移入されており、中には応用のしかたがまずいために、全体の取り組みをおかしくしてしまっている、というケースも散見されます。

 またしても、「恐るべし、レトリック」です。
 
そうそう、コンサルタント業界には、加えて医療関係のレトリック、専門用語も入ってきています。
「診断」とか。
「活性化」などは化学分野でしょうか。
言葉の輸入は知らず知らずのうちにその言葉が用いられる状況、結びついているレトリックも一緒に導入されます。
使うコトバに思考が導かれてしまう。

言葉の素性は、よく吟味してから使うようにしましょう。

ところで、企業にとって“「敵」とは「競争企業」のことである”というのは常識だと思いますが、この用語法は正しいでしょうか?

検討は【理論創発】で。
同コーナーでは新しいテーマの考察がスタートします。
○イズミこと「量販百貨店の新戦略」とか
○「コンセプト論」とか
○「通行量論」も展開中。
すべて当社サイト以外では入手できない情報です。

 特に、「軍事レトリックの応用」という当記事が口火を切ってサイトの各掲示板で考察中の諸課題は、基本計画作りの成否に大きく影響します。
もちろん、当事者である皆さんのスキルアップにも。
関係の皆さんはそのつもりで勉強していただきたく。

【理論創発】覗いて見るか、で。
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局面打開のために

 (前記事「商店街活性化 取り組みの蹉跌」を踏まえて) 

 前記事で指摘したような状況があるとするならば、現在各地で企画されている「従来型商業活性化策+非・商業施策」の組み合わせによって作られる『基本計画』で中心市街地の商業の活性化・経済活力の向上が達成されるはずがないことはいうまでもありません。
 実際、私が講師を担当した勉強会でも「新スキーム・計画でも自信がない」という声が聞かれます。

 これまでの取り組みはなぜ蹉跌したのか、その原因を直視し、適切な対策を講じない限り、“新しい”取り組みの旧態依然、覆轍は目に見えています。
これまでの取り組みの蹉跌をキチンと統括した取り組みが求められています。

 “出直し的”取り組みでは、消費購買行動の変化に対応するために必要な経営技術が、関係各方面に装備されていないこと、解決すべき問題と現有解決能力との間に大きなギャップがり、これを自助努力で乗り越える無ければならないこと、これが最も優先的に取り組まれるべき課題です。

 この課題を直視すること。ギャップを解消することが必要であること、このことがすべての仕事に優先するのだということを一点の迷いもなく確信し、解消への取り組みの構築をめざすこと。新しい基本計画の作成に先立ち、この課題についての認識をすべての」関係方面が共有すること。
これが、新しい「活性化への道」を歩き始める第一歩です。

 既にご承知のとおり、当社はスタート段階の取り組みを、「ミスマッチの解消」という問題を踏まえて提案しています。
 すなわち、勉強会『中心市街地活性化 実現の方向と方法』による“関係各方面の問題意識の共有」の実現と、仮説~試行法を駆使する「商人塾」による“実践を通じた能力の転換”の提案です。
 
 クオールエイドは、突破口としての勉強会を提案しています。

勉強会:『中心市街地活性化 実現の方向と方法


※状況によりアドバイザー派遣制度の利用をお奨めします。
商業活性化アドバイザー制度ご利用のお奨め

※開催の合意形成に先立ち、まずは当社へのご連絡を。
 開催に向けた合意の形成についても相談に応じます。

 これまでの取り組みに欠けていたのは何か?
欠けているところに眼をふさいだままの取り組みで活性化を実現することが出来るのか?

自問自答すべき問題はこのように立てられるのではないでしょうか?


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商店街活性化 取り組みの蹉跌

             (*蹉跌=つまづき転ぶこと)

 クオールエイドは、これまで約30都市の新・旧基本計画に目を通しています。
それらに共通しているのは、「状況分析」の不徹底です。このことは、当社がこれまで読んだものに限らず、ほとんどの基本計画に共有されている欠陥であると推測されます。
 
 状況分析の不徹底とは何か? それは、「商業の現状分析」にあります。基本計画では、中心市街地の小売商業の現状がおおむね次のように分析されています。

1.経営環境の変化
(1)モータリゼーションの進展
(2)競争条件の変化(集積間競争の激化)
(3)消費購買行動の変化
(4)中心市街地の人口の減少
(5)都市機能の配置の拡散

2.商店街の対応

3.空洞化の現状
(1)空き店舗の増加(店舗の減少)
(2)小売販売額の減少
(3)通行量の減少
(4)イベントなど販促活動の陳腐化
(5)高齢化・後継者難

 如何ですか。ぶっちゃけ、「3」的数字を並べただけでは、分析の名に値しないのでありまして、これらの数字・結果はなぜもたらされているのか、分析すべき問題は別のところに厳然としてありました。

 このことに気づかず、あるいは気づかぬ振りをして看過し、「3」的状況がもっぱら「シャッターの外側だけ」に起因するものであるかのようにみなして活性化策を企画した、ここにこそ、全国各地の取り組みがほとんど躓き、所期の成果を挙げることが出来なかった究極の原因があるのではないか?

 環境変化及び空洞化は、もちろん、ある日突然起こったことではありません。
特別の事情があった場合を除き、変化は漸進的でした。
すなわち、変化には対応策を講じることが可能であったし、実際、商店街組織(以下「組合」)は、さまざまな環境変化に対応するため、多様な支援制度を利用しつつ対策を講じてきました。それにも関わらず・それらの取り組みを含んだ結果として、「空洞化」という現状が到来しているわけです。

 つまり、「1 経営環境の変化」と「3 商店街の現状」との間に、「2.商店街の対応」があったのですが、これが所期の成果を挙げることが出来なかった・・・。

 ここが重要でありまして、商店街(組織・個店)はけして手を拱いていたのではない、各種支援制度を活用しつつ、対策を講じてきたにも関わらず、現状に至っているのだ、ということを率直に認識しなければならない。
このことに注目すれば、「なぜ成果が挙がらなかったのか?」という解明すべき問題に直面することになります。

 ところが、ここをあっさりと“点や線の取り組みだったから成果が挙がらなかった”とか、“人口減、都市機能の拡散がある中で商業施策だけに偏していた”などといった「総括」で済ませたため、対策としては従来型施策の「面での取り組み」、「人口増大施策・都市機能の集約化」が目論まれている、というのがおおかたの都市の“新しい”取り組みではないでしょうか?

 点や線の取り組みではなぜ成果が挙がらないのか、人口減や機能拡散が発生していない都市においても中心市街地の商業の空洞化は起きているがそれはなぜか、といった点は全く考えられないまま、新しいスキームへの“飛び移り”が始まっているわけです。

 問題はどこにあったのか?
あらためて自問自答しなければならないのは、これまで事業に取り組んできた、中心市街地に立地する商店街、各個店は、環境の変化に適切に対応しうる能力を持っていたかどうか 、ということです。
環境の変化は、来街・来店客数の減少、業績の悪化として目に見える形で経営を直撃します。店主以下の関係者は、当然、業績禍福をめざし対応策を講じるわけですが、にもかかわらず、業績の悪化・低迷が改善されることはなく、状況がより厳しい店舗から廃業していく、残っている店舗の将来も不透明きわまりない、というのが多くの商店街立地の現状実態でしょう。

 環境の変化に対応しようとしたが、的確な対応が出来なかった。その結果、活性化への取り組みの真っ最中も空洞化が着実に進展する・・・。
問題はまさにここにあるのでありまして、ここを見逃せば、打つ手を間違ってしまいます。多くの『基本計画』がそうであるように。

 問題は、個々の経営がこれまで営々として作り上げてきた、店づくり(品揃え・サービス揃え・環境整備)の技術では、環境の変化に対応することが出来ない、対応すべき変化と対応能力にミスマッチが生じている、ということです。
 いうまでもなく、商店街は「都市及び周辺住民の買い物の場」という機能を受け持っているわけですが、具体的にその機能を果たすのは個々の店舗の「売り場」です。
この売り場を作る技術が(環境変化の結果としての)消費購買行動の変化に対応できない、というところに大きな問題があるのです。
このことを指摘し、原因を分析し、対策を講じている基本計画はほとんど皆無とではないでしょうか?

 対応不能(能力と課題のミスマッチ)はなぜ起きているか?
 これは商店街の歴史を考えれば、よく分かります。
多くの商店街が発展し、全盛を極めた時代は、高度成長期の中期頃です。わが国全体が「もの不足」から離陸しようとする時代、「もの不足・店不足」という状態から脱出することが国家的課題である時代のことでした。詳細は書けませんが、「商品を並べさえすれば売れた」時代から「品揃えの差別化」「新製品をいち早く仕入れたものが勝ち」という時代の間が商店街の全盛です。

 繁昌の秘訣は、①人通りの多い立地 ②面倒見のいいメーカー問屋とのつき合い ③売れ筋情報のキャッチ ということでした。 この三つを実現するのに、今日のような「業容」的発想は必要なかったのです。
 「立地に頼り、問屋に頼り、売れ筋に頼る」 すなわち当社のいう「三頼主義」・「商店街商売」です。
(詳しくは文末URLの記事参照)     
 この経営ノウハウは、「もの不足・店不足」という時代から「もの普及(~差別化)・店舗増大」という時代に限って通用したもの、「もの余り・店あまり」といわれる現在では全く通用しません。問題はここから生まれています。

 商店街における商業機能の空洞化は、消費購買行動の変化に対応するために活用する経営ノウハウが、端的に言って「時代遅れ」になっていることが原因で起きています。
もし、空洞化が「人口減」や「都市機能の拡散」が原因で生じているのだとしたら、そういう現象が起きていない都市では空洞化は起きなかったはずです。しかし、一部の商店街を除き、ほとんどの中心市街地の商店街が、人口や都市機能の動勢に関わらず空洞化しています。商店街の空洞化は、人口や都市機能云々では説明できません。

 もちろん、郊外型商業の急速な進出ということがありましたが、それは単に立地の好悪ということで見るのではなく、「商店街商売」では郊外立地の「新業態」に対応することが出来なかった、と見ることが必要です。

 逆説的にいえば、商店街を取り巻く環境の変化、結果としての業績悪化は、漸進的に進みましたから、「経営能力の抜本的な改革」の必要性が自覚されることが無かったのではないか? もちろん、「商店街商売」が転換すべき「方向と方法」も誰からも提案されていませんでしたし。

 こうして、現在、商店街に立地する多数派の店舗の経営能力と活性化を実現するために必要な能力との間に大きなミスマッチが生じています。目下起きている環境変化は、開業以来駆使してきた商店街商売のノウハウでは絶対に対応できない、従って、「買い物の場」としての商店街の活性化、すなわち、個々の売り場の業容革新は、個店の自発的な自助努力に任せていたのでは、いつまで経っても実現することはありません。もちろん、シャッターの内側の各種補完施策が実を結ぶことも無いのです。

 中心市街地活性化法制定以来、全国で推進されてきた取り組みが、今にいたって「やり直し」が必要になっているのは、施策立案の前提となる、実態の的確な分析、特に小売機能を担う個店の経営能力の水準についての冷徹な評価が出来なかった、というところに根本原因があります。このことに気づかないまま作り直される基本計画は、これまで同様、蹉跌への道をたどることが約束されているも同然ではないでしょうか。

 ミスマッチを直視すれば、商業活性化策は大幅に改革されることになります。
不思議なことに、これまでに認定された「新基本計画」では「活性化施策の革新」はほとんど見られません。それは、「従来の取り組みが蹉跌した根本原因」が未だにつかまれていないからです。
活性化の実現は、「環境と対応能力(努力)のミスマッチ」を直視し、対策を講じることから生まれません。
このことを、一点の疑問もなく納得し、関係各方面共有の問題意識とすること。
今、もっとも優先して取り組まなければならない課題はここにあると確信していますが、あなたは如何ですか。

※当社は一貫してこのミスマッチを直視し、これまで支援するご縁のあった、都市、商店街にはそのことを直言し、また対策を提案してきました。当社の「商人塾」はこの問題を解決していく方向で提案されている唯一の方法だと思います。

※「商店街商売」については次の記事を参照してください。

商店街商売から脱却せよ・その1

その2

※おなじみ『商店街の七不思議


※引き続き“いますぐ取り組む局面打開の方法”をアップします。


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タウンマネジメント再考

 活躍中の全国のTMOさん、活動内容を見ますと商店街組織の「共同経済事業」などを、線から面へ拡大して取り組んでいるところが多いようです。それぞれ地に足の着いた活動を展開されているわけですが、問題は、日々の活動の延長上に何が見えているか、ということではないでしょうか。

 あらためて「タウンマネジメント」について考えてみます。

 中小小売商業振興策である高度化事業の目的は、中小小売業の「競争力の根幹」である、「業種揃え、店揃え」の充実にあることは、『基本的な方針』に明記されています。
これを受けて当サイトも都市経営コーナーで、特に最近は、「過去ログ・基本方針を読む(6) 」 などで、詳しく説明してきました。
 ちなみに、Web上で中心市街地・商業の活性化、その方向と方法、推進体制などについて、全国的な進展状況を踏まえての提唱が、管見の限り、なかなか見かけられないのは寂しい限りです。

 「業種揃え、店揃え」とは、いわゆる「テナントミックス」のことであり、ご承知のとおり、テナントミックスは、タウンマネジメント機関:TMOの主要業務とされていました。
あらためて、 タウンマネジメントとテナントミックスの関係を考えてみましょう。

 「業種揃え・店揃え」というとき、まず考えることは、「何を基準に揃えるのか?」ということ。昔は、近隣型商店街、地域型商店街、広域型商店街といった区分が行われ、それぞれどういった業種・業態の小売店が立地しているか、経験的に把握したものを基準に、「欠業種」を発見して何らかの方法で充填する、ということでした。
今日でも、空き店舗活用などのアプローチとして採用されている手法です。

 この方法は、ショッピングセンターが登場して以来、急速に無力化しました。
特定の買い物目的に対応する「売り場群」を独立企業の店舗で構成する、というのがショッピングセンターの集積としての基本的なあり方ですが、この段階になると、課題は「欠業種の補填」ではなく、「品揃えの充実」でありそれを担保するテナントの維持管理です。
ショッピングセンター時代のテナントミックスは、集積単位での「品揃えの充実」であり、それも“ここに来れば何でも手に入る”といった“売れそうなものは何でも揃える”=「」量販」発想ではなく、特定の購買ニーズを基準にした品揃えの充実をめざします。
 ショッピングセンターの場合、テナントミックスは、品揃え、つまりお客の来店目的の最重要テーマを構築し・維持するという「店舗管理」・ショップマネジメントの下位概念です。
 
 商店街が「店揃えの充実」をめざし、テナントミックス手法を採用するとき大事なことは、 この手法が上位目的である「来街目的」の実現を目的にしていることを理解すること。採用の目的は当然、街ぐるみで「買い物の場」としての「来街目的」を構築すること、ですね。
 ショッピングセンター全盛時代に、商店街が活性化をめざし再構築を図るには、

第一に、“当該商店街はどういう性格のショッピングの受け皿をめざすのか”ということを決定する。

第二に、その実現をめざして、「品揃え・サービス揃え・環境揃え」に取り組んでいく。

という仕事に取り組まなければならない。
「ショッピングゾーンとしての来街目的」は、この「三点セットの来街目的」を既存個店それぞれの「業容革新」、空き店舗等を利用したテナントリーシングで実現します。
 TMOがになうのは、「ショッピング行き先」として商業街区を再構築する全過程を「基本計画」をはじめとする計画にもとづいて管理することであり、これがタウンマネジメントです。
 マネジメントとは「言葉を形にすること」。ショッピング行き先としての中心市街地・商店街がめざすべき姿を明確に描き、これを漸進的に実体化していく、これがTMOの任務です。

 いつも申しあげているとおり、商店街の「店揃え」は、ショッピングセンターのテナントリーシング(既存企業の誘致)とは異なり、既存個店群の計画的な「業容革新」というこれまで考えられたことのない課題に取り組んでいくことによって実現していきます。
活性化の方向として、“ショッピングモールとしての再構築をめざす”ことを選択した商店街は、安易にSC的テナントリーシン(=空き店舗への繁盛店誘致)に陥ることなく、既存個店の自助努力の組織化による「街ぐるみの品揃え」を実現していく、「タウンマネジメント」をまっすぐ志向することが必要です。
 TMOも、名は体を現す、真性のタウンマネジメント=“ショッピングモールとしての街区機能の再構築”がその存在目的であることをあらためて確認、必要な体制構築に邁進することが求められています。

※サイトでさらに詳しく論じています。

タウンマネジメントかテナントミックスか

テナントミックス

再開発ビルの活用


よくまあネタがあるもんだな、で。
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粛々と進む活性化協議会の業務

 中心市街地活性化協議会が発足しているところでは、新スキームに則った基本計画つくりが順調に進んでいることと思います。
幸い?、先行事例も増えましたので、“ここまで書くのか”とかあるいはまた“この程度で良いのか”など、一応の目安がつくことになりました。

 これまでの認定で注目されるのは、大分県豊後高田市
行政人口25,000強、世帯数1万強という小規模都市の基本計画が認定されたことは、“新スキームは県庁所在都市規模以上でないと合致しない”といった風評が風評に過ぎなかったことを実証したものであり、わがまちの規模とスキームのミスマッチを口実(笑 に意志決定をした&しようとしていたところは、振り出しに戻ることになりました。
新スキームは、どちらかといえば中小規模都市向けですね。
実証した豊後高田市に敬意を表します。

 ということで、いろいろ考えて新スキーム採用を見送ろうとしていた都市は、あらためて「総括~意志決定」から再出発ですが、当サイトご贔屓の皆さんの都市ではいかがでしょうか。
まさかとは思いますが、何しろ皆さんは、圧倒的な少数派のはずですから・・・。

 さて、新年度も早や6月軌道に乗りつつあるであろう活性化協議会ですが。
ちょっと俯瞰してみますと・・・
             (俯瞰=高いところから広く見渡すこと)

 活性化協議会の特性 
○組織されているのは、既存の関係組織
○出席者は各組織の長又は準ずるもの
 従って、協議会の運営については相当の工夫が必要です。
だって、各関係組織の活動にも関わらず、街は活性化が必要になっているわけですから。各参加組織の活性化も大きな目標でしょう。
従って、取り組みの検討を行う陣容もこれだけでは心細いことは否定できません。専門家が招聘されています。
○都市計画関係の学識者を専門家として招聘する
ちなみに招聘される都市計画関係の専門家は、その専門領域の特性から
○「都市計画」の専門家であると同時に
○「計画」つくりの専門家 であることが期待されています。

さて、スタートした協議会の業務、まず第一は、もちろん、
①「新スキームの把握」でしょう。
 旧スキームとの異同、認定の基準や留意事項などなど。
招聘される専門家から説明を受けてお終い。所要は約1時間。

 次に取り組まれるのは、
②「これまでの取り組みの総括」でしょう。
ご承知のとおり、特にここは問題がありまして、
どういうスタンスで総括が行われるのか?
総括のありかた如何で新計画の方向が決定されますからね。
所要:30分。

考えられる「総括」としては、
○総括などはさておき、やりかけのハード事業を継続しなくちゃ
○総務省の「総括」のとおりだ、どこも成功していないし
○区域の設定が広すぎた
○事業が多岐多様に渡りすぎて、マネジメントが出来なかった
などなど。

 いずれにせよ、「事業に取り組んでいる間も空洞化は着実に進展し、現在に至っている」ことを直視した総括にはほど遠い。
多様な事業を推進してきたにもかかわらず、その結果として「繁昌」再生に成功した事例はほとんど無いことを直視すれば、“これまで取り組んできたことはいったい何だったのか”という真剣な話が交わされて当たり前なのですが。
このあたり、たとえ話がでたとしても「意識の改革が必要だ」などと決まり文句で流されて、結局、事業領域の拡大と数値目標の設定という予想されるパターンまんまの新計画の決定~申請に向けて、粛々と運営されていることでしょう・・・・。

 委員さんの中かからに、“我が組織はこの計画の出来映えに命運を賭ける”とか、“商業者・地権者の起死回生策として取り組んでもらう”という視点での発言などは、聞かれないでしょうねぇ・・・。
 
 結局、商業者を含め、誰も“自分の利害に関わる問題、自分の利害を大きく左右する問題”という位置づけで言動している人がいないということ。
本当は、商業者をはじめ関係の皆さんが、自分の事業の命運を賭ける取り組みだ、という位置づけの下、大小長短の算盤を弾きながら、口角泡を飛ばす勢いで議論を重ねる、という取り組みでないとダメなんですよね。

 競技化の状況次第では、当該プロジェクトの計画作成の主体であり、公共の利害の推進を職務とする行政の担当者が、「プロ」としての使命感をもって突破して行かなければならない局面があるかも知れません。


※クオールエイドのサイトについては、このところ、市町村、都道府県からのアクセスが増えておりまして、そういう状況を反映しているにちがいない、と思っています。

 年度前半が勝負、というところはいよいよ正念場、引き続き、所期の方向の実現をめざしてがんばってください。
当ブログがいくらかでもお役に立つよう念願しております。
取りあげる記事などに要望がありましたら、遠慮なくどうぞ。

進捗すれば良いというものでもない・・・。
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中心市街地・商業機能の活性化

 各地の取り組みに共通している問題点が大きく二つありまして。

 一つは。
「最寄り」から「買い回り」、コンビニエンスストアから各種ショッピングセンターまで、すべて一視同仁・「小売業」というコトバでまとめて考えている、ということ。
中心市街地の商業の活性化、と一言でまとめられていますが、
①中心市街地内居住者の利便性ニーズへの対応を事業機会とする
小売業 と
②都市&周辺の広域を商圏とする買い回り型小売業
とでは、活性化への課題、戦略が月とすっぽんほど違います。

 これを一緒くたに考えているのがほとんどの基本計画の水準であり、もちろん、かっての「商店街診断」の頃よりも問題意識がハッキリ劣化しています。


 もう一つは。
都市住民の消費購買行動の受け皿が行動圏内で拡充したことが中心市街地における商業空洞化の最大の原因であることは今さら言うまでもありません。従って活性化策の議論においては、なにはさておき、競合関係を把握する、各集積のねらい・特徴を把握した上で、それらへの対応策を考える、というのは当然クリしなければならない課題です。

 ところが、ほとんどの基本計画では、
①小売業の下位機能による分別とそれらの都市及びその周辺の布置状況、それぞれの業容の評価などは問題意識の外
②従って、街区における取り組みも商業集積間競争などの文言を一部ちりばめつつも、実際の施策は業容とか業態とかには全く無縁の施策ばかり
ということになってしまっています。

 こういう状態で取り組まれる「活性化事業」は、個店・商店街に「自助努力主体で取り組む活性化への道」という“王道”をしますことが出来ません。
結局、高度化事業をはじめ大枚を使って「商店街保護プロジェクト」を展開することになるわけですが、周知の通り、小売店の命運を決定するのはお客ですがら、保護施策が効果を発揮することはありません。
これまでも散々経験、ないし見聞してきたとおり。

 実効ある小売商業高度化事業をめざすなら、上位目的を共有する複合的な事業展開が不可欠です。高度化事業の上位目的は、街区・施設のテナントミックス(品揃え=業種揃え・店揃え)の充実であることは、当社がつとに指摘しているところですが、高度化事業と並行して取り組まなければならない事業とは、個々の店舗=売り場を顧客からみた「ショッピング目的で出かけたくなる業容」に転換していく作業です。
もちろん、この取り組みは個店の経営者以下が事業の命運を賭けて取り組む仕事ですね。

 個店の業容転換と並進しない高度化事業は、まさに“仏作って魂入れず”というコトバがぴったり。
 
 最近もスーパーマーケットを都心商業全体の核と「位置づけ」、“これで中心市街地の人の動きが変わる”という報道を見ましたが、何をおっしゃる、スーパーマーケットの客相は、限りなく「用務客相」に近いショッピングパターンです。
ここを起点に「まちなか回遊」ですか、起きるといいですね。

 商業理論は不可欠の装備であり、これを装備しない活性化論議は、ピクニック気分でエベレストに登るようなもの。
凍死、転落死、行き倒れ・・・、末路は多様ですが、生きて再び戻ってくることだけはありません。

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プランニング

 プランニング=計画策定について。

 中心市街地活性化の現状は、結局のところ、計画策定作業段階に多くの問題が潜んでいるのではないか?
もし、先のスキームによる取り組みが期待された成果を挙げられなかった根本的な理由がプランニング段階にあったと仮定すれば、これは大問題です。
問題がプランニング段階、プランニングスキルに有った、ということはサイトの【理論創発】コーナーで論じます。

 新しい取り組みでは、これまでの取り組みの総括が不十分なため、プランニング段階をあらためて精査してみなければならない、という問題意識は無いと思います。
従って、“問題の根源であるプランニング段階”をそのまま新しい取り組みに継承している可能性があります。ことは本当に重大です。

 もちろん、これは“スキームによる計画作りの段階・プランニングの過程に問題があった”と仮定しての話ですが、ことの重大性に鑑み、あらためてプランニングの過程に問題はなかったか、検証してみることが必要です。

 サイトのhttp://quolaid.com/cgi/kforum/wforum.cgi?no=2949&reno=2911&oya=2911&mode=msgview&page=0" target="_blank">記事を参照

 新しい試み。
プランニングの専門職能を持つ自衛隊におけるプランニングの環境と中心市街地活性化基本計画のそれとを比較しています。

 この後、旧~新スキームにおけるプランニングの実態を考えていきます。欠陥が立証されれば、新計画の作成は振り出しからやり直し、です。
大急ぎで検討したいと思います。

岐阜市の基本計画の勉強
 岐阜市の基本計画の勉強は、問屋街活性化策の検証が主題ですが、目的~戦略~事業の連関を検証する過程で、側面的な話題として「プランニングの要件」が浮上してくるかもしれません。しっかりおつきあいいただくと、プランニングについて、一生使える道具を作ることが出来るかも知れません。

※当サイト各掲示板の論考、いよいよ、基本計画~活性化実現への取り組みの「キモ」部分の論議がメインになってきました。
「中心市街地活性化は、この時期、自分の使命である」と心から考えておられる人向けの記事が多くなっています。


※「都心型商業」
 中心市街地界隈で中小商業者がものに出来る可能性のある商業。
①立地周辺の居住者をターゲットとするコンビニエンス ニーズ対応型業容
②当該都市及び周辺地域をターゲットにするラグジュアリィニーズ対応型業容
 二つを総称して「都心型商業」と呼んで見ようかと思いますが・・・。
従来の基本計画では、二者が全く区別されないまま論じられていました(新スキームでもおおむね踏襲)。
区別しておかないと、たこ焼き的逸品とネクタイ的逸品が同列に論じられ、取り扱われることになる。

 中心市街地立地の中小商業者は、どちらかの業態を意識して狙った店づくりに取り組まなければならない。
ねらいがハッキリしない・焦点がぼんやりしている店舗は、「魅力のない店」、お客からあってもなくてもかまわない、と見捨てられている、空洞化が始まっているはずです。
 商店街活性化関係の会合に参加する消費者代表さん、“街が寂れたら大変”などといいつつ、買い物に行くのは郊外のSC、というのは良くあることです。
悔しかったら「売れる店」に転換していかなくちゃ。
とまあ、年がら年中同じセリフの繰り返しになるのですが。


スキルアップに貢献する記事を心掛けます。
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自力思考

自力思考:自分のことは自分で考える

 当ブログの〈通奏低音〉です。
自分のアタマで考える、とも。
特に現代日本においては、小学校から職場まで、イヤというほど聞かされます。
(ただし、一部の流通業界においては、一時、自分で考えるな、商業のエッセンスは米国にある、米国のノウハウに盲従せよ、と言うことになっていましたが、これは例外。)

 一方、自分の頭で考えるように、と言われる側もそう言われたからといって悪い気はしません。だからといって、自分の頭で考えるために努力をするわけでもない・・・。
自分の頭で考える、だれもが心掛けるべき大事なことのようですが、さて、あなたは自分の頭で考えていますか?

 “自分のことは自分で考えよ、世間の常識や「後見人」の意見に盲従するな”とは、「啓蒙主義」の主張ですが、わが国に入ってきたのは「和魂洋才」の時代。正しいのは舶来思想、撲滅・蒙昧封建思想というわけで、「啓蒙」は“進んでいるものが遅れているものの蒙を啓く”と理解されまして、学者さんたちのおまんまのタネ、本場の啓蒙主義が批判の対象としていた「後見人」の座を占めて現在に至っています。

 ビジネス書とか自己啓発書とか、私はほとんど見ないのですが、たぶん、「先入観を取り払って白紙の状態で見よ」とか「自分の力で考えよ」とか、お説教が述べられていそうです。問題は、自分の頭で考えよという提言はあっても、自分の頭で考える、とはどういうことか?
何を考えるのか?
どう考えるのか?
等々についてはほとんど参考になるようなことは書かれてないだろう、ということ。読まなくても分かる。

 「先入観を取り払ってものを見よ」といわれても、われわれの“ものを見る眼”は「先入観」そのもので成り立っていますから、これを取り払ったら見るべきものが見えなくなります。
「缶ビール」が缶ビールに見えるのは、缶ビールについての先入観を持っているから。先入観を取り払って缶ビールを眺めたらなにが見えると思いますか?

 というように考えてみれば、俗流「自分で考えよ」のデタラメぶりがたちまちバレバレです。自分で考えよ=おれが教える通りに考えよ、だったりして。

 当ブログでは、「問題解決過程を支援する」ことをなりわいとするtakeoが、「問題解決能力を向上する」という課題に取り組んでおいでの皆さんに「自分の力で考える」ことについて、あれこれとご披露・ご提案して、一緒に考える機会を持つことで、お暇つぶしがてら「特段の努力をせずに問題解決能力を向上する」機会も提供したいと思っています。

 うまく行けば、このブログとおつきあいいただくとアタマがよくなるわけですね。一度「頭が良くなる法」を修得すると、これからの一生、とどまることなくどんどん頭がよくなります(笑 

が、その前に。

「自分の頭で考える」ことはなぜ大切か?
大切だ、ということについてはほとんど異論がないはず、だれに聞いても“その通り”と返って来そうですが、

なぜ、自分の頭で考えないといけないのか?
そもそも、自分の頭で考えるとは、どういう作業のことか?
あらためて自問してみると、ウ~ム、となるはずです。

 まずは、このあたりのことをあれこれ考えることを通じて、「自分のアタマで考える」ことを理解する、自分のアタマで考えるために必要な技術や準備したほうが良いことなどを明らかに出来ればと思います。
とりあえず、クオールエイドでの考察を紹介しておきます。
カント『啓蒙とはなにか』を読む
カントさんが登場ですが、内容はシンプル、分かりやすい話です。


自力思考を強化するぞ!で。
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日本型GMSとは何であったか?

□「日本型GMS」とは何であったか

 「日本型GMS(以下、単に「GMS」)」、ジャスコ、ダイエーなどの主力業態であり、一般にはショッピングセンターのキーテナントと認識されていますが、理論的にはもはや過去形の業態であり、実践的には「革新」が不可欠であることは、関係者共通の問題意識だと思います。

中心市街地活性化をめぐっては、大型商業施設の中心市街地への進出を促がすという新しい「活性化策?」が考えられていますが、候補となるのはGMS及びこれを“核”とするショッピングセンターでしょうね。

 GMSは現在、大型ショッピングセンターに“核”として配置されています。もはやそれ以外の立地は考えられないというのがGMSの現状ですが、伝え聞くところではSC全体の業績如何に関わらず、GMSの業績はおしなべて不振のようです。
見方によっては、GMSはSCの“核”としてその集客力の中核をになっているというよりも、もはや「SC内に立地しているおかげで“かろうじて”存続可能な業態」というポジションにあるのかも知れません。

このような状況を迎えているGMSを“中心市街地活性化”の切り札(ブレーキとアクセルってそう言うことでしょ?)と位置づけるにあたっては、GMSの正体というか、現状と展望についてしっかり分析しておくことが必要でしょう。
GMSとは何か? 

 昨年末オープンした「ゆめタウン佐賀」では、GMS・イズミは機能的にもレイアウト的にも“核”のポジションにはありません。
面白いことに、ここでのSCとGMSの業績は、比例していると思います。すなわち、SCへの来店客数とGMSの業績の間には、SC出現当時のようなゆるい「比例」関係が再現されているはずです。
どうしてこんなことが起きているのか?

 今どき、GMSやGMSを「核」とするSCを中心市街地活性化の切り札に見立てるなら、これらの疑問にはスラスラ答えられないといけません。
“GMSは○○である。だから中心市街地活性化の切り札になる”
という理解があってはじめて「誘致」が施策になるわけですから。

日本型GMSとは何か?
おそらく当該企業や業界でも明確な定義は無いはずです。
当ブログでは近日、その正体を解明します。業界の皆さん、必読です。


□活性化協議会の革新

 この時期、多くの都市で基本計画の作成と協議会の活動が車の両輪として動き始めているものと思われます。
 常連の皆さんにとって悔しいことに、今度の取り組みも新しいのはスキームだけ、肝心の中身はといえばどうも従来の取り組み+(居住・都市機能整備)になりそうですね。
これではならじ、新しい取り組みを提唱し、実現することが必要です。既に重々ご承知のとおり。

 新しい取り組みを提案するには、それが必要な状況を作ることが必要であり、つまり、これまでの取り組みをどう総括するのか、ということがカギになります。従来の取り組みの延長上に活性化を実現することは不可能だ、という総括が必要なのですが、残念ながら、“数値目標が無かった”“商業施策に偏りすぎた”といったことが「総括」として、いわば「免罪符」的に普及してしまいました。その結果、話が“数値目標を立てる、非・商業分野の取り組みを充実させる”というところに短絡しているのではないか・・・と思われてなりません。
 新スキームで認定された各地の基本計画にざっと目を通しましたが、あらためてそういう思いを強くしています。

 もちろん、状況はけして喜べないわけで、何とか従来の取り組みの延長からの脱却を模索されていることと思います。がしかし、残念ながら、われに利あらず、事態は既成路線を整斉と進みつつあるという状況でしょうか。

 当社も何とか打開する方法を講じたいという趣旨のメールをいただいたりするなかで、事態を憂慮しています。
 何か画期的な手法を提案できれば良いのですが、何しろ「愚直」が一枚看板のクオールエイドですから、即効性のある手だては考えておりません。目下、ひたすらお奨めしているのは、協議会メンバーの皆さんを対象に、全国的な取り組みの現状を理解し、それを突破していくための新スキームの活用をめざす「合意形成セミナー」の開催です。

 もちろん、“今さらまた勉強か”という拒絶反応も予想されますが、“そうとも、勉強しなくてどうする”と切り返せないと、状況は全く変わらないと思います。勉強会を開催することは新しい道の準備ではなく、第一歩を踏み出すことに他なりません。
勉強会の開催は必ず新しい合意の形成に結びつきますから。

 この時期、「新しい合意の形成」は最優先で取り組むべき課題だと思います。そうですよね?
当社は、上記の既成セミナーの他にもそれぞれの都市の実状に即した内容による勉強会の講師をお引き受けしています。
都市商業の実態を詳しく分析した上で「中心市街地・商業活性化の方向と方法」を提案しているのが、ご承知のとおり、当社のセミナー群です。

GMS話は“スリリング”ですからね
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三行で分かる「中心市街地活性化 」

 中心市街地とはどこのことか?
一号要件:集積要件 小売商業者及び都市機能が集積している当該市町村の中心である市街地
二号要件:趨勢要件 都市活動の確保、経済活力の維持に支障を生じ、又は生じるおそれがある市街地
三号与件:効果要件 当該中心市街地の活性化を推進することが市町村及び周辺地域の発展に有効かつ適切である市街地

中心市街地の活性化とは?(参照:法第一条)
“中心市街地における都市機能の増進及び経済活力の向上”

以上を踏まえて「中心市街地の活性化」の取り組みを三行で。

①第二号要件に陥っている第一号要件について
②所要の施策を講じることで
③第三号要件を実現すること

 この三行について、当該市町村及び中心市街地を取り巻く環境、特に郊外型商業の布置状況、活性化の取り組みに動員可能な経営資源等を勘案しつつ、三号要件を達成するシナリオを描き、その実行を計画し、組織を立ち上げ、実践を推進する・・・。
これが中心市街地活性化の全体像です。

たかが三行、されど三行(笑。
というわけで悲喜こもごもの人間ドラマが繰り広げられる。
・・・というほどノリがあるといいのですけどね。
ご承知のとおり、実態はものすごくどん詰まり状態です。

悪戦しているわけね、で。
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第三号(効果)要件

 『中心市街地活性化法』における中心市街地の定義は、三要件として示されています。
これをきちんと吟味すれば、中心市街地とは「当該都市中心の商業街区」のことであるということに誤解の余地はありません。
しかし、「中心市街地の定義」を理解するについては、もちろん〈背景知識〉が必要であり、その上さらに、“中心市街地(商業)活性化への〈道〉も見えていなければならない。

 これは、きわめて重要なことでありまして、〈背景知識〉を持たず、従って〈道〉も定かではないという都市の場合、適切な施策を講じられるはずがありません。
基本計画で講じる施策群とは〈道〉を歩くための手段群ですからね。
“どこからどこに向かうべきか”ということを理解していなければ、施策の立てようが無い、と思うのは私だけ?

 〈背景知識〉は、〈道〉を構想・決定するにあたっては「不可欠の〈前提条件〉」です。
必要・前提条件を無視して基本計画が立てられ、取り組まれたのが旧スキーム時代の中心市街地活性化だったわけで、その結果は、結局、成果を挙げることが出来ないまま、新しいスキームに移行、という流れになっているのではないでしょうか。つまり、「必要な“背景知識”を欠いた取り組みでは“これからの取り組みに対する教訓”も残らない・・・。

 以上はたぶん、旧スキーム時代に多くの都市が陥っていたのではないかと推測される〈隘路〉ですが、さて、新しいスキームでの計画つくりは、このことの反省に立って進められているかどうか、これまでの取り組みの問題点・課題はきちんと認識されているのか、皆さんの都市では如何でしょうか。

 前スキームの「行き詰まり」を受けて、改正・登場した『中心市街地活性化法』ですが、きちんと理解するためには、当該都市の地誌的条件をはじめ〈背景知識〉が必須です。中でもどこの都市でも共通して必要な〈背景知識〉は、「商業理論」「都市経営論」など。
〈知識〉を使いこなす〈技量〉の必携も不可欠ですね。

 以上については、ご承知のとおり、当サイトでこれまで手を変え・品を変えて議論し、提案して来たところであり、さらに、継続・さらに充実を目指します。

 さて、「中心市街地の三要件」を所要の〈背景知識〉を動員しつつ、読み解けば、これは上で書いたように、“都市中心部の商業街区”のことであり、基本的に施策はここを対象に構想されないと、“いろいろ作ったようだがそれがどうした”と評されることになりかねません。。
このことについては、あらためて【都市経営】コーナーで〈背景知識〉を動員しつつ、説明します。


 きょう、特に取りあげてみたいのは、三号要件です。(一、二号要件は、前号で説明済み)

 三号要件:(引用「基本的な方針」)
第三号要件:当該市街地における都市機能の増進及び経済活力の向上を総合的かつ一体的に推進することが、当該市街地の存在する市町村及びその周辺の地域の発展にとって有効かつ適切であると認められること。(「法」)

 ※市町村及び周辺地域の市街地の規模、配置、相互関係等の現状、総合計画、都市計画や産業振興に関するビジョン等のまちづくりの方針等との整合性について確認し、当該市街地の活性化に取り組むことが、当該市町村のみならず、その周辺の地域の発展にも効果の及ぶものであるかをもって判断する。(「基本的な方針」)

 このところ読む機会のあった「新・『基本計画』」では、いずれも三号要件は「躓(つまず)きの石」となっています。
つまり、計画されている中心市街地活性化の目標を達成することが、“市町村及びその周辺の地域の発展にとって有効かつ適切である”(法)、“当該市町村のみならず、その周辺の地域の発展にも効果の及ぶもの”(基本方針)である、と本当に自信を持っていえるだろうかということでありまして、「人口の中央部集中」や「求心的アクセスの整備」などで、果たして“波及効果”が生まれるものかどうか・・・。

 都市の経済活力が劣化し、広域合併などの影響が徐々に現れるなかで「周辺の地域」のなかには、居住人口の中心部への移動による過疎化や都市機能の劣化を懸念するところもあるはず、納得してもらえる計画であるか否かは、中心市街地のみならず、広く都市経営全体の成否に関わることです。

 一度は挫折した活性化、再チャレンジはこういう状況で行われるわけですから、絶対に失敗は許されません。もちろん、「第三号要件」については周到な上にも周到に達成を図らなければならない。
“中心市街地が活性化すれば、税収が増え、これをもって周辺部に手当をする”などという「壮大な」計画も読ませてもらいましたが、その前に中心市街地への投資の回収可能性を計算するのが先ではないでしょうか。

 さて、第三号要件が求めている中心市街地活性化とは、中心市街地が活性化することで、その成果が”周辺の地域の発展にも効果の及ぶ”ような方向なり、性格を持った取り組みでなければならない、ということです。
早い話。中心市街地が活性化すれば、その結果・成果が周辺の地域に波及し、それらの地域の発展に効果が及ぶ、ことが求められているのでありまして、“え~、中心市街地の活性化さえ難しいのに、周辺のことまで考えられない”というのでは、「法」のスキームに反することになる(笑 スキーム違反はともかくとして、〈背景知識〉を伴いつつ「中心市街地の定義」lを読み解けば、中心市街とは商業街区のことであり、商業街区の活性化は、「周辺の地域の発展に効果」の及ぶものであることが理解されます。

 さらにいえば。
中心市街地の活性化は、「三号要件」がきれいに達成される方向と方法で追求されないと、そもそも、「中心市街だけの活性化」は実現できないのだ、ということも分かるのです。
 三号要件をどう取り扱おうとしているか、ということは『基本計画』の出来映え―活性化を実現できる計画であるか否か―を判断する試金石ですね。

 ということで、「第三号要件」について論じようとしましたが、「前振り」だけでこの長さとなりました。本論はあらためて【都市経営】コーナーで提案します。

 中心市街地の活性化を実現するためには、その「導き」となる『中心市街地活性化基本計画』の作成するに当たっては、①〈背景知識〉を動員しつつ我が中心市街地の問題情況を把握した上で ②〈背景知識〉をもってスキームを読み解き、スキームが中心市街地活性化のスキームとして適切であることを確認し、③活性化を達成するために必要な事業ミックスを構想・構築する、という事前作業が必要です。

 とりあえず、「背景知識を前提にスキームを理解」したい人のために、当社が行った「背景知識を動員しつつ基本方針を読み解く」作業をあらためて紹介します。
【都市経営】の過去ログに収納されている8本のスレッド
基本方針(案)を読む
から、『基本方針を読む(まとめ)』

まで。
一大長編ですが、この機会に既読・未読を問わず読破、自分のものにされることをお奨めします。

※阿吽語“コンセプト”を考えるスレッド


面倒な話とお思いでしょうが・・・。
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中心商店街 空洞化のメカニズム

 「法」のスキームにおける中心市街地の定義:略記すると
一号要件:商業機能その他の都市機能の集積
二号要件:経済活力の維持に支障が生じ又は生じる恐れ
三号要件;(説明省略)
ということから、中心市街地所在の商業集積は「空洞化」しているわけです。
この空洞化している(空き地・空き店舗など物理的空洞化もさることながら、買い物客が激減している機能的空洞化が大問題)商業集積・商店街の活性化は、言うまでもなく、基本計画のメインとなる目的ですが、活性化への道を策定するについては、ふたつの解決しておかなければならない課題があります。

第一に、商店街はなぜ空洞化したのか?
 耳に入りやすいのは、「人口減」とか「都市機能の郊外移転」とか「モータリゼーションの進展」とか「郊外型商業の影響」などなどワンフレーズ群、定番化した答えが返ってきますが、ちょっと待った。

 人口が減っていない、都市機能が移転していない、という都市の中心商店街もちゃんと(?) 空洞化していますが、これはどう説明するんですか?
空洞化のメカニズム、説明できないとまずいですからね。
一般論としての空洞化のメカニズムと個別・自都市の中心商店街空洞化の経緯はきちんと理解しておかないとまずいです。活性化策がピッタリ解決策であることを主張するためにはこのメカニズムヲ説明しておくことは不可欠。

第二に、活性化・再生を可能にする条件があり、それを実現すれば活性化できることを論証すること。
 中心商店街の商業集積を活性化する、すなわちもう一度ショッピングゾーンとして再生させるわけですが、一度空洞化してしまったものをどうしたら再生できるのか?
空洞化しているということは、都市の大多数の住民にとって当該商業集積はあってもなくてもかまわない、二号要件の趨勢について別に不自由は感じてないんだけど、という状況にあるわけですから、再生するには消費購買行動圏内既存の各商業集積の現状を踏まえつつ、“やはり中心商店街でなくちゃ”といわしめる商業機能として再構築しなければならない。つまり、現在、都市に分布している商業機能だけでは不足する部分がある現在の商業の配置だけではみたされない消費購買ニーズがあり、これに対応する商業機能として再構築するのだ、ということをきちんと提示することが必要です。

 これがショッピングモールですが、もちろん、郊外のモールの出来損ないのコピーでは意味がないのでありまして、ショッピングモール@中心市街地は、郊外のモールとはひと味もふた味も違う商業機能、ラグジュアリィ・ショッピングモールです。

 ということを理解し、かつ、既存商業者の自助努力を中核とする取り組みで「モールとしての再構築」を実現していくためには、既存の全商業機能、業種、業態、集積類型に至るまで、そのすべてが対応している消費購買行動(の差違)をもって説明するくらいの理論は装備しておかなければならないでしょう。
だって、モロモロの商業集積がはびこっているけれども、にもかかわらず、こうすれば中心市街地の商店街は再生できる、と主張するわけですが、まずはモロモロをきちんと理解していないとそんなことはいえません。

 ということで、中心市街地の商業・商店街を活性化するのだ、といったとたん、上記の機能を果たせるような商業理論の装備は、当たり前、です。
これまでの「認定基本計画」つくりのプロセスではこのような商業理論が果たして装備されていたでしょうか?

 ご承知のとおり、当サイトは、中心市街地活性化を考え・実現するために必要な理論・知識について、従来のジャンルにとらわれず、提供されていない部分はみずから創りつつ、提供しています。
本日は、中心商店街はなぜ、空洞化したのか?
そのメカニズムに迫った記事をご紹介します。

 参照:商店街空洞化のメカニズム
長文ですが、商業の活性化に取り組むにあたっては必須知識のはずです。商店街の空洞化、人口増・機能充実の「勝ち組都市」でも同様に進展しています。

なるほど、だったら。
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方法としての思考実験

 「思考実験」とは、ある仮説の有効性や迫真性を確かめるために行う第一段階の作業、誰でも・いつでも・どこででも行える・行っている思考領域での作業です。

 念のために確認しておきましょう。次のように行います。

実験の目的:ある仮説が「使い物」になるかどうか、“使い物
      にならない”ものを判断する。
方   法:
 ○定義:実験したい仮説と独立して存在する「使い物」になる
  ことが分かっている知識と突き合わせて、整合する(矛盾が
  ない)ことを確認する
 ○やり方:
  ①初期条件(仮説を動かす環境)を設定する
  ②環境の中で仮説がどう作用するか、考えてみる
  ③動きの結果が満足か、否かを評価する。
  ④満足なら採用、不満なら別の仮説を立てる・・。
 ○確 認
  思考実験の結果採用された仮説は、さらに別の方法で試さ
  れることがある。(ここは長くなるので省略)

ということで、
思考実験とは、これからやろうとすることについて、いろいろと考えてみること。“これ以上は考えても分からない”“後はやってみなければ結果は分からない”というところまで、自分が持っている経験や知識、他から調達してくる情報などを駆使してあれこれ、しっかり、考えてみることです。
もちろん「考えるための技術」も必要ですが。

思考実験は、考えられる仮説のうち、“実践すると必ず失敗する”仮説で、他の情報と組み合わせて考えてみると、“考えただけで分かる”ものを見つけ出し、試行から排除する方法です。

 ご承知のとおり、「活性化施策」には思考実験をきちんと行っていれば、とうてい採用されることはないアイデアが採用されていたり、
“そのアイデアを採用するにはこういう条件が整っていなければならない”にもかかわらずそれが無視された結果、失敗に陥る・・・。
といったことを相当防ぐことが出来ます。

 これまでの取り組みでは、“自分のアタマで考える:「思考実験」があまりにも省略されていたのではないでしょうか?
 失敗を許されないこれからの取り組みでは「思考実験」を駆使することが不可欠です。

※“どうせ失敗するのならなるべく早く失敗した方がよい”というのは実践では当たり前。思考実験は失敗の可能性を「仮説」「アイデア」段階でつぶそうという方法です。
 振り返ってみると「中心市街地・商業の活性化」の取り組みでは「思考実験」の効能効果があまりにも過小評価されたのではないでしょうか?
果たして都市経営の他のジャンルではどうか? ということも気になったり・・・。

※思考実験は、意識して活用すると、結構役に立ちます。
腕前も上がるし、所要の情報も集まるようになってくる。

※引き続き当記事関連を取りあげていきます。

思考実験、アインシュタインとかがやってなよな、で。
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マネジメントとレトリック

おかげを持ちまして当ブログ、ジャンルのランキングにも登場するようになりました。今日は、ジャンル多方面にむけたコンサルタントについて書いてみます。

経営コンサルタントという職能があることを発見したのは、“世界最初の経営コンサルタント”を自称した故・ドラッカーさんですが、コンサルティングを「要請に応じて問題解決過程を支援する」と定義すれば、ドラッカーさん以前から、古今東西、コンサルタントは山ほどいます。孔子さんとかね。
もちろん、「他人の問題解決を支援する」という経験は誰も持っているわけで、「誰もがコンサル」といったのはワインバーグさんでした。

 以前のコンサルタントさんたちと自覚したコンサルタント・ドラッカーさんの違いはどこにあるのかといいますと、ドラッカーさんの場合、コンサルタントがクライアントを支援するのは、「主に言葉の領域」においてであることを発見したこと。ま、当たり前といえば当たり前ですが、コロンブスの卵です。

 「マネジメントとは言葉を形にすることである」、ドラッカーさんの言葉ですが、このように定義すれば、マネジメントを支援するコンサルタントは「言葉を形にするプロセスを支援する」職能だということになります。
言葉を形にするという仕事は、まず、“思っていること・期待していることを言葉で表現する”ということから始まります。
大事なことでありまして、「思い」「考え」を“どう表現するか”、表現のしかた如何によってその後の展開が大きく左右されますから、スタート時点の「思い・期待を言葉で表現する」作業はとても重要です。
たとえば「コンセプト」つくりなどはその最たるものでしょう。

 コンサルタント(「誰でもコンサル」!)にとってレトリックは、磨きに磨きを掛けなければならない、職能上不可欠の武器です。

 「言葉で表現する」とは、当ブログでは既におなじみ、「レトリック」の問題です。レトリックとは“対象を言葉で表すこと、その技術”ですから、マネジメントとレトリックは切っても切れない関係にあります。問題は定義次第で解けたり解けなかったり、解きやすかったり、解きにくかったりしますから。
もちろん、コミュニケーションという問題もあります。

 問題を定義するときは「解答がでやすいように定義せよ」とは、これもコンサルタントの大先達である上述のワインバーグ先生が喝破されるところです。

“誰もがコンサル”、―技術アドバイスの人間学―、この本はきっとあなたのスキルアップに役立ちます。

 ついでにレトリックについては、→参照
特に第一章と第二章は熟読あれ。


 話がよれよれになっていますが、定義上、マネジメントは、ビジネス、経営といった分野に限られません。“言葉を形にする”仕事があるところ、そこには必ず「マネジメント業務」が存在します。
 “よりよく生きる”、内容は人によってさまざまですが、このことを否定する人はきわめて少ないでしょう。よりよく生きるとは、「よりよく生きる」を「形にしていくこと」ですから、つまりマネジメントが不可欠です。

 そしてさらに、マネジメントあるところ、必ずレトリック(=思いを言葉にする)が先行しています。「よりよく生きる」ためには、マネジメントが必要であり、良いマネジメントは、レトリック技術に負うところが大きい。

 ということで、当ブログは、「中心市街地活性化」という問題の解決過程の支援にあたっているコンサルタント・takeoが、支援に必要なマネジメントとその基盤であるレトリックについて、あれこれ・ぐだぐだ、書き散らかして、お暇つぶしに供する“パスタイム”という位置づけですが、マネジメント、レトリックの関係などについて、ひょっとしたら「筆が滑って(笑」、新しいことを発見したり、あるいは先人の遺産で忘れられていたこと発掘したり、という「成果」が突発するかも知れません。

 ということで“面白そうじゃん”とか“眉唾だがちょっとだけなら”という人,おつきあいください。
そこから何を得るかはそこに何があるかということより、そこで何を考えるか、といういことのほうに多く掛かっているような気がします。当ブログ、たまぁ~に皆さんの「思いつき」のきっかけになるようなことがあればなによりの幸いです。

※クオールエイドのサイトからおいでいただいた皆さんへ
 ご覧の通り、記事の大半は活性化話であり、サイトの「デイリーフラッシュ」欄からの横流しですが、時に、今日みたいな記事を書き下ろしたりもしますので、サイト常連の皆さんも、ときどき当ブログのチェックもどうぞ。

ということで。
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思 考 実 験

 魅力のない店舗とは、お客から見て「買い物行き先」として魅力のない店です。魅力の有無、決めるのはお客であって、他の誰でもありません。
 お客は、自分の生活を作り上げるために必要な材料を手に入れるためにお店に来ます。早い話、お客がお店にやってくるのは、“ここに来れば、必要な材料が手にはいるに違いない”と事前の情報で選別して来店する。お客の来店目的は、お店の品揃えから「これだ」を思うアイテムをピックアップして持ち帰り、自分の生活の中で使うため、ですね。
お客は生活適品を持ち帰るために来店する。

 店づくりで大事なことは「品揃え」であることがよく分かります。「持ち帰る」商品が“揃ってないだろう”と思われるお店には「買い物行き先」としての魅力はありませんから、はじめからお客は寄りつきません。

 では品揃えさえ良ければOKかというと、けしてそうではありません。品揃えの中から「生活適品」を選び出すために必要な条件が整えられていてはじめて適品とのマッチングが成立する。すなわち、接客・サービスと環境が調っていなければ、「買い物行き先」としては不十分です。

 商品山積み、通路はひと一人やっと、接客はセルフまがい、というお店では、お客は適品に巡り会うことが出来ません。そういうお店の状況は、店外から一目瞭然ですから、「お試し入店」さえしてもらえません。
そういうお店が軒を連ねている商店街は、他の条件を如何に整えても買い物目的のお客は来てくれません。

 魅力ある個店、ターゲットにする客相からみて、買いたい商品・見ると欲しくなる商品が揃っており、優れた接客が受けられ、店舗内外の環境、陳列なども好みにピッタリ、という「三点セット」がきっちりしつらえてなければ、“もの余り・店あまり”が当たり前の今日、繁盛再現は不可能です。

 業績が低迷しているお店は、お客からみて「業容三点セット」が劣化していると評価されています。業績を向上させたかったら、まず、なにはさておき、自店の三点セットの改革、業容革新に取り組むことが必要です。

 ということで、思考実験。
旧・スキーム時代、皆さんの都市の基本計画の「一体的推進の目標」として、“ショッピングモールとしての再構築”が掲げられ、さらに、計画されたさまざまな事業の推進と並行して、“ショッピングモールをめざす個店の業容転換”、有志による“個店のの三点セットの革新”に取り組まれていたとしたら、どうなっていたでしょうか?

 商店街には新しい繁昌を実現する店舗が生まれ、周囲の店舗に波及する。TMOをはじめ、関係各方面には「再構築」のためのノウハウが蓄積される、それらを活用することによってさらに繁盛店が拡がっていく・・・・。
という結果が得られたのではないでしょうか。

ショッピングモールが実現するところまでは行かなくとも、中心市街地の諸処に“事業推進の成果として繁盛店が生まれ・後に続く店舗が生まれている”というところまでは到達出来たのではないでしょうか。
そうしますと新スキームでは、この実績を踏まえつつ、多様な事業の推進と並行して「ショッピングモールとしての再構築」に拍車が掛かる・・・。
もちろん、個店の業容革新への取り組み・繁盛店の増加を中核として。

 というように進んで、非・商業部門の取り組みと相乗的な効果を生み出す「中心市街地の都市機能の増進と経済活力の向上」が現実のものとなっていくことでしょうね。

 思考実験で明らかになることは、旧スキームでの取り組みの失敗は、スキームが原因ではなく、背景知識(商業理論)の不備が原因で起きた失敗です。

 そもそも高度化事業の目的は、「テナントミックスの創造」であり、ハード事業はそのための手段、推進するにあたっては、個店の業容革新は当然、並行しなければならなかった。これは都市経営コーナーで議論したところです。

 旧基本計画の場合も同様です。各種事業の推進と並行して「個店の業容革新」つまり「買い物の場の革新」が進められなければならなかった。
肝心要のこの事業に取り組まなかったために、いくらその他の事業を積み重ねても「買い物の場」としての再生にはほとんど近づくことが出来なかったわけですね。

 とするならば。
新スキームにおける「商業の活性化」の取り組みにおいて、「個店の業容革新」は、何が何でも・イの一番に・取り組まなければならない、戦略課題だということが誤解の余地無く了解されます。

 かって、商店街組織の共同事業では「シャッターの外側は組合の仕事、シャッターの内側は個店の仕事」とよく言われましたが、シャッターの内側が個店みずからが取り組むべき仕事だからといって、個店に自分だけで業容革新に取り組んでいく力があるとは限りません。
というか、商店街の実況を見れば「その力は無い」と見るのが正しいのではないでしょうか。

 新スキームにもとづいて作られる「中心市街地活性化基本計画」、活性化の成否は、突き詰めれば「個店の業容革新」の取り組みを計画できるかどうかに掛かっています。
「買い物の場」としての再生をめざすなら、具体的な「買い物の場」である、個々のお店・個々の売り場が「買い物行き先」にふさわしい三点セットを作り上げなければならない。

 まず、このことを中心市街地活性化協議会の共通認識・議論の基盤にすることが必要です。
これができるのか・できないのか、ここに新体制がこれまでの取り組みを乗り越えて活性化という果実を獲得できるかどうかの分かれ道です。

新しい合意形成への取り組みを誰が切り開くのか?
猫の首に鈴を付けるのはだれか?
いずれにせよ、都市経営、基本計画に責任を持つ市町村がみずから新方針を提起、合意形成に向けて努力すべきだと思いますが、如何でしょうか。
ご承知のとおり、当社は、“そうだ、その方向で取り組み再編だ”という取り組みを全面的に支援いたします。

 問題は、そういう取り組みを考え・実行する都市が少ないこと、さらに「ここに問題がある」ことを指摘するひとが少ないことです。当社と同し様な問題意識を表明されているところはwebで見る限りありません・・・。

 今や、全国なるべく多くの都市の取り組みが一斉に方向転換しなければ、成功する可能性はどんどん下がっていきます。
もちろん、メーカー、問屋さんの状況にマッチした支援・協働も不可欠、この人たちがその気になってくれると話はぐぐっと進むのですが、どちらさんもリストラとやらで人材難、“話は分かるけど・・”って、分かっても取り組まないんじゃあ、豚に真珠でしょ。


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魅力のない店

 小売商業の振興策としては、高度化事業をはじめいろいろと講じられてきたわけですが、このところ、“個店に魅力が無いと事業の効果が出ない”“個店の活性化が先決だ”、“原点に帰って、個店レベルの取組を強化すべきだ”といったことがよく聞かれるようになりました。
「魅力ある個店づくり」などと言われます。

 大事なことがすっぽり忘れられておりまして、高度化事業は、業種揃え・店揃えの充実を目指す取り組み、参加する各店はそれぞれ自助努力によって「経営革新」に取り組むはずでした。ところが実際に取り組まれた事業では、「自助努力」部分がすっぽり抜け落ちていたのです。
高度化事業は共同事業であると同時に、並行して各個店の経営革新に取り組む、個店及び商店街の「買い物の場」としての魅力を革新する事業なのですが、個店の取り組み=「個店の経営革新」がサボられていたのです。

 そもそも高度化事業は、「中小小売商業の競争力の根幹」である街ぐるみでの「業種揃え・店揃え」の再構築、すなわち、買い物の場としての各個店の売り場間に有機的な連携を作り出すことで商業集積間競争にうち勝っていこうとする商店街を支援するものです。
 したがって、共同事業への取り組みと並行して各個店の経営革新・業容革新に取り組む、共同事業の完成時点で参加各個店の業容革新も一定のレベルまで到達しており、顧客から見た魅力ある商業集積としての再スタートを切る、というのが高度化事業のあるべき姿です。
 高度化事業をはじめ、商店街の共同事業の目的については、十分理解しておかないと、せっかく新基本計画に基づいて取り組む共同事業・高度化事業の効果が、これまで同様、得られにくいことになります。

 商店街を活性化するためには、共同事業と個店の革新を「魅力ある商業集積」の実現に向けて、一体として推進していくことが必要なのですが、「魅力ある個店」づくりがものすごく遅れているため、いくら補助事業に取り組んでも街が活性化出来ない、いってみれば、二輪車の一方の車輪がさび付いているため、前へ進めない、という状況なのですが、ここにきて主張される“魅力ある個店づくり”とは、このさび付いた方の車輪を何とかしよう、ということですね。

 いかにも結構なことのようですが、またしても大事なことが抜け落ちています。

 「魅力ある個店」と言うとき、その「魅力」とはいったい何か、ということがどれくらい考えられているだろうか?
 魅力がある、とはもちろん、お客・潜在顧客の立場から「魅力がある」ということですが、本当に「お客の立場に立って」魅力ある個店づくりを考え・計画し・実践されているだろうか? ということですね。

 小売店が不振に陥る原因は、
①お客がいない ②お客が知らない ③他にもっと良い店がある
という、3つに大別されます。商店街立地のお店の不振の原因は、ほとんどの場合、「①お客がいない」ですね。
「お客がいない」というのは、「住んでいる人が少ない」という意味ではなく、商店街立地の個店を“自分の買い物行き先として愛顧している」というお客がいない・少ない、ということです。

 つまり、お客が考える「買い物に行きたい店」と、商店街の個店が作っている業容(品揃え・サービス・店舗の内外環境の総体)がミスマッチに陥っている。お店側が、これでよい、と考えているお店の業容が、お客にとって「私が買い物に行くとこじゃない」と評価されているわけです。

 「魅力ある個店づくり」を目指すなら、まずこのことをしっかり確認することが必要です。商店街に立地する個々の店舗の業容とお客の消費購買ニーズとの間に、大きなギャップが生まれているわけですから、いきなり「魅力ある個店づくり」に取り組むのではなく、まず、「お客にとって魅力あるお店」とはどういう店舗なのか、ということを十分考えて見ることからスタートしなければならない。

 しっかり考えておかなければならないこと。
それはまず第一に“自分たちの店舗は、お客から見て、「魅力がない」のだ”と自覚することです。
魅力がない=自分の買い物行き先ではない、ということですから、なぜ、自店はお客にとって「魅力がない」のか、まずこの実態としてのミスマッチの原因を解明しなければならない。

 お客はお店に買い物に行く目的は、“自分の生活を作るために必要な材料”を手に入れるため、ですね。
この来店目的を十二分に達成できるお店が「魅力あるお店」であり、お客に「買い物行き先」として支持され・愛顧され、その結果として「繁昌」することができます。
「魅力ある個店」とは、お店の現状に何かを足したり引いたりすることで、生まれるものではありません。
繁盛店を目指すからには、お客のニーズとのミスマッチをトータルに解消していくことが必要であり、「魅力ある個店づくり」とはまっすぐ「繁盛店づくり」を意味していないと、せっかくの取り組みが無題に終わってしまいます。

 魅力ある個店づくり、取り組むに当たっては、自分たちのお店には「買い物行き先」としてのあり方(品揃え・サービス・環境)に魅力がないこと、お客に「私の買い物行き先じゃない」と評価されていることをしっかり自覚し、業容革新こそが唯一のお客から見た「魅力ある個店」づくりへの取り組みだということを肝に銘じてください。

 まず、自分たちのお店が「どう魅力がないのか」を的確に理解することからスタートです。出来ることから取り組む、というのは正しい方法ですが、着手する前に「どこへ向かって進むのか」、「魅力ある個店」の全体像を理解しておかないと、進むべき方向が分からないし、効果の積み重ねも出来ません。

掲示板:「目指せ!繁盛店」のテーマです。

 さて、新法に即して作られた認定計画、個店レベルの課題への取り組みがほとんど企画されていないものが見受けられます。
相変わらず、全体の取り組みは全体のことだけ、個店の取り組みは個店で、ということでしょうか。
そういう路線では活性化できないことは、法制定以前から分かり切っていることなんですが・・・。

業容革新を取りあげていない計画を作った都市は、あらためて、高度化事業の目的、取り組み方などを確認する必要があると思いますが、如何でしょうか。

※クオールエイドサイトの記事紹介
 商業の活性化「三点セットのシナリオ」=競争力の根幹・高度化事業・テナントミックスは、「個店の業容革新」に直結です。
「商店街のテナントミックス」については、まず・しっかり理解し、その後で・忘れ、必要に応じ・さっと出てくる、ようにしておきましょう。参照

サイトでは高度化~テナントミックス論、目下再度挑戦中です。
決定版にします。

結局、個店がふんどしを締めないと・・・で。
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ショッピングモール@中心市街地的

 商業の活性化の推進について、「ショッピングモール」が掲げられていることがあります。
“ショッピングセンターの経営ノウハウであるテナントミックスを応用して集積として再構築する”というわけです。
旧スキーム当時「TMOの役割」として推奨されていました。
商業活性化の方向としてショッピングモールを掲げている都市は、TMOを継続しているところが多いようです。

 懸念がありまして。
推進を掲げているTMOでは「ショッピングモール」という商業集積が本当に理解されているのだろうか、ということでありまして、いらぬお節介ですが、これから採用されるところもあることでしょうから・・・。

 街をショッピングモールに見立てる、という方法は優れたアプローチだと思いますが、採用するのはどのレベルで把握したショッピングモールなのか、ということが問題です。
空き店舗活用にテナントリーシング手法を応用する、といったところが着手しやすそうです。まあ、実際にやってみるとなかなか難しい問題がありまして、「空き店舗所有者が協力的でない」といった泣き言が入ったりします。

 「ショッピングモール」は、関係者が長い間よってたかって試行した集大成として存在しています。その商業機能としての全体像を理解する、という作業は業界でもまだ行われていません。
把握するためには「理論」が必要ですが、“商業機能としてのショッピングモール”を理解するために“使える理論”はまだ作られていません。
本当に「ショッピングモールに見立てた再構築」を目指すならば、“ショッピングモールとは何か”“ショッピングモールをどうとらえているか”ということが前提になります。

当の対象の正体を知らないまま、「あれになりたい、あれを目指す」というのはおかしな話です。

 皮相的な「目指し」の場合は、「テナントミックス手法の採用」だったりしますが、取り組まれるのは似て非なること。
テナントミックスとは、
一企業、店舗では実現できない次元の「買い物の場」の構築を、多数の小売商業者を結集して実現する手法です。
ミックスに先立って構築を目指す「買い物の場」の性格が決定されていなければならない。作りたいものがハッキリしていないと集める部品のスペックが分からない。

 というように考えれば、テナントミックスとは、“当該商業集積が想定する「買い物の場」としての機能を発揮あるいは維持し拡充するために構想される全体としての売り場・単位店舗(テナント)の構成”のことです。
この構想にもとづいて、個別テナントの位置(テナントシート)に実在の企業を配置するのが「テナントリーシング」。

 TMOの任務がショッピングモールとしての再構築である、と言われる場合、期待されていることは、テナントミックスという専門用語を使いつつトライする空き店舗に借り手を入れる業務。
もちろん、これはショッピングモールのテナントミックスを踏まえたリーシングとは全く異なる仕事です。

 こういう単純な発想でリーシングが出来るはずがないのでありまして、こういう話はあまりうまく行かないでしょうね。
街が全体として目指す方向も「ショッピングモール」というコトバが宙に浮かんでいるだけ、家主も店子候補も算盤の弾きようがありません。
「オーナーの協力が得られない」と言われてもですね・・・。

 現時点において「商業集積」を云々するなら、もはや「一号要件に合致」的集積では意味がありません。二号要件に陥っている一号要件を活性化するためには、「商業集積」を“一定の買い物目的に対応することを目指してその業容を構築”ている小売業の集団”くらいの定義はアタマの中に入れておくことが前提です。

 街をショッピングモールに見立てて、テナントミックスを行う、ということの意味を理論的に押さえておくこと。
TMOの必須業務です。
空き店舗にテナントを誘致する、というありがちなレベルではなく、本当にショッピングモールを目指すというのなら、第一の仕事は、商業集積としてのコンセプトを作ること。
ここで郊外に立地するショッピングモールとの異同を明らかにすることが必要、プランナーさん装備の商業理論が輝く局面です。
現業で最初に取り組むのは、現に営業中の各個店の自助努力を、街が目指すショッピングモールのテナントにふさわしい業容へ転換する、という方向でまとめること。
これがテナントミックス構成の第一着手でないと、後が続けられないはずです。

 こういう話をブログでだらだら続けても面白くも何ともないわけですが、言いたかったことは、「ショッピングモールに見立てて活性化」というのは、何をどうすることでしょう? と聞かれたとき、夢と希望のある話がきちんと出来る、相手をその気にさせるには、相当の理論武装が必要ですよね、ということです。

 「ショッピングモール」と口に出したとたん、以上のことは当然踏まえていることが期待されますね。

「理論の必要性」を痛切に自覚しているか否か?
中心市街地活性化の命運はここに掛かっているのですが・・・。


なるほどそうかもね、で。
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「水道理論」から「時間堪能」へ

♪何でもナショナル・松下電器の創設者、松下幸之助さんが提唱した「水道理論」というビジョンがあります。
「水道の蛇口をひねると衛生的で美味しい水が必要なだけ使えるように、品質の良い便利な商品をより安くより多く提供する」というような趣旨でした。

 当時としては画期的なビジョンですね。これは、まさしく時代のスローガン、生産側、消費側いずれにも強い共感を持って支持されたことと思います。私はリアルタイムで聞いたわけではありませんが、受けたろうな、と思いますね。
 「もっと豊かに・もっと便利に」という社会全体のニーズに対応する当時の全産業に共通する事業コンセプトをこの一語に凝縮している、といって過言ではありません。

 さて、高度成長が終焉を迎えバブルを経験し、時代は変わった、という声は諸処から聞こえますが、「水道理論」を超えるビジョンはどこからも提唱されておりません。
 産業界は相も変わらず水道管に入ったきり、絶対出てきませんからね。グローバリゼーション、構造改革などとといったスローガンは、あんなのは全部、「水道理論」の焼き直しですからね。バカみたい。

 これははっきり時代錯誤です。
この時代に、「もっと安く、もっとたくさん」は、もっとリストラ、もっと環境破壊・資源浪費ということですからね。「格差社会」の否定は、資本主義ニッポンの原動力、水道理論に代わる時代のキャッチが必要です。

 というわけで、当社がポスト水道理論として一押ししているのが「時間堪能」ですね。
 時代のビジョンとして「水道理論」が当時の人々の顕在・潜在の生活上の欲求を象徴しており、その後の経済社会の発展は、まさしく水道理論が提唱するところを具現して進みました。高度成長期、そこまでは良かったのでしょうが、それから後がいけなかった。というか、高度成長期には水道理論に取って代わるビジョン,「ポスト水道哲学」が打ち出されるべきでした。 

 これからは、「自分の好みで生活を演出し、時間を堪能する」というニーズを育み・助長することが全産業の共通した課題です。長きにわたって「水道理論」が占めていた座を襲位する新しい産業のコンセプトが求められているのではないでしょうか。
 まさに時代はこういう曲がり角にあることを認識し、スローガンを提示する産業人というのはいないものでしょうかしらね。
 今度は仕事の内容からしてやはり小売業、中心商店街あたりが提唱すべき立場かとも考えるわけですが・・。

 ちなみに水道理論、提唱されて当時は、夢物語だったでしょうね。「そうなれば良いけどいつのことかしら」とたいていの人が思ったことでしょう。それでも実現したのは時代が良かったから?

 スローライフ、ロハスなどもこういう方向への兆しとうか、実践ですね。
NPO、地域通貨など、脱資本主義的な試みも成否は別として果敢な試みが諸処で展開されています。

 ちなみに、水道哲学ですが、とどのつまりはミネラルウオーターに代替されたり、世界的な不足が予測されたりと、水道自体も言われるほど無尽蔵ではなかったことがはっきりしました。
 ましてや、ハイテク各種のツール、もっと便利に・もっと豊に、はよかったのですが、世界万民あまねく、というわけには行かないです。資源の有限性とのバッティング、地球のキャパとの衝突も目睫に迫っている。

 というわけで、水道理論から時間堪能へ、というのはあながち荒唐無稽なスローガンというわけでも無いようです。


大風呂敷っ!で、
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@商店街の味方

 もちろん、takeo@quolaidのことです(笑
ニッポン(ちなみに「日本」はニホンとは読めないでしょ)には商店街の味方が少なくて、もちろん、自称しているのはtakeo だけですね、たぶん。商店街の皆さんも @味方 とは自覚していないでしょうし、まあ、おやりになってることを見るととても味方とは思えません(笑。

 さて、@商店街の味方 という色眼鏡を掛けて、関係言説をチェックしておりますと、「だけではない」論ばかりですね。
(だけではない=当欄6月13日参照)

 いくら商店街活性化について力説されていても、「だけではない」とワンフレーズ入ったとたん、そこから話は急転直下、非・商業的、非・物販的施策のオンパレ-ドになってしまう。そうすると話は絶対的に商店街活性化とは無縁の話になっていく・・・。
これはもうきれ~いにパターン化しておりまして@味方 でなかったら笑ってしまうところですが、@味方 としてはプンプンっす(笑。

 どうしてこうもワンパターンかと言えば、@味方 的には分かり切っておりまして、論じているひとが“商業・商店街はどうすれば活性化できるか”ということについてマジメに考えたことがないから。
だって、まじめに考えれば“わざわざ買い物に出かける値打ちのあるショップ・商店街”でなければ、誰もわざわざ出かけませんし、何か他の理由(つまり、非・商業的施策の成果とか)でたまたま商店街を通っても、目を惹き・足を止め・五体を誘いこむお店が無ければ、商店街活性化・商業活性化とは無縁です。

 “「@商店街の味方」の眼”的には、物販機能以外の諸施策は「販売促進施策」でしかありません。販促が有効なのは業容が顧客ニーズに合致している場合だけ、“売り上げ不振に陥っている個店、商業集積は販売促進をしてなならない、まずやるべきことは「不振の原因を究明し、対策を講じること。販促を打つのはその後だ”とは島田陽介大先生の言、小売業の鉄則です。

 商業活性化について論じているときに、非・商業、非・物販の話をしてはならない。
イエ、してもいいですけど、するなら「商業の活性化」は諦めてからにしていただきたい(笑。

え? はじめから諦めている?
なんだ、そうでしたか、そいじゃ邪魔してるってことですね・・・・(笑

中心市街地・商業活性化については、適切な活性化策を計画的に展開することが必要です。非・商業施策に走るひとは、この根本的なところについて無知であることを問わず語りに自白しているようなもの(笑

商業の活性化は、お客が認める売り場・集積づくり。
他の施策は邪道です。
古来、我がニッポン国では邪道や悪が栄えた例しはありません、かな(笑

 商業の活性化に取り組むべき立場の皆さん、
商業の存在価値は、顧客に「買い物の場として使ってもらうこと」使ってもらえないお店は、役に立っていないお店、そこから何らかの効用が生まれるかといえば、それはありえません。
商業活性化の第一の目的は、買い物行き先が充実することで市民の生活がより豊かになる、ことですからね。
売り上げ、繁昌はその見返りであり、都市住民の生活充実に貢献した代償です。

 “商店は売れてナンボ”というのはそういうことですからね。
@商店街の味方 とは自動的に@消費購買ニーズの味方であり、@都市経営の味方 です。

 ということで。
takeoとしては、@商店街の味方 が増え、都市経営としての商店街活性化を追求する取組がさらにさらに拡充することを期待しているところ、まずはとりあえず @商店街の味方 を自称してみるというのは如何でしょうか。


■ お知らせ

☆ クオールエイドのサイト、【都市経営】コーナーの・『青森市中心市街地活性化基本計画』関係のスレッドを削除しました。
いずれ「資料庫」に移動します。
長文の検討でしたが、果たしてどこかの誰かさんのお役に少しでも立てたのだろうか、と考えますと、ウーム、忸怩たるものがありますね。これから計画を作る・プランナーさんに読んでもらうことを想定していましたが。

 削除に伴い、上下の記事をスルーしてみましたが、中心市街地関係のプランニングという視点からすると、なかなか「そそる」タイトルの記事がアップされています。
中身はどうでしょうか、ご判断次第ですが、それにしてもプラニング関係者、プランナーさん、管理者さんなどのご意見など聞かせていただくと嬉しいのですが・・・。
なお、青森市に代わって、既報のとおり岐阜市の基本計画の勉強をスタートしています。

☆ クオールエイドのサイトの内容というか、活動が大きく変わろうとしています。
記事も当欄をコンシェルジェに各掲示板・収納ファイルを網羅・横断、上下左右・融通無碍、立体的な展開を実験します。

 より実務に近く・より原則的な論考、都市経営・中心市街地活性化を軸に、経営全般、さらには問題解決という最も抽象的なレベルまで、縦横に・機動的に取り組んでいければと張り切っています。

この機会に、存分に活用していただくとサイトの存在価値がアップします。

ところで。
リアルでは“あんたのサイトは理屈っぽい、難しい”といわれることがあります。つまり見たくない(笑
それはそれで一つの選択ですが、まあ、状況上、やむを得ない、ということもありますからね。それともどこか“理屈っぽくなく、易しい”情報源とかありますか?(笑

 習うより慣れろ、というコトバなどを思い出し、騙されたつもりでじっくりつきあってみられるのもありかも知れません。関連類似の情報提供サイトは少ないですし。
 ただし、その結果、「やっぱ面白くないじゃん」とならない保証は出来ません(笑

☆「一店逸品運動」について。
「一店逸品」はどうして販売促進ではなく、「繁盛店運動」なのか?
その方法は? 当社はなぜ「一店逸品運動」を批判するのか?
そのすべてが分かります。

「なるほど、商店街の味方の眼だ」
「一店逸品、確認してみよう」で、
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ひと入れ・もの出し

 都市経営には、環境与件等の差違を越えて、生活環境の充実と所得機会の確保という二つの課題があることは(といってもtakeolがいっているだけですが)ご承知のとおりです。
「戦略的都市経営」とは、
“①予測される環境変化の趨勢において
 ②手持ち及び調達可能な経営資源をもって、
 ③予測される環境変化において 
 ④目的を達成し続けるために必要なシナリオを描き、計画的にその実  現を図っていくこと。

 ちょっと長いですが、まあこういうことですね。
専門用語、つまりあなたが専門とする領域で問題解決に駆使する言葉については、どう「定義」するか、ということはとても大事です。流布している定義が?の時は、自分で考え新しく定義しなければならない。それが“自分のチカラで考える”ことへの一歩というか、いやもう既に先へ進んでいることになる。

□ここでちょっとプランナーの常識、そのイロハをば。

 「定義」というのは大事であり、専門用語については一々吟味して「道具箱」に加えていくわけですが、その時、大切なことは、「定義」については、“しっかり決めたら忘れてしまえ”ということ。道具を使うときに、一々、「え~と、この道具の用途は”とか“使い方は”とかは考えないでしょ?
それと一緒です。忘れているが必要に応じて道具箱からさっと取り出して使える。大工さんの仕事ってそうですよね。
一々、エート、今度使うのは鋸かな、金槌かな、などと考えることはない。それと一緒。
自分が使う言葉の定義は、きちんと吟味して、採用したら定義部分は忘れてしまう。忘れないといざというときに使える仕組みに入っていない、というのがコトバです。

 
□本論に帰って、都市経営における「所得機会の確保」について。

 当サイトでは、「ひと入れ・もの出し」を提唱しています。
「ひと入れ」には、定住する人と回遊する人を増やすことが考えられますが、定住人口の増大については別途考えるべき課題があるような気がしますので、ここでは「回遊人口」の増大について。
都市経営の目的を達成する手段としての都市来訪者をどう増やすか? ま、「交流人口の増大」と似たイメージですが、大違い。
向こうには「背景知識」がありませんから、「知名度アップ」などというお手軽路線に走りがちですね。

「もの出し」は、地場産品を加工し移出すること。
「地元にしか無いもの」などという安直は考えないこと。

 経営戦略として、“地元資源を活かす”のは当然ですが、活かすには活かし方を考えなければならない。そうすると、先立つものがありまして、「①予測される環境変化の趨勢において」ということですね。

 おバカな経営学方面では21世紀において今なお、“差別化”などというコトバが平気で使われていますが、“当地にしかないもの”発想は「差別化路線」でありまして、“よそにないものを見せればお客は飛びつく”という、商店街全盛時代=家電普及時代だけに限定・発現していた消費購買行動です。
いくら「地元にしかないもの」でも、お客が「かわいい!」と思わなければ、「ひと入れ・もの出し」とは無縁です。商店街関係ではこのところ流行っているらしい「一店逸品」とか、さすがかって「差別化」路線に連なっていただけのことはありますね。

□「予測される環境変化の趨勢」。

 「所得機会の確保」という課題に取り組んでいく戦略を構築するにあたって、環境変化の趨勢をどう考えるか?
ということ。「少子高齢化」のことじゃありませんからね。少子高齢化といえば、当サイトでは一度も真っ正面から取りあげたことがありませんが、その理由も考えてみてください。

 「所得機会の確保」は、“ひとにお金を払ってもらう条件を作る”ということですね。ひとがお金を払う気になるのは、第一に「払った方が自分にとって得だ」と納得できるとき。
払う気になれるとき。都市経営のすべての努力は最終的にこの状態を作ることを目指さなければならない。
“マーケティングとは相手をその気にさせることである”

 相手をその気にさせるには、“相手が何を欲しがっているか、何を課題としているか、どういう問題を解決しようとしているか”を察知し、“欲しかったのはこれでしょ”と提案・提供しなければならない。

□マーケティング究極のテーマ

 さて、人間に限らず、生きとし生けるものは、環境の中で「快を増やし・不快を減らす」行動を行います。
人間の場合は、「価値(と考えるものごと・状態)を増やし、反価値(価値を阻害するものごと・状態)を減らす」ということでしょうが、これが「生きる」ということですね。

 で、自分にとって何が価値か、ということは多く「環境与件」との関連で決まります。腹が減っていれば「何かを食べる」ことが「価値」ですね。ところが「食べる」ということは、当人が存在する環境・条件によって「何を食べるか」ということになり、もちろん“それはどこに行ったら食べられるか”ということになり、かつ、“食べる時間をどう過ごせるか”ということになっていく。
この段階になりますと、“食う”という生存を維持するための必須の行動が、“食べる”という「ラグジュアリィ」レベルに達しているわけです。
 ということから分かるラグジュアリィの条件は、満足するために“どれくらいの広さ・深さの配慮が必要か”ということで、ここに新しい「中小小売商業者」がターゲットにすべき、広大・未開のマーケットがある。もっと広い環境で考えれば、生活のなかで必要とされているのは、「時間をどう使うか」ということ。
 情報理論の先達・マクドノウは、ひとの24時間を“生理的必要のための8時間、条件整備(つまり所得の確保)のための8時間、その他のための8時間”に区分することを提案しましたが、それぞれの時間をどう色づけし納得できる時間を過ごすか、つまり時間をどう編集するかということは、現代ニッポンに暮らすわれわれにとって、まさに生きている・ということそのものです。

□「時間の編集」

 マーケティングのキーワードです。
時間をどう区分し、それぞれの時間をどう過ごすことが自分にとって「生活全体」の価値が高くなるのか?
意識しているかどうかはともかく、人間はこれを基準に行動を組み立てているのではないか?
と、考えますと、「時間消費」というコトバの至らなさに気がついてしまいます。「時間消費」というコトバには、“価値を増やし・反価値を減らす”という「生き方」、生きる=問題を解決し続ける、という切実さが反映していません。
好きでも嫌いでも時間は過ぎてゆく、すなわち時間は消費されていく・・。

 快⇔不快、価値⇔反価値という概念を使えば、時間は、“このとき・この情景がずうっと続けばいい”と感じられる時間と“早く終われ、出来れば過ごしたくないが仕方がない”と感じられる時間がある。たいていの時間はこの二つを両極とする線上に位置づけされると思います。

 一日24時間は確かに確実に過ぎていき、その間、ひとは何らかの行動をしています。その意味で時間は「消費」されて行きますが、さまざまな切り口で区分される「時間」についてのひとの思いはけして一様ではありません。
当たり前ですね。
で、“ひとをその気にさせる”都市経営、都市マーケティングの担当者としては、「時間」の特性・人々の時間に対する問題意識を無視することは出来ません。

□ 時間に対する問題意識。

 われわれの生活は「時間に対する期待」で三つに区分することが出来ます。
①自分の価値観にとって出来るだけ増やし・堪能したい時間
②価値観とは別に生きていくために必要な条件を作るための時間
 (必需に費やす時間)
③自分の価値観にとってマイナスであり、出来るだけ減らしたい時間

 生活のうち、どの局面が①~③に該当するかは個人及びその状況によりさまざまです。 現代ニッポンにおいては、「+を増やし-を減らす、必需時間は合理的に」といのが一般的でしょう。
つまり、人々の「時間=くらし」に対する課題は、「堪能する時間を増やし・必需時間を出来るだけ減らす」というところに集約される、とまとめて良いのではないでしょうか。

 そうすると、マーケティング・“相手をその気にさせる提案”は、なによりもまず、「時間堪能」ニーズへの提案なのか、それとも「時間節約」ニーズへの提案なのか、どちらの時間に貢献するのか、という帰路を選択しなければならない。
 もちろん、都市経営、“所得機会の確保”という課題への挑戦として取り組むマーケティングの主戦場は、「時間堪能」局面であるというのが、クオールエイドの提唱でありまして、「ひと入れ・もの出し」への取組を貫くのは、「時間堪能」ということ。
「差別化」とか「知名度アップ」とかではなく、「時間堪能」というニーズへの対応・提案を事業機会・所得機会として選択することがまず先決、明確に選択すれば、都市の経営資源を有効活用して人々の「時間堪能ニース」向けの「もの」を作って出していく「もの出し「、「ことや場所」を作って人々を招く「ひと入れ」の手だてが開けてくると思います。

都市の経営資源を活用して「堪能」を提供する。
「差別化」とか「知名度アップ」の前にやることがある。というか、やるべきひと・都市は既に取り組んでいるわけで、「一店逸品」とかに取り組んでいれば、それでホントに何なとかなっていくものでしょうか。

 ブログの記事としてはちょっと長過ぎ、かつ、まだまだ書きたいことを尽くしていない、アップになりましたが、クオールエイド社のキーワード、ラグジュアリィ・時間堪能に加えて「ひと入れもの出し」などの意味するところについて、概観しました。

 というよりも、なんだかとりとめもない話になりましたが、ま、時代と課題はこうなっていませんか、こうなっていると考えても間違いではないし、こう考えた方がきっと楽しいですよね、ということで、成熟社会とかいわれる時代環境におけるマーケティングってそう言うことだよな、と理解してもらえばそれでアップの目的は達成です。
  

そうかもね、で。
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「だけではない」という陥穽

 「中心市街地活性化への道」を御地の取り組みに活用すべく、日夜、ご奮闘の皆さんのご努力に対して、心より敬意を表します。
「時機未成熟」という声が聞かれたりしているのではないかと拝察しますが、一歩前へ出ないことにはいつまで経っても「時機」が訪れることはありません。
艱難辛苦が続くかも知れませんが突破口の確保に引き続きがんばってください。
 標記のテーマについて、エールを込めてお送りします。


□「・・だけではない」

①商店街の活性化策は「商業活性化策」だけではない。
②中心市街地活性化は商店街活性化だけではない。

 上記2つのフレーズは、最近、これまでにも増してよく聞かれるようになりました。
ちょっと聞くと「そう、そのとおり」と頷きたくなりますが、ちょっと待った(笑。

 これらのフレーズの背後には“商業の活性化はこれまで散々取り組んで来たけど、ダメだったじゃん”という「総括」が隠れておりまして、「だけではない」、「そうだ、そうだ」となったとたん、非・商業活性化的事業のメニューが目白押し、「商業活性化的事業」はきれいに隅っこに追いやられてしまいます。後で見るように、非・商業活性化的事業に取り組めばその結果商業が活性化する、ということは金輪際ありませんからくれぐれもご注意あれ。

 考えておくべきことは、第一に、そもそも、これまでどれくらいホンキで「商業の活性化」「中心市街地の活性化」に取り組んできただろうか、ということです。

 まず①について。
ホントによく聞かれますが、ホントにホンキで取り組んできのか、ということが反省されなければならない。
ホンキとは、「商店街活性化」を定義し、実現に必要な取り組みの方向と方法を定め、計画的・漸進的に取り組む、ということ。いくら主観的に一所懸命取り組んででも、販促や景観整備では活性化は実現できません。
 商店街活性化は、適切な商業活性化策を計画的に展開することではじめて実現することが出来るというのがわれわれの立場ですね。
これまでの活性化策で活性化が実現できなかったのは、「だけではない」からではなく、活性化に役立つと信じて採用し、取り組んできた活性化策が間違っていたのです。

 ②について。
これは、最近とみに増えている発言。
「商店街以外の機能の充実に取り組めば、街を訪れる人が増え街が賑わう。その人たちが街で買い物をすれば、結果的に商店街も繁昌するようになる」というように続きます。

 新しく作り変えた基本計画の基調になっているところもあるかも知れません。
「法」のスキームにおける「中心市街地」とは都市中心部に位置し、長い間都市全域及び周辺から「買い物客」を吸引していた中心商店街を核とする「商業街区」を指しています。
まず、このことについて、疑問の余地が無いようしっかり確認してください。
ほとんどの都市に共通している中心市街地活性化の目的は、そこに立地している「商業機能」つまり商店街の活性化です。
商店街の活性化をカッコに入れた中心市街地活性化はあり得ない。もしそういう方向を目指すとすれば、それは中心市街地を住居地域や業務地域に用途変更するものです。

 というように考えてきますと、中心市街地活性化は商業活性化だけではない、ということで非・商業街区に転換しようとする方向は、主観的願望はともかく、結果的に中心市街地を非・中心市街地化しようとすることに他なりません。
 「いまさら、商業活性化かよ」という声が有るかも知れませんが、「そうさ、他に何がある」「活性化実現の方向と方法はこれこのとおり」とキメたいものですね。

 中心市街地を取り巻く諸般の情勢がいっそう厳しさを増す今日この頃、一日も早く、「キメ」が出来る時機をたぐり寄せられることを念じつつ、本日のデイリーフラッシュといたします。

皆さんのご奮闘を心から祈念申しあげます。

PS あなたの取り組みで特に必要な武器弾薬(笑 が必要な場合は、メールでその旨連絡を戴けば、さっそく、掲示板上で補給します。
なお、別途特殊な武器(レジュメとか)が必要な場合などもきっちり対応します。突撃に不自由はさせません(笑

まず、当方のニーズ予測にもとづいてお送りするのがこれ:参照

中心市街地活性化における商業の活性化の位置 及び
商業の活性化における高度化事業の位置 
「業種揃え・店揃えの最適化」の意義及び実現の方向と方法
について、再確認してください。


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『岐阜市中心市街地活性化基本計画』

5月28日総理大臣の認定を受けました。→参照

 ご承知のとおり、岐阜市の問屋街といえば地方都市の中心商店街とはとって切っても切れない関係にある街でした。
問屋街にとっも全国中小都市の中心商店街は主要な取引先が立地している「共存共栄」の相手でしたし、今でも・・・かな。

 皆さんには、あるいはショックかも知れませんが、一時期商人塾で業容転換に取り組むファッション専門店の間で「岐阜では間に合わない」という合い言葉?が生まれました。
 商人塾は、業種を問わず参加店舗の「ショッピングモールを構成している業容」への転換を目指す実践ですが、もちろん、ファッション専門店が参加しています。
 品揃えの転換を模索する中で、「地元問屋はダメ」とか「これまでの問屋ではダメ」という声が挙がります。
並行するように地方問屋はどんどん廃業していきました。
 多くの都市の郊外には「卸団地」があると思いますが、ご承知のとおり、軒並み空洞化しています。

 規模の大小を問わず、メーカー、産地問屋との直取引というのは商人塾参加者にとって「当たり前」のこと、というかそうしないと「ラグジュアリィ対応業容」の品揃えは不可能ですからね。
で、どこに仕入れに行くかといえば、とりあえず、地元・地方問屋の仕入先、元卸が集積している産地の問屋街ということになるわけですが、商人塾で異口同音に語られていたのが、「岐阜から仕入れていてはダメだ」ということ(失礼、私がいってるのではありません)。
 つまり、岐阜の問屋街を仕入先にしていたのでは業容転換は不可能だ」と。
最近ではそういうコトバも聞かれなくなって、岐阜離れが定着してしまった・・・・?
という状況が、一部とはいえ、先進的な小売業に顕著に現れているわけですが、もちろん、こういう評価は問屋街の実状に如実に反映されている思われるのですが、岐阜市ではどのように対策が講じられているのでしょうか。

 という問題意識が僭越ながら、同市の『基本計画』の検討にチャレンジする趣旨です。以下に見るとおり、問屋、とりわけその機能から考えて産地問屋の動向は、中心商店街活性化の成否に大きく影響しますから。

 業容転換に取り組む全国全都市の中心市街地・商店街立地の個店にとって、新しい集荷先の開拓・確保は転換の成否を左右する重要課題です。当社が提唱する「業容転換」に挑戦する有志は、東京・京都・神戸と集荷に奔走しています。
情報が限られ、経費も割高となる中での取り組みです。

 他方、従来から地方都市の中心商店街立地の「専門店」を主な取引先にしていた全国の消費財産地は、商店街の空洞化の直撃を受けて廃業が相次ぎ、空洞化が進展しています。
川上の機能の一つに「ソフトなリテイルサポート」がありますが、未曾有の経営環境の変化に対応する方向と方法についての体系的な支援を提供することは、不可能でしたから、劣化する取引先の活性化に的確な支援をすることはとうてい不可能でした。
だって、蓄積してきたノウハウと隔絶した課題ですもん。
 
 中心市街地・商店街の活性化に関わっておいでの皆さんは業容転換~ショッピングモールとしての再構築という課題への取り組みにおいて、重要な役割を担うべき「川上」、消費財産地の現状については、その動向・とりわけ「活性化への取り組み」を注視することが必要です。

 商人塾では取り組みの中からいろいろと新規取り引き先の開拓に関するノウハウも作られています。特に全国各地の仲間の地域を越えた情報交換は即戦力です。
一般に新規集荷先の開拓は小売業にとって大変難しいと思われがちですが、「商人塾」のネットワークを利用するとスムースにいくことが多い。
中には今どきだというのに、メーカー、問屋主催の販促フェアが提供される例もあります。川上も必死、売る力を付けてきた取引先は当然優先支援です。

 商店街立地における業容転換のキモは、客数・売り上げ・粗利の三つを同時並行でアップすること。実現のカギを握るのは品揃え・集荷です。このカギを握るのが集荷先管理。
 ちなみに「遅れてきたショッピングモール派」は、商店街に東京発のチェーンストア(SPAなど)の誘致を目指していたりしますが、この路線は政令指定都市の中心市街地において早くに挫折しています。
 ショッピングモールとしての再構築は、地元商業者有志による業容転換が主戦力、ファッションなら自力によるコレクトショップへの転換、がメインであり、もちろん、コレクトショップにとって、メーカー、問屋との協働が不可欠であることは業界の常識、中心市街地活性化の方向&方法として「ショッピングモールとしての再構築」を掲げたとたん、志を共にする川上(メーカー、問屋)の開拓・協働は避けることの出来ない課題です。

 「中心市街地活性化基本計画」商業活性化の項には、「商店街の川上対策」は必掲課題なのですが、現在までのところ、取り組みを記載している例はほとんど無いのではないでしょうか。

 全国の中心市街地の空洞化は、個店の業容の空洞化と一体的に進んでいるわけで、活性化への取り組みは、すなわち、立地する個店の業容転換・特に「品揃え」の改革・革新が基本課題となる。問題は、取り組みに協働出来る川上企業がどこにあるか、ということ。目下のところ、各人がそれぞれ足を棒にしつつ、東京・神戸・京都などを探し回っています。
 中には涙無くしては語れない・聞けない苦労話があったりしますが、結論だけ書きますと、商人塾参加店の実況では「取り組めば成果が出る」ことが明かです。

 ここで話はクルリンパと戻りまして、岐阜市の中心市街地活性化。

 空洞化著しい問屋街の再生のカギは、全国の中心市街地・商店街が目指すべき「ショッピングモールとしての再生」という方向&方法に岐阜市の問屋街はいったい貢献できるのか、はたまた出来ないのか? 
貢献を目指す方向と方法を確立できるかどうか、ということです。

 全国全都市の中心市街地・商店街活性化に共通する課題の解決に貢献する新しい方向&方法を確立し、街ぐるみで新しい問屋機能・リテイルサポート機能の実現を目指して協働する以外に、岐阜市中心市街地において重要な位置を占めている問屋街の活性化を実現することは不可能です。

 全国の中心商店街が「ショッピングモールとしての再構築を目指す」という趨勢は、岐阜市の中心市街地活性化にとって二度とない「起死回生」のチャンスですが、さて、問題は“チャンス到来”が理解されているかな、ということ及び理解したとして、どう実現していくか。

 『岐阜市中心市街地活性化基本計画』ではこのチャンスがどう認識され、活かされようとされているか?

 岐阜市の基本計画のできばえは、全国の中心市街地・商店街の活性化を目指す皆さんにとって、けして他人事ではありません。
商業の活性化=業容転換を考えたとたん、最初に直面する課題は「品揃え」であり「仕入先」ですからね。
この課題への支援は、TMO体制の重要な任務であり、出来れば産地及び全国TMOの連合で取り組んでいただきたいものです。

 以上のような問題意識のもとに、岐阜市の基本計画の特に「商業の活性化」部分を検討してみたいと思います。都市の特性を踏まえ「活性化を実現するためには何が必要か」=「全国の中心商店街の活性化に貢献する機能の再構築」をテーマに検討するものです。

※岐阜市の皆さん及び同市中心市街地・問屋街などと関係の深い皆さんは、この企画にぜひ注目してください。
なお、お知り合いに関係者がおいでの人は是非、お声かけをお願います。
きっと取り組みに貢献出来る内容になると思います。

 ちなみに、商人塾参加者で業容転換真っ最中の人で「創業以来今が最高」といっているファッション専門店さんの仕入先は岐阜市の問屋街です。
この人も「うちの取引先を除いて岐阜はダメ」といっているのですが、何をおっしゃる、岐阜が良くなる方向と方法はちゃんとある(笑

※消費財産地・産地卸や卸団地の空洞化は、中心市街地問題と密接に関連していますが、上述のとおりその連携は実現していません。
当社は年来協働を提唱し、わずかながら実戦の経験を持っています。
今回の試みではこのあたりについても考えてみたいと思います。

産地、川上に関心のある人は是非、議論に参加してください。
あなたのまちの商店街活性化のカギとなるかも知れない企画です。

 
都市経営】コーナーでスタートです。


フム、ちょっと覗いてみるか(笑い
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イズミの新戦略

SC業界の優等生・イズミ

ご存じのとおり九州では「ゆめタウン」という名称のSCを展開、イオンと四つ渡り合っています。
昨年「ゆめタウン佐賀」という新世代ショッピングモールを発明しました。
 クオールエイドではその革新性にいち早く注目し、サイト上で分析評価を試みました。
目下その判定が実績として現れているはずです。

 イズミは、中心市街地活性化のスキームの改正による出店環境の変化=‘出店規制’状況における成長戦略として、「北部九州で食品スーパーの展開」を図るそうです(西日本新聞 6月9日)。

 端的に「延べ床面積1万㎡の壁」ですが、戦略次第で凄いことが出来ます。

(*)ちなみに当社的「戦略」の定義:
「状況において、手持ち及び調達可能な手段を駆使して、目的を達成するために作るシナリオ」、「目的実現の方向と方法」。
ちなみに「戦略」については、あらためて詳しく説明しますが、とりあえずは、「用語集」でチェックしてください。

 イズミに限らずSC企業の課題は、“1万㎡以下の店舗面積で新しく市場を席巻する業容の開発”にあります。
「スーパーマーケットの展開」(ダイエーとか)や「小振りのパワーセンター」(ベイシアとか)ということでは、成熟市場の「革新戦略」すなわち企業の将来を託する方向と方法としては、不安材料があります。
既存類似業容との競合は避けられませんから、一進一退。

 という路線は避けなければならない。何しろせっかく「規制してやるから知恵を出してみろ」といわれているわけですから、うまく知恵を出したものの勝ち、出さない手はありません(笑

 イズミに限らず、これからの新しい出店戦略の任務は、「既存業容を時代遅れにすること」です。
“スーパーマーケットを展開したい”と考えたとたん、課題は「スーパーマーケットを時代遅れにする方法”の模索」になります。
 スーパーマーケットの業容転換、「スーパーマーケットを時代遅れにするの法」は、「コンビニエンスニーズ」志向の新業容の開発だと思われます。

 そこでイズミさんですが、ご承知のとおり、同社は「ゆめタウン佐賀」でショッピングコンプレックスを史上初めて誕生させました。この能力が本物なら(失礼)、次の展開は、ポスト・スーパーマーケット、コンビニエンスニーズ対応のショッピングコンプレックスの創造、となるはずですが、どうでしょうか。
おてなみ拝見、興味津々です。

 もちろん、既存のスーパーマーケットやホームセンター、ドラッグストアなど、業容革新を迫られている企業にとっても「既存業容を時代遅れにするの法」は緊急に開発すべき戦略課題です。

※当社のスーパーマーケットについての理解は、
日本スーパーマーケット創論を読む①』
に始まる長編論考を参照してください。

 SMを理解しておかないと、「SMを越える戦略」には挑戦できませんからね。

なお、クオールエイドではこの課題に対応する新しい戦略方向として「コンビエンス・センター」を提唱しています。これについては別途機会を設けてご紹介します。

面白そうじゃん、で。
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『商業振興ビジョン』はいりませんか

 都市にとって商業(小売業)は、
①都市住民への消費財(生活を作るための材料)を提供する
②従事者に所得機会を確保する
③立地する土地・街区の土地利用及び景観を決定する
と「三重の機能」を果たしています。

 一般に都市を構成しているさまざまな機能は、社会的機能・所得機能・景観機能を担うことで「都市づくり」に参加しているわけですが、なかでも小売業はその担い手、顧客がいずれも都市住民である、というところに特徴があること、立地する場所が往々にして都市にとって戦略的な位置であることなど、都市にとってその消長が「都市の魅力」を大きく左右する重要な都市機能です。

 「中心市街地活性化」とは“中心市街地における都市機能の増進と経済活力の向上“を意味します。中心市街地とは、「三要件」に明らかなように、都市中心部の商業街区を指す概念であり、従って、「中心市街地活性化」はより直截に表現すれば、“中心市街地に立地する主要な都市機能としての小売業の活性化を通じて所得機会を拡充する”ということがメインテーマです。

 「中心市街地にあるのは商業だけではない」とか「商業の活性化は商業施策だけでは実現できない」といった素人談義は、上のような「中心市街地に立地する都市機能」としての小売業の機能について無知同然であり、小売業が将来にわたって担うべき事業機会の存在及びそれを獲得するための努力のありかたなど、「商業の活性化」の本論から眼をそらすものであり、断固として超克していかなければならない。
以上は、当サイトがかねて提唱しているところです。

 さて、都市にとって「三重の機能」を担う小売業ですが、もちろん、中心市街地にだけ立地しているわけでなく、また、中心市街地の小売業だけが活性化すればそれでOKというものでもありません。都市に立地している小売業の数だけ「三重の機能」が存在しているわけで、都市全域に立地している小売業をどう活性化するかということは、そのまま、都市各地域の活性化という課題に連なっています。というか、時と場合によっては活性化のメイン課題になること、中心市街地に限ったことではありません。

 そもそも。
日常行動圏に買い物行き先が無ければ、そこは「生活の場」としての機能を持っていないということですし、これまで立地していた小売業が廃業・撤退すれば、当該空間の再利用・景観の維持という課題が発生します。
 ということで、都市内部における小売業の活性化(振興と調整)は、都市経営にとってこれまで以上に重要な課題になっています。特に、広域幹線から離れた地域・集落を「生活の場」として維持・拡充していくためには、当該地域と「三重の機能」としての小売業との連携が不可欠です。

 こうして、都市にとってあらためて全域的な「商業振興」施策の展開が必要になっており、まずは「商業振興ビジョン」を作ることが必要だと思われます。
これまでの商業理論を前提として「振興と調整」ではなく、生活の場における「三重の機能」としての商業の「適正配置」と「担い手の育成」にどう取り組んでいくのか。

 中心市街地の商業の活性化は、上位課題である「都市の商業振興施策」にきちんと位置づけられ、その重要な一環として、及び、「モデルケース」として取り組まれることが必要です。
中心市街地における既存小売業が活性化の取り組みを通じて、新しい「買い物の場」として再構築されることは、「三重の機能」の効果的な発揮として、都市の「生活の場」としての「自由と安定」の拡充を実現するとともに、都市全域の「商業の活性化」の実現に不可欠のノウハウの波及という効果を作り出していくものです。

 中心市街地における商業の活性化は、都市の商業活性化への取り組みの主要な一環として全市的な商業振興ビジョンにきちんと位置づけられるべき。これがないと「どうしてまた中心市街地なのか」「また商業者の保護か」という広範な疑問に答えることが出来ません。答えられないということは、都市経営において「中心市街地活性化」の的確な位置づけが出来ていない、ということであり、そもそもその程度の問題意識に基づく取り組みでは活性化の実現は無理なんじゃないですか、ということになります。
もちろんこれは私が勝手に言っているのではなく、論理的に考えればそうなりますよね、ということですね(笑。

 集積間競争、都市間競争ということが盛んにいわれますが、ホントに取り組みたかったら、「商業振興ビジョン」が必要です。
中心市街地への「選択と集中」の根拠を問われたりもしているわけですし。「選択と集中」の二番煎じ、非・中心市街地の活性化をカッコに入れての中心市街地活性化では、非・中心市街地住民の共感は得られません。
ほれ、マーケティングって「相手をその気にさせる」ことですからね。 

おまえって面白いこと言うね、で(笑
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店前通行量の迷信 (2) 承前

(承前)

□中心市街地の“客相”

そもそも、中心市街地に出没するのはどういう人たちか?
まずはファイルを手元にどうぞ。

 「客相」はクオールエイドのサイト愛顧の方はとっくにご承知のとおり、「客層」ではありません。
客層は、性別・年齢・職業・居住地等々「社会的属性」でお客を区分しようという発想です。その背後には、“人の行動は社会的属性によって決まる”、“属性が分かればその人の行動を予測できる”という考え方があります。バカですね(笑

 われわれが生きている社会は、「選択的消費」が基調となっている社会です。
つまり、限られた収入をもとにどのように自分らしい生活を作り上げるか(生活の編集)、ということが消費購買行動の基本テーマになっているわけですね。
 買おうとしている商品がその人の生活でしめる位置によって、購買行動の基準が変わります。ある一人の人があるときは、価格にシビアな購買行動をとり、同じ人が別の買い物の時は、価格よりも商品の特性を重視した行動を取る、というのは当たり前にみられるところです。
 
 このように、われわれは購買ニーズの違いによって購買行動(の基準)を変える。買い物目的によって「節約」を基準にしたり、「堪能」を基準にしたりと、基準を使い分けています。この「使い分け」をクオールエイドでは「客相」と呼んでいます。

 今、中心市街地に滞在している人を、その目的によって分けてみることします。中心市街地に滞在している「客相」ですね。これを当社なりに区分してみたのが上掲の図です。図の下方に各「客相」の説明をしています。さらに念のため、例示をしておきましょう。

①遊歩客相:ショッピング(買い物、下見、冷やかし)、散策など
②居住客相:日常生活の場における行動
③用務客相:来街した用事を済ませる行動
④業務客相:お仕事

○同じ中心市街地に出没しながら、それぞれの目的は異なり、従ってもちろん、行動も異なります。

○ある特定の客相の人は中心市街地にいる間、終始、その客相のままで過ごすわけではありません。中心市街地で働いているOL(業務客相)が退社後ショッピングを楽しむときは、「遊歩客相」に変身しているわけです。

 四つの客相のうち、街の賑わいを作り出すのは、「遊歩客相」です。
他の客相は、来街目的を達成することが課題、その来街&滞在目的に「街を回遊し、堪能する」ことは本来含まれていません。
「遊歩」目的以外の客相を賑わいに参加させたかったら、この人たちが「変身」する仕掛けを作らなければならない。
居住・業務・用務客相(以下、「三客相」と呼ぶ)を遊歩客相に変身させなければ、まちに滞留・回遊し、空間&時間を堪能する=賑わいに参加することはありません。

「三客相を遊歩客相に変身させる」
中心市街地に来街目的不問で人を集める、さまざまな来街客相のその「合算通行量」をもって活性化の数値目標とする考え方には、重大な欠落がある。既にご了解のとおり。

※「客相」について、より詳しくは、「サイト内検索」を活用してください。

商業集積の特性から分ける客相は、
コンビニエンス(二ーズ)客相
コストコンシャス(ニーズ)客相
ラグジュアリィ(ニーズ)客相 です。

 一人の人がニーズの違いで買い物行き先を使い分け、行き先・買い物の違いで消費購買行動・商品選定基準が変わります。
このことは、自分自身、家族、知人その他の消費購買行動を思い出して誤解の余地が
無いようしっかり確認してください。
このあたりを理解しておきませんと、「ショッピングモールとしての再構築」が中心商店街のチャンスである、とか、その実現は既存個店の自助努力の組織化による、
といった基本中の基本について?になるかも、です。

□通行相が異なると歩行速度も異なる。

 あなたのお店の前を歩く人が通過に要する時間は、3~5秒程度でしょうか。

 遊歩客相以外に入店を訴求し、成功するにはこの5秒以内が勝負ということになります。この人たちが店前を歩いているのは、非・ショッピング目的で目的地に向かっている、どちらかといえば周囲は歩くに不便でなければ別なにがあっても気にならない、という意識です。この人たちを一瞬の間に自店のショーウインドの魅力で文字通り「秒殺」しなければ入店客になってもらえません。
他方、商店街にその気で来ている遊歩=ショッピング客相の場合、「どこかいい店はないか」とアンテナを張り巡らせつつ回遊していますから、仕掛けとマッチすれば入店確率は格段に高くなるでしょう。

 ということで、商店街は人出を狙うなら(狙うわけですが)、ショッピング目的・遊歩客相の誘引を目指さないと、せっかくの努力が水の泡におわりかねません。
おっと、その前にファサード、ショーウインドをはじめ、業容三点セットの革新はきっちり取り組んでおくことが鉄則です。

クオールエイドでは、ときどき、あまり世間では使われていないコトバを「専門用語」として使うことがあります。
疑問が生じたら、こちらで確認してください。
用語集」もあります。

 二回にわたって考えてきたように、商店街を繁昌させたかったら通行量を増やせばよい、というのは全くの迷信です。
皆さんはもちろんこういう迷信は無関係かも知れませんが、中心市街地・商店街活性化論議の中では結構はびこっていたりします。
皆さんの前に現れたら、即刻論破してください。
相手のためでもありますよね(笑

「お約束」よろしく
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店前通行量という迷信 (1)

□問題の所在

 新しい『中心市街地活性化法』の枠組みでは、認定の基準となる「数値目標」をどう設定する野か、ということが大問題ですが、現場ではほとんど問題視されることなく、設定されているようで、総理大臣の認定を受けた計画等でも、「居住人口」や通行量の増大」が目標数値として掲げられています。

居住人口が増えれば中心市街地は活性化したと言えるのか?
通行量が増えれば商店街は活性化したと言えるのか?

 商店街の通行量などがなぜ「中心市街地の活性化」を評価する尺度として有効なのか、どういう根拠にもとづいてこれらの数値が「達成すべき目標」つまりは、「この数値を達成した暁には中心市街地は見事活性化されている」となぜ言えるのか、という肝心要のところは全く研究された形跡がありません。

“商売がダメになったのは通行量が減ったから”とか“人口が減ったから”という商店街のOBさんたちが酒の席でしゃべる治部の現役時代の“昔は良かった”話の結びの一言とどこがどうちがうのか?
まさか、そのまんまということでは無いだろうと思うのですが・・・。

 人口・通行量を活性化達成を図る尺度とする根拠は、明らかにされていない。人口が増えている、通行量も回復した、しかし、商店街の売り上げは以前として長期低落傾向のまま、すなわち商店街活性化は実現していない、という事例がありますからね。
つまり、人口が増え・通行量が増えても商店街は活性化するとは限らない、という事例があるわけですから、人口が増え・通行量が増えれば中心市街地・商業の活性化は自動的に達成される、と信じて数値目標にしたわけですから「なぜ達成できると信じるのか」その根拠を明らかにすべきです。
もちろん、明らかに出来ないならば、そういう数値目標は設定せずにもっと実際的な数値を目標にすべきです。

 なぜ、人口や通行量が目標とするにふさわしいのか、きちんと説明出来なければ「商店街のOBさん」の「昔は良かった」とどこがちガうのか? ということになりかねません。
 OBさんの回顧談は結構ですが、基本計画の場合はそれで「人・もの・金」が動きますからね。散々使ったあげく、“ダメでした”というわけにはいかないでしょう。


□ 考えられる言い訳

 通行量を目標数値にするのは、商店街の魅力が付いてくれば、お客が帰ってくる、そうすれば通行量は増える、だから通行量を増やすということは、商店街の魅力アップの結果であり、当然、魅力を向上させる取り組みをするのは当然だという言い訳がありそうです。

これが言い訳にすぎないことは明白で
①活性化と通行量の関係をいつの間にか逆転させている
②もし、通行量が「結果」なら、その結果をもたらす施策をきちんと
 計画すべきではないか・・・。

 「通行量増大」がなぜ実現を目指す数値目標として適切なのか、その根拠を示す、という作業は目標数値を算定する前にやっておくべきでしょう。
そもそも、あなたのまちの旧『基本計画』がうまく行かなかったのは、ぶっちゃけ、本当に「数値目標を設定していなかったから」だったでしょうか?
という「総括」に関する問題もあるわけで、旧『基本計画』の見なおしについてどういうスタンスで取り組むかということは、新計画の出来映え・実効性を左右する課題でありまして、プランナーたるもの、新・基本計画を一瞥すれば「総括」のスタンスは一目瞭然のはず、総括の水準はそのまま新計画の実効性の水準に直結しています。

おっと、今回は通行量がテーマ、計画論議は端折って通行量と活性化の関係に戻ります。


□“賑わい創出”という蒙昧

根拠無しでの垂れ流しが予想される“これから流行る活性化用語”
○魅力ある個店づくり
○一店逸品
○賑わい創出
など。中でも“賑わい創出”は、“数値目標”ナンバーワン・通行量との関係から、頻出することでしょう。

 ということで、「賑わい」についてあらためてもう一度考えてみましょう。

「賑わい」とは何か?

□「商業はまちの花」理論
 そもそも「賑わい」とは“そこで何が起きている場合を表現する言葉か”ということがあきらかにされていないと、中心市街地活性化という大仕事のなかで、それも中心的な役割をになう言葉として使うことは出来ません。

 誰かが定義しているだろう、などと安心しているととんでもないことになりかねません。そもそも「誰かが」きちんと考えていれば、今の状態は起こらなかったかも知れないのですから。「賑わい」この大和言葉は曲者です。
中心市街地・商業の活性化関連で「賑わい」という言葉を使うならば、「個店の店先・商店街全体が買い物客で賑わっている」という情景を意味しないと、それこそわざわざ使う意義がありません。
「賑わい創出」は、「売れる店・売れる商店街」づくりのことであるべきでしょう。

 という、あったり前の立場と真っ向対立するのが、「商業はまちの花」理論です。
当サイトではこれまでも幾度と無く検討・批判してきましたが、活性化達成の数値目標として「人口」や「通行量」を掲げるところは、少なくないのではないかと思われます。

あらためて、さらにきびしく批判しておきます。


□ありがちなレトリック

 ちょっと外れますが。「中心市街地活性化講習会」のありがちな内容について。

「賑わい創出」がはやりですから、次のような話になります。
①中心市街地活性化の実現には商店街を活性化しなければならないが、それが全てではない。商業の活性化はまちづくりの手法の一つである。。
②商業以外の部分の取り組み、活性化が重要だ。
③地域全体の協力によって、にぎやかで元気なまちを作っていこう。

 こういうお話が通用するところでは。「商業・商店街の活性化」は「枕詞(まくらことば)」でありまして、以下の「本論」とはほとんど関係ありません。
本論は「商業活性化以外の手法によるまちづくり」のお話ばかり。
それも「論理」抜きの事例紹介ばかり・・・・。
ひょっとしたら当ブログにおいでのあなたのご当地でもこういうお話を聞く会が「勉強会」というタイトルで催されているかも知れません。
講師の先生がおっしゃりたいことは、早い話、「商業の活性化は無理だから、他のことで活性化=にぎわいを作っていきましょう」ということです。

 「商業が駄目なら他の手法でまちづくり」という、ありがちな考え方ですが、提案するのはほとんど商業については考えたことのない「まちづくりの専門家」さんであることが多い。
「商業だけでは無理・他の事業も展開しなくては」というレトリックに「そうだよね」と頷いたとたん、話は一挙に脱・商店街、脱・商業活性化路線へ突進します。

①中心市街地の活性化は必要である
②商業の活性化はその手法の一つである
という認識ですが、ちょっと待った(笑

このときの「中心市街地の活性化」とは街がどうなることを意味するのか?
漠然と「街が賑わうこと」などと考えるレベルは、商店街の空洞化への
対処がスキームとして提案され都市経営上の重要課題として取り組まれる今日的な情況で通用するものではありません。

 特に商業者は、こういうお話に「だよね」と言ったとたん、お店は、「閉店・廃業への道」に大きく舵を切ってしまうことになる。

 商業に無関係・無趣味の専門家の世間話的・「活性化・商業以外の選択肢」などに惑わされることなく、「自分の店が将来にわたって存続するためには」、何を為すべきか、ということを基準に「店づくり」の取り組む、その延長上で「まちづくり」を考え、「中心市街地活性化」を考える、というスタンスが絶対に不可欠です。
「商業離れ」を許しては中心市街地の活性化はあり得ませんから、こういう「講義」は論破しなければならない。というか、そもそもこういうお話が今どきの中心市街地で聞かれること自体がおかしいのですけど(笑

「中心市街地の活性化とは、(「法」のスキームを前提とする限り、)中心市街地の商業街区の活性化であり、ショッピングゾーンとしての機能の再構築である」これは当該都市の規模や母都市との位置関係など関係なく、すべての都市に該当することです。
ウソだと思う人はその旨書き込んでいただけば、きっちり説明します。

あなたの都市の関係各方面の方々にご一読いただく、というのも“有り”だと思いますので。


□通行目的の三大区分

 商店街の通行量とは、いうまでもなく“商店街を歩いている人の数”です。
人はなぜ商店街を歩くのか?
とりあえず「人が歩く」のは「歩くに値する目的があるからだ」としておきます。「暇つぶし」「散策」なども目的に加えます。
そうすると上記のとおり、人が歩くのは目的があるからだ、ということになる。

人はなぜ商店街を歩くのか?
あらためて考えてみますと。
①商店街を通過することが目的 の場合と
②商店街に来ることが目的 の場合とが考えられ、さらに②の場合は、②の1 商店街に買い物目的で来る場合と
②の2 商店街に買い物以外の目的で来る場合に分けられます。

 商店街の通行量とか、中心市街地の通行量とか一口に言いますが、その目的はいろいろでありまして、目的に応じて目的を達成するための行動も異なります。
商店街を歩いている人たち、あなたのお店の店前通行量のみんながみんな、買い物目的の来街客というわけではありません。

当たり前のことですが、通行量云々というアプローチをするときは得てして「来街目的」についての配慮はカッコに入れたままであり、最後までカッコから出さないままで議論が進められ、「数値目標」になってしまう、ということもありそうなので要注意です。

 いや、通過通行量やイベント来街者も潜在的・可能的な買い物客である、従って通行量を増やせば買い物客が増え、個店および街の繁盛・活性化が実現するという論法です、が基本的なところで間違っています。
 問題は、商店街に今現在オープンしているお店の数々、それらのお店は、非・買い物目的の通行量(すなわち個々の生身の人間)が増え、彼&彼女らがお店を一瞥したとたん、欲しくてたまらなくなるような、品揃え・業容を提供しているのかどうか、ということです。

 お店の業容が「買い物行き先としてOK」と評価されないと、いくら通行量が多くても、彼&彼女らが入店客・買い上げ客には変身することはありません。
あまりにも当たり前すぎ、かつ、何度も書いたことので、なんだか書くのが恥ずかしいのですが。

 あなたが「通行量」の one of them だったとして、商店街から期待されているような「変相(来街目的が変わること)」があり得ますか?

この稿は続きます。

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  • Author:有限会社 クオールエイド
  • 【キラリ輝く繁盛店づくり】
    お客に見える店づくり―見える化をテーマに【個店の繁盛】から【商店街活性化】、【中心市街地の商業集積としての再構築】まで一貫した取組を支援します。
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